「うおぁっ!」
真夜中に鳴ったバチンッという大きな音で、エメラルドは半ば強制的に叩き起こされた。
寝ぼけた目をこすりながらベッドの下を覗きこむと、ため込んだ電撃を吐き出しながらサトウがピィピィと泣き声を上げている。
「なんなんばい・・・飯なら寝る前に充分くろーとったやなかか。
 なして泣くとね、訳わからなか・・・」
甲高い泣き声で他の客が起きてしまうのではないかとヒヤヒヤしながらベッドに掛かったシーツを跳ね飛ばすと、パチン、と音がして部屋の電気がつけられる。
驚いて振り向くと、扉の前に見覚えのある人間が立っていた。
一瞬でも目を離したら、そのまま暗がりの中に溶けていってしまいそうだ。
泣き続けているポケモンもそのままにエメラルドが相手の姿に見入っていると、相手はつかつかとエメラルドの方へと近づいてきて、ひょいとサトウを取り上げる。
「ずっとタマゴの中にいたから、暗いのが怖かったんだよね。
 大丈夫、エメラルドがいるからね。」
「リラ・・・!」
突然の侵入者に目を見開かせながらエメラルドは相手の名前を唱えた。
まるで自分の子供のように小さな黄色いポケモンをあやすと、リラと呼ばれた少年はサトウをあっという間に泣き止ませ、エメラルドの元へと戻す。
ぴったりとくっついたサトウに困惑するエメラルドへと向かって手を差し出すと、リラはすぐにその手を引っ込めて窓の外に目を向けた。
スパイ映画のようにそっとカーテンの隙間から外の様子を伺うと、エメラルドへと向かって笑いかけ、笑ったような口から声をつむぎだす。
「キミを、バトルタワーに招待しに来たんだ。」
「へ?」
思わず聞き返したエメラルドへと向かって長いまつげのついた目を瞬かせると、リラは窓を背にして軽く服を直した。
「まだ、ちゃんと自己紹介はしていなかったね。
 ボクはリラ。 タワータイクーンのリラ。
 バトルタワーの、そしてこのバトルフロンティアのブレーンたちの責任者さ。」
ブレーンの責任者。 その言葉にエメラルドは思わず息を呑む。
「驚いてる? 無理ないね、まだボクのところまで辿り着いた人もいないから、誰もタイクーンの顔を知らないわけだし。
 エニシダさんからバトルフロンティアを攻略しようとしている子供の話を聞いてね。 面白そうだから話しかけてみたんだけど・・・
 楽しかったよ。 少しヒントをあげれば、キミはどんどん伸びていったからね。 キミの、『才能』を感じたんだ。
 本当はシンボルを6つ集めてから招待したかったんだけど・・・あまり時間がないみたいだ。
 ちょっと、今からついてきてもらっていいかな?」
軽く眉を上げると、リラはエメラルドに服を差し出した。
少しだけ迷う。 なぜ、こんな真夜中に、と。 何かの罠かもしれないし、からかわれているのかもしれない。
恐る恐る自分の服へと手を伸ばしかけたとき、はっと気付いてエメラルドは逃げるようにリラから離れ、部屋の電気を消した。
震える肩を押さえながら振り向くと、予想したとおり、彼の瞳は淡く、緑色に光っている。
「神眼・・・」
腕の中にいるサトウをきつく抱きしめると、リラは小さくうなずいた。
「来て・・・ほしいんだ。」
瞳から発せられる光に反射して、彼が泣きそうな顔をしていることに気付く。
怖さが完全になくなったわけではなかった。
理由をつけられるわけじゃない。 だが、エメラルドはリラから奪うように服をひったくると、一気にそれを着込んでパジャマを脱ぎ捨てる。
ホルダーにモンスターボールがはめられると、リラはうっすらと笑ってエメラルドの手を引いた。




