「コンビニがねぇ〜っ!!」
すり切れたソファーの上にレッドは背中から飛び込んだ。
さび付いたスプリングがきしみ、細かいホコリが舞う。
部屋の隅でうずくまっている白いポケモンが片目を開け、そのまま、また眠ったように目を閉じる。
喋るものがいなくなると、コチコチという時計の音以外、何も聞こえなくなった。
こげ茶の瞳は揺らぐことなく、灰色の天井を見つめている。
「な、ブルー。 常識崩れるよな。」
「それは、このナナシマに対する不満?」
「いや、好き。」
レッドが答えると、じっと画面を見つめていたブルーの手が、再びキーボードを打ち始めた。
カチャカチャという音が鳴りだすと、頭の下で手を組んでレッドは足をぶらつかせる。
「ここも一応ポケモンセンターって名前ついてるし、設備もあるんだけどさ・・・なんつーか、その・・・」
「見えない。」
「それだ」とキーボードに指を乗せる相手を指差すと、レッドは起き上がって簡素なロビーを見渡した。
あまり
立ち上がると、外へ出る気配を感じたのか白いポケモンがゆっくりと起き上がった。
鳴り続けていたカチャカチャという音が止まり、時計の音だけが再び響く。
「激しい運動は禁物。 何のためにグリーンにあの2人の保護を任せたのか分からなくなるわ。
それとシロを人前に出しちゃダメよ。」
「わーってる。」
本当に理解しているのか怪しい声で返事をすると、レッドはポケモンセンターから1歩だけ外に出て空を見上げた。
頭の上にある吸い込まれそうな青い海の上を、白い魚たちが大急ぎで泳いでいく。
顔のほてりを感じながら、遠い目をしてらしくもないため息を1つつき、レッドは白いポケモンへと視線を向けた。
「出来れば、仕事じゃなく普通に遊びにきたかったな。
ナナミさん加えて6人でさ。」
信用・・・そう、信用だ。
ポケモンセンターに荷物を置きながら、グリーンは1人納得していた。
最初に会ってから、リーフに感じていた妙な感じ。 時折睨むような目つきの理由。
自分はリーフに信用されていない、逆にレッドは信用されている。 そこに態度の差が表れているのだ。
「・・・じゃ、俺とレッドの差って何だ?」
リーフにサンドパンと言われた頭をかきながら、グリーンは再度考える。
性格こそ違うが、レッドとはほとんど同じ状況で育っている。 単純な性格の問題ならば、会った途端に睨み付けたりはしないはず。
結局答えの出ないまま『しるしのはやし』へと行く準備が整ってしまった。
ファイアを起こさなくてはいけないし、リーフを呼びに行かなくてはならない。
どちらも大変な作業になることを覚悟してため息をつきつつ、グリーンは腰のポーチを確認して立ち上がった。
途端、目を見開かせる。 扉の間からひょっこり顔をのぞかせるファイアに、難しい顔をして待っているリーフ。
「グリーン、ビリだ!」
無邪気な顔をしてビリ宣言をしたファイアにもう1度目を向けると、グリーンは苦笑する。
「おぃおぃ、どうした? お前らが俺を迎えにくるなんて、雨でも降んじゃねーの?」
「別に。 お前が遅いだけだろ、サンダース頭。」
ふてくされたような顔をしてそっぽを向いたリーフを見て、グリーンはしまったと心の中で舌打ちした。
どうも昔から人と比べられることが多く、そのせいか、ついつい嫌味や悪い冗談ばかり口に出てしまう。
これでは何も変わらない。 自分を叱るとグリーンはナナを抱えたファイアを連れて、それほど早くない足取りで目的地へと歩き出す。
「冗談だ。 まぁ、来ようが来まいが雨は降るかもしれないな。 夏の天気は気まぐれだ。
