第2章 天空の覇者
第2話 灰色の町
「どれだけ、走ったかなっ…!」
「そろそろ、5分、位じゃないのっ…!」
「ならっ、もう少し、ですねっ…!」
走りながら、3人の会話は進む。ハアハア言いながら互いに話すので、非常に聞き取りにくそうだった。
蒼の砂漠から走り出して、そろそろ5分。
砂漠の砂も徐々に少なくなってきて、いよいよ町に入る雰囲気がしてきた。
「おい!あれだろ!?」
町が見えてきた。しかし、まだごく小さくしか見えなかった。が、ハヤトの眼はそれを捕らえていた。さらにスピードを上げ、町のほうに向かう。
待ちわびた町は、もう見えてきている。だが、それは想像を絶するものだった。
「ここが…トール…なのか…?」
「え…何これ?」
「まさか…そんなハズは…!」
3人が見たもの、それは、スーラが言っていた様な美しいトールではなかった。
そこは火山灰で灰色に染まった死の町だった。
噴煙で覆われた空…先ほどあの崖の上で見た青空は、もうそこにはなかった。
「そんなハズがない!そんなハズが…」
スーラは町の入り口に駆け寄っていく。だが、入り口の看板には間違いなく「Welcome to Toll!」と書かれていた。
「そんな…そんなバカな…!」
スーラはその場にガクッとひざを着いた。その後姿を見ていても、力が抜けていくのが手にとるように見えた。
「スーラ、ここは本当にトールなのか?スーラが教えてくれたのと全く違う気がするが…
ほら、町の入り口はとってもにぎやかで、旅の人を快く歓迎してくれる…そういって教えてくれなかったか?」
スーラは、声を振り絞っていった。
「ウソだ…絶対にウソだ…!こんなハズがない!僕の生まれたトールは…!こんな町じゃない…!
みんな優しくて!もっとキレイで!それに、この時期には…!“覇者祭り”だってあるのにっ…!
僕が知ってるトールはっ…!こんな町じゃないっ…!」
しわがれた声、瞳から静かに流れ落ちるしずく、ポッとぬれた地面。
次の瞬間、スーラは駆け出して行ってしまった。大きな声で泣き叫びながら…
「待てっ!スーラ!」
「だめよ、行っちゃ!」
「だが…!」
「私たちが行っても、道が分からなくなるのがオチよ!」
「…くっ…」
スーラの悲痛な泣き叫びは、スーラが遠くに離れても、痛いほど聞こえてきた。
気付けば、入り口につながるその大通りに、もうスーラはいなかった。
あの泣き声は、スーラがいない大通りから、今なお聞こえてくるようだった。それは、ハヤトの心を苦しめた。
「…ハヤト…」
「オレだって何とかしてやりたい…!だが…これはもうどうする事もできないんだ!」
ハヤトの眼、それは美しい瞳。かれた声。ハヤトが泣いているのが、サラにも痛いほど分かった。
「…ハヤト、行きましょう。スーラが言ってたでしょ?『じっとしていたら、何も始まらない』って。」
「…そうだな…わかった。行こう。」
涙をぬぐうハヤト、新たな決心に目覚めたハヤト。その瞬間、サラは何人ものハヤトを見た気がした。
2人はゆっくりと、決意はしっかりと、大通りを歩き始めた。
「とりあえず、何か教えてもらえるところに行きましょうよ。」
「そうだな。宿屋なんかはどうだ?」
「いいわね。それならそこにあるわよ。」
いいタイミングで、2人は宿屋を見つけた。まだ知らないトールの情報を求めて、2人は中へ入っていった。
ドアを押し開けると、ウィンドチャイムの音がさびしげな町に響いた。
「…いらっしゃい…」
生きる気をなくしたかのような声、その声の方には、一人の女がいた。
「…あの、いきなりなんだが…この町はどうしてこうなったんだ?」
「ああ、あなた方も旅人ね!よぉし、私が知ってる事、全部教えてあげるわよっ!」
急にその女は、元気を取り戻したように叫んだ。
