酔いもさめるような鮮やかな銀色が、目の前にいるブルーへと向けられた。
ぐっすり眠っていて症状も治まったのだろうか、行きほど酷い船酔いも起こしていない様子のシルバーは、先ほどブルーが言ったことを尋ね返す。
「・・・今、何て言った?」
「だから・・・サカキおじさま、あなたのお父様が見つかったのよ。
 信じられないでしょうけど・・・ロケット団のボスとして・・・」
呆然と目を見開きながら、シルバーは動きを止めていた。
呼吸さえも止まったかのような静けさが、小さな部屋の中を支配する。
真夜中の12時を通り過ぎる針に目を向けると、ずっと黙ってブルーの話を聞いていたゴールドは立ち上がり、シルバーの手を引いた。
「行こう、シルバー。
 もう10年以上経ってるんだ、考え込んでてもしょうがないよ。」
つながれた手を見つめると、シルバーは小さくうなずき「あぁ」とつぶやいた。
簡易ベッドから腰を上げるとよろめきながら救護室から出て行き、廊下の壁へと寄りかかる。
まだ青い彼の顔を見ると、ブルーは心配そうに眉を潜めながらサカキを閉じ込めた階下の船室へと向かった。
明らかに急場しのぎで取り付けた小さな鍵をカチャカチャと回すと、パチリと錠の外れた音が鳴る。
止まるほどにゆっくりと扉が開かれると、ぞっとするような目つきをした男が、3人の前に現れた。



肩を支えるようにしていたゴールドの手を振り切ると、シルバーはフラフラしながらも自分のチカラで立ち、1人で男の方へと向かっていく。
よたよたとした足取りで客席のイスに座る男へと近づくと、深呼吸するように深く息を吐きまっすぐに相手の姿を見つめる。
「・・・誰だ?」
あまりにも低い声に、ゴールドの肩が震えた。
何か言いたげなブルーをさえぎって、シルバーは相手の顔をまっすぐに見つめる。
「・・・シルバー。 シルバー・ウインドケープ。」
「そうか。」
汽笛が船を震わせる。 短く返されるとシルバーは軽くうつむいて、男に背を向けた。
イスの肩に何度も触れながら、行きとさほど変わらぬ足取りで戻り、薄っぺらな扉を潜り抜ける。
短すぎるやり取りに目を瞬かせているゴールドの肩に、シルバーはもたれかかった。
「ちょ、ちょっと・・・重いって! シルバー・・・?」
「・・・父さんじゃなかった。」
「え?」
驚くようなゴールドの視線を受けながら、腰が抜けたのか、シルバーはその場に座り込む。
「・・・よかった。」
すがるように握り締めた手が、軽く震えている。
微笑するとゴールドはその手を握り返した。
「行こう。」
顔を上げ、シルバーはうなずく。
狭い廊下に、2つの足音が響いていた。






「入院? ファイアが?」
言った言葉をそのままオウムがえしに跳ね返してきたリーフに、ヒナタはうなずいた。
「うん、こないだ言ったけど、この子首の骨折れてて・・・
 ホントなら全身マヒしてもおかしくないんだけど、神眼がね、ずっと守ってたの。
 でもそれじゃ永遠に完治しないから、テル兄・・・あ、船乗り込むときにいた黄色い帽子の人ね・・・それが、モモのこと治せるお医者さん探してて、やっと見つかったって教えにきたってわけ。」
横に並んだイスの上に寝かされたファイアの髪をなでながら、彼女はリーフに説明する。
居心地が悪いのか1度姿勢を変えると、リーフはファイアには目を向けず、ヒナタに尋ねる。
「治るのか?」
「分からない。 骨はすぐくっつくだろうけど、神経が元通りになるかどうか・・・」
「んなこと聞いてないっつーの。」
眉を潜めて目を瞬かせたヒナタに向かって、リーフは身を乗り出した。
「治るって言えよ! 妹だろ!?」
強い口調にヒナタの肩が上がる。
外れない視線に戸惑いまぶたを伏せると、汗ばんだ自分の手を握り締めて顔を上げた。
「当たり前でしょ!? 治るに決まってる、あたしの妹だもん!」
「そうだよ、ファイアは絶対治るんだよ!」
「治る!」
うなずいて大きく声を上げると、昼間からずっと眠っていたファイアの頬がピクリと動いた。
冷や汗をかきながら2人が見守る中、彼女は眠たげに目をこすり、2人の顔を見比べる。

