嵐は完全に過ぎ去ったとは言えないが、それでも船は航行した。
日をずらしてもいいのは、リーフも分かっている。 にも関わらず、今、7の島の港に立っている理由を、リーフは口で説明出来ずにいた。
ナナシマの中でも取り分け人口の少ない7の島。港は、波音とポケモンの鳴き声しか聞こえない。
「静か・・・」
つぶやいた自分の声さえ大きく聞こえ、リーフは一人、身を震わせる。
普段はにぎやか過ぎて、そんなことちっとも意識していなかった。
1歩歩き、2歩歩き、リーフはレッドから渡された地図に目を落とす。
お世辞にも上手いとは言えない字と殴り書きとしか思えない地図らしきものを解読すると、そのまま南へと歩き出した。
1歩歩くごとに、記憶がよみがえる。
『しっぽうけいこく』 トレーナーをこころざし、真新しいモンスターボールを持って近づいてはいけないと言われたこの道を歩いたのが1年前。
風の匂いも、草を踏みしめる感触もあの時のままだ。
ただ、初めてここに訪れたときと違うのは、1年でめきめきと増えた身長と体重、それに確かにリーフがポケモントレーナーであるという、目に見えない印があることだった。




モンスターボールをホルダーにしまうと、リーフは1匹もポケモンを出さずに歩き出した。
代わりにそこらの木から伸びている枝を1本拝借してポケットナイフで整えた、手製の木刀を肩にかつぐ。
出来るだけあの時と同じように歩きたかった。
それでも、腰についたモンスターボールは否応なしにリーフをトレーナーでいさせる。
道を少し行ったところで、リーフは「はぁ〜っ」と深くため息をついた。
ガタガタガタガタ、外に出せと自己主張するポケモンたち。
センチメンタルにも浸っていられない。 赤いキャップの上から頭を押さえると、リーフは仕方なくボールに閉じ込めていたポケモンたちを解放する。
「あのさぁ・・・お前ら。 オレにも考え事するときとか、感傷にひたりたいときとかあるわけ、わかる?」
「く・・・」
羽のような耳を動かし、カメールのジョーはリーフの顔を覗き込む。
何だかんだで全員リーフになついてはいるが、行動に表してくれるのはジョーだけだ。
リーフが苦笑しつつ頭をなでようとすると、見ている目の前でジョーが青いツノに持ち上げられ、ジャグリングのようにくるくると回される。
悲鳴が上がる。 先輩とも言えるジョーをおもちゃ代わりにするヘラクロスへと向かい、リーフは怒鳴りつけた。
「アオガ! てめ、勝手なことすんなよ!
 いいか、言っとくぞ? ジョーで遊んでいいのはオレだけだ。
 お前はオレの子分だ。 子分は親分の言うこと聞いときゃいいんだよ!」
捕まえたばかりのヘラクロスは、ムッと怒ったような顔をするとリーフに背を向けてムシするようなポーズを取る。
肩に担いだ手製の木刀を振り回すと、リーフはニッと笑い軽くうつむいた。
「なんだ、やるのか・・・? 受けて立つぞ。」
オロオロとうろたえるジョーはケンカを止めようとリーフに近づく前にガラガラのトシにつかまり、引き離される。
リーフ自身も、体はアオガに向けながらも視線を回していた。
自分じゃない誰かたちの気配がする。 トン、と木刀を肩に打ちつけると、風で飛ばされないよう帽子を押さえ、リーフは口元だけで笑う。
「・・・来たな?」


