空が青くて、青くて、途方もなく青くて。
いつもなら笑っていたと思う。 いつもならはしゃいでいたと思う。
でも、今日だけは、
それがどうしようもなく、怖かった。
宙を浮くように走っていた高速船が波に向かって降りてくるにつれ、ほとんど感じることもなかった揺れが、段々大きくなっていった。
人を何百人も乗せる大型船が入れるような港は、というよりそもそも島に港がないのでシーギャロップは島に近づけない。
ここまでついてきた船員たちは救命用の小型ボートで子供たちを島に送り届けようと考えていたが、彼らを誘導しようと扉を開けた途端、落ち着きのない何人かは勝手に自分のポケモンに乗って飛び出していってしまう。
仕方なしに他の人間を案内しようとすれば、それも丁寧に断られる。
ため息が出た。 素直にそれに従うようだったらここまで来られるほどの好奇心は身につけていないのだ。
酷い船酔いをしていた少年でさえ、一緒にいた少女に付き添われて勝手に行ってしまう。
彼らのリーダーから出た指示は1個だけだった。
「ヤバそうだったら逃げてください。」と。
「それじゃ、作戦の確認するぞ。
3組に分かれてデオキシスとの戦闘と隕石の回収を同時に行う。 以上!」
「短かっ!」
思わず突っ込みを入れてしまうほどレッドはあっさりと作戦の説明を終了させてしまった。
現地で細かい説明がされると思っていたリーフは、質問するための手を上げようか止めようかとさ迷わせる。
すかさずブルーが補足説明に入ってくれたので、まだ救われていたが。
「正確には4組。 ルビーとサファイア、クリスとシルバーがそれぞれ島の両側から海に落ちてるはずの隕石を探し、見つかり次第回収。
残りは島の中に入って、デオキシスとの戦闘に入るわ。 ただし、リーダー・・・レッドだけはここに残って船の護衛に当たってもらいます。」
「なんだよぉ、1人だけサボり?」
冗談交じりにリーフが言うと、ブルーはむっと顔をしかめる。 彼女が何かに言う前に、別のところから横槍が入ってきた。
「・・・ロケット団、だろう。」
声の方向に振り返って、リーフはぎょっとした。
マンガのような青筋。 船を乗ったときから気分が悪そうにしている人がいるのは気付いていたが、まさかここまで悪くなっているとは思っていなかった。
立っていることも出来ないらしい。 砂浜にべったりと座りながら、確かシルバーという名前だったはずの青年はギラギラした目を向ける。
「・・・隠されていたが・・・黒い船が島の反対側にあった・・・シーギャロップが着岸する位置を変えたのも・・・」
「・・・なんだよな。
まぁ、残るのはオレじゃなくてもいいんだけどさ、どっちみち紅眼取られてロクにバトル出来ない状態だから行っても足手まといだろ?
そーゆーわけで、お留守番ってワケ。 いってらっしゃ〜い。」
「スーパーに買い物行くわけじゃねえっつの・・・」
ため息混じりに苦笑したリーフに目を向けると、レッドは笑って腰に手を突いた。
少し眉を潜めているヒナタに視線を移す。 気まずそうに目をそらす彼女にも笑いかけると、レッドは彼女に声をかけた。
「ヒナ、リーフとケンカすんなよ。」
「わぁかってるって。 そっちこそケガしたら怒るからね!」
ファイアそっくりの見た目と、性格のはっきりした違いにリーフは少しだけ戸惑う。
ヒナタはボロボロのモンスターボールを1個、宙へと放る。
ポケモンを呼び出すことなくそれをもう1度手の中に収めると、彼女はまばらに木の生えた島に歩き始めた。
つられるようにグリーンとブルー、それにリーフが後を追いかける。
戸惑っていたサファイアも、ルビーに連れられて海岸線沿いにレッドから遠ざかっていく。
シルバーたちだけがしばらくそこに残っていたが、それも20分ほどで回復し、彼らはゆっくりと、ルビーたちが向かった反対の海岸へと歩いていった。
1人船を背にしたレッドは雲ひとつない空を見上げると、自分の真上へと向かって紫色のボールを放った。
音1つ立てず砂の上へと降り立った白いポケモンに、栗色の瞳を向けると彼は砂の上にごろんと横になる。
困ったような顔をして顔を覗き込んできたそのポケモンに、レッドは手の甲をポンと乗せた。 指先から、温かい鼓動が伝わってくる。
「・・・大丈夫、ガキの頃だって神眼に頼って戦ってたわけじゃないんだからさ。
勝てるよ、何が来ようとも。」
地面が柔らかい。 今さらそんなことに驚きながらグリーンは自分よりずっと小さな少女のあとをついて歩き続けた。
兄の言いつけを守っているのか、それともただ単に彼女なりの機嫌の悪さの表し方なのか、ヒナタはずっと喋らない。
小さなノートパソコンを片手に、左右も確認せず歩くだけだ。
彼女が欲しがっているデータはない。 リーフが見た外見と、エスパータイプかもしれないという予測しか自分たちには情報がないのだ。
どうやって戦うつもりなのかと考えていると、不意にリーフが口を開いた。
「・・・なぁ、それ、いつも使ってんのか?」
それ、というところでリーフは彼女のノートパソコンを指す。
つまらなそうな顔で振り向くと、ヒナタは視線をパソコンに移し、また彼から視線をそらした。
「うん、そう。」
「何で?」
リーフが聞き返すと、彼女は立ち止まる。
危うく追突しそうになったリーフに、今度は明らかに不機嫌な目を向けた。
「根掘り葉掘り、人のことを詮索するような性格じゃないって、こっちのデータには書かれてるけど?」
「お前が人のことコソコソ調べるからだろ!? っとに性格悪ぃな。」
「人のこと言えた義理? パソコンにはあんたがポケモンと一緒にやった悪さも、ちゃんとデータとして残ってんだからね!」
「ほら、もう! ケンカしない!
今は同じチームでしょう!」
ほぼ初対面でここまで仲の悪くなれる人間がいるものなのか、とグリーンはため息をついた。
まるでザングースとハブネークだ。 ファイアとのギャップもあり、両方見ている分だけ頭が痛い。
ブルーを間にはさみ、リーフとヒナタは子供のように睨み合っている。
いや、2人とも子供なのだ。 肩を上げると、グリーンはブルーの肩に手を置いた。
「ほっとけよ、あんなのドードーの言い争いだろ。」
「でも・・・!」
「使えなかったらその時放り出すだ・け。」
普段からレッドに嫌味虫と言われるだけあり、人の神経を逆なでする言葉には自信がある。
案の定、2人の黒い目が同時にグリーンの方を向いた。
後は大声を出されるのをガマンするだけだ。 挑戦的な視線を向けると、グリーンは鼻で息を吐いた。
「誰がドードーだって?」
「こいつと一緒にしないでよ、マジムカツクーッ!」
心の中で耳栓する。 こういう展開は分かりきっていたことだからだ。
頭を空っぽににして、足だけひたすら進める。
文句を言いながらも2人はついてくる。 結局、全員レッドという点ではつながっていた。 D.Dという組織は彼を中心としてまとまっているのだ。
あまりに頼りなくも感じつつそれとは全く逆の現状に、グリーンは2人に見えないよう苦笑した。
木はまばらだが、決して見通しがいいとは言えない。
不意打ちを受けないようモンスターボールを装備したホルダーに手を触れたり離したりしながら歩いていくと、不意に、木陰から人影が飛び出してくる。
顔を見ると、4人はそろって目を丸くした。
「・・・ちょっとぉ、大丈夫?
もう少し休もうか?」
海岸線沿いに海を見ながら歩くクリスは振り返ると、立ち上がれずにしゃがみ込んだ赤い髪の青年に呼びかけた。
極度の酔い症だというのに、薬嫌いとくるものだから、移動中はほとんど死体が横に転がっていたようなものだ。
時間が経ってある程度は回復しているようだが、まだ顔色は優れない。
それでも振り返ると何でもなかったかのように立ち上がって歩こうとするシルバーに、彼女はため息をついた。
「あーのーねぇっ、無理するなって言ってるのわかるでしょ?
何でそんなにカッコつけたがるわけ?」
「・・・クリスには、分からない。」
うつむいたままシルバーがそう言うと、明らかにムッとした顔でクリスは彼へと近づこうとした。
しかし、ゴツン! と大きな音がして、立ち止まる。
異変に気付き、シルバーは顔を上げた。 すぐ目の前にいるはずの彼女が、痛そうな顔をして額を押さえている。
手を差し出すと、指先が見えない壁のようなものに当たる。 さっきまで、こんなものはなかったはずだ。
「これは・・・『バリアー』?」
透明な壁に手を添えながら、シルバーは眉を潜める。
壁が現れるまで、1分もなかった。 音もなくこんなことが出来るとしたら、ポケモンしかいない。
「・・・クロ、『くろいきり』!!」
嫌な予感がして、シルバーはすぐに行動に出た。 モンスターボールから解放した途端、クロバットの長い羽が何か見えないものにぶつかる。
舌打ちする間に彼の周りを黒い水蒸気が覆う。
本来、風に乗って空中へと四散するはずのそれは、彼らの周りにまとわりついた。
手を触れられそうなほど近くで見ていたクリスははっと息を呑む。 彼らの周りを三角形の何かが取り囲んでいるのだ。
反射的に自分のモンスターボールへと手が行く。 同時に相手の気配を感じ取った。 振り向くと、相手はすぐに自分へとモンスターボールを放ってくる。
「みぞれ『でんこうせっか』!!」
足元にモンスターボールを投げると、黒い影が相手のポケモンへと向かって飛び出していく。
あくまでけん制、威力は期待していない。 予想通りの威力で相手へと受け止められると、ニューラは相手からカギ爪を外し、クリスの足元へと戻ってくる。
「誰!?」
砂の上へと降り立ったニューラは全身の毛を逆立てて相手を威嚇する。
全身に電気の走るような感覚に、クリスは口をきゅっと引き締めた。 歯の根が合わなくなりそうな感情を気付かれぬよう、こぶしを強く握り締める。
草の上に降り積もった砂を蹴りつけて、相手は姿を現した。
全身を包む黒い服に、熱を持っていたはずの肩が鳥肌を立てる。 見覚えのない顔を見つめながら、クリスは警戒して1歩、後ろへと下がった。
ロケット団・・・そのフレーズが2人の頭を支配した。
いつか戦ったそれとは、明らかに顔の造りが違う。 青い目のロケット団は2人を見て口元に微笑を浮かべると、連れているトゲチックに大きな手を向ける。
「・・・ディ、ディー?」
指差された胸を押さえながら、クリスは相手を睨みつける。
どちらが話し合いにくそうかといえば、むしろ彼女の方だ。 彼女が暴走しないよう慎重にかける言葉を選びながら、シルバーは見えない壁の中から相手へと向かって話しかけた。
「これはおまえたちのしわざか、ロケット団?」
「ソウと言えばソウかもしれない、違うと言えば、違うだろうナ。」
「どういう意味だ?」
敵意むき出しにする2人に動ずることもなく、ロケット団はやたら長い腕を前へ突き出し、チチチ、と指を振って見せる。
「‘
「・・・刺激したのか。 その結果が、『これ』か・・・!」
「繰り返すつもりなの・・・! あんたたち、どれだけ悪事を繰り返せば気が済むのよ!!」
みぞれと呼ばれたニューラが飛び出し、ロケット団の持つトゲチックへと向かって走り出す。
動かないトゲチックへと向かって、みぞれは大きく腕を振りかぶり、爪を振り下ろす。
トゲチックは攻撃を受け止めるとニューラの動きに合わせて白い腕を動かす。 攻撃をいなされ、みぞれはバランスを崩した。
「『カウンター』だ、トゲチック!!」
腕を引かれ、ニューラは背中から地面に叩きつけられる。 甲高い悲鳴が上がり、みぞれは動かなくなった。
シルバーは舌打ちする。 頭に血の上っているクリスを何とかしてなだめたいが、閉じ込められている現状ではそれもかなわない。
せめて足手まといにならないようにと自分の周りを囲っている壁を壊そうとするが、殴っても、毒で溶かそうとしても壁には傷1つつく様子もない。
それどころか、壁が段々と狭まり、動きが制限されてくる。
首筋に汗が伝った。 嫌な予感が、脳裏をかすめる。
「・・・今、なんか音みたいのしなかった?」
砂の上についていた足跡を確かめるように歩いていたルビーは、立ち止まるとそうサファイアに尋ねた。
「気のせいちゃう?