「このタワーは、バトル専用のフロアが50階以上積み重なって出来ているんだ。
 各階はエレベーターでつながっていて、挑戦するトレーナーは1つ勝ち上がるごとに1つずつ階数を上げていく。
 その最高峰が、ボクの任されているマスタールーム。 みんな、上へ上へと目指して進んでくるんだ。
 まるで、地の底からはい上がってくるポケモンたちみたいにね。」
真っ暗なフロアにライトの光を浴びせながら、リラは自分のいるバトルタワーのことをそう説明した。
薄っぺらな銀色のボタンに触れると、ただの箱と化していたエレベーターに、パッと白い光がつく。
2人を迎え入れるかのように開いた扉を潜ると、ポケットから取り出した鍵で配電盤を開き、リラは慣れた手つきでその中にあるテンキーを押した。
「でも、だからこそ、このタワーの『地下』の存在はほとんどの人が知らない。
 3階より下はエレベーター全体を建物が覆っているせいで、誰も地下に行くエレベーターは見られないようになっている。
 バトルフロンティアのスタッフでさえも、この場所を知っているのは、ほんの一握りなんだ。」
軽い浮遊感を感じながら、エメラルドはエレベーターに貼り付けられたまだ真新しい壁紙を見つめる。
階数表示は、ずっと「8」で止まったままだ。
どれくらい深い場所にあるのかも分からないまま、エレベーターがゆっくりと停止すると、再び銀色の扉が開き、2人を異世界へと招き入れた。
明かりらしい明かりはほとんどついていない。 何か別のアトラクションなのかと勘違いするような空間を、リラはゆっくりと歩く。
「ようこそ、バトルフロンティアの最下層へ。」
気のない言葉を発するとリラは灰色の扉横にある指紋認証機に自分の手をかざす。
無機質な音を上げて横に開く扉の先に目を向けると、エメラルドは思わず口元に手をやった。
映画の中で見るような、試験管詰めにされたポケモンたち。
実験場、そう呼ぶにふさわしい場所が目の前に広がっていた。


「・・・これは・・・!?」
「『神眼』の製造工場・・・そう言うべきなのかな。
 ここでポケモンのチカラを抜き取って、人間に注入し、神眼でもない人間を無理矢理神眼に仕立て上げている。
 ブレーンたちの目、見ただろう? 彼らはここで作り上げられた、人工的な『神の子』たちなんだ。」
時折青い光を発するコードにつながれたアーボックに目を向け、エメラルドは頭のバッジをしきりにこすっていた。
生きているのか、死んでいるのかも分からない。
まぶた1つ動かさないポケモンたちに順々に目を向けていると、背後にいたリラが、軽く、口を開く。
「神眼は本来、ポケモンが人間を助けたいと思うから、生まれてくるものなんだ。
 それも、とても弱い存在・・・子供を助けようと思うとき、ポケモンたちは、その能力を大きく働かせる。
 生まれる前の胎児に、チカラを与えれば『紅眼』・・・
 病気や、先天的な障害で生きるチカラが弱い子供を助ければ、『緑眼』・・・」
震えるサトウに、エメラルドは手を添えた。
身体が冷たい。 まぶたをピクピクと動かしながら、ぎゅっと小さなピチューを抱きしめる。
「・・・事件や事故で、1度死んでしまった子供をよみがえらせれば、その子は『蒼眼』になるって感じにね。
 能力を受け取った子供が1人で生きるチカラを手に入れる・・・10代の半ば頃、必要のなくなった能力は外に・・・ポケモンたちに向けられる。
 死んだ人間をよみがえらせるほどの能力だから、飛躍的にポケモンたちの能力も上昇する・・・だから、ポケモントレーナーはそれがうらやましい。 それは分かる。
 分かるけど・・・これじゃ・・・」
リラはこぶしを震わせる。
弱々しい光を当てられうっすらと光る試験管の中心に立ち、エメラルドへと向かって赤い瞳を向けた。
「エメラルド、ボクと一緒にこの研究所を壊してほしいんだ!
 こんな研究間違っている! もっとポケモンと人は、やさしくて・・・あったかいつながりでなければいけないはずなんだ!
 もし、オーナーに見つかったら2度とここには戻ってこられなくなる。 その前に・・・!」
「『その前に』・・・どうするというんだい? リラ・・・」






