<各話の1番最初に飛べます>
17、マサキ 18、岬の小屋 19、ポケモン転送装置 20、イーブイ



17、マサキ




「・・・・・どういうことや?」
その日、ハナダシティのポケモンマニア、『マサキ』は自分の家の前で 自分の目を疑っていた。
それというのも、自分の家に知らない男たちが入り込んで、何やら物色しているからだ。
気が短い(らしい)マサキは縮れ毛の中にある頭をぼりぼりとかくと、扉を乱暴に開けた。
「何なんや、あんたら!!
 勝手に人の家にあがり込みよっ・・・・・・て・・・」
マサキは言ってから『しまった』と思う。
中で自分の家を物色していた 黒服の人間たちは、明らかに『カタギ』ではない。



・・・・・・・・・ところ変わって・・・・・・・・・

「へえ〜っ、きれいな街じゃねーか!!」
レッドたちは 一面きれいな水に囲まれた街、ハナダシティに到着していた。
近くを透明な水の川が流れ、街の中ではいつも水の匂いがする。
薄水色の石畳の並ぶ街は、女の子にも人気が出そう、とも思える。


ちなみに、その女の子のブルーはまた、いつのまにか消えていた。
どこまでも我が道を行く少女だ。
特にそんなことも気に止めず、おつきみやまからの長旅を癒そう(いやそう)と、レッドたちは、少し遊ぶことにした。
水辺のある広場までやってくると、モンスターボールからハナとピカを呼び出す。
ハナはキラキラと光る水を見るなり、はしゃぎまわって飛び込んだ。
かなり浅いので、おぼれることもないだろうが。
「楽しいか? ハナ?」
「ぐうぅっ!!」
楽しそうな声をあげ、ハナはバシャバシャと水しぶきをあげる。
さすがは草タイプ、この調子で光合成するのか、などと つたない知識を駆使(くし)して考えをめぐらせながら、レッドはちらりとピカの方を見やった。
そのピカはお昼寝中、こちらはこちらでいつも通りだ。



「・・・ん? なんだ、ありゃ?」
ハナが遊んでいる水路の向こうから、今までに見たこともないようなポケモンが こっちに向かって走ってくる。
見るからにボロボロで、こっちに向かってすがるような瞳を向けている。
長い耳がくたりと曲がると、ぱしゃん、と小さな水しぶきを上げ、ポケモンは倒れ込んだ。

「お、おぃおぃおぃ・・・大丈夫か、このポケモン・・・?」
レッドは驚いて、思わず駆け寄った。
茶色の小さなポケモンは よろよろと起き上がり、レッドを見上げると、あぁ、と声を上げる。
『こんちゃ、ボク ポケモン・・・・』
「あ、こりゃどうも、オレはポケモントレーナーのレッドです。」
ボロボロのポケモンは、前足を上げながらレッドに向かって 愛想(あいそ)よく挨拶した。
つられてレッドもあいさつし返す。
「本日はお日柄(おひがら)も良く、絶好の水遊び日和(びより)で・・・・・・」
『あぁ、こりゃこりゃどうも・・・って、普通に返すなや!!
 ポケモンやでポケモン! ポケモンがしゃべってるんやで、ちったあ驚かんかいっ!!』
「あ。」





「ポ、ポケモンがしゃべったぁ〜!?」
『わざとらしいわ、ボケッ!!』
しゃべるポケモンは 前足で器用に裏手ツッコミを入れる。
栗色の瞳をパチパチさせると、レッドは改めてそのポケモンをしげしげと眺めた。
茶色いポケモンは表情豊かに黒い瞳でレッドのことを見上げている。
『兄ちゃん、助けてくれへんか?
 わい、元は人間なんやけど、ポケモンとくっつけられてもうて、困ってるんや。』
「なんだこりゃ・・・精巧(せいこう)なロボットか?
 こないだテレビのCMに出てたような・・・」
『『おしゃべりドードーくん』と一緒にすんなや!! わいは マサキ、人呼んでポケモンマニアや!!
 あ、なんや、その目は!! さては、信用してへんな!?
 ホンマや、変な黒服の奴らに転送装置に閉じ込められて、
 そしたら、装置が誤作動おこして、ポケモンとくっついてしもたんや!!』

