「リーフ!」
「あ、帰ってきたの?」
「リーフ、元気だった? え、聞くだけヤボ?」

通りを走るリーフに、2の島の人々はみんな話しかけた。
替え玉になるために渡された帽子と上着もいつの間にか定着して、それを不思議がる人もいない。
「あーっ、リーフ! ちょっと、見てけよ!
 オレたち、島の予選抜けたんだ! オレのコクーン、ちゃんとジャンプ出来たんだぜ!」
ひと月前、『ミニポケモンでジャンプ!』の練習にやっきになっていた少年は、赤い帽子を見ながら嬉しそうな顔をして泥だらけの縄をぐるぐると回した。
縄の中でコクーンにツボツボ、それにトランセルがぴょんぴょんと跳ねる。 縄のスピードが急に変わっても、動揺することもなく。
きっと毎日洗っているのだろうが、体中泥だらけになっているポケモンたちの姿を見て、リーフは小さく笑った。
「勝てよ、本選!」
「お前もな、ポケモンマスター!」
こぶしとこぶしをあわせると、リーフは止めていた足を再び動かし始めた。
長い長い坂が続く。 走れば息は切れる、それでも立ち止まらずに。
ずっと遠ざかっていた気がする門を潜り抜けると、入り口に立てかけてあった竹刀を手に取り、リーフは道場の奥へと油断なく歩く。



ギシギシと床板のきしむ音を聞きながら、リーフは誰もいない練習場を見回す。
いつもなら24時間フル営業でひしめいている殺気が、今日は全く感じられない。
「・・・ばっちゃん? 外かな・・・」
不思議そうな顔をしてから、リーフはサッシを開けて庭へと降りた。
昼食の時間にしても早い。 自主練をする祖母か遊んでいる妹のどちらかを見かけてもよさそうなものなのだが。
使い道のない竹刀を肩にかつぎながら、リーフは砂利を蹴っ飛ばして歩く。
ブンッと、虫の羽音のような音が聞こえたとき、いつもの元気な声が聞こえてきてリーフはホッとした。
「お命ちょうだい!」
飛び込んできた妹の竹刀を避けると、リーフは相手の刀を叩き落し、妹の足を払った。
「っとに、進歩ないなぁ、お前。 太刀筋が丸見えなんだよ!」
そう言いながらも、自分の後ろ方向へと向かって持っている竹刀を向ける。
竹と竹が打ち合う高い音が響き、手のひらにジンとしたしびれを残した。
「ばっちゃんも。 いっつも人の死角から攻め込んでくんだから、慣れれば読めるぜ?
 隠しきれない殺気をごまかすために、本当の攻撃の瞬間を相手が攻撃する直前に合わせてるってこともな。」
うっすらと笑うと、竹刀を持った老婆は何も言わずそのままリーフへと向かって打ち込んできた。
先ほど攻撃してきた時より、いくらか早い。 眉を吊り上げながらも自分の持っている竹刀でそれを受け止めると、リーフは片手を腰のベルトに添える。
「・・・ジョー!」
リーフの足を蹴って飛び出したカメールは老婆へと向かって飛び掛かると、一気に手足を甲羅の中へ引っ込めた。
その上から、竹刀が降ってくる。 ガンッという音とともに一瞬甲羅が震えたが、その程度ではポケモンの甲羅は傷つきもしない。
彼女の攻撃のスキをついて、リーフは自身が持っている竹刀を思い切り横へと振り回した。
景気の良い高い音が響き、老婆の持っていた竹刀が飛んでいく。
もう逃げられない、とばかりに相手へと向かって刀を突き出すと、リーフは帽子のツバの下から、へへ、と笑って見せた。
「これで1勝だ。」
「あ、あにぃずるーい! ポケモンに手伝ってもらうなんて反則だよ!」
少し怒ったような声を出す妹に手を振って、老婆はなだめるような動作をとった。
「んーにゃ、いいんだよ、これで。」
不満そうな顔をする彼女から目を離すと、老婆はリーフの方へ向き直りふところから取り出した扇子で軽く叩く。
「気付くまでが遅いよ、バカタレが。 何のためにあんたの妹に手伝わせてたと思うんだい。
 いいかい、この世にルールなんてありゃしないんだよ。 この2年、おまえさんに教えてきたことの意味、わかるね?」
「・・・ま、何となく。」
いい加減な返事を返したリーフに、老婆は背を向ける。
進む先が家の中じゃないことを不思議がるリーフへと1度顔だけ振り向かせると、相手は今までで1番低い声を出した。
「で、何しに戻ってきたんだい?」
竹刀で自分の肩を叩くと、リーフはくっと帽子のツバを上げた。
のそのそと自分の甲羅から手足を出したジョーへと、軽く目を向ける。
「強くなりたかったら戻って来いっつったろ?
 今が、そのときなんだよ。」






暗闇に浮かび上がるランタンの光だけが頼りだった。
襲い掛かってくるピラミッドのポケモンを5匹倒してずいぶん明るくなったが、依然、足元も見えないような暗闇が辺りを覆っている。
壁すら見える気配のない闇にランタンの明かりをかざすと、エメラルドは自分の肩に乗っているポケモンに目を向ける。
金色のピラミッドを越えるには、あまりにも頼りない小さなポケモンだった。
種族名はピチュー、ニックネームは『サトウ』。 今朝生まれたばかりの、エメラルドの新しいメンバーだ。

