第2章 天空の覇者
第1話 蒼の砂漠
「さらば、愛しきサラスナよ!」
ハヤトは、サラの口にしたこんな言葉を聴いた。そうか、昨日来たばかりのサラスナを、もう旅立ったか。
とても長く感じる2日間。
やはり昨日の夜は遅く、朝は早かったので、みんな少し寝不足気味だ。
一同はスーラの導きの下、次の町「トール」へ向かう。砂漠は一向に終わる気配を見せず、向こうまで続いている。
「スーラ、本当にこっちで合ってるのか?」
ハヤトが聞く。
「一応、僕の記憶でこちらでいいはずなんですが。」
スーラは、少しあわてた表情で答える。
「大丈夫よ、スーラがいるから。」
サラは、それに割り込むように、落ち着いて答える。
「そうだな…」
ハヤトは、安心、そして不安の混じった表情を見せていた。が、スーラの指示に従うほかなかった。
何せ、自分はこのあたりの土地勘は全くない。きっと大丈夫だろう。そんな思いでまた歩き始めた。
まだ、大して歩いてはいない。ただ、3人にはこの時間が、ものすごく長く感じられたのだった。相変わらず歩き続けるしかない。ふと上を見ると、太陽はもう割と高い位置に上がっていた。
「…何時間経ったんだろうな。」
「何が?」
「サラスナを出てからだよ。」
「そうね…時計しまってあるから分からないけど…もう8時ごろじゃないの?」
「というと、あれから3、4時間か。」
「長いようで、短いですね。」
それもその通りだ。10分に一回休みながら一向に終わらない砂漠を歩いていれば、そう感じるのも無理はない。
もう疲れ始めている3人。サラは、重たい荷物をいちいち降ろし、それを持ち上げたくなかったので、時計をバックから取らなかった。
3人は、この砂漠がさっさとなくなり、早くトールにつくことを望んでいた。
だが、やはり一向に砂漠は終わらない。とにかく長すぎる。
スーラはあわてた表情で、片手に地図を、片手にコンパスを持って、あわただしく位置確認をしていた。
「う〜ん、間違いなくこっちでいいはずなんだけど…ほら、あの山が見えますよね?あのふもとが、トールなんですよ。」
「…まだ大分あるな。」
「…早くしましょうよ。」
みんな疲れていて、ストレスがたまっているようだ。ハヤトは表情さえ穏やかだったが、サラはもう言動的にイライラしていた。
そんな時、ハヤトがあることを聞いた。
「スーラは、あのふもとにトールがあるとか、こっちの方角だとか、いろんなことを知ってるな。
どうして、そんなにトールについて、詳しいことをたくさん知っているんだ?」
「それは…」
「何?何か困ること?」
「いや、そう言う訳ではありませんが、サラさん…あの、僕、実はトール出身なんですよ。」
「…スーラはトール出身だったのか。」
「ええ。そうなんです。」
その時、ハヤトはあることに気がついた。
「お、きれいな海だな。」
「!!」
スーラが、驚いた表情をしていた。
「どうした?スーラ。」
「…この海が、トールの近くのレルフィン海なら、もうトールは近くなんですよ。それに…」
「それに?」
ハヤトとサラが、ほぼ同時に聞く。
「あの火山は何でしょう?ほら、あそこの黒い煙を上げている火山…見覚えがないんですけど。
…ここは、レルフィン海ではないのでしょうか?」
「…君の記憶からすれば、そのようだな。」
「そうね。なら、まだもう数時間かかるわよ。」
上を見上げれば、日はもう高くまで昇っていた。サラスナの人は、どうしているのだろうか。
「さっさと行きましょうよ。」
サラが一歩踏み出した瞬間、その時だった。
「危ない、サラ!」
「え?」
同時に、サラの足元がボロボロと崩れ始めた。
そこを中心にするように、3人を飲み込む大きな円を描いたかと思うと、一気に巨大な穴が開いた。
3人は、そのまま無抵抗に、猛スピードで落下していく。
「うあああぁぁぁぁぁっ!」
「いやあぁぁぁっ!」
「まだ…死にたくないですっ!」
人は死を迎えるとき、不思議な光景を見るというが…ハヤトもその時、その不思議な光景を見た。
岩間に広がる蒼の砂漠…光り輝く青々とした砂。ハヤトは、その後に何が起こったか分からなかった。
雨だれが落ちるような、ポチャッと言う音がする。
ここは、町外れの岩間。雨は降っていないが、一向にポチャッと言う音は止まらない。
一粒の雨だれは、サラの顔に落ちた。
涙のようにほほを伝っていく雫。その雫が落ちるたびに、華麗な音を立てた。