ワシは何も聞こえんかったけど・・・」
「なら、いいんだけど・・・」
言葉尻を濁して、ルビーは島の内側に目を向けた。
ざわざわと、海からの風に木の葉が揺すられる。
それ以外はこれから戦いの場所になるとは思えないほど、静かで、そしておだやかだ。 目をつぶるとルビーは打ち寄せる波の音に耳を傾ける。
聞こえたのは、どたっというサファイアが砂に足を取られて転ぶ音だった。
情緒も何も感じられない彼にため息をついていると、サファイアは起き上がってにへっと砂だらけの顔をルビーへと向けた。
「しっかし、何だかんだでチャンピオンズリーグの出場者がほとんど揃ってもうたな。
レッドも顔が広いっちゅうか、なんちゅうか・・・」
「あれでトレーナーの第一線にいる人なワケだしねぇ・・・人望は厚いんだろうね、何だかんだで。」
言葉の端を取られて変な顔をしたサファイアを見て、ルビーはクスクスと笑った。
あまり真剣味のない表情で海の方を見ながら、顔や体についた砂を落とすサファイアへと向かって話しかける。
「で、実際見てみてどうだい? 勝つ自信ある?」
「ないないない! せやかて、ヒナタはワシよりずっと頭良さそうやし、リーフは・・・背ェ高いし・・・」
「ポケモンバトルの腕と背の高さは関係ないだろ?
大体、背の高さだったらこの半年でずいぶん伸びてるよ、サファイアは。」
くっつきそうなほど接近されて自分との背の高さを示されると、サファイアは顔を赤くする。
「ち、近い近い近い! ルビー! アイドルやっとるんやから、もうちょい自覚しーよ!
家に泊り込んだり、ひっ、人のベッド潜り込んだり・・・何かあったらどうするつもりなんよ!」
声がひっくり返り、舌も2、3度噛んだ。
必死の言葉を、ルビーはつまらなそうな顔をして受け止める。
軽く髪をかき上げると、彼女は視線を彼の目から胸元へと落とし、小さくため息をついた。
「・・・だって、『何かあれば』ずっとあんたの近くにいられるだろ?」
サファイアの目が見開かれる。
視線を合わせられないらしく、うつむいたままでルビーは先を続けた。
「最初にアイドル始めたの、母ちゃんがあたいの歌ほめてくれたからだったんだ。
ずっと探してるものがあったから情報を集めるのにもちょうどよかったし、「上手いね」って言ってもらえんのが嬉しかったから、やってくことは全然苦じゃなかったし、楽しかったよ。
サファイアが歌ほめてくれたとき、それ思い出して、少し嬉しかった。
でもさ・・・もう意味ないんだ。 歌っても・・・楽しくないんだよ。」
明らかに笑みの消えていくルビーの顔を見て、サファイアは戸惑った。
ルビーと出会うまで普段の生活に女っ気はなかったし、ましてやなぐさめ方なんて知らない。
1分弱くらいだろうか。 考え込むとサファイアは彼女へと向かって顔を上げる。
「あの・・・な?」
「ん?」
「ワシは芸能界のことなんて、よう知らんけど・・・いっぺんは自分でやるって決めた仕事なんやろ?
せやったら、途中で投げ出したらアカンよ。
トレーナーがポケモンのこと見捨てたらいかんのと同じに、始めた仕事は最後まで責任持たないといかんのとちゃう?」
意外そうな顔をすると、ルビーはクスリと微笑んだ。
「はっきり言うね。」
「す、すまん・・・」
首を横に振ると、ルビーはサファイアの手を引いて歩き出す。
「いいんだよ、あんたのそういうとこ好きなんだから。
じゃ、さっさと隕石回収しちゃうかね。 これも『仕事』なんだしさ。」
「・・・お! お、う・・・」
固まりかけたサファイアの腕を、ルビーは強引に引っ張る。
2人とも耳まで真っ赤だ。 意識のなくなりかける頭をぶるぶると振るうと、サファイアは視線を無理矢理海へと向け、大きな目を1つ瞬かせた。
「ル、ルビー・・・あれ!」
つられたように顔を上げると、ルビーの目にも、海面が光っているのが確認出来た。
ずっと窓の外を見ていたというクリスとシルバーが気付かなかったのが信じられない。 それほどまでにはっきりと色付いた光が海面から、空高くへと放たれている。
「ロケット団・・・やろか?」
「何のために? あんな派手な赤い光・・・」
「え? 青ちゃう?」
「は? 赤だろ?」
「へ・・・?」
「・・・え?」
2人は顔を見合わせてから同じ場所に目を向けた。
少しだけ顔をうつむかせ、ルビーは考え込むようなポーズを取る。
もう1度光に目を向けると、サファイアへと視線を向け、そっと口を開いた。
「・・・神眼にしか見えない・・・?」
ピクリと頬の筋肉を引きつらせると、サファイアは両手でモンスターボールを1つずつつかみ、手にチカラを込める。
「隕石かもしれん。 ちょっと見てくるな、ルビー、ここで待っとって!」
「ま、待ちなって! 罠かもしれないんだよ!?」
ザバザバと足を水に浸しながら海に入って行くサファイアを見て、ルビーは気付いたように彼の腕をつかむ。
大きな目をきょとんとさせてルビーのことを見ると、サファイアはにかっと笑って相手の腕をつかみ返し、壊れ物を扱うような手つきでそっと彼女の頭に手を置いた。
「ほな10分! いや、5分だけ待っといて!
その間にあの光ん元調べて、隕石だったら持って帰ってくるわ。
もし5分経っても帰ってきぃひんようだったら・・・そんときは、ルビーの好きにしてええから! な?」
ヘラヘラした笑いでごまかすと、サファイアは汚れたモンスターボールと新しめのモンスターボールから2匹のポケモンを呼び出した。
大きいのと小さいの、2匹の青いポケモンが元気に飛び出してくる。
シロガネがルビーに噛み付かないようしっかりと押さえつけると、それを抱えながらサファイアはカナと一緒にざばざばと遠浅の海に足を浸していく。
そう思った途端、サファイアは急に海の中へと沈み、ルビーの目の前から姿を消した。
どうやら、思っていたよりも急に深くなっていたらしい。 海面に1度顔を出して、完全にしらけているルビーに苦笑いを浮かべると、サファイアは思い切り息を吸い込んで海の中へと潜っていく。
ホウエンよりもずっと透明な水に、サファイアは少し驚いて目を見開いた。
いつも泳いでいた海とは、全く水質が違う。 明るいが、なぜだか少し不安になる。
大きなラグラージの背につかまり、柱のように真上に伸びる光へと向かう。
ピリピリと頬に電気の流れるような痛みが伝った。 軽く顔をしかめるとサファイアはシロガネに光の方向を指差し、光の様子を見てくるよう指示を出す。
楽しげに手足をバタバタと動かすと、シロガネはよしきたとばかりに尻尾を動かして光の方向へと進んでいった。
途端、ガン! と音を立てて口の先から何かにぶつかる。
痛そうに顔をさするシロガネを見ながら、サファイアは目を瞬かせた。
「・・・?」
スピードを落とす間もなく、見えない『何か』にサファイアはカナ共々、頭から衝突した。
吐き出しかけた泡を止めるため、慌てて口元を手で押さえる。
周囲が一瞬、赤く光った気がした。 ムダだと分かっていつつ逃げていく気泡を目で追っていくと、遠ざかるはずの泡が壁のようなものに当たり、水中に留まっている。
海面に浮かぶ泡を見つめながら、ルビーはため息をついていた。
「・・・っとに、普段へなちょこのくせに・・・」
ホルダーに手を当てて、サファイアと同じように2匹ポケモンを呼び出してみるが、戦わせる相手もいなければ、進むべき道もない。
マグマ団やアクア団のような集団がこの島に来ていることも分かってはいるが、音を聞いている限り少なくともこの近くでは怪しい人間たちがたむろしている様子もなさそうだ。
やることがない。 少し休もうかと辺りを見渡したとき、ルビーの真上に突然何かが飛んできた。
視線を上げて、ルビーは目を見開かせる。 見覚えのない赤いポケモンが、胸についた紫色の水晶をこちらへと向けていた。
デオキシスだ。 そう思いとっさに横へと飛ぶと、それまでルビーのいた場所を青白い光線が射抜いていく。
「・・・ッ、‘スコア’『ハイドロポンプ』!!」
起き上がりながら叫ぶと、ルビーの瞳は赤く光った。 それに合わせるように、『スコア』と呼ばれたコダックから吐き出された水は、まるで滝のように音を立ててデオキシスへと向かっていく。
デオキシスは体の前で腕を交差させると、その攻撃を受け止めた。 舌打ちするとルビーは今度はメロディに指示を出そうと腕を振る。
だが、急に動いたことへの反動で一瞬指示が遅れる。 相手の攻撃の手は既にこちらへと向いていた。
大きく目を見開くコダックを何とかして逃がそうという思考が頭をよぎったとき、ルビーは突然、木の陰から現れたポケモンに体を抱きかかえられる。
「‘Crescent’stand clear! ‘New’『CONFUSE RAY』!」
島の内部から飛び出してきた『誰か』が良く分からない言葉を叫び、それに合わせるように『誰か』のポケモンがデオキシスへと向かって『あやしいひかり』を放つ。
自分を抱えるポケモンの腕から抜けると(降ろされた、といった方が正しいかもしれない)ルビーは自分のポケモンたちの位置を確認し、飛び出してきた人間へと目を向ける。
黒い服と帽子に、胸についた『R』のロゴマーク。
間違いなくロケット団だ、そう思いながらルビーは自分を助けたチャーレムから1歩足を遠ざからせた。
波打ち際に居るチコリータと、目と目で合図を交わす。
相手に気付かれないよう小さくうなずくと、ふっと息を吐きルビーはデオキシスへと向かって走り出した。
「‘スコア’『かなしばり』!」
指示を出すとぽよぽよとした黄色いポケモンは頭を抱え、デオキシスを睨みつけてうなりだした。
一瞬だが、デオキシスの動きが止まる。 スキを見て攻撃しようとするルビーの赤い目を見て、ロケット団の表情が変わった。
チャーレムに指示を出し、攻撃を止めようとする。 だが、ルビーは背後から迫ってくるチャーレムを見て口元を緩めると、ぐ、と、左腕を大きく上げ、砂の上に転がる。
走るチャーレムの目に、目一杯光をため込んだチコリータの姿が映る。 小さなポケモンへと向かってルビーは大きな声で指示を出した。
「‘メロディ’『ソーラービーム』!!」
ロケット団のチャーレム目掛け、緑色のポケモンは強力な光線を放った。
ギリギリのところで『みきり』を使われかわされるが、砂の上にははっきりとした攻撃の爪痕が残る。
手ごたえを感じる時間もないまま、ルビーはデオキシスを睨み付けた。 赤い瞳が、炎のように強く光り輝く。
「‘落ちろ’ッ!!」
大きく腕を振り下ろしながらルビーが叫ぶと、デオキシスは何かに引っ張られるように落下し、砂浜へと叩きつけられた。
