青い空! 青い海! 青い顔!
青い・・・顔?
間違いはない。 ホウエン地方ミシロタウン、サファイアの家に来ている人たちのうち、4人の顔は真っ青だ。



「いや、ホント悪かった!
 邪魔するつもりはなかったんだ。」
テッカニンがジィジィ鳴くなか、床と同化しそうなほど頭を下げて謝る男1人。
正面にいるのは、オダマキ博士が買ってきたアイスを黙々と食べる少女。 ちなみに視線を彼に合わせようともしない。
「別に。 あんだけ憔悴しょうすいしきってるゴールド、放っておけるわけでもないからさ。」
少女・・・ルビーはそう言って、溶けかかったアイスをまた一口食べた。
頭では分かっているのだ。 旅のトレーナーがポケモンセンター以外で身を寄せられる場所など、数えるほどしかないということに。
だけど、納得出来るかどうかというと、それはまた別の話。
それが分かっているからこそ、さっきからしつこく土下座を繰り返しているシルバーも、後ろのクリスも青い顔をしているワケで。
サファイアはたまたま買出しから帰ってきたら険悪ムードに巻き込まれてて、単に混乱しているだけだろうが。


こんこんと眠り続けていたゴールドが薄目を開けるなり、シルバーは無理矢理起き上がらせて自分の横に頭をつかせた。
さっきまで病人のようだったゴールドは覚醒し、顔を上げてルビーの顔を見るなり「あっ!」と声を上げる。
「・・・すいませんでしたっ!!」
「だから、何度もいいって言ってんだろ?
 そんなにしつこく言わなくても、分かってるよ。」
やっぱり機嫌悪そうな声で、ルビーは返答する。
1度落としたチップスを拾い上げて、サファイアはルビーの前で開ける。
不器用な手つきで開かれた袋から2、3枚薄い紙状の菓子が飛び散ったが、特に気にする様子も見せず、ルビーは床に飛んだ方の菓子から手をつけた。
空気は読めても、サファイア1人、この状況の理由を知らない。
疑問そうな目つきで見つめてくる彼に、ルビーは少しだけ救われているような気分になっていた。
「・・・ルビー、なしてそんなに機嫌悪いんよ?」
「あと30分で、あたい行かなきゃなんないんだよ。 ジョウト。」
「え」に点々をつけたような声を、サファイアは上げた。
もっとゆっくりしていられると思ったから、選んで選んで大量にお菓子を買ってきたのに。
とりあえずサファイア的ベストセレクションを移動中にでも食べてもらおうと袋の中をあさり始めると、サファイアの肩に、ルビーは手を置いた。
振り向くと、ルビーの指がほっぺたに刺さる。 クスクスと笑い出すルビーを見ていると、今度は反対側の肩をシルバーに叩かれた。 振り向くと、シルバーの指がほっぺたに刺さる。
笑いをこらえて震えているゴールドを見て「何がしたいねん」と言わんばかりの視線を送ると、シルバーは自分の長い髪に触れた。
「2人で外に出てもらえないか? ゴールドのことは、こっちで話をつけておきたい。」
小さくうなずくと、ルビーは何か言いたげなサファイアを引きずって部屋の外へと出て行く。
パタンと音を鳴らして扉が閉まった後で、クリスは1粒だけ涙を流した。 ルビーの口が「ありがと」と動くのを見たためだ。

「泣き虫クリス。」
ゴールドの瞳に、いたずらっぽい光が灯った。
流れた雫をふき取ると、あまりチカラの無い視線でクリスは睨み付ける。
「分かってるわよ、誰が一番つらいのかなんて。 けど・・・」
「ゴールド、話。」
会話をさえぎるように、シルバーが割って入った。
不満そうに声を荒げようとして、クリスは止まる。 ベッドの上に座るゴールドのほおが、不自然に光っていたからだ。
小さくうなずくと、ゴールドは汗を拭くフリをして顔をこすり、サファイアの小さなベッドに座り直した。
「神経外科の先生に話つけようとして、断られた。 助かる見込みのない患者を相手にするほどバカじゃない・・・だってさ。
 粘ったんだけど上手くいかなくて・・・最後には放り出されちゃって・・・ハハ、ホント混乱してたね。
 あの2人、悪いことしちゃったな。 無関係なのに・・・」
「考えすぎるな。」
き物をはらうように、シルバーはゴールドの肩を2度叩いた。
微笑を浮かべ、ゴールドは目にたまった涙を手の甲でこする。
ひざを抱えたクリスは不安そうな表情で、2人のことを見て、ふと首をかしげる。
「・・・助からない、の?」
「今は、生きてる。 けど、このままにしておけないんだ。
 覚えてる? 前にワカバに来てた、桃子ちゃん。 あの子だよ、僕の担当する患者さん。」
先ほどよりは幾分いくぶんかしっかりした声で、ゴールドは答えた。
そして、その声に、シルバーとクリスは同時にはっと息を呑む。