薄目を開けるファイアの髪をヒナタは指先で軽くすいた。
「ゴメン、モモ。 起こしちゃった?」
「・・・デオキシスは?」
たどたどしい口調でファイアは尋ねる。
ちょっとだけ意外そうな顔をすると、ヒナタは笑った。
「デオキシスは帰ったよ。」
「うん」と、分かっているのかいないのかよく分からない返事をすると、ファイアはイスの背にもたれかかる。
「眠い?」
「うん。」
「寝てていいよ。」
「やだ。」
イスの背越しに2人の様子を見ていたリーフは、初めて聞いた彼女の否定の言葉に目を丸くした。
起きたときにずり落ちた毛布をきゅっと握り、ファイアは少し寝ぼけたボソボソ声でヒナタへと話す。
「花火するの。」
「花火?」
半月型の瞳を瞬かせて尋ね返したヒナタに、ファイアは小さくうなずいた。
リーフは何も言わず彼女たちの様子を見守っていたが、ファイアはそのまま再び寝入ってしまう。
気持ちよさそうに眠っている彼女の顔をじっと見つめると、リーフは真っ黒な船の外へと目を向けた。
少し前、船はグレンタウンを通過した。 もうそれほど時間も経たず、目的地であるクチバシティへと到着するはずだ。
「そういえば、やってないな・・・花火。」
懐かしむような口調でリーフが言うと、ヒナタのまぶたがピクリと動く。
少しの間自分の髪をいじると唐突に立ち上がり、リーフの座っているイスの背をギッと揺らした。
「聞いてくる。」
ヒナタの笑った顔を見て、リーフは一瞬、ファイアがそこにいるものと勘違いした。
狭い通路をすり抜けるようにして歩く彼女の後ろ姿を見て、初めて彼女が双子の姉なのだと認識する。
考えてみれば、大人ぶっていても、子供っぽくても、2人とも同い年なのだ。
汽笛の音が鳴る。 もしかしたらヒナタとも友達になれるかもしれないな、と考えつつ、リーフは体の前で組んだ両手を思い切り前へと伸ばした。








戦いが終わってからの夜は長かった。
ロケット団の船は揺れる。 数人の男と子供たちを乗せながら。
海へと乗り出してからもう数時間経つ。 慣れない手つきで舵を取る男は、ほんの少しだけ出てきた余裕をちらりと後ろを振り返ることに使った。
「よそ見をするな。
 お前の手には、船に乗る者たち全ての命が握られていると思え。」
「は、はいっ!!」
また若いロケット団員は震えるように舵を握り直すと、目の前にある計器へと集中した。
水平線は闇に溶けている。 レーダーが指し示す以外、彼には何も見えていなかった。
それもそのはず、彼は船の運転経験がほとんどないのだ。
緊張で気絶しそうなロケット団員を見ると、男は決して広くはない船内に座りなおした。
周囲を、ファイアやリーフとそれほど変わらない年頃の子供たちが取り囲んでいる。
皆、同じような黒い服を身にまとっていたが、舵を取っているロケット団と違い、彼らの目はおびえていない。
「ボス、いいんですか?」
小さな子供の声に、男の目が開く。
「だってスゲは捕まっちゃったし、デオキシスは倒せなかったし・・・
 それに、D.Dの中にいた赤い髪の人、ボスの子供なんでしょ? ずっと前に部屋に写真が飾ってあったの・・・」
「早く寝ろ。」
低い声でぴしゃりと返されると、子供は肩をすくめて粗末な毛布に包まった。
それでも、目だけはしっかりと開き部屋の隅にいる男へと向けている。