あぁそうだ、1つ、面白い話してやろうか? 幻の翼って言われる伝説のポケモンの話とか。」
『しるしのはやし』までの道を進みながら、リーフは気味悪がっていた。
今日に限ってグリーンが優しすぎる。
一応、ここ1ヶ月ほどの付き合いで彼が極端に悪い人間ではないということは分かっているつもりではいるのだ。
だが、だからからこそ怖い。 夕立で雷に打たれるんじゃないかとか、それこそ隕石が降ってくるんじゃないかとか、要らぬ心配ばかりが頭の中を駆け巡る。
「どうした、船酔いか?」
「こんな丘で酔うかよ・・・」
第一、船酔いなんてしたことないし。 リーフは心の中で付け加えた。
風船のようにぷわぷわ浮いている灰色のポケモンと何やら笑い声を上げているファイアの方へと近付くと、わざとグリーンに聞こえるような声で話しかける。
「なぁ、ファイア。 あいつ、変なモンでも食ったんじゃねーの?」
「んー?」
目をパチパチさせると、ファイアは灰色のポケモンをリーフに渡し、小走りにグリーンのもとへと動いた。
ずり落ちそうだったナナを抱えなおすと、疑問の表情を向けるグリーンに対し、きっぱりはっきり尋ねてくる。
「グリーン、変なもの食べたの?」
「バッ・・・ファイア!?」
「リーフ・・・変な入れ知恵してんじゃねーよ。」
「お、戻った。」
わざとらしいリアクションをとるリーフに、グリーンは「はぁ〜」と深いため息をつく。
本気で心配しているファイアを「食べてねーよ」と言ってなだめると、少し離れたところにいるリーフの腕を引いて先を急がせた。
身長差がそれほどないので、見ようによっては連行にも見える。
ただし、気にする人はいなかった。 数少ないこの島の島民は、夏に大発生したヘラクロスのツノを測るのに夢中だからだ。
「お前、俺のこと嫌いだろ。」
半ば諦め気味のなげやりな声でグリーンは断定的に質問する。
「あぁ、嫌いだね。」
そう言って舌を出した途端、腕を引っ張られてリーフは自分の舌を噛んでしまう。
声も出せずに痛がるリーフに少し申し訳なさそうな顔をしつつも、グリーンは謝らなかった。
困り顔のファイアをよそに、あくまで目を合わせることなくリーフは続ける。
「まず、その何か企んでそうな目つきが気に入らない。 上の人間にはいちいち人のご機嫌とろうっつー態度もムカツクし、言うこといちいち嫌味くせーし。
ムダに
レッドが言わなきゃな、お前と一緒になんか来ないんだっつーの! わかったか、このトゲ!」
「あー、わかったわかった・・・ったく。」
トゲってどういう悪口だ、などと考えつつ、グリーンは怒ったら負けだと思い無心で歩き続ける。
いつの間にか地面が柔らかくなり始め、草むらや木も増え始めている。
40秒前に「ここからしるしのはやし」という看板を通り過ぎたことに気付いていたのはファイアだけだった。
だが、何か囲われているものがあるなくらいにしかファイアは考えていなかったため、実のところ誰も既に『しるしのはやし』に入っていることに気付いていない。
話は段々ヒートアップしていく。 最初はガマンしていたグリーンも、次第に止められなくなってきた。
「お前こそ、年にしちゃ体でかいっつーのに、頭ン中ガキだよな。
レッドになついてる理由がよぉ〜く分かるわ。」
「ガキで悪いかよ、ガキで! 意地汚い大人よか、よーっぽどマシだっつーの!」
「あぁ〜、そうだったな、ガキだガキ。 とっちゃんぼ・う・や〜っ!」
「うるっせーよ、ジジイ!! イガグリ!! し・・・」
大声で怒鳴りつけた瞬間、リーフは背後から殺気を感じた。
