真っ赤。
朝7時、緊張に耐え切れずに目をそらしたルビーは、手持ちの時計で時間を確認した。
結局、昨日のあの状態のまま一晩を過ごしてしまった。
サファイアが家に帰っていないことを除けば、特にマズイことがあったわけではないが、正気に戻った2人は先ほどからお互いに顔を見合わせて固まってしまっている。
「お、お、おおお・・・おはよう・・・」
「・・・オハヨ。」
「気ィ・・・落ち着いたか?」
「うん・・・」
別の意味で全く落ち着いてはいなかったが、ルビーは軽くうなずいた。
こめかみのガーゼに付いたホコリを気にすると、サファイアは軽く目を開く。
「家・・・来るか? それ、取り替えなアカンやろうし、色々が・・・色々やろうし・・・」
何か話そうとしたが、ルビーの口からは何も言葉が出てこない。
小さく、小さくうなずくと、彼女は目頭をこすりながらゆっくりと立ち上がった。
ふと、何かを気がついたかのように慌てて立ち上がると、サファイアは中の階段へとつながる扉へと急いで走る。
様子が気にならないわけではないが、あまりルビーの顔をじろじろ見ているわけにもいかなかったし、何より自分たちの姿を誰かに見られないように確認しなくてはならない。
警戒している割にはがちゃりと大きな音を立てて扉を開けると、サファイアは何かにけつまずいて思い切り転倒した。
階段を転がり落ちなかっただけマシかもしれないが、顔面をしたたかに打ち付ける。
心配そうにルビーが駆け寄る中、一体何につまずいたのかとサファイアは振り向き、口をあんぐりと大きく開けた。
想定外。 扉の外で人が眠っていたとか。
「・・・ぎゃああぁぁ!!?」
割と正常に起動していた脳みそが、一瞬でクラッシュする。




大声で目を覚ました人物は、大きく伸びをするとまどろんだ目を2人に向けた。
「あぁ、ルビー、サファイア、おはよ〜。」
「ゴ、ゴールド!!? なんでっ・・・いつからそこに!?」
「いやぁ、昨夜サファイアに用事あったから会いに行こうとしたら、家から出てくとこ見かけてさ。
 追いかけてったら話しかけられる雰囲気じゃなくなってきて・・・待ってたらそのまま寝ちゃった。」
ところどころであくびを交えながらゴールドは話す。
意味があるのかないのか分からないあははという笑いが響くと、ルビーは額に手を当て、深くはぁ〜っとため息をついた。
「・・・待ってりゃ話しかけられると思ってる辺り、信じらんない。」
聞いているのかいないのか分からない顔で笑うと、黒い目を瞬かせてゴールドは階段を下り始める。
「まぁ、立ち話もなんだから、とりあえずオダマキ博士の家にでも。」
「はぁ?」
「狭い家で申し訳ないですが。」
「ワシの家じゃあっ!!」
いえじゃあ!いえじゃぁ!えじゃあ!えじゃぁ!じゃあじゃぁ・・・
サファイアが叫んだ音量がうるさくてルビーは耳をふさいだ。
どう考えてもおちょくられてるんだから、そこまでムキにならなくてもいいのに、全力で叫ぶサファイア。
コンクリートの壁に反響して、耳が痛いんですけど。


オダマキ博士は扉を開けた途端、夏らしい暑苦しさで挨拶したオトボケ3人組に目を丸くした。
どうぞとも言わないうちに上がりこんでくるし、ルビーが来るとか聞いてないし、いつの間にかサファイアは外に出ているし、頼んでいた資料を渡されるし(関係無し)。
「救急箱借りま〜す。 ルビー、先にお風呂入ってきちゃいなよ。 昨日入る暇なかったでしょ?」
いつ家の救急箱の位置を知ったんだ。 ランニングシューズのスイッチ誤作動で見るも無残な姿になった下駄箱を直しながらサファイアは心の中で突っ込んだ。
ルビーもナチュラルに風呂場に向かわないで欲しい。 本気で心臓が持たない。
切ない気持ちを眉毛に表しつつ横になった下駄箱を起こすと、ベストスマイルなゴールドに居間まで連行される。
自分は風呂入らなくていいのか。 余計な心配をしつつソファに体を沈めると、勝手にテレビをつけてからゴールドはボロボロのバッグから茶封筒を取り出し、目の前にあるテーブルへと置いた。
「え〜と、あ、そうそう。 サファイアにお仕事頼もうと思って。
 サファイア、バトルフロンティアって・・・知ってる? 今CMとかもやってる、トレーナー専用のテーマパークなんだけど。」
昨日問題になったばかりの場所の名前が出てきて、サファイアは目を丸くした。
驚いた顔のままうなずくと、ゴールドは封筒の中身を取り出し、机の上に並べる。
細々とした字で書かれたレポート用紙と、どこかの建物の図面、それとサファイアとそれほど変わらない年頃の女の子の写真。
いつ、こんな子と交流があったのだろうと不思議がりながら写真を手に取ると、隣に座る男は書類を広げる手を止めてそれを指差し、黒い目を向ける。
「その子の手伝いをしてほしいんだ。 名前は『白丘 ひなた』ちゃん、年はルビーと同じで12歳。
 こないだ開かれたポケモンリーグホウエンブロックに神眼の人が大勢来てて、その調査をリーグ本部から頼まれてるんだ。
 調べたら、神眼だった人のうち5人が、このバトルフロンティアってところに所属してることがわかったんだって。
 で、頑張ってるみたいなんだけど・・・人手が足りない上に、本人言わないんだけどフロンティア側の人に睨まれちゃってるらしくってさ。
 サファイア手伝ってくれないかな? もちろん、正式な依頼だよ。」