「ねぇ、マサオ・・・」
「うるさいよ、モミジ・・・眠れないじゃないか・・・」
積み重ねられるようにした毛布の下から起き上がると、マサオは同じ色をした毛布から首だけ出した相手を睨んだ。
「だって、マサオだってリーフって人のとこにいても良かったんだよね?
 あっちの方にいれば警察から追われることだってないのに・・・」
「だからぁ、眠れないんだってば・・・別に、今じゃなくてもいいだろう?」
半分だけ開いた目で空いている場所を探りながら、マサオは固い床に体を横たえる。
頭の下で手を組むと、1度完全に閉じた目を開き部屋の隅にいる男へと向けた。
「そういえば、サカキ様・・・これからどうするんですか?」
室内に反響する子供の声に耳を傾けると、サカキは再び体を動かした。
「変わらんさ。 今までと同じ生活が続くだけだ。」








まもなく、クチバ港ー、クチバ港。
停船は1時間です。 お荷物はお早めにお片付け願います。
お仕事、大変にお疲れ様でした。

シーギャロップの窓から段々と近づいてくる岸に目を向けて、リーフは久々に夜でも明るい街に近づいてきたことに気付いた。
ファイアはまだ起きない。 どうしたものかと困ったように頭をかいていると、リーフたちのいる船室の扉が開き、ヒナタが自分の荷物を取りに来る。
「どうだった?」
「いいってさ、テル兄やクリス姉なんかむしろ乗り気だった。」
そっけない態度で返すと、ヒナタはテキパキと自分のバッグを肩からぶら下げる。
「あのさ、まだ到着まで10分くらいあるぞ。 お前そんなに荷物多かったっけ?」
「そうなの?」
ヒナタの手が止まる。 着岸に時間がかかることを知らなかったようだ。
気まずそうに顔を赤らめながらファイアの隣に座る彼女を横目で見ながら、リーフは散らばった自分の荷物をリュックへと詰め始める。
すっかり気の抜けたサイコソーダを飲み干してから、ふと気付き、視線を再びヒナタの方へと向けた。
「今さらだけど、店開いてんのか? 買えなかったら意味なくね?」
「あのねぇ、都会にはコンビニってものがあんの。」
ファイアの肩に触れるかどうか考えながら、リーフには顔も向けずヒナタは返答する。
納得しながら、リーフはリュックのファスナーを閉めた。
タラップの動かされる機械音が耳に届く。 窓ガラスに手をついて近づいてくるそれへと目を向けていると、薄暗い闇の中から浮かび上がってきた羽がリーフのいる窓辺へと近づき、コンコンと2回ガラスをノックした。

「クリス姉!」
「買ってきたよ、花火。 モモちゃん寝ちゃってる?」
片腕に大きな袋を抱えた彼女は、ニコニコしながら窓側へと近寄ってきたヒナタへと話しかける。
「起こす起こす! モモだもん、花火やりたいって言い出したの。」
顔を輝かせながら返事すると、ヒナタは小さなバッグをつかみ、眠っているファイアの方へと走り出す。
肩を軽く揺さぶられると、ファイアは今度はパチッと目を覚ました。
窓の外にいるクリスに気付くと少しだけ顔を曇らせ、窓辺へと走り寄る。
ふと気がついてリーフは窓の下へと目を向けた。 タラップを動かすためのライトが浮かび上がっている以外は、暗い地面は全く見えない。
「おかえり!」
「うん、ただいま。 モモちゃん、じゃーん、ほら花火!」
「花火!」
パッと顔を輝かせるとファイアは花火の入った袋を見て歓喜の声を上げた。
彼女の分の荷物も持ったヒナタがファイアの手を引く。 タラップが完全に船へと接着し、シーギャロップの扉が開かれた。
「行こう、ファイア!」
「うん!」
仲良く船の外へと歩いていく2人のファイアを、クリスは優しい笑顔で見つめていた。
リュックを背負い自分も外へ出ようとしていたリーフは、窓の外にいる彼女がレッドとよく似た表情をしていることに気付く。
彼女の背中で羽ばたくトゲチックを見て、何か理解したような気がした。
ずっと心配されていたのだ。 だから、リーフはレッドが嫌いになれなかった。 それに、グリーンや、他の人たちも。
赤いキャップを頭に乗せると、リーフは1度船室を振り返ってから部屋を出る。
その彼も同じ表情で見送ってから、クリスは正式に下船の手続きをするためトゲチックに下降の指示を出した。


