<各話の1番最初に飛べます>
33、にぎやかな街 34、黒の空間へ 35、書庫 36、ロケット団とポリゴンと 37、囚われたお嬢様 38、砕けたジムバッジ



33、にぎやかな街




その街は、全てのものが、場所が、人々の活気でにぎわってた。
どこに行っても、人、人、人。 どっちを見ても、物、物、物。
どこを見まわしても、全てのものが動き回っていて、なんだか、オレことレッドは息苦しかった。



「どーも、この街って性に合わないな、にぎやかなのは好きだけどさ、なんか、人の感じが冷たいっていうか・・・」
レッドは、街外れの公園のベンチに腰を下ろした。
ここは カントー最大の街、タマムシシティ。 人と人の交差する街だ。
街の中心にある ポケモングッズ専門店の最高峰、タマムシデパートを求め、日夜ポケモントレーナーが この街を訪れる。

「ちょっと寂れてる(さびれてる)けどさ、マサラやトキワの方が 落ち着いてていいよな、ピカ?」
女の子達にまたもや もみくちゃにされ、お疲れの様子のピカに レッドは話しかけた。
もっとも、人間とポケモンの言葉が通じているわけではないのだが。


「・・・あら、旅のトレーナーの方ですの?」
背後から声を掛けられ、レッドは振り向いた。
見ると、市松人形のような 和服に袴(はかま)、
それにきれいに切りそろえられたおかっぱ頭の似合う、面立ちの整った女性が 静かにたたずんでいる。

『また触られるのか?』と、ピカは露骨に 嫌な表情を作って レッドにアピールした。
「あの、悪いんすけど、今このピカチュウ、機嫌悪いんで、触らないほうがいいと思うっすよ。」

「あらあら、それは災難でしたね。 この街、ポケモンの知識の薄い人が多いですからね。
 そのピカチュウ、『かわいい』というだけで、おもちゃにされていたのではないのでしょうか?」
「そのとーり、・・・です。」
レッドは 相手が敬語を使うので、つられて 中途半端な丁寧語(ていねいご)になる。

「それでしたら、もし、よろしければ、うちのジムへいらっしゃいませんか?
 ここよりは 多少くつろげると思いますよ。」
突然の招待に レッドは一瞬、どう反応すればいいのかわからず、目を瞬いた。
それでも、ジムと聞いたら 断る理由はない。
「よっしゃ、行くっ!! ・・・です。」



案内されたジムは、そこら中、花や緑でいっぱいだった。
目の眩むような赤の花、力強さを持った白のツタ、心を和ませる(なごませる)ような緑色の葉、そういったものが 1面にあふれかえっていた。
「エリカさま!!」
ジムの中から2〜3人の女の子が飛び出してきて、レッドに声を掛けた女性に駆け寄った。

「ただいま 戻りましたわ。
 街で、旅のトレーナーの方を見つけましたの、少し ここで休ませてもいいですよね?」
「そんなこと 言っている場合ですか!?
 もしかしたら エリカ様も狙われているのかもしれないのに、無断で外出するなんて!!
 不用意すぎますよ!!」
駆け寄った女の子の1人が キンキン声で騒ぎ立てる。

「何、こいつ 狙われてるのか?」
ちょっと信じられない、といった様子で レッドは女の子の1人に聞いてみた。
「こら、あんた!! エリカ様の事を『こいつ』なんて呼ばないの!!
 1ヶ月くらい前から、タマムシの中で ロケット団を 見かけるようになったのよ。
 今は エリカ様や、あたし達 ジムトレーナーが 街を守っているんだけど、もし、エリカ様が敵に狙われて、倒れでもしたら・・・」
「ミク!! 不吉なこといわないで!!
 それに もしかしたら、こいつが ロケット団かもしれないのよ!!」

別の女の子が レッドに話した女の子をたしなめる。
しかし、そのせいで ロケット団疑惑は レッドの方に矛先(ほこさき)が向いてしまった。

「そういえば・・・こいつがロケット団ってことも、十分ありうる・・・」
「な、なんだよ!?
 お前らだって オレのこと『こいつ』呼ばわりじゃねーか!!
 大体、ロケット団に 間違えられること自体、信じらんねーよ、ふざけんな!!」

レッドも、ロケット団に間違えられては大変、と 必死に反論する。
強力な女の子達との口喧嘩に 終止符を打ったのは、先ほどレッドに話し掛けて来た和服の女性、エリカだった。