砂にヒザをつけながらも、彼女は指示を止めない。 オロオロしているコダックをモンスターボールに戻すと、メロディをロケット団の男へと向かって構えさせる。
「あんた、ロケット団だね!?」
「・・・そうだ。」
右手でモンスターボールを構えながら黒服の男は答えた。
何故だか敵意は感じられないのだが、警戒を一切緩めることなくルビーは無理矢理立ち上がる。
「ロケット団見かけたら捕まえとくよう、言われてんだ。」
「俺も、D.Dと出会ったら手加減するなと・・・言われている。」
ゆっくりとした口調でそう言うと、ロケット団の男はさり気ない手つきでモンスターボールからポケモンを呼び出した。
風が巻き起こり、砂が空中へと舞い上がる。
腕で顔を覆いながらルビーは相手のポケモンを見る。 砂漠に住むせいれいポケモン、フライゴンだ。
「‘フィーネ’!」
モンスターボールを投げると大きな白いヘビのようなポケモンがルビーを囲い、フライゴンへと戦いの構えを取る。
最も美しいポケモンとして知られるミロカロス、そのポケモンへと指示を出すため彼女は大きく目を見開いた。
「『れいとうビーム』!!」
白い光線を緑色の翼で受けると、フライゴンはルビーたちの真上へと向かって飛び上がる。
その一撃で倒せると思っていたせいで油断していた。 一瞬目で追ってしまったスキをチャーレムに突かれ、一気に接近されてしまう。
とっさにミロカロスが自分の体でルビーを守る。 それでも、与えられた衝撃は1人と1匹を数メートル飛ばすのに充分な威力を持っていた。
つぶれそうになりながらもフィーネの体の下から抜け出そうと腕を突っ張ると、逆にミロカロスが体をずらし、彼女を脱出させる。
「・・・ッ、この非常時に・・・! 何をちんたらやってんだい、サファイアは・・・!」
文句を吐きながらルビーは真上にいるフライゴンを確認する。
メロディと向き合っているチャーレムへと目を向けると、ルビーはヒップバッグに手を当て、赤い瞳で相手を睨んだ。
大きく息を吸い込み、島中に響き渡るような大声でミロカロスへと指示を出す。
「‘フィーネ’『なみのり』!!」
高く鳴き声を上げるとフィーネは触角を細かく震わせ、迫ってくるフライゴンを睨んだ。 海の水が渦を巻く。 幸いにもここは海岸だ、水には困らない。
波がうねり、チャーレムとチコリータごとフライゴンを攻撃する。
倒れていたデオキシスも流された。 そちらも何とかしなければとバッグの中にあるモンスターボールへと手をかけたとき、ルビーは海の中に閉じ込められているサファイアの姿を見つけ、目を見開かせる。
「・・・え?」
閉じ込められている。 海水ごと、三角形の形をした『何か』に。
いつからだろう、そんな考えがわずかによぎったが、それどころではない。 引いた波に再び姿を隠されたサファイアに焦り、ルビーの動きが一瞬止まった。
それに反応するようにデオキシスが動く。 視界の端に青く光る水晶体が映ったとき、ルビーは真正面から突き飛ばされ、砂浜の上へと転がった。
彼女と、彼女を突き飛ばしたロケット団との間を、青白い光線が走り抜けていく。
「立て、早く!」
デオキシスを睨むようにすると、ロケット団は目深に被っていた黒い帽子を脱ぎ捨てた。
砂と同じ色の肌と、金色の瞳にルビーは驚いて目を見開かせる。 彼も、神眼なのだ。
ロケット団の男はフライゴンに体勢を立て直させるとチャーレムへと向かって指示を出す。
「‘Crescent’ press a DEOXYS into the sea!」
鳴き声をひとつ上げるとチャーレムは近くにいるメロディを無視してデオキシスへと
デオキシスはそれを受け止めるが、一瞬押され、波打ち際に足を浸す。
態勢が崩れたところにチャーレムは猛攻撃を加える。 わずかばかりのエスパーのチカラを使い、相手が動きを取られる波を避け、デオキシスを海の深いところへと押しやっていく。
肩が外れそうなほどのチカラでルビーを立たせると、ロケット団の男はかすかに指を動かし、フライゴンへと金色の瞳を向けた。
「‘Hunter’『HYPER BEAM』!」
大きく息を吸い込んだようにのけぞると、フライゴンは熱を含んだ光線をデオキシスへと向かって放った。
風圧で吹き飛ばされそうになったのをロケット団に支えられる。
まっすぐに向かっていった『はかいこうせん』はデオキシスの足を吹き飛ばし、サファイアがいるはずの海の底を貫く。
衝撃で散った海面が荒波を作った。 中心にある三角の『何か』は真っ赤に光り、人の背の高さほどまで縮んでいく。
ピクリ、とロケット団の肩が動く。 再び元の姿に戻っていく海面を見ると、一瞬間を置いてからチャーレムをモンスターボールへと戻し、代わりのポケモンを呼び出した。
うなりを上げるエーフィを見て、ルビーは混乱する。 さっきから、ロケット団がサファイアのことを助けようとしている気がしてならないのだ。
「‘Full’・・・」
ロケット団が何か指示を出そうとして動きかけたとき、海に落ちたデオキシスが浮上し、島の内側へと向かって飛び去っていく。
「・・・逃げた。」
そうとしか言いようがなかった。
ちぎれた足もそのままに、4匹いるポケモンたちに何の手出しをすることもなく姿を消したのだ。
残念な気持ちとホッとした気持ちが折り重なって、ルビーは「はぁ」と息をついた。 そして、すぐにサファイアのことを思い出す。 もう15分くらい経ってしまっているはずだ、人間が息を止めていられる限界をはるかに超えている。
「そうだ、サファイア・・・! ‘フィーネ’‘スコア’助けに行くよ!!」
モンスターボールから再びコダックを呼び出すと、海の中にいるサファイアの元へ向かおうとルビーは沖に向かって走り出す。
波を跳ねる自分の足音で、彼女は後ろから迫ってくる足音に気付いていなかった。
急に足場がなくなり、バランスを崩して転びそうになったルビーを誰かが後ろから抱きかかえる。
ホッと息をつくと、『誰か』はルビーの顔を覗き込んで細い声を出した。
「・・・そこ、急に深ぅなっとるんよ。」
「サファイア!」
びしょびしょの彼に服を濡らされながら、ルビーは引きずられるようにして岸へと連れて行かれる。
彼女を砂浜へと降ろすと、サファイアは崩れるようにして彼女の前へと座り込んだ。
相当疲れているらしい、顔に血の気がない。 近づいてくるロケット団に軽く警戒しながら、ルビーは真っ先に浮かんだ疑問を口にする。
「でも、どうやって、あそこから・・・?」
「・・・下が空いとったから、シロガネに技マシンで『あなをほる』覚えさせて脱出したんよ。
カナに空気少し分けてもろたんやけど、息詰まってホント死ぬかと思ったわ・・・」
ルビーの目に、少しはなれたところで一仕事終えて満足そうにしているワニノコの姿が映る。
安堵からチカラが抜け、大きく息をつきながらルビーが顔をうつむかせると、高くなった太陽の日差しをさえぎる影が、彼女のヒザへと伸びてきた。
「顔を上げろ。」
あのロケット団だ。 レッドの言うことに従うなら戦わなくてはならないが、もうそんなことする気力もないほどに2人は疲れ果てていた。
少しだけ考えていると、サファイアが先にロケット団の方へと顔を向ける。
つられるように彼女も顔を上げると、2人は同時に同じ言葉を放った。
「ありがとう。」
「ありがとーな。」
金色の神眼がはまったロケット団の瞳が、少しだけ見開く。
「サファイア、助けようとしてくれたんだろ?」
「デオキシスからルビーのこと守ってくれたんやろ?」
2人の子供から放たれる言葉に、ロケット団の男は一瞬だけ驚いたような顔をしていた。
立ち止まるとルビーの顔に手を添え、自分の方へと向かせる。
「顔を見せろ。」
不安そうな顔をしているサファイアを横目に、ルビーは視線をロケット団の胸から顔へと上げた。
赤い瞳に、相手の金色の瞳が映る。
息を吸い込んだのか、吐いたのか・・・どのくらいの時間が経ったのかさえ分からなかった。
ただ、彼女が胸の中で何かを納得しかけたとき、ロケット団はルビーから手を離し彼女に背を向ける。
「・・・生きていて、良かった。」
一言だけつぶやくと、ロケット団はエーフィをモンスターボールへと戻し、フライゴンの背に乗って2人の元から離れて行った。
波の音だけが、やけにはっきりと耳の中に残る。
ぽかんとサファイアが島から遠ざかっていくフライゴンの背を見つめていると、突然ルビーが動き、口元を手で押さえるような動作を取った。
どこか痛めたのではないかと一瞬焦るが、彼女の顔を見て原因がはっきりする。
泣いていたからだ。 それも、今までにないほどの大粒の涙を流しながら。
「ル、ルビー・・・!? どしたん、何かされたんか!?」
「・・・分からない。
何でか知らないけど・・・涙が出てくるんだ・・・」
道をさえぎるかのようにして現れた相手に、リーフたちの足が止まった。
「シルバー・・・?」
ブルーの声に、4人の前に現れた青年は小さくうなずいた。
泥だらけのズボンを引きずるようにしながら、息を切らして話しかけたブルーへとすがるような視線を向ける。
「デオキシスが現れた・・・クリスが・・・捕まって・・・」
もう何度となく繰り返されたポケモンの名前に、ブルーの銀色の瞳がぐっと見開かれた。
モンスターボールを取り出し、赤い髪の青年へと近づいていく。
「救援が必要なのね。 どうすればいいの?」
「人手がいる。 それに強いポケモンも・・・」
「・・・オレ、行かね。」
そっぽを向いてきっぱり言い切ったリーフに、グリーンとブルーが反応する。
眉を吊り上げて怒り出そうとするブルーをなだめるように軽く叩くと、ヒナタは軽く首を横に振った。
「あたしも行かない。」
「ヒナ・・・ファイア!」
慌てて言い直したブルーに、ヒナタは帽子の下から茶色い目をくりくりさせる。
「いってらっしゃ〜い。」
あくまで妹を装って、のん気な声を出してヒナタは笑う。
2人に背を向けると最初予定していた方角へまっすぐ歩き、リーフがその後を追う。
グリーンとブルーは一瞬だけ顔を見合わせた。 目と目で何かを合図すると、すぐにシルバーに事の起こった場所を聞き出そうと口を開く。
1度振り返ってリーフ以外の人間が周辺にいないことを確認すると、ヒナタはファイアのフリをするのを止め、空へと向かって「う〜ん」と背伸びした。
「何ついてきてんだよ。」
リーフが不機嫌そうな声を出すと、ヒナタは振り返り半月型の目をパチパチさせる。
「進んでるだけでしょ? そっちこそ。」
「オレは、あの赤い髪のが信用出来なかったから・・・!」
「赤い髪言うなっ! シル兄、結構見た目気にしてるんだから!