振り向いた途端、灰色の丸いものが顔面にぶつかり、グリーンの顔にバウンドしてファイアのところへと戻っていく。
「‘テン’!!」
突然のことに目を白黒させている2人の目の前で、ファイアは灰色のポケモンを抱きかかえた。
テンと呼ばれた灰色のポケモンは、押さえつけられるようにしながらも厳しい目をして2人を見つめ続ける。
人に向かって攻撃を加えたことに怒っていつつも、ナナはテンに対して何も言わなかった。 彼と同じように異変には気付いていたためだ。
「おぃ、リーフ・・・この林、いつもこんな無人なのか?」
「いや・・・この季節なら大体、虫取りに人が集まって、むしろにぎわってるんだけど・・・」
ファイアの小さな靴が、1歩ずつ後ろへと移動していく。
2人に背を向ける形でファイアは走り出す。 その足元に大穴が開き、赤い生物は降り立った。
「デオキシス!?」
「デオキシス!!」
グリーンとリーフは同時に叫ぶ。
赤い生物の肩から突き出した触手が動き、それが獲物を狙っている行動だというのに気付くのにそう時間はかからない。
相手へと飛び込むようにしてリーフの足が動く。
体の中に隠したのか、彼がモンスターボールを開く瞬間をグリーンからは見ることが出来なかった。
攻撃の気配に気付いたのか、デオキシスは振り向き様に右側にある2本の触手を防御に回す。
ガラガラのトシはそれを払うと、すぐさま次の攻撃に移ろうと両手に持った骨を構えなおした。 途端、槍のように細い何かに突かれ、思い切り弾き飛ばされる。
驚きに目を見開かせながらリーフがデオキシスの方へと目を向けると、相手が最初見たのと違う姿をしていることに気付いた。
メタモンの「へんしん」ほど様変わりしているわけではない。 ただ、頭のツノが鋭角になって、体格がより人間らしくなくなったというだけで。
それでも嫌な予感がぬぐいきれず、リーフは奥歯を噛んだ。 メンバー屈指の強さを持つトシがたった1回攻撃を受けただけで動く気配すら見せないのだ。 これはただごとではない。
「ファイア、逃げなさい!!」
ナナの声に応え、ファイアは1度だけ振り返ると林の外へと向かって走り出した。
それを追うようにデオキシスは4本の触手を動かすと自分へと背を向けるファイアの方へと突きつける。
「ミズナ『でんこうせっか』!!」
攻撃に回そうとした触手が、細かい草を巻き上げながら突進してきたシャワーズに弾かれる。
指示を出したグリーンは何とか相手の注意を自分の方へ向かせようと必死だった。
もう1匹出して対処しようかとも思ったが、それでは状況が見切れず指示が間に合わなくなるだけだ。 熱い息を吐くと交代の手を遅らせないようしっかりと構えながら相手の事を睨み付ける。
「・・・あのヤロー、完全にファイアを狙ってるな。
リーフ! 思った以上に奴の防御は薄いぞ! 急所見つけて一発攻撃すれば、倒せるはずだ!」
「簡単に言ってくれるよな・・・」
気絶したトシをモンスターボールの中へとしまいながらリーフは苦笑した。
何の攻撃を受け倒されたのかを考えながら、次のポケモンを選び、ファイアとデオキシスの間へと投げる。
飛び出したジョーは相手の目を見るなり体を震わせ、甲羅の中に体を引っ込めた。
緑色のまくが体を覆い、突き出された触手からジョーの身を守る。
「ここまではいいんだけどな〜・・・」
リーフはファイアのいる方へと走りながら、3つ目のモンスターボールを取り出した。
妨害を受けてなおファイアを狙おうとするデオキシスに舌打ちすると、スイッチを押したボールを木に叩きつける。
木に張り付いたテッポウオにデオキシスを狙わせるが、相手は既に射程範囲外。
