まだお日様が目を覚ますか覚まさないかくらいの時間なのにも関わらず、ファイアの目はぱっちりと覚めていました。
営業開始前のポケモンセンターはとても静かです。 明かりがつかないとトイレにも行けないくらい怖い場所なのですが、窓から差し込む光のおかげで、その心配はありませんでした。
しばらくファイアは窓から差し込んでくる、その金色の糸のような光をじっと見つめていたのですが、少しするとベッドから立ち上がります。
そこで、不思議なことに気が付きました。 上のベッドで寝ていたはずのひなたがいないのです。
「ヒナ?」
呼んでみましたが、返事はありません。
ファイアは怖くなってきました。 他の部屋にいるレッドやリーフを呼ぼうと急いで着替えます。

「・・・明日からは、1人で着替えるんだぞ。」

マサラから旅立った日のことを思い出してファイアは泣きそうになりました。
お気に入りの白い帽子をかぶると、急いで部屋を飛び出しレッドのところへと向かいます。
「レッド! レッド!!」
怒られそうなほど大声を出して部屋に飛び込みましたが、そこには誰もいませんでした。 ベッドも整えられ、人の気配がありません。
「ヒナ! レッド! リーフ! グリーン! アキねえ! シルバ! ブルー!」
怖くなってファイアは狂ったようにみんなの名前を叫びながら次々とドアを開けていきます。
ですが、一様にみんなの部屋はからっぽで、誰一人として、ファイアの呼びかけに答えてくれる人はいません。
とうとう、ファイアは泣き出してしまいました。 その泣き声も、薄暗い廊下に響くばかりで誰もファイアのことに気付いてくれる人はいません。
みんなが外にいるかもしれないと、とぼとぼ歩きながらファイアは探します。
裏口から町の方に出ると、誰かの忘れた花火が1本だけ、道に落ちていました。
ぐすぐすいいながらそれを拾おうとしたとき、長い影がファイアの足元へと伸びてきます。



「モモちゃん! どうしたの、泣いてたの?」
「テルに・・・!」
話しかけてきた人の姿を見ると、懐かしいのと淋しいのがぐちゃぐちゃになってファイアはまた泣き出しました。
テル兄はしゃがみこんであったかい手を肩にそえると、ファイアが泣き止むのを待っていてくれます。
うんと時間をかけてファイアが泣き止んだ頃には、お日様が水平線から顔を出していました。
泣きつかれてへとへとになったファイアの肩からテル兄が手を離すと、ひんやりとした空気にファイアは小さくくしゃみします。
「寒い? センターの中入ってる? それともジュース買おうか、のど渇いたよね?」
「いらない。」
小さく首を横に振るとファイアはきゅっと唇を結びました。
「リーフどこ?」
「リーフ? ・・・あ、あぁ! 新しくD.Dに入ったって人のことね。
 どうしたの、淋しくなっちゃった?」
「リーフどこ!!」
ファイアが叫ぶと、森がざわめき島中のポケモンたちが目を覚ましました。
ただならぬ雰囲気に、テル兄の眉が潜み、かつてのリーグチャンピオンの顔へと戻っていきます。
後ろを向いたファイアは、止めようとしたテル兄の手を振り切って走り出します。
おばあちゃんなら何か知っているかもしれません。 おばあちゃんの家に走りながらも、ファイアは何度も呼びかけました。
リーフはどこ? リーフはどこ? リーフはどこ?
知らない、知らない、知らない・・・
出てくる返事はみんな同じものばかりで役に立ちません。
それでもファイアは呼び続けました。 何度も、何度も・・・
すると、小さな小さな反応がカバンの中から返ってきます。
ナナです。 急いで赤と白のモンスターボールからナナのことを呼び出すと、ファイアは淡白く光る目で彼女のことを見つめました。
「ナナ! リーフどこ!」
お願い、行かないでファイア! みんなあなたにキケンな目にあってほしくないのよ!
 それに、あなたのチカラは・・・!

「‘ナナ’! ‘みんなは’‘どこ’!?」
叫ばれるとナナの体がビクリと動きました。
追いついてきたテル兄が、2人の様子を見て困った顔をして立ち止まります。
・・・みんな・・・は・・・『たんじょうの・・・しま』・・・
全てを言い終えるとナナは倒れました。 抱え上げたテル兄の腕の中で、小さなムチュールが、ルージュラへと進化していきます。
「モモちゃんッ!!」
それは、叱責でした。 普段優しいテル兄がファイアに怒鳴ることなんてありませんでした。
そして怒られる意味も、ファイアは知っていました。 ナナに向けて神眼を使えば『こう』なることは分かっていたからです。

「『たんじょうのしま』行く・・・!」
「行かれないよ。 その島に向けた船は出ていないんだ。」
ボールへと戻っていったナナを大事そうにリュックの中へとしまいながらテル兄は言いました。
「モモちゃん。 レッドはね、君のケガを治してほしいって・・・そう僕に言ったんだ。
 みんなモモちゃんのことが好きなんだよ、だから、モモちゃんをここに残して行ったんだよ。
 首のケガ、治してくれるお医者さん見つかったんだ。 だからさ・・・一緒に行こうよ。」
「やだ!」
ファイアが叫ぶと真っ赤な炎の球が2人の間へと落ちました。
間一髪テル兄は避けましたが、現れたファイヤーの存在に驚きを隠せません。
赤く燃える炎の鳥は、ファイアのことを見つめると母親のような優しい声を上げました。
お行きなさい、あなたが空を飛べるのなら・・・ね。
「何言って・・・!」
赤々とした羽根を向けられるとテル兄は押し黙って自分のモンスターボールを手に取りました。
下手に攻撃は出来ません。 バトルで倒してしまったら、もしかしたらファイアが死んでしまうかもしれないからです。
ファイアは1歩下がり、モンスターボールからセロのことを呼び出します。
確かに、空を飛べばどこへでも行かれるでしょう。 でも落ちたら・・・とても痛くて、怖いのです。
「・・・ロケット団だっているんだよ!」
自分たちを追い掛け回した黒い服の人たちが、ファイアの目の奥に浮かびました。
今でも怖いことには変わりありません。 もう1歩、ファイアは下がると半月型の目と小さな体で、自分のことを心配しているテル兄を見つめました。


「でも行くの。」


セロの大きな翼がはためきました。
大きくて強いリザードンは風をとらえ、空のとても高いところへと飛んでいきます。
「ファイア!」
テル兄の声がはるか遠くから聞こえます。
ふとセロの肩越しに見えた海面に震え上がりそうになったとき、それまでずっと居続けた2の島が、とても小さなおもちゃのような姿でファイアの瞳に映りました。
とても、とても小さな島です。 ですが、リーフはこの島が・・・ナナシマのことが好きだと言っていました。
そう考えると、下を見るのが怖くなくなりました。
景色は絶え間なく、前から後ろへと流れていきます。



いつか、自分の歩いてきた道を振り返る日がくると思う。
がむしゃらに進んだせいで気付かなかったその道の険しさに、きっと驚くと思うんだ。
道によっては、それ以上先に進んだら戻れなくなることもある。
そこから先に進むかどうか、それは、お前たち次第だ。