出入り口の方から聞こえてきた声に、2人はハッと表情を変え、声の主を探す。
パチンと音が鳴り、部屋の蛍光灯がチカチカと動き始める。
まぶしさに目をしばたきながら、エメラルドは灰色の扉によりかかる太い男を睨み付けた。
腕に抱いたサトウのほっぺたから、パチパチと火花の散る音が鳴る。
「エニシダオーナー・・・!」
「がっかりだよ、リラ。 君ほどの『才能』を持った人間が、この研究の真価に気付くことができなかったとはね・・・
 エメラルド、気にしなくてもいいんだよ。 このポケモンたちはね、自分から人間の役に立ちたいと研究に協力してくれているんだ。
 この研究が成功すれば、最終的には、死んだ人間をよみがえらせることだって出来るんだ。
 どうだい、すごいことだと思わないかい? 2度と会えないと思っていた人にだって、僕らは会うことが出来るようになるんだよ?」
リラとエニシダの視線に射抜かれ、エメラルドは1歩後ずさった。
答えを、求められている。 だが、今ここに来て事実を知らされたばかりだというのに、そう簡単に物事を結論付けられるほど回転の早い頭は持ち合わせていないのだ。
2人の顔を見比べていると、トンッと軽い音を立て、淡い緑色の光を放つ試験管に背中が当たった。
無数のコードにつながれたイーブイが、エメラルドの瞳に映る。
目を細めてそれに見入っていると、エニシダの後ろで、何かの壊れるような大きな音が鳴り響いた。
「・・・そこまでよ。」
「マリン!」
エメラルドが声を上げると、マリンは小さくうなずき、ポケットから取り出したモンスターボールをエニシダへと向かって投げた。
紫色の皮膚の、人の背ほどに大きなゴツゴツしたポケモンが太いツノをエニシダへと向け、威嚇する。
「やっと尻尾現したわね? ずいぶん面倒に隠してくれたじゃない。
 こんな巨大な施設まで作って『神眼』を作るだなんて・・・ポケモンの命を何だと思ってんのよ!」
「・・・リラ! 捕まえろ!!」
エニシダが叫ぶと、リラはびくんと肩を震わせてからマリンへと向かって飛び出した。
「・・・ごめん!」
叫びながらリラは赤と白のモンスターボールを地面へと打ちつける。
一瞬閃光が瞬き、エメラルドは目をつぶった。 目を開けると、マリンの出した紫色のポケモン・・・ニドキングのツノを、リラが出したのであろうフーディンが両手に持った銀色のスプーンで押さえつけている。
「この程度? 『才能アビリティ』のリラが、聞いて呆れちゃうわ!」
「君にはわからない! ボクの気持ちなんて・・・!」
「何のための言葉? 何も叫ばずに分かってもらおうとする方が間違ってんのよ!
 ウノ、『メガホーン』!!」
マリンが叫ぶとニドキングは押さえつけていたツノを振り、フーディンを投げ飛ばした。
2本のスプーンを持ったポケモンは何本かのコードを巻き込み、数メートル行ったところで停止する。
見ているしか出来ない自分に腹が立ち、エメラルドはピチューを抱える腕にチカラを込めた。
注意深くリラとエニシダの動きを見張るマリンへと向かって、自分でも驚くほどの情けない声を上げる。
「マリン! 俺、どげんしたらよかと!?」
「好きにしなさい! 教えられることは全部教えたんだから、後はあんたの・・・エメラルドの、トレーナーの形を作んのよ!」
リラが呼び出した2匹のポケモンをニドキング1匹でさばきながら、マリンはエメラルドへと向かって叫ぶ。