「黒服の奴ら!?」
のほほん顔だったレッドの表情が一変する。
身を乗り出し、小さなポケモンへと詰め寄った。
「・・・もしかして、そいつら胸に『R』みたいなマークを付けてなかったか!?」
『おーおー、付けとったで!!
 みんなして、胸に『R』付けた けったいな服着とったわ!!』
まるで見たことが偉いことなのかのように小さなポケモンは胸を張って見せる。
レッドは思わず 身を乗り出した。
『そういう』ことをする人間に、心当たりがあるからだ。
「間違いない、ロケット団だ・・・」
レッドとハナは 顔を見合わせた。
ピカもさすがにロケット団の名前には反応して、昼寝を中断して起きあがりレッドたちの方を見つめている。




『なんや、あんさんたち あの黒服たちんこと知っとるんか?』
「知ってるも何も・・・・・なあ。」
レッドは複雑そうな表情を浮かべた。 視線をハナへと移すと、うんうん、とうなずいて同意をもらう。
それというのもこの街に来る前レッドたちは ロケット団とおつきみやまで1戦交えてきたばかりなのだから。

「何か、あるよなぁ・・・」
レッドはハナに振ったが、ハナは困り顔でレッドの方を見つめ返すだけだ。
困った顔でレッドがしゃべるポケモンを見ると、視線に気付いたのか なぜか胸を張ってポケモンはまた饒舌(じょうぜつ)に喋る。
『せやせや!! ぜーったい何かあるで!!
 そうやないと、このポケモンエンジニア、マサキさまの所になんて 忍び込んだりせえへん!!』
長くなるのでカットするが、レッドが聞いてようが聞いていまいが、マサキと名乗るポケモンは喋り続ける。
いい加減疲れてため息をついたとき、背中をトントン、と叩かれ、レッドは振り向いた。
見慣れた顔に紫色の服、薄い色の髪の毛のツンツン頭。
その姿にレッドはギョッとする。

「なーにやってんだよ、1人で腹話術(ふくわじゅつ)の練習か?」
「グ、グリーン!?」


18、岬の小屋




話を全く聞こうとしないグリーンを説得すること15分、
ようやく全部話し終えると 目の前のライバルは地に手を伏して、レッドが今まで見たこともないような表情を見せた。
「ゆ、夢だ・・・これは夢に違いない・・・・・・
 『あの』マサキさんが、こんなへんてこ≠ネポケモンだなんて・・・・・・」
『へんてこ≠チて何やへんてこ≠チて!!』
「レッド・・・まさかおまえ、グレーバッジを運良く手に入れて頭がおかしくなったなんてこと・・・」
「ねぇよっ!!」
自分のほほをつねったり、頭を振ったり、適当なところを叩いてみたり。
完全な拒否体勢を見せるグリーンをなだめること、さらに20分。
ぜぇぜぇと息を切らしながら、だんだんと面倒くさくなって、レッドは叫んだ。


「・・・あーっ!!
 そんなに言うなら『マサキの家』まで行って、確かめればいいじゃねーか!!」
『おぉっ、兄ちゃんナイスアイディアやっ!! ツンツン頭、自分の目で確かめたんやったら文句ないやろが?』
「ツッ・・・!? わ、分かった・・・行けばいいんだろ、行けば?」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、一応はこの話に決着がつく。
茶色く小さなポケモンとなっているマサキ(と名乗るポケモン)をレッドが抱きかかえると、ハナとピカを後ろにくっつけて、
2人(3人?)と3匹(2匹?)は茶色いポケモンが指差すとおりに、透明な小川のそばの道を歩き出す。