「速すぎるんだっつーの!」
振り返ったファイアの目の前に鋭い触手が突きつけられる。 とっさにテンが攻撃の手を上に跳ね上げるが、それだけでは足りずデオキシスは胸の水晶のようなものをファイアへと向ける。
鈍い光を放った水晶に、ファイアの足が止まった。
かすかに震える唇が、誰かの名前をつむいでいるのが見える。
「ファイア!!」
呼ばれた名前に、ファイアは身を震わせた。
デオキシスとの間に白い影が降り立ち、触手の根元に噛み付いて相手へと攻撃する。
すぐさま振り払われたが、体をひねって着地すると現れたポケモンはファイアの前で鋭く鳴いた。 紫色の瞳が、怒りに近い色でデオキシスを睨み付ける。
「‘サン’!!」
「あの時のエーフィ?」
再会に表情を変える間もなく、ファイアは手をつかまれる。
「逃げるぞ。」
見上げると知らない顔があり一瞬戸惑っていたが、彼女は黙って男の手の引くままに走り出す。
この状況に黙っていられないのがリーフ。 それもそのはず、相手が
すぐに後を追おうとするが、どこから現れたのか数人のロケット団たちがリーフの行く手を阻む。
集団の中にいるいやに背の大きな1人を睨み付けると、リーフは相手へと向かって怒鳴りかけた。
「邪魔だ、どけよ!」
「どけるかよ。 大体、邪魔はお前ダ。」
「?」
意味が分からずリーフが眉を潜めると、大柄な男は彼の後ろをちょいと指差した。
「お前の真後ろ、デオキシス。」
グリーンは既に呼び出したシャワーズの体勢を立て直させながら、デオキシスにのみ神経を集中させていた。
そうするしかなかったのだ。 仮にここでロケット団を捕まえたとしても、本来の目的であるデオキシスを逃がしてしまっては、全く意味がない。
空気を求めて大きく息を吸い込んだファイアを、ロケット団の男は木に寄りかからせた。
と言っても、ファイアは相手がロケット団だということを認識していない。 特徴的な『R』のロゴの入ったユニフォームを着ていないせいだ。
近付いてくる灰色の雲を見上げながら、男は服に取り付けたモンスターボールとホルダーの間を触りながら口を開く。
「久しいな。 お前を助けたあの日以来だから・・・8年ぶりか。」
ふっ、と、まぶたを細めると、瞬き1つしてファイアは灰色の瞳を相手へと向けた。
「サンダー?」
「『奴』の使いから話は聞いた。 神の子が狙われているらしいな。
加え、今まで息を潜めていたロケット団の復活・・・か。 ふ、面白い・・・」
ロケット団、の言葉にファイアがすくみ上がるのが男の瞳に映った。
彼女の方に顔を向けると、白い歯を見せるようにして笑う。
「怖いか? そうだろうな、お前にとってはトラウマとも言える
逃げたいのならば、それもいいだろう。 1度助かった命、簡単に捨てることもあるまい。」
ヒザを抱えるファイアに、ナナは心配そうな視線を向けた。
争う声は
ようやく2人に追いついたリーフも、ただならぬ雰囲気に手近な木陰に身を潜めた。 それを男の方に気付かれているなどとは、思ってもみなかっただろうが。
黒いソデのはみ出している茂みに目を向けてから笑うと、男はわざと聞こえるような声で話をする。
「神に近いところにいるお前の血は、あの化け物にとって、さぞかし甘かろう。 神樹の意思を継いで生まれてきた、お前の兄もな。」
聞く気のないような姿勢で座り込んでいたファイアが、ピクッと反応する。
顔を上げた彼女の前に立つ男の背で、海面に
「本当に逃げられると思っていたのか?
ならば、何故お前はここへ来た。 あの化け物にやられた兄を助けるためだろう?
