道をさえぎるかのようにして現れた相手に、リーフたちの足が止まった。
「シルバー・・・?」
ブルーの声に、4人の前に現れた青年は小さくうなずいた。
泥だらけのズボンを引きずるようにしながら、息を切らして話しかけたブルーへとすがるような視線を向ける。
「デオキシスが現れた・・・クリスが・・・捕まって・・・」
もう何度となく繰り返されたポケモンの名前に、ブルーの銀色の瞳がぐっと見開かれた。
モンスターボールを取り出し、赤い髪の青年へと近づいていく。
「救援が必要なのね。 どうすればいいの?」
「人手がいる。 それに強いポケモンも・・・」
「・・・オレ、行かね。」
そっぽを向いてきっぱり言い切ったリーフに、グリーンとブルーが反応する。
眉を吊り上げて怒り出そうとするブルーをなだめるように軽く叩くと、ヒナタは軽く首を横に振った。
「あたしも行かない。」
「ヒナ・・・ファイア!」
慌てて言い直したブルーに、ヒナタは帽子の下から茶色い目をくりくりさせる。
「いってらっしゃ〜い。」
あくまで妹を装って、のん気な声を出してヒナタは笑う。
2人に背を向けると最初予定していた方角へまっすぐ歩き、リーフがその後を追う。
グリーンとブルーは一瞬だけ顔を見合わせた。 目と目で何かを合図すると、すぐにシルバーに事の起こった場所を聞き出そうと口を開く。


1度振り返ってリーフ以外の人間が周辺にいないことを確認すると、ヒナタはファイアのフリをするのを止め、空へと向かって「う〜ん」と背伸びした。
「何ついてきてんだよ。」
リーフが不機嫌そうな声を出すと、ヒナタは振り返り半月型の目をパチパチさせる。
「進んでるだけでしょ? そっちこそ。」
「オレは、あの赤い髪のが信用出来なかったから・・・!」
「赤い髪言うなっ! シル兄、結構見た目気にしてるんだから!
 まぁ・・・信用出来ないってのは当たりだけど。 ニセモノっぽかったし。」
「そうなのか?」
「服の汚れ具合にしては髪に何もついてなかったし・・・他にもあるけど、色々ね。 ・・・っと。」
唐突にヒナタが立ち止まったので、リーフは危うく彼女の背中にぶつかりかけた。
彼女は、何気ない様子で後ろを振り返る。
同じようにリーフも振り返ってみたが、特についてきている人もいなければ、小さなポケモン1匹の姿も見えない。
「ねぇ、今から独り言言うから忘れてくれる?」
その口調と態度、仕草でリーフにはヒナタが何を言おうとしているのか、何となく想像がついた。
「じゃあ、オレもその間にぶつぶつ言ってるよ。 独りで。」
そう言うと、彼女は少し満足したようだった。
言葉に嘘があったわけではない。 言いたいことをまとめているのかヒナタが一瞬間を置いたとき、リーフは自分から喋りだす。
「D.Dが来る少し前さ、両親が離婚したんだ。」
「母さんは、あたしたちのことがあんまり好きじゃなかった。」
「ヤバイって危機感はあったんだよ。 2〜3年前からずっと仲悪そうにしてたし、顔を合わせて笑うこともなくなってた。」
「モモはあんまり賢い子じゃなかったし、普通の人間に混じってくには、あたしたちのチカラは少し強すぎた。 あの事件があるまでは、2人とも能力を抑えきれなくて真っ赤な目をしてたから・・・」
「それでも1年前はどうにか出来ると思ってたんだ。 誰よりも強くなって、父さんと母さんにとって『自慢の息子』になれば仲直りだってさせられると、本気で思ってた!」
「レッドも父さんもあたしたちの味方だったから何とか生きてこれたけど、いつなくなるとも限らない。 1人でも生きていくチカラが必要だった、それに、モモを世間に認めさせることも。」
「ばっちゃんとこ行って、格好悪いくらい修行したさ。 ポケモンリーグに出られんのが決まった頃には、ポケモンと対等に渡り合えるくらいまでになってた。」