まぁ・・・信用出来ないってのは当たりだけど。 ニセモノっぽかったし。」
「そうなのか?」
「服の汚れ具合にしては髪に何もついてなかったし・・・他にもあるけど、色々ね。 ・・・っと。」
唐突にヒナタが立ち止まったので、リーフは危うく彼女の背中にぶつかりかけた。
彼女は、何気ない様子で後ろを振り返る。
同じようにリーフも振り返ってみたが、特についてきている人もいなければ、小さなポケモン1匹の姿も見えない。
「ねぇ、今から独り言言うから忘れてくれる?」
その口調と態度、仕草でリーフにはヒナタが何を言おうとしているのか、何となく想像がついた。
「じゃあ、オレもその間にぶつぶつ言ってるよ。 独りで。」
そう言うと、彼女は少し満足したようだった。
言葉に嘘があったわけではない。 言いたいことをまとめているのかヒナタが一瞬間を置いたとき、リーフは自分から喋りだす。
「D.Dが来る少し前さ、両親が離婚したんだ。」
「母さんは、あたしたちのことがあんまり好きじゃなかった。」
「ヤバイって危機感はあったんだよ。 2〜3年前からずっと仲悪そうにしてたし、顔を合わせて笑うこともなくなってた。」
「モモはあんまり賢い子じゃなかったし、普通の人間に混じってくには、あたしたちのチカラは少し強すぎた。 あの事件があるまでは、2人とも能力を抑えきれなくて真っ赤な目をしてたから・・・」
「それでも1年前はどうにか出来ると思ってたんだ。 誰よりも強くなって、父さんと母さんにとって『自慢の息子』になれば仲直りだってさせられると、本気で思ってた!」
「レッドも父さんもあたしたちの味方だったから何とか生きてこれたけど、いつなくなるとも限らない。 1人でも生きていくチカラが必要だった、それに、モモを世間に認めさせることも。」
「ばっちゃんとこ行って、格好悪いくらい修行したさ。 ポケモンリーグに出られんのが決まった頃には、ポケモンと対等に渡り合えるくらいまでになってた。」
「預けられてた家から逃げるみたいに出てって、他のトレーナーたちと同じようにバッジゲットの旅をした! 今思えば、あの時が1番楽しかった・・・」
「勝てると思ってたし、実際勝ってた。 でもあんなに後味の悪いバトルなんかしたことなかったし、優勝トロフィーを持ち帰っても、目的を達成することなんか出来なかったんだ。」
「あたしはモモほどの才能は持ってなかったけど、サポートすることで何とか2人ともバッジを8つ手に入れられた。 けど、リーグの受付はモモを突っぱねた! あの子が自分の名前を書けないってだけの理由で!」
「結局、バカみたいにしがみついて、どこの誰かもしれない女の子を泣かせてまで勝ち取ったのは、カスみたいな栄光だけだった!」
「意味なんてなかった! モモのいないポケモンリーグなんて! ずっとこのためだけにやってきたのに!」
「自分のことだけなんだ、大人なんて! ありもしない権威や世間体を守るためだけで!」
「何も変わっちゃいないのよ! ポケモンやトレーナーの都合のいい部分だけ取り出して、さも全部愛してるかのように見せかけてる!」
「大人なんて!」
「あんな人間たち!」
「信じたくても、信じられない!」
「信じたくても、信じられない!」
枯れそうな声で叫ぶと2人は震えている息を整わせようとした。
まるで、2人ともここまで全速力で走ってきたランナーのようだ。
「どうすりゃいいんだよ・・・」
ため息混じりの声が漏れる。 何が本心なのかも、リーフには見分けがつかなくなっていた。
「レッドなら・・・」
なんとはなしに口を開く。
一瞬、5の島で憔悴しきっていた自分をなぐさめたレッドの姿が脳裏によぎった。
「レッドなら、どんな言葉をかけたと思う?」
「・・・『ヘーキヘーキ、絶対思い出せるさ。
だって、忘れてるだけなんだろう?』」
抑揚のない口調でヒナタはそう言った。
本物ならばもっと感情を込めていただろうが、彼女の口調はレッドにそっくりだ。
「わめいてばっかりだ・・・」
「・・・本当に。」
行き過ぎた赤いピラミッド状の物体を振り返ると、ヒナタは怒ったような、笑ったような表情を見せた。
「ねぇ? あれ壊したら、レッドに少しは出来るんだってこと証明出来るんじゃない?」
「賛成。」
2つのモンスターボールが同時に音を鳴らす。
こんな真昼間に、蓄光もしないで光っていられるものがあるわけがないというのが、2人の自信の源だった。
先にリーフがヘラクロスのアオガを出したのを見て、ヒナタはレアコイルを選択する。
教科書どおりの考え方に、リーフは呆れざるを得なかった。 それというのも一見しただけでは、彼女はそれほど強い存在にも見えないからだ。
「いいのかよ? そんな分かりやすいポケモンで?」
「いいから、さっさと攻撃しなさいよ。 黙って突っ立ってるだけじゃ、あんたまるっきりデクノボウよ?」
乱暴な物言いにムッとしながらリーフは赤いピラミッドを睨み付けた。
どうせ、
念のためアオガに『ビルドアップ』させ、リーフはピラミッドを指差す。
「アオガ、『メガホーン』!!」
薄羽根をはばたかせると、ヘラクロスは赤いピラミッドへと近付き自慢の長いツノを振り上げた。
手加減などしていないはずだ。 それなのに、ツノは「ガツッ!」と大きな音を立て赤い『何か』に傷1つつけられることなく止まる。
「もう1回攻撃してみて。」
『何か』の堅さに驚くヒマもなくヒナタから指示が飛んでくる。
仕方なくリーフはアオガにもう1度同じ指示を出した。
「もう1回。」
「は?」
「いいから。」
全く傷つくこともないピラミッドを見ると、ヒナタはリーフにそう言った。
彼女自身は特に何もしている様子がない。
少しだけイラつきながらも、リーフはもう1度『メガホーン』の指示を出す。 すると、びくともしていなかったピラミッドに小さな亀裂が入った。
変化に驚くリーフに、ヒナタはフフンと自慢げな笑みを向ける。
「もう1回。」
「お前・・・何を『した』?」
口元をゆるめたヒナタは、傍らにいるレアコイルを指差す。
「『いやなおと』。」
たった一言彼女が言っただけで、頭の中でからまっていた糸が1本につながった。
何もしていなかったわけではないのだ。 その動きが見えなかっただけで。
にやつくヒナタに、ピリピリした緊張感をもってリーフは敬意を示す。 まだ充分動けるだけの元気を持ったアオガに視線を向けると、赤い光が一層強くなったピラミッドを指差し、大きく息を吸い込んだ。
「アオガ、ぶっ壊せ!」
薄く笑うとリーフのヘラクロスはヒビの入った壁を狙い、長いツノを思い切り突き立てた。
爪のついた足を踏ん張り、ぐっとチカラをこめるとメキメキという音が地面の上を伝わっていく。
内側にいる『何か』の視線に、リーフは寒気を感じた。
同時に、雲1つなかったはずの空から、彼らの上に影が落ちてくる。
「ヒナタ!」
とっさに横に向かって飛んだ彼女の髪を、赤い光線が突き抜けていった。
転がって起き上がろうとした背中に見えない『何か』が当たり、ヒナタは目を瞬かせる。
見上げると、自分自身が先ほどのピラミッドに閉じ込められているのが分かる。 眉を潜めると彼女はホルダーからボールを取り出した。
「ダグドリオ!!」
足元にボールを放つとヒナタは茶色いポケモンが掘った穴に飛び込む。
彼女の姿を見失ったのか、2匹のデオキシスの視線はリーフへと注がれていた。
背筋に電撃が走る。 軽く足を動かした瞬間、デオキシスの1匹はリーフへと襲い掛かってきた。
伸ばされた触手に皮膚の表面が切られる。 反撃しようと腰についたモンスターボールに手をかけたとき、リーフはデオキシスではない何かに足を払われ、背中から地面に着地した。
「・・・!?」
目の前に赤い砂嵐が広がり、三半規管が働かなくなった。
自分がどちらを向いているのも分からないが、少なくともあお向けではなさそうだ。
ほとんど視界も利かない中で、聞き慣れた声だけがリーフの耳に届いてくる。
「変わらないね、1つのことに集中すると周りのことが見えなくなるクセ。」
マサオの声だ。 頭の中でリーフはそう感じ取った。
声も出せず、かすかに動く手を握り締める。
「悪いねリーフ、デオキシスはロケット団がいただくよ。」
耳元で草のこすれる音が聞こえ、今度こそリーフの目の前が真っ暗になった。
風の鳴る音が聞こえた気がした。 それがどんな意味を持っていたのか、そのときのリーフには知ることが出来なかったが。
ただ待つことを、こんなに長いと感じたことはなかった。
この場所にロケット団が来ることを、レッドは確信していた。 だからこそ、この場所に1人で残ったのだ。
今のうちにゆるめておいた方がいいかもしれない緊張の糸を、限界ギリギリまで張り詰めさせる。
1秒が永遠の時間にも感じられた。 どれくらい待ったのか分からないが、ほどなくして、待っていた足音はゆっくりとレッドに近づいてくる。
相手は不意打ちなどを使う様子もなければ、草の陰に部下を潜ませている気配もない。
全く変わっていない『彼』が、レッドは嬉しくもあり、悲しくもあった。
「久しいな、レッド。」
レッドは振り返ると、金色の砂に色濃い影を落としているその男へと笑いかけた。
「おじさんこそ。 もう2度と会えないかと思ってたよ。」
シーギャロップから自分たちのことは見えるのだろうか、どうでもいいような、そんな考えが頭をよぎる。
青白い海と空に、相手の着ている黒いスーツは全く似合っていなかった。
離れたところからうなりを上げるシロを制すと、レッドは帽子の下から探るような視線を相手へと向ける。
「・・・つか、もう会うことなんてないと思ってた。
何で今さら・・・オレたちの前に姿現したんだよ? ロケット団首領・・・サカキ!」
「お前が私のことをそう呼ぶのは・・・初めて、だな。」
薄笑いを浮かべるとサカキと呼ばれた男は足元の砂を軽く蹴った。
「お前たちと同じ理由だ。
「・・・勝手な理由をつけるなよ!」
自分の足元まで蹴り飛ばされ、慌てて海へと逃げていく小さな生き物を見ながらレッドは叫んだ。
気丈に振舞っているつもりだったが、混乱した顔を隠しきれていないのを悟る。
眉間に伝った汗をグローブの甲で拭うと、レッドはゆっくりと、目の前に立つ相手に赤い瞳を見せた。
息が震える。 何度も自分に何かを言い聞かせるようにして、レッドは1度握ったこぶしをもう1度強く握り締める。
「だって、おかしいだろ? 8年・・・8年経ってるんだぜ、あれから。
その間おじさんは、本当に何もしなかった。 残党が騒ぎ起こしても、遠い場所で事件が起こっても、何もしてる気配もなかった。
なのに・・・何で今さら? 子供たちを巻き込んでまで・・・!」
「・・・知らんな。」
その言葉だけ、返すのに一瞬の間があった。
だが、意味を聞き返す間もなくサカキはモンスターボールを放ってくる。
高い音を立て迫ってくるサイドンのツノを、レッドはフライゴンに受け止めさせた。
見覚えのないだろうレッドのポケモンを見ると、サカキはクッと笑い声を上げ、レッドへと近づいてくる。
「そうだ、8年経った。
レッド。 その間、この世界はお前と、その仲間たちにとって優しいものだったのか?」
脳裏に妹たちの姿が浮かび、レッドの動きがわずかに止まる。
すぐに頭を振って、その考えを否定した。 全てがトレーナーにいいように作られているわけではないのだ。
「確かに、嫌なことだってあったさ! 意見の合わない奴だっていたし、最初からこっちのこと信じてない奴だっていた。
でも、それ以上にポケモンのことを大切にしてる奴もいるんだ。
友達だっていう奴も、家族だっていう奴も、ポケモンはポケモンだって・・・ただまっすぐ受け止めて正面から向き合ってる奴も・・・
8年経ってるけど、おじさんの考えには賛成出来ない。
世界はいい方向に向かってるし、もし間違ってたとしても、きっと傷つけることなく変えられる。」
サカキの繰り出したサイドンが倒れる。
オレンジ色に近い吐息をもらすフライゴンをチラリと見てから、レッドは付け加えた。
「・・・じゃなきゃ、神眼は生まれないんだよ。」
混乱は収まったようだった。
揺るぎない視線を向けるレッドに、サカキは満足そうな笑みを向ける。
「・・・リーフ、リーフ様!」
目を開けると、つんとした草の匂いが鼻を突いた。
誰かに肩を揺すぶられている。 誰かと思い顔を上げると、急に胸ぐらをつかまれリーフは無理矢理立たされる。
「このような場所で眠っていらっしゃられる場合ではございませんでございますよ! リーフ様!!」
「じょ・・・おう?」
顔の半分くらいまでいきそうな大口を上げて叫ぶヤドキングを見て、リーフは覚醒する。
まばたき1つすると急に手(?)を離され、草の上にしりもちをついた。
ピンク色の生き物は真剣な顔をしていた。 今さら、何か起きている予感がしてリーフは眉を潜める。
「ご主人もファイア様も、もう行ってしまわれたのですわ! ここにはじょおうとリーフ様しかいらっしゃらないのでございます!