「あら、その方はきっと、ロケット団じゃありませんわ。」
「エリカ様、どうしてそんなことが分かるんです!? 下手したら、エリカ様の命が危ないんですよ?」
「女の勘ですわ♪」
めちゃくちゃな理由だが、なぜかジムトレーナー達は しぶしぶ納得し、レッドは ロケット団容疑から逃れる事が出来た。



「えっと、エリカ様、だっけ。 さっき、この街にロケット団がいるって言ったよな?」
レッドは出されたお茶をすすりながら、エリカに尋ねた。
「ええ、今のところ 目立った動きがないので こちらも手を出す事が出来ないのですが、
 どうやら、裏で何かありそうな雰囲気ですわ。」

レッドは 茶菓子を口に放り込むと 帽子を深くかぶりなおし、立ちあがった。
「ほひ(よし)!!
 おふぇが えっひょふぃあえふぇあうお(オレがいっちょ調べてやるよ)!!」
ものを口に含んだまましゃべるので、言葉になっていない。(みんなは ご飯はちゃんと飲み込んでからしゃべろうね)
エリカから差し出された抹茶で 茶菓子をのどの奥に流し込むと、レッドは もう一度同じ事を言って ジムの外へ走り出した。

34、黒の空間へ




「・・・とは言ったものの、どうやって探せばいいんだ? ロケット団の基地なんて・・・」
レッドは タマムシデパートの中にあるベンチに座り込んで うんうん唸っていた。
大見栄切って飛び出してきただけに、いまさら戻るわけにも行かない。

「なに唸ってんの? おなかでも痛いの?」
声を掛けられ、レッドが顔を上げると・・・・・・
「・・・ぶ、ブルー!?」


「・・・ふーん、なるほど、この街に ロケット団がねぇ・・・」
レッドが説明すると、ブルーは感心したように ふんふんとうなずいた。
「それで、どこにあるの?
 そのロケット団の・・・・・・」

突如、辺りが騒がしくなり、ブルーの言葉は 最後まで聞き取る事が出来なかった。
「動くな!! このデパートは 我ら ロケット団が占拠した!!
 痛い目に遭いたくなかったら、おとなしくしているんだ!!」
ブルーは 銀色の瞳を瞬かせ、殴りこんできた黒服の集団を眺めながら、レッドに話しかけた。
「ねえレッド、こーゆうの、こっちの言葉で『願ったり叶ったり』っていうんだよね?」
「・・・・・・え?」



ロケット団員は、作戦成功を確信し、デパートのなかを我が物顔で うねり歩いていた。
「コラ、おまえ等!! おとなしくしねぇと・・・・・・」

ゴインッ!!

ロケット団員の男Aは、ブルーの攻撃で気絶し、ずるずるとその場に倒れる。
「・・・・・・ブルー、お前な・・・
 ふつー、カメールの甲羅で 人、殴り倒したりするか?」
ピカの『でんじは』で 別のロケット団員を倒していたレッドが 呆れ顔でつぶやいた。
「・・・? だって、カメキチの甲羅、結構硬いじゃない?」
時々、彼女の常識のなさには ため息が出てしまう。

「それはともかく、早い所、こいつらから服、奪っちゃおーぜ?
 これで、ロケット団に 近づきやすくなる。」
レッド達は 気絶しているロケット団員から 真っ黒な制服を剥がす(はがす)と、団員達をトイレの中に押し込め、
自分達は黒1色の制服に身を包み、デパートの中へと繰り出した。


「お前達!!」
デパートの奥にいたロケット団の女に怒鳴られ、レッドはばれたのかと思い、身を震わせた。
ショートカットの女は、ハイヒールを カツカツといわせながら距離を詰めより、大声で叫んだ。

「定期報告もせず、今まで どこを歩いていたんだ!!
 さっさと持ち場につけ!!」
正体がばれたのではないと分かり、レッドがほっと胸をなでおろしていると、ブルーが前へ進み、声色(こわいろ)を使って話し始めた。

