水の音が聞こえる。 母親の腕に包まれているような、柔らかな感触。
うっすらと目を開くと、ほのかな明かりに照らされた青い生物が自分を覗き込んでいた。
「ジョー・・・」
名を呼ぶと青い生物はぱちりと目を瞬かせ、顔をすり寄せてくる。
その上から、誰かが大きな手でなでているのが見える。 その『誰か』に抱き起こされると、リーフはようやく意識がはっきりして、相手の顔をじっと見つめた。
見たこともないような鮮やかな金色の瞳。
意識を奪われたように相手の顔を見つめていると、リーフを抱き起こした『誰か』はにこりと笑い、彼の背中から手を離す。




「その顔・・・見たことある。」
「・・・そうか? まぁ、「アレ」は私が思うより出たがりと見える。
 お前が知っていたとしても、おかしくはない・・・かもしれないな。」
リーフと同じか、それより1つ2つ上くらいに見える相手は肩をすくめると軽く笑いを浮かべ、そう答えた。
側にいたカメールを引き寄せる。 人の姿をしているが、どうしても相手が人間だと感じられないのだ。
なぜこんな場所にいるのか、自分を助けてくれたのか、そもそも、ここはどこなのか。
「第4回ポケモンリーグ優勝者・・・『ゴールド・Y・リーブス』!」
薄暗い洞くつに転がる岩に腰掛けると、相手は黒い髪の下からリーフのことを見る。
「この姿を見れば、人はそう呼ぶな。」
「違うのか?」
「お前が違うと思うのなら、違うのだろう。 お前が同じだと思うなら、同じだろうな。」
「・・・意味わかんねぇ。」
怒り混じりの声でつぶやくと、相手の金色の瞳は笑った。
そのまま、吹いてきた強い風にかき消され、相手の姿は見えなくなる。
「え?」と声を上げ、リーフは『ゴールド』の座っていた場所まで歩くと手をはわせた。
何かが消えるような仕掛けはもちろん、そこに人がいたという痕跡である、かすかな温度すら残されていない。
そら恐ろしくなる。 ここにいる理由を、何一つ分かっていないのだ。


「何だよ、これ・・・ オレ、夢見てんのか・・・?」
振り返ると、ジョーだけは確かにそこにいた。 駆け寄ってリーフはそのカメールを強く抱きしめる。
「オレ・・・どうしたんだっけ・・・
 確か、7の島で変な喋るポケモンに会って・・・それから、黒いポケモンが・・・」
くぅ、とカメールが鳴き声を上げた。 少し苦しいのか、手足がバタバタと泳いでいる。
構わずにもっと強く抱きしめると、リーフは自分が今いる状況を確認する。
波の音が聞こえるから、どこか海の近くだということは間違いないが、周りが海だらけのナナシマではあまり手がかりにはならない。
どこかの洞くつのようだが、周りにはかすかにコケが生えているくらいで、岩以外のものがほとんど見当たらない。
自分たちを照らすかすかな光が上の岩間から漏れていることに気付くと、リーフはフーッと息を吐き、複雑に積み重なった岩を登り始めた。
それほど行かずに手をすべらせ、したたかに腰を打ち付ける。
ジョーが駆け寄る中、リーフはキラキラと光る岩の隙間を睨み付けるとモンスターボールを上に放り、テッポウオのミヤを呼び出した。
普段テッポウオがマンタインの背中に張り付くのに使う背中の吸盤を岩に貼り付けると、それを手がかりにして今度はゆっくり、慎重に登っていく。
ほう、と息の漏れる音が聞こえた気がした。
いや、気のせいなどではない。 上を見上げると、先ほど消えたはずの男が穴の上からリーフのことを見下ろし、笑っている。
「考えたな。 自分の手が届く範囲をよく把握していなければ、そのようなことは思いつかないだろう。
 だが、まだまだチカラが足りるまい?」
そう男が言った瞬間、リーフの体重を支えきれなかったミヤの吸盤が岩から外れ、再びバランスが崩れる。
さっきよりも高い。 骨1本折ることを覚悟してリーフが奥歯を噛み締めたとき、男が指先をリーフたちの方に向けた。
がくん、と、落下する体が細いものに支えられる。
リーフの腕に、赤い腕が3本巻きついていた。 上を見て眉を潜める。 ミヤが、ふんしゃポケモンオクタンに進化していたからだ。