リーフ様はデオキシスを倒されないとなられません! もう、リーフ様しかデオキシスを倒せる人はおられないのでございますわ!」
迫ってきた『何か』を『サイコキネシス』で弾き返すと、ヤドキングは荒く息をついた。
「じょおうは
じょおうは強いのでデオキシスの攻撃も押し返せるのでございます。 ですが、パワーポイントが尽きそうなのでございますわ。」
「じょおう・・・マサオは? 子供のロケット団見なかったか?」
「あそこに・・・」
そう言いながら、じょおうはリーフの方を振り向かず先ほど赤いピラミッドがあった場所を指す。
確かにその場所にマサオはいた。 ヒナタが閉じ込められたのと同じピラミッドの中で、目をつぶったまま眠っている。
「ご主人がディフェンスフォルムと呼ぶあのデオキシスは、強力な盾で人を閉じ込めます。
あのデオキシスがご主人がアタックフォルムと呼ぶデオキシスを守るせいで、ファイア様たちはデオキシスに手を出せずにいるのでございます。
ディフェンスフォルムは神眼には倒せません、リーフ様、じょおうはリーフ様が戦ってくださることを強く望むのでございます!」
一瞬、リーフは戸惑った。
もう1匹のデオキシスを追いかけていったのか、ヒナタはいない。
どこか遠くでバトルが行われている気配はするが、今この場所には自分のことを命がけで守っているヤドキングを除けば戦えるポケモンも、トレーナーも、自分たち以外にはいないのだ。
そろそろと立ち上がると、リーフは倒れているアオガをモンスターボールへと戻した。
気絶する前に出そうとしていたジョ−のボールは、足元に転がっている。
リーフはそれを足元で開く。 不安げな目をしたカメックスの肩を、彼は軽く叩いた。
「いいか、ここにいろ。 攻撃のタイミングはオレが教えるから。」
ス、と低く構えると、リーフは見えない刀を手に取った。
攻撃の気配に気付いたのか、デオキシスが彼に目を向ける。 足元の草を蹴って走り出し、相手の放った攻撃をかわすと、リーフは腰のモンスターボールに手をかける。
「ウズ、『テレポート』!!」
飛び出してきたネイティは、リーフへと視線を向けるとその場から瞬時に消え去り、地面の上に突き立ったピラミッドの中へと現れた。
赤く変色するピラミッドの中でちょこちょことマサオの背に乗ると、彼の黒い服をつかみ、一緒に脱出してくる。
急に真後ろに人が現れたせいで、ジョーはビクッと身を震わせた。 気絶したままのマサオをその場に残すと、ウズはヤドキングの頭の上に飛び乗り、じっとデオキシスを見つめる。
「『めいそう』!」
指示を受けると、何か攻撃を打ってきたデオキシスに対してウズは避けるどころか、前へと飛び出した。
30センチにも満たない小さな体で、放たれた『サイコキネシス』を受け止める。
一瞬動きの止まったデオキシスに、リーフは不敵な笑みを向けて見せた。
「よぉ、デオキシス。」
相手の顔が、自分の方を向く。 言葉を理解しているのかまでは、分からないが。
「会ったのは2回目だっけか?
お前、技で自分の能力を上げるのが得意みたいだな。 オレもだよ。
オレさ、鬼ごっこもかくれんぼも飽きたんだ。 いい加減、そろそろ決着つけようぜ。」
睨むような目をすると、デオキシスはリーフへと向かってあのピラミッドのような物体を投げつけてきた。
横に飛んで、それをかわす。 すぐに起き上がるとリーフはモンスターボールを外し、ウズとミヤを交代させた。
「ミヤ、『オクタンほう』!!」
足の吸盤でしっかりと地面をつかむと、オクタンはデオキシスへと向かって黒い固まりを発射する。
弾はわずかに下にそれ、地面に黒い広がりを作る。 作戦の変更に気付いたのかすぐさま攻撃を放ってくるデオキシスに舌打ちすると、リーフは地面に転がっていた石を投げつける。
「もう1発だ、ミヤ!」
『サイコキネシス』に足を撃ち抜かれながらもオクタンは黒い攻撃を発射した。
バランスを崩しながらも攻撃は相手の顔面に命中する。
嫌がるように暴れながら、デオキシスは体をミヤの方へと向けた。 その胸にある青い光を見て、リーフの背筋が凍る。
「・・・避けろッ、ミヤ!」
『ミラーコート』で弾き返された攻撃がオクタンの額を直撃する。
モンスターボールへと戻っていくミヤを受け止めながら、リーフは睨むように相手の顔を見上げた。
攻撃を倍返しする技なのだから、一撃でミヤを倒すほどの威力が出たということはそれなりに相手もダメージを負っているはずなのだ。
勝機がないわけではない。 そばでビクビクと震えているミヤの足を横目に、リーフは次のモンスターボールを手に取る。
「トシ!」
地面を跳ねたモンスターボールからガラガラが飛び出し、手にした太い骨をデオキシスへと向ける。
しゅう、と、細く息を吐く音が鳴った。 デオキシスが全く動かずにいるのを見て、リーフは小さな声でトシへと指示を出す。
「『じこさいせい』・・・とことんバトルを長引かせたいらしいな。
あせんなよトシ。 向こうのペースなんて、オレたちが崩してやればいいんだ!」
小さくうなずくと、ガラガラは頭の上で持っている骨を振り回した。
後ろにはジョーがいる。 このバトルに勝つには、彼が技を出せるところまでつなげなくてはならないのだ。
バトルを始めた時と同じように、リーフは低く構える。
サムライのように構えたガラガラは彼の呼吸を見ると、デオキシスへと向かって飛び出していった。
「『ホネブーメラン』!」
投げつけられた透明な
首筋と背中、鈍い音が2回響くが、相手に決定的なダメージを与えられた様子はない。
立ち止まっていたリーフへと向かって、またしてもデオキシスはピラミッドを放ってくる。
チッと舌打ちしてリーフがそれを避けると、真後ろからじょおうが彼の頭に呼びかけてきた。
「リーフ様! デオキシスは『バリヤー』を使っておらせられるのでございますわ!
こちらも『つるぎのまい』で対抗を!」
「うるさい! 黙ってろ!」
落ちたキャップを頭へと乗せ直し、リーフはひたすらデオキシスを睨み続ける。
ジョーだけが気付いていた。 ずっと走り続けていたリーフの足が止まり始めていることに。
カシャンと音を立て、ジョーは使い慣れないポンプをデオキシスの方向へと向ける。 彼は、自分にチャンスを与えようとしているのだ。
「トシ! もう1回だ!」
デオキシスを見つめたままリーフは指示を出す。
ガラガラは決して早い方ではない。 一拍置いてから攻撃が放たれるのも、仕方のないことだとリーフは自分に言い聞かせた。
だが、いら立ちはつのる。 トシの手から放たれた攻撃は1発はデオキシスの額に命中したものの、もう1発は相手の触手のような腕に阻まれた。
持ち主の手に戻ることなく地面へと落ちた骨を見て、リーフは悪態をつきながら走り出す。
「トシ、打ち続けろ!」
落ちた骨をトシへと投げながらリーフはデオキシスを見上げる。
一瞬、瞳孔が細く閉じられる。 高く昇った太陽が視界に入ってしまった。
腕で目を覆い隠すようにしたリーフの真上から、透明なピラミッドが降ってくる。
遠い場所にいたじょおうがあっと声を上げた。 デオキシスと戦える唯一の人間が、デオキシスの手に落ちてしまったのだ。
「リーフ様!」
「近づくんじゃねーよ! ジョー、お前もだ!」
ピラミッドの中でリーフは叫ぶ。
視線はいまだ、デオキシスから外れていなかった。 右腕、左足と『ホネブーメラン』が命中していく。
効果がほとんどないことが分かると、リーフは体の横でこぶしを強く締める。
「お前が決着をつけるんだ、ジョー! オレたちが見つけるから、弱点は、絶対見つけるから!」
真横にある壁をドン! と打ち付けると、空間は見る間に狭まってきた。
トシは既に攻撃出来る体勢へと移っている。 戸惑いはあったが、リーフはデオキシスを睨みつけるようにして大きく息を吸い込む。
「・・・トシ・・・!」
「胸や!!」
戦場と化していた空間にリーフ以外の声が響く。
一瞬、全員の目が声のした方を向いた。
少女に肩を支えられ、息を切らしたサファイアがバトルの様子を見守っている。
小さくうなずくと、リーフはデオキシスを見上げその姿を消した。
姿を見失い、驚いたように動きを止めるデオキシスの真上に現れると、相手の背中を見下ろしながら力強く笑う。
「わざわざ見せてやったのに忘れたのか? オレたちの隠し玉。」
パタパタと羽ばたくネイティとリーフの目の前に、トシが飛び上がる。
振り向くデオキシスを見つめながら、リーフは体の前で腕を交差させた。
リーフの腕を踏み台にすると、トシは動けずにいるデオキシスへと向かって突っ込む。
骨は使わない。 逃げられないようにしっかりと相手の肩をつかむと、そのまま重力に任せて地面へと突き進んで行く。
「『すてみタックル』!!」
デオキシス自身を覆っていた『バリヤー』が割られ、水晶のような胸にトシのヒジが突き刺さる。
悲鳴のような音が聞こえ、デオキシスの手足が細かく震えだした。
「ジョー今だ! 『ハイドロカノン』!!」
チャンスは今しかない。 バランスを持ち直すこともせずリーフはジョーの方を向き、最後の指示を出す。
その場を退くようトシに目で指示を出すとジョーは迷うことなく、ずっと出番を待っていた背中の砲台から一撃を発射した。
水圧に押しつぶされ、あれほど固かったデオキシスの姿がなくなっていく。
最後に残った青い色を放つ水晶体だけが、地面の上に転がった。 受け身を取れず地面の上に激突した主人を見ながら、ジョーはその場に座り込む。
「・・・オイ、コラ、ジョー。 なに腰抜かしてんだよ。
そんなんだとエースの座、トシに奪われるぞ。」
草の上に寝そべりながら、リーフは必要と思えるだけ空気を吸い込み、吐き出した。
完全に緊張の糸が切れた。 動かない体に無理強いをすることなく、リーフは高く昇った太陽にボーっとした視線を向ける。
誰かが彼を覗き込んで、日陰を作った。 赤い瞳に、先日『たんじょうの島』で見たのと同じ顔が心配そうな表情を作っている。
「・・・リーフ、だったっけ。 あのさ、痛くないのかい? その腕・・・」
そう言ってルビーが指差した先に、トシに踏ませたせいで赤くなったリーフの腕が転がっていた。
無言のまま彼女を見つめると、リーフは両足の反動をつけて起き上がり首をコキコキと鳴らす。
「心配してくれてんのか? ヘーキヘーキ、こんなのケガした内に入らないって。
そっちも、でかいケガとかなくて良かったな。」
「ホンマや。 ルビー頑張りすぎるから、もし大ケガしたらと思うと心臓もたへんのよ。」
うんうんとうなずくサファイアを、ルビーが睨む。
リーフは苦笑いした。 半年前に復帰、テレビデビューしたルビーにあまりマスコミは飛びついていないようだったが、何となくこの2人の関係は読める。
良くも悪くも仲の良さと、この後どうするつもりだろうという心配とが折り重なって複雑としか言いようがない。
他人事だからと割り切ることにして、ひとまず礼を言おうとしたときサファイアの方からリーフに話しかけてきた。
倒した本人ですら忘れていたデオキシスの欠片を指差して、だ。
「なぁ、これ、あんたがレッドのとこまで持ってってくれへんか?