真っ先にヒナタの手を引いてタラップを駆け下りたファイアを見て、レッドは目を丸くしていた。
グリーンに小突かれ、気がついたように慌てて後を追いかける。
仮にもリーダーだ。 シーギャロップの手続きなど、面倒なこともやらなくてはならない。
白い制服の社員にたどたどしい対応をするレッドを見て、グリーンはふぅと息をついた。
「やれやれ、一件落着・・・か。」
「僕たちからしてみれば、これからが勝負なんですけどねぇ。」
苦笑しながらゴールドが後ろから口をはさむ。
少しだけ申し訳ないといった顔をしながらも、グリーンは何も言わなかった。
「今が休憩時間なんですよ。 少しでも楽しみましょう!」
そう言ってゴールドはシルバーを連れてグリーンを追い越して行く。
「花火するんやて!?」
「いやった! 今年はもう夏らしいことなんて出来ないと思ってたよ。」
大騒ぎするルビーとサファイアも、グリーンを追い越してタラップを駆け下りて行く。
呆れたようにため息をつくグリーンの肩を、ブルーが叩く。
向けられたとび色の瞳に軽く笑いかけると彼女はシーギャロップを振り返り、彼を歩かせた。
「息抜きも必要よ。」
「・・・お前に言われるとはな。」
彼女にすら追い抜かれたグリーンは立ち止まると3日間共に過ごしたシーギャロップを振り返った。
夏の終わり、夜風は涼しい。
1月と少し過ごしたナナシマをまぶたの裏に映すと、グリーンは既に色とりどりの花が散り始めた海岸へと向かって歩き始める。






ノックの音を聞きつけ、ボロボロの扉を開けたオダマキ博士をエメラルドは思い切り抱きしめた。
突然帰宅した息子に少し驚いた顔をすると、博士は汗臭いシャツに埋もれた彼の頭を優しく叩く。
「おかえり、タカ。」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
少しおなかが引っ込んだかもしれない。 父親の胸に顔を押し付けながらエメラルドは感じ取る。
我慢するはずだったものがちょっとした弾みであふれ出し、家の前だというのにも関わらずわんわんとエメラルドは声を上げて泣きだした。
段々と昇っていく太陽がジリジリと彼らの耳を焼き、もうすぐ命尽き果てるかもしれないテッカニンが耳を壊しそうなほど大音量の歌を奏でる。
オダマキ博士は一回り大きくなった自分の息子を抱き上げると、片付けもされていない研究所の中へと招き入れた。
クーラーの冷気が彼らの肌をなでていく。 ファイルが山積みにされたイスを引っこ抜くと、オダマキ博士は安定させたそれにエメラルドを座らせた。
「ユウキから聞いとったよ。
 腹減ってなかか? 麦茶持ってこよか?」
ホコリ汚れしかついていない白衣をつかむと、エメラルドは首を横に振った。
震える手でホルダーに触れ、2つのモンスターボールを父親へと差し出す。
軽く息を吐きながら大きな手でそれを受け取ると、博士は目も合わせられない自分の息子に顔を向ける。


「・・・そうか、タカもトレーナーになりよったか。」
「すまん、父ちゃんの許しもなしに・・・」
うつむいたエメラルドの肩に手を乗せると、オダマキ博士はしゃがみ込んで息子と視線を合わせる。
「タカが無事に帰ってきたのが、父ちゃん何よりうれしか。」
がしがしと頭をなでると、オダマキ研究所にいつもの活気が戻ってきた。
リングマのような太い腕が、ガチャガチャと山積みにされた段ボール箱の中を探っている。
『重要!』と書かれた小さな箱を青や緑の線が書かれた書類の山から引っ張り出すと、オダマキ博士はそれをエメラルドの足元へと置いた。
茶色いフタを開くと、まだ真新しいモンスターボールがいくつも詰まっている。
オダマキ博士はエメラルドにその赤い球体を向けると、小さくポケモンの名前が記されたプレートをなぞりながら口を開いた。
「タカ、あのな、ヒノアラシが神隠しに遭ったこと、他の博士たちに言ったら気ば利かせて色々なポケモン送ってきてくれたとばい。
 もう10やけん。 そろそろタカもポケモン持ってよか頃かとは思ってたんばい。
 ポケモン図鑑もまだまだ未完成ばい。 どがんね、こん中から1匹選んで頼りなか兄貴の代わりにポケモン図鑑ば完成させてくれなかか?」
いたずらっぽい目つきをしてそう言ったオダマキ博士に、エメラルドの瞳が輝いた。 買い物から帰ってきた助手が、白い袋を取り落とす。