岩を登りきると、リーフは下に待たせていたジョーをモンスターボールへと戻し、男を睨み付ける。
リーフが知っているナナシマとは違う、小さな小さな島。 船着場もなければ、海岸らしきものも見つからない。
目立つものと言えば、空へと向かって伸びている、不自然な高い岩だけ。
なぜこんな場所があるのかという疑問と、自分がここにいる理由とがぐちゃぐちゃになって、泣きそうになる。
「この島は、『へその岩』と呼ばれている。」
延々と続く水平線を見ながらそう言った男の瞳を、リーフは横目で見る。
「今は凪いでいるが、普段はこの下を流れる複雑な海流のおかげで波が荒れ、船はおろかトレーナーも近づかない。
 まあ、そのおかげで私たちは落ち着いて羽を休めることが出来るのだがな。
 この島を訪れたのは、私が知っている限りでは、お前で2人目だ。」
リーフは混乱する。
足元でにゅるにゅると足をはわせながら辺りを見回すミヤに目を向けつつ、男は微笑して1つずつ話していく。
「お前は私が連れてきたのだ。 心配しなくていい、夜になれば7の島まで送り届けてやろう。
 なにしろ、この大きさなのでな。 昼間は自由に飛び回ることも出来ないのだ。」
「『お前』は・・・誰なんだよ?」
ようやくリーフの口が開く。
おびえたような彼の目を見ると男は笑い、座っていた岩から立ち上がり、両手を大きく開いた。
海面が泡立ち、大きな影が水面に現れる。
津波のような波しぶきを上げながら飛び出してきたポケモンを見て、リーフは再び言葉が出なくなった。
私は、私だ。
なめらかな曲線を描いた5メートルを軽く超す白い体は、ゆっくりと岩の上に降り立ってきた。
大きな翼から巻き起こる風は、帽子を吹き飛ばしそうな勢いで、足元をさらっていく。
山1つ削り取れそうな長い尻尾を動かしながら、大きなポケモンは海の底のような深い青に囲まれた目で、リーフのことを見つめる。
人間には、『ルギア』と呼ばれている。
逃げ出すことも出来ない足にミヤが触れると、大きなポケモンの足元にいた男がリーフへと歩み寄り、微笑を浮かべる。
驚かせるつもりはなかった。 私の体では、あの小さな部屋に入ることは出来なかったのでな。
「・・・・・・え、え、え・・・何、ちょっと待てよ、オィ・・・
 なんっ・・・何で、元チャンピオンが、こんな・・・え!?」
口は動くが、思考が全く動き出さない。
頭を抱えるリーフに軽く手を触れると、男は金色の瞳でリーフの目を見つめる。

『神眼』を、知っているな?
忘れかけていた単語を引き出されて、リーフは一瞬反応に戸惑った。
やがて、その言葉の意味を思い出すと小さくうなずき、金の目の男とルギアとの顔を見比べる。
『ゴールド』は、私が作り出した人間だ。
 もうどれぐらい前になるか・・・この島に流れ着いた女の体にチカラの欠片を宿し、それが子をしたとき、チカラが引き継がれた。
 今は他の人間たちともなじんで暮らしているようだがな。 昔は、うとまれた。 『紅眼』の悲しい運命さだめだ。

「それって・・・どういう・・・」
半分止まった思考でリーフが尋ねると、ルギアはその大きな体をさらに高く天へと伸ばし、何かに祈るような表情を見せる。
・・・私は、太陽が見たかった。
目を細めて空を見上げるルギアにリーフが目を奪われていると、自分の前にいる男(幻影と言った方がいいかもしれない)が手を前に出し、リーフに小さな何かを見せる。
それは、まだ鼻の形も定まっていない、1センチに満たない小さな胎児の姿をしていた。
眉を潜めるリーフに、人の姿をしたルギアの化身は説明する。
人の子は小さく、そして未熟だ。 人の姿にもなれぬまま、死に逝く者も珍しくない。
 それに再び生を与える代わりに、私たちに出来ぬ願いを子供たちに託す。
 『紅眼』は、そうやってずっと、生まれ続けてきた。