「う…ん…」
ようやく、サラが目を覚ます。気がつけば、さっきとは全く違うところに横たわっていた。
うっそうと生い茂った草の上。その時、サラはすべてを悟った。
(そうだ、私たちは、下へ落ちたんだわ。この草のおかげで助かったのね。)
上を見上げると、ポッカリと大きな穴が開いていた。そこからは、キレイな明るい光が差し込んでいる。
サラはこのままではしょうがないので、スーラとハヤトを起こすことにした。
「ねえ、ハヤト!ハヤト!…う〜ん、ダメだわ。スーラは?ねえ、スーラ!」
ハヤトとスーラをゆする。ハヤトの方は何の反応もなかったようだが、スーラのほうはかすかにぴくっと動いた。
サラは、しつこくスーラを揺さぶり起こす。
すると、スーラは目を覚ました。
「う〜ん…ここは…?」
「分からないわ。上から落ちちゃったみたいだわ。ほら、上を見て。」
スーラの視界にも、あの大きな穴が見えた。明るい日差しは、スーラの目をくらませた。
「う、わ!」
「アハハ…!ところでスーラ、私が分かるわよね?」
「何いってるんですか、分かりますよ!」
「そうよね。よかった。記憶喪失したかと思った。」
「まさか!」
二人で楽しそうに話していたサラたちだが、太目をやると、まだハヤトが目を覚ましていないことに気付いた。
サラはその顔が、一瞬だけしかめっ面になった気がした。急いでサラは、ハヤトを揺り起こす。
「ハヤト、大丈夫?起きて!」
だが、ハヤトはなかなか目を覚まさない。サラの声は次第にかすれていく。
「ねえ…!ハヤト!起きてよ!一緒に…一緒に冒険するって約束したよね…?こんなところで死ぬようなヤワな男じゃないでしょ!?」
スーラはそんなサラを見て、すこしウルウルした目をサラに向けていた。
-スーラSECTion-
こんなサラさんを見たのは初めてだった。必死であのハヤトさんに呼びかけるサラさんを見ると、なんだかこちらまで悲しくなってくる。
あのハヤトさんがまさかこんなところで死ぬとは、僕も思えなかった。
いや、死んでほしくなかったのだ。でも、僕には何もできない。何をすればよいのだろうか?
そんな時思い出した。こんなときには、もともとそうすればよかったのに…
僕は、何も言わずハヤトさんに駆け寄る。「何する気?」というサラさんの声も無視した。
耳をハヤトさんの胸に当ててみる。かすかだが鼓動が聞こえた気がした。
「サラさん、まだ生きてますよ!大丈夫です!」
思わず叫んでいた。サラさんはその目を、またハヤトさんの方に向けた。
「このバカっ!!心配させて!」
その声には、少しの怒り、そしてたくさんの安心の心があったような気がした。僕は安心して、その場に座り込んだ。
「…ここは?」
ハヤトさんが眼を覚ました。少し安心したような声で、ハヤトさんに行った。
「私達、下に落ちたのよ。ほら。」
「…そんな事あったか?」
「いやね、何言ってるのよ!…あ!」
サラさんは何か嫌な事でも思い出したかのように、口を押さえ、言った。
「ねえ、私が誰だか…分かるよね?」
「ああ。サラだろ?なんでそんな分かりきったことを聞いたんだ?」
「いや、特に意味は…」
サラさんは一瞬、安心の笑みを浮かべた。その笑みをかき消すかのように、ハヤトさんは続けた。
「だが、これから何をしに行くためにここに来たか覚えていない。スーラ、これからどこに行こうとしたんだっけ?」
「!…トールという町ですよ。」
いきなりの事に、慌てながら答えた。
「…記憶が飛んだ。」
ハヤトさんの言葉に、サラさんと僕は声を出すことができなかった。
「さっきサラが聞いたのって、記憶が飛んでないか…知りたかったんだろ?」
そうハヤトさんが言うと、サラさんは残念そうに首を縦に振った。
「そこまでなら残っているが…細かいこととか、目的とか、記憶が飛んだ。やけに後ろが痛いな…これのせいか。」
ハヤトさんは後頭部を押さえ始めた。頭を強打したせいで、記憶が飛んでしまったのだろう。
「…大丈夫ですか?」
「記憶以外はな。大丈夫、気にするな。」
気にするなとは言っているが、容態が急変することもあるかもしれない。応急処置を急がなければならない。
そんな思いで僕は、サラさんとハヤトさんに声をかけた。
「早くトールへ…トールへ行きましょう。このままでは、ハヤトさんも危険です。」
「でも、どこがトールだか分からないじゃない。」
「そうだ。ここがどこだか分かれば別問題なんだが…」
