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31、傷ついたカラカラと少女 32、ポケモンタワー
31、傷ついたカラカラと少女
「うわぁ・・・降ってきた。」
顔にいくつかの水滴がぶつかり、レッドは灰色の空を見上げた。
春と夏の境目、温かい気流と冷たい気流がぶつかるこの時期、
山と山に挟まれたこの町、シオンタウンでは 逃げ場のない雲がたまり、雨がよく降る。
「まいったなあ・・・当分、止みそうにない・・・。」
ポケモンセンターまでたどり着く事が出来ず、近くの家の軒先で雨宿りしているレッドは、独り言をつぶやいた。
たどり着いたばかりのこの町では、誰かに頼る、などというあてもない。
「・・・お兄ちゃん、トレーナー?」
突然声をかけられ、レッドが驚いて振り向くと、そこには レッドの胸くらいの背の高さの少女が立っていた。
少女は リボンのついた 薄い紫色のワンピースを着て、淡いブラウンの髪の間から ラベンダー色の瞳をのぞかせている。
手に持った 少女の頭ほどもある大きなアジサイが その場の風景に 少女を溶け込ませていた。
「え? あ、ああ、一応、ポケモントレーナーだけど・・・」
レッドは自分の腰に眼を向け、いまさら気付いたように答えた。
「カラカラが死んじゃいそうなの!! お兄ちゃん、助けて!!」
「・・・え?」
ラベンダー色の瞳に涙をためて 必至に叫んでいる少女の姿を見て、ただ事ではないことをレッドは感じた。
「どこにいるんだ? そのカラカラ・・・」
レッドがたずねると、少女は 本降りになってきた雨の中を、小さな体で走り出した。
「・・・・・・たすかる?」
小さな少女は ポケモンセンターの女医にたずねた。
「大丈夫よ、発見が早かったから 少し衰弱(すいじゃく)しているくらいで済んだもの。
1晩寝たらすっかり元気になるわ!!」
それを聞くと、少女はほっと胸をなでおろした。 もちろん、レッドも。
「でもさ、なんで あの骨をかぶったポケモン、道の真ん中なんかで倒れてたんだ?
町の中だってのに、体中 傷だらけだったし・・・」
雨で濡れた髪を拭きながら レッドは 少女にたずねる。
「あのね、カラカラはロケット団の組織にいたの。
そこが嫌になって、お母さんと一緒に逃げようとしたら、ロケット団が追っかけてきて・・・」
「・・・やられちゃったわけか。」
「・・・うん。」
少女は こくんっと 小さく ひとつうなずいた。
「・・・・・・ん? 今『お母さんと一緒に逃げた』って言ってたよな。
その『お母さん』は、どうしたんだ?」
レッドは ふと疑問に思った事を 質問してみた。
少女は瞳を1回 ぱちっと瞬くと、
「ガラガラなら、ポケモンタワーにいるよ。」
そう 答えた。
「・・・ポケモンタワー?
そこに、あのポケモンのお母さん、逃げこんでんのか?」
レッドがたずねると、少女は小さくうなずいた。
傷ついているかもしれないポケモンのことを考えると、いてもたってもいられなくなるのが レッドの性格だ。
自分のポケモンのコンディションを整えると、名前と同じ 赤い傘を差し、ポケモンタワーと呼ばれるシオン1大きな塔まで 走り出した。
「・・・・・・聞いてない、こんなの・・・・・・」
シオンタウンの真ん中にある ポケモンタワーの中で、レッドは青い顔をしてつぶやいた。
石造りの高い塔の中には、石や鋼で出来た 数え切れないほどの、墓石や慰霊碑が置かれている。
そこは、寿命や事故、病気などで死んでしまったポケモン達をなぐさめるための・・・墓場だった。
びくびくしながら 抜き足差し足で 墓と墓の間を進むレッドの背後から、突然、声が聞こえてきた。
『・・・怖いの?』
「うっ、うぎええええぇぇぇ!!!???」
心臓が口から飛び出しそうになるほどレッドは驚き、慌てて走り出した勢いで 墓石に足を引っ掛け、ゴロゴロと床に転がった。
「ふふっ、お化けが出そうで怖いんだぁ〜!!」
紫色のアジサイを抱え、おかしそうにクスクスと笑っている少女を見て、レッドはようやく われにかえり普通に会話をはじめた。
「な、なんだ・・・君か・・・ 脅かすなよ・・・
・・・いったい、どうしたんだ?」
「あのね、お兄ちゃんに言いたい事があったから、追っかけてきたんだけど・・・
・・・そしたら・・・フフ・・お兄ちゃんが・・・おしり、出っぱらして・・歩いてるんだもん・・・・」
レッドの姿がよほどこっけいだったらしく、少女は再び クスクスと笑い出す。
「そ、そ、そんなに 笑うなよな!!