「・・・『チーゴのみ』と『すごいきずぐすり』足りるやろうか・・・」
昨夜、タマゴからかえって枕元で大きな泣き声を上げているのを見かけた直後、マリンから『このポケモンとバトルピラミッドをクリアしてきなよ』の指示。
よくよく技も確認出来ないまま朝一で飛び込んだバトルピラミッドは、不気味な静けさをかもし出していた。
方角もよく分からないままうろうろと突き進んだ先に見つけた壁に手を当て、どこにあるとも分からない出口を目指す。
ずいぶん上ってきたようだが、少し前にサマヨールに追い掛け回されたときに転んだ弾みで、ここが何階だか忘れてしまった。
おまけに、何となく炎ポケモンが多いような気もするが、一体どんなポケモンが襲い掛かってくるのかもはっきりしないのだ。
強すぎる警戒心で動かない指に無理矢理チカラをかけ、何も見えない闇に注意を配った。
壁に手を突いて、迷路のようなピラミッドの中を探索する。 襲い掛かってくるポケモンは、ウシヤマとカマタで倒す。
そうこうしているうちに、手にしたランタンの光が段々と強くなっていった。
気が遠くはなりそうだが、何とか突破出来そうだとは思っていた。
問題は、暗闇からポケモンが飛び出してくるたびに大声で泣き出す、サトウの存在だ。


泣きじゃくるサトウを前にして、エメラルドは困り果てていた。
やっとチャーレムを倒したところだというのに、これではまた音に気付いたポケモンに襲われるかもしれない。
「じゃーましーっ!! ビビり過ぎばい!!」
エメラルドが叫ぶと、出しっぱなしにされていたウシヤマが2回足踏みをする。
バチバチと放電するものだから、うかつに触ることも出来ない。
そうしてサトウが泣き止むのを待っている間に、またピラミッドのポケモンがやってきてしまうのだ。
「あーもうっ! ウシヤマ、『じしん』!!」
うなり声を上げて迫ってくるヘルガーを見つけると、エメラルドは頭のバンダナを外し、迫ってくるポケモンを睨んだ。
外したバンダナを座っているサトウの下に滑らせると、エメラルドはそれをピンと張ってサトウを真上へと放り上げる。
ポンとゴムまりのようにサトウが高く飛んだ直後、足元が強く揺れた。
強力な技を直接向けられ、ヘルガーは一撃でダウンする。
手足をジタバタさせながら落ちてきたサトウを、エメラルドはバンダナで受け止めた。
ふぅっと息をついてエメラルドがハンモックのようになった布の中を見ると、きょとんとした顔のピチューはつぶらな瞳で彼のことを見つめている。
もう放電していないことが分かると、エメラルドはサトウを肩に乗せた。
小さなしゃっくりが耳元で鳴る。 バッグの中から『ピーピーエイダー』がなくなったことに気付き、仕方ないという顔をしてエメラルドは歩き出した。
ようやく上の階へと続く青いパネルが見つかる。
ずいぶんと明るくなったランタンを名残惜しそうにその上に置くと、パネルは一瞬光り、音もなくエメラルドを上の階へと導いた。
弱々しい光を放つ新しいランタンを手に取ると、エメラルドは辺りを確認してから歩き始める。
そしてすぐに、その階に潜む違和感に気付いた。



「音・・・?」
人間の足音とも、クーラーのファンとも違う音に、エメラルドは耳を澄ました。
肩に乗せたサトウの大きな耳がパタッと揺れ、彼の首筋に当たる。
どう考えても人間の出せる音ではないが、かといってポケモンだとも断定しきれなかった。 低く、鈍い、何か巨大な『もの』が動くような音。
姿は見えないが、それほど離れた場所ではなさそうだ。
気味が悪くなってエメラルドがその場から立ち去ろうとすると、わずかばかりの足音が空気を揺らし、それが相手へと届く。
一瞬、音が止むと何か巨大なものが迫ってきて、エメラルドの足元を破壊した。
「うっ、うわああぁぁっ!!?」
相手の姿を見ようと慌ててランタンを振りかざすが、手がすべり自分の左側へと転がっていってしまう。
跳ねたランタンから完全に光が消える。 エメラルドにはもう、頼れる光が何もなかった。
「カマタ!!」
苦し紛れに出したストライクが見えない敵へと向かって鋭いカマを振り下ろす。
金属の弾かれるような、ガンッという音が響き渡った。 落ちたランタンを探しながら、エメラルドは指示を出す。
「カマタ、『ぎんいろのかぜ』!!」
わずかに風の動きが変わったのを感じ、顔にまとわりついた産毛がなびいた。
ひっきりなしにサトウの耳が動く。 わずかに空気が灰色みを帯びて光ったが、相手の姿を見ることはかなわなかった。
攻撃が当たったような音は聞こえたが、とても押し返せたようには思えない。
逃げ出そうとエメラルドが後ろを向いたとき、またしても轟音が響いて足元が崩れた。
きちんと並べられていた石はバラバラに崩れ、破片がふくらはぎへと当たる。
転びかけたエメラルドは誰かに背中をつかまれた。 カマタの背中についた羽が、耳障りな音を立てる。
「カマタ・・・カマタ!?」
どこに行ったか分からなくなったストライクを呼ぶと、エメラルドの顔にパイプのようなものが当たった。
指先でその形を探ると、顔が虫臭い何かに当たった。 それが自分のポケモンだと判明したとき、カマタはエメラルドを抱え、姿が見えないポケモンの攻撃から飛び退く。
「うわっ!」
腕から滑り落ちた体が床へと当たって、顔の温度を失う。
振り向いて相手の姿を見ようと目を凝らしたが、全く何も、何も見えはしなかった。
気味が悪くなる。 自分たちは相手の位置も種類も何も分かっていないのに、相手はまるでこの暗闇の中でも見えているかのように攻撃してくる。