リーフしか出来ひんことやと思うし・・・」
「・・・また『オレしか』? 今日は人気者だな。」
ククッと喉を鳴らして、リーフはようやく自分が笑っていることに気付いた。
肩のチカラが抜けた気がする。 小さくうなずくと、リーフはジョーとトシを立たせ、サファイアに言われた通り水晶のようなデオキシスの破片を拾い上げた。
「・・・待ちな、さーいッ!!」
チカラの限り、腹の底から大声で叫んだが、言って止まるようなロケット団ではないと、ブルー自身分かっていた。
シルバーに扮した男が怪しいことも、分かっていた。
彼女の知っている限りロケット団の中に他人そっくりに変装出来るような人物はいなかったはずだが、ここに来ている人たちはリーフを除き全員、何かしら深い関わりを持っている。
元々、変装などという手段が通じるわけもないのだ。 だから、捕まえてやろうと相手の作戦に乗ったフリをしたまでは良かったが、デオキシスが乱入してくるのは予定外だった。
作戦は変更せざるを得なくなるし、ロケット団は逃げ出すしで彼女にとってはいいことなしだ。
怒りを込めたこぶしをブンと振り下ろすとそれはグリーンの太ももへと命中した。
痛みにうめく彼に手を合わせて謝ると、ブルーは上空に飛ぶデオキシスと、それを追うロケット団を確認する。
「・・・シーギャロップに向かってるわ。」
「レッドがいるはずだ、挟みうちするか?」
「止めた方がいいと思う。」
少しだけ考えて、ブルーは首を横に振る。 そして、走りながらこう付け加えた。
「勘だけど。」
「・・・珍しいな、お前がそんなこと言うなんて。」
ちらりと自分の方を向いたグリーンに、彼女はうなずいてモンスターボールに手をかけた。
手首を使って前へと投げると、鋭角な翼を持ったオオスバメが飛び出し、走り続けるロケット団の前方をふさぐ。
一瞬だけ立ち止まったが、ロケット団はうつむくと自分のモンスターボールを投げる。
ライボルトは地面に足をつけるとすぐさまオオスバメへと電撃を放ってくる。
空を飛ぶポケモンにとって翼を打たれるのは致命傷だ。 すぐさま相手と距離を取ると、オオスバメは指示を仰ごうとブルーの方へ視線を向ける。
「いいわ、近付きすぎないで! トレーナーを狙うのよ!」
え、と目を見開かせるグリーンをブルーはヒジで小突いた。
「『じしん』。」
小さな声でつぶやくようにそう言うと、ブルーは銀色の目をグリーンへと向ける。
「今なら当たるわ。」
少し戸惑ったような顔をしたが、グリーンはうつむくと前を走るロケット団へとモンスターボールを投げる。
振り向いたロケット団の目の前で破裂したにも関わらず、相手の目にはグリーンのポケモンの姿が映らない。
真後ろに現れた灰色の鳥に、シルバーに変装したロケット団の目が見開かれる。 ぐっと手にチカラを込めるとグリーンは空中にいるそのポケモンに向かって指示を出した。
「プテラ、『じしん』だ!!」
ライボルトの足元に円形のへこみが出来、そこから発生した衝撃が相手の体力を奪い取る。
トランポリンのように跳ね上がった自分のポケモンに、ロケット団の表情が変わった。
さすがに後ろを向いたままでは戦えないと悟ったのか自分たちの方へと振り返ったロケット団を、ブルーは眉をつりあげて睨みつける。
「行かせないわ。 ロケット団の思い通りになんてさせるものですか!」
オオスバメをモンスターボールへと戻し、いつどんな相手が来ても戦えるよう構える。
ロケット団は一言も喋らないまま、1歩2歩とブルーたちに正面を向けたまま海の方へと遠ざかろうと下がっていった。
もちろん、それを彼女たちが許すはずもない。 離されるまいと2人が歩くせいで、一定の距離を保ったまま3人は海岸へと向かって動き続ける。
相手がポケットに仕込んだ『何か』に触れた瞬間、ブルーは一気に走り、ロケット団の足を払う。
彼女の思い通りになるまいとロケット団が腕を振るのを見て、グリーンはプテラを向かわせた。
高い鳴き声が上がり、鋭い爪と太い足に組み伏せられたロケット団が海岸の砂に叩きつけられる。
睨みつけるような相手の視線を見て、グリーンはホッと息を吐いた。
念のために持ってきた手錠はブルーが持っているはずだ。 ケガ人が出なかったことに感謝しつつグリーンが事を見守る態勢に入ったとき、聞き慣れた声が、2人の鼓膜を揺さぶった。
「・・・グリーン、ブルー・・・?」
真っ先に目に付いたのは、岸からそれほど離れていないところに停められたシーギャロップだった。
何かに集中しているのか一方向にずっと目を向けているレッドの背が、妙に大きく感じる。
しばらくグリーンは固まっていたが、彼が止まっていると考えていた時間は確実に動いていた。
上空に現れたデオキシスに深く考えているヒマなどないことを悟る。
見ている目の前で、レッドの体が横に飛ばされた。 その直後、デオキシスから発せられた赤い光が海岸の砂を撃ち抜く。
「あーもうっ、このバカ兄貴! 何ボヤッとしてんだよ!」
レッドとデオキシスとの間にレアコイルが飛び出し、彼を守ろうと立ちふさがる。
草で切ったのか足に無数の傷をつけた少女が飛び出してくると、グリーンとブルーの目に、レッドがそれまで見つめていたものが映る。
こんなところにいるのだからロケット団なのだろうが、他の団員たちと違い、その男はロケット団特有の黒い制服を着ていなかった。
代わりに、白いシャツと黒いスーツ。 街に行けばそれほど珍しくもない組み合わせであるにも関わらず、2人はその出で立ちに違和感を覚える。
「・・・おじさま?」
立ち尽くしていたブルーがぽつりとつぶやいた言葉に、レッドの肩が震えた。
接近してきたデオキシスをかわそうとして転び、足を海の中へとつける。
まるで最初からそれが存在しかなかったかのように捕まえていたロケット団から目を離すと、ブルーは早足で男の方へと歩き、目をぎらつかせた。
「サカキおじさま・・・シルバーのお父様でしょう?
なぜ、なぜこんなところにいるんですか?」
ブルーの手は震えていた。
彼女を
「・・・シルバーも、この島に来てるんですよ。」
かすれた声でブルーがそう言うと、サカキはホルダーからモンスターボールを引き出し、彼女へと向けた。
紫色の太い腕が彼女の肩をつかみ、先ほどプテラがロケット団にそうしたように、ブルーを地面へと組み伏せる。
「ブルー!?」
「ブルー姉ッ!」
レッドとヒナタが叫ぶのと同時に、灰色の物体が2人の横を駆け抜け、足でニドキングの頭を思い切り蹴りつける。
ギャッと悲鳴が上がり、ニドキングはブルーの上から跳ぶように離れる。
逃がしてしまったロケット団に怒りのこぶしを震わせながら、グリーンは上空のプテラを戦わせる構えに入った。
「おじさまだか何だか知らないが・・・平気で女に手を上げるような奴が、正義のはずはないよな。
・・・なぁ、レッド?」
じんと痛む頬を気にしながらも、レッドは彼の言葉をはっきりと聞き取った。
気を落ち着ける時間を自分に与え、落ちかけていた帽子を深く被りなおす。
「・・・あぁ! グリーン、ブルー、『そいつ』を捕まえるぞ!
ヒナタ、デオキシスの方は頼めるな?」
「任せといて!」
ヒナタは力強くうなずくと、よく使い込まれたモンスターボールを取り出した。
ふっと息を吐くと砂を蹴って走り出す。
小さな電撃が当たるとデオキシスの注意がヒナタの方へと向いた。
「こっちだ、デオキシス!」
レアコイルをモンスターボールへと戻しながら、ヒナタはレッドたちが戦おうとしているのとは反対の方向へと走る。
出来るだけ気をたかぶらせて、赤い目を強く光らせる。
「ほらほら、この
空中からヒナタのことを睨むように見つめると、デオキシスは彼女の方へと近づいてきた。
出来るだけ相手を引きつけて、ヒナタは手に持ったモンスターボールを開く。
鋭いトゲのように変化したデオキシスの触手を、ニドキングの紫色の腕が押さえつけた。
太いツノの下から睨みつけると、ヒナタのニドキングは相手を完全に押し返す。
「ありがとう‘ウノ’。 やっぱりバトルはパートナーとするのが1番だね。」
疑問そうな視線を向けたニドキングに、ヒナタは笑いかける。
にわかに風が強くなってきた。 すぐに次の攻撃を放とうとしているのか不自然な態勢で止まっているデオキシスを見つめながら、彼女は口を開く。
「双子って不思議。 性格全然違うのに、モモのことだけはいつだって感じてられる。
あたしがいない間にどのくらい笑ってたのかも、あの嫌な事件を乗り越えたときの心の成長もね!」
低いうなりが響き渡った。 ヒナタはデオキシスへと向かって、すっと人差し指を突き出す。
「モモ、攻撃!」
「‘セロ’『かえんほうしゃ』!!」
大きな翼で降り立ってきたリザードンが真っ赤な炎のかたまりをデオキシスへと叩きつける。
巨大な三角がデオキシスを包み、リザードンの攻撃からデオキシスを守った。
バサッと音を立て、赤い竜はヒナタの真後ろに下りてくる。 その背中から降りた小さな女の子に、彼女は小さく笑いかけた。
「ヒナ・・・」
「待ってた、モモ。 やっぱりバトルはモモと一緒じゃないとね。」
顔をほころばせると、ファイアはヒナタの横に立つ。
モンスターボールを手に取り、睨むようにこちらの方を見続けているデオキシスへと半月型の目を向けた。
「リーフがもう1匹を倒すまで辛抱・・・だね。
やるよ、ファイア!」
「うん!」
ファイアは一旦セロをボールへと戻すと、目の前へと新しいポケモンを呼び出す。
落ち着いた目でデオキシスのことを見ているニョロゾの姿を見ると、ヒナタはデオキシスを睨み、自分のニドキングへと指示を出した。
「‘ウノ’『まもる』!!」
ヒナタが叫んだ直後、ニドキングはデオキシスの放った攻撃に対し緑色の壁で防御を行った。
余波で風が巻き起こり、2人の髪を舞い上げる。
お気に入りの帽子を飛ばされないよう押さえつけると、ファイアはニョロゾへと向かって声を上げる。
「‘スー’『さいみんじゅつ』!!」
空間がねじ曲がるほどのチカラをスーはデオキシスに叩きつけた。
一瞬デオキシスの注意がニョロゾの方へとそれるが、技自体は先ほど『かえんほうしゃ』を防いだデオキシスを包んでいる『何か』に防がれる。