『あ、あそこや!! あそこの岬(みさき)にある小屋、あそこがわいの家や!!』
マサキはレッドに抱えられながら、ハナダの北にある青い屋根の小さな小屋を指で・・・いや、前足で指した。
人1人住んでいるわけだが、おせじにも立派な家とは言えない。
まるでおもちゃのような小さな、小さな小屋が1件、海に突き出した岬(みさき)に立っている。
「あ〜んなちっこい小屋に、一体、何の用があるっていうんだ?
 オレだったら、もっとでっかい家狙いたいもんだけど。」
ぐさぁっ!とマサキ(と名乗るポケモン)は 口でショックを受けたことを言って伝えた。
ようやく喋るポケモンにも慣れたらしいグリーンが、軽く肩を上げてレッドを挑発的な視線で見る。


「あ〜、やれやれ! これだからポケモンの知識のない だぁれかさんは困るったら・・・
 ハナダのマサキっつったら、センターにある『ポケモン転送装置』の開発者、トレーナーで知らない奴はいないぜ?」
「わ、悪かったな、ポケモンの知識がなくて・・・・・・」
レッドは自分の事を指摘され、少しばかりふて腐れる(くされる)。
『あんちゃん 分かっとるやないか!!』と人間ポケモンが自慢げにマサキのことを説明し始めるが、聞く人間はいない。
興味がないレッドと、調べ尽くしたグリーンの組み合わせなら、当然といえば当然かもしれないが。
聞かれてもいないことを べらべらとしゃべり続ける小さなポケモンをひとまず無視すると、レッドは小さな岬の小屋の扉を叩く。
ゴンゴン、と鈍い音が響くと、あっさりと向こう側から扉が開き、黒髪の青年が顔をのぞかせた。



「・・・どなたか?」
誰も返事をしないものと思っていた2人(と1匹)は 驚いて黒髪の青年をじっと見つめる。
外に出かけるつもりだったのか足元はブーツ、全身黒い服のちょっと冷たい瞳の好青年。
レッドの腕の『マサキ』を横目でちらりと見ると、グリーンは突然口調を変えて黒髪の男に話しかけた。
「失礼ですが、あなたは?」
「おかしなこと言いますね。 看板に書いてあるじゃないですか。
 ボクはマサキ、ポケモンエンジニアのマサキ・ソネザキですよ!」

「・・・だってよ、レッド。」
明らかに軽蔑したような視線を向けながら、グリーンは振り返ってぽかんと口を開けている1人と1匹を見る。
驚いて言葉が返せないでいるレッドを見ると、今度はやれやれとため息をつき、これでもかとばかりに言葉で
さきほど信じる信じない討論でやり込められた反撃を開始する。
「まぁ〜ったく、なぁ〜にが『マサキってやつがポケモンになっちまった』だよ、お前の夢物語にもホドがあるっての!
 自分1人で騒いでるんならまだしも、関係ない人やポケモンまで巻き込んでさぁ!!
 被害こうむってるこっちの気にもなってみろっつうの!!」
『な、なに言うとるねん!? マサキはわいや!!
 こんなナリしとるけどわいが正真証明、岬の小屋のマサキ、人呼んでポケモンマニアや!!
 ちょいと赤い帽子の兄ちゃん、あんたも何か言い返したれや!』
「・・・動いた?」
『は?』

やりとりの一部始終を見ていた黒髪の青年は苦笑しながらグリーンへと顔を向けてたずねる。
「ずいぶんとにぎやかなんですね。 一体何があったんですか?」
「あぁ、すみません。
 ちょっとこの単細胞が、この家の中に変な集団がいるとか言い出すんで・・・」
「た、単細胞って何だよタンサイボウって!!」
「最初に聞いたことしか信じられない、頭のかったーいレのつくだ〜れかさんのことだねぇ。
 も〜っと世の中クールに見たほうがいいんじゃないかなぁ? レのつくだぁ〜れかさ〜ん?」
グリーンの茶化す様子か、それともレッドの必死の反論にか、黒髪の青年はクスクスと笑う。
開いた扉を玄関先の靴で固定しながら、自分のその黒い髪をくしゃくしゃっとかいた。
「冗談きついな、ここにロケット団なんて来ていないですよ?」
『ウ、ウソや!!
 わいは確かに、家ん中にロケット団っちゅーのがウヨウヨしとるのを見とったんやからな!!』

