「・・・待ちな、さーいッ!!」
チカラの限り、腹の底から大声で叫んだが、言って止まるようなロケット団ではないと、ブルー自身分かっていた。
シルバーに扮した男が怪しいことも、分かっていた。
彼女の知っている限りロケット団の中に他人そっくりに変装出来るような人物はいなかったはずだが、ここに来ている人たちはリーフを除き全員、何かしら深い関わりを持っている。
元々、変装などという手段が通じるわけもないのだ。 だから、捕まえてやろうと相手の作戦に乗ったフリをしたまでは良かったが、デオキシスが乱入してくるのは予定外だった。
作戦は変更せざるを得なくなるし、ロケット団は逃げ出すしで彼女にとってはいいことなしだ。
怒りを込めたこぶしをブンと振り下ろすとそれはグリーンの太ももへと命中した。
痛みにうめく彼に手を合わせて謝ると、ブルーは上空に飛ぶデオキシスと、それを追うロケット団を確認する。
「・・・シーギャロップに向かってるわ。」
「レッドがいるはずだ、挟みうちするか?」
「止めた方がいいと思う。」
少しだけ考えて、ブルーは首を横に振る。 そして、走りながらこう付け加えた。
「勘だけど。」
「・・・珍しいな、お前がそんなこと言うなんて。」
ちらりと自分の方を向いたグリーンに、彼女はうなずいてモンスターボールに手をかけた。
手首を使って前へと投げると、鋭角な翼を持ったオオスバメが飛び出し、走り続けるロケット団の前方をふさぐ。
一瞬だけ立ち止まったが、ロケット団はうつむくと自分のモンスターボールを投げる。
ライボルトは地面に足をつけるとすぐさまオオスバメへと電撃を放ってくる。
空を飛ぶポケモンにとって翼を打たれるのは致命傷だ。 すぐさま相手と距離を取ると、オオスバメは指示を仰ごうとブルーの方へ視線を向ける。
「いいわ、近付きすぎないで! トレーナーを狙うのよ!」
え、と目を見開かせるグリーンをブルーはヒジで小突いた。
「『じしん』。」
小さな声でつぶやくようにそう言うと、ブルーは銀色の目をグリーンへと向ける。
「今なら当たるわ。」
少し戸惑ったような顔をしたが、グリーンはうつむくと前を走るロケット団へとモンスターボールを投げる。
振り向いたロケット団の目の前で破裂したにも関わらず、相手の目にはグリーンのポケモンの姿が映らない。
真後ろに現れた灰色の鳥に、シルバーに変装したロケット団の目が見開かれる。 ぐっと手にチカラを込めるとグリーンは空中にいるそのポケモンに向かって指示を出した。
「プテラ、『じしん』だ!!」
ライボルトの足元に円形のへこみが出来、そこから発生した衝撃が相手の体力を奪い取る。
トランポリンのように跳ね上がった自分のポケモンに、ロケット団の表情が変わった。


さすがに後ろを向いたままでは戦えないと悟ったのか自分たちの方へと振り返ったロケット団を、ブルーは眉をつりあげて睨みつける。
「行かせないわ。 ロケット団の思い通りになんてさせるものですか!」
オオスバメをモンスターボールへと戻し、いつどんな相手が来ても戦えるよう構える。
ロケット団は一言も喋らないまま、1歩2歩とブルーたちに正面を向けたまま海の方へと遠ざかろうと下がっていった。
もちろん、それを彼女たちが許すはずもない。 離されるまいと2人が歩くせいで、一定の距離を保ったまま3人は海岸へと向かって動き続ける。
相手がポケットに仕込んだ『何か』に触れた瞬間、ブルーは一気に走り、ロケット団の足を払う。
彼女の思い通りになるまいとロケット団が腕を振るのを見て、グリーンはプテラを向かわせた。
高い鳴き声が上がり、鋭い爪と太い足に組み伏せられたロケット団が海岸の砂に叩きつけられる。
睨みつけるような相手の視線を見て、グリーンはホッと息を吐いた。
念のために持ってきた手錠はブルーが持っているはずだ。 ケガ人が出なかったことに感謝しつつグリーンが事を見守る態勢に入ったとき、聞き慣れた声が、2人の鼓膜を揺さぶった。
「・・・グリーン、ブルー・・・?」
真っ先に目に付いたのは、岸からそれほど離れていないところに停められたシーギャロップだった。
何かに集中しているのか一方向にずっと目を向けているレッドの背が、妙に大きく感じる。
しばらくグリーンは固まっていたが、彼が止まっていると考えていた時間は確実に動いていた。
上空に現れたデオキシスに深く考えているヒマなどないことを悟る。
見ている目の前で、レッドの体が横に飛ばされた。 その直後、デオキシスから発せられた赤い光が海岸の砂を撃ち抜く。
「あーもうっ、このバカ兄貴! 何ボヤッとしてんだよ!」
レッドとデオキシスとの間にレアコイルが飛び出し、彼を守ろうと立ちふさがる。
草で切ったのか足に無数の傷をつけた少女が飛び出してくると、グリーンとブルーの目に、レッドがそれまで見つめていたものが映る。
こんなところにいるのだからロケット団なのだろうが、他の団員たちと違い、その男はロケット団特有の黒い制服を着ていなかった。
代わりに、白いシャツと黒いスーツ。 街に行けばそれほど珍しくもない組み合わせであるにも関わらず、2人はその出で立ちに違和感を覚える。
「・・・おじさま?」
立ち尽くしていたブルーがぽつりとつぶやいた言葉に、レッドの肩が震えた。
接近してきたデオキシスをかわそうとして転び、足を海の中へとつける。
まるで最初からそれが存在しかなかったかのように捕まえていたロケット団から目を離すと、ブルーは早足で男の方へと歩き、目をぎらつかせた。
「サカキおじさま・・・シルバーのお父様でしょう?