「へえ、そうだったんですか。」
「そうなの。…ほんの少し前のことだったの…人は、いつもと変わらぬ毎日を過ごしていたわ。
ある日、怪しい集団が、このトールに入ってきたの。私は、その集団が何か狙っていると、一発で感じ取ったわ。
でも、ほかの人は本気にしてくれなかった。その集団は、火山へ入っていったの。その数日後だったわ…
いきなり火山が爆発して…それも、もう後何十年も休むって言われてた休火山だったのに。
…当然のごとく、人々は逃げて行ったわ…町外れで一番火山に近いフィーレルって地区は、もう壊滅状態らしいわよ。
皆いなくなったせいで、今年の覇者祭りは中止…」
「そうだ、スーラも言っていたんだが、覇者祭りとは…?」
「あら、あなた方はスーラのお友達だったのね。そう、覇者祭りって言うのは、まずこの町の歴史にあるの。」
そういうと女は、なおいっそう力を込めて続けた。
むかしむかしの話です。
このトールは、とっても歴史の古い町。
あるとき、このトールで、激しき戦いが起こりました。オゾンにいるはずのレックウザが現れ、町を攻撃し始めたのです。
そんな時の事でした。白い龍が突然現れて、何か言いはじめたのです。「私を守ってくれた町を、今度は私が守る番」、と。
白い龍は、突然変化を始めました。その白い肌が少しづつ変わっていき、色は白いものの、レックウザに変化したのです。
レックウザと白い龍は、大空で戦いを始めました。その戦いは激しく続き、数日かかったとさえ言われています。
光線が空を飛び交う。夜なのに明るい夜空。息絶え絶えも戦う2匹の龍。
そして、とうとう決着がついたのです。白い龍が、レックウザをオゾンまで追い返したのです。
人々は、手を取り合って喜びました。その人々は、この白き龍を、「天空の覇者」と呼ぶようになったのです。
でも、気付いたときには、もう龍はどこかへ行っていました。
人々は、今も龍がこの町を守ってくれていると信じています。
「なるほど。」
「そして、その白い龍を称えて行うのが、この覇者祭りなの。
…今まで、あの龍が天空の覇者になってからというもの、1回も途切れたことのない祭りなの。
だから、こんなことで終わらせてはいけない。それは、トール市民もよく知ってるはずだわ。でも…」
ハヤトはしばらく考え込むと、言った。
「よし。僕たちが、原因を調べてきます。」
「どうやって?」
「火山に入るんです。」
「でも、あそこは立ち入り禁止よ!?」
ハヤトは、スゥと息を吸うと、続けた。
「規則に囚われていたら、始まらないこともあるんですよ。」
ハヤトはそういうと、「では。」と一言だけ言って、サラの手を引きながら外へ出て行った。
「規則に囚われていたら、ね…」
女は、カウンターでボソッとつぶやいた。
「ハヤト、火山まで行くって言っても…!」
「スーラ探しを兼ねて、だ。きっとそこらにいるはずさ。あのままじゃ、スーラもかわいそうだ。」
2人は、あてもなくこの広いトールで、スーラの捜索を始めた。気付けば、空は薄暗い。
まるでこの町は、迷宮のように広い。
「…広い、広すぎる。」
「スーラ〜!!ハヤト、そんなことつぶやいてる間があったら手伝って!!」
「あ、ああ。悪い。スーラ!スーラ!どこにいるんだ!」
あてもなくウロウロする2人。正直、もう疲れてうっとおしくなって来ていた。気付けば、何本か裏通りに入ってしまったらしい。
この辺は住宅街だ。
「おい、あれか!?」
「そうよ、多分!」
灯りも点いていない、空き家のような家。その壁に、スーラは寄りかかっていた。
「おい、スーラ…」
不意にかけられた声に、少しびっくりしながら振り向く。
「ああ、ハヤトさん、サラさん。…さっきはすいません…」
「いや、オレのほうこそ悪かったんだ。すまん。」