答えに迷ったエメラルドは、その場で立ち止まった。
構える人間がいないので、捕まることも、手を差し伸べられることもない。
「‘エメラルド’ば・・・作る?」
口から流れた言葉が消えると、少しだけうつむいて、サトウと目を合わせる。
小さなポケモンは、うなずいて応えてくれた。
ぎゅっとこぶしを握ると、エメラルドは腰のホルダーからモンスターボールを投げつける。
「リラ!!」
名前を叫ぶと、エメラルドは戦っているリラの手を引いて自分の方に引き寄せた。
リラが使っていた、見たことのない種類のポケモンたちがマリンのポケモンによって吹き飛び、床の上を跳ねる。
エニシダと自分たちとの間にウシヤマを置くと、エメラルドは震える手を隠しながら、周囲を思い切り睨み付けた。
「エメラルド・・・!」
「・・・どういう、つもりかな?」
人差し指と中指でサングラスを直しながら、エニシダがエメラルドへと話しかける。
「どもこもなか! いっちゃん困っとるんはリラやなかか!
 やけん、俺がリラば助けちょるんけん。 悪いと!?」
啖呵たんかを切りながらも、エメラルドの足は震えていた。
それをフォローするかのように、ウシヤマが相手を鋭い目つきで睨み、いきり立たせるように尻尾で自分の体をピシピシと叩く。
軽く肩をすくめると、エニシダはパチン、と指を鳴らした。
同時に試験管の裏から出てきた人間たちを見て、鳥肌が立つ。 リラを除くブレーン6人が、それぞれ自分の得意なポケモンでエメラルドのことを狙っているのだ。
「やれやれ・・・これだから子供は・・・」
エニシダは出会ったときと同じ、怪しいとしか言いようのない笑みを浮かべ、エメラルドとリラをアゴで指した。
「捕まえなさい、3人ともね。」
「・・・オーケィ、オーナー。」
小さくうなずくと、ヒースは空のモンスターボールを指で転がし、自分の後ろにいるラグラージと目と目で合図を交わす。
「行けっ、ラグラージ!!」
ひとたび指示の声が上がると、青いポケモンは大きく床を跳ね、エメラルドたちへと飛び掛かる。
リラに腕を引かれ、よろけた足元に太い腕が突き刺さった。
青筋を立てる間もなく、ブラッキーの『だましうち』に服の端をかすめられる。
慌てて左へと飛び退いて床の上を転がると、自分の真上から、熱い液体のようなものがぽたりと落ちてきた。
「・・・右に行くか、左に行くか、それも『運』・・・」
「・・・! ウシヤマ!!」
噛みつかんばかりの様子のハブネークを、2本のツノを使ってケンタロスが弾き飛ばす。
ヘビのようにアザミがちろりと舌を出すと、エメラルドの腹にチクリとした痛みが走った。
自分の体を見下ろすと服に丸く穴が空き、そこから覗く肌に赤いシミがついている。 痛みを意識しだすと急にエメラルドは立っていられなくなり、その場でうずくまった。


「エメラルド!?」
パレスガーディアン、ウコンの繰り出したケッキングと戦っていたリラは背後の異変に気付き声を上げる。
苦痛に顔をゆがめる少年のもとへと走っていきたいが、強力な一撃を繰り出すケッキングに苦戦し、なかなか思うとおりに動くことが出来ない。
バトルに集中することが出来ず「くっ」と喉の奥で音を上げると、少し離れた場所でジンダイを相手していたマリンが、エメラルドの方へと向き直った。
すぐそばでフリーザーが『つばめがえし』を繰り出そうとしていても、お構いなしといった様子だ。
片手を横へと向け、驚くほど冷めた瞳で、彼女は少年へと問いかける。
「それが、キミの答え?」
ウシヤマに警戒を任せたまま、エメラルドは顔を上げるとマリンの方へと視線を向けた。
そして、小さく首を横に振る。
「・・・わからんたい。 ばってん、雄貴ならこうしたと思うとよ。
 あいつ、いっつも弱かモンの味方やけん。
 ポケモン持って、ようやっと分かった気がするとよ。 俺、雄貴さなりたかったばい。」
「進歩、だね。」
弱々しい笑みを浮かべると、エメラルドはうなずいた。
毒を受けた部分が徐々に熱くなる。 ケッキングを押し返すとリラはエメラルドの手を引いた。
「しっかり・・・!」
冷たい手を握りながらもエメラルドが立ち上がると、マリンの顔つきが変わった。
相手の攻撃を押し返したニドキングに手のひらを向け、フッと短く強く息を吐く。
「・・・ウノ!」
マリンがポケモンの名を呼ぶと、ニドキングはエニシダたちへと向け、低くうなりを上げ始めた。
太い尻尾が細かく震え出す。
「『じしん』か? しかし、こんな地中深くで使ったら地盤が崩れ、我々もろとも生き埋めになるぞ。」
「ハァ? 何言ってんの。
 あんたたちみたいなのと心中なんて、死んでも嫌!」