 なぜ、なぜこんなところにいるんですか?」
ブルーの手は震えていた。
彼女を一瞥いちべつするサカキを呆然と見つめていると、レッドはパンと音を立て、ヒナタに頬を叩かれる。
「・・・シルバーも、この島に来てるんですよ。」
かすれた声でブルーがそう言うと、サカキはホルダーからモンスターボールを引き出し、彼女へと向けた。
紫色の太い腕が彼女の肩をつかみ、先ほどプテラがロケット団にそうしたように、ブルーを地面へと組み伏せる。
「ブルー!?」
「ブルー姉ッ!」
レッドとヒナタが叫ぶのと同時に、灰色の物体が2人の横を駆け抜け、足でニドキングの頭を思い切り蹴りつける。
ギャッと悲鳴が上がり、ニドキングはブルーの上から跳ぶように離れる。
逃がしてしまったロケット団に怒りのこぶしを震わせながら、グリーンは上空のプテラを戦わせる構えに入った。
「おじさまだか何だか知らないが・・・平気で女に手を上げるような奴が、正義のはずはないよな。
 ・・・なぁ、レッド?」
じんと痛む頬を気にしながらも、レッドは彼の言葉をはっきりと聞き取った。
気を落ち着ける時間を自分に与え、落ちかけていた帽子を深く被りなおす。
「・・・あぁ! グリーン、ブルー、『そいつ』を捕まえるぞ!
 ヒナタ、デオキシスの方は頼めるな?」
「任せといて!」
ヒナタは力強くうなずくと、よく使い込まれたモンスターボールを取り出した。
ふっと息を吐くと砂を蹴って走り出す。



小さな電撃が当たるとデオキシスの注意がヒナタの方へと向いた。
「こっちだ、デオキシス!」
レアコイルをモンスターボールへと戻しながら、ヒナタはレッドたちが戦おうとしているのとは反対の方向へと走る。
出来るだけ気をたかぶらせて、赤い目を強く光らせる。
「ほらほら、この能力チカラが欲しいんでしょう?」
空中からヒナタのことを睨むように見つめると、デオキシスは彼女の方へと近づいてきた。
出来るだけ相手を引きつけて、ヒナタは手に持ったモンスターボールを開く。
鋭いトゲのように変化したデオキシスの触手を、ニドキングの紫色の腕が押さえつけた。
太いツノの下から睨みつけると、ヒナタのニドキングは相手を完全に押し返す。
「ありがとう‘ウノ’。 やっぱりバトルはパートナーとするのが1番だね。」
疑問そうな視線を向けたニドキングに、ヒナタは笑いかける。
にわかに風が強くなってきた。 すぐに次の攻撃を放とうとしているのか不自然な態勢で止まっているデオキシスを見つめながら、彼女は口を開く。
「双子って不思議。 性格全然違うのに、モモのことだけはいつだって感じてられる。
 あたしがいない間にどのくらい笑ってたのかも、あの嫌な事件を乗り越えたときの心の成長もね!」
低いうなりが響き渡った。 ヒナタはデオキシスへと向かって、すっと人差し指を突き出す。
「モモ、攻撃!」
「‘セロ’『かえんほうしゃ』!!」
大きな翼で降り立ってきたリザードンが真っ赤な炎のかたまりをデオキシスへと叩きつける。
巨大な三角がデオキシスを包み、リザードンの攻撃からデオキシスを守った。
バサッと音を立て、赤い竜はヒナタの真後ろに下りてくる。 その背中から降りた小さな女の子に、彼女は小さく笑いかけた。
「ヒナ・・・」
「待ってた、モモ。 やっぱりバトルはモモと一緒じゃないとね。」
顔をほころばせると、ファイアはヒナタの横に立つ。
モンスターボールを手に取り、睨むようにこちらの方を見続けているデオキシスへと半月型の目を向けた。
「リーフがもう1匹を倒すまで辛抱・・・だね。
 やるよ、ファイア!」
「うん!」


ファイアは一旦セロをボールへと戻すと、目の前へと新しいポケモンを呼び出す。