「えー、あの、すいません・・・
 我々、ちょっと気付いた事がありまして、ひとまず本部に連絡したいんですけど・・・」
「さっさと行け!!」
どうも、ロケット団の幹部らしい女が、イラついた様子で叫ぶと、ブルーは 口元を少し緩め(ゆるめ)、続けた。
「すいません、なにぶん、新入りなもんで・・・
 場所が分からなくなっちゃったんですが、基地はどこに・・・・・・」
「街の中心の ゲームコーナーだ!!
 基地の場所を忘れる奴があるか!! 馬鹿者が!!」
女がブルーの頬を叩いたので、レッドは あっと言って 幹部らしき女に掴みかかろうとしたが、ブルーがそれを静止した。
「すいません、すぐ、戻りますんで・・・
 行くぞ、カンタ!!」



「あーもう、ツバキってば、乙女の顔を 思いっきり叩いてくれちゃって!!
 腹立つッ!!」
デパートの外へ脱出し、ロケット団の 汗臭い制服を脱いでいる最中、ブルーが カンカンになって叫んでいた。
「あんまり大声出すなよ。 顔、叩かれて怒るのは分かるけどさ・・・・・・
 それより、何であの女が『ツバキ』だなんて、分かるんだ? それに、『カンタ』って・・・」
「制服の襟(えり)の所に、名前が刺繍してあったのよ。 私のは『レイ』って・・・
 ・・・ったく、子供じゃあるまいしね・・・・・・」
レッドとブルーは 黒の服を デパートから持ってきた紙袋に詰めこんだ。
街の中を歩き回るには、ロケット団の制服は目立ちすぎる。


「ここ、よね。」「ここ、だな。」
にぎやか過ぎる街の中に溶け込んでいる 原色をふんだんに盛り込んだゲームコーナーを見上げ、2人は同時に声をあげた。
ゲームコーナーは ロケット団がいると言われるまでもなく、何か 怪しい事をやっていそうな雰囲気を匂わせている。

コーナーから出てきた『負け犬』が、気分の悪くなるような タバコの匂いを残しながら、すれ違っていく。
「・・・・・・行くか。」
レッドとブルーは この先 何が起こるか 全く予測のつかない空間へ、足を踏み入れていった。


35、書庫




コーナーは タバコの煙で充満していた。
耳を劈く(つんざく)ようなBGM、響き渡る金属音、欲と金で満たされた空間は どよどよとした空気で1杯だった。

「それじゃ、基地の入り口が見つかるまで、別行動ね!!」
ブルーが 煙でむせ返りながら レッドに言った。
「おっけ、だったら 後でコーナーの入り口に集合な。」
レッドとブルーは それぞれ 違う方向に歩き出した。



「ゲームコーナーのどっかに、ロケット団の基地、あるんだよな・・・・・・」
レッドは 一旦コーナーの外へ出て、サンを傍ら(かたわら)に置き、腕組みをして考え込んでいだ。
サンは煙を嫌がり、パタパタと 耳や尻尾で追い払っている。

「やっぱ、サンもこの煙、嫌か?
 ・・・・・・待てよ、煙・・・煙・・・ね・・・!!」
レッドは 軽く手を叩くと サンをモンスターボールの中へ戻し、裏口へ向かって走り出した。


一方、ブルーは禁煙コーナーのある 景品交換所で バリヤードの『バリきち』を出し、
両手を前に突き出した体勢で 必死に何かを感じ取ろうとしていた。

「バリきち、本当に、何も感じないの?」
ブルーの問いに バリきちは 首を横に振った。
どうやら、エスパーポケモンの能力で 入り口を探そうという作戦らしい。

「・・・ちょっといいですか?」
ガタイのいい男に 肩をつかまれ、ブルーは青ざめた顔で 後ろに振り向いた。

「困るんですよね〜、ポケモンを使って イカサマやられちゃ!!!
 ちょっと、店の外まで出てもらいましょうか、お嬢さん?」
「わ、私、イカサマなんてやってません!!
 それより、あなた この店で働いて、何か変だとも思わないんですか?
 ここ、ロケット団のアジトなんですよ!?」

その言葉を聞いた男の眉間に、深いしわが刻み込まれ、ブルーは しまった、と思い、ますます顔が青ざめる。
「・・・・・・ちょっと、来てもらいましょうか?」
いかつい顔をした店の従業員に、ブルーは 店の奥まで案内された。



「煙っむ・・・・・」
レッドは 健康に悪そうな タバコの煙で1杯の筒の中を はいつくばりながら進んでいた。
ここは ゲームコーナーの通風孔の中。
レッドは そこからアジトの中に侵入しようと 計画を企てて(くわだてて)いるのだった。