いつの間にか自分たちを取り囲んでいた野生のポケモンを見て、ジョーは驚き、リーフの影に隠れようとする。
「ジョー、アオガ、お前ら知らねぇよな? ここら一帯、ガラガラのナワバリなの。
 血の気の多いこいつらに囲まれて育つから、他のポケモンも凶暴化するんだ。 ここを抜けなきゃ、アスカナ遺跡には辿り着けないぜ!」
細い枝がひゅんと音を鳴らす。
戸惑うヒマもなかった。 慌てて放った『みずでっぽう』は詰め寄ってきたオニドリルに簡単にかわされ、ジョーは鋭いクチバシの一撃を食らう。
とっさにガードしなければその攻撃でやられていただろう。
正確に甲羅で守れない喉元を狙ってきたオニドリルの凶暴な目付きに、ジョーは涙目でひくっと喉を鳴らした。
「ほらどうした? トシはとっくに1匹目倒してるぞ。」
白目を向いたペルシアンを横目で見ると、ジョーはこわごわオニドリルに向かい身構える。
そうなると、アオガも負けてはいられない。 自慢のツノを振り回しながらゴマゾウへと突進する。
相手も簡単にはやられない。 体を丸めて勢いをつけて回転すると細かい草をまき散らしながらヘラクロスへと突っ込んでくる。
アオガはそれをツノで受け止めると、自分の後ろへと投げ飛ばした。
子供ながらに大きなゴマゾウの体がジョーへと向かって飛んでくる。 とっさに防御体勢を取ったカメールの目の前を、細い物体が通過した。
ジョーがまばたきする間に、リーフの振り下ろした木刀がゴマゾウの体を地面へと叩きつける。
余裕があるなら、しばらく固まっていたかった。 木の枝1つでポケモンと渡り合える人間がいるのかと。
迫りくるオニドリルのクチバシを甲羅で受け止めると、ジョーは水流を相手へとぶつけ、遠くへと押し返す。
「やるじゃん」と強気な笑みを自身のカメールへと向けると、リーフは飛び掛ってくる野生のガラガラが振り下ろした骨を受け止め、周囲を睨むように見回した。
以前来たときと様子が違う。
確かにここのポケモンたちは凶暴だ。 しかし、今のように種族に関わらず入ってきたものに集団で襲い掛かってくるようなことはしなかったはずだ。
ましてや、トシは元々ここに住んでいたポケモンだ。 相手をするには殺気立ち過ぎている気がする。
トシもそのことには気付いているようで、腕の振りにいつもの鋭さがない。
昔の仲間であったはずのトシに殴りかかってくるガラガラを追い返すと、リーフは自分のポケモンたちの様子を観察する。
今のところ勝ってはいるが、やはり指示なしでは群れで生活するポケモンとの数の差を埋めきれないようだ。
ポケモンの訓練を諦め、1点突破しようとヘラクロスのアオガをモンスターボールへ戻そうとしたとき、ジョーの耳がピクリと動く。
何かが川をさかのぼってきているのだ。
異変に気付いた野生のガラガラが侵入者を排除しようと襲い掛かったとき、そのポケモンは現れた。



ファーイーアーさーまーっ!!
襲い掛かったガラガラが飛び出してきたピンク色のポケモンの腕にぶつかり、吹っ飛ばされる。
敵味方全て、そのポケモンの登場にはひるんだ。
本当にポケモンかと問いたくなるほどのド派手なピンク色に、救助用の浮き輪を首につけたような赤白のエリマキ。
ヤドンの進化系で、頭にシェルダーをつけているからヤドキング。 そこまではリーフも知っている。
だが、普通言葉は喋らない。 人の名前を叫んで暴れまわったりしない。 ましてやストーキングするポケモンなんて聞いたこともない。
言葉も出ずに固まっているリーフを見つけると、ヤドキングはどすどすと足音を上げながら近づいてきて彼の肩をゆさぶった。
じょおうは心配ございましてあるのですわ! ファイアさまはどちら様にお行き様になられたのでしょう???
 あああ・・・見失ってはじょおうはご主人に叱られてしまうのでございます! どうしましょう、どうしましょう・・・

1人(1匹?)で騒いで1人で落ち込んでいるヤドキングを見て、リーフは目が点になる。
いち早く状況を理解したのか、野生のペルシアンは動きを止めたリーフとヤドキングの方へと飛び掛かる。
しかし、ヤドキングは決して集中力があるようには見えない目で相手を見ると、腕を振り回し1発でペルシアンをKOした。
じょおうは悩んでいるのでございますわ! 邪魔しないでませませ!!
「いっ・・・!?」
明らかに野生の強さじゃない。 ノビたペルシアンを見てリーフはそう判断する。
ペルシアンには悪いが、おかげで何とか正気を取り戻すことが出来た。
2メートル以上ある体を縮ませて悩み続けているヤドキングに、恐る恐るリーフは話しかけた。
「あの・・・さ、ファイアの知り合いなのか?」
ファイアさまを知ってるのでございますか!?
ヤドキングの身長が伸びる。 脅されてるんだか驚かされてるんだかわからない。
怖いのか怖くないのかよくわからない顔でリーフのことを見ると、ヤドキングは「あら?」と言って丸い目をまばたかせた。
よくご覧になさいますと、あなた殿・・・ファイアさまと一緒にいた・・・
今まで気付いていなかったのか、と、驚きやら呆れるやらでリーフは再び言葉を失う。
ジョーがリーフの腕を引く。 いつの間にか、いなくなっている野生のポケモンたち。
に落ちないことは多すぎるが、いちいち考えたり調べたりしていては話が進まない。
ひとまず野生のポケモンたちのことは放っておくとして、リーフはジョーの耳をくすぐるとヤドキングの方に向いた。