落ち着いた目でデオキシスのことを見ているニョロゾの姿を見ると、ヒナタはデオキシスを睨み、自分のニドキングへと指示を出した。
「‘ウノ’『まもる』!!」
ヒナタが叫んだ直後、ニドキングはデオキシスの放った攻撃に対し緑色の壁で防御を行った。
余波で風が巻き起こり、2人の髪を舞い上げる。
お気に入りの帽子を飛ばされないよう押さえつけると、ファイアはニョロゾへと向かって声を上げる。
「‘スー’『さいみんじゅつ』!!」
空間がねじ曲がるほどのチカラをスーはデオキシスに叩きつけた。
一瞬デオキシスの注意がニョロゾの方へとそれるが、技自体は先ほど『かえんほうしゃ』を防いだデオキシスを包んでいる『何か』に防がれる。
少しだけ考え込むような体勢を取ると、ヒナタはホルダーから別のモンスターボールを取り出した。
そして、左手をニドキングの方へと向けながらそのボールをファイアの方に向かって投げる。
「ファイア、スー貸して!」
「うん、‘コリンダ’!」
ヒナタから投げられたモンスターボールを受け取ると、ファイアはそれを地面へと打ちつけながらポケモンの名前を叫ぶ。
中から現れたルージュラはくるりと回転するとファイアを抱きかかえ、デオキシスから遠ざかるように飛び退いた。
その直後、デオキシスがファイアへと接近し、避けようとしたルージュラの足を突き刺す。
転倒し、地面へと転がりながらもファイアはデオキシスを白みがかった色を放つ瞳で睨み付けた。
「『ふぶき』!!」
ふっと手に息を吐きつけるとルージュラはデオキシスの方へと振り返り、空気が白くなるほどの冷気を相手に叩きつける。
至近距離で技を放たれ、デオキシスを覆っているピラミッド状の防御壁が凍りつく。
「‘スー’!!」
赤みを帯びた氷の固まりを見て、ヒナタはニョロゾへと声を上げる。
スーは前へと飛び出すと、地面に座り込んだような姿勢のままのファイアを突き飛ばした。
とっさにファイアをかばおうとしたルージュラを突き抜け、赤い光が地面の奥深くへと伸ばされていく。
コリンダの目が見開かれ、口がパクパクと物を言うように動かされる。
ヒッと息を呑み、ヒナタは姿を消していくルージュラから目をそらしかけた。
しかし、そうしていられる時間は自分たちに与えられていない。 唇を震わせていると、本来モンスターボールに戻されるはずのコリンダが、2人の目の前から消滅する。



「えっ・・・?」
何が起こったのかと考えた瞬間、ヒナタの真後ろに赤と白の球体が降ってきた。
慌ててそれを拾い上げる。 間違いなくコリンダのモンスターボールだ。 攻撃の反動なのか、体を震わせているデオキシスへと目を向けると、ヒナタの目つきが変わる。
「・・・まさか、この攻撃が『神隠し』の正体?」
探るような、何かを考えているような視線。 それは、ファイアの変化を見逃していた。
彼女からの指示なしにファイアはモンスターボールを手に取ると、デオキシスへと向かって投げつける。
「‘ゼス’『あばれる』!!」
自分の考えていたのとは違うタイミングで彼女が攻撃しだして、ヒナタは慌てて顔を上げた。
オコリザルは相性の悪さを気にする様子もなくルージュラが作った氷を打ち砕きながらデオキシスへと攻撃を続けていく。
「マズイ、止めなきゃ・・・! ‘スー’!」
名前を呼ばれるとニョロゾはぴょんと跳ねるようにヒナタのもとへと戻ってくる。
軽く触れる程度に頭をなでると、ヒナタはファイアとデオキシスの様子を見ながら自分のバッグを探り、ボロボロの金属片のようなものを引っ張り出した。
ゼスが攻撃を続けるデオキシスの防御壁は段々と赤い光を帯び始めていた。