早朝ミーティングに使われている机が、大きな音を上げてガタガタと揺れた。
「納得いかないよ、オーナー! こんな日まで営業するってどういうこと!?」
ヒースは鼻の上をピクピクさせながらエニシダへと詰め寄る。
もっともな怒りだと、ダツラはうなずいた。
「俺も同意見だ、オーナー。 リラとあのガキは近いうちに必ず、あの装置を破壊しにやってくる。
 そうすりゃ俺たちは元のトレーナーでも何でもねぇ、普通の人間に戻っちまう。 安全が確保出来るまではフロンティアを閉じておくべきだ。」
「リラ・・・! あのガキ、自分だけ本物の神眼だからってボクたちのことを見下して・・・!! あまつさえ裏切る気か!!」
「落ち着かんか、ヒース。 熱くなりすぎだ。」
机をはさんだ向かいにいる老人に言われると、ヒースは納得いかないような顔をしながらも渋々簡単なイスの上へと腰を戻した。
老人は机の上でしわくちゃの手を組むと、ちらりと目を横に向けて、イスの上で腕組みをしているエニシダへと視線を移動させる。
「どうだね、オーナー。 これが私らフロンティアブレーンの意見だ。」
「あぁ、聞いたよ。 しかし、私の意見も変わらない。
 最初に言ったように、バトルフロンティアは、営業する。」
エニシダがそういうと、6人に減ったブレーンたちから怒りにも似たざわめきの声が起きた。
「ただし!」
その怒りを収めるように、エニシダはわざと声を荒げると6人のフロンティアブレーンたちへと視線を向ける。
「『通常通り』の営業ではない。 君たちが言っているように、リラとエメラルド君たちはここを攻めてくるだろう。
 そこで、この騒ぎをイベントの一環としてゲストたちに公開することにする。」
「・・・どういうこと?」
机の上に突っ伏したコゴミが聞いた。
「彼らの攻めてくるバトルタワーに『バトルフロンティアを護る未知の宝』があると仮定し、そこに攻めてくるものたちを『敵』に仕立て上げ、フロンティアブレーンたちのストリートバトルを許可する。
 一般トレーナー・・・ゲストにも、彼らと戦う機会を与え、もし倒した者には賞品が出るとすれば、周囲やトレーナー・ポリスに悟られることなく、堂々と彼らを迎撃出来るというわけだ。」
深い眉間のしわをなぞっていたジンダイが聞く。
「リラやエメラルドが暴れ、ゲストに危害を加える可能性は?」
「しないさ、彼らもバカじゃない。」
「・・・もし、私たちが彼らを防ぎきれなかったときは?」
艶っぽい声を響かせ、アザミが聞いた。
一瞬冷え切った空気が部屋の中に流れるが、エニシダはそれを払うように咳払いを1つすると、丸い腹の上で腕を組んだ。
「その時は・・・ゲームオーバーだ。」









その日、朝からバトルフロンティアは沸き立っていた。
施設の開放直後に流されたアナウンスも、夏休みも終わり間近になったトレーナーたちには活性剤にしか成り得なく、誰も不自然に思うものはいなかった。
エニシダの思惑通り、賞品目当てに『敵』を探すトレーナーも現れる。 その様子をバトルファクトリーの控え室から眺めながら、ダツラはフンと鼻息を荒くした。
「何もかもが、あのおっさんの手の中ってワケか・・・気に入らねえな。」
現状に不満があるわけではなかった。 つまらない学生生活を送っていた時に比べれば、このバトルフロンティアはそれよりもずっと刺激的だ。
だが、最終的にエニシダの言うことのみを聞き、思い通りに動けない自分が気に入らない。
だからといってどうするということも出来ないのだが。 何気なく時計を見ると、ちょうど短針と長針が重なって1つの線に見えていた。
そろそろ休憩か、と、ダツラが窓に背を向けたとき、階下から巨大な爆発音のようなものが響いてきた。
『敵』が攻めてきたのだ。 小さく舌打ちすると、ダツラは自分のモンスターボールをつかみ、窓から一気に飛び降りる。


壊れた消火栓から噴き出す水に悲鳴を上げる人たちを見渡しながら、ミツルはクスクスと笑っていた。
言動や色の白い肌から大人しい子供だと見られがちだが、こういった派手な演出は好きだ。
音波の一撃で鉄のパイプを破裂させたバクオングをそばに置くと、ミツルはバトルファクトリーから飛び出してきた男を待った。
相手の男はすぐにミツルが『それ』だと気付いたようだ。 いらだった様子でこぶしを握り締めると、あらかじめ用意してあったらしいモンスターボールに手をかける。
「行け、‘ボーマンダ’!!」
モンスターボールから開放された翼竜はオレンジ色の炎を吐くとコンクリートが砕けるほど強く地面を蹴って青い空へと飛び上がる。
太陽に隠れたその姿に、一瞬だけミツルは目を細めた。
「‘ボーマンダ’『ドラゴンクロー』!!」
滝の向こうから響いた声と共に、赤い翼を持つポケモンは急降下し、ミツルの足元を砕いた。
並のポケモンが出来る芸当ではない。 少し驚いたように目を見開くと、ミツルはそばにいる自分のバクオングを1歩下がらせる。
「・・・聞いた通り、確かに凄い威力ですね。
 当たれば、ボクのポケモンなんて一撃で倒されてしまいそうですよ。」
一瞬ニヤリと笑ったが、ダツラはすぐに相手が全くおびえていないことに気付く。
大雨のように降りしきる水を浴びながら少しだけ間を置くと、ミツルは何の指示も出さずにただすっと人差し指をダツラの方へ向けた。
途端、ミツルへと向いていた攻撃の手が逆転し、ボーマンダは本来の主であるはずのダツラへと向かって攻撃を始める。
何のことだか分からなくなって、ダツラはボーマンダの攻撃を避けながら驚いたような赤い目をミツルへと向ける。
ぬれた髪を直しながら、ミツルはニッとトレーナーらしい笑い方をした。
「・・・当たれば、の話ですけどね。」
「『ちょうおんぱ』か・・・!」
ギャラリーへと攻撃しようとするボーマンダを必死で止めながら、ダツラはまぶしそうに空をながめる少年を睨んだ。
「しばらくそこで遊んでて下さい。 ボクたち、まだやることがあるので。」
バクオングをモンスターボールへと戻すと、ミツルは慌てる様子もなくフロンティアの奥へと歩き出した。
誰もその後を追うものはいない。 追えるはずもなかった。
周囲は既に、敵も味方も分からなくなったポケモンたちの暴れだした、最悪の戦場と化していたのだから。