人の形をしたそれが、光の粒となり散っていく。
いつの間にか感覚がマヒし、恐怖も薄らいできたリーフは大きなポケモンを見上げると体の横でこぶしを固める。
「レッドも? 神眼の奴、全部みんなそうなのか?」
全てではない、死に掛けた人間に同情しチカラを分け与える変わり者もいる。
 そういった人間が紅眼になることは、まずないがな。 蒼眼か緑眼・・・チカラも弱いのがほとんどだ。

「ポケモンが・・・人に、チカラを・・・」
何かの呪文のようにつぶやくと、リーフは首を大きく横に振った。
「ま、待て待て待て、待てよ! お前、何でそんなことをオレに?
 大体、何でわざわざそんなことする必要があるんだよ!」
それは・・・



喋り過ぎです、ルギア。
自分たちのものではない女の声が聞こえ、リーフはそちらへと振り返る。
その顔を見た途端、心臓が止まるかと思わず服の胸を強く握った。
顔を知っているどころの騒ぎじゃない。 腰の傷みがなければ夢だとしか思わなかっただろう。
まさか、テレビやラジオでしか顔を見られないはずのアイドル、『ルビー』の姿があるなんて。
呆然としているリーフの目の前に大きな虹色の鳥が舞い降り、キラキラと光る羽をたたむ。
周りにまとわりつく、7の島で見た黒い生物を一瞥すると、虹色の鳥に向かって、ルギアは話しかけた。
帰ってきたのか、ホウオウ。 人間には見つからなかったか?
えぇ、アンノーンこの子たちが充分騒ぎを起こしてくれましたからね。
 私の姿を見つけられる人間はいませんでしたよ。

うつむいて笑った少女の口の動きとともに、リーフの頭に声が響いてくる。
キンと高い音が鳴る。 それがアンノーンの鳴き声だと分かると、リーフは耳をふさぎかけていた腕をとき、ルギアの足元に立つ男に目を向けた。
ああ、『彼女』も神眼だ。
 幼いときに別れた母を捜しているらしく、しろとなる人間がいなくなっては新しい神の子を作り、もう何百年も生き続けている。

ルギア!
目も顔も赤く『ルビー』そっくりの少女が怒鳴ると、ルギアの足元にいる男はクスクスと笑いを上げた。
「はぁ」と息をつくと、ホウオウと呼ばれた虹色の鳥はリーフへと顔を近づけ、クチバシを動かす。
あなたも何か言いたいことがあるのでしょう。
 お言いなさい。 私もおおよその事情は察しているつもりです。

「え? あ・・・」
唐突にリーフは7の島に行った目的・・・レッドからの伝言を思い出すと、リュックの中を探り、ボロボロの紙を取り出した。
水にぬれてにじんではいるが、かろうじて読める部分を抜き出して内容を思い出すと、リーフは顔を上げて2匹の大きな鳥へと声を上げる。
「あのさ、レッドって奴知ってるか?
 そいつから頼まれたんだけど、つーか、多分伝言だと思うんだけど『あの3人をナナシマに呼んで欲しい』って。
 えっと・・・意味、わかるか?」
なるほど・・・
たどたどしく言ったリーフの言葉にうなずくと、ルギアは足元に置いていた自らの化身を消す。
ふわふわと浮いていた黒いポケモンがくるくると回った。
大きなポケモン同士、顔を見合わせて何かを話し合うと、ホウオウが大きな虹色の翼を広げ、強く地面を蹴る。
では、私があの子たちを呼んできましょう。
 あの少年・・・レッドが何をするつもりかは知りませんが、私が戻ってくるまでルギア、それに名も知らぬ少年よ、持ちこたえていてください。

巻き起こる暴風に飛ばされないよう、足を踏ん張りながら見上げると、ホウオウは翼をはためかせ西の方角へと飛んでいく。
息も出来なかったほどの風が止むとリーフはヒザからチカラが抜け、その場に座り込んだ。
この島に植物が生えない理由を理解する。 きっと、みんなこの風で吹き飛ばされてしまうのだろう。
オクタンへと進化したミヤの頭に手を添えると、背後から弱く風が吹く。
名を聞いていなかったな。
立ち上がると、リーフは大きなポケモンへと向き直る。
「・・・リーフ。」
そうか。 リーフ、私たちは夜になったら7の島へと戻る。 アスカナ遺跡からならば、1人でも帰れるだろう?
 そして、約束してほしい。 他の人間に、この島のこと・・・私たちのことを話さないと。