相当鈍いのか、それとも今まで気にしていなかったのか、黒髪の青年は今更ながら自称・マサキを名乗るポケモンに気付き軽く眉を上げた。
小指の爪ほどもない小さな牙で噛み付きかねないそのポケモンをしげしげと観察すると、
『それ』を抱きかかえるレッドへと今度は視線を向け、何だかわくわくしたような表情で彼はレッドへと話しかけた。
「珍しいポケモンですね。
 ちょっと研究してみたいので、このポケモン、2〜3日ボクに預からせてもらえません?」



「・・・やなこった。」
レッドは自称・マサキを黒髪の青年から遠ざけ、赤い帽子を深く被り直す。
腰のホルダーからモンスターボールを外すと地面に打ち付け、フシギダネのハナを呼び出した。
背中に種を背負った緑色のポケモンは 黒い青年へと向かって低くうなる。
「おぃ、失礼だぞレッ・・・!」
「グリーン、『ロケット団』って、何だ?」
「は、何言ってんだ?
 お前が最初に言い出したんだろうが、『おつきみやまにロケット団って連中がいた』って。」
帽子ごしの鋭い視線に当てられ、黒髪の青年はビクッと身をすくませた。
「あのさグリーン、お前がオレたちのこと説明したとき『ロケット団』なんて単語、1回も出てこなかったよな?
 なのに、なんでこいつ『ロケット団なんて来てない』なんて言ったんだ?」
『こいつ』の辺りでレッドが黒髪の青年のことを指すと、男の額にうっすらと冷や汗のようなものが浮かぶ。
フーッとうなるハナが背中の種を震わせると、中から細いツルが飛び出し、小屋の中に置かれていたダンボール箱を貫いた。

『あああ―――ッ!! わいの 研究資料が――――っ!!?』
「よく見ろよ!!」
レッドが指差すと、引き裂かれたダンボール箱の中から 驚くかなどうやって入っていたのか男が飛び出してくる。
カラスのように真っ黒な服の真ん中に 赤い『R』のマーク。
飛び出してきたロケット団の男は辺りを見渡すと、レッドへと向けてヤクザのような睨みを利かせた。
2秒と経たずにレッドへと向かって飛んできた黄土色のポケモンを、赤い恐竜のようなポケモンが太い前足を使って受け止める。



「『ロケット団』・・・だな。」
「そういうこと! やぁ〜っと信じる気になったのか。」
本棚やクロゼットの間から どこにこれだけ潜んでいたのかというほどのロケット団が抜け出してくる。
モンスターボールを持った少年2人と、黒ずくめの男10数人。
やぁ〜れやれ、とため息をつくと、グリーンは独り言に近い小さな言葉でつぶやいた。
「ここまできたら・・・・・・な。」


19、ポケモン転送装置




『うあああぁぁ!? わいの家がぁ〜っ!!!』
マサキの家は 戦場と化していた。
好き勝手に暴れまわるロケット団と、それを倒そうという子供たち。
ポケモンバトルのフィールドとなっているマサキの家は 次から次へと家の中のものが破壊されていく。

「ハナ、『ツルのむち』!!」
「リザード、『ひのこ』を放て!!」
細いツルが書類の山ごとロケット団の小さなポケモンを吹き飛ばし、紫の丸い物体へと向けられた炎が近隣の機械を焦がす。
小さなネズミのようなポケモンが噛み付こうとしたのを避けようとして、今度はレッド自身が机の上に置かれたパソコンへとずっこける。
ひいぃっと悲鳴を上げたポケモンマサキを見て、レッドは慌ててパソコンのモニターを元の位置(だと思う場所)に戻した。
『大事な研究資料があるんや! 出来るだけ物壊さんで!!』
「んなこと言ったって! こいつら倒しても倒しても次のポケモン出してくるじゃねーか!!」
「レッド!!」
「んだよ、グリーン!?」
不定形の紫色をしたポケモンを弾き飛ばしながら、グリーンはレッドというより腕に抱えられているマサキを見て叫ぶ。