「預けられてた家から逃げるみたいに出てって、他のトレーナーたちと同じようにバッジゲットの旅をした! 今思えば、あの時が1番楽しかった・・・」
「勝てると思ってたし、実際勝ってた。 でもあんなに後味の悪いバトルなんかしたことなかったし、優勝トロフィーを持ち帰っても、目的を達成することなんか出来なかったんだ。」
「あたしはモモほどの才能は持ってなかったけど、サポートすることで何とか2人ともバッジを8つ手に入れられた。 けど、リーグの受付はモモを突っぱねた! あの子が自分の名前を書けないってだけの理由で!」
「結局、バカみたいにしがみついて、どこの誰かもしれない女の子を泣かせてまで勝ち取ったのは、カスみたいな栄光だけだった!」
「意味なんてなかった! モモのいないポケモンリーグなんて! ずっとこのためだけにやってきたのに!」
「自分のことだけなんだ、大人なんて! ありもしない権威や世間体を守るためだけで!」
「何も変わっちゃいないのよ! ポケモンやトレーナーの都合のいい部分だけ取り出して、さも全部愛してるかのように見せかけてる!」
「大人なんて!」
「あんな人間たち!」
「信じたくても、信じられない!」
「信じたくても、信じられない!」
枯れそうな声で叫ぶと2人は震えている息を整わせようとした。
まるで、2人ともここまで全速力で走ってきたランナーのようだ。
「どうすりゃいいんだよ・・・」
ため息混じりの声が漏れる。 何が本心なのかも、リーフには見分けがつかなくなっていた。
「レッドなら・・・」
なんとはなしに口を開く。
一瞬、5の島で憔悴しきっていた自分をなぐさめたレッドの姿が脳裏によぎった。
「レッドなら、どんな言葉をかけたと思う?」
「・・・『ヘーキヘーキ、絶対思い出せるさ。
 だって、忘れてるだけなんだろう?』」
抑揚のない口調でヒナタはそう言った。
本物ならばもっと感情を込めていただろうが、彼女の口調はレッドにそっくりだ。
「わめいてばっかりだ・・・」
「・・・本当に。」
行き過ぎた赤いピラミッド状の物体を振り返ると、ヒナタは怒ったような、笑ったような表情を見せた。
「ねぇ? あれ壊したら、レッドに少しは出来るんだってこと証明出来るんじゃない?」
「賛成。」



2つのモンスターボールが同時に音を鳴らす。
こんな真昼間に、蓄光もしないで光っていられるものがあるわけがないというのが、2人の自信の源だった。
先にリーフがヘラクロスのアオガを出したのを見て、ヒナタはレアコイルを選択する。
教科書どおりの考え方に、リーフは呆れざるを得なかった。 それというのも一見しただけでは、彼女はそれほど強い存在にも見えないからだ。
「いいのかよ? そんな分かりやすいポケモンで?」
「いいから、さっさと攻撃しなさいよ。 黙って突っ立ってるだけじゃ、あんたまるっきりデクノボウよ?」
乱暴な物言いにムッとしながらリーフは赤いピラミッドを睨み付けた。
どうせ、叱咤激励しったげきれいか挑発のどちらかなのだ。 気にすることはない。
念のためアオガに『ビルドアップ』させ、リーフはピラミッドを指差す。
「アオガ、『メガホーン』!!」
薄羽根をはばたかせると、ヘラクロスは赤いピラミッドへと近付き自慢の長いツノを振り上げた。
手加減などしていないはずだ。 それなのに、ツノは「ガツッ!」と大きな音を立て赤い『何か』に傷1つつけられることなく止まる。
「もう1回攻撃してみて。」
『何か』の堅さに驚くヒマもなくヒナタから指示が飛んでくる。
仕方なくリーフはアオガにもう1度同じ指示を出した。
「もう1回。」
「は?」
「いいから。」
全く傷つくこともないピラミッドを見ると、ヒナタはリーフにそう言った。