・・・い、言いたいことってなんだよ?」
レッドは なおも笑う少女に、顔を真っ赤にしながら たずねた。
少女は 話にならない笑い声を何とか落ち着かせると、ラベンダー色の瞳をレッドに向け、話した。
「あのね、ここのポケモンタワーで 幽霊達が悪さしてるって噂、町で聞いたのよ。
お兄ちゃん、『トレーナー』なんでしょ? 悪い幽霊達を 追っ払ってよ!!」
少女の言葉に、レッドは 顔から血の気が引いていくのを感じた。
32、ポケモンタワー
「・・・・・・・・・」
「お兄ちゃん、幽霊、怖いの?」
少女は、『幽霊が出る』と言う言葉に固まっているレッドを ラベンダー色の瞳で覗きこむように見つめた。
「バッ、バッ、ババ、バカ 言うなよなッ?
こ、このレッドさまに、怖いものなんて、あるわ〜けが・・・・・・」
「・・・・・・(声がひっくり返ってる)・・・・・・
・・・おばけっ!!!」
「ひぎえぇぇ―――!!!???」
薄暗いポケモンタワーの中に、少女の笑い声が響き渡った。
「お兄ちゃん怖がり〜!!」
「う、うるせぃッ!!!
カッ、カラカラカラの かかかあちゃん、探しに行くんだ!! ゆっゆゆゆ幽霊なんて、気にしてられるか!!」
レッドは 無理矢理いきがると、タワーの奥に向かって ずんずんと歩き出した。
2つの小さな足音は 墓場と墓場の間を すり抜けるように進んでいった。
「・・・なんで、君まで付いて来るんだよ?」
レッドは怯えた姿を見られたくないのか、少々無愛想な様子で 少女に話しかけた。
「だって、このアジサイ、ガラガラに見せたいんだもん。
それに、さっき看護婦さんに聞いたら、フジじいちゃんも ポケモンタワーの中に入ったって言ってたし。」
「フジじいちゃん?」
「町の真ん中に住んでる、優しいおじいちゃんがいるの、よくいろんなお話してくれるのよ!!
・・・・・・あ!!」
「どうした?」
少女が足を止めて 1点を見つめているので レッドは不思議に思って聞いてみた。
「・・・・・・ガラガラ!!」
少女が駆け寄った先には、白い体を横たえ、ぴくりとも動かない 1匹のポケモンがいた。
「・・・こいつ・・・死んでる。」
レッドが見てもすぐ分かるくらい、ガラガラは はっきりと『死』の様相をあらわしていた。
「・・・なあ、お前 もしかして知ってたのか? ガラガラが もう死んでるってこと・・・」
あまり表情を変えず、動かないガラガラの横でしゃがみこんでいる少女に レッドは声をかけた。
「うん、カラカラが かぶってたの、ガラガラの骨だったから・・・」
「そっか、とにかく このまんまじゃあんまりだ。
せめて埋めてやろうぜ、ユウ!!」
ポケモンタワーは室内だが、ポケモンの骨を埋めたりする為に 床の上に土がかぶせてある。
レッドは サンドのユウを呼び出すと、協力して 母親ポケモンを埋める為の穴を掘り始めた。
「ん〜・・・こんなもんかな、それとも、もうちょっと・・・」
レッドが穴の深さをユウと相談していると、不意に 少女の上ずった声が聞こえてきた。
「お、お兄ちゃん・・・」
「・・・なんだ?」
「あ、あれ・・・・・・」
振り返ると、死んだはずのガラガラが、のそりと立ちあがり ぐにゃぐにゃの目でこちらを見つめている。
「ゾ、ゾゾゾゾゾ ゾンビ!? うそだろ、オイ!?
『ゾンビポケモン』なんて、聞いた事ないぞ!?」
レッドは いつもより1オクターブ近く 上ずった声で 思わず叫んだ。
ユウは丸い目を いっそう丸くして、目の前の事実を考え込んでいる。
「きゃあ!!」
ゾンビポケモンが少女に襲いかかり、レッドは 反射的にユウを向かわせた。
ユウの小さくも鋭い爪が、ガラガラから振り下ろされた骨をはじき返す。
「下がってろ!!」
レッドは少女の前に立ち、戦闘態勢を取った。 どれだけ怖くても、トレーナーの性だけは 消す事が出来ない。
「まさか、これが町で言ってた『幽霊』なのかな?