「こいつらの『目的』は何だ!?」
グリーンの言っている意味が判らず、レッドは「はぁ!?」と聞き返した。
その間にも、襲い掛かってきたマヨネーズの容器のようなポケモンを放り投げる。
長い耳がレッドの首の辺りでパタパタと動いたかと思うと、突如として腕の中のポケモンが叫んだ。
『1番奥の部屋の、『ポケモン転送装置』や!!
 わいが捕まったとき、こいつらそんなこと言うとった!!』
「よしレッド、今すぐこの家の1番奥まで行くんだ!!」





「何だよ、なんでオレがお前の言うことなんか・・・!!」
言いながらも、ロケット団のポケモンたちが繰り出してくる攻撃を避けているうちに自然にレッドは奥へと進む廊下へと追いやられる。
フローリングの床が割れ、その間に足がはさまって抜けなくなる。
攻撃の手がレッドへと向きかけたのをハナが間に入ってかばう、レッドはほぼ力ずくで足を床から引き抜くと一目散に廊下の奥へと向かって走り出した。
4つの足で人間よりも速く走るマサキの誘導で突き当たって左側の部屋にレッドと、後から追いかけてきたグリーンは追い込まれる。

「おや、もう後がないじゃないですか。
 そんなところまで行って、一体どうするつもりなんでしょうかね?」
最初にレッドたちに応対した黒髪の青年が真っ先に部屋に飛び込んできて、逃げ道のなくなったレッドとグリーンをあざ笑った。
冷たい瞳が背筋を凍らせ、レッドはぶるっと腕を抱えて身震いする。
「グリーン、追い詰められちまったじゃねーか、どうすんだよ!?」
「何言ってんだ、このロケット団とかいう連中を追い出す絶好のチャンスだっていうのに?」
グリーンはモンスターボールホルダーから赤白のボールを外すと、勢いをつけて床の上へと打ち下ろす。
交代したポケモンはレッドの目の高さほどの 額(ひたい)に★印のある黄色い人によく似たポケモン。
「・・・・・・ひげ、オヤジ?」
「『ユンゲラー』だ!!
 学名すら覚えられないのか、この単細胞!!」
「そ、そんくらい分かってらぁ!! 冗談だっつーの!!」
顔を赤くして叫び返すレッドに対し、グリーンは三度やれやれ、と首を横に振る。
そのままの体勢から黒髪のロケット団の方向へと左手を前に突き出し、指示を出すために空気を胸の中にすっと取り込んだ。
そこは閉ざされた部屋のはずなのに、ひゅうっと熱い風が吹く。



「ユンゲラー、『ねんりき』!!」
グリーンが叫ぶのとほぼ同時に 帽子が吹き飛ばされそうになるほどの強い風が吹いて黒髪の男を廊下の端へと吹き飛ばす。
目を見開かせるヒマもなく、次の瞬間にはロケット団たちの体が次々と浮き上がり、一気に外に向かって放り出されていった。
ぽかんと口が開きっぱなしになっているレッドとマサキをよそに、グリーンはパン!パン!と両手を2回叩き合わせる。
その瞬間、外から大きな水音がして低い音の悲鳴が次々と上がった。