「・・・っそ! 逃げろ、カマタ!!」
相手にならないと判断したのか、エメラルドは正体不明の轟音に背を向けて走り出した。
前に向かって手を突き出し、右も左も分からない暗闇の中、出来るだけ遠ざかろうと息を切らす。
「逃げるのか?」
「えっ?」
足元が強く揺れ、エメラルドは硬い何かにぶつかった。
一瞬、壁かと思ったが、それにしてはゴツゴツといびつな形をしている。
それにたった今聞こえた、自分のものではない声。 その主を探して広さも分からない部屋の中に視線をさ迷わせていると、その声はもう1度、エメラルドへと話しかけた。
「その目が使えなければ、お前は何も見えないのか? その耳が使えなければ、お前は何も聞こえないのか?
 ・・・その程度の『勇気』で・・・お前はこのバトルピラミッドに挑戦する気だったのか?」
「『ピラミッドキング』・・・!」
パンフレットに載っていたその言葉が、瞬間的にエメラルドの口から飛び出した。
低い相手の声に背筋が凍りつき、思わずその方向から後じさる。
「いかにも。 私がバトルピラミッド、キングのジンダイだ。」
暗闇の中、ギラリと相手の目が光ったような気がした。 再び泣き出しそうなサトウを抱えながら、エメラルドは合わない歯の根をギッと強く締める。
何となく声の方向は分かるが、相手の方向を見定めることが出来ない。
とにかく不意打ちを食らわないようにと、1歩、また1歩と後ろへと下がる。
胸に抱いたサトウの耳がパタッと音を立てて大きく動いたとき、エメラルドの背中に何か大きくて硬いものが当たった。 さっきぶつかった物と違い、平たくて大きい。
壁だ。 クーラーの冷気で冷え切ったそれに手を当てると、エメラルドは真正面へと顔を向ける。
「小僧・・・人が生きていくのに、最も必要な心が何だか分かるか?」
追い詰められていくのが分かる。 段々と近づいてくる足音と威圧感を持った声に、エメラルドは胃の中にあるものをぶちまけそうになった。
「それは、『勇気』だ。 最近の若造は周りのことばかり気にし、誰も自分から動こうとはしない。 しかし、そのような軟弱な心構えでは、このバトルピラミッドは制覇出来ないようになっている。  この最終エリアに攻略の手助けとなるようなヒントは存在しない。 自分の目で見、自分で考え、自分の思うように動けトレーナーよ!
 そしてその『勇気』、このジンダイに見せてみろ!!」
耳を引き裂くような轟音が真横で鳴り響き、エメラルドは思わず悲鳴を上げる。
泣き声を上げるピチューを抱えながら、必死で音の反対方向へと走った。 空気を切る音を上げながらカマタらしきポケモンがエメラルドの真後ろを切りつけ、赤い火花を散らす。
その音から相手が何のポケモンなのか想像はつき、何の指示を出すべきなのかも分かってはいた。
だが、恐怖と暗闇がそれの邪魔をする。 声らしい声も出ないまま振り向くと、エメラルドは腰から床に倒れこんだ。 もう足を動かすことも出来ないのだ。
「・・・あ・・・あ・・・!」
虫の羽音が近い。 カマタがエメラルドの前を守っているからだ。
放っておけば、すぐにでも彼女は相手のポケモンの攻撃にやられてしまう。
震える唇を噛みぎゅっと目をつぶると、唐突に一瞬、目の前にいる自分のポケモンの姿が、軽蔑し続けていた兄の姿と重なった。








デオキシスとの戦いで負傷したサファイアと、なぜかグラードンが抱えていた女性。
カナズミの病院に運ばれた2人がシダケの大病院に移されたのは、翌日、ずいぶん日が高く昇ってからのことだった。
原因はよくわからない。 ただ、医師に移動させると、そう伝えられただけだ。
疲れも出たのか、よく眠っているサファイアの横に座りながら、ルビーはふぅと息を吐いた。
手のひらの上には、グラードンが入ったモンスターボール。 外の気温は31度、夏らしい暑さではあるが、異常といえるほどではない。
「・・・誰なんだろうねぇ、あの人。 サファイア、あんたわかる?」
ベッドの上ですやすやと眠るサファイアの鼻をつんと突くと、ルビーは病室と病室とを隔てる壁に視線を向けた。
たいしたケガもしていなかったように見えたが、やたらと人の出入りが激しい。
自分には関係のないことか、と白い光のあふれる窓の外に目を向けたとき、ばたばたとやかましい足音が廊下中に鳴り響き、ルビーとサファイアのいる病室の扉が開いた。
「ちょっと、部屋間違って・・・!」
「ルビー! サファイア!! 生きてる? 無事? 大丈夫!?」
「デオキシスと戦ったって聞いて・・・って、クリス、サファイア寝てる! しーっ、しーっ!」
飛びつこうとした黒髪の少女を引き戻したゴールドを見て、ルビーの肩からチカラが抜けた。
「ゴールド、クリス・・・よくここが分かったね。
 バトルフロンティアまでの電話番号わかんなくて、連絡つけられなかったからさ・・・」
そう言うと、ゴールドは大人しくなったクリスから腕を離してルビーの方へと視線を向けた。
「新聞に結構大きく取り上げられてたからさ。
 大丈夫だった? グラードンがいたようなことまで書かれてたんだけど・・・」
「あたいは平気、ほとんど戦ってなかったから・・・
 ただ、サファイアがあのオレンジ色の・・・デオキシスっていうの? あのポケモンみたいなのと戦って・・・あのザマだよ。
 死にはしないと思うんだけどさ。」
3人の目はサファイアの眠る白いベッドへと向けられた。
枕の上にあるサイドボードの上に乗った、布に包まれた丸いものを指差し、クリスが尋ねる。
「・・・あれは?」
「サファイアの『友達』。 触るとビリビリするから、ああやって布に包んでここまで持ってきたんだ。」
「ビリビリ・・・?」
大きな黒い目をパチパチさせてクリスは首をかしげた。
風呂の温度を確かめるようにちょんちょん、と触ると、ひょいとそれを持ち上げ、きょとんとした顔でクリスはルビーのことを見る。
「なんともないよ?」
「えぇ!?」と声を上げるルビーを見て、ゴールドは黒い目を瞬かせた。
反応から考えて、嘘でも勘違いでもなさそうだ。
試しにクリスが抱えている水晶のような物体へと指を近づけると、チクリと刺したような痛みが走り、指先に電気が走る。
チリチリする指先をくわえながら、ゴールドは少し困ったような顔をして水晶を覗き込んだ。