口元を緩めると、マリンはニドキングへと向けた手をぐっと握り締めた。
「ウノ、『てだすけ』!!」
「『てだすけ』!?」
疑問の声をよそに、ニドキングは両腕にチカラを集めるとそれをマリンへと向ける。
ニッと口元だけで笑うと、マリンの体が輝きだした。
まばたきする時間もない。 なぜなら、1度目をつぶった瞬間にリラともども、金色の目をしたポケモンに連れ去られていたからだ。
目に見えないチカラでエレベーターの扉を壊すと、エメラルドの手を引いたポケモンは1度エニシダたちの方に向き直る。
ざまみろだ! 『神様』バカにする奴は、地獄に落ちんだよ!
赤いポケモンの首につけたスピーカーから声を響かせると、マリンだったポケモンはエメラルドとリラを連れたまま地上へと続くシャフトを飛び上がった。
叫ぶことも出来ないほどの速さで飛び上がる赤いポケモンへと向かって、リラが叫ぶ。
「待って! ボクは・・・!」
嫌! あんたの言うこと聞く気ないし。
にべもなく断ると赤いポケモンはエレベーターのガラスを割って外へと飛び出した。
朝の冷たい風が肌をなで、身震いする。
真下の光景に、エメラルドは目を見開いた。 地面いっぱいに広がる、7色の虹。
一瞬思考が止まり、痛みも自分が置かれている状況も忘れ、その光景に見とれる。
息も止まりそうなそれに近づいていくと、突如虹の中から翼が現れ、大きく羽ばたいた。
大きな虹色の翼を持ったポケモンが舞い上がってきて、空気の震える音が聞こえる。
その背中に、数人の子供が乗っていた。 そのうちの1人が飛び降りようとしているのを、別の人間が取り押さえている。
「タカ!!」
「サファイア動くな! コハクがついているから心配ない!」
「せやけど、あのケガ・・・!」
騒ぎ立てる青い瞳の少年と一緒にいる茶髪の少女をエメラルドは睨み付けた。 髪のまとめ方は違うが、間違いなくマリンだ。
頭に巻きつけているバンダナからバッジを引きちぎると、エメラルドはそれを彼女へと向かって投げつける。
不安定な弧を描いて緑色のバッジは宙を舞うと、赤い背に乗る少女の手に収まった。
「マリン・・・マリン!! うちのバカ兄貴、頼む!!」
しゃべるたびに毒を受けた腹がずきずきと痛んだ。
飛び出そうとするサファイアを片手で制すると、マリンはエメラルドへと向かってうなずきかけ、赤いポケモンへと叫ぶ。
「ミュウ! エメラルドたちを安全なところへ!!」
一瞬、指示を出した対象が分からずエメラルドは視線をさ迷わせる。
声に機敏に反応したのは、サトウだった。 いつの間に移動したのか、赤いポケモンの上から顔をのぞかせ、全身の毛を逆立たせる。
その毛色は徐々に黄色からピンク色へと変わっていった。
完全に別のポケモンへと『へんしん』したサトウは、長い尻尾をくねらせると甲高い鳴き声を上げ飛び上がる。
「・・・みゅうっ!」
エメラルドとリラが、光に包まれて消えた。
呆然とするサファイアからシルバーが手を離すと、マリン・・・ヒナタは、宙に浮いた2匹のポケモンたちへと向かって強い視線を向ける。
「行ってくる。」
2匹のポケモンがうなずくと、ホウオウは強い風を起こしながら東へと向けて飛び立つ。
不安そうに振り返るサファイアの視線の先で、赤色とピンク色をした2匹のポケモンが、光に包まれて消えた。