エメラルドは迷っていた。 走ることは止めなかったが、迷っていた。
マリンやミツルの言うことは分かる。 確かに今バトルタワーの内部に1番行きやすいのは自分だし、他に人がいないのも分かっている。
けど、何で自分が? 同じ考えは走る速度以上に、何度も何度も頭の中を駆け巡っていた。
部活のレギュラーになったのと運動会のリレー選手に選ばれたこと以外、そんな大役を任されたことなんて1度もないのだ。
何で自分が、何で自分が、何で自分が?
当てどもない考えにとらわれながら人ごみの中を走り続けていたせいで、すれ違いかけた老人の肩にしたたか顔を打ち付けてしまい、エメラルドは思わずうめいた。
慌てて謝ろうとすると、何気なく上げた腕をシワだらけの手につかまれる。
「まったく・・・子供の考えそうなことだ。」
「・・・え?」
エメラルドは相手と目を合わせられないまま固まっていた。
まるで死人にでもつかまれたかのように、相手の手は冷たい。 振りほどこうとして軽く腕にチカラを込めると、横っ腹に衝撃を感じ、エメラルドは真横へと吹き飛ばされた。
トレーナーのほとんどが『イベント』に乗ってバトルスペースへと集まっているため、悲鳴を上げるものもいない。
睨むように相手の顔を見ると、相手はしわだらけの眉間を深く潜ませた。
「フロンティア・・・ブレーンと?」
「あぁ・・・パレスガーディアンのウコンと言う。
 お前は・・・まぁ、聞くまでもないな。」
相手が喋っているスキにエメラルドはホルダーからモンスターボールを引き離そうとした。
だが、その腕を何者かに蹴り上げられ、彼は思わず悲鳴を上げる。
見上げると、巨大なサルのようなポケモンがエメラルドのかたわらに立っていた。 ウコンが出したのだろうか、あまり野性味のない殺気ごもった目で、エメラルドのことを見下ろしている。
「なして・・・」
後ろに回されたままの手を必死に元に戻しながら、エメラルドは立ち上がる。
「何故、ポケモンバトルで戦わないのかとね? では聞くが、君はポケモンバトルをする気があったのかね?」
背筋に冷たいものが走る。
確かに本気で戦う気などなかった。 ウシヤマを暴れるだけ暴れさせて、逃げるつもりでいたのだ。
しかしそれ以上に、自分の考えを読んだ相手に対し、得体の知れない気味の悪さを感じる。
逃げたい。 だが、それは自分の横に陣取るケッキングが許してくれないだろう。
震えだしそうなヒザにチカラを込めてそれを制したとき、真後ろから低い、地響きのような音が聞こえてくる。
「え?」
今度の声は最初の驚きとは違う意味合いを持っていた。
手をつかまれたと思った直後、ぐるんと変わっていく世界。 逆さになった世界の中でケッキングへと突進していくウシヤマの姿。
痛みもなく着地したエメラルドの胸を、誰かが軽く押す。
次の瞬間、エメラルドは訳も分からないまま誰かに連れられて走り出していた。



気がついたときには、目の前に茶色い髪が揺れていた。
追ってくる足音は聞こえてこない。 逃げるのに必死で意識出来ていないだけかもしれないが。
手を引いて走っている誰かはそのまま近くの茂みへと逃げ込むと、昼も過ぎて人のまばらな飲食店の中へと逃げ込んだ。
少しだけ助かったような気がして安心するが、つかまれた手が離れない。 訪ねようとよくよく言葉も考えず口を開こうとすると、相手はエメラルドの方を振り向いてニコリと微笑んだ。
「あ、コハク・・・」
金色の目に茶髪。 1度見たら忘れられない彼女(?)の顔に目を見開かせると、コハクはエメラルドの手を引いたままトイレの方向へと歩き出した。
相手は人間ではないと分かっていつつも、女の子と歩くというのは恥ずかしい。 ましてや場所が場所だ。
戸惑っていると、不意につかまれた手が熱くなった。
顔をしかめ、そのまま前に視線を向けるとエメラルドの前にエメラルドがもう1人、大きな目を瞬かせながら立っていた。
思わず声を上げそうになって、慌てて口を手でふさぐ。 驚いた顔のまま凍りつくエメラルドに、エメラルドの姿をしたコハクはバトルタワーの方を指差してから、見覚えのないモンスターボールを取り出して見せた。
ここは自分に任せて先に行けということか。 1人で納得してうなずくと、もう1人のエメラルドはボールをポンと上に投げてから飲食店の外へと歩き出す。
しばらく立ち尽くしていると、にわかに店の外が騒がしくなる。
丁寧にみがかれた店のガラスの向こうでウコンが走っていくのが見えた。
唐突にエメラルドは理解した。 マリンだ。 彼女がコハクに指示を出したのだ。
外の様子を伺うと、エメラルドはモンスターボールに手をかけたまま走り出した。 胸の中によく分からない使命感に似たものが浮かぶ。 それは、彼の迷いを断ち切るには充分なものだった。






「・・・道が、出来る。」
ミツルの中にある静かな期待は確信へと変わっていた。
予定よりも進みが早い。 思っていたよりも自分が強くなっているのかもしれないし、リラの仕事かもしれないし、エメラルドのところに人が集中している可能性もあった。
このままバトルタワーへと迫っていけば、後はエメラルドが動きやすいように通路を開けていくだけだ。
それはただ闇雲に進んでいくよりもずっと簡単に出来る。
作戦の成功を確信し、迫ってきたトレーナーたちに応えようとモンスターボールに手をかけたとき、不意に目の前を暗い影が覆った。
慌てて前方に視線を戻すと、あり得ないはずのポケモンにミツルは立ち止まる。
見覚えはあった。 あるからこそ、そこにいるはずがない。
「何で・・・!?」
伝説のポケモン、レジアイス、レジロック、レジスチル。 彼らは、ホウエンの片隅でひっそりと自分の場所を護っていたはずだったのに。
思わず後ずさると、背中が何か熱いものに触れた。 振り返って、更に驚愕する。
フリーザー、サンダー、ファイヤー・・・本でしか見たことのなかったそれらが、ミツルを睨むようにして立ちふさがっていたからだ。
「驚いているようだな。」
声の方向に向くと、夏らしからぬ深緑色の服を着た中年の男と目が合った。
先ほどの男とは少し様子が違う。 警戒しながら1歩後ろへと下がると、男は深いシワの下からミツルを睨みつけていた。
「いい目だ、恐れがない。 幾多の戦いを潜り抜け、知恵という武器を見つけてきたのだな。」
「フロンティアブレーン・・・ですね?」
「ピラミッドキングのジンダイだ。 お前を倒せと・・・オーナー直々の命令だ。」
オーナー、その言葉をミツルは復唱した。 確かに6人も7人もいる人間がリーダーもなしに1つの目的に向かって動けるとは考えにくい。 必ずまとめる人間がいるはずなのだ。
考えていると、ミツルが予想したのよりも早く相手は攻撃を繰り出してきた。
サンダーの『かみなり』だ。 手近な木を避雷針代わりにしてそれを避けた後、ミツルはモンスターボールを取り出してサンダーへと向かって投げる。
「‘ろわ’『おにび』です!!」
シュッとマッチをするような音を立ててゆらめいた紫色の炎が、蝶のように飛び上がり、サンダーの翼へとまとわりつく。
効果はある。 明らかに相手の動きが遅くなっていた。 続けざまに『かえんほうしゃ』の指示を出しながら、ミツルは周囲の異変に気付く。
「人がいない・・・?」
延々と鳴り続くBGMに気を取られて、気付かなかった。 普通これだけのポケモンを目の当たりにしたらギャラリーはパニックを起こしてバトルどころではなくなるはず。
同時に、それに便乗して襲い掛かってくるトレーナーはミツル1人で裁ける量ではなくなっているはずだ。 だから、誰もいないというのはむしろありがたい。
しかし、わざわざ誘いに乗ってきておきながらいきなり人払い、というのは少々不自然だ。
眉を潜めて相手の出方を伺っていると、不意に真上から強い風が吹きかかり、歓声どころではない大音量の爆音がミツルたちの鼓膜を揺らす。


バトルフロンティアの諸君ッ!! こんどのからくりはすごいぞよ!!
最新設備も結構だが、夏休みの最後は我が輩のからくり屋敷で思い出を作ってくれたまえ!!