「・・・デオキシスかもしれない。」
「デオキシス、これが?」
水晶体を指差して尋ねるルビーへと、ゴールドはうなずいた。
「グラードンにやられたんだよね。 きっと、復活のためのエネルギーを、神眼から奪い取ろうとしてるんじゃないかな・・・」
「D.Dに渡した方がいいのかしら・・・」
眉を潜めたクリスに、ゴールドは首を横に振る。
「今はマズイよ。
 当事者のサファイアが眠ったままだし、D.Dの本部はカントーだから下手に下っ端には引き渡せない。
 それより、ヒナちゃんの方に相談しよう。 あっちの方が話分かってくれると思うしさ。」
「ヒナちゃん? あの、マリンのヒナタちゃん? ・・・何で?」
「だって、あの子なら僕たちとも面識があるし・・・」
「そうじゃなくて、何でデオキシスのこと相談するのに、あの女の子に・・・」
「・・・あれ、言ってなかったっけ? 彼女・・・」
ゴールドが言葉を続けようとしたとき、ベッドの上がもぞもぞと揺れて白いシーツが吹っ飛ばされた。
落ち着きのなさナンバー1決定戦かとため息をつくルビーの胸ぐらに、大慌ての手が握り締められる。
「ルビーッ!!! 大変大変大変なんじゃ!!
 ミツル君が死んでもうたんじゃ! ポケモンにめちゃめちゃ見えるかもしれんが、あれ中ミツル君なんよ! なのにヒゲのおっちゃん話聞きゃせんしグラードンが『ふんか』でぐあぁーっ!!っと・・・!」
ぶっ飛ばそうか。 ルビーの頭の中で作戦会議が行われる。
ケガ人だから、ぶっ飛ばすのは可哀想だ。 だく点を取って、ふっ飛ばそう。
ゴールドとクリスの方を見ると、許可が下りた。 1、2の3でルビーはサファイアを思い切り扉の方に投げ飛ばす。
サファイアを大人しくさせることにかけて、彼女はプロだ。
景気の良い音を上げて床に転がったサファイアの上から、見舞いに来たらしい誰かが覗き込む。
「誰がデオキシスですか! 人を勝手に殺さないで下さいよ、サファイアさん!」
「・・・ミ、ミ、ミツミツ君!?」
「わざとらしく人の名前間違えないで下さい! いつもいつも人のことおちょくって・・・!」
白い肌の少年は眉を吊り上げると、腰に手を当てて息をついた。
ざっと部屋の中を見回すと、誰もが彼のことを驚いたような目つきで見守っている。
「・・・ちょっと? まさか、皆さんまでボクが死んだとか思ってたんじゃないでしょうね・・・?」
「や・・・死んだとまでは思ってないけど、デオキシスにやられて意識不明って聞いてたから・・・」
体の前で手をパタパタさせながらゴールドが答えると、ミツルは「はぁ〜あ」と深いため息をついた。
「神眼の能力を取られてたせいで病気が再発して、この病院から動けなかったんですよ。
 ゴールドさん、1回ボクの病室の前通ったじゃないですか! 全然気付かないんだから・・・」
え、と驚いたような顔をしたゴールドに少し怒ったような顔をして、ミツルはサファイアを立たせる。
人とも思っていないような乱暴な手つきでそれをルビーの方へと押し付けると、彼は4人の顔を見て、病室の扉に寄りかかった。
「とにかく、詳しい話は後です。
 皆さん、この病院から逃げて下さい。 ホウエンのD.Dがこっちへ向かっているんです。
 サファイアさん何度か彼らの邪魔したでしょう? そのことで彼ら、かなり怒ってたみたいですから、逮捕されても知りませんよ?」
「何で、そのこと・・・」
「ボクが、デオキシスの中にいたのは間違いじゃありませんから。」
目元だけで笑うと、ミツルはシュッと手を振って病室の扉を閉めた。
避けなければならない人物が近づいていることを4人は悟る。
閉じられた扉から時間的な余裕がないと考えたゴールドは、病室の窓を全開にしてボロボロのサファイアを背負う。
「クリス、ルビーとデオキシスの水晶体持ってもらっていい? 先導するから『しぐれ』でついてきて。」
「行き先は?」
「バトルフロンティア。」
こくん、とうなずくとクリスは布に包まれた水晶体をピンク色のバッグに入れ、ルビーを抱え上げた。
状況をいまいち飲み込めていないルビーに悲鳴を上げる時間を与えず、窓のさんから飛び出しモンスターボールを開く。