それだけ、大きな返事が返ってきたということだ。








「それじゃ、お世話になりました!」
ポケモンたちで飛んできた大きな病院の前に立つと、レッドはそれまで一緒に冒険してきた仲間たちへと振り返り、改めて深々と頭を下げた。
そのマネをして、ファイアがちょこんと腰を曲げる。
ゴールドに連れられ、手を振りながらガラスの扉を潜り抜けていくファイアを見送りながら、リーフはため息をつく。
「・・・ホントに行っちゃうんだな。」
目を見られたくなくて、赤いキャップを深く被りなおす。
「その仕草、レッドそっくり。」
タマムシデパートの方角へと歩きながら、ヒナタが軽く首をすくめる。
つられたようにその後をルビーとサファイアが追い、置いてけぼりを食わないようリーフも追いかけざるを得なくなる。


傍から見ても2人だけの世界があることが分かるルビーとサファイアに、1人だけの空気を振りまいているヒナタ。
考えるまでもないといった感じでヒナタの方へと走り寄ると、リーフは頭の後ろで手を組んで狭い空を見上げた。
雲ひとつない、夏らしい快晴が目の前に広がっている。
「もうすぐチャンピオンズリーグか。
 なんつーか・・・何だかんだで出場者半分近く集まっちまったな。」
「顔広いから、レッド。 トラブルに巻き込まれやすい性分なんだよね。」
歩く速度をゆるめず、ヒナタは答える。
「ホントはさ、あたしトレーナーになりたかったわけじゃないんだよね。
 でも、レッドみたいになりたかったし、モモと一緒に旅したかった。
 ・・・準優勝までしといて、普通のトレーナーが聞いたら怒り出しそうなことなんだけど。 「ゼイタクだー!」・・・なんてね。」
そろそろ後ろをついてくる2人が置いていかれそうになっていた。
だが、ヒナタはそれに気付かない。 彼女の話に聞き入っていたリーフも。
「じゃあさ、チャンピオンズリーグ終わったら自分のやりたいこと始めればいいんじゃないか?」
少しだけ意外そうな目をすると、ヒナタは上を向いて歩き出した。
すれ違う人には目も向けず、雑踏を避けながら進む。
ふっ、と小さく息を吐くと潮の流れるような人波に目を向け、ヒナタは笑った。
「いいね、それ。」




自分たちの話に熱中していたルビーとサファイアは、いつの間にかリーフやヒナタとはぐれてしまっていたことにも気付いていなかった。
「だぁかぁらっ、何度も言わせないどくれよ。
 あんたの方向音痴の原因がカイオーガだって、そう言ってんだよ!」
目をパチパチさせながらサファイアは首をかしげる。
ルビーの言っていることを全く理解していない。 イライラしながらも、彼女は話をさらに噛み砕いた。
「だから、あんたがオダマキ博士の言うこと守らずに勝手に海に出かけてって、波にさらわれて溺れたところをカイオーガに助けられたんだろ?
 きっとその時に、あんたが町から出ないようにカイオーガがミシロから外に出ると方向感覚が狂うように仕向けたんだよ。
 けど、蒼眼はポケモンの目からも物を見るから、自分の・・・味方のポケモンが一緒の時は道に迷わない。
 あんた、本当は方向音痴なんかじゃないんだ!」
サファイアの足が止まった。 騒ぎを聞きつけ、ルビーのことに気付いた人たちがざわめきを上げ始める。
「・・・ルビー? 気持ちは嬉しいんやけど、あり得へんよ。
 せやかて、ワシ1人やと隣町のコトキに買い物にも行けへんし・・・」
「だから、それがおかしいんだって!
 ホウエンに来たばっかりのシロガネに道が分かるわけがないし、105番水道で、あんたポケモン出してなかったのに正確にそこがどこなのか、どこに行くつもりなのか言っただろ?
 あれはきっとカイオーガが弱ってたから、サファイアにかかるチカラが弱まってたんだよ。」
信じられない、といった顔でサファイアはルビーのことを見ていた。
ルビーの顔つきは全く逆だ。 自分の仮説を、そしてサファイアのことを完全に信じきって、まっすぐ彼の顔を見つめている。
それでもまだ不安そうな目をしたサファイアにため息をつくと、ルビーは彼の手を取った。