少しだけ考え込むような体勢を取ると、ヒナタはホルダーから別のモンスターボールを取り出した。
そして、左手をニドキングの方へと向けながらそのボールをファイアの方に向かって投げる。
「ファイア、スー貸して!」
「うん、‘コリンダ’!」
ヒナタから投げられたモンスターボールを受け取ると、ファイアはそれを地面へと打ちつけながらポケモンの名前を叫ぶ。
中から現れたルージュラはくるりと回転するとファイアを抱きかかえ、デオキシスから遠ざかるように飛び退いた。
その直後、デオキシスがファイアへと接近し、避けようとしたルージュラの足を突き刺す。
転倒し、地面へと転がりながらもファイアはデオキシスを白みがかった色を放つ瞳で睨み付けた。
「『ふぶき』!!」
ふっと手に息を吐きつけるとルージュラはデオキシスの方へと振り返り、空気が白くなるほどの冷気を相手に叩きつける。
至近距離で技を放たれ、デオキシスを覆っているピラミッド状の防御壁が凍りつく。
「‘スー’!!」
赤みを帯びた氷の固まりを見て、ヒナタはニョロゾへと声を上げる。
スーは前へと飛び出すと、地面に座り込んだような姿勢のままのファイアを突き飛ばした。
とっさにファイアをかばおうとしたルージュラを突き抜け、赤い光が地面の奥深くへと伸ばされていく。
コリンダの目が見開かれ、口がパクパクと物を言うように動かされる。
ヒッと息を呑み、ヒナタは姿を消していくルージュラから目をそらしかけた。
しかし、そうしていられる時間は自分たちに与えられていない。 唇を震わせていると、本来モンスターボールに戻されるはずのコリンダが、2人の目の前から消滅する。
「えっ・・・?」
何が起こったのかと考えた瞬間、ヒナタの真後ろに赤と白の球体が降ってきた。
慌ててそれを拾い上げる。 間違いなくコリンダのモンスターボールだ。
攻撃の反動なのか、体を震わせているデオキシスへと目を向けると、ヒナタの目つきが変わる。
「・・・まさか、この攻撃が『神隠し』の正体?」
探るような、何かを考えているような視線。 それは、ファイアの変化を見逃していた。
彼女からの指示なしにファイアはモンスターボールを手に取ると、デオキシスへと向かって投げつける。
「‘ゼス’『あばれる』!!」
自分の考えていたのとは違うタイミングで彼女が攻撃しだして、ヒナタは慌てて顔を上げた。
オコリザルは相性の悪さを気にする様子もなくルージュラが作った氷を打ち砕きながらデオキシスへと攻撃を続けていく。
「マズイ、止めなきゃ・・・! ‘スー’!」
名前を呼ばれるとニョロゾはぴょんと跳ねるようにヒナタのもとへと戻ってくる。
軽く触れる程度に頭をなでると、ヒナタはファイアとデオキシスの様子を見ながら自分のバッグを探り、ボロボロの金属片のようなものを引っ張り出した。
ゼスが攻撃を続けるデオキシスの防御壁は段々と赤い光を帯び始めていた。
それが粉砕の兆候なのか攻撃の前兆なのか分からない自分に、ヒナタは軽いいら立ちを覚える。
「ファイアのこと頼んだからね、スー!」
金属のヘリを指先でなぞると、ヒナタはそれをスーの頭へと乗せ、モンスターボールへと戻した。
赤い本のようなものをバッグから取り出し、その上にモンスターボールを乗せてファイアのバッグへと向ける。
全力で攻撃し続けたゼスが、軽い目まいを起こし始めたようだった。
狙いを定めると、ヒナタは赤い本に取り付けられたボタンをぐっとチカラを込めて押し込む。
「ファイア! 交代!!」
ファイアのカバンの中で赤いランプがチカチカと点灯した。
長く使われていなかったそれを引っ張り出すと、ファイアはヒナタと同じ赤い本をデオキシスへと向け、点滅しているボタンに手を触れる。
「‘スー’『ハイドロポンプ』!!」
ほとんど自動的に、彼女の口はポケモンへと与える指示の名前を口ずさむ。
飛び出してきた緑色のポケモンは鮮やかなまでに赤く光るデオキシスへと向かって、巨大な水流を発射した。
デオキシスを包むピラミッドのような防御壁がかすかに揺れ、赤い光をさらに強く放つ。
変化は、肌で感じられた。 今まで全く効く様子も見えなかった攻撃に、防御壁が屈し始めたのだ。
「・・・リーフ・・・」
「リーフ、戦ってる・・・!」
ニョロトノへと進化したスーを前にしながら、ファイアはつぶやいた。
「ファイア、攻撃して! 相手を休ませちゃダメ!」
すぐに飛んできたヒナタの指示に応えるように、ファイアは指示を出す手を上げる。
「『のしかかり』!!」
太くしまった足を曲げると、ニョロトノはデオキシスのはるか上へと飛び上がり、その小さな全身を使って相手を踏み潰そうと試みる。
自分を守るものがなくなりかけたデオキシスはその攻撃を避けるべく島の内側へと逃げ出した。
だが、その先で待ち受けていたオコリザルに、飛び去ろうとしていた足が止まる。
「忘れてんじゃないの? あたしたちが、2人で1人だってこと。」
『きあいパンチ』の攻撃を受け、デオキシスを包んでいた防御壁にヒビが入る。
ヒナタは確信した。 このピラミッドは今目の前にいるデオキシスが作り出したものではないのだ。
1度壊せれば、相手を守るものはなくなるはず。 今度は海の方向へ逃げようとする相手に向かって、彼女は大声を上げる。
「ファイア!」
「‘スー’『ハイドロポンプ』!!」
鳥のように飛び上がると、ニョロトノはデオキシスの目の前へと着地した。
大きく息を吸い込むと真横に向かって飛ぶ滝を吐き出し、ピラミッドごと相手を水で包み込む。
パリンという音が鳴って、デオキシスを包む赤い物体がなくなった。
ファイアが新しいボールを取り出すのを見て、ヒナタはオコリザルとニョロトノに両手を向ける。
「戻れ! ‘ゼス’‘スー’!!」
「‘セロ’‘テン’!!」
2匹のポケモンが同時に入れ替わった。 一瞬攻撃する対象を迷ったデオキシスに、小さなポワルンが向かっていく。
「‘テン’『にほんばれ』!!」
ヒナタが小さなポケモンの方へと向かって指示を出した。
ポワルンはデオキシスの脇をすり抜けると、ぐっとその体をさらに小さくするように縮こまり、空へと向かって小さな光る玉を打ち上げる。
すぐに感じられるほど、著しく気温が上昇していった。
ファイアの小さな左手が、デオキシスへと向かってまっすぐ伸ばされる。
「‘セロ’『ブラストバーン』!!」
ファイアが指示を出した直後、ヒナタは彼女を包むように抱きしめる。
爆音と風に、ヒナタは思わず目をつぶった。
相手に背中を見せるわけにはいかない。 それでも、このリザードンが放った技は人間が直視するには強すぎるのだ。
ぎゅっと抱きしめる腕にチカラを込めて、ヒナタは違和感に気付いた。
ヤケドするかとすら思っていた背中が、軽い熱風を浴びただけでケガを負っていない。
恐る恐る目を開け、彼女はファイアを解放した。
後ろを振り向く。 持てるチカラの全てを使い果たしたのか、ぐったりと座り込むリザードンと、その奥に転がっている紅の水晶。
デオキシスを無事に倒せたことが分かりホッと息をつくと、彼女は自分たちの真上で『ひかりのかべ』を作り出していた小さなポワルンの姿に気付いた。
「・・・指示出すヒマなんてなかったはずだけどナ。」
ふぅっとため息のようなものを吐きながらつぶやくと、テンはふわふわとヒナタのもとへ降りてきて、軽く頭を下げる。
「怒ってないよ。 あんたは、ファイアを守ってたんだからね。」
にこりと笑うと、ヒナタは困ったような顔をして自分に視線を向けているリザードンに気付いた。
腕を解いてから真っ先に向かって行ったから、てっきり自分のポケモンをほめてやっているのかと思えば、彼女はすっかり眠りこけている。
自分の主人を抱きながら起こしたいのか起こしたくないのか、彼女の目の前で尻尾の炎をゆらゆらさせているリザードンを見るとヒナタはクスリと笑い、ぶらんとたれ下がった手に自分の手を重ねた。
「疲れてた・・・だけだね。 仕方ないか、ここまで飛んできたんだろうし。
さてと、デオキシスの回収誰かに頼まないと・・・」
地面の上に転がった水晶体に目を向けると、ヒナタは自分が走ってきた方向へと目を向けた。
少しだけ、表情が硬くなる。
「あっち・・・もう終わってるのかな?」
「バリきち! 『サイコキネシス』!!」
ブルーの繰り出したバリヤードは激しく手を動かすと攻撃のための念波をニドキングへと向かって放つ。
だが、確かにいたはずの相手が攻撃直後、目の前から消え失せ、彼女は目をしばたいた。
攻撃の波動を受け取ったレッドが、彼女へと声をかける。
「ブルー、下だ!!」
「遅い!」
地面を突き抜けて現れたニドキングに、ブルーのバリヤードは高く飛ばされた。
砂の上を2度3度と跳ね、強制的にモンスターボールの中へと戻される。
「強い・・・!」
出せるポケモンも少なくなり、ゆっくりと後退しながらブルーはつぶやいた。
そりゃそうだろうと、レッドは心の中で苦笑する。 相手は、元ジムリーダーで、ロケット団のボスなのだ。
揺れる茶色の瞳を見て、グリーンはモンスターボールのスイッチに手をかける。
彼1人、戦わせるわけにもいかないのだから。
「シャワーズ、『ハイドロポンプ』!!」
高い鳴き声を上げると青い4本足のポケモンはニドキングへと向かって技を放つ。
水しぶきが飛び散り、それは男の足元まで降りかかった。
仮にも『じめん』タイプのポケモン、確実に倒せるはずと踏んでいた。
だが、相手の動きを見てグリーンの背筋が凍る。 苦手なはずの水を受けながら、相手のニドキングはこちらへと向かって突き進んでくるのだ。
「『つのドリル』だ、ニドキング。」
攻撃の反動とあまりに不測の事態に動けずにいたシャワーズをわしづかみにすると、ニドキングは相手の胴体の真ん中へと太いツノを突き刺した。
悲鳴が上がり、砂浜に赤と白の球体が転がる。
絶句するグリーンへと向けて、サカキは不敵な笑みを向けた。
「体力さえあれば、勝てるとでも思っていたか?」
悔しそうに口元をゆがめるグリーンを見ると、サカキは腰へと手をやり、立ち止まったままのレッドへと目を向けた。
「どうした、レッド。 お前の言う『仲間』とやらが傷ついているのに、お前は何もせず見ているだけか?