そう、今日のような暑い日のことだった。
近所の悪ガキが持つポケモンに、ふざけてちょっかいを出した時だ。 2、3人に追いかけられていたところに突然割り込んできて、そのまま自分の代わりに殴られていた。
おかげで尻に大きなアザが出来て、痛い痛いと数日わめいていたが。
「違う・・・」
固まっていた口からようやくはっきりとした単語がエメラルドの口からこぼれる。
「なんも考えんのは勇気とは違うとる。 なんも考えんと飛び出す奴は、ホンマのバカや・・・!」
抱いているサトウが悲鳴を上げるほど、腕にチカラがこもる。
エメラルドは顔を上げた。 まだカマタの気配は近い。 震える手を正面へと向けると、エメラルドは声を張り上げた。



「逃げろ、カマタ!!」
強く床を蹴って走り出しながら、エメラルドの指示が飛ぶ。
片方のカマを床に引きずるようにしながら、ストライクは言われた通り相手のポケモンに背を向けて走り出した。
石で出来た床がカリカリと削られていく音が闇の中に響く。
相手の方がスピードは遅い。 一気に距離を離した後は、巨大な車が通るような低い音がずしんずしんと鳴り響いていた。
「それがお前の答えか? 相手の正体を知らなければ戦えないなど、笑止千万!!」
「違か!!」
大きく手を振ると、重低音のノイズにまぎれたカマタの足音が止まった。
サトウの耳が動く。 それだけで『じしん』を放っているような低い振動音が2回響くと、エメラルドはカマタへと向かってもう1度声を上げた。
「今ばい! 『はがねのつばさ』!!」
カマが音を上げて床を打ち、カマタは自分を追いかけてくるポケモンへと向かって大きく翼を広げる。
聞こえたのは、相手のポケモンが出す打撃音でも、カマタが動く時に聞こえてくる金属のような音でもなく、空気が、切り裂かれていく音だった。
ややもって、ゴトリという何か重いものが落ちたような音が、部屋の中に響く。
かすかな手ごたえを感じ、エメラルドはこぶしを握り締めた。 使えない目の代わりに、耳に全神経を集中させながら。
「・・・なるほど、逃げたフリをして自分の後ろにこいつを誘導したというわけか。
 しかし、これはどうだ!! ‘レジロック’『げんしのちから』!!」
「カマタ! 『かげぶんしん』!!」
何をされたのか、一瞬理解が出来なかった。 あちこちで巨大な生物が降り立ったような振動が響き、足元に小さな石が何度も当たる。
あまり大きな声を上げないよう泣きじゃくるサトウをぎゅっと強く抱くと、エメラルドは相手のポケモンがいる方向へと向かって走った。
「『はがねのつばさ』!!」
もう1度空気を切り裂く音が聞こえ、相手のポケモンへとカマタの攻撃が命中する。
低く、地鳴りのような音を響かせると、今までとは違う振動を響かせ相手のポケモンは気配を消した。
乾いた音が空気を震わす。 それが倒れたポケモンをモンスターボールへと戻す行為だと分かるまで、エメラルドは少しの時間を要した。