こんな遠いところカントーじゃ、カイオーガのチカラも届かないだろうね。
 先に歩いてヒナちゃんたちのところに辿り着いてみなよ、あんたがどっち行こうと、後からついてくからさ。」
「ルビー・・・! 人目・・・!」
「いいんだよ。 あたい、もうアイドル辞めるから。」
彼が歩き出すようにポンと背中を押してから、ルビーは少しバツの悪いようなはにかみを見せた。
こんなスピードでは一生追いつけそうにないというほどノロノロとした足取りで歩きながら、サファイアはルビーの方を振り返る。
「・・・辞めるって・・・?」
「終わりにしようと思ってさ。 うん、今年中には宣言する。
 しばらくは父ちゃんのとこに住んで・・・その後はどうすっかなぁ・・・何も考えてないけどさ。」
「何で・・・!? あんなキレイな声やのに・・・!」
ムキになって声を張り上げながら、サファイアは知らず知らずのうちに歩く速度を上げていた。
「探し物が見つかったから。」
短い言葉で、ルビーは彼の言葉にピリオドをつけた。
揺れるような足取りでサファイアの後を歩きながら、少しずつ考え、自分の中にある答えを話す。
「昨日みたいな理由じゃないんだ。
 あたいにチカラを与えた・・・神眼にしたのは、ジョウトにいるでっかいポケモンでさ、ずっと何かを探してて・・・それをあたいに手伝ってほしかったらしいんだ。
 けど、昨夜・・・つうか、さっき寝てたとき夢にそのポケモンが出てきてさ、もういいって。 探してたものは見つかったって、そう言ったんだ。
 だから、本当にアイドル続けてく意味なくなっちまったんだ。 だったらいっそ辞めた方がいいかなって。」
「せやけど・・・!」
反論しかけたサファイアにいつもの笑みを向けて、ルビーは黙らせた。
「それに、毎日のようにせっつかないと、あんた言ってくんないだろ?」
「?」な顔をして目を瞬かせたサファイアの手を、ルビーは強く握り締める。
「・・・好きってさ。」
雷に打たれたように痙攣すると、立ち止まってサファイアは真っ赤になった顔をうつむかせた。
目が落ち着かずにあちこちを向いている。
分かりやすい動揺にも突っ込まずルビーが反応を待っていると、彼は聞こえるか聞こえないか分からないような小声でぼそぼそと喋る。
「や、ばってん・・・その・・・」
「じゃ、嫌いなの?」
「好きやけど!!」
言ってしまった後で、サファイアはハッと気付いた。
してやったり、と、笑顔になるルビーに、ますます顔が赤くなる。
彼が自由になれるようつながれた手を離してやると、ルビーはサファイアを追い越し、雑踏の中から彼に振り向いた。
「やっと言った、これであたしの勝ちだね!
 次はあんたからキスさせてやる!」
「ルビー!?」
慌ててサファイアは彼女を追いかける。 このまま放っておいたのでは何を言われるか分かったものじゃないからだ。
「とりあえずチャンピオンズリーグ辺りかな?」
耳まで真っ赤になりながら追いかけてくるサファイアを見てルビーは笑った。
すぐ後ろには、奇妙な行動を取る2人に何をやっているのだという視線を向けているヒナタとリーフ。
確かに、彼女の推理は間違っていなかったのだ。