「わ、我が輩さん!?」
我が輩からくり大王である! 2度も間違えるとは無礼なり!!
1年以上も会っていないのに・・・以前と全く変わらぬやり取りがミツルには嬉しかった。
ヘリから打ち下ろされる強風と爆音。 一瞬だけ固まると、ミツルは上空から自分たちを見下ろしているからくり大王へと声を上げた。
「どうしてここに?」
「我が輩TPである、TPは他のTPを手伝う。 これはリーグからも命じられている正式な任務である!」
「ティーピー? トレーナー・ポリス・・・? えぇ!?」
どうして10メートル以上離れているヘリから声が聞こえるんだとか、どうでもいい疑問が浮かんでは花火のように消えていく。
ただ1つ分かったのは、味方が増えたということ。 そして・・・目の前にいる敵を倒さなければ、自分の道は開けないということだ。




むっとこみ上げる熱気に、エメラルドの鼻先から汗が一筋流れた。
巨大な塔を冷やすには相当の熱を外へ追い出さなければならないのだ。 巨大なファンの密集するバトルタワーの裏手を、汗を拭いながらエメラルドは歩く。
遠回りしていったせいか、さすがにここまで追ってくる人間はいなかった。
1ヶ月のバトルフロンティア生活がモノをいったな、とよく分からない納得をすると、エメラルドは眼前にそびえ立つバトルタワーを見上げる。
「上るんなら、えらくきついんやろうな。」
落ち着かない肩をぐるぐると回すと、エメラルドは何てことない様子を装って表へと回る。
予想通り・・・といっても、彼の予想ではないのだが・・・エメラルドを怪しむ者は誰もいなかった。 誰もフロンティアを狙っている『敵』がこんな子供だなんて思っていないのだ。
大きく深呼吸して気を落ち着かせると、エメラルドは唯一開かれていないバトルタワーの正面入り口を睨み付けた。
入るなら正面から堂々と、だ。 素早くモンスターボールを取り出すと、エメラルドはそれを自分の真下へと向かって投げつける。
「ウシヤマ! 『はかいこうせん』!!」
ドンと地面を打つひづめの音で周辺にいる人々が一斉に振り返った。
もう止まらない。 グッと体にチカラを込めると、ウシヤマはオレンジ色の光線を一気にバトルタワーの入り口へと向かって打ち出していく。
ガラスが割れて悲鳴が上がる。
「戻れ、ウシヤマ!!」
顔を傷つけないよう腕でカバーすると、エメラルドはタワーの内部へと向かって一気に走り出した。
人が追ってくる。 エメラルドが『それ』だと気付いて。 フロンティアブレーンたちと違い、彼らはエメラルドがどういう目的で動いているかを知らないのだ。
あまり傷つけたくはない。 ぎゅっと唇を噛み締めるとエメラルドはエレベーター前で振り返り、追いかけてくるトレーナーたちを睨み付けた。
「動くな!!」
彼の一喝で人の流れが止まる。 正確には、その手に握られていたものが、かもしれない。
分かりやすいほど古いデザインの手榴弾パイナップル。 どうせハッタリだろうと歩き出そうとしたトレーナーに向けてそれを突きつけると、エメラルドは精一杯低い声を張り上げる。
「近づいたら、爆発させる。」
彼の後ろでエレベーターが音を鳴らし、灰色の扉を開く。
あまり刺激しないようゆっくりと後ろ向きに歩いてその小さな箱の中へと入ると、エメラルドは閉じるボタンを押して爆弾に見せかけたそれをトレーナーたちへと向かってなげつけた。
急いでリラがやっていた通りにボタンを押すと、エレベーターは下へと向かって動き出す。
腰が抜けた。 休業中でバトルタワーに明かりが入っていなかったのが幸いだった。
本当にこんなもので足止め出来るのかと5回も聞きなおすほど、エメラルドの投げたそれはチャチなおもちゃクラッカーだったからだ。


「助かった・・・」
1人つぶやくとエメラルドは持っている2つのモンスターボールを確認した。
上の方でもう1つのエレベーターに押し合いへし合いしているトレーナーたちの姿を想像して、ククッと忍び笑いをもらす。
不安が消えたわけではなかったが、別れる直前のサファイアの顔を思い出すと心強かった。
「・・・バカにすんじゃなか。 1人でも出来ると。」
独り言をつぶやくと、エメラルドは立ち上がった。
程なくして、エレベーターが目的の階に着いたことを告げる。
扉が開くと、予想した通りの人間が、そこで待ち受けていた。
高鳴る心臓に気付かないよう胸に手を当てたい衝動を必死に抑えながら、エメラルドはゆっくりと歩み出る。
エニシダはなんだかよく分からない液体に浮かんだポケモンから目を離すと、ゆっくりとエメラルドの方へと顔を向ける。
「ふぅ」と小さくため息のようなものをつくと、中指の先でサングラスを直し、少し間を置いてから口を開いた。




「やれやれ・・・ここに君が来るのはトレーナーとして成長してから、と思ったのだが・・・どうやら、君は私が考えていたのと違う成長の仕方をしたようだね。」
「ごたくはよか。 そこ退くばい、エニシダオーナー。」
腰に手を当ててモンスターボールに手をかけると、エメラルドは噛み付くようにエニシダを睨みつける。
完全な臨戦態勢。 しかし、相手もそれくらいでひるみはしない。
大きな腰に巻きつくようにしたハーフパンツのポケットに手を突っ込むと、エニシダはサングラスの下から逆にエメラルドのことを睨み返してきた。
「私は、この装置を壊すために君を呼んだのではないんだよ。 貴仁君。」
エニシダは『エメラルド』と呼び続けていたものを、本名に変えていた。
はっきりした敵意を感じる。 無言のままエメラルドが構えていると、何を気にする様子もなく、エニシダは言葉を続ける。
「10年・・・この装置の開発に、10年近く費やした。」
それまでとは少し違う口調に、エメラルドは頭の上に「?」を浮かべた。
「ポケモンにポケモンという名がついたばかりの頃、私の息子は死んだんだ。 3歳の誕生日を迎えてすぐのことだった。
 後を追うように妻もいなくなり・・・何もかも失った私の目に、1つのニュースが飛び込んだ。
 海で死んだ少年が、24時間以上経って・・・息を吹き返したという話だ。」
エメラルドの脳裏に笑って家を出て行った幼い兄の姿が映し出された。
その様子に勘付いたのか、何気ない仕草でうなずくとエニシダは背後にある試験管に顔を向ける。
「どこからか圧力がかかったせいでマスコミには隠されていたが、カルテまではごまかせなかったと見える。
 調べると、他にも似たような話はいくつもあった。 いずれも10歳以下の子供、ポケモンが多く生息する自然の中、よみがえった子供たちが持つ特殊能力『神眼』・・・なぜ、今まで気付かなかったのかというほど、たくさんの情報が出てきた。
 ・・・驚いたよ、世間の知らないところでポケモンは何人も生き返らせ、その上自分たちに都合のいいよう、その子供たちに自分たちを操れるチカラを与えていたというのだからね。」
「・・・違か!!」
反射的にエメラルドは叫んでいた。 言いながら、何が「違う」のかも自分で疑問を持っていた。
泣きそうな表情になると、あれほど嫌っていたはずの兄の姿が次々と脳裏に浮かぶ。
今、弱いところを見せるわけにはいかない。 込み上げてくる衝動を無理矢理押さえつけると、エメラルドはモンスターボールを握った手にチカラを込めた。
「雄貴と、あんたの息子とは違うとよ。 雄貴は生き返ったんと違か、助かっただけばい!」
自分でも何を言っているのか分からなかった。 ただ、よく分からない衝動が言葉となって口から飛び出してくる。
「都合だの特殊能力だの・・・ポケモンは兵器を作るために人を生き返らせたんと違か!!
 虫唾が走るばい! いっぺん死んだらどうじゃ、お前みたいなんに使われるポケモンの命がもったいなかよ!!」
怒鳴りつけるように言い切ると、一瞬だけ静寂の時間が訪れた。
エニシダはもう1度サングラスの端を上げる。 手元にある何かをコロコロと転がすと、ため息のようなものを1つついてエメラルドに視線を向けた。
「君とは・・・仲良くなれそうにないな。」
エメラルドの目の前で2つのモンスターボールが開けられた。
それが開かれた途端、巨大な山のような圧倒的な威圧感が支配し、部屋の中を流れていた風の流れが変わる。
驚かずにはいられなかった。 目の前に現れたのは、ホウエンでも最強の2神と呼ばれるグラードン、カイオーガの2体。
ずしり、と重い足音を上げてグラードンが1歩近づくと、エメラルドは1歩下がる。
迷った。 逃げるべきか、戦うべきか。
しかし、元よりここに踏み込んだ地点で逃げ道などなくなっているのだ。 覚悟を決めると、エメラルドは巨大なポケモンへと向かって赤と白の球体を投げつけた。