荒い息を整えるまでの間、耳の痛くなるような静寂の空間が広がっていた。
床についたカマタの刃がにごった音を立てる。 もしかしたらどこか欠けているのかもしれない。
自身が倒れないよう足を踏ん張りながら、エメラルドは再び方向の分からなくなったピラミッドキングを探す。
「・・・ポケモンバトルなら、人に攻撃出来んやろ?」
「なるほど、この暗闇を逆に利用したというわけか・・・」
震えるような息をもらしながら声を発したエメラルドに、ジンダイはどこか満足げな、低い声を返す。
モンスターボールの外される音に、肩が震えた。 後ろ手でウシヤマのモンスターボールに触れたとき、ジンダイが放ったそれがコツリと音を立て、モンスターを召喚する。
「行け、レジアイス!!」
そのポケモンが現れたと思った瞬間風が流れ、足元から空気が一気に冷え込んだ。
思わず二の腕を押さえ、体温が奪われないよう強くサトウを抱く。
キン、と、ガラスを打ち合わせたような高い音が響く。 顔を上げると、エメラルドは凍りつきそうな眉を潜めながら冷気の出所を探った。
「レジ・・・アイス?」
その名前には聞き覚えがある。
確か以前、旅から帰ってきたサファイアが見たと言っていた、ホウエンに封じられていた伝説のポケモンだったはずだ。
なぜそんなポケモンを相手が持っているのかと疑問は起こる。 だが、あまり時間はかけていられなかった。
まるで巨大な冷凍庫の中にでも閉じ込められたかのように、エメラルドの体が末端から凍り始めているせいだ。
「っそ! カマタ、『はがねのつばさ』!!」
既に隠し玉となり得なくなったその技の名前を叫ぶと、口の周りに細かい氷の粒がまとわりつく。
カマタには相手の方向が分かっていたらしく、攻撃の当たる大きな音は確かに響いていた。
安心したわけではないが、少しでも体温が逃げるのを防ごうと身を小さくしたとき、ジンダイのかすかな動きを耳が感じ取る。
「『かみなり』だ、‘レジアイス’。」
疑問を浮かべる間もなく放たれた技は、部屋中を大きく震わせた。
暗がりに慣れ始めた瞳に閃光が容赦なく突き刺さり、爆音が唯一の頼りだった聴覚をもマヒさせる。
欲しかった光が現れたのにも関わらずほとんど部屋の情報は取れなかったが、カマタが戦えなくなったことだけははっきりと分かった。
噛み締めようとした唇がくっつきそうになり慌てて離すと、エメラルドは唇をなめてから手を前へと突き出し、どこかで倒れているはずのカマタを呼ぶ。
手元に戻ってきたモンスターボールを腕の中にいるサトウに持たせると、エメラルドはホルダーからウシヤマのモンスターボールを取り出した。
「・・・なして、お前が伝説のポケモンを・・・?」
「答える必要はないな。 お前もこういったチカラが欲しくて、バトルフロンティアにやってきたのだろう?
 ならば、スポンサー雇い主の言うことには逆らわないことだ。」
ポケモンをまるで物のように扱う言い方と言い、疑問に思う点はいくつでも挙げられた。
だが、反論しようにも息が震え、マトモに口を動かすこともままならない。
エメラルドはひとまずレジアイスを倒すことに専念しようと、サトウを抱く手にチカラを込め、思い切り振りかぶって先ほど光が放たれた方向へとモンスターボールを投げる。
ボールが開かれたかすかな光が見えると、反射的に技の指示を出す。 何よりも早く、バトルを終わらせるために。
「ウシヤマ、『じしん』!!」
片目をつぶりながら技の名前を叫ぶとケンタロスはひづめを振り下ろし、石の張り詰められた床を大きく揺らす。
足元が揺さぶられ、重いレジアイスがゴトリと揺れる音が聞こえてきた。
「‘レジアイス’『れいとうビーム』。」
一瞬だけ淡い光が走り、ウシヤマの体が白い何かに包まれたのが分かった。
明らかに避け切れていないが、倒れたり凍りついたりしたわけでもなさそうだ。
凍りつきそうな首を手で押さえながら、エメラルドは光の見えた方を睨み、震える声で指示を出す。
「ウシヤマ『はかいこうせん』!!」
3秒前に『れいとうビーム』が向けられた方向から、今度はオレンジ色の強い光がレジアイスへと発射される。
相手の出した攻撃と違い、その名の通り破壊だけを目的として放たれたその光線は相手のポケモンの中心を貫くと、壁に届くことなく消え去った。
暗い部屋の中に、重々しい何かが転がった音が静かに響く。
身を切るような寒さがなくなったことからも、レジアイスが倒れたのは明らかだった。
反動で動けずにいるはずのウシヤマへと近づこうとしたとき、エメラルドではない誰かがモンスターボールを開く音が聞こえてくる。


「『だいばくはつ』だ、‘レジロック’」
一瞬無音の世界が広がり、冷え切った肌に熱風がぶつかった。
巻き起こった風に小さな体が吹き飛ばされ、冷たい床の上を転がる。
何が起こったか分からずに光の消えた空間に目を向けていると、ポケモンがモンスターボールに戻るときの軽い爆発音がどこかから響いてきた。
誰かの歩く足音。 その方向を確かめようと顔をあちこちへ向けていると、コツンという音と共に丸いものが冷え切った手に転がってきた。
「なして・・・倒したはずやなかったと?」
転がってきたのがウシヤマのモンスターボールだと気付き、エメラルドはそれを拾い上げる。
「お前を、倒すためだ。」
低い声に肩が震える。
もうサトウしか残っていない。 他のポケモンを回復させようにも『げんきのかけら』も『げんきのかたまり』も使い切ってしまっている。
そしてそのサトウは1度もバトルの経験がない。 絶望的な気分を味わいながらチカチカする目を押さえていると、不意に、肩から転げ落ちたサトウがカランという奇妙な音を立てた。
「さあ、これが最後のポケモンだ。 お前の『勇気』で、どう立ち向かう?」
シュッと風を切るような音が響き、ジンダイの手に握られたライターが呼び出された銀色のポケモンを浮かび上がらせた。
見たことのないポケモンだった。 鋼の色をした丸いボディに、その中心にある7つの点。
「レジスチル・・・」
兄から聞いた名を口ずさむ。 レジアイスと同じ、ホウエンに封じられていた伝説のポケモン・・・だったはずだ。
まともに戦って勝てる相手ではない。 頭の中で作戦を練りながら、エメラルドはサトウと、その近くで転がっているものを引き寄せた。