「『リーフ』。 あのさ、お前こそ一体何なわけ?
 確か、1の島からずっとオレたちのことつけ回してたよな。」
お前ではございません、じょおうはじょおうなのでございますわ!
「え、なに・・・その『じょおう』ってお前のニックネーム? お前の主人、相当変わってるな・・・」
ご主人をバカにする人をじょおうは許さないのでございますわーっ!!
「いてててっ!! ギブ! ギブ!!」
怒り任せに締めつけてくる手をバンバンと叩くと、リーフはぜぇぜぇと息をつきながら一息置いた。
本当に何なんだ、このポケモン。 こんなポケモンをほったらかしてトレーナーは何をしているんだ。
ずり落ちかけた帽子を直すと、じょおうと名乗ったヤドキングはリーフの背中をなでながら、はぁ・・・と、ため息をついた。
とんでも申し訳ありませんなのです。 じょおうは少し気が立ちすぎていたのでございますわ。
 いつまで経ってもファイアさままで辿り着けず、焦っていたのだとじょおうは存じ上げます。

「・・・あのさ、じょおうだっけ? お前、何なわけ? ファイアのポケモン?」
じょおうはじょおうでございですます。
 じょおうは、ご主人にファイアさまを守るよう言い付かったのでございますわ。

そう言うとヤドキングは深くため息をつき、肩を落とす。
一体どうやったのかまでは分からないが、何十キロ何百キロと離れたナナシマの間を動き回るくらいだ、相当命令には忠実なポケモンなのだろう。
少し気の毒に思っていると、リーフの鼻にぽつりと雨粒のようなものが当たった。
見上げると『あまごい』で呼び出された雲が、やる気マンマンに雨を落とし始めている。
夏とはいえぬれたら風邪を引くし、地面タイプのトシは水が苦手だ。
「げ」と嫌そうな声を上げるとリーフはひとまず雨宿り出来る場所を求め走り出した。
その後をヤドキングがついてくる。 雨雲を連れて。
お待ちくださいませ、リーフさまー! なぜお逃げになされるのでございますかーっ!!
「うるさいっ! ついてくんなら、その雨雲しまえ!!」
『あまごい』の雲は5ターン経たないとお消えになられないのでございます〜!


こんなワケのわからないポケモンにゲームシステムを説明されるなんて・・・と、やや意味不明な怒りを感じながらリーフは近くにあった岩穴に逃げ込むと、ずぶぬれになったトシとアオガをリュックの中にあるタオルでふいた。
ジョーだけは雨を喜んでいるようなので、そのまま外に出しておいてやる。
他のポケモンたちをモンスターボールの中に戻すと、リーフはタオルをしぼりながらざんざん降りの外を見上げる。
よくもまぁ、ここまで極端なことが出来るものだ。 彼女が上ってきた川があふれ出しそうではないか。
「・・・あのさぁ、気の毒だとは思うんだけど・・・じょおうの探してるファイア、船で2の島まで戻っちまってるよ。」
ちなみに7の島から2の島まで1000km近くある。 分かりやすく『おーあーるぜっと』の絵文字で落ち込むヤドキングを見て、リーフは少し気の毒になってきた。
泥んこの地べたに座り込むと、肩から荷物を降ろし、雨に打たれてはしゃぎまわっているジョーとじょおうの方に視線を向ける。
「なぁお前、そもそも何でファイアを追っかけてんだ?」
顔を上げると、ヤドキングはぷぅとため息のようなものを吐いて、口を開いた。
デオキシス・・・
聞き覚えのあるフレーズがリーフの耳を揺さぶる。
とてもまぬけポケモンから進化したとは思えないほどの真剣な表情で、じょおうは先を続けた。
大君たいくんおおせられてございますのです。 デオキシスには『神』を吸い取るチカラがあると・・・
 レッドさまが倒れられてすぐ、カントーとの通信がつながらなくなられました。
 ご主人はファイアさまの身を案じられまして、じょおうめをつかわされましたのでございます。
 それなのにじょおうは・・・じょおうは・・・ああ! どうなされれば良いのでしょう!?