彼女自身は特に何もしている様子がない。
少しだけイラつきながらも、リーフはもう1度『メガホーン』の指示を出す。 すると、びくともしていなかったピラミッドに小さな亀裂が入った。
変化に驚くリーフに、ヒナタはフフンと自慢げな笑みを向ける。
「もう1回。」
「お前・・・何を『した』?」
口元をゆるめたヒナタは、傍らにいるレアコイルを指差す。
「『いやなおと』。」
たった一言彼女が言っただけで、頭の中でからまっていた糸が1本につながった。
何もしていなかったわけではないのだ。 その動きが見えなかっただけで。
にやつくヒナタに、ピリピリした緊張感をもってリーフは敬意を示す。 まだ充分動けるだけの元気を持ったアオガに視線を向けると、赤い光が一層強くなったピラミッドを指差し、大きく息を吸い込んだ。
「アオガ、ぶっ壊せ!」
薄く笑うとリーフのヘラクロスはヒビの入った壁を狙い、長いツノを思い切り突き立てた。
爪のついた足を踏ん張り、ぐっとチカラをこめるとメキメキという音が地面の上を伝わっていく。
内側にいる『何か』の視線に、リーフは寒気を感じた。
同時に、雲1つなかったはずの空から、彼らの上に影が落ちてくる。


「ヒナタ!」
とっさに横に向かって飛んだ彼女の髪を、赤い光線が突き抜けていった。
転がって起き上がろうとした背中に見えない『何か』が当たり、ヒナタは目を瞬かせる。
見上げると、自分自身が先ほどのピラミッドに閉じ込められているのが分かる。 眉を潜めると彼女はホルダーからボールを取り出した。
「ダグドリオ!!」
足元にボールを放つとヒナタは茶色いポケモンが掘った穴に飛び込む。
彼女の姿を見失ったのか、2匹のデオキシスの視線はリーフへと注がれていた。
背筋に電撃が走る。 軽く足を動かした瞬間、デオキシスの1匹はリーフへと襲い掛かってきた。
伸ばされた触手に皮膚の表面が切られる。 反撃しようと腰についたモンスターボールに手をかけたとき、リーフはデオキシスではない何かに足を払われ、背中から地面に着地した。
「・・・!?」
目の前に赤い砂嵐が広がり、三半規管が働かなくなった。
自分がどちらを向いているのも分からないが、少なくともあお向けではなさそうだ。
ほとんど視界も利かない中で、聞き慣れた声だけがリーフの耳に届いてくる。
「変わらないね、1つのことに集中すると周りのことが見えなくなるクセ。」
マサオの声だ。 頭の中でリーフはそう感じ取った。
声も出せず、かすかに動く手を握り締める。
「悪いねリーフ、デオキシスはロケット団がいただくよ。」
耳元で草のこすれる音が聞こえ、今度こそリーフの目の前が真っ暗になった。
風の鳴る音が聞こえた気がした。 それがどんな意味を持っていたのか、そのときのリーフには知ることが出来なかったが。








ただ待つことを、こんなに長いと感じたことはなかった。
この場所にロケット団が来ることを、レッドは確信していた。 だからこそ、この場所に1人で残ったのだ。
今のうちにゆるめておいた方がいいかもしれない緊張の糸を、限界ギリギリまで張り詰めさせる。
1秒が永遠の時間にも感じられた。 どれくらい待ったのか分からないが、ほどなくして、待っていた足音はゆっくりとレッドに近づいてくる。
相手は不意打ちなどを使う様子もなければ、草の陰に部下を潜ませている気配もない。
全く変わっていない『彼』が、レッドは嬉しくもあり、悲しくもあった。
「久しいな、レッド。」
レッドは振り返ると、金色の砂に色濃い影を落としているその男へと笑いかけた。
「おじさんこそ。 もう2度と会えないかと思ってたよ。」
シーギャロップから自分たちのことは見えるのだろうか、どうでもいいような、そんな考えが頭をよぎる。
青白い海と空に、相手の着ている黒いスーツは全く似合っていなかった。