何だかよくわからない記号の書かれた紙を見つつサファイアが考えていると、不意に後ろから手が伸びてきて机に置かれた写真をつかむ。
「え、この子ヒナちゃん? 依頼人この子なのかい?」
「違うけど、その子手伝ってっていう話。」
人の背中に乗りながら話するのを止めてほしいと、サファイアはかなり本気で願っていた。
胸当たってるし。 心臓持たないし。 思考止まるし。
出来るだけ意識しないよう思い切りうつむいた体勢のまま、湯上りで体から蒸気を出すルビーへと尋ねる。
「・・・知っとるん?」
「え? サファイア知らないのかい? ・・・っかしいな、知らないハズないんだけど。
 ほら、インタビューでも名言残してたじゃないか、「あたし、まだまだヒナですから」って。」
『ひなた』と『ヒナ』のシャレまでは分かったが、やっぱり覚えがない。 ルビーの方に気を取られているせいもあるかもしれないが。
助けを求めようにもゴールドは魔法少女ミチコちゃんを見て大笑い、オダマキ博士は研究所仕事場に出勤済み。 取り付く島もないとはこのことだ。
「行かないのかい? 暇なんだろ?」
「いや、でも・・・」
返事に詰まっていると、丁度CMに入ったテレビから目をそらしたゴールドがルビーの髪をかきあげ、傷の状態を確認する。
「ん、かすっただけみたいだ。 そんなに深くないから1週間もすればかさぶたも取れて元通りになるよ。」
サファイアはショックを受けた。 肩叩くだけでも勇気がいるのに、何でこの2人は平気で人にくっついたり触れたりするのか、主にルビーの髪とか。
再びテレビに熱中しだしたゴールドをよそに、藍色の空気をしょって沈み込んでいるサファイアを見るとルビーはニッと笑った。
生乾きの髪越しに、わざとぺっとりと頬をつける。
「・・・なに、いいんだよ? 髪くらい触っても。 減るもんじゃないしさ。」
あまりにあっけなく『オーバーヒート』したサファイアを支えるように、ルビーは後ろから抱きついた。
「行きたいナ〜、バトルフロンティア。」
「ハイ、イキマス・・・」
裏声で話しかけたゴールドの誘惑に、あっさりとだまされる。
それでいいのかチャンピオン。 苦笑するルビーを窓の外から見ていたズバットは、強い風に流されどこかへと飛んで行った。








大きな翼。 真っ赤に燃える尻尾の炎。
ふた回り大きくなった体で、セロはファイアのことを見下ろしていました。
少しだけ戸惑いもあります。 だって、リザードだったときでさえ、セロはファイアより背が低かったのですから。
それでも、気持ちはとても誇らしくありました。
進化したのですから、当然チカラは以前よりずっと強くなっています。
「おぉ、ずいぶんと立派になったもんだねぇ。 ばあちゃん、とっても嬉しいよ。」
しわがれた声に、ファイアは後ろを向きます。
道着を身に着けた女性は進化したばかりのセロに手を触れると、しわくちゃの手で体をなでました。
「これなら、セロに教えてもいいかもしれないねぇ。 この道場に代々伝わってきた、究極の伝承技。
 ファイア。 どうするかい? あんたは充分強いよ、あのリーフを超えるかもしれないくらいにね。
 それでもまだ修行、続けるかい?」
おばあさんの優しい顔とは裏腹に、厳しい修行を続けてきたファイアの服はボロボロでした。
それでも、ファイアはまだまだ諦めるつもりはありません。
にっこりと笑うと、大きくうなずきました。 危なくないよう、少し離れたところで見ていたナナが、少し悲しい目をします。

わかってた、わかってたけど・・・やっぱり、逃げられないのね。
「逃げる? 鬼ごっこするの、ポケモンさん?」
隣に座っていた女の子が、ナナに尋ねます。
すぐさまナナは首を横に振りました。 華奢きゃしゃな見た目とは違い、意外に体力のある彼女と遊ぶのはとても大変なことなのです。
あたし、戦えないのよ。 人と話すのってすごくパワーがいるの。
 生まれてすぐ、決断を迫られたわ。 バトルも進化もしないまま、ファイアのポケモンとして過ごすか、野生のポケモンとして、普通に生きていくか。
 今の生活、満足してる。 ファイアも、周りの人たちもすごく良くしてくれてるもの。
 でもやっぱり・・・あの子には、危ない目にあってほしくない。 あたし、ファイアのこと好きだもの。