2人はそう言ったが、僕はさらに力を込めていった。
「このままでは何も始まりません。ほら、奥のほうに小さな光が見えますよね?あっちが出口かもしれません。
とりあえず行ってみませんか?何もしないよりはましだと思うのですが。」
「…スーラの言うとおりだな。行ってみようか。」
「でもハヤト…!あなた、頭は大丈夫なの?」
「今のところは、問題ない。」
僕はなんだか、2人に悪いことをしてしまった気がする。でも、いつまでもこうしてはいられない。2人の先に立ち、その光のほうへ進んだ。
-SECTion
Vector-
光は徐々にその明るさを増す。スーラは、足早にそちらへ進んでいった。ハヤトとサラは、それを追うようについていった。
岩の切れ間が見えてくる。光はあるものの、あまり明るくない。ハヤトはそこに気付いた。
「ありましたよ!行ってみましょう!」
「了解した。行くぞ、サラ。」
「うん、分かった。」
3人はとっとと、この忌々しい場所から抜け出したかったのだ。ダッシュで進んでいく。
大きな岩の切れ間、そこから一歩足を踏み出そうとした。
その時、スーラが立ち止まった。
―岩の谷間に ひそむ青の砂漠―
「どうした?スーラ?」
「下を見てください、これを!」
その声の通り下を向く。すると…
「なっ、こ、これは…」
「蒼い…砂…?」
「…そうなんです…ここは…“蒼の砂漠”なんです。」
「蒼の…」
「砂漠…?」
見たとおり、そこには美しい蒼の砂があった。スーラは、岩の谷間から足を踏み出した。すると…
「すごい…こんなの見たことが…」
スーラは絶句した。スーラの驚きに釣られ、2人とも足を伸ばしてみた。
「おいおい…なんだよこれ…」
「…キレイ…」
そこに広がっていたのは、広大な蒼の砂漠。どんな景色より美しく見えるこの場所。
サラは、この日差しがもっと強ければな、と思っていた。
「僕も…こんなところは知りませんでした。…あっ!ハヤトさん、サラさん!」
「何だ?また何か見つけたか?」
「さっきの火山です…もう分かりました。」
「何がだ?」
スーラは、ポツリと語りだした。
「それは…ここが、僕の知っているトールなら…僕のいない数年の間に、地形が激変しているんです。」
「地形が…激変してるですって!?」
「そうです…ほら、あの白い柱を見てください。」
スーラの指差した方向には、もう倒れ掛かっている白い柱があった。
「この柱は、僕がトールを旅立った時に、町外れにこっそり立てた柱なんです。」
「…『また帰ってくる。その時までサヨナラは…』」
字はもう薄れている。「サヨナラは」の後はもう見えないが、一番下の「スーラ」と書かれた文字だけは読み取れた。
「…スーラ、ということは…」
「やはり、激変しています。僕がここに柱を立てたときは、ここら辺は一面の草原だったんです。
そして…僕がさっき、あの山のふもとといったのは間違い、つまりあの山は別の山で、正しくはあの火山のふもとがトールなのです。」
スーラが話した途端、突風が吹き荒れた。蒼い砂漠の砂は空へと舞い上がる。
パラパラと落ちてくる砂は、光によって、とても美しく見えた。
その時、バタッと音を立てて、スーラの立てた柱が倒れた。
「…」
スーラは黙っていた。柱が倒れたときどんな心境だったかは、スーラしか知らない。
ハヤトはバックをおろし、小さなびんと大きなびんを取り出した。するとハヤトはそのふたを開け、砂漠の蒼い砂を詰め込んだ。
「何やってるの?ハヤト。」
「…キレイだから、持って帰る。こっちの、大きいのは、剣を作るのに使って、こっちの、小さいのは、とっておく。」
言葉が途切れ途切れになりながらも、ハヤトはしゃべり続けていた。
「それもそうね。」
「確かに、ですね。」
スーラとサラも、ポケットからびんを取り出し、砂を詰めた。
「わぁ…キレイ…!」
びんに入ると同じ砂も、また違って見えるようだ。その作業を終えるのに、5分とかからなかった。ハヤトはそのびんをバックにしまい、言った。
「よし、行こう。」
「あの火山のほうに向かえば、きっとトールです。」
「楽しみだわ!」
3人は、足早に砂漠を抜けようとしていた。火山のほうへ、トールのほうへと向かうため、青い砂漠を走り出した。
だが、スーラには分からなかった。
(あの火山は、いったい…)
怪しい疑問を抱きながら、2人のあとを追うようにスーラも走って行った。