それが粉砕の兆候なのか攻撃の前兆なのか分からない自分に、ヒナタは軽いいら立ちを覚える。
「ファイアのこと頼んだからね、スー!」
金属のヘリを指先でなぞると、ヒナタはそれをスーの頭へと乗せ、モンスターボールへと戻した。
赤い本のようなものをバッグから取り出し、その上にモンスターボールを乗せてファイアのバッグへと向ける。
全力で攻撃し続けたゼスが、軽い目まいを起こし始めたようだった。
狙いを定めると、ヒナタは赤い本に取り付けられたボタンをぐっとチカラを込めて押し込む。
「ファイア! 交代!!」
ファイアのカバンの中で赤いランプがチカチカと点灯した。
長く使われていなかったそれを引っ張り出すと、ファイアはヒナタと同じ赤い本をデオキシスへと向け、点滅しているボタンに手を触れる。
「‘スー’『ハイドロポンプ』!!」
ほとんど自動的に、彼女の口はポケモンへと与える指示の名前を口ずさむ。
飛び出してきた緑色のポケモンは鮮やかなまでに赤く光るデオキシスへと向かって、巨大な水流を発射した。
デオキシスを包むピラミッドのような防御壁がかすかに揺れ、赤い光をさらに強く放つ。
変化は、肌で感じられた。 今まで全く効く様子も見えなかった攻撃に、防御壁が屈し始めたのだ。




「・・・リーフ・・・」
「リーフ、戦ってる・・・!」
ニョロトノへと進化したスーを前にしながら、ファイアはつぶやいた。
「ファイア、攻撃して! 相手を休ませちゃダメ!」
すぐに飛んできたヒナタの指示に応えるように、ファイアは指示を出す手を上げる。
「『のしかかり』!!」
太くしまった足を曲げると、ニョロトノはデオキシスのはるか上へと飛び上がり、その小さな全身を使って相手を踏み潰そうと試みる。
自分を守るものがなくなりかけたデオキシスはその攻撃を避けるべく島の内側へと逃げ出した。
だが、その先で待ち受けていたオコリザルに、飛び去ろうとしていた足が止まる。
「忘れてんじゃないの? あたしたちが、2人で1人だってこと。」
『きあいパンチ』の攻撃を受け、デオキシスを包んでいた防御壁にヒビが入る。
ヒナタは確信した。 このピラミッドは今目の前にいるデオキシスが作り出したものではないのだ。
1度壊せれば、相手を守るものはなくなるはず。 今度は海の方向へ逃げようとする相手に向かって、彼女は大声を上げる。
「ファイア!」
「‘スー’『ハイドロポンプ』!!」
鳥のように飛び上がると、ニョロトノはデオキシスの目の前へと着地した。
大きく息を吸い込むと真横に向かって飛ぶ滝を吐き出し、ピラミッドごと相手を水で包み込む。
パリンという音が鳴って、デオキシスを包む赤い物体がなくなった。
ファイアが新しいボールを取り出すのを見て、ヒナタはオコリザルとニョロトノに両手を向ける。
「戻れ! ‘ゼス’‘スー’!!」
「‘セロ’‘テン’!!」
2匹のポケモンが同時に入れ替わった。 一瞬攻撃する対象を迷ったデオキシスに、小さなポワルンが向かっていく。
「‘テン’『にほんばれ』!!」
ヒナタが小さなポケモンの方へと向かって指示を出した。
ポワルンはデオキシスの脇をすり抜けると、ぐっとその体をさらに小さくするように縮こまり、空へと向かって小さな光る玉を打ち上げる。
すぐに感じられるほど、著しく気温が上昇していった。
ファイアの小さな左手が、デオキシスへと向かってまっすぐ伸ばされる。



「‘セロ’『ブラストバーン』!!」
ファイアが指示を出した直後、ヒナタは彼女を包むように抱きしめる。
爆音と風に、ヒナタは思わず目をつぶった。
相手に背中を見せるわけにはいかない。 それでも、このリザードンが放った技は人間が直視するには強すぎるのだ。