「ちょっ・・・!? シェルダー当たってるし!!」
岩に頭を打ちつけ始めたヤドキングをリーフは慌てて止める。
少し体も乾いてきたのに、またずぶぬれだ。 ぐったりと疲れた顔をすると、リーフはじょおうを連れて岩穴の中へと戻る。
1度絞ったタオルでもう1度自分の体を念入りにふく。
ヤドキングの頭についたシェルダーが目を回している。 少しだけその身を心配すると、リーフは何かを考えるようにぬれたジーンズに顔を埋めた。
「・・・また、『デオキシス』・・・か。」
ファイアを狙うデオキシス、レッドとカンナを襲ったデオキシス。 戦えるのが自分だけだと言われてもどうにもピンとこないが、D.Dにいる彼らにとって、それにナナシマにとって、デオキシスと戦うためにリーフが必要な存在であることは確かだ。
頼られるのは嫌いじゃないが、リーフも人間だ。 あの怪物のようなポケモンと本当に渡り合えるのか、心の底で渦巻く恐怖のような感情も、確かに感じていた。
技の効果も切れ、段々と雨のあがっていく空に目を向ける。
雲間から差し込んでくる光はポケモンと同じで、何も言わない。 裏切らない。
リーフはそれが好きだった。 泥だらけのまま抱きついてきたジョーを苦笑しながら引きはがすと、リーフはふと、岩穴の奥に目を向ける。
「・・・こんなとこ、しっぽうけいこくにあったっけか?」
自然に出来たにしては整いすぎた岩の配列。
ほぼ真四角な部屋の形を見て、リーフは首をかしげる。




やたらと長いじょおうの尻尾が、泥だらけの地面をすった。
『アスカナのかぎ』にございますわ。
聞き覚えのない言葉に、リーフはヤドキングの方へと顔を向ける。
普段は固く閉ざされ、常人は立ち入ることすら許されません。
 やはり何か、とても恐ろしいことが起きようとしているのではとじょおうはお考えになられるのですわ。

「オレが・・・頼られてるってコト?」
そこまではじょおうにはお分かりになられないのでございます。
リュックを持って立ち上がると、リーフは岩穴の奥へと歩く。
見れば見るほど不自然に丸い岩。 触れるとぐらぐらと揺れるが、リーフのチカラでは動かせそうにはない。
帽子の水を払うと冷え始めた鼻から水滴を弾き、岩穴の奥にぽっかりと空いた穴に、2つの目を向ける。
「・・・風?」
笛のようにひゅうひゅうと音を上げる穴を見下ろすと、リーフはそうつぶやいた。
吸い込まれそうな深い穴に視線を落としてから、じょおうに視線を戻すと彼は尋ねる。
「じょおう、ここは『鍵』なんだよな?」
『アスカナのかぎ』にございます。
同じセリフを繰り返すじょおうに、リーフは軽く息をつく。
「・・・呼吸・・・・・・」
とん、と、手をつくとリーフは丁寧に並べられた岩を転がそうと押し始める。
もちろんそんな大きなものが人のチカラで動くわけもない。 それでも押し込もうとするリーフの姿を見て、カメールのジョーは慌てて彼のそばへ駆け寄ると、一緒になって岩を押し始めた。
大きな岩が転がり始める。 つられて一緒に転がりそうなジョーを抱えると、リーフはそれを一気に穴の方へ蹴った。
ずぅん、と低い音を上げ、息を吸い続ける穴に岩がはまる。
何かの鳴き声が聞こえ、リーフは眉を動かした。 どうやら、自分の考えは間違ってなさそうだ。
「よし、他の穴もふさいでみようぜ。」
ジョーはうなずくと、リーフの方を何度も振り返りながら並べられた岩を『かいりき』で押していく。
その様子を入り口近くから見ていたヤドキングは、複雑そうな表情をしていた。
リーフが指示を間違えないのだ。 誰かが呼ばなければ、パズルのように入り組んだこの『アスカナのかぎ』を解くことなど出来ないはずなのに。
これで良いのでしょうか・・・ご主人・・・
彼女の心配をよそに、6つ目の岩が風の吹き抜ける穴をふさいだ。
何かの鳴き声のような音は、既に大合唱となって残る1つの穴から漏れ出している。
眉を潜めるとリーフはジョーと共に岩を押し、壁に囲まれた最後の穴に大岩を落とした。
途端、ざわめきだしたリーフの細胞。
慌てて外へと飛び出していく。 そこにあった光景を見て、リーフは息を呑んだ。




「何だこれ・・・ポケモン・・・?」
景色が変わっていた。
夕暮れ時の鳥のように空を埋め尽くす何かの生物に、目を見開く。
動いているし、中心にあるぎょろぎょろとしたものが光を持っているから生物なのは間違いないだろうけど、そうでなければ生きているとも思えなかっただろう。
アンノーン・・・
直径50センチほどの黒い物体は、渓谷けいこくの南・・・アスカナ遺跡に近づくにつれ密度を増している。
おびえているのか、ジョーがリーフの体にぎゅっとしがみつく。
それでも、戻るわけにはいかない。 アスカナ遺跡の方を睨むと、リーフはヤドキングに一礼して走り出した。
木刀が水音を上げる。 気味が悪い、これだけ自分の存在を主張するような走り方をしているのに、全く襲い掛かってくる様子のないポケモンたち。
飛び上がった銀色の鳥エアームドが黒い生物に取り囲まれ、身動きが取れなくなっている。
思わず立ち止まってその様子に目を向けていると、ばらけた黒い生物の間から落ちてきたエアームドは眠っていた。
反射的にこれから動く先に目を向ける。 進もうとしている先に、ポケモンがいないことに気付く。
『誰か』が道を開けている、あの黒い生物を使って。
生唾を飲み込むと、リーフは再び走り出した。
海岸線が近づくにつれ、そこにポケモン以外の何かがいることがわかる。
目を細める。 その姿に見覚えがあるのだ。
直感的にそれが黒い生物たちを操っている『誰か』だと感じ取ると、リーフは相手に向かって手を伸ばした。
金色の目が細められる。
伸ばした手が『誰か』の体をすり抜けると、リーフの目の前が真っ白に輝いた。