「でも、こんなトコから 入ろうなんて、考えなきゃよかったよな・・・ゲホッ・・
 通風孔ってことは・・・グホッ・・・コーナー中の煙が・・・ゲホッゴホッゴフォッ・・・・・・おわっ!?」
煙が充満している通風孔の中を 闇雲に進んでいると、不意に 手のひらに感じていた金属の感触が無くなり、
次の瞬間、レッドは 頭から落下していた。


「いってぇ・・・・・・、なんだ ここ?
 ゲームコーナーの地下に・・・別の部屋が・・・」
そこは、煙だらけの 狭い空間とは違い、1面、戸棚に積まれたファイルで 壁が埋め尽くされていた。
レッドは タバコの匂いの残る服を パンパンッと叩くと、辺りを見渡し、今の状況を 頭の中で考えた。

「・・・ははぁ、なるほど、ここが『ロケット団のアジト』なわけだな?
 ってことは、ここにロケット団のボスがいるわけだから、そいつを倒せば・・・・・・
 ・・・で、一体 何なんだ、このファイル・・・」
ぶつぶつと独り言を言いながら、レッドは 青色のファイルの1つに手を伸ばす。

「痛てっ!!
 ・・・やっべ、手首、ひねったかもしんねー・・・」
右の手首に ピカの電撃に襲われたような痛みが走り、レッドは慌てて ファイルを持つ手を左に変える。
手首をいためないように、そっと青い表紙を開くと、
そこには レッドが500年かかっても理解できないような 難しい計算式で びっしりと埋まっていた。


「・・・はぁ、手首どころか 頭まで痛くなりそうだ・・・・・・
 なになに、『イーブイの低レベル進化による利点とリスク』・・・
 『ピカチュウの雷蓄積量(かみなりちくせきりょう)増加の為の改造計画』・・・・・・
 『ニャースの小判の利用法』、『効率の良いハクリューの捕まえ方』・・・
 『×××(こすれて読めない)研究所のポケモン奪取作戦 方法と問題点』、『カラカラの骨、その価値』・・・
 それに・・・・・・
 『最強の改造ポケモン、ミュウツ・・・・・・」


『・・・誰だッ、そこにいるのは!?』


扉の向こうから女の声が響き、レッドはファイルを抱えたまま、慌てて戸棚の陰に隠れる。


36、ロケット団と ポリゴンと




部屋に入ってきたのは、髪の長い 20代くらいの女だった。
レッドがいつも見るロケット団と違い、センスの無い制服の色が 白色をしている。
女は、レッドが隠れている部屋を ぐるっと1回見渡すと、薄水色のドアを軋ませながら ばたんと閉じた。


「・・・ふう、行ったかな?
 ・・・・・・にしても、このファイル、慌てて持ってきちまったけど、一体何なんだ?
 『最強の改造ポケモン、ミュウツー・遺伝子構造 及び ミュウの捕獲方法』・・・・・・ミュウツー?」
「ロケット団の改造ポケモンの中で、1番の攻撃力と破壊力を持つ、と言われているポケモンよ。
 もっとも、まだ完成はしてないらしいんだけど。」
「ふ〜ん、・・・・・・・・・?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「うっ、うあああぁぁぁ!!!??」
背後から 先ほどの女が話しかけ、レッドは 頭を天井にぶつけそうになるほど驚いた。
女は ぱっちりした二重まぶたの眼を 1回瞬くと、さも当たり前かのように 懐から黒い手帳を取り出し、レッドに突きつける。
「心配しないで、私はユリ、警察官よ!!
 ロケット団関連の 事件を調べる為に、変装してここに潜入してるの、あなたと一緒ね。」
ユリと名乗る女は 端正(たんせい)な顔を にっこりと微笑ませた。

「け、けけ、警察官?」
「いえーす!! 愛と正義と誇りを持って、市民のために、悪に立ち向かう!!
 ポケモン警察、タマムシ本部のユリとは 何を隠そう、私のことよ!!」
ユリは ずいぶんとノリノリな様子で 左手を びしっと額に当ててみせた。


「それでぇ? 君は ここに何をしに来たのかな?」
「子供扱いする・・・しないでください。
 ロケット団をぶった・・・・・・壊滅させに来たん・・です。」
レッドは なれない敬語で 言葉がしどろもどろになる。