ぎゅっと抱きしめる腕にチカラを込めて、ヒナタは違和感に気付いた。
ヤケドするかとすら思っていた背中が、軽い熱風を浴びただけでケガを負っていない。
恐る恐る目を開け、彼女はファイアを解放した。
後ろを振り向く。 持てるチカラの全てを使い果たしたのか、ぐったりと座り込むリザードンと、その奥に転がっている紅の水晶。
デオキシスを無事に倒せたことが分かりホッと息をつくと、彼女は自分たちの真上で『ひかりのかべ』を作り出していた小さなポワルンの姿に気付いた。
「・・・指示出すヒマなんてなかったはずだけどナ。」
ふぅっとため息のようなものを吐きながらつぶやくと、テンはふわふわとヒナタのもとへ降りてきて、軽く頭を下げる。
「怒ってないよ。 あんたは、ファイアを守ってたんだからね。」
にこりと笑うと、ヒナタは困ったような顔をして自分に視線を向けているリザードンに気付いた。
腕を解いてから真っ先に向かって行ったから、てっきり自分のポケモンをほめてやっているのかと思えば、彼女はすっかり眠りこけている。
自分の主人を抱きながら起こしたいのか起こしたくないのか、彼女の目の前で尻尾の炎をゆらゆらさせているリザードンを見るとヒナタはクスリと笑い、ぶらんとたれ下がった手に自分の手を重ねた。
「疲れてた・・・だけだね。 仕方ないか、ここまで飛んできたんだろうし。
 さてと、デオキシスの回収誰かに頼まないと・・・」
地面の上に転がった水晶体に目を向けると、ヒナタは自分が走ってきた方向へと目を向けた。
少しだけ、表情が硬くなる。
「あっち・・・もう終わってるのかな?」






「バリきち! 『サイコキネシス』!!」
ブルーの繰り出したバリヤードは激しく手を動かすと攻撃のための念波をニドキングへと向かって放つ。
だが、確かにいたはずの相手が攻撃直後、目の前から消え失せ、彼女は目をしばたいた。
攻撃の波動を受け取ったレッドが、彼女へと声をかける。
「ブルー、下だ!!」
「遅い!」
地面を突き抜けて現れたニドキングに、ブルーのバリヤードは高く飛ばされた。
砂の上を2度3度と跳ね、強制的にモンスターボールの中へと戻される。
「強い・・・!」
出せるポケモンも少なくなり、ゆっくりと後退しながらブルーはつぶやいた。
そりゃそうだろうと、レッドは心の中で苦笑する。 相手は、元ジムリーダーで、ロケット団のボスなのだ。
揺れる茶色の瞳を見て、グリーンはモンスターボールのスイッチに手をかける。
彼1人、戦わせるわけにもいかないのだから。
「シャワーズ、『ハイドロポンプ』!!」
高い鳴き声を上げると青い4本足のポケモンはニドキングへと向かって技を放つ。
水しぶきが飛び散り、それは男の足元まで降りかかった。
仮にも『じめん』タイプのポケモン、確実に倒せるはずと踏んでいた。
だが、相手の動きを見てグリーンの背筋が凍る。 苦手なはずの水を受けながら、相手のニドキングはこちらへと向かって突き進んでくるのだ。
「『つのドリル』だ、ニドキング。」
攻撃の反動とあまりに不測の事態に動けずにいたシャワーズをわしづかみにすると、ニドキングは相手の胴体の真ん中へと太いツノを突き刺した。
悲鳴が上がり、砂浜に赤と白の球体が転がる。
絶句するグリーンへと向けて、サカキは不敵な笑みを向けた。

「体力さえあれば、勝てるとでも思っていたか?」
悔しそうに口元をゆがめるグリーンを見ると、サカキは腰へと手をやり、立ち止まったままのレッドへと目を向けた。
「どうした、レッド。 お前の言う『仲間』とやらが傷ついているのに、お前は何もせず見ているだけか?