太陽がまぶしい。
焼け付きそうな肌を押さえつけながら、ゴールドは頭上に輝く太陽に目を細める。
見覚えのない空から目を落とすと、ルビーが置いていったグラードンの前でじっと立ち止まっている女性の姿が黒い瞳に映る。
熱気に耐え切れず、木陰へと逃げ込んだ白衣姿の男が、彼へと話しかける。
「かれこれ30分・・・あの状態だ。」
「そうですか・・・」
服を替える暇もなかった。 ラフなズボンのポケットに手を突っ込むと、ゴールドはキャップのツバで日陰を作り、女性の方へと視線を戻す。
「どうにかならんかね・・・」
きっと足も棒になっているだろうに、女性はグラードンの前から動こうとしない。
グラードンも、彼女に襲い掛かるようなことはしなかった。 動きは、ゴールドをここに呼び寄せた白衣の医院長のそれに似ている。
心配そうに顔を覗き込んでみたり、時折そっぽを向いてみたり。 落ち着きのないグラードンの様子を見ると、ゴールドはふぅと息をついた。
「このために、医院長は僕を、受け入れる許可をくれたんですね?」
「・・・何?」
「娘さんが『神隠し』に遭って、その原因がポケモンだと踏んでいたから・・・
 同じポケモンを扱うトレーナーなら、何か情報をつかめるかもしれないと考えたから・・・僕みたいな、ほとんど戦力にもなりそうもない新米医師が仕事を頼みに来ても、先生は「帰れ」とは絶対に言わなかった。」
ふ、と息をもらすと、男はうつむいた。
「リーブス、君はもう少し立ち振る舞いに気を使うべきだ。
 いつか医局から追い出されたとしても、私は驚かんぞ。」
「じゃあ、今は置いておいてくださるんですね。 医院長?」
ゴールドが笑いかけると、男は気を悪くしたのか、彼から目をそらした。
女性の方は、相変わらずだ。 どこか遠くを見るような瞳にため息をつくと、ゴールドは目を細める。
「失礼ついでに言いますけど、グラードンはどうにか出来ても・・・娘さんの方、僕じゃ無理です。
 あれ、ポケモンが原因じゃないですよ。 いなくなっている間に何があったのかは、分かりませんけど・・・」
白衣のポケットに手を入れると、男はもう片方の手で白いヒゲに触れた。
「・・・分かっている。」


娘の下へと向かっていく男の背中を、ゴールドは懐かしいような、恐ろしいような気持ちで見つめていた。
自分の父親の気配はわかるのか、女性は男が近づくと空を見上げるのを止め、ゆっくりと振り向く。
「・・・悪い娘だ。」
ぎゅっと肩をすくめると、女性はうつむいた。
「家に帰りもせず、親に心配をかけて・・・1人娘だからと、少々甘やかしすぎたようだな。」
「・・・ごめんなさい・・・」
青い目を見開かせ、グラードンの前にたたずんだ女性は小さく震えていた。
低いうなりをあげながら、グラードンが男のことを睨みつける。
わずかにこぶしを動かしたが、ゴールドは動かなかった。 もう、グラードンは襲い掛かったりしない。 見ていてそれが分かったからだ。
「当分、家で大人しくしているんだ。
 いいな? 私はこれから出張で1ヶ月ほどカントーに行っているが、その間、決して家から出るんじゃないぞ。」
かすかに、まぶたがピクリと動く。
鵜呑みに出来るわけがない。 ひと月も人を家の中に閉じ込めておくなんて、まともな人間がやることではないだろう。
「・・・お父さん・・・・・・」
「・・・・・・伝えたぞ。」
白衣のポケットに手を入れると、男は自分の娘に背を向けた。
色濃い影を見つめながら、1歩、1歩、ゆっくりと男は遠ざかっていく。
足音が聞こえなくなるまで深く頭を下げながら、ゴールドは、早打ちする心臓を抑えた。
かすかに震える指先で服の上から丸いものをつかむと、顔を上げる。
「グラードン・・・は、大丈夫だよね。 もう封印解かれているわけだし。」
お人よし、と誰かに言われた気がして、ゴールドは苦笑した。
「・・・急ごう。 僕たちもまた、必要とされてるんだから。」
服の内側から薄汚れたリボンを引っ張り出し、顔の前へとつるす。
真ん中についたガラス玉のようなものが、りん、と、澄んだ音を鳴らした。






こんにちは! ‘Music&Letters’のお時間です。
夏休みの間続いてた放送も今日が最終回・・・なんですが、ルビーちゃん、インフルエンザにかかっちゃって寝込んじゃってるので、司会はあたし、クルミ1人でお送りしま〜す。
みんな、夏休み最後だからって気を抜いて風邪ひいたりしちゃダメだよ!
それでは・・・最初のおは・・・キキ・・・ティ、ラジオ・・・・・・リルさんからです・・・