いくら船代がかかるからといって、下手にハギ老人などに渡しを頼むものではない、と、3人は深く後悔した。
台風一過の凪いだ海だったはずなのに、急流下りでもしているのかというほどの揺れ、スピード、悲しいくらい激しい怒声。
「ちょっ・・・ちょっと・・・! もう少し・・・おだやかに・・・」
「あぁ!? 俺の運転が気に入らねぇってのか!?」
ひはしたひははんら舌噛んだ・・・!!」
切ない意思表示をした直後に船が大きく揺れ、サファイアの口の中で「ガッ!」と大きな音がした。
これは痛い、とても痛い。 声も出ず涙目になる彼を見ると、ルビーはアゴに手を触れてちゃんと歯を噛み締めているよう、うながした。
説得に失敗したゴールドは手すりにしがみついて、半泣きで「何で会う人スピード狂ばかり・・・」と、謎の呪文を唱えている。
ルビーは割と平気な顔をしている。
ガソリン代が心配だし、もう少し安全運転してほしいな、と思いつつ周囲を見渡す。
既に陸地は見えなくなっている。 にも関わらず、空にズバットが飛んでいることに彼女は納得できずにいた。
気がかりなことが多すぎる。
にも関わらず調べている時間がない自分に軽いいらだちを覚えながら、ルビーは白いしぶきに目を向けた。



自称ホウエン1チャーミングなテレビレポーター、マリは『かんしゃく』を起こしたように腕を上から下に振り下ろした。
「遅かっ!! 人を2時間も待たしといて何やっとーよ、あんディレクター!!」
「あのディレクターが遅れてくるのは今に始まったことじゃないですよ・・・
 それよりマリさん、爪噛まないで下さい! カイナ弁出てます! 物に当たらないで下さい!!」
モチのような肌を震わせて大きな機材を抱えなおすのは、カメラマンのダイ。
疲れたようなため息をつきつつ、彼はマリをなだめる。
ダイとは比べ物にならないほど小さなハンドバッグを振り回すと、細身の女性は港に目を向ける。
定期便はまだ来ない。 一向に姿を現さないディレクターにやきもきしながら白い波を見つめていると、不意に水面が強く揺れ、マリの目が見開いた。
小型の船が信じられないスピードで港に突っ込み、衝突とも見える勢いで接岸する。
突然のことに誰も反応できず、一瞬静まり返る。 いち早く動き出したマリはハンドバッグからマイクを取り出すと謎の船へと向かって走り出した。
「スクープ! 『人気テーマパークに謎の小型船衝突!?』手柄はいただき! 行くわよダイ!!」
「は、はい!?」
キンキン声で怒鳴られ我に返ったダイは、慌てて20キロ以上ある荷物を担ぎ彼女のことを追いかける。
重たげなドタドタという足音を気にするように眉を潜めて降りてくる少女を見ると、2人は「あっ」と同時に声を上げた。
タラップも使わず飛び降りたのにも関わらず、少女は何事もなかったように立ち上がると船の方に振り返る。
青い顔をして船から顔を出した少年を見て、またしても2人は「あっ」と声を上げた。
落ちた。 海に。
特に驚いた様子もなく海面を見つめる少女の前に、少年を乗せたラグラージが浮上する。
少年を陸地へと押し上げると、大きなポケモンはやれやれといった様子で頭を少し下げた。
水は飲んでいないようだが、全く動く気配のない少年をつんつんと突くと、少女はマイクを向けることも忘れていた2人に気付き、大きな目を向ける。