 ・・・ガキだな。 はな垂れ小僧の頃と、何も変わらん。」
グリーンとブルーの目が見開かれる。 気付かれてしまった、自分と相手の関係に。
いつかは言わなくてはならなかったのだと自分に言い聞かせながら、レッドは自分の額に手をやった。
「・・・1個、聞きたいんだけど。」
「何だ?」
「どうして・・・子供がいるんだ?」
視線を上げると、レッドは怒るでも責めるでもない視線を使い、相手へと眉を潜めた。
「ナナシマに潜んでたロケット団はほとんどが親子連れを装ってた。
 ってことは、最低3分の1、他にいた奴らのことを考えても4分の1くらい子供が混じってたことになる。
 仮に50人ロケット団がいたとしたら、4分の1で・・・ブルー?」
「12.5。」
「そう、12人。 こんな大人数、一体どこから連れてきたんだ?」
帽子のツバの下から自分を見つめるレッドに、サカキはクッと笑い声を上げる。
「・・・お前には、想像もつかんだろうな。」
言葉が切れたのをみて、レッドは相手が質問に答える気がないのだというのを感じ取った。
素早くホルダーからモンスターボールを取り出すと、地面へと打ち付け、『でんこうせっか』の指示を出す。
「自分の決めたルールには従おうぜ、ロケット団首領!」
「いつでも納得のいく答えが出ると思うな、ヒーロー。」
交代されたギャラドスがレッドの出したピカチュウを睨みつける。
一瞬その視線にひるみ、ピカチュウはわずかばかりの傷しか相手につけることが出来なかった。
直接攻撃を諦め、ピカチュウは相手に電撃を食らわせようとバチバチと頬の電気袋を鳴らすが、その前に相手の低い咆哮が響く。
「『じしん』だ、ギャラドス!」
地面がせり上がるほどの巨大な力に押され、ピカチュウの体が地面を跳ねる。
「‘ピカ’!?」
「足元が砂だということを忘れたのか? 森に住むピカチュウでは、早くは動けまい。」
ギリッとレッドが歯を食いしばる間にも、サカキは別のモンスターボールを取り出し、ポケモンを入れ替える。
人に似た形をした灰色のポケモンは、荒く息を吐きながらレッドたちのことを睨み付けた。
『かくとう』タイプのカイリキーだ。
震える息づかいを悟られぬよう相手に目を向けながら、レッドはピカチュウを抱いた腕にぐっとチカラを込める。


「・・・‘シロ’・・・!」
手のひらを真横へと向けながら指示を出そうとするレッドに、グリーンとブルーが反応する。
「止めろ、レッド!」
「ダメよ! 今ミュウツーを戦わせたら、レッドは・・・!」
「でも! 今やらなきゃ・・・今やらなきゃいけねーんだよ!」
沖合いから戸惑った目を向ける白いポケモンに向かって指示を出そうとしたとき、レッドの足元に何かが飛び込んでくる。
シュッと怒りを込めた息を吐くと、飛び込んできた何かはカイリキーを『サイコキネシス』で攻撃し、弾き飛ばした。
長い尻尾を揺らすエーフィを見て、レッドは目を瞬かせる。
「エーフィ・・・‘サン’? なんで・・・ファイアと一緒にいたはずじゃ・・・?」
考えていられる時間などなかった。 島の内側から飛んできた光線がレッドたちの真ん前を通過し、海の水を蒸発させる。
チッと舌打ちすると、サカキは別のモンスターボールを取り出し、自分の真下に打ちつけた。
「ゴローニャ、『だいばくはつ』だ!」
瞬時のことに対処する時間もなく、舞い上げられた砂がレッドたちの上に降り注いでくる。
押し寄せてくる熱と風に、レッドは息も出来なかった。
目も開けられずにいると、後ろにいたはずの2人がレッドの横を駆け抜け、遠ざかる足音へと向かってモンスターボールを放つ。
「逃がすかっ!!」
割れたボールから飛び出してきたフーディンは1度だけ砂を蹴ると飛ぶように走り、遠ざかる人間の前を取った。
両手に持ったスプーンを突きつけられ、一瞬足が止まった男の上に、巨大な風船が現れる。
ピンク色のポケモンは男の真上を取ると、大きくふくれた体で相手を押しつぶした。
プクリンの体から砂に埋もれるようにして飛び出した腕をつかむと、ブルーは銀色の錠を相手の腕へとかける。
「生きてる? レッド。」
「っとに、ホネのズイまで阿呆だな。
 今やらなきゃならなくても、1人でやらなきゃならないことじゃねーだろうが。」
息を吐き出しながらしぼんでいくブルーのプクリンを見ながら、レッドは呆然と立ち尽くしていた。
グリーンが近づいてくる。 何か声をかけなければと思うが、上手く口が動かない。
自分の正面に立った相手を見つめていると、グリーンは、レッドの胸を軽くこぶしで突いた。
「そんなんだから、いつまで経っても『形だけのリーダー』とか言われんだよ!」
「・・・あ、ありがとう・・・グリーン、ブルー・・・」
完全にかみ合っていない言葉を吐き出したレッドに、2人の目が点になった。
気絶したのか動かないサカキを立たせると、2人で両脇を固め、レッドにとって心強い視線をしっかりと向ける。
「それじゃ、リーダー! 私たちはこの人を一旦シーギャロップに収容してくるわ。」
「あぁ、頼むぜ!」
大きくうなずくと、レッドは船へと向かうグリーンとブルーの背中を見送った。
それほど時間はかかっていないはずだ。 なのに、もう何日も経ってしまったかのような錯覚を感じてレッドは苦笑する。
砂の上に座り込むと、レッドはエーフィの額をなでながら海の方を見つめつぶやいた。
「・・・やっべーな、サン。
 夏休みの宿題、まだ終わってねーみたいなんだ。」









緑もまぶしい木々の向こうから、ひょっこりと覗いた顔を見てレッドは目を瞬かせた。
「レッド!」
「・・・ゴールド?