「ウシヤマ! カマタ!」
相手の数にあわせてエメラルドは手持ちのポケモン全てを開放する。
打ち合わされたカマが音を上げ、床を蹴るひづめの音が高らかに鳴った。 震えるようにしながら睨みつけてくるエメラルドを見ると、エニシダはパチンと指を鳴らす。
「グラードン、『きりさく』」
命令にあわせて真っ赤なポケモンは太い腕を振り上げ、エメラルドへと向かって振り下ろしてくる。
悲鳴を上げる間もなく、カマタは逃げ切れずにいるエメラルドを口でくわえるとその場から飛び退いた。
「ウシヤマ『シャドーボール』!!」
空気を切り裂きそうなグラードンの攻撃を伏せてかわすと、ウシヤマは大きく鳴き声を上げ、黒い球体を相手に向かって打ち出した。
すぐにエメラルドを離したカマタがフォローに向かった。 大きく飛び上がると、ウシヤマの攻撃をかわしたグラードンを腕についたカマで思い切り斬りつける。
攻撃は効いていなかった。 ガン! と硬い音を上げると打ち切れなかったカマが跳ね上がる。
「硬か・・・!?」
聞いた話ではグラードンは『じめん』タイプのはずなのに。 驚いているエメラルドの目の前でカイオーガがカマタへと飛び掛かり、隅の壁へと弾き飛ばした。
「カマタ!?」
「チューブとピラミッドで何度かやった以外は、ダブルバトルをやったことはなかったね。
 分が悪いのではないのかな、この勝負、君に勝ち目はないよ。」
「じ、じゃかましか! そっちこそ年貢の納め時ばい!!」
胸の中に残る違和感をエメラルドは探し続けた。
チラリとカマタの方に目を向ける。
まだ生きている。 小さく羽根を羽ばたかせるストライクを横目に映すと、エメラルドは低いうなりをあげるグラードンとカイオーガへと目を向けた。
どこかに仕掛けがあるはずなのだ。 でなければこの2匹を捕まえられる・・・サファイアを超えられるトレーナーがいるはずがない。
「ウシヤマッ、『じしん』ばい!!」
「カイオーガ!!」
ウシヤマが足を踏み鳴らすのを阻むかのようにカイオーガが巨大なヒレとともに踏み込み、鋭い牙をウシヤマへと向ける。
申し訳程度に貼られた床板が跳ね上がり、当たり損ねた攻撃が壁を揺らす。
「カマタ、『ぎんいろのかぜ』!!」
攻撃の余韻も消えないうちにエメラルドは声を張り上げる。
すぐさま指示に応え、カマタは黄緑色の羽根をグラードンへと向けた。
衝撃がわずかだがグラードンの体を横へとずらし、ウシヤマへと向けられていた攻撃の手に空を切らせる。
「見えた・・・!」
フィールドに近づきすぎていたエメラルドをウシヤマが安全なところにいくようにと押し返した。
指示を出そうと大きく意気を吸い込んだ瞬間、背後の扉が開く。 その拍子に、エメラルドは攻撃のタイミングを失った。
背後に目をやり、そして止まる。
「・・・リラ?」
いるはずのない相手だった。 リラに与えられた役目は、バトルタワー入り口での足止め。
頭の上に「?」と疑問符をたくさん浮かべて見入っていると、リラはおもむろに、ホルダーからモンスターボールを取り出す。


「‘エンテイ’! ‘ライコウ’!」
リラがモンスターボールを床に打ち付けると、2メートルはあるかという大きな四つ足のポケモンたちがエニシダを睨みつける。
予想外の展開にエメラルドは戸惑う。 しかし、エニシダは驚く様子もなく平然とサングラスの端を上げると、リラへと向かってその下の瞳を向けた。
「アザミとコゴミが向かったはずだが?」
「倒しましたよ、オーナー自慢の玩具おもちゃでね。」
まっすぐにエニシダの方へと歩くと、リラはエニシダの肩を強く押し、立ち並ぶ試験管を睨み付ける。
「エニシダオーナー、もうあなたの思い通りにはならない!
 ボクが、ここのポケモンたちを救うんだ!」
「リラ・・・? 予定と違・・・!」
「黙っていて!」
怒鳴りつけられ、エメラルドはビクリと肩を震わせた。
リラに呼び出された、異様に大きな四つ足のポケモンが低く身構え、鋭い牙をエニシダへと向ける。
「さぁ、‘エンテイ’・・・」
ずっしりとした赤い毛のポケモンが、
「‘ライコウ’・・・」
黄色い体をしなやかにくねらせるポケモンが高く跳ね上がり、試験管越しにラインにつながれたポケモンたちに吠え掛かる。
一瞬戸惑った素振りを見せながらも、リラは大きく息を吸い込むと2匹へと向かって声を上げた。
「さぁ壊せ! この間違った『神眼』を全て消し去るんだ!」
「言ったはずだ。 今試験管を壊せば、ポケモンは死ぬぞ?」
「だけど、これ以上被害を増やしちゃいけない!
 オーナー、あなたは間違っている! こんなことしても子供は戻ってこないし、悲しいだけだ!」
やれやれとため息をつくと、エニシダはパチンと指を鳴らした。 低い音を上げ、グラードンとカイオーガが2匹のポケモンへと向く。
緑色に光る目を見開かせてリラはエニシダを睨みつける。
エメラルドの存在は完全に忘れ去られているようだった。
少しに落ちない気もするが、ポケモンたちの影に隠れエメラルドはシステムの奥へと入り込む。
驚くほど簡単にそれは成功した。 1つの考えが頭の中で駆け巡る。 それが全てを救ってくれそうな気がして、エメラルドの心は歓喜に満ちていた。