恐れずとも、お前は死なない。 この私が、チカラを貸すからだ。」
夕立の気配には気付いていたが、改めて降りかかってきた雨粒の大きさにリーフは驚いた。
不安をあおるような暗い雲を見上げると、触れたらヤケドしそうな黄色い筋が2本、3本と流れていく。
心底この状況を楽しんでいるかのような顔をして、男はこの
「さぁ、決断だ! 戦うか? 喰われるか?」
戦い慣れているつもりだった。
場数を踏み、危ないところも何度かくぐり抜け、それでも自分たちはやっていけると。
それでも戦いの場へと近寄ることも出来ない自分に、リーフは嫌気が差してきた。
時間にしてみれば、30分も経っていないはずだ。 その間に再起不能になるまで痛めつけられたロケット団の男が4人。
グリーンも何とかしのいではいるようだが、反撃するよりも先にデオキシスに逃げられ、強く奥歯を噛み締めている。
彼だけではない。 『しるしのはやし』にいるロケット団のほとんどが彼と同じような調子で相手へと攻撃を与えられずにいる。
そして、一瞬のスキを突かれ、やられていくのだ。 湿気に混じってただよってくる血の匂いに、リーフは口をおおいたくなった。
「戦わないならどきなさい、邪魔よ。」
ぽつり、と、鼻先に熱い雫が落ちてくるのを感じ、それに合わせるように灰色のポケモン、テンの周りに水の粒がまとわりつき、しずくのような形を作り上げていった。
強い目でデオキシスを睨むポケモンの後ろで、崩れるようにして座り込んだロケット団の男から黄色い光が抜け出てファイアの中へと吸い込まれる。
「久々に・・・思い切り暴れられそうだ。」
顔にはり付いた髪を直すと、ファイアの瞳が明るい緑色に光っているのが見えた。
徐々に強くなってくる雨足の中、堂々とした足取りで向かってくる彼女にデオキシスが気付く。
攻撃させまいと向かってきたグリーンと彼の出したポケモンを振り払って地面へと叩きつけると、突き出した触手をくねらせ彼女の瞳を凝視するようにじっと動かなくなった。
ファイアが左手を前へと突き出すと、リーフは腕を引かれその場から離れさせられた。
「・・・サンダー、やめろ!」
グリーンの声が響く。
「きっかけ」を見つけたデオキシスが迫ってくるのに恐れる様子もなくファイアは笑うと、水しぶきを上げながら突き出した指を鳴らした。
その指先に呼応するかのように、草と草の間にたまった水たまりが震え、空気の振動と光の爆発が巻き起こる。
急なことに頭が対処しきれず、呆然としながらリーフが上半身を起こすと焼けて煙を上げる木が真っ先に目についた。
続けて、爆発が起こる前と何ら変わりない緑色の目で目の前にあるものを見下ろしているファイアと、その足元にいる、茶色く焼け焦げているデオキシス。
満足げな笑いを浮かべると、ファイアはそばにいる水色のぷよぷよをまとわりつけたテンへとうなずきかける。
「『かみなり』ならいくらでも作り出せるぞ。
チカラ、そして速さが自慢のようだが・・・光である雷にはかなうまい。」
「サンダー!!」
わずか50センチほどのポケモンがファイアを突き飛ばすようにしてデオキシスから離れさせる。
その瞬間、倒れたデオキシスから放たれた光が彼女の上空をかすめ、流れていく。
雨粒に当たり、白い煙を上げていく光線を見てファイアの目が見開かれる。 雷からリーフを遠ざけたロケット団の男の手袋が、ギッと音を鳴らした。
「・・・何だ、これは?」
「レッドもカンナも、それにやられたんだ!