「それじゃ、ありがとうございました!」
元気のいい声が響くと、船上からもう1人少年が降りてくる。
2人よりは年上のようだが、その顔にはまだいくらか幼さが残っていた。 マリとダイの方に向く少女の方を見ると、首をかしげて声をかける。
「どうしたの?」
「あの2人・・・」
右のこめかみを押さえながら少女はマリとダイのことを指差す。
そのままとことこと近づくと、ダイは幼いながらに色気を含んだその容姿に思わずツバを飲み込んだ。
自分にカメラを向ける2人を確認すると、彼女は小さく「あぁ」と声を上げて、うなずきながらマリとダイのことを見比べた。
「ホウエンTVの・・・」
「あ、覚えててくれたのね、嬉しいわ!!
 半年ぶりですか、え〜と・・・Pink sapphireの・・・ん? ここはバトルフロンティアだからトレーナーの・・・? それとも・・・」
「『ルビー』でいいですよ、今日来たのもただの暇つぶしみたいなものだし。」
「そう、じゃあルビーさん! 改めまして、私はレポーターのマリ、こっちはカメラマンのダイ、以後お見知りおきを。」
アハハ、とルビーが笑っていると、ようやく気が付いた様子の少年はのそのそと起き上がってふらふらとこちらへと近づいてきた。
途中で転ぶと仕方ないといった感じでルビーは近寄り、その近くでしゃがみ込む。
マリはその少年に見覚えがあった。 確か、ポケモンリーグホウエンチャンピオンのサファイア。
こんなところで出会えるとは思ってもみない幸運だが、仮にもチャンピオンがこんな情けない姿をさらすのってアリなんだろうか。
「サファイア、あんたねぇ・・・クウで飛んでたって同じくらいのスピードは出てんじゃないかい。」
「体感速度が違うんだよ。 あんな小さい船で普通100キロ越さないって・・・」
背の高いほうの少年が答え、ルビーはそれに合わせて顔を上げる。 つられるように視線を上げ、マリは少年の顔をじっと見ると首をかしげた。
どこかで見た覚えがある気がする。 それが思い出せずに考え込んでいると、少年は倒れているサファイアを起こして丁寧に服の泥を払った。
「あの・・・お兄さんですか?」
尋ねると少年は少し置いてから顔を上げ、自分のことを指差す。 マリがうなずくと彼はアハハ、と声を上げて笑い、首を横に振った。
「え、違う違う! 僕は2人の友達。 ただのポケモントレーナーですよ。
 あの・・・レポーターさん? 爪噛まない方がいいんじゃ・・・」
自分が原因とも知らず、つながりかけたシナプスを何とか補強しようと考え込むマリに少年は心配そうな声を掛ける。
あ、と小さな声を上げて彼女が口元から手を離すと、目元で笑う少年の姿に一瞬動きが止まった。
ルビーが腕を引く。 少年が顔を上げると、港の入り口には彼と同じ年頃の少女の姿。
先ほどとは違う、嬉しそうな笑みを向けると少年は彼女へと向かって大きく手を振った。




「クリス! 先着いてたんだ!!」
「だーから言ったでしょ? ケチらないで定期船使った方が早いって。
 ・・・っとに、変なトコで意地張るんだから・・・」
クリスと呼ばれた黒髪の少女は3人へと近寄ると、まだ気分悪そうにしているサファイアをひょいと肩に担ぎ上げた。
それを見てルビーがぎょっする。 マリとダイだって驚いた、見た目普通の中学生なのに。
「食用肉じゃないんだから・・・」
「あんたたちじゃ頼りないからでしょ?
 それよりいいの? あたし『アキコ』じゃなくて。」
「電話じゃないからね、ここじゃ正体隠せっていう方が無理だよ。」
「辛いねェ、有名人も。」
軽く言葉を交わすと、ルビーは気がついたようにマリとダイの方に向き直り、簡単に別れの挨拶を交わした。
2人(+食用肉と言われたサファイア)の方に駆け寄ると、右のこめかみを気にするような動作をしながらルビーはサファイアを担いだ少女へと話しかける。
それ以上気にされないのか、サファイアは。
「シルバーは?」
「真っ青な顔してポケモンセンターで休んでる。
 っとに、乗り物弱いんだからポケモン使ってくればいいのにねぇ・・・」
「クリス、少しはシルバーの気持ち、くんであげなよ・・・」
苦笑混じりに少年が言うと、4人は港を出、マリとダイの視界からは見えなくなった。
余韻よいんも消えた頃、2人は顔を見合わせ、お互いに目を瞬かせる。
やがて、マリの方が「あっ」と声を上げてダイを指差した。
「・・・『ゴールド』!」
「へ?」
ダイは首をかしげる。 物分かりの悪い子供に言い聞かせるかのような調子で、マリは一気にまくし立てた。
「さっきの男の子! 第4回ポケモンリーグチャンピオンのゴールド・Y・リーブス!!」
「え、え!? あの無敗伝説の?
 でも彼、確かプロフィール公開拒んで、写真公表されなかったはずじゃ・・・」
「大会のVTR見たでしょ! 少し背は高くなってるけど、あの前髪と黒い目! 間違いないわ!!」
怒りを込めたこぶしを振り下ろすと、ダイは驚いたように細い目を見開かせて港の出入り口へとカメラを向けた。
次の定期便の時間も遅く、港に入ってくる人間はいない。
撮るものもなく停止状態でカメラを下ろすと、マリは、親指の先をガリガリやりながら自分の考えに没頭する。
「さっき来た女の子も、確かリーグチャンピオン・・・なんでこうチャンピオンがゴロゴロしとっと?
 これは絶対、何かあるたい。 ふふ・・・あたしのレポーター魂が叫ぶとね!」
「マリさん・・・爪噛まないで下さい!」
忠告しながらも、ダイは別の心配でいっぱいだった。
いつまで経ってもやってこないディレクターは、実は1個前の定期船で到着してしまっていたのではないかと。