ガラガラ、悪い子になっちゃったのかな?」
少女は、初めてレッドと会った時のように ラベンダー色の瞳に涙をためて、ユウと対峙しているガラガラのほうを見ていた。
「ふ、ふざけんなよ!! 死体が動くなんてこと、あってたまるかッ!!」
レッドは 飛び掛ってくるゾンビを避けながら叫ぶ。
ガラガラの持っている骨が 服の端をかすめ、ポケモン図鑑が カシャンッと音を立て、床に落ちた。
「ユウ、『ひっかく』、『きりさく』!!」
ユウがどれだけゾンビを切り裂いても、ゾンビガラガラは止まる事がない。
「お、おいおいおい・・・・・・あんなの、一体どうやって倒せって言うんだよ・・・」
次第に、直接攻撃を受けているユウの足元はふらつき、レッドはだんだん『絶望』を感じ、その場にがくんと ひざをついた。
・・ピピ・・・ピッ・・・
「・・・・・?」
聞き覚えのある電子音に、レッドは音の方向に視線を動かした。
見ると、ポケモン図鑑が『ポケモン反応あり』のメッセージを 液晶画面に映し出している。
レッドは 図鑑を拾い上げ、ユウの小さな体に容赦なく攻撃を繰り返すゾンビに向けてみた。
『ゴース ガスじょうポケモン
うすい ガスじょうの せいめいたい。 ガスに つつまれると インドぞうも 2びょうで たおれる。』
「・・・ポケモン・・・なのか?」
レッドは胸の中に ぱっと明かりが灯った気分だった。
「なんだ、幽霊じゃないんだ。
・・・・・・そうとわかりゃ、怖かねぇや!! ユウ!!」
レッドが叫ぶと、ユウは 先ほど掘った穴の中に滑り込んだ。
それを追って、ゾンビポケモンも 自分の為に用意された穴の中に飛び込んでくる。
「今だ!! その死体、埋めちまえ!!」
レッドが叫ぶと、ユウはゾンビを残して穴の外に飛び出し、盛り上げてあった土を 穴の中に向けて放り込んだ。
すっかり穴が埋まるまでユウが土をかぶせた時、地面の中から 1匹の紫色のガスのようなものが浮き出てきた。
丸い顔だけが ふわふわと浮いているようなその物体は、地面から抜け出ると、目を回して その場で ころん、と倒れる。
そして、突然赤い玉に変化したかと思うと、レッドの脇をすり抜けて、奥の方へと向かっていった。
「あれがゴース・・・」
レッドは お疲れのユウをモンスターボールに戻すと、紫色の物体を思い出して、つぶやいた。
「あの〜・・・」
石灯籠(いしどうろう)の影から 今まで隠れていた少女がひょっこり顔を出した。
「ありがとね、ガラガラを 助けてくれて・・・」
「え? あ、いや なりゆきだったし・・・」
お礼を言われて 照れているレッドに、少女は 持っているアジサイを差し出し
「これ、あげる。 バイバイ、怖がりのお兄ちゃん!!」
そう言うと、少女は来た道を引き返し、あっという間にその姿を消していった。
「・・・ふう、やれやれ、酷い目に会った・・・」
しばらくその場に立ち尽くしていたレッドは、
墓場の奥から ポロシャツにズボン、という 極めて普通のなりをして現われた老人に 目を向けた。
「ああ、君かね? 私を助けてくれたのは・・・」
老人は レッドの栗色の瞳と目が会うと、笑いかけながら近づいて来た。
「え・・・? い、いや、オレは別に・・・
襲いかかってきたポケモンを 倒してただけで・・・・・・」
老人はレッドのその言葉を聞くと、目を細めた。
「その『襲いかかってきたポケモン』が、ロケット団のポケモンだったのだよ。 知っとるかね? ロケット団。
私は、シオンタウンのフジという者だが、いつものように ポケモン達の墓参りに来ておったら、急に捕まってのう・・・・・・
君があのゴースを倒してくれなければ、今ごろどうなっていたことか・・・」
「はあ・・・」
「おや、そのアジサイは・・・」
フジ老人は レッドが持っていた紫色のアジサイに目を向けた。
「懐かしいの、昔、よく遊びに来ていた子が アジサイが大好きな子での、よく、そんな色のアジサイを抱えておったよ。
このアジサイと同じ色の瞳を きらきら輝かせておったのう・・・・・・」
「ああ、その子なら・・・」
レッドが言葉を言いきる前に、フジ老人が 話を続けた。
「病弱な子でのう、1年前に 病気で死んでしまったがのう・・・
ポケモンの大好きな 優しい子だったよ。」
「・・・・・・え?」
レッドは 自分の意識が天に昇って行くのを感じた。
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