放っておくと
「マジ・・・?」
デオキシスを中心に枯れていく草花を見て、リーフは引きつった笑みのようなものを作った。
細かく体を震わせるデオキシスは睨むようにファイアの方へ顔を向けると、胸元の水晶から光を乱射して、そこかしこにまき散らす。
自分の真横にも同じ光が通り、リーフは身を小さくした。 直後、すぐ後ろで何かが焼けるような音が聞こえ、振り向く。
無差別に放たれた光に当てられたのだろう、体を
「野生のポケモン・・・!」
リーフの瞳に怒りの色が浮かんだ。
林に潜ませた自分のポケモンたちに指示を出そうと伸ばした腕が、背後にいたロケット団の男につかまれる。
「
「何すんだ、離せよ!」
「怒りがあるなら、あそこの女を助けろ。 どうしてお前は何もしない!」
すぐ近くに雷が落ちたのが分かった。
痛む耳にムチを打つように、リーフは相手の服をつかむと更に大きな声を上げる。
「お前に・・・オレの何が分かるってんだよ!!」
ロケット団の男はリーフの腕をつかみ、大きく振り払って突き飛ばした。
倒れたリーフと男との間にあの光が通り、強い光を放って大きな木を枯らす。
「お前の過去に興味はない。
過去ではなく、今、目の前を見ろ。 動かなければ死ぬだけだ。」
強い光を放つ男の瞳から逃げるように視線をそらすと、リーフは倒れているヘラクロスの方へとちらりと目を向けた。
他のポケモンが遠巻きに見守る中、そのポケモン1匹ぐったりと動かなくなり、苦しそうに胸を上下させている。
完全に『ひんし』状態のポケモンを慌ててモンスターボールへと入れると、水のすだれ越しに、リーフは相手を睨み付けた。
雨足は強くなり、雷はより近くに降り注いでいた。
何かに耐えるように強く息をしながら空を見上げるロケット団に目を向けると、リーフは自分の唇をかむ。
振り向かないままリーフに指先で呼ばれ、茂みに隠れていたジョーはビクッと震えた。
おずおずとはい出してくると、少し怒ったような主人は彼と目を合わせることのないまま顔についた雨を拭う。
「ジョー、林のポケモンたちを頼む。」
帽子の水を弾き落として目の前をはっきりさせると、リーフはファイアへと向かって走り出す。
デオキシスから放たれる光から逃げるように後ろへと下がりながらも、彼女は近付いてくるリーフには気付いている様子だった。
手を滑らせないようしっかりと胴に腕を回すと、異様に軽いファイアの体を抱いて走る。
自分たちの真後ろを光が通り抜け、背筋が凍った。 しっかりと奥歯を締めながら振り向くとリーフは声を上げた。
「オィ、ロケット野郎!! こっちはファイア助けたぞ!!
この後どうすんだよ!?」
「何かにつかまれ、『ふきとば』されるぞ!」
「え」と、グリーンの目が見開かれた。 薄暗かった空が一瞬明るくなり、厚い雲が割れる。
服の
羽音は何かの弾けるような音にかき消されていた。
枯れ木の向こうから様子をうかがっているリーフたちの見ている目の前で、金色の鳥ポケモンは降り立ち、デオキシスを睨む。
大きく羽根を広げると、デオキシスは胸元に光をためこんだ。 相手の焦点が完全に金色のポケモンへと定まる前に、ロケット団の男は声を上げる。
「吹き飛ばせ、‘サンダー’!!」
空気を切り裂くような鳴き声が響き渡ると、サンダーと呼ばれたポケモンは大きな翼をデオキシスへと向けて振った。
枯れ木にしがみつきながら、ファイアとリーフは自分の帽子を押さえつける。 それほどまでに強い風が、雷をまとった翼から巻き起こされたためだ。
薄く開いたリーフの瞳に、地面から引きはがされていくデオキシスの姿が映る。
1度地面から離れると、後は一瞬のことだった。 大きく吹き飛ばされたデオキシスの姿は遠く海の方へと・・・雨にかき消され、見えなくなった。
「
「勝手に指示を出すナ! リーダーは俺ダロ!」
気絶した団員の1人を担いだ大柄のロケット団が、大きなポケモンを操ったロケット団へと向かって怒鳴りかけた。
金色の目をしたロケット団の方は少しふらつくと大柄な男の方へと視線を向ける。
チッと舌打ちすると、大柄な男は改めて林に来ているロケット団全体に退却の指示を出した。
無数の足音が響き、林から一気に人の気配が消えていく。