・・・ガキだな。 はな垂れ小僧の頃と、何も変わらん。」
グリーンとブルーの目が見開かれる。 気付かれてしまった、自分と相手の関係に。
いつかは言わなくてはならなかったのだと自分に言い聞かせながら、レッドは自分の額に手をやった。
「・・・1個、聞きたいんだけど。」
「何だ?」
「どうして・・・子供がいるんだ?」
視線を上げると、レッドは怒るでも責めるでもない視線を使い、相手へと眉を潜めた。
「ナナシマに潜んでたロケット団はほとんどが親子連れを装ってた。
ってことは、最低3分の1、他にいた奴らのことを考えても4分の1くらい子供が混じってたことになる。
仮に50人ロケット団がいたとしたら、4分の1で・・・ブルー?」
「12.5。」
「そう、12人。 こんな大人数、一体どこから連れてきたんだ?」
帽子のツバの下から自分を見つめるレッドに、サカキはクッと笑い声を上げる。
「・・・お前には、想像もつかんだろうな。」
言葉が切れたのをみて、レッドは相手が質問に答える気がないのだというのを感じ取った。
素早くホルダーからモンスターボールを取り出すと、地面へと打ち付け、『でんこうせっか』の指示を出す。
「自分の決めたルールには従おうぜ、ロケット団首領!」
「いつでも納得のいく答えが出ると思うな、ヒーロー。」
交代されたギャラドスがレッドの出したピカチュウを睨みつける。
一瞬その視線にひるみ、ピカチュウはわずかばかりの傷しか相手につけることが出来なかった。
直接攻撃を諦め、ピカチュウは相手に電撃を食らわせようとバチバチと頬の電気袋を鳴らすが、その前に相手の低い咆哮が響く。
「『じしん』だ、ギャラドス!」
地面がせり上がるほどの巨大な力に押され、ピカチュウの体が地面を跳ねる。
「‘ピカ’!?」
「足元が砂だということを忘れたのか? 森に住むピカチュウでは、早くは動けまい。」
ギリッとレッドが歯を食いしばる間にも、サカキは別のモンスターボールを取り出し、ポケモンを入れ替える。
人に似た形をした灰色のポケモンは、荒く息を吐きながらレッドたちのことを睨み付けた。
『かくとう』タイプのカイリキーだ。
震える息づかいを悟られぬよう相手に目を向けながら、レッドはピカチュウを抱いた腕にぐっとチカラを込める。
「・・・‘シロ’・・・!」
手のひらを真横へと向けながら指示を出そうとするレッドに、グリーンとブルーが反応する。
「止めろ、レッド!」
「ダメよ! 今ミュウツーを戦わせたら、レッドは・・・!」
「でも! 今やらなきゃ・・・今やらなきゃいけねーんだよ!」
沖合いから戸惑った目を向ける白いポケモンに向かって指示を出そうとしたとき、レッドの足元に何かが飛び込んでくる。
シュッと怒りを込めた息を吐くと、飛び込んできた何かはカイリキーを『サイコキネシス』で攻撃し、弾き飛ばした。
長い尻尾を揺らすエーフィを見て、レッドは目を瞬かせる。
「エーフィ・・・‘サン’? なんで・・・ファイアと一緒にいたはずじゃ・・・?」
考えていられる時間などなかった。 島の内側から飛んできた光線がレッドたちの真ん前を通過し、海の水を蒸発させる。
チッと舌打ちすると、サカキは別のモンスターボールを取り出し、自分の真下に打ちつけた。
「ゴローニャ、『だいばくはつ』だ!」
瞬時のことに対処する時間もなく、舞い上げられた砂がレッドたちの上に降り注いでくる。
押し寄せてくる熱と風に、レッドは息も出来なかった。
目も開けられずにいると、後ろにいたはずの2人がレッドの横を駆け抜け、遠ざかる足音へと向かってモンスターボールを放つ。
「逃がすかっ!!」
割れたボールから飛び出してきたフーディンは1度だけ砂を蹴ると飛ぶように走り、遠ざかる人間の前を取った。
両手に持ったスプーンを突きつけられ、一瞬足が止まった男の上に、巨大な風船が現れる。
ピンク色のポケモンは男の真上を取ると、大きくふくれた体で相手を押しつぶした。
プクリンの体から砂に埋もれるようにして飛び出した腕をつかむと、ブルーは銀色の錠を相手の腕へとかける。
「生きてる? レッド。」
「っとに、ホネのズイまで阿呆だな。
今やらなきゃならなくても、1人でやらなきゃならないことじゃねーだろうが。」
息を吐き出しながらしぼんでいくブルーのプクリンを見ながら、レッドは呆然と立ち尽くしていた。
グリーンが近づいてくる。 何か声をかけなければと思うが、上手く口が動かない。
自分の正面に立った相手を見つめていると、グリーンは、レッドの胸を軽くこぶしで突いた。
「そんなんだから、いつまで経っても『形だけのリーダー』とか言われんだよ!」
「・・・あ、ありがとう・・・グリーン、ブルー・・・」
完全にかみ合っていない言葉を吐き出したレッドに、2人の目が点になった。
気絶したのか動かないサカキを立たせると、2人で両脇を固め、レッドにとって心強い視線をしっかりと向ける。
「それじゃ、リーダー! 私たちはこの人を一旦シーギャロップに収容してくるわ。」
「あぁ、頼むぜ!」
大きくうなずくと、レッドは船へと向かうグリーンとブルーの背中を見送った。
それほど時間はかかっていないはずだ。 なのに、もう何日も経ってしまったかのような錯覚を感じてレッドは苦笑する。
砂の上に座り込むと、レッドはエーフィの額をなでながら海の方を見つめつぶやいた。
「・・・やっべーな、サン。
夏休みの宿題、まだ終わってねーみたいなんだ。」
緑もまぶしい木々の向こうから、ひょっこりと覗いた顔を見てレッドは目を瞬かせた。
「レッド!」
「・・・ゴールド?
え、何で? ホウエンにいたはずじゃあ・・・」
レッドが立ち上がると、赤いパーカーを着た少年は弾むような足取りで自分へと近づいてきて彼に黒い目を向けた。
「やっと病院と
でも1の島に着いた途端モモちゃん逃げちゃって、ルギアに乗せてもらったんだけど結局追いつけずにここまで飛んできちゃった。」
「そっか、病院取れたのか・・・よかった・・・」
ホッと息をつくと、レッドは全身のチカラが抜けたようにへなへなとその場に座り込んだ。
後頭部にゴールドの視線を感じながら金色に輝く砂に目を向けていると、ハッと気付いたように顔を上げ、立ち上がる。
「モモが来てんのか!? 階段上れなくてオレの部屋にも来れなかったあいつが!?」
「う、うん・・・」
大きな目を瞬かせてうなずくゴールドに、レッドは驚いた顔をしたまま固まっていた。
かすかに震える手にゴールドは目を落とす。
少し困ったような顔をして何かを言おうとしたのか口を開きかけたとき、草を踏む音が聞こえ、赤くて大きなポケモンが2人の目の前へとひょっこりと姿を現す。
「あれ、テル兄? 何でいんの?
あ、レッド! デオキシス倒したよ、水晶体回収したいから誰か神眼じゃない奴回してくんない?」
リザードンを引き連れたヒナタはゴールドへと手を振りながらレッドへと指示を出す。
にこやかに手を振り返すゴールドに対し、レッドは弾かれるようにヒナタの方へと走り出すと彼女とリザードンの背中にいるファイアとを見比べた。
「大丈夫、寝てるだけだから。」
「そっか・・・そっか、よかった・・・・・・」
包み込むように自分のことを抱きしめたレッドに、ヒナタは苦しそうな顔を向けしかめ面をして見せる。
「ちょっと、心配し過ぎ! 2人で戦ってるときの無敗記録まだ破られてないんだから。」
「そっか、そうだよな。 悪かったな。」
「っとに・・・気ィ抜くとすぐに子供扱いすんだから・・・」
頭に被った帽子を直しながらむくれるヒナタを見て、ゴールドはクスリと笑った。
旅立ちの日に、彼は同じ光景を見ていた。 その時に母親が言った言葉の意味が、今ならば分かる。
「子供なんだよ、レッドにとっては。 いつまでも2人とも、かわいい妹のままなんだ。」
「なにそれーっ! ずっとガキのワケないじゃん!」
少し怒ったような顔でヒナタが腕を振り下ろしたとき、島の反対側の沿岸からぞろぞろと子供たちが現れてきた。
先頭を歩いていたリーフは真っ先にファイアのことに気付き、レッドたちのもとへと駆け寄っていく。
ヒナタとゴールドがレッドにしたのと同じ説明をすると、リーフは安堵の息を吐き、軽く後ろへと目をやった。
ルビーはスタスタと近づいて来るのだが、サファイアとその後ろにいるヤドキングが何か気まずそうな表情で立ち止まっている。
少し首をかしげるとゴールドは気がついたようにレッドへと目をやり、何気ない口調で話した。
「あ、そうそうレッド。 シルバーとクリスが正体不明の何かと交戦して、シルバーが酸欠で動けないんだって。
しばらくしたら戻るからそれまで待っててって、伝言預かってたんだ。」
「・・・あのな、そーゆーことは早く言えよ。
デオキシスの水晶体の回収あいつらに頼もうと思ってたんだからさ。」
頭を抱えたレッドを見て、ルビーはサファイアを手招きした。
困ったような顔をしていたが、その仕草で観念したのかサファイアは集団の端っこへとのろのろと移動する。
「そのことなんだけど・・・」
口をにごしながらルビーがしゃべると、サファイアは自分の後ろへと目をやって、軽くうなずいて見せた。
どたどたと足音を立てながらヤドキングが近づいてくるのと同時に、頭上に赤い色をしたポケモンが現れる。
レッドたちは戦慄した。 間違いなくそれは、デオキシスだったからだ。
「攻撃せんでっ!!」
サファイアが叫ぶのと同時に、そのデオキシスは彼の真後ろへと降り立ってくる。
全員が見たデオキシスのどれとも違う、極めて人に近い形。 それは、ヒナタたちが戦ったデオキシスのような鋭いトゲも、リーフが戦った時のような強固さも持ち合わせていなかった。
「・・・どういうこと?」
ゴールドが尋ねると、サファイアはズボンを握り締めた。
「‘キハダ’言うんよ。 ホウエンに降りたデオキシスを、ワシとルビーでチカラ半分ずつ出して再生させたん。」
「何で、そんなことを・・・?」
今度はレッドが尋ねる。
しかし、サファイアの表情から、何となく答えは読み取れたような気がしていた。
「せやかて、寂しかったんよ! 仲間ともはぐれて、人に追われて、ボロボロになって・・・!
レッドの言うことかて分かるんよ! せやけど、可哀想やないか・・・!!」
その場にしゃがみ込んだサファイアの肩を、ルビーは軽く叩く。
「あのさレッド・・・いや、リーダー。
サファイアの話じゃ、こいつが他のデオキシスっつーのを連れてこの星を出てってくれるらしいんだ。
あたいにゃデオキシスの言葉は分からないし、正直、本当にそうするのかも疑わしくは思ってる。
だから、あんたの意見を聞きに来たんだ。」
まっすぐな目を見ると、レッドは困ったように軽く眉を潜める。
少しの間だけ、彼は考える時間を自分に許した。
2、3度同じ答えがぐるぐると回ったが、結論は同じ。 帽子のツバを上げると、レッドはサファイアへと向かって笑いかける。
「仲間のこと信じるのがリーダーなんだよ。
行ってこいよサファイア。 もう1つの水晶体の場所はヒナタが知ってる。
ついでだから見送ってってやれ! っし、決めた。 命令だ!」
パッとサファイアの顔に赤みが差した。
顔を上げて立ち上がると、何度もレッドに向かって頭を下げながらヒナタの方へと向かっていく。
「よし! じゃあリーフはファイア連れて船に戻っとけよ。
オレはこのゴールドと一緒にクリスとシルバーを迎えに行くからさ。」
「わっかりました。 り・い・だ・あ!」
茶化すような口調でそう言うと、リーフはセロの首を軽く叩いてシーギャロップの方へと向かっていく。
「‘じょおう’! 君もだよ、もうルギアの尻尾につかまるような体力残ってないでしょ?」
ゴールドがヤドキングに向かってそう言うと、ずっと離れたところにいたヤドキングはビクリと体を震わせ、海へと向かって走り出した。
少し疑問そうな表情をしながらも、ゴールドは彼女がちゃんとシーギャロップへと向かっているのを確認すると、大きく伸びをして海岸線を歩き出す。
レッドは、その背中を見ながらしばらく立ち止まっていた。
恐る恐るといった様子で近づいてくるミュウツーをちらりと見てから、大きくため息をつく。
「・・・本当に、これで良かったのかな。」
ぽつりとつぶやくと、本当に不安が押し寄せてくる。
揺らぎかけた決心を感じていると、それを全て崩すようなパンチが真後ろから飛んできた。
「スキありっ!!」
2〜3歩前へと押し出されて慌てて振り返ると、ケラケラと笑うリーフにレッドは目を見開かせた。
「リーフ!? 船に戻ったはずじゃ・・・」
「1個言いたいこと思い出したんだ。」
目の前に現れた少年は赤いキャップを押さえると、自分へと向かって笑いかけてきた。
そのまま戻る気なのだろうか、背を向けながら島中に響きそうな声でレッドへと叫び声を上げる。
「オレ、目標が出来たんだ!
いつかあんたよりスゲートレーナーになってやる!
で、ファイアみたいな奴をいじめたり、仲間はずれにするような奴はぶっ飛ばしてやるんだ!」
ぽかんと自分に宣戦布告するトレーナーを見ると、レッドは口元をゆるませ、こぶしを強く握り締めた。
「・・・やってみやがれ! オレ、誰にも負けねーぞ!!」
叫び返すと、心の中に光がさした。 ずっと自分の命を支えてくれたミュウツーをマスターボールへと戻す。
砂を蹴って走り出したとき強く波打った鼓動は、本物だった。