離れたところからうなりを上げるシロを制すと、レッドは帽子の下から探るような視線を相手へと向ける。
「・・・つか、もう会うことなんてないと思ってた。
 何で今さら・・・オレたちの前に姿現したんだよ? ロケット団首領・・・サカキ!」
「お前が私のことをそう呼ぶのは・・・初めて、だな。」
薄笑いを浮かべるとサカキと呼ばれた男は足元の砂を軽く蹴った。
「お前たちと同じ理由だ。 領域テリトリーを侵す獣は、排除せねばなるまい?」
「・・・勝手な理由をつけるなよ!」
自分の足元まで蹴り飛ばされ、慌てて海へと逃げていく小さな生き物を見ながらレッドは叫んだ。
気丈に振舞っているつもりだったが、混乱した顔を隠しきれていないのを悟る。
眉間に伝った汗をグローブの甲で拭うと、レッドはゆっくりと、目の前に立つ相手に赤い瞳を見せた。
息が震える。 何度も自分に何かを言い聞かせるようにして、レッドは1度握ったこぶしをもう1度強く握り締める。
「だって、おかしいだろ? 8年・・・8年経ってるんだぜ、あれから。
 その間おじさんは、本当に何もしなかった。 残党が騒ぎ起こしても、遠い場所で事件が起こっても、何もしてる気配もなかった。
 なのに・・・何で今さら? 子供たちを巻き込んでまで・・・!」
「・・・知らんな。」
その言葉だけ、返すのに一瞬の間があった。
だが、意味を聞き返す間もなくサカキはモンスターボールを放ってくる。
高い音を立て迫ってくるサイドンのツノを、レッドはフライゴンに受け止めさせた。
見覚えのないだろうレッドのポケモンを見ると、サカキはクッと笑い声を上げ、レッドへと近づいてくる。
「そうだ、8年経った。
 レッド。 その間、この世界はお前と、その仲間たちにとって優しいものだったのか?」
脳裏に妹たちの姿が浮かび、レッドの動きがわずかに止まる。
すぐに頭を振って、その考えを否定した。 全てがトレーナーにいいように作られているわけではないのだ。
「確かに、嫌なことだってあったさ! 意見の合わない奴だっていたし、最初からこっちのこと信じてない奴だっていた。
 でも、それ以上にポケモンのことを大切にしてる奴もいるんだ。
 友達だっていう奴も、家族だっていう奴も、ポケモンはポケモンだって・・・ただまっすぐ受け止めて正面から向き合ってる奴も・・・
 8年経ってるけど、おじさんの考えには賛成出来ない。
 世界はいい方向に向かってるし、もし間違ってたとしても、きっと傷つけることなく変えられる。」
サカキの繰り出したサイドンが倒れる。
オレンジ色に近い吐息をもらすフライゴンをチラリと見てから、レッドは付け加えた。
「・・・じゃなきゃ、神眼は生まれないんだよ。」
混乱は収まったようだった。
揺るぎない視線を向けるレッドに、サカキは満足そうな笑みを向ける。






・・・リーフ、リーフ様!
目を開けると、つんとした草の匂いが鼻を突いた。
誰かに肩を揺すぶられている。 誰かと思い顔を上げると、急に胸ぐらをつかまれリーフは無理矢理立たされる。
このような場所で眠っていらっしゃられる場合ではございませんでございますよ! リーフ様!!
「じょ・・・おう?」
顔の半分くらいまでいきそうな大口を上げて叫ぶヤドキングを見て、リーフは覚醒する。
まばたき1つすると急に手(?)を離され、草の上にしりもちをついた。
ピンク色の生き物は真剣な顔をしていた。 今さら、何か起きている予感がしてリーフは眉を潜める。
ご主人もファイア様も、もう行ってしまわれたのですわ! ここにはじょおうとリーフ様しかいらっしゃらないのでございます!
 リーフ様はデオキシスを倒されないとなられません! もう、リーフ様しかデオキシスを倒せる人はおられないのでございますわ!