「すっげぇ・・・・・・」
「このくらい出来て当然だ、この俺のポケモンなんだからな。」
さも当たり前かのように言うと、グリーンは戦いでひざや服についたホコリを手のひらで叩いて落とす。
「わかってないねぇ」と彼のマネをしてレッドは小さく首を横に振る、そして大量のロケット団を追い出したユンゲラーの頭をそーっとなでた。
「あいっかわらず、嫌味なやつ街道一直線だな、頑張ったのこのヒゲオヤジじゃねーか!
 ・・・・・・ありがとーな!!」
「・・・何が『ありがとー』なんだか。」
本家本元の呆れポーズを取ると、グリーンは『はよ元に戻してくれ!』とせがむマサキを転送装置の中に放り込む。
機械の中から指示を出すマサキに従って よく判らないマシンと格闘すること、30分。





「ふい〜っ、やれやれ、助かったわ。 2人とも、おおきに!!」
分離するときに死んでしまうのではないかと思うような悲鳴を出していたのにも関わらず、
2つ設置された転送マシンの右側から出てくるとケラケラ笑いながらレッドたちへと礼をのべる。
聞き直しても『ネタやネタ!』と取り合ってくれないものだから、本物の悲鳴だったのかすら判断はつかないでいる。

「あのさ、家の中・・・無事だったのか?」
仕方なくレッドは話題を変える。
少しは自分も悪いのではないかという不安があるため、妙にビクビクした物の聞き方ではあるが。
「ん、いくつか 研究資料がなくなってるくらいや。
 まあ、それもまた書き直せばええんやし、全然問題ないやろ!!
 ホンマ感謝してるで、おおきに、おおきにな!」
浴びせ掛けられる感謝の言葉の嵐に レッドは照れて顔を赤くする。
それにグリーンがまた嫌味を言い、それに反論しようとしたとき、ガタンッ、という何かが動く音が聞こえ、3人は同時に
転送装置のもう片方・・・左側の機械へと目を向けた。


「何や?」
かすかな物音は、何度も何度も鳴ったり止まったりを繰り返す。
少し考えると、レッドは突然思い付いたようにポンッと左の手のひらに右の拳(こぶし)を叩き、得意げに話し出した。
「そっか! 『ポケモンと合体した』ってことは、合体するポケモンがいたってことだもんな!
 閉じ込められてんだよ、この中にまだポケモンが!!」
レッドは転送装置の重そうな扉を何とかこじ開けると、ひざを突っ張って中に閉じ込められているポケモンを救出に行く。
暗くて影しか見えないが、思った以上にポケモンは小さく 臆病(おくびょう)なのかレッドが装置の中へと入ってきた瞬間、ささっと奥へと逃げ出した。
「ほら!! もう大丈夫だぞ、出てこいよ!!」
こっちに来るようにちょいちょいとレッドは手招きするが、小さなポケモンはそれでもうずくまったまま。
「・・・・・・どうしたんだよ、もう外に出ても平気なんだぞ?」
首をかしげながら茶色い瞳で暗い奥をよくよく見ると、小さなポケモンは本当に小さく、鳴き声をあげた。
そしてまた、その場でうずくまる。
仕方がないのでレッドが無理矢理にでも中のポケモンを連れ出そうと腕を伸ばしたとき、突然装置が光り、小さなポケモンの顔が浮きぼりになった。

「・・・え?」
左手の甲に痛みが走ったかと思うと、何が起きたかと判断する間もなくレッドは小さなポケモンもろとも転送装置の中から弾き飛ばされる。
壁に背中を強く叩き付け、爆音が鳴り響いた一瞬後の意識が吹っ飛ぶ。
少しでも背中の痛みをやわらげようと左手を胸に当てようとすると、レッドは何か柔らかいものをつかんだ。
たまたまか、無意識のうちに抱き止めたのか、装置の中にいた小さくて茶色いポケモンが腕の中で軽くせき込んでいる。
「・・・・・・いてて・・・」
小さく声を上げながらレッドが顔を上げると、そこには怒り200%のピカさながらにバチバチと放電しながら白煙を上げる『転送装置』の姿。
グリーンも訳がわからずただその場に立ちすくし、マサキにいたっては雪よりも顔が白い。
何が起こったのか判断できず、放電を続ける装置を見つめていると、不意に腕の中にいる小さなポケモンが暴れ出した。