落ち着き払った様子で睨みつけてくるミツルに、少なからずジンダイは動揺しているようだった。
「もう、こけおどしは効きませんよ。」
6匹の相手に対してキュウコンだけで戦いながら見つめてくる緑色の瞳に、かすかだがジンダイの肩が震える。
人のものではないような顔つきをして、ミツルはキュウコンのものとは別のモンスターボールを握り直した。 小さな声で指示を出すと、キュウコンは口から吐き出す炎でファイヤーを押し返す。
「なんなら追い返した来場者たちを呼び戻して、加勢してもらいます?」
「バカにするな。 レジロックたちにゲストが気を取られているうちに逃げようという魂胆こんたんくらい分かる。」
「それもそうですね。」
ミツルは手首を返すと手に持ったモンスターボールを上に投げ上げた。
ポケモンが呼び出されるのかと思いきや、ボールは開かずに再び彼の手のひらへと収まる。
さっきからこんなことの繰り返しだ。 攻撃されそうでされない、突破しそうでしない、目的の読めないミツルの行動に、振り回され続けている。
一息置くと、ミツルは降ろしていた視線を再びジンダイへと向けてきた。
背後のバトルには目も向けず、静かな声で彼へと話しかけてくる。
「ロボット、ですね?」
手に持ったモンスターボールを転がしながら、ミツルは続ける。
「よく出来ていますが、このポケモンたちを選んだのは失敗ですよ。
 空を飛べない『ひこう』ポケモンはいませんし、レジスチル、レジアイス、レジロックがここにいることは絶対に、ありませんから。」
それまで無意味に続けていた行動のおかげで、ミツルの足が後ろに動いていることにジンダイは一瞬気付かなかった。
モンスターボールを地面に打ち付けると、ミツルは戦っていたキュウコンをボールへと戻し、一気に空へと舞い上がる。
「そしてボクは、そのことを知っている・・・!
 ‘みむ’『みずのはどう』です!!」
ミツルのぶら下がったペリッパーが真下へと向かって波状の水を発射すると、一瞬ジンダイの連れていた伝説ポケモンたちの動きがおかしくなった。
相手が追ってこないことを確認すると、ミツルはペリッパーと共に、バトルドームのてっぺんに着地する。
さすがにここまで追ってくる一般トレーナーはいないし、なによりエメラルドの目的地であるバトルタワーが目の前だ。
見下ろすと、たくさんの人間がタワー前で立ち往生しているのが分かった。
あまり安定しない地面に足元を取られながらクスクスと笑っていると、突如ペリッパーが高度を上げ、ミツルを空へと引き上げる。


足元を通り過ぎる『れいとうビーム』を見下ろしてから、ミツルは背後を振り返った。
これもロボットなのだろうか、ラグラージを従えた派手な男が殺気立った目でミツルのことを睨みつけている。
「ボク、クーラーはあまり好きじゃないんですよね。 日焼けするまで外にいるのも楽しいじゃないですか。」
「じゃあ暖めてあげようか? こんがりとね。」
派手な男はそう言うとモンスターボールからリザードンを呼び出した。
少しだけ歩きにくそうにしていたが、ドームを切り裂くほどに真下を蹴るとすぐに飛び上がり、うなり声をあげる。
今度はロボットではなさそうだ。 戦ってもいいが、自分たちへの被害は避けられそうにないし、かといって無意味に逃げてもエメラルドの援護は出来ない。
少し考えていると、唐突に楽しげな音楽を奏でていたスピーカーが『ブツッ』と妙な音を立て、不自然な音楽を流し始めた。
派手な男がそれに反応する。
暗号だ、そう直感してミツルがその放送に集中したとき、その期待は意外な形で裏切られた。
ミツル!! 今から電源きるけん、フロンティアの電力ばまかなっとるのはどこと!?
一瞬驚いた後、大きく呆れた。 フロンティア中に作戦を流す人間がどこにいるというのだ。
「・・・一応年上なんだから、呼び捨てにしないで下さいよ。」
苦笑すると、ミツルは先に放ったコハクたちを探した。 都合のいいことに、今いる場所からそれほど離れてはいない。
自分たちを狙っているリザードンに攻撃の指示を出すと、ミツルはペリッパーの足から手を離した。 落下しながら今度はサーナイトを呼び出し、細い首に腕を巻きつける。
少々嫌そうな顔をしながらもサーナイトはミツルを抱えると、『ねんりき』で着地のショックを弱め、かすり傷1つ負うことなく地面へと降り立った。
そのまま緑色に光る目で騒ぎのある方を睨み、心を落ち着けると殺気立った喧騒がどよめきに変わった。
まぁ、戦っている相手がいきなり目の前から消えたらそうなるだろうと思いつつ、ミツルは右手を前にかざす。
手のひらに細くて長くて柔らかいものが当たった。 目を開く、そこに幻と言われているミュウがいる。
「ミュウ、今から言うことをエメラルド君に伝えてください!」
未だに少し信じられない気持ちを抑えつつ、ミツルはつま先立ちになって、その小さなピンク色のポケモンへと向かって耳打ちした。
小さくうなずくと、ミュウは風となってミツルの前から消える。 その姿は、誰にも見えなかった。




「何てことを・・・!」
エニシダの形相を見て、エメラルドは寒気を覚えていた。
自分を邪魔する人間をサングラス越しに睨みつけ、巨大なロボットたちに素早い指示を繰り出す。
飛び出してきたエメラルドを狙った鉄の爪を、ウシヤマがすぐさま太い角で受け止める。 スイッチを切ることもせず逃げ出すと、エメラルドはカマタを呼び寄せた。
ウシヤマの角に折れそうなほど鋭い傷が走り、口の中がすっぱくなる。
気付けば、護られている。 指示なんて1度も出していないのに。
感じる絆と、ふがいない自分に泣きそうになるのをこらえながら、エメラルドはとにかく時間を稼ごうとポケモンたちに指示を出す。
「ウシヤマ、『シャドーボール』! カマタ、『かげぶんしん』!!」
ウシヤマの打ち出した黒い球体がグラードンの腹に当たり、耳の割れるような音を立てる。
カイオーガの攻撃は空を切った。 「よし!」と小さな声を上げながらエメラルドがカマタに攻撃の指示を出そうとすると、突如何かがぶつかったような音が聞こえ、ずっとカマタが発していたひそやかな殺気が乱れる。
見ると、リラの出したライコウとカマタがぶつかり、お互いの進行方向に進めずにいる。
「リラ!? なして邪魔するとよ!」
「邪魔なのはそっちだよ!」
怒鳴り返してきたリラにムッと顔をしかめると、エメラルドは構わず攻撃しようとウシヤマを構えさせる。
ところが、その前にまたしてもエンテイが立ちはだかる。 これでは、『じしん』どころか『たいあたり』1つ打てやしない。
「リラッ!!」
「キミには無理だ!!」
怒鳴りつけてくるエメラルドにリラは今度ははっきりと言い返した。
「キミには確かにバトルの才能がある。 この1ヶ月で成長し、知識も、戦術も、勇気も、闘志も、ポケモンとの絆さえも手に入れた。
 けど、それだけだろう? キミには、経験も、実績もない。
 キミにこの役は無理だ、だから追ってきたんだよ。 キミの代わりにボクが、全部終わらせようと思って。」
足の速いライコウがグラードンとカイオーガを翻弄しているスキに、エンテイが相手に攻撃を与えていく。
似たようなことはエメラルドもやろうとはしていたが、確かにリラの方がずっと手慣れてはいた。
「トレーナーとしてはリラの方が上・・・」
今さら確認するかのようにつぶやくと、そばにいたケンタロスがエメラルドへと目を向ける。
視線を交わすと、合図を送るかのようにゆっくりとうなずいた。
小声で小さく指示を出すと、エメラルドはエニシダではなく、リラの方へと駆け寄っていく。