降り立ったサンダーに何かされるのではないかと警戒しつつ、グリーンは足跡でロケット団を追えないかと考えたが、この雨だ。 すぐに足跡はかき消されてしまうに違いない。
呆然とその場に座り込んでいるファイアとリーフのもとへと歩くと、2人は眠りかけていた子供のように体を震わせた。
「・・・無事か?」
声をかけると、リーフの方はゆっくりと顔を上げた。
しゃがみ込んで視線の高さを合わせると、軽く震えていたまぶたが1度大きく瞬く。
「腕・・・」
指摘されて、グリーンは自分の右手を顔の前に持ってきた。
デオキシスと戦っていたときに巻きつかれた跡が、紫色の筋になって手首にくっきりと残ってしまっている。
「あぁ、大丈夫だ。 どこも折れちゃいねーし、筋も痛めてないから。
リーフ・・・見たろ、今の化け物。 俺たちがやってることは、何が怖いとか、誰が嫌いだとか、んなこと言って甘えてられるような仕事じゃねーんだよ。
レッドの推理だからアテにはならないが、あれは、どこかに落ちた自分のカケラを探しているんだ。
ああして、傷つくたびに他の生物からチカラを抜き取ってく。 早く探し出さないと・・・被害はこんなものじゃ済まなくなるぞ。」
「・・・グリーン。」
「ん?」
初めて、面と向かって自分の名前を呼ばれたことに、彼は少し驚いていた。
帽子の下で何か透明なものが流れていることには気付かないフリをして、グリーンは尋ね返す。
「あのポケモンの光で・・・林にいたイトマルが死にかけてんだ。」
「じゃあ、早くポケモンセンターに戻ろう。 治療すれば命を取り留められるかもしれない。」
「その周りに、ちっちゃい子グモがいて・・・多分、生まれてから1ヶ月経ってない・・・!」
「あ〜、分かった分かった! そいつらもまとめて保護してもらおう!
やや投げやりな様子でグリーンが言うと、リーフは顔を上げた。
変な顔をして、赤い目を向ける。
顔がぬれているのを雨のせいにしてファイアの方へと顔を向けると、リストバンドで顔をこすって笑った。
「バッカじゃね? イトマルの子にミルクだってさ・・・ハハッ・・・」
「悪かったな・・・そもそも、お前が言い出したことだろうが!」
林に出しっぱなしになっていた自分のポケモンたちを呼び戻すと、グリーンはサンダーへと向かって何か手の動きで指示を出していた。
思い切り手を上に上げると、雷をまとったポケモンは空高く舞い上がり、入道雲の上へと消えていく。
夢心地でその様子を見ていると、リーフはようやく立ち上がった。
「つーか、グリーンも
ファイアの手を引き、ひとまず立たせる。
出番のなかったミヤをモンスターボールへと戻し、ジョーの周りにまとわりついていた小さなイトマルたちをどかせていると、後ろから今までとは違う、少しひかえめな声でグリーンが話しかける。
「そういう集まりなんだよ、D.Dは。
今回のことも、放っときゃいいって
面白がって参加してきた奴と、頼まれて断りきれなかった奴と、バトルマニアと・・・とにかく、とんでもないバカ集団だ。」
「それ・・・自分のことも指してるって分かって・・・」
「あ〜! それ以上言うな!
どうせあいつとは生まれたときからの腐れ縁だよ!」
聞きたくないとばかりに怒鳴り返したグリーンを見て、リーフは目を瞬かせた。
苦笑がもれる。 長く続いたバトルが終わったときのような安堵感に、リーフは肩のチカラを抜くと視線を空へと向けた。
夕立の粒は今なお顔面に降り注いでくるが、白い光が落ちてきている。 間もなく晴れるだろう。
「ありえねーっ!!!」
腹の底からリーフは声を出した。
驚いた顔をして振り返るファイアとグリーンに顔を向けないようにしながら、はっきりと聞こえるように大声で続ける。
「こんだけ大雨に降られて、髪型ちっとも変わってねぇーっ!」
ぶっとグリーンが吹き出し、ファイアは不思議そうに首をかしげた。
「おまっ・・・! 思ってても、普通そういうこと言うか!?」
「あいにくこちら、ガキなもんでぇ〜。」
小競り合いを繰り返すリーフとグリーンを見て、やれやれ・・・と、ナナはため息をついた。
こんな調子では、チームとして仲良く・・・というのは、ものすご〜く先の話になりそうだ。