この場合、遅刻は自分たちの方になる。




依頼人の少女を見て、サファイアは驚かずにはいられなかった。
自分よりルビーより小さな女の子。 その身長に見合わないくらい大きい半月のような瞳をくりくりとさせ、まっすぐ伸びた長い髪を頭の後ろで1つに束ねている。
口をあんぐりと開けたサファイアの方へと駆け寄ると、少女・・・『ひなた』は彼から視線をそらさず小さくおじぎした。
ルビーが小さく喜びの声を上げる。 決して彼女は美人の部類ではない、だが小さいながらちょこまかと動き回るその仕草は、ポケモンにも似た愛らしさが備わっていた。
「テル兄! やーっと来てくれた!
 大変だったんだよぉ? なーんかブレーンたちに睨まれちゃって、あたしすんごい警戒されちゃってんの。
 カントーともずっと連絡つかなくって、ハッキングもブロックされちゃうし〜・・・」
「ハッキングって・・・クリスもいるんだから、そういうことはもうちょっと小さい声で・・・」
まとわりつかれたゴールドは苦笑しつつ答える。
「テル兄?」
首をかしげると、ルビーはゴールドへと尋ねた。
「あ、僕のアナザーネーム。 『大森 テル』、輝くって書いてテルね。
 普通に名前使うと大騒ぎになっちゃうことあるから、最近こっちも使ってるんだ。」
「あ〜・・・なるほど。」
「なぁ、ルビー・・・『あなたーねーる』って何なん?」
「えっ」という声が上がり、その場にいる全員の視線がサファイアに注がれる。
何か悪いことでもしたのかと挙動不審きょどうふしんな行動に走る彼に、ルビーは聞き返した。
「サファイア・・・知らないの?」
「へ?」
普通知っているものなのか? と、サファイアはますます不安になり、足元が落ち着かなくなってきた。
ひなたとかいう子の自分を見る目が変だし、ゴールドは口元に手を当てて何か考え込んでいるし。
困り果てて視線をさ迷わすと、クリスがサファイアの肩を叩いて説明してくれた。
「大体、人の名前って『小田牧 雄貴』みたいな漢字で書くのと、『Gold Y Leaves』みたいにアルファベットで書くのとあるでしょ?
 ずいぶん前に移民を受け入れた影響らしいんだけど、その漢字の人とアルファベットの人が結婚して子供が生まれたら、どっちの名前つけるか困るでしょ?
 だから、そういう子は名前2つ持つのよ。 それで、普段使う名前じゃない方を『アナザー・ネームもう1つの名前』って呼ぶの。
 2つ名前持った人同士の結婚でも、これ適用されちゃうから・・・もう知らない人いないと思ってた。」
「びっくり〜! いるんだ、純血の人・・・」
依頼人にまで驚かれ、結構普通に落ち込む。
しおしおのサファイアの視界の端で、何かが不自然に動くのが見えた。
ルビーもそれに気がついて顔を上げる。 隠れているつもりらしいが、微妙に隠れきれていない。
ミシロタウンにいるはずのサファイアの弟、貴仁だ。