ジンダイのライターがパチンと音を立てて閉じると、辺りは再び暗闇に包まれた。
冷たい床の上、全身の毛を逆立ててうなりを上げるピチューに軽く手を触れると、エメラルドは見えない相手を睨みつける。
「行けッ!!」
相手の動きを肌が感じ取る。 エメラルドはバンダナを開くとその上にサトウを乗せ、高く放り上げた。
直後に『じしん』の攻撃が足元を揺らし、エメラルドはひじから転倒する。
「『てんしのキッス』!」
パチンと小さな白い光が空中で弾け、レジスチルの上を何かが走っていく。
少し焦った様子でレジスチルは『何か』を追い払おうと腕を振るが、攻撃の気配に気付いたサトウはさっさとレジスチルの上から降り、足音もなく床の上を走り回った。
ガン!と大きな音が響くと、エメラルドは立ち上がって音のした方向に顔を向けた。
「サトウ、『ボルテッカー』ばい!!」
技の名前を叫ぶと、ジリジリという音とともにサトウの体が黄色く光り輝いた。 フッと息を吐き、サトウは自分の何倍もある巨大な鋼の固まりへと向かって頭から突っ込む。
与えられた電気のエネルギーがレジスチルを輝かせ、ほんのわずかだがその巨体が後ろへと傾いだ。
効いている・・・が、サトウの額に出来た赤い傷を見てエメラルドは目を見開かせる。
効果も知らずに技の名前を叫んだが、少なからず自分に反動のある技なのだ。 背筋をはい上がる悪寒を打ち消すようにバッグの紐を握り締めると、エメラルドは腹にチカラを込める。
「サトウ!!」
すぐに攻撃は来るのだ。 かすかな光にさらされたジンダイの動きに、エメラルドは注目した。
もう1度同じ技を打つと、小さなポケモンはレジスチルから逃げるように離れていく。
「レジスチル『メタルクロー』!」
大きな動きで振り下ろされた腕が硬いはずの地面に穴を開けていく。
1発でも食らえば戦闘不能は間逃れない。 エメラルドがバトル場に集中すると、ジンダイがかすかな物音を聞きつけ、大きく動いた。
「そこだ!!」
ライフルのように素早い動きで振り抜かれた腕が、かすかに跳ね上がった小さな物体を粉々に叩き壊す。
確かにジンダイは手応えを感じていた。 しかし、直後に現れた黄色い光がまたしてもレジスチルを攻撃し、小さいが確実なダメージを与えていく。
「もう1発ばい、サトウ!!」
エメラルドが叫ぶと小さなポケモンは全身を黄色く光らせてレジスチルへと突進した。
こんどはその巨体が大きく揺れ、サトウから放たれたかすかな光が、レジスチルの手元にあるピンク色の物体を映し出す。
それを見ると、ジンダイはまぶたをピクリと動かした。
本来、トレーナー同士のバトルでは使わないものが粉々に砕け、そこに転がっていたからだ。
「・・・『エネコのしっぽ』か!」
「こん暗闇や、見分けつかいなかやろ?」
余っていたもう1つの『エネコのしっぽ』をエメラルドが投げると、レジスチルはそれに反応して腕を振り回す。
ジンダイも止められないほど暴れまわった上で、鋼で出来た腕が自分の胴体に当たり大きな音を立てた。 そのスキを突き、サトウはもう1度レジスチルへと攻撃を加える。
ダメージが蓄積されていくのが分かる。 ぐっとヒザを低く落とすと、エメラルドはバッグを探り、サトウの名前を呼んだ。
「なめるな!! ‘レジスチル’『じしん』だ!!」
サトウの行動をさえぎるようにジンダイの低い声が響く。 新しい指示を出す間もなく、低い音が響き、足元が跳ね上がるように揺れだした。
エメラルドは動き続ける地面に足元をすくわれ、背中から床に叩きつけられた。
一瞬目の前に赤いフラッシュが走り、焼け付いたように胸が苦しくなる。 バッグから物がこぼれだし、何度も跳ねて音を立てた。
ロクに息も出来ないが、攻撃のチャンスは今しかない。 エメラルドはせめて少しでもと息を吸い込むと、轟音の鳴り響く方へと向かって声を張り上げた。
「サトウ!! 最後の攻撃ばい!!」
少年の声にジンダイは息を呑んだ。
音には頼れない。 どこから攻撃が来るのかと、目を凝らして2匹のポケモンが戦っている場所へと視線をはわせる。
一瞬、レジスチルの足元で白い光が放たれた。 ジンダイは顔にしわを寄せると、低い声を少しだけ高めた。
「そこだ! ‘レジスチル’『メタルクロー』!!」
声とともに振り下ろされたレジスチルの腕が、足元を跳ねた白い光へと命中する。
ガシャンという高い音とともに、『何か』が壊れて光が消えた。 振動が収まっていく中、それがサトウではないということに気付き、ジンダイは眉を潜める。
「サトウ、『ボルテッカー』!!」
ほんの少し静かになった空間にエメラルドの声が響くと、レジスチルの頭の上で黄色い光が放たれた。
大きく息を吸うと、小さなピチューは足元にいる巨大なポケモンへと向かって全力の攻撃を放つ。 大きな音が響くと、レジスチルはぐらぐらと揺れ動き、高い音を立てて床の上へと転がった。

勝者、挑戦者チャレンジャーエメラルド!!

機械から流れる無機質な声が響くと、エメラルドは床に寝転がった体勢のまま大きく息をついた。
ようやくといった感じで部屋の中に明かりがつけられると、そのまぶしさに彼は目を細めて、何度もまばたきをする。
「・・・やってくれたな。」
ジンダイの声が聞こえると、エメラルドは目だけをそちらへと向けた。
倒れたレジスチルの側に転がるランタンを見下ろしながら、怒るでも呆れるでもない表情を向けて、ジンダイは続ける。
「ポケモンバトルとしては反則だが・・・まぁ、良しとしよう。」
「・・・そりゃどうも、おーきに。」
立ち上がろうとして、エメラルドはそれが出来ない状況なのに気がついた。 汗を吸った服が凍りついた床に貼り付いてしまって、取れないのだ。
慌てて上着だけを脱いで貼り付いたそれを引き離そうとすると、凍った布が飴細工のように割れ、完全に崩壊した。
青筋を立てるエメラルドを、ジンダイは笑う。
「なっ、何がおかしいね!?」
「・・・いや、今の格好の方がいいと私は思うぞ。」
サトウをなだめるために使ったバンダナも外され、見た目には普通の子供と変わらぬ姿のエメラルドを見て、ジンダイはもう1度うなずいた。
「どこが・・・! こげな格好、雄貴見とるようで腹が立ってくるばい!」
「噂の兄貴か?」
「あぁ・・・」
うつむくと、少年はしゃがみ込んだ。
戻ってきたサトウを背中に乗せながら、エメラルドは壊れた服の破片を集め始める。
「あいつ、1回もケンカに勝ったことがなかったと。 じゃけん、家に帰ってくるときはいつでん服がボロボロやったんばい。
 ばってん、俺の前にはいつでもあいつがおると。 雄貴ば超えんと、俺ないつまで経っても先に進めんとよ!」
張り上げた声にサトウがおびえたのを感じて、エメラルドはそこで喋るのを止めた。
大きく残った服のそでに壊れた服の固まりを詰めると、彼はそれを抱えてゆっくりと立ち上がる。
シンボルを受け取って、去り際にぺこりと一礼した姿に、ジンダイは少しだけ意外そうな顔をした。
「話、聞いてくれてありがとーな。 少しすっきりしたばい。」
軽く笑うと、エメラルドはジンダイに背を向けて蒸し暑い外の世界へと歩き出した。
その背中を見送ると、ジンダイは大掛かりな後片付けが必要になりそうな部屋を見渡してから倒れたレジスチルをボールへと戻し、いつも通りの生活へと戻っていく。