迫ってきた『何か』を『サイコキネシス』で弾き返すと、ヤドキングは荒く息をついた。
じょおうは大君たいくんからチカラをもらっているので、デオキシスに狙われるのでございますわ。
 じょおうは強いのでデオキシスの攻撃も押し返せるのでございます。 ですが、パワーポイントが尽きそうなのでございますわ。

「じょおう・・・マサオは? 子供のロケット団見なかったか?」
あそこに・・・
そう言いながら、じょおうはリーフの方を振り向かず先ほど赤いピラミッドがあった場所を指す。
確かにその場所にマサオはいた。 ヒナタが閉じ込められたのと同じピラミッドの中で、目をつぶったまま眠っている。
ご主人がディフェンスフォルムと呼ぶあのデオキシスは、強力な盾で人を閉じ込めます。
 あのデオキシスがご主人がアタックフォルムと呼ぶデオキシスを守るせいで、ファイア様たちはデオキシスに手を出せずにいるのでございます。
 ディフェンスフォルムは神眼には倒せません、リーフ様、じょおうはリーフ様が戦ってくださることを強く望むのでございます!

一瞬、リーフは戸惑った。
もう1匹のデオキシスを追いかけていったのか、ヒナタはいない。
どこか遠くでバトルが行われている気配はするが、今この場所には自分のことを命がけで守っているヤドキングを除けば戦えるポケモンも、トレーナーも、自分たち以外にはいないのだ。


そろそろと立ち上がると、リーフは倒れているアオガをモンスターボールへと戻した。
気絶する前に出そうとしていたジョ−のボールは、足元に転がっている。
リーフはそれを足元で開く。 不安げな目をしたカメックスの肩を、彼は軽く叩いた。
「いいか、ここにいろ。 攻撃のタイミングはオレが教えるから。」
ス、と低く構えると、リーフは見えない刀を手に取った。
攻撃の気配に気付いたのか、デオキシスが彼に目を向ける。 足元の草を蹴って走り出し、相手の放った攻撃をかわすと、リーフは腰のモンスターボールに手をかける。
「ウズ、『テレポート』!!」
飛び出してきたネイティは、リーフへと視線を向けるとその場から瞬時に消え去り、地面の上に突き立ったピラミッドの中へと現れた。
赤く変色するピラミッドの中でちょこちょことマサオの背に乗ると、彼の黒い服をつかみ、一緒に脱出してくる。
急に真後ろに人が現れたせいで、ジョーはビクッと身を震わせた。 気絶したままのマサオをその場に残すと、ウズはヤドキングの頭の上に飛び乗り、じっとデオキシスを見つめる。
「『めいそう』!」
指示を受けると、何か攻撃を打ってきたデオキシスに対してウズは避けるどころか、前へと飛び出した。
30センチにも満たない小さな体で、放たれた『サイコキネシス』を受け止める。
一瞬動きの止まったデオキシスに、リーフは不敵な笑みを向けて見せた。
「よぉ、デオキシス。」
相手の顔が、自分の方を向く。 言葉を理解しているのかまでは、分からないが。
「会ったのは2回目だっけか?