「ふむ、なるほど・・・・・・ありきたり。」
ユリは あごに手を置いて、ふむふむ、とうなずいた。
「警察官の仕事としては、君を さっさとここから出さなきゃならないんだけどね。
 嫌って言うでしょ?」
レッドがうなずくと、ユリは続ける。
「だったら、君が アジトの中を動きまわるのを黙認(もくにん)する代わりに、君は 私のことを一切漏らさない。
 お互いに干渉(かんしょう)しない、それでどうかな、これで手を打つと言うのは?」
ユリは とても警察官とは思えないような提案を 子供っぽい顔でレッドにぶつける。
レッドとしては、願ったり叶ったりだ。
「おっけ、です。 それで手を打と・・打ちましょう。」



ユリが 埃っぽい部屋を出てから5分後、レッドは デパートで手に入れた
ロケット団の汗臭い制服を身にまとい、基地の中へと乗り出した。
広かったり狭かったりする 欠陥建築の廊下を進んでいくと、ドアのガラス越しに色々な実験をしている風景が覗く。

『オイ、そこの下っ端!!』

眉間の間にしわを作ったロケット団に声を掛けられ、レッドは ビクッと身を震わせる。
団員Bは 赤白のモンスターボールが山のように入っているダンボール箱を レッドに突きつけた。
「何をサボっている、早い所、これを上のゲームコーナーまで運んでいくんだ!!」
「え・・・と、これって・・・」
「コーナーの景品の クズポケモンどもだ!! さっさと持っていけ!! このノロマ!!」
団員は 鬼のような形相で ダンボール箱をレッドに押し付けると、そのまま 肩を怒らせながら行ってしまった。
「はあ・・・何なんだ、あいつ? いっつも あんなに怒ってるのか?
 わっかんね〜な〜、ロケット団って・・・・・・おっと。」
足元に置いたダンボール箱につまずき、中からモンスターボールが1つ、こぼれおちる。
中では、レッドが今まで見たことの無い、全身 角張った鳥のような、ピンクに近い白色をしたポケモンが震えていた。


「なんだ? おまえ・・・・・・」
レッドは 中からポケモンを取り出し、図鑑を開けて調べてみる。

『ポリゴン シージーポケモン
 さいこうの かがくりょくを つかい ついに じんこうの ポケモンを つくることに せいこうした。』

ポリゴンは 人懐っこい性格らしく、レッドの腹の辺りに頭をうずめ、びくびくと震えていた。
どうして 震えるほど怯えているのか、それは さっきの男の言動と合わせて考えれば 大体想像がつく。
「う〜ん・・・なあ、お前、オレのポケモンになるっていうのは?」
ポリゴンは レッドの言葉に 顔を上げた。 少なくとも、嫌そうな顔はしていない。
「あ、いやさ・・・嫌ってんなら、無理にとは 言わねーけどさ・・・
 ただ、ここで ロケット団の言いなりになるよりは 少しはましかな〜・・・とか思って・・・」
レッドは 照れたように ほおをポリポリとかいた。 ポリゴンは 角張った目を潤ませ、レッドの胸に飛び込んでくる。
どうやら、『決まり』のようだ。
「それじゃ、今日からお前の名前は『ポコ』だ!!
 よし、さっそく ポコには仕事してもらうぞ。 いいか?」



どんどんどん・・・

コンコンコン・・・

「だあぁーっ!! いったい いつまで ここに入っている奴は 中に居座るつもりなんだ!!」
ロケット団内の 男子トイレでは ちょっとした戦争が起こりつつあった。
「おい、一体どうした?」
「どうしたも こうしたもねえ!!
 この中に入っている奴、もう、かれこれ30分も この中に居座りつづけやがって!!
 おかげで俺が・・・・・・」
眉間にしわのあるロケット団員は 半ば 涙ぐみ始めていた。

「なにも、律儀にここで待たなくても、他の所に行けばいいじゃないスか・・・」
「おお、言われてみればそうだ。 それでは行ってくるぞ!!」
団員は 光のような速さで 別のトイレへと向かっていった。

こんこんこん・・・

コンコンコン・・・

残された団員は 人の出てこない個室に向かって話しかけた。
「それじゃ、オレが戻ってくるまで、そのポケモン達を守ってやれよ。
 出来るだけすぐ、戻ってくるからな!!」
「キュイン!!」
「声は 立てない!!」