「キュイッ!!」
「お、おぃ、危ねぇって!!」
甲高い鳴き声を上げると、長い耳を持ったポケモンは転送装置に近づこうと必死でレッドの腕の中でもがく。
だが、今行かせたら確実に感電死してしまう。
レッドも必死になり、小さなポケモンの身体を2つの手で押さえ込む。
するとポケモンは今度はレッドの手を引っかき、噛み付き、その中から抜け出そうと必死になって暴れまわった。

「死んじまうだろ、あんなトコに入ったら!?」
左手にかなり深い傷がついたらしく、自分でびっくりするくらいの赤い液体が流れる。
それでも叫んだ言葉に小さなポケモンはビクッと身をすくませると、それ以上暴れるのを止めた。
絶望のような、凍り付いた表情で毛に血がつくのも気にせずその場でうなだれる。
どうしてそうまでして装置の中に居たがったのか、レッドには分からなかったが、
なんとなく、小さなポケモンの頭をなでながらその場でじっとしている事しかレッドは出来なかった。


20、イーブイ





「跡が残るわな、こりゃ・・・・・・」
マサキはレッドの左手を診ながら、感傷的に言った。
ガーゼが当てられ、その上から白い包帯が巻かれているのだが じんわりと赤くなっているためあまり役に立っている気がしない。
『転送装置』が爆発を起こしたときに、レッドの左手は感電による火傷、
さらには助け出したポケモンに引っ掻かれ(ひっかかれ)たり、噛み付かれたりと散々な目に遭っていた。



「だいじょーぶだって、このくらいツバつけときゃすぐ治るって!!」
レッドは軽く、自分の膝元で震えているポケモンに言い聞かせるように言った。
小さなポケモンは、体全体は茶色。 耳が長く、大きな尻尾、首の周りにえりまきのように柔らかい毛をまとっているなかなか可愛らしいポケモンだ。
だが、その長い耳は下に伏せ、レッドに対して『申し訳ない』とでも言うかのように、その小さな体を更に小さく縮めている。
「頭いいんだな、おまえ。 それに、礼儀正しいしさ。」
レッドは 小さなポケモンの頭を優しくなでてやった。
茶色いポケモンは首をすくませながら、されるがままにおとなしくなでられている。
「手なら大丈夫だって、ほら!!
 ・・・・・・・・・いっててて・・・・・・」
レッドは『大丈夫』という意味で手をグーやパーにして伝えようとしたが、結構な痛みが手の甲に走り、あまり長く続ける事は出来ない。
逆効果だったようだ、イーブイやマサキはおろか、グリーンまでも不安そうな視線でレッドのことを見ている。
あはは・・・と苦笑してマサキの方を見ると、話題を振られたことに気付いたのか、かなり困った顔をされた。


「しっかし、何で転送装置が誤作動を起こしたんやろうなぁ?」
レッドの手に包帯を巻き終えたマサキが怪訝そうな顔で呟く(つぶやく)。
「外側のスイッチを入れんと、装置は作動せんはずなんやけどな・・・」
うーんと首をひねってから、マサキはボリボリと頭をかく。
今、そこを考えたところで答えが出てくるはずもない。
再び間が持たなくなり、困ったようにレッドのひざのうえのイーブイがそわそわし始めたとき 突然グリーンが立ち上がった。




「格好悪いな。 ポケモンのために手にそーんな傷なんて、作ってさぁ?」
冷やかした言葉ではあるが、その顔は笑ってはいない。
飛び散った機械の破片を拾い上げる動作を見ながら、レッドは軽く笑う。
「いいんだよ、オレは別に。 手に傷があったところで、トレーナーとして問題があるわけじゃねーだろ?
 それに・・・こいつも無事だったことだことだしさ!!」
そう言って、レッドは小さなポケモンを抱き寄せた。
急に引き寄せられたポケモンは驚いて体を震わせ、大きな黒い瞳でレッドのことを見上げる。