感度の悪くなったラジオを傾けると、ルビーは深くため息をついた。
「少し休憩する?」
「いいよ、こんなバカでっかい鳥が降りてきたら街中大パニックだろ?」
ヒナタの申し出に首を振ると、ルビーはノイズに混じって途切れ途切れに聞こえてくる音に耳を澄ませた。
インフルエンザ・・・もちろんウソだ。 そのくらいじゃ普通休ませてはくれない。
もうはがれかけているかさぶたに手をやり、これも理由にはならないな、と自分で苦笑していると、もう1度背後から、今度はクリスの声がかかってきた。
「そういえば、ルビーってどうしてアイドルになったの?」
少しだけ目の端を上げると、ルビーはサファイアの方を向いた。
近くにいると彼は大体気まずそうだ。 小さく息を吐くと、ルビーはどこか遠くを見るような目でクリスの問いに答える。
「探してるんだ。」
「何を?」
「分からない、母親・・・みたいなもの。」
サファイアがピクリと動き、そっとルビーの方に視線を向ける。
幼い頃に同じ返答をすれば「まだお母さんは生きてるでしょう」と一笑された、母親をなくしてからは、かわいそうな目で見られるようになった。
そのどちらとも違う視線を、このホウオウの背に乗った人たちは向けてくる。
1度座り直して、シルバーは冷静な声で質問を投げかけてきた。
「神眼に課せられた、使命ってやつか・・・?」
「だと思う。 けどさ、何度聞いても何を探すのか教えてくんないんだ、このバカ鳥。」
そう言ってルビーは自分が座っているホウオウの背中をかかとで軽く蹴った。
振り落とされるんじゃないかとサファイアの顔が青くなる。 しかし、ホウオウの飛行スピードはそれまでと変わらず、何のリアクションも返してこなかった。
そうこうしているうちに、また電波を拾える場所まで来たらしく、ラジオから音楽が流れ出す。

できたてのページ しおり挟んだ 君の物語に 耳をかたむけて
昨日の話、また聞かせてほしい あたたかい声 包まれて眠った夜

宝石箱に そっとしまうよ 君だけの 物語ストーリー
言えなかった たった一言
 「アリガトウ」 最後に 記して
もしも 言葉の 本当の意味 見えてないなら
優しく、そっと しかってほしい


はじめてのページ 言葉書き込んだ 君の白い本を 僕がうめて行く
明日の話 まだ 見つからないから 探しに行こうよ 太陽が 起きる頃

炎に乗せて 空へ飛ばすよ 僕だけの 物語ストーリー
言えなかった たった一言
 「ゴメンネ」 最後に 記して
もしも 言葉が 届かないなら 気付かなくていい
サラサラ 風が 教えてくれるよ

小瓶に 詰めて 海に 託すよ 僕だけの 物語ストーリー
言えなかった たった一言
 「ダイスキ」 最後に 記して
もしも 言葉が 届かないなら 姿を 変えて
伝えに 行くよ 僕らの 物語ストーリー

「この曲・・・知っとる。」
意外そうにつぶやいたサファイアに、ルビーは「何度か歌ったからね」と心の中で突っ込んだ。

最後のリクエスト、コガネシティのパーソナリティさんからでPINK=SAPPHIREの『メッセージ』でした。
短くて長い夏休みでしたが、みんな、楽しめたかな?
楽しい思い出も、甘酸っぱい青春も、ほろ苦い思い出も、いつかみんなの物語になるんだから、大切にね。
‘Music&Letters’お別れの時間です。
パーソナリティは、クルミと、PINK=SAPPHIREのルビーでお送りしました。
それじゃ、みんな元気でね! バイバイ!!



まるで自分がそこにいるかのような口ぶりに、ルビーは驚くと同時に涙が出てきた。
慌てて隠すが、これだけ狭い空間で気付かれない訳もなく、既に微妙な空気が流れ始めている。
「・・・ヘーキだから!」
小声でひそひそ話された挙句、生け贄にされそうなサファイアに対し、ルビーは先手を打った。
「せやけど・・・」
「大丈夫だから! 気にすんな! 戻れサファイア!!」
「ポケモンちゃうわっ!?」
突然始まった漫才に、今度は笑い声が漏れてきた。
絞められてぐりぐりとゲンコツを食らうサファイアを誰も助けてはくれなかった。
これで日常だというのも何だかなぁと、割としょっちゅう彼自身は思ってたりするのだが。