 え、何で? ホウエンにいたはずじゃあ・・・」
レッドが立ち上がると、赤いパーカーを着た少年は弾むような足取りで自分へと近づいてきて彼に黒い目を向けた。
「やっと病院と医師せんせいの予約が取れたから、モモちゃんを迎えに来たんだ。
 でも1の島に着いた途端モモちゃん逃げちゃって、ルギアに乗せてもらったんだけど結局追いつけずにここまで飛んできちゃった。」
「そっか、病院取れたのか・・・よかった・・・」
ホッと息をつくと、レッドは全身のチカラが抜けたようにへなへなとその場に座り込んだ。
後頭部にゴールドの視線を感じながら金色に輝く砂に目を向けていると、ハッと気付いたように顔を上げ、立ち上がる。
「モモが来てんのか!? 階段上れなくてオレの部屋にも来れなかったあいつが!?」
「う、うん・・・」
大きな目を瞬かせてうなずくゴールドに、レッドは驚いた顔をしたまま固まっていた。
かすかに震える手にゴールドは目を落とす。
少し困ったような顔をして何かを言おうとしたのか口を開きかけたとき、草を踏む音が聞こえ、赤くて大きなポケモンが2人の目の前へとひょっこりと姿を現す。
「あれ、テル兄? 何でいんの?
 あ、レッド! デオキシス倒したよ、水晶体回収したいから誰か神眼じゃない奴回してくんない?」
リザードンを引き連れたヒナタはゴールドへと手を振りながらレッドへと指示を出す。
にこやかに手を振り返すゴールドに対し、レッドは弾かれるようにヒナタの方へと走り出すと彼女とリザードンの背中にいるファイアとを見比べた。
「大丈夫、寝てるだけだから。」
「そっか・・・そっか、よかった・・・・・・」

包み込むように自分のことを抱きしめたレッドに、ヒナタは苦しそうな顔を向けしかめ面をして見せる。
「ちょっと、心配し過ぎ! 2人で戦ってるときの無敗記録まだ破られてないんだから。」
「そっか、そうだよな。 悪かったな。」
「っとに・・・気ィ抜くとすぐに子供扱いすんだから・・・」
頭に被った帽子を直しながらむくれるヒナタを見て、ゴールドはクスリと笑った。
旅立ちの日に、彼は同じ光景を見ていた。 その時に母親が言った言葉の意味が、今ならば分かる。
「子供なんだよ、レッドにとっては。 いつまでも2人とも、かわいい妹のままなんだ。」
「なにそれーっ! ずっとガキのワケないじゃん!」
少し怒ったような顔でヒナタが腕を振り下ろしたとき、島の反対側の沿岸からぞろぞろと子供たちが現れてきた。
先頭を歩いていたリーフは真っ先にファイアのことに気付き、レッドたちのもとへと駆け寄っていく。
ヒナタとゴールドがレッドにしたのと同じ説明をすると、リーフは安堵の息を吐き、軽く後ろへと目をやった。
ルビーはスタスタと近づいて来るのだが、サファイアとその後ろにいるヤドキングが何か気まずそうな表情で立ち止まっている。
少し首をかしげるとゴールドは気がついたようにレッドへと目をやり、何気ない口調で話した。
「あ、そうそうレッド。 シルバーとクリスが正体不明の何かと交戦して、シルバーが酸欠で動けないんだって。
 しばらくしたら戻るからそれまで待っててって、伝言預かってたんだ。」
「・・・あのな、そーゆーことは早く言えよ。
 デオキシスの水晶体の回収あいつらに頼もうと思ってたんだからさ。」
頭を抱えたレッドを見て、ルビーはサファイアを手招きした。
困ったような顔をしていたが、その仕草で観念したのかサファイアは集団の端っこへとのろのろと移動する。
「そのことなんだけど・・・」
口をにごしながらルビーがしゃべると、サファイアは自分の後ろへと目をやって、軽くうなずいて見せた。
どたどたと足音を立てながらヤドキングが近づいてくるのと同時に、頭上に赤い色をしたポケモンが現れる。
レッドたちは戦慄した。 間違いなくそれは、デオキシスだったからだ。
「攻撃せんでっ!!」
サファイアが叫ぶのと同時に、そのデオキシスは彼の真後ろへと降り立ってくる。
全員が見たデオキシスのどれとも違う、極めて人に近い形。 それは、ヒナタたちが戦ったデオキシスのような鋭いトゲも、リーフが戦った時のような強固さも持ち合わせていなかった。
「・・・どういうこと?」
ゴールドが尋ねると、サファイアはズボンを握り締めた。
「‘キハダ’言うんよ。 ホウエンに降りたデオキシスを、ワシとルビーでチカラ半分ずつ出して再生させたん。」
「何で、そんなことを・・・?」
今度はレッドが尋ねる。
しかし、サファイアの表情から、何となく答えは読み取れたような気がしていた。
「せやかて、寂しかったんよ! 仲間ともはぐれて、人に追われて、ボロボロになって・・・!