「・・・・・・ッ!」

パンと高い音とともに、リラの顔が横を向いた。
きっと相手は痛いはずだ。 手のひらが熱く、じんとしびれているのだから。
「どれだけ上手くても、4番が送りバントせないかん試合もあるけんね。」
「・・・?」
案の定、リラはワケが分からないといった顔でエメラルドのことを見つめている。
いつの間にかエニシダの姿が消えているのが気になった。 だが一旦は気を落ち着けなければならないだろうとゆっくりと息を吐き、エメラルドは先を続ける。
「作戦ば決めたんはマリンばい。 そん中で、リラには足止めとゆう役割が来て、俺にはフロンティアの中枢ば叩く役目が来た。
 確かに普通に考えたら逆ばい、リラの方がずっとポケモン上手いやろうし、経験もある。
 ばってん、マリンだってちゃんと考えた上で役目決めたと思わなかか? 俺たちはそれば外れちゃいかんと思わなかか?」
黙り込んでしまったリラの頬が少し赤くなっているのを見て、エメラルドは少し罪悪感に突っつかれた。
「・・・ゴメンな、殴って。」
空中に文字が浮かんでいる。 何が起こったのかは分からないが、きっとミツルが何かしたに違いない。
怖くて逃げ出したいし、勝手な行動をするリラも怒っているし、疲れて、腹もぺこぺこだ。
だけど・・・
「行くぞ! ウシヤマ! カマタ!」
モンスターボールを手に取ると、エメラルドは部屋中に響きそうな声で叫んだ。
暴れまわるグラードンとカイオーガを押さえつけていた2匹が飛ぶようにエメラルドの元へと戻り、一様に頭を下げる。
先陣を切って走り出すと、ポケモンたちもその後からついてくる。
ほんの1ヶ月前、手に入れたばかりのポケモンを扱いきれず暴走させていた少年からは想像もつかない姿だった。
立ち並ぶ試験管を通り抜け、足音を立てながらエメラルドは部屋の奥へと向かう。
段々と目の端に映る機械がワケのわからないものへと変わってきた。 きっと変電の装置とか、施設整備の機械だろうと勝手に解釈して先に進む。
ここだけ壊してもいつか直されて、同じことが繰り返される。 元を断たなければいけないからだ。



息切れするほど走った先に1つの扉を見つけ、相手を追い詰めたことを確信した。
ドアにはまったすりガラス越しに、中で誰かが動いているのが見える。
エニシダに違いない。 そう思い、エメラルドは迷うことなくその扉を開く。
カギすらかかっていなかった。 驚くほどあっさりと開け放たれた部屋の中を見て、一瞬、思考が停止する。
「これ・・・は・・・?」
どう見ても、子供部屋。 昼間のように明るい部屋の中で、ぜんまい仕掛けのおもちゃだけが、ギシギシと音を上げている。
その片隅にある小さなベッドの上で、エニシダは壊れたおもちゃのようにうなだれていた。
急に老け込んだようにも見える。 エメラルドの存在に気付くとエニシダは、ゆっくりと顔を上げながら口を開いた。
「驚いているんだろう?
 ・・・分かるよ。 誰だって、あのみにくい機械部屋の先に、こんな部屋があるとは思わないさ。」
パステルカラーの壁紙に手を突くと、エニシダは肩を震わせた。
「ここは、息子の部屋だったんだ。 フロンティアの中枢を作る段階で、自宅から壁ごとはがし、完全に再現した。
 バカなことを、と・・・思っているんだろうね。 キミはまだ若いから、子供を失った親の気持ちは分からないだろう。
 私もね、くだらない、無駄なことだと分かってはいるんだ。 でも、やらずにはいられなかったんだよ。」
「エニシダのおっちゃん・・・」
涙こそ流れていなかったが、エメラルドには、その体が急に小さくしぼんだように感じられた。
ネジも切れたのか、ひざほどもない机の上で動き回っていた飛行機がゆっくりと不時着する。
かける言葉も見つからずそっと近寄ろうとすると、エニシダは不意に顔を上げ、黒いサングラス越しにエメラルドの顔を見つめた。
「・・・無関係な君を、巻き込んでしまったね。
 思えば、君のお兄さんを呼ぶだけなら他にも方法はあったはずなのに、わざわざ貴仁君を招待したのは、君を、私の息子と重ね合わせていたからかもしれないな。
 このバトルフロンティアも、元は研究施設などではなく、本当に純粋な、トレーナーのための遊園地だった。
 いつも仕事ばかりだった父親はね、いつかトレーナーになる息子に少しでも楽しんでもらいたかったんだよ。」
「・・・うん、面白かった。」
「君にそう言ってもらえて、嬉しいよ。」
悲しそうな笑みを見せると、エニシダは小さなベッドから立ち上がった。
手の甲で2度、壁を叩くと、ぽっかりと開いた穴から、赤いレバーが顔を覗かせる。
少しためらってから、エニシダはそのレバーを下へと降ろした。 途端、部屋の明かりが消え、背後でやかましいほどに鳴っていた機械が一斉に沈黙する。
「これで、ゲームオーバーだ。 君の勝ちだよ『エメラルド』。」
非常灯にさらされた顔が、悲しく微笑んだ。
返事をすることも出来ず黙り込んでいるエメラルドの肩を軽く叩くと、エニシダは扉を開け、彼を出口へと向かってうながす。
「おっちゃん、これからどうすると?」
夜目の利かないウシヤマの首を支えながらエメラルドが尋ねると、少し考えるようにしてエニシダは答える。
「・・・また私みたいな悪党に利用されないよう、残っているデータを消さないとね。
 バトルフロンティアは続けなければならないから、私の代わりに経営する人間に引き継いで・・・
 それからトレーナーポリスに出頭だ。 なに、すぐに捕まえてくれるさ、私は『メチャメチャ怪しかおっちゃん』やけんね。」
「おっちゃん、ホウエンの人やったと?」
「田舎者だと思われるとなめられるけん。 上京する時、方言ば封印したとよ。」
驚くエメラルドを尻目に、エニシダは鉄骨の塊のような機械からレバーを探り当てると、目一杯チカラを込めてそれを引く。
目の前から「ざぁ」と音が鳴り、薄暗い部屋の中は薬品臭に包まれた。
思わず口をふさぐが、その瞬間エメラルドは試験管に閉じ込められていたポケモンたちのことを思い出す。
何が起こったのかまでは分からなかったが、小さな鳴き声が聞こえた。
ぷつり、ぷつりと何かが切られている。 薄暗くて確認することが出来ず、確かめようと前へ走り出すと、突如目の前に現れた誰かとぶつかりエメラルドは後ろへと大きく転んだ。
「・・・つぅ・・・」
「大丈夫かい、2人とも! 足元滑りやすくなっているんだから、気をつけて・・・わっ!」
注意を促そうとしたエニシダの襟首をリラは持ち上げ、物凄い形相で睨み付けた。
「何が『大丈夫』だ!! 今まで散々ポケモンをいじめておいて、よくも・・・!」
「よせ、リラ! もう終わっとるばい!」
殴りかかろうとしたリラの腕にしがみつくと、エメラルドは爛々と光るリラの目に視線を向ける。
「終わってるって!? エメラルド、今さらこの男を許せっていうのか!?
 こいつはボクのピカチュウを1年も・・・1年もこのガラスの檻に閉じ込め続けたんだよ!?」
「だったら何でそいつを助けに行かんね!? 殴るのはその後でもよかやろ!?」
振り落とされて水浸しの床に尻を打ちつけると、エメラルドは息を荒くしたリラにもう1度視線を向けた。
にょろにょろと小さなヘビがはいつくばって、彼の足元でチロチロと舌を出す。
どこの誰のものとも知れないそのポケモンに軽く触れると、エメラルドは大きく息を吐いて立ち上がろうと足にチカラを込めた。
「俺だって、エニシダのおっちゃんがやったことは悪いことやったと思うてるよ。
 ばってん、もう終わりやろ? 研究止めて、ポケモンたちも助かって・・・もう俺たち何もすることなくなってるやろ?」
「甘いよエメラルド! こいつはまた、同じ事を繰り返すかもしれない!」
「その時は・・・また俺たちで止めればよかやなかか。」
少し含むようにすると、エメラルドは今度ははっきりと言い放った。
リラの足に、黄色い小さな手が触れる。 振り返ると、小さなピカチュウが笑っていた。
静か過ぎて、リラの泣く声は部屋中に響き渡っていた。
戸惑っているエメラルドの肩にエニシダが手を乗せ、そっとしておくようにと、静かに首を振る。
使えないエレベーターの代わりに地上へと戻る手段は階段しか残されていなかった。
気が遠くなりそうだ。 上空からわずかにもれる光に目を向けながら、エメラルドはため息をついた。