「イーブイ、やな。」
「?」
その聞きなれない名前に、レッドは目をぱちくりさせた。
マサキはレッドが抱えている小さなポケモンを指差すと、言葉の先を続ける。
「このちっこいポケモンの学名や。 複雑な遺伝子(いでんし)持っとって、数がほとんどおらへんねや。
 そないな珍しいポケモンがどうして装置の中にいたんかは分からんけどな。」
「ふーん・・・・・・なあ、マサキ。
 この、イーブイだっけ? オレが引き取ってもいいか?」
レッドの言葉に、イーブイはレッドと同じ栗色の瞳を ぱちっとまばたきさせた。
またしても2人と1匹の視線が、レッドへと集中する。
「あ、ああ、わいのポケモンってわけやないから、別にかまわんけど・・・」


レッドは1度うなずくと、傷ついた左手をかばうようにしながらイーブイを持ち上げる。
赤ん坊をあやすようにイーブイを高く掲げると出来るだけの笑顔を作って誇らしげに声を上げた。
「『サン』!!
 おまえの名前は今日からサンだ!!」
「また、ニックネームかよ・・・」
グリーンにいつもの笑顔と嫌味が戻ってきた。 やれやれとため息をつきながら呆れた視線をレッドへと向けている。
「いーじゃんかよ、太陽みたいにいっぱい笑えるように、『サン』!!
 決まりったら決まり!!」
右手の人差し指をピッと突き付けると、イーブイはきょとんと大きな瞳でレッドを見つめ返してきた。
負けないようにレッドが笑い返すと、暗かった空気が少しずつではあるが明るくなってくる。


「・・・せや、今日の礼に2人にこれ、やるわ!!」
そう言うとマサキは、戸棚の上からファイルやら何やらを転落させ、
中から小さな紙切れを2枚引っ張り出してレッドとグリーンそれぞれに1枚ずつ手渡した。
薄紅色の上質の紙の表には、上品な文字で何やら英語のようなものが書かれている。
「それ、今度『クチバシティ』に来る『サントアンヌ号』っちゅう船の船上パーティのチケットなんやけど、
 わい、これでもパーティとか行かへん性格やさかい。
 トレーナーのお客さんも多いらしいから、わいの代わりに楽しんでき!!」


断り切れず、2人はそれぞれ渡されたチケットをリュックの中にしまう。
レッドの手の傷もおおよそ落ち着いてきたようなので、ひとまずハナダシティに戻ることになり2人はマサキの家の玄関をくぐった。
「それじゃ、またな!! マサキ!!」
2人はマサキに別れを告げると、ハナダシティに向かって歩き出した。
ところが、数10メートルと進まないうちにグリーンが突然立ち止まる。
「レッド、あいつ・・・」
グリーンはそう言うと、イーブイ、サンの方をちらりと目でうながした。
サンはおどおどしながらハナに小突かれつつ、レッドたちの後についてきている。

「いこうぜ、サン!!」
「キュイ・・・」
レッドは、サンに笑いかけながら呼びかけた。
サンは、少しながら、歩くスピードを早めてレッドたちとの距離を詰めていく。
「気の弱いポケモンだな・・・・・・」
グリーンがため息半分につぶやいた。
立ち止まっていた2人に、ハナとサンがようやく追いつく。

「いいんだよ、オレたちの関係はこんなもんで!!」
レッドは後ろにいるポケモンたちに笑いかけた。
ハナは笑い返し、サンは首を少しすくめた、彼らなりの『YES』のサインなのだろう。

『キャァ――――――ッ!!!』

ハナダシティまで到着すると、女の子が2人に向かって駆け寄ってきた。
黄色い悲鳴をあげながら、レッドの方へと近づくと レッドには見向きもせずその足元にしゃがみ込む。
「可愛いポケモン!! ねえねえ、抱いてもいい?」
どうやら『お目当て』はサンのらしい。

―――――サンの気苦労は、まだまだ絶える事はなさそうだ。


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