 お前、技で自分の能力を上げるのが得意みたいだな。 オレもだよ。
 オレさ、鬼ごっこもかくれんぼも飽きたんだ。 いい加減、そろそろ決着つけようぜ。」
睨むような目をすると、デオキシスはリーフへと向かってあのピラミッドのような物体を投げつけてきた。
横に飛んで、それをかわす。 すぐに起き上がるとリーフはモンスターボールを外し、ウズとミヤを交代させた。
「ミヤ、『オクタンほう』!!」
足の吸盤でしっかりと地面をつかむと、オクタンはデオキシスへと向かって黒い固まりを発射する。
弾はわずかに下にそれ、地面に黒い広がりを作る。 作戦の変更に気付いたのかすぐさま攻撃を放ってくるデオキシスに舌打ちすると、リーフは地面に転がっていた石を投げつける。
「もう1発だ、ミヤ!」
『サイコキネシス』に足を撃ち抜かれながらもオクタンは黒い攻撃を発射した。
バランスを崩しながらも攻撃は相手の顔面に命中する。
嫌がるように暴れながら、デオキシスは体をミヤの方へと向けた。 その胸にある青い光を見て、リーフの背筋が凍る。
「・・・避けろッ、ミヤ!」
『ミラーコート』で弾き返された攻撃がオクタンの額を直撃する。
モンスターボールへと戻っていくミヤを受け止めながら、リーフは睨むように相手の顔を見上げた。
攻撃を倍返しする技なのだから、一撃でミヤを倒すほどの威力が出たということはそれなりに相手もダメージを負っているはずなのだ。
勝機がないわけではない。 そばでビクビクと震えているミヤの足を横目に、リーフは次のモンスターボールを手に取る。

「トシ!」
地面を跳ねたモンスターボールからガラガラが飛び出し、手にした太い骨をデオキシスへと向ける。
しゅう、と、細く息を吐く音が鳴った。 デオキシスが全く動かずにいるのを見て、リーフは小さな声でトシへと指示を出す。
「『じこさいせい』・・・とことんバトルを長引かせたいらしいな。
 あせんなよトシ。 向こうのペースなんて、オレたちが崩してやればいいんだ!」
小さくうなずくと、ガラガラは頭の上で持っている骨を振り回した。
後ろにはジョーがいる。 このバトルに勝つには、彼が技を出せるところまでつなげなくてはならないのだ。
バトルを始めた時と同じように、リーフは低く構える。
サムライのように構えたガラガラは彼の呼吸を見ると、デオキシスへと向かって飛び出していった。
「『ホネブーメラン』!」
投げつけられた透明なおりを打ち返すと、返す手で太い骨をデオキシスに投げつける。
首筋と背中、鈍い音が2回響くが、相手に決定的なダメージを与えられた様子はない。
立ち止まっていたリーフへと向かって、またしてもデオキシスはピラミッドを放ってくる。
チッと舌打ちしてリーフがそれを避けると、真後ろからじょおうが彼の頭に呼びかけてきた。
リーフ様! デオキシスは『バリヤー』を使っておらせられるのでございますわ!
 こちらも『つるぎのまい』で対抗を!

「うるさい! 黙ってろ!」
落ちたキャップを頭へと乗せ直し、リーフはひたすらデオキシスを睨み続ける。
ジョーだけが気付いていた。 ずっと走り続けていたリーフの足が止まり始めていることに。
カシャンと音を立て、ジョーは使い慣れないポンプをデオキシスの方向へと向ける。 彼は、自分にチャンスを与えようとしているのだ。
「トシ! もう1回だ!」
デオキシスを見つめたままリーフは指示を出す。
ガラガラは決して早い方ではない。 一拍置いてから攻撃が放たれるのも、仕方のないことだとリーフは自分に言い聞かせた。
だが、いら立ちはつのる。 トシの手から放たれた攻撃は1発はデオキシスの額に命中したものの、もう1発は相手の触手のような腕に阻まれた。
持ち主の手に戻ることなく地面へと落ちた骨を見て、リーフは悪態をつきながら走り出す。
「トシ、打ち続けろ!」
落ちた骨をトシへと投げながらリーフはデオキシスを見上げる。
一瞬、瞳孔が細く閉じられる。 高く昇った太陽が視界に入ってしまった。
腕で目を覆い隠すようにしたリーフの真上から、透明なピラミッドが降ってくる。
遠い場所にいたじょおうがあっと声を上げた。 デオキシスと戦える唯一の人間が、デオキシスの手に落ちてしまったのだ。
リーフ様!