腕を引かれた辺りでサファイアはようやう酔いが冷め、ルビーの目を見る。
「なぁ、あれ・・・」
「タカやろ? バトルフロンティア行く言うてたから。」
言葉の端っこにある小さなウソにルビーは気がついているようだったが、それについて問い詰めることはしなかった。
代わりに小さな依頼者の方へと向き直ると、髪をいじりながら話しかける。
「で、何か用事があって呼んだんだろ? 何すりゃいいんだい?」
「ルビー・・・それワシのセリフ・・・」
依頼を受けたのはサファイアであってルビーではない。
再び切なくなりつつ突っ込んでいると、自分たちの前にいる少女はカバンからノートパソコンを取り出し、その電源を入れた。
表示される画面を見てサファイアは驚きを隠せなかった。
7つある施設の概要と出てくるポケモンの傾向、それにシステム管理のデータまで、細かい文字で埋め尽くされ、スクロールバーが針のようだ。
自分が関わってすらいない施設を、1ヶ月ほどでここまで調べ上げられる人間がいるのかと息を呑む。
その異常さに気付いたのが自分だけだということが、一瞬後に判明した。
睨むように自分を見つめていた、依頼者の強い視線で。
「え〜っと、基本的なとこから説明すると、このバトルフロンティア、トレーナー専用のテーマパークってだけあって、アトラクション全部ポケモンバトルなわけ。
 施設アトラクションは全部で7つあって、それぞれにリーダー格となるフロンティアブレーンっていうのがいるんだけど・・・
 この7人、全員が神眼の能力者らしいの。」
依頼人の最後の一言で、4人の顔つきが変わった。
ゴールドは少女のパソコンに触れると、フロンティアブレーンと呼ばれる人間たちの顔写真を1枚ずつ参照していく。
「・・・あり得ない。 この『リラ』って子以外、年を取りすぎてる。
 昔、神眼『だった』としても、本人以外それを知ることは出来ないはずだよ。」
「そう、そこが問題。 7人全員、今でも能力を使っているみたい。 ・・・って言っても、このバトルタワーの『リラ』は辿り着けた人がいないから、まだ1度もバトルしてないんだけど。
 『ダツラ』『ヒース』『コゴミ』『ウコン』『ジンダイ』の5人は、今年のホウエンリーグに参加してる。
 それで怪しんだこっちのトレーナー・ポリスに依頼を受けて、あたしがここに来てるってわけね。」
「あんたは、トレーナー・ポリスちゃうんか?」
何気なくサファイアが聞くと、途端に彼女の目が三角になった。
「冗談! 何であたしがポケモンリーグに従わなきゃなんないのよ!!
 あたしあいつら大ッ嫌い! 今回だって桃のことがなけりゃ受けたくなかったんだから!!」
過剰ともいえる反応に驚き、サファイアとルビーは少しのけぞった。
おびえられていることに気付いたのか、2人を見ると彼女は小さく息を吐き、右手で前髪を直す。
「ご、ごめん。 キミたち関係ないもんね・・・
 リーグのことは伏せといてもらえる? 今、ちょっと考えたくなくて・・・」
「お、おぅ・・・」
とりあえず、といった感じでサファイアはうなずいた。
ポケモンリーグを毛嫌いするトレーナー。 理由が知りたくないわけじゃないが。
話をどう振ればいいかわからずヤドン並みの半口を開けて固まっていると、クリスが頭の後ろで手を組み、少女へと向かって話しかけた。
「で・・・今になって応援を呼んだってことは、何か手を考えてあるんでしょ?」
「うん、仮説を立てたの。
 バトルフロンティアのどこかに、普通の人を神眼に変える機械みたいなのがあるんじゃないかって。
 テル兄たちが来る前に集めたデータで、ブレーンうち何人かのエネルギーパターンは解析出来てるから、後はそれをサーチすれば・・・」
「ちょっ、ちょっと待ってヒナ・・・パターンをサーチって・・・神眼のエネルギーを解析できるっていうこと??
 どこでそんな機械を・・・」
「マサキさんに作ってもらったの。
 能力を使ったときに発生する波動のことは向こうも気がついてるみたいで、ここのオーナーのエニシダって人が似たような機械持って歩いてるのを見たことあるよ。」
サファイアは眉を潜めた。 素手で腹の中を探られているようで、あまり気分がよくない。
ゴールドがはぁっと息をつくと、少女は軽く肩をすくめてパソコンをいじった。
バトルフロンティアの地図が現れる。 方向音痴のサファイア1人、解読不能な代物になっていたが。
「話戻すんだけど、それだけのシステムならかなりの場所を取るはずだから、この7つの施設のうちのどこかに隠してあると思うの。
 だから、ここにいる5人、それとシル兄でこのサーチャーを使って7つの施設を調べるの。
 方法は各自任せるわ。 チャレンジャー装ってもいいし、忍び込んでも・・・あ、でも捕まらないでね。」
冗談なのかわからない言葉を放つと、彼女はパソコンを閉じた。
色とりどりの三角形をした『サーチャー』とやらが渡される。
「相談があるから」とひなたがゴールドと一緒にどこかへと行ってしまうと、ルビーとサファイアはお互いの顔を見合わせた。
5秒ほど、沈黙が走る。
「なぁ、ルビー・・・何すればええかわかった?」
「・・・いや、全然。」