 レッドの言うことかて分かるんよ! せやけど、可哀想やないか・・・!!」
その場にしゃがみ込んだサファイアの肩を、ルビーは軽く叩く。
「あのさレッド・・・いや、リーダー。
 サファイアの話じゃ、こいつが他のデオキシスっつーのを連れてこの星を出てってくれるらしいんだ。
 あたいにゃデオキシスの言葉は分からないし、正直、本当にそうするのかも疑わしくは思ってる。
 だから、あんたの意見を聞きに来たんだ。」
まっすぐな目を見ると、レッドは困ったように軽く眉を潜める。
少しの間だけ、彼は考える時間を自分に許した。
2、3度同じ答えがぐるぐると回ったが、結論は同じ。 帽子のツバを上げると、レッドはサファイアへと向かって笑いかける。
「仲間のこと信じるのがリーダーなんだよ。
 行ってこいよサファイア。 もう1つの水晶体の場所はヒナタが知ってる。
 ついでだから見送ってってやれ! っし、決めた。 命令だ!」
パッとサファイアの顔に赤みが差した。
顔を上げて立ち上がると、何度もレッドに向かって頭を下げながらヒナタの方へと向かっていく。




「よし! じゃあリーフはファイア連れて船に戻っとけよ。
 オレはこのゴールドと一緒にクリスとシルバーを迎えに行くからさ。」
「わっかりました。 り・い・だ・あ!」
茶化すような口調でそう言うと、リーフはセロの首を軽く叩いてシーギャロップの方へと向かっていく。
「‘じょおう’! 君もだよ、もうルギアの尻尾につかまるような体力残ってないでしょ?」
ゴールドがヤドキングに向かってそう言うと、ずっと離れたところにいたヤドキングはビクリと体を震わせ、海へと向かって走り出した。
少し疑問そうな表情をしながらも、ゴールドは彼女がちゃんとシーギャロップへと向かっているのを確認すると、大きく伸びをして海岸線を歩き出す。
レッドは、その背中を見ながらしばらく立ち止まっていた。
恐る恐るといった様子で近づいてくるミュウツーをちらりと見てから、大きくため息をつく。
「・・・本当に、これで良かったのかな。」
ぽつりとつぶやくと、本当に不安が押し寄せてくる。
揺らぎかけた決心を感じていると、それを全て崩すようなパンチが真後ろから飛んできた。
「スキありっ!!」
2〜3歩前へと押し出されて慌てて振り返ると、ケラケラと笑うリーフにレッドは目を見開かせた。
「リーフ!? 船に戻ったはずじゃ・・・」
「1個言いたいこと思い出したんだ。」
目の前に現れた少年は赤いキャップを押さえると、自分へと向かって笑いかけてきた。
そのまま戻る気なのだろうか、背を向けながら島中に響きそうな声でレッドへと叫び声を上げる。
「オレ、目標が出来たんだ!
 いつかあんたよりスゲートレーナーになってやる!
 で、ファイアみたいな奴をいじめたり、仲間はずれにするような奴はぶっ飛ばしてやるんだ!」
ぽかんと自分に宣戦布告するトレーナーを見ると、レッドは口元をゆるませ、こぶしを強く握り締めた。
「・・・やってみやがれ! オレ、誰にも負けねーぞ!!」
叫び返すと、心の中に光がさした。 ずっと自分の命を支えてくれたミュウツーをマスターボールへと戻す。
砂を蹴って走り出したとき強く波打った鼓動は、本物だった。