「近づくんじゃねーよ! ジョー、お前もだ!」
ピラミッドの中でリーフは叫ぶ。
視線はいまだ、デオキシスから外れていなかった。 右腕、左足と『ホネブーメラン』が命中していく。
効果がほとんどないことが分かると、リーフは体の横でこぶしを強く締める。
「お前が決着をつけるんだ、ジョー! オレたちが見つけるから、弱点は、絶対見つけるから!」
真横にある壁をドン! と打ち付けると、空間は見る間に狭まってきた。
トシは既に攻撃出来る体勢へと移っている。 戸惑いはあったが、リーフはデオキシスを睨みつけるようにして大きく息を吸い込む。
「・・・トシ・・・!」
「胸や!!」
戦場と化していた空間にリーフ以外の声が響く。
一瞬、全員の目が声のした方を向いた。
少女に肩を支えられ、息を切らしたサファイアがバトルの様子を見守っている。
小さくうなずくと、リーフはデオキシスを見上げその姿を消した。
姿を見失い、驚いたように動きを止めるデオキシスの真上に現れると、相手の背中を見下ろしながら力強く笑う。
「わざわざ見せてやったのに忘れたのか? オレたちの隠し玉。」
パタパタと羽ばたくネイティとリーフの目の前に、トシが飛び上がる。
振り向くデオキシスを見つめながら、リーフは体の前で腕を交差させた。
リーフの腕を踏み台にすると、トシは動けずにいるデオキシスへと向かって突っ込む。
骨は使わない。 逃げられないようにしっかりと相手の肩をつかむと、そのまま重力に任せて地面へと突き進んで行く。
「『すてみタックル』!!」
デオキシス自身を覆っていた『バリヤー』が割られ、水晶のような胸にトシのヒジが突き刺さる。
悲鳴のような音が聞こえ、デオキシスの手足が細かく震えだした。
「ジョー今だ! 『ハイドロカノン』!!」
チャンスは今しかない。 バランスを持ち直すこともせずリーフはジョーの方を向き、最後の指示を出す。
その場を退くようトシに目で指示を出すとジョーは迷うことなく、ずっと出番を待っていた背中の砲台から一撃を発射した。
水圧に押しつぶされ、あれほど固かったデオキシスの姿がなくなっていく。
最後に残った青い色を放つ水晶体だけが、地面の上に転がった。 受け身を取れず地面の上に激突した主人を見ながら、ジョーはその場に座り込む。


「・・・オイ、コラ、ジョー。 なに腰抜かしてんだよ。
 そんなんだとエースの座、トシに奪われるぞ。」
草の上に寝そべりながら、リーフは必要と思えるだけ空気を吸い込み、吐き出した。
完全に緊張の糸が切れた。 動かない体に無理強いをすることなく、リーフは高く昇った太陽にボーっとした視線を向ける。
誰かが彼を覗き込んで、日陰を作った。 赤い瞳に、先日『たんじょうの島』で見たのと同じ顔が心配そうな表情を作っている。
「・・・リーフ、だったっけ。 あのさ、痛くないのかい? その腕・・・」
そう言ってルビーが指差した先に、トシに踏ませたせいで赤くなったリーフの腕が転がっていた。
無言のまま彼女を見つめると、リーフは両足の反動をつけて起き上がり首をコキコキと鳴らす。
「心配してくれてんのか? ヘーキヘーキ、こんなのケガした内に入らないって。
 そっちも、でかいケガとかなくて良かったな。」
「ホンマや。 ルビー頑張りすぎるから、もし大ケガしたらと思うと心臓もたへんのよ。」
うんうんとうなずくサファイアを、ルビーが睨む。
リーフは苦笑いした。 半年前に復帰、テレビデビューしたルビーにあまりマスコミは飛びついていないようだったが、何となくこの2人の関係は読める。
良くも悪くも仲の良さと、この後どうするつもりだろうという心配とが折り重なって複雑としか言いようがない。
他人事だからと割り切ることにして、ひとまず礼を言おうとしたときサファイアの方からリーフに話しかけてきた。
倒した本人ですら忘れていたデオキシスの欠片を指差して、だ。
「なぁ、これ、あんたがレッドのとこまで持ってってくれへんか?
 リーフしか出来ひんことやと思うし・・・」
「・・・また『オレしか』? 今日は人気者だな。」
ククッと喉を鳴らして、リーフはようやく自分が笑っていることに気付いた。
肩のチカラが抜けた気がする。 小さくうなずくと、リーフはジョーとトシを立たせ、サファイアに言われた通り水晶のようなデオキシスの破片を拾い上げた。