白いポケモンの方を見上げると、黒い、柔らかな眼差しが自分を見つめていた。
リーフは胸の前できゅっと手を握る。
「・・・分かった、絶対誰にも話さない。」
自分のことをまっすぐ見上げてそう言ったリーフを見ると、ルギアは笑い、遠く水平線へと顔を向けた。
まだ、質問に答えていなかったな。 なぜ、子供にチカラを与えるのか、それに、このことをお前に話す理由。
 答えは簡単。 愛しているからだ、人を、自然を、この世界を。
 『ゴールド』を作って、良かったと思っている。
 太陽に照らされたこの世界は、暖かく、そして・・・美しい。








バトルピラミッドにようこそ!
迷路のように入り組んだピラミッドの中を3匹のポケモンと突き進み、頂上を目指すんだ!
暗闇に閉ざされたダンジョンの中では野生のポケモンが現れる。
先の見えないバトルアドベンチャー、ポケモンたちと協力して栄光をつかむことが出来るか、君の勇気が試されるぞ!

「うわぁ〜・・・おるおる。 なしてこげに人がおるね?
 バトルドームとは比べモンにならんばい。」
イモを洗うようとでも言うのだろうか。 バトルピラミッドの前に並んだ行列を見て、エメラルドは「はー」と感心したような声を上げた。
バトルピラミッド、大きさ、人気ともにバトルフロンティアのナンバー2の施設だ。
他の施設にでも逃げ込めばこの夏の暑さからも逃げられるだろうに、冒険心に火のついた子供たちが目をキラキラと輝かせて施設の外まで行列を作っている。
茶色い制服に身を包んだスタッフも、汗をかきながら列の整理に追われていた。
たまにピクピクと動く黄色いタマゴを抱えなおし、エメラルドは先にこれからつく分のため息を全部吐いておいた。
列の最後尾を示すプラカードははるか先だ。 たかがアトラクションに2時間も待つのもバカらしいが、これを超えなければ先に進みようがないのだ、諦めてエメラルドは声を張り上げるスタッフの方へと向かった。

「あっつぅ・・・」
ある程度暑さには強いつもりだったが、盆も過ぎ、太陽もギラギラと輝き、異常ともいえる気温だ。
このまま、抱えているタマゴと一緒にゆだってしまいそうだ。 買ってきた『おいしいみず』をぐびりと飲み干すと、エメラルドはピラミッドの頂上へと目を向けた。
確か、7階建てと聞いていたはずだが、ピラミッド全体の大きさのせいかそれよりもずっと高く見える。
誰かが戦っているのか、時折空気が揺れた。 それをボーっと見ていると、列が少し進み、押し流される。
段々と入り口が近づいてくる。
扉の間から漏れ出してひんやりと足をなぜる冷気、延々と繰り返されるBGM。
エメラルドが少し疲れて大きなあくびを1つした瞬間、何かの爆発するような大きな音が真横のスピーカーから響き渡り、入り口に立っていた女性がしゃがみ込む。
・・・・・・・・・・・・・・・っああっ!
 真っ赤な炎が見えます・・・
 ・・・そして、『やけど』を負って苦しむ、あなたのポケモンの姿も・・・
 占いを信じるも信じないも、あなた次第・・・
 未来はいつでも変えられます・・・どうぞ、ご無事で・・・

ガンガンと耳を痛めつけるような音量でスピーカー越しにしゃべると、女の人はすっくと立ち上がり近くにある水晶玉の奥へと引っ込んだ。
どう見ても何も起きなさそうな手つきで占い師風の動作を行っている。
汗で化粧が落ち始めた彼女を不思議そうな目つきで見ていると、唐突に列が動き、エメラルドはバトルピラミッドの中へと通された。
数時間ぶりに浴びる涼しい風に、「ふはぁっ!」と生き返るような気持ちで深呼吸する。