ルビーは内心戸惑っていた。
半強制的に外へと連れ出したサファイアが「ワケ分からない」という顔をしていたかと思えば、急に表情を変えて、今度はルビーを連れて、行き先も告げずに歩き出した。
2人とも手袋はしていたが、つないだ手と手の間はじっとりと湿気を含んでいて、中に何かいるとすれば、あまり快適な空間ではなさそうだ。
ビニール袋片手に、彼がどこに行くのか想像がつかないし、目的もはっきりしない。
顔も合わせてくれなかったので、怒っているのか喜んでいるのかの判断もつかなかった。 実のところ、それが1番の不安材料なのだが。
「ねぇ・・・どこ行くんだい?」
「海。」
サファイアは短く短く返す。 と、いうか、今日に限って気の利いた言葉が見つからなかった。
どうにもあせって、足ばかりが急いでしまう。
時々引っ張られるような手が熱くて、サファイアはルビーと顔を合わせることも出来なかった。
1度だけ木の枝とかでケガしていないかと気になって振り返ると、ものすごい不安そうな顔をしているのが分かった。 ひしひしと感じ取る、気まずい空気。
「ルビーにな、もらって欲しいもんあったんやけど・・・昨日帰ってくるって知らんかったから、間に合わなかったんよ。
 せめて、海、見といてもらお思て・・・」
こんなにたどたどしく喋ったのは、ずいぶん久しぶりの気がした。
顔が熱くて、振り返れない。 つないでない側の手を顔に当てようとすると、いつの間にか持ってきてしまっていたお菓子入りのビニール袋が音を立てた。


想像していたのとは違う海の姿に、ルビーはひゅうと唇を鳴らした。
青い海でも、白い砂浜でもなかったが、長く続く浅瀬に小さな生き物たちが息づく音が、耳をくすぐる。
コンクリートの地面を歩く足元を、強い風が吹き抜けた。 溶けていきそうで混ざらない水平線に目を向けると、後ろのサファイアが、自信のなさそうな声を上げる。
「いつもは、トウカの向こうの海岸まで行くんやけど・・・こっちも気に入っとるんよ。
 人あんまり来ぃひんから、1人になりたい時はこっち来ることもあるんやけど・・・シケの時は来たらアカンよ、いっぺん波にさらわれて死にそうになったさかいな。」
「『シケ』・・・って?」
ルビーは聞きなれない言葉に振り返った。
泥のようなもので埋め尽くされている海面に向けてモンスターボールを投げながら、サファイアは声を返す。
「海が大荒れになる日もあってな、そういうのは時化シケっちゅうんよ。
 逆に波も立たんくらい静かなのがナギ。」
「溺れたの?」
「・・・いっぺん。」
「どのへんで?」
サファイアは辺りを見渡し、コンクリートの地面に足音を響かせた。
整地された駐車場の真ん中で、自分を大きく見せるように両手を広げる。
「確か、この辺や。 何年か前に埋め立てられてしもたんよ。」








船が6の島に到着したとき、ファイアが怖がって降りられなくなる心配がなかったため、グリーンは内心ホッとしていた。
昨日の夜、レッドが「つもる話」と称して真夜中近くまで彼女と話しこんでいたせいだ。
まったく、考えがあるんだかないんだか分からない。
眠るファイアを背負いながら、グリーンはふぅと息を吐いた。