コンコンコン・・・

「・・・よし!!」
レッドは アジトの中を走り出した。


37、囚われたお嬢さま




「さてと、とにかくボスの部屋を見つけて、ぶっ倒してこないと!!」
レッドは ロケット団アジトの中の廊下を走り、幹部らしい人間に睨まれる。

「貴様、廊下は走るな、と 常日頃から言っておろう!!
 何度言わせれば分かるのじゃ、この馬鹿者が!!」
「す、すいません・・・・・・」
まるでいたずらっ子を叱るような言葉に、レッドは唖然となりながらも、とりあえず かわした。

「はあ、びっくりした・・・ ロケット団って、変な奴の集まりなんだな・・・」
レッドは 後ろを ふりかえり ふりかえり進む。
この手のお話のお約束通り、迷子になりながら。
いつのまにか、レッドは アジトの入り口付近まで戻ってきてしまっていた。



「・・・・・い、・・・離しなさい!!
 一体、私を連れていって、どうするつもりなのですか!?」
聞き覚えのある声が廊下の奥から響き、レッドは声のする方に向かって走った。(先ほどのロケット団の忠告も聞かずに)
角を曲がると、声の主、タマムシシティで出会ったエリカが 数人のロケット団とデパートの中にいた幹部らしき女、
それに先ほど『廊下を走った』とレッドを叱った 黒い髪を長く伸ばした女(確かに女だった)に引きずられていた。

すぐにでも助けたい所だが、今 出ていっては 全てが上手く行かなくなるうえ、逃げる事もままならない状況。
加えて、エリカ自身には 危害を加えられたような様子はないので、レッドはこっそり後をつけることにした。


「・・・しかし、こうも上手くいくとは 思ってもみなかったのう!!
 ツバキ、さすがは、ボスの作戦じゃ!! そうは思わぬか?」
エリカを鍵のついた部屋に閉じ込めると、黒髪の女は(まだ若いというのに)年より言葉で話し始めた。
「侮るな、ハギ。 若いとはいえ、あの女はジムリーダーなんだ。
 子供でも 大人を上回る実力者がいると、この間、おまえ自身が言っていただろう?」
ショートカットの女ツバキが 黒髪の女ハギをたしなめる。

「ああ、サントアンヌの時じゃな。 確かに、あの時は 確実に殺せたと思って油断しておった。
 まさか、あの赤い服の子供に仲間がついているとは 思ってもみなかったからの。」
ハギの言葉で レッドは 心臓が低く波打つのを感じた。
サントアンヌの事件の時、レッドを『ねんりき』で飛ばし、爆弾で殺そうとしていたロケット団だ。


「・・・・・・そういえば、・・・」
ツバキの言葉で レッドは我に返った。

「景品交換所に少女が1人、入りこんでいたらしいな。」
「ああ、あの茶髪の少女か。 瞳が銀色をしていて、人間離れしておったのう・・・
 なんでも、ロケット団の事をこそこそかぎまわっていたからと、ボスの所まで連れていかれたらしいのう。」

「・・・ブルー!?」
レッドは 叫びそうになるのを必死でこらえた。 心臓が 弾けそうになるくらい 強く波打つ。
駆け出したくなる気持ちを必死で押さえ、早足で2人の前を通りぬけると レッドは 場所も知らない『ボスの部屋』へと向かった。


「・・・あいつか?」
レッドの姿が見えなくなると、ツバキはハギに小声で話しかけた。
「おお、そうじゃ。 思ったとおり、単純みたいじゃのう・・・・・・」
2人の幹部は ロケット団らしい 不敵な笑みを浮かべた。





「・・・ブルー!!」
レッドは アジトの1番奥の扉を 乱暴に開いた。

小さな部屋には 何が入っているのか分からない戸棚、どうやって入ったのか分からない大きな机、その上には大きなナイフ
それに机に似合う 豪華なソファ、それに・・・・・・

「レッド・・・・・・」
ブルーは あまり嬉しくなさそうな顔で 汗だくのレッドを見つめる。
「なんだよ、捕まったって聞いたから 助けに来たやったんだぞ? 嬉しくないのかよ?」
ブルーは 首を横に振る。
「ううん、嬉しいんだけど・・・レッド、これ罠なのよ、私達を 確実に捕らえる為の。
 本当は『来ちゃいけなかった』の。」


「そういうこと