渡された紙に目を向けながら、マリンはふぅっとため息をついた。
確かに、手軽に冒険心を味わえるという意味で、バトルピラミッドは人気の施設でもある。
それでも、トレーナー最大のテーマパークと大きく銘打ったバトルフロンティアの施設で入場に半日も待たされるのはおかしいとしか言いようがない。
確認も取ったのだ。 自分の1つ後ろに並んでいた親子連れは確かにマリンが入るよりも先に整理券を渡して入場して行った。
しかし、マリンが何度言っても「順番が来るまでお待ち下さい」の一点張りで、彼女1人、ピラミッドの中に入ることが許されない。
「・・・逃げたわね?」
眉を吊り上げながら彼女はつぶやいた。
他の施設に比べ、極端に敷地面積が広い分、確かに調査は手間取っていた。
しかし、『勇気』を称えたこのバトルピラミッドの主にバトルを避けられるというのは、正直予想外だった。
残りはこことバトルフロンティア最大の施設、バトルタワーだけなのだ。
バトルタワーに関しては、あまりに情報が少ない。 時間はないが、今、相手の情報も無いままでバクチのようなバトルをする気は彼女にはなかった。
何しろ、バトルフロンティアが開設してからタワータイクーンのところまで辿り着いた人がいないのだ。
それほどまでに高い難易度。 困ったようにう〜んと腕組みすると、マリンは渡された整理券をポケットに突っ込んで、強い日差しの照りつける外へと歩き出した。
途端、目の前を何かが走り抜ける。
ただ事ではない雰囲気に、マリンは反射的にモンスターボールを手に取った。
「置き引きッ!! 誰か、その人捕まえて!!」
追いかけてきたらしい女性が目の前を通り過ぎた『何か』を指差して悲鳴を上げる。
言われた通り捕まえようと思った。 しかし、その前に何かが目の前に落ちてきて、進路どころか視界までふさがれる。
真上からポケモンが降ってくる、という突拍子の無さとその大きさに、マリンは一瞬反応できずにいた。
背後から足音が聞こえ、目の前のポケモンは動き出す。 どうやら驚いて動きが止まったらしい泥棒へと向かって、目の前にいるそのポケモンは太い腕を振り上げた。
「捕らえろ、レジスチル。」
「・・・レジスチル!?」
ホウエンに伝わる伝説のポケモン。 低い声で唱えられたその名前に、マリンは思わず声を漏らす。
目の前をふさぐ鉄色のポケモンは長い腕を伸ばすと、呆然としていた泥棒を押さえつけ、マリンの背後にいたトレーナーへと差し出す。
「この男はフロンティアの方で預かっておく。 お前も、貴重品は手放す物ではないぞ。」
ようやく追いついた様子の女の人にハンドバッグを手渡しながらマリンの背後にいた・・・バトルピラミッドキング、ジンダイは低い声を出した。
何度も礼を言いながら去っていく女の人に手を振る相手に、マリンは睨むような視線を向ける。
写真で見て、顔は知っている。 出来ることなら、今すぐバトルでこの男を倒したい。
震えるこぶしを体の後ろに隠して、マリンは出来るだけ相手を油断させられるよう上目づかいに見つめる。
「あのぉ、バトルピラミッドの責任者さん?
 あたし朝からずーっと待ってるのに、全然ピラミッドの中に入れないんです。」
身長だけで言えばマリンの方が完全に下だ。 自然とそうなってしまうのだが、見下されたような視線に怒りを覚えるのをマリンは必死で抑える。
銀色のポケモンをモンスターボールへと戻すジンダイにポケットにしまった整理券を見せると、彼は少し難しい顔をしてから自分を見つめる少女へと視線をやった。
「すまない。 うちのスタッフが手違いを起こしたようだ。 後で私の方からきつく言っておこう。
 裏に私のサインを書いておこう、スタッフに見せるといい。 それがあれば、すぐに入場出来るからな。」
そういいながらオレンジ色の整理券の裏にサラサラと何かを書き込むと、ジンダイはそれをマリンへと返す。
立ち去る背を見送ってから、マリンは紙に書かれた文字を見て、両手を思い切り握り締めた。

She has a right to entry.彼女は入場する権利がある

―神代-Jindai―