一応依頼人ヒナタの『護衛』という名目をつけられて残された・・・もとい、置いていかれたシルバーは部屋の前で立ち止まったまま、中に入るべきかどうか悶々もんもんと考え続けていた。
パソコンの画面を凝視して号泣している相手に、どうやって話しかければいいというのだ。
それも5分そこらではなく、ゴールドたちが出て行ってから30分。 そろそろシルバーの方も不審者の目で見られ始めている。
キーボードを叩く音が止まらない。 時折、涙を拭うような動作は見られるが、それでも反対側の手は動き続ける。
恐ろしかった。 何をやっているのかも分からないのだ。
棒になった足も忘れ、呆然と扉のガラス越しに部屋の中を覗いていると、突然ヒナタはすっくと立ち上がり、涙を拭いて自分の方へと駆け寄ってきた。
いや、部屋の外へと飛び出したのだ。 避け切れなかった扉にぶつかって、シルバーはしりもちをつく。
「シルバー、大丈夫・・・? そうしてると、何かサファイアみたいだね。」
あまり嬉しくない言葉を掛けられ顔を上げると、見慣れた友人の姿に彼は小さく息をついた。
何があるというわけでもないが、格好悪いところを見られてしまった。 相手の手を借りて立ち上がると、服についたホコリを払いながらシルバーはゴールドへと、銀色の瞳を向ける。
「どうだったんだ?」
「ケガ人が1人。 TPといざこざ起こしてるみたいだから、ひとまず2人ともこっちに連れてきた。
 あと、ミツル君元気になってた。 多分、後でこっち向かってくると思う。 ・・・そっちは?」
1人、と聞いただけでそれが誰だかわかる自分に苦笑しつつ、シルバーは答える。
「どうだろうな、さっきまで泣きながらパソコンやってたかと思えば急に外に飛び出して・・・何やってるんだか、さっぱり・・・」
「『分からない』じゃ、いつまで経ってもクリスと進展しないよ? シルバー、少し女心勉強した方がいいよ。」
「・・・男のおまえに言われたくない。」
小突かれたひたいを押さえると、シルバーはため息をつく。
そしてすぐに目をつぶる。 怒号とも思えるような叫び声がロビーの方から聞こえてきたせいだ。
駆けつけると、シルバーと同様に声を失っているルビーとサファイアの姿があった。 2人の目の前で、ヒナタはテレビ電話の画面に向かって叫び続けている。



「何が「死に掛けてた」だ、このバカ兄貴ッ!! 死んでも連絡しろっ、ていうかやられてんじゃねーよバトルバカ!!
 お前やられっぱなしで黙ってるようなタマじゃねーだろっ、なんで何もしてねーんだよ! テレビもラジオも何も言わねーじゃねーか!!
 騒がせろよ! 何怖がることがあるっつーんだよ!!
 デオキシスの1匹や2匹、簡単に倒せるはずだろ!? なぁ、レッド!!」
サファイアがおびえている。 使い物にならなくなる前に彼を適度になだめつつ、ルビーはテレビ画面に向かって怒鳴り続ける彼女を見守っていた。
黙って見ているのもどうかと思うが、話しかけられる雰囲気ではない。
困っているところに、ちょうどジョウトから来た3人組が戻ってきてルビーは少しホッとしていた。
硬直しているサファイアを引きずって彼らのもとへ近寄ると、そっと耳打ちするように、彼女はクリスに顔を近づける。
「・・・なぁ、何で怒ってるの?」
「色々あったのよ。」
最も簡単な言葉でクリスはルビーの疑問をさらりと片付けた。
納得しない様子で眉を潜めると、ルビーはもう1度、クリスにひそひそ声で話しかける。
「あと、声のイントネーション似てたから気にはなってたんだけどさ・・・
 もしかしてヒナちゃんとレッドって・・・」
「うん、そう。 実の兄妹よ?
 七光りだなんて言われたくないって公式には発表してないけど、依頼受けたときに聞かなかった?」
「はぁ」とよく分からない反応を示しながら、ルビーはテレビ画面に怒鳴り続ける彼女に目を向けた。
隠す気がなくなったのか、それとも周りが目に見えていないのか、ヒナタは荒っぽい口調でひたすら電話先の相手へと怒鳴りつけている。
体の影になって、一瞬だけ光にさえぎられていた相手の顔が見える。
見慣れた、赤い帽子がルビーの瞳に映った。