しばらく沈黙が続いたが、やがてスーラがこんな話を切り出してきた。
「…僕が寄りかかっているこの家、実は僕の家なんです。…僕のいない間に、父さんも母さんも…」
少し残念そうな笑みを浮かべたスーラ。その表情からは、悲しみというものを感じることができた。
「…大丈夫だ、スーラ。お前の父さん、母さんはきっと生きている。どこかへ避難しているはずだ。」
「どうして…どうしてそんなことが分かるんですか。」
「この町の人は、皆となり町なんかに避難してるらしい。」
「…」
スーラはしばらく口を開かなかった。少し微笑を浮かべたように見えたが、気のせいだったかもしれない。
ただ、それがもし本当なら、それは安堵の笑みに違いないと、ハヤトは確信を持っていた。
「行こう、スーラ。」
ハヤトが唐突に声をかける。スーラは戸惑う様子もなく立ち上がった。
「行きましょう、ハヤトさん。」
「今日は宿屋に泊まらない?」
「あの宿屋でいいな。」
3人は、先程のあの宿屋に向かって歩を進めた。道はスーラが案内した。とはいえ、理解さえすれば簡単な配置だった。
すぐに大通りに出て、通りの右手の宿屋に入っていった。
「いらっしゃい。あら、さっきの。」
「今日はここで泊まることにしたから。世話になる。」
疲れを感じさせるハヤトの声。無愛想で投げやりな口調だった。
「スーラのお友達なら、無料で泊まってっていいわよ。」
スーラは自分の名前を呼ばれても、全く動じることがなかった。ただボーっと突っ立っているだけだった。
「203号室の鍵よ。どうぞごゆっくり。」
「ありがとう。サラ、スーラ、行くぞ。」
「了解よ。」
「分かりました。」
オレンジ色のような薄明かりのつく廊下を、ゆっくりと歩いていく。
コツコツと板張りの階段を上り、じゅうたんの引いてある客室階、2階に着いた。そのまま左手に進むと…
「ここか。」
ギイッとドアを押し開ける。中は非常に広く、また快適そうに見えた。窓からは、あの町並みの裏通りが見える。
ハヤトはつかつかと進み、備え付けてあるソファーに腰掛けた。
スーラとサラは、その反対側の椅子に、机をはさんで向かい合うように座った。
「もう眠いな…」
そう言いながらも、テレビのリモコンに手をかけ、電源をつける。せわしくチャンネルを回すが、気に入ったニュースがやっていなかったようだ。
「もう寝る。」
知らない場所でもすぐに慣れるのがハヤトである。しばらく部屋をうろつき、「ここはトイレか。」とか、「ここが風呂か。」などとつぶやきながら、あっという間に部屋の配置を覚えてしまった。
「それじゃあな。お休み。」
ハヤトは見つけた2階への階段へ進み、小さなロフトのような場所に置いてあるベッドに寝転がった。
オレンジっぽい光が、そのベッドの周辺をぼんやり照らしている。ホテルのベッドを想像すれば、きっと分かるはずであろう。
ベッドの枕の隣にある、あの机のようなところにあるスイッチを操作し、ロフトの電気を消し、手元のランプを消した。
「ハヤトさんは、もう寝てしまったようですね。」
「そうね。ほらスーラ、お茶よ。」
「あ、ありがとうございます。」
スーラとサラは、いまだ同じベッドに腰掛けていた。スーラとサラは、お茶をすすりながらテレビを見ていた。
「さすがにもう面白いテレビ、やってないわね。」
「そうですね…寝ましょうか?」
「そうね。じゃあ、お茶片付けてくるから。」
サラがお茶を片付けている間に、スーラは階段をコツコツと上っていった。
スーラは倒れるようにベッドで眠った。後を追うようにサラも上がってきて、スーラと同様にあっという間に眠ってしまった。
1つだけ消し忘れた部屋のランプが煌々とともっていた。部屋には、3人の寝息が響くだけであった。