「ふーん?」
女の子はあまり興味なさそうにしていましたが、ナナはそんなこと気にしていないようでした。
立ち上がると、ファイアのところへと走ります。
悲しい顔をしたままファイアに飛びつくと、ぎゅっと体を抱きしめて笑いました。
がんばりましょ、ファイア! 8年前のこと、あたしたちの手でカタをつけんのよ!
「・・・うん!」
少しだけ返事に時間のかかったファイアを見て、道着を着た女性は厳しい顔をしました。
女の子に預けていたナギナタを手に取ると、柄頭を地面に打ちつけ、ファイアに背を向けます。
「ついておいで。 究極技の伝承をするには、ここは狭すぎるからね。」
ファイアの目の前には長い長い階段が連なっていました。
とても小さな体ですが、上れないことはありません。 ですが、降りるときのことを考え、ファイアは少しだけ戸惑います。
セロの不安そうな目を見てから、意を決したようにファイアは走り出しました。
決して後ろを振り返らないように。 ナナをぎゅっと抱いて。
離れたところでそれぞれトレーニングをしていたポケモンたちは、そんなファイアの背中をじっと見つめていました。








要求されたタスクはエラーしました

今日何度目とも知れないエラーメッセージが表示されると、マリンは大きくため息をつく。
いまだにメールも電話もつながらないし、くりかえしてきたハッキングは昨夜突然ガードされてしまった。
別の方法を模索してはいるが、一晩で変わったとは思えないほどのセキュリティの厳重さにモニターはエラーメッセージの嵐。
頬をポリポリとかくと、マリンは横に置いたフライドポテトをつまんでから頭を抱えた。
こういう時、陽動に使える人間がいないというのは辛いものがある。
「座っていい?」
「え?」
マリンは顔をあげ、そこで初めて自分の前にいる子供の姿に気付いた。
気配も気付かなかったことを不思議に思うが、自分は画面に熱中していたし、気をつけなければいけないのは後ろだけだ。
特別怪しむこともなくいつもの笑顔をつくると、占領していた机を少し空け、トレイを持った子を受け入れる。
ジュースの氷は、だいぶ溶けてしまっていた。
薄くなったそれを一気に吸い込むと、マリンは一旦作業の手を止め、目の前にいる少年を見る。
いでたちからトレーナーだということは分かるが、あまり見覚えのない顔だ。
少女かと見間違うほどの長いまつげを見てため息をつくと、サラダをつまんでいた相手はこちらを向き、にっこりと笑った。
「すごいね、完璧と言われてたARI−Webのセキュリティを突破するなんて。」
作業に戻りかけていたマリンの手が止まる。
悪寒からか動かなくなった手を温めようと左手で利き手の方をつかむと、ゆっくりと警戒した目で相手を睨む。
「なんのこと・・・かな?」
「怖がらないで、ボクは別にキミをどうこうするつもりはないよ。」
口をつけていたコーヒーのカップをテーブルに置くと、少年は軽く首をかしげるような動作をとった。
「エニシダさんや他のブレーンたちは騒いでたみたいだけどね。
 おかしくない? 自分たちで作ったシステムなのに、侵入があったかどうかも気付いてないみたいなんだ、あの人たち。」
作業の手を止めるとマリンはパソコンの電源を切った。
ゆっくりと顔を上げると、相手の顔を脳裏に焼き付ける。
「キミ、タワータイクーンね?」
「うん、それが?」
意外にもあっさりと肯定され、マリンは返す言葉がなくなった。
7人いるフロンティアブレーンのうち、ただ1人情報のなかった、最も大きな施設・・・バトルタワーを治める君主。
ここで出来るだけ情報を得ようと、思考を張り巡らせる。
だが、そうする前に相手が笑顔で差し出してきたものを見て、彼女は疑問を持たずにはいられなかった。
何も書かれていないCD−ROM。 確認が出来ない以上、それを調べることが出来ない。
「・・・セキュリティホール、って、いうらしいね。」
まるでつい最近知ったかのような言い方に、マリンは目を瞬かせる。
「このロムを使えば、多分フロンティアのメインシステムにアクセス出来る。
 あぁ、気にしないで。 キミ、無名だけどちょっとはバトルできるみたいだからさ。 こっちは早くたどりついてほしいわけだし。
 最近ヒマでヒマで死にそうだよ。」
上がりかかった腕をマリンは途中で止める。
完全に自分を知らない口ぶり。 疑問は尽きないが、質問すればそこから自分のことを探られる恐れもある。
今、情報を与えることは得策ではないと考え、CDを受け取るとマリンは立ち上がった。
一言も話さないまま、タイクーンに背を向けてポケモンセンターへと歩き出す。



「うるさい・・・うるさい・・・!」
頭の中をよぎった声に、マリンは顔をしかめた。
悪夢は、身近なところにある。

・・・お前、こんな戦い方して、恥ずかしくねーのかよ!!