思い切り天へと向かって突き上げられた両手に、強い風が吹きつける。
慌ててキャップを押さえると、リーフは青い海を見てへらへらっと笑った。
「久しぶりだ、6の島も。」
港に降りてから砂を蹴飛ばすようにしながら数歩走ると、リーフは船の方を振り返った。
ファイアを背負ったグリーンが複雑な顔を浮かべながら降りてくるのを見て、一応荷物くらいは降ろしてやるか、と一旦引き返す。
船から人が降りてくる。 タラップに行列を作って降りてくる人たちを見送ってもう1度高速船シーギャロップに乗り込んでから、「ん?」とリーフは声を上げる。
肩にカバンを下げ、そろ〜りそろりと、後ろを振り返る。 やっぱりだ。
重い荷物が、まるで最初からなかったような軽い足取りでタラップを駆け下りるとリーフは船を降りた集団の中に駆け込む。
色の白い大人たちに混じっていた子供2人が、小さな悲鳴を上げる。
「ミスズ、マサオも! どーしたんだよ、お前ら!!
 え、何、旅行? まさか誘拐されてきたんじゃねぇよな、したらオレこいつらぶっ飛ばすぞ!」
「え、え? リーフ? リーフなの?」
ソデの端を引っ張りながら、ミスズは見えない目をパチパチと瞬かせた。
宙をさ迷っている彼女の手をにぎって、リーフは自分の顔に当てる。 心底驚いた表情で目を見開いているマサオに目を向けると、彼はようやくといった感じで口を開いた。
「あの、あのね・・・ボクたち、ナナシマの自然や歴史を調べてるって人たちに会って・・・色々話聞かれたんだけど、6の島にある『てんのあな』の話をしたら何か、案内してほしいって・・・ね、ニャー?
 リーフ、リーフこそ・・・どうしてここに?」
「えー? なんかさー、あのサンドパン頭が探し物してるらしくてさ、ついてきてやったんだよ。
 おめーら、大丈夫か? そいつら、実は人のことだまそうとかいう奴らなんじゃねえだろうな?」
集団を目の前にしながらも声を潜めようとしないリーフに、冷や汗をかきながらミスズは顔を引きつらせた。
「大丈夫だよ。 ニシキさんにも調べてもらったけど、ちゃんとした調査団みたいだし。」
説明しても何となく信用していないオーラがただよっていたが、リーフはとりあえずといった感じでうなずくと、ミスズとマサオの手を握った。
胡散うさん臭そうな目つきで集団を見回すと、比べようもないほどの笑顔で2人の顔を見比べる。
「ま、オレがいるから心配すんな!
 これから『しるしのはやし』に行ってくるから、何かあったらポケモンセンターの方に伝言頼んどけよ。
 すぐにすっ飛んでってやっからな!」
「ホントに・・・人のこと信用しないよね、リーフ。 ね、ニャー?」
「んなことねーって! お前らのこと、オレは心っから信用してるぜ?」
抱きかかえたぬいぐるみに話しかけるマサオに、少し大げさ過ぎるほどの演技をしながらリーフは反論した。
本当はもう少し話していたかったのだが、リーフにも自分の仕事、時間がある。
準備と移動のためポケモンセンターへ行かなければならないので、そのことを2人へと伝えるとリーフは手を振った。
リュックは重いが、グリーンとファイアのカバンを持つ。
今日だけ、今日だけ、と心の中で念じながら、何故か悪い気はしていなかった。
驚いたような顔をしているグリーンに向かって、舌を出しはしたが。






ピンク色の、それはまるで爪先のような。
外を見ることも出来ないワゴンに揺られながら、ルビーはそんな小さな物体をずっと眺めていた。
大量のお菓子も一応もらってきたが、いくらなんでもこの量は多すぎだろう。
配る相手を考えながら、ルビーは手のひらに乗せた小さな物体を握り締めた。
まだ若いマネージャーが、胸元で握り締められた彼女の手に目を向ける。
「そんなに大事にするってことはサファイアさんからもらったんですよね。一体何をもらったんですか?」
「『サクラガイ』、だってさ。」
カーテンを薄く開き、外の景色を確認してからルビーは答えた。
とっくに消えてしまっているはずなのに、小さな貝がらにまだサファイアの手の温かさが残っているような気がして、ルビーはそれを手放せずにいた。
マネージャー、イシハラの眼鏡の奥にある瞳が、心配そうな光を放つ。
「ルビーちゃん、分かってると思いますけど・・・」
それ以上言わせないよう、ルビーははっきりと相手に分かるように首を振った。
「あたい、向いてないのかなぁ・・・ダメだって分かってんのに、抱きついてきちゃったよ。」
四角い眼鏡のマネージャーの顔がさっと青くなる。
今にも怒鳴りだしそうな彼を全く気にする様子も見せず、ルビーは手の中で貝がらを転がしながら、はぁっとため息を吐いた。