攻撃を目前に停止した伝説のポケモンたちを見て、ミツルは全てが終わったことを悟った。
うなりをあげる自分のポケモンをなだめて大人しくさせると、目の前にいるジンダイ、ヒースに停戦の意志を伝える。
既に辺りはざわめきだしていた。 バトルフロンティア全体が停電を起こしたせいで、自動ドアが開かずにパニックを起こしている人もいる。
「バトルは終わりにしましょう。 入場者の人たちをほったらかしてていいんですか? スタッフさん。」
ヒースと呼ばれていた派手な方のフロンティアブレーンは少しムッとした顔をしていたが、すぐに2人ともミツルから顔をそらすと閉じ込められた人たちの救出に向かう。
他の人間も変化に気付いたのか、混乱した入場者たちをなだめている派手な格好の人間がちらほらと見える。
ミツルは空を見上げると、空にぷかぷか浮かんだままの飛行船へと向かって声を上げた。
「我が輩さん! バトルの補助はもういいです。 それよりそのマイク、無線ですか?」
我が輩からくり大王であると何度も言っているだろう!
質問の答えになっていないな、と、ため息をつくと足元でカタカタと音がする。
見ると、からくり仕掛けの人形が何か銀色の固まりを持ってミツルへと近づいてきていた。
取り上げると、箱型の無線マイクだ。 何となく納得すると、ミツルはそれを持ってバトルタワーへと向かう。
予想通りバトルタワーの前で突然の停電に混乱しているトレーナーたちを横目に裏口へと向かうと、熱気のこもったファンに汗をかきながらエメラルドたちを待った。
鉄の扉が開く。 崩れるように中から飛び出してきた少年を迎え入れるかのように、強い風が吹いてきた。



「っはー、涼しかーっ! 冷房止まって蒸されるかと思ったとよ。」
「お疲れ様でした。 難しい役でしたが、立派に果たせたみたいですね。
 誰が何と言おうと、君は立派なポケモントレーナーですよ。」
汗を拭くタオルを差し出しながら微笑むと、エメラルドは恥ずかしそうに顔を赤らめながら受け取ったタオルで顔をごしごしと拭った。
彼の後から、エニシダとリラ、それに小さなポケモンたちがぞろぞろと列をなしてバトルタワーの外へと出てくる。
ミツルと目が合うと、リラは気まずそうにし、エニシダは近寄ってきた。
「トレーナー・ポリスだね?」
「調べたんですか。」
「君も、招待するはずだったトレーナーの1人だからね。
 ここまで来たということは、事情は全て知っているんだろう? さぁ、私を連れて行ってくれ。」
背中を丸めて手首を差し出してきたエニシダに、ミツルは首をかしげてみせる。
「何か・・・勘違いされてませんか?」
尋ね返すようにした彼に、エニシダは疑問の目を向けてきた。
「ボクはバトルフロンティアにある装置を止めに来たわけであって、人を捕まえに来たわけじゃない。 正直言って面倒なんで、そういうのは自分でやって下さい。
 あぁ、あと・・・これも。」
そう言うと、ミツルは銀色の箱を取り出した。
ぷかぷか浮かんでいる飛行船を指差すと、何てことない口ぶりで説明する。
「あの船についているスピーカーとつながっているはずです。
 攻め込んだのはこちらとはいえ、イベントという形にして大事にしたのはそっちですから、責任持って収拾つけてください。
 それじゃ、エメラルド君、行きましょうか。」
無責任とも思える言葉とともに銀色の箱を押し付けると、疲れと空腹でへろへろになっているエメラルドの手を引いてミツルは歩き出した。
最初は引きずられるようにのろのろと歩いていたエメラルドだったが、次第に、足取りがしっかりとしてくる。
ミツルが振り返ると、エメラルドはもう、サファイアと同じトレーナーの顔をしていた。
口にこそ出さないが、ミツルはなぜか、そのことを誇らしく思う。


「腹減った・・・」
「お昼とっくに過ぎてますからね。」
「なぁ、ミツル?」
「一応年上なんだから呼び捨てにはしないでほしいんですけど。 何ですか?」
「楽しかったとよ、ここにいる間。」
「・・・・・・」
「俺、正直トレーナーなめてたばい。 『雄貴が出来るから俺も出来る』なんて勝手な理屈で、すぐ勝てる気になってたとよ。
 ばってん、本当は全然違うんじゃけんのう。 いつも雄貴がケガばして帰ってくるんも、あいつが弱いわけやなかった。
 ウシヤマやカマタと付き合ってみて、それがよく分かったとよ。」
「どうするんですか、貴仁君? これから・・・」
「宿題あるけん、ミシロに帰るばい!」
おどけた口調でそう言ったエメラルドに、ミツルは大きく笑った。
なるべく早く帰らなくては。 あと少ししか夏休みは残されていないのだから。
そう思い、歩調を速めた2人だったが、少ししてその足は完全に止まる。
フロンティアの電力を止めてしまったせいで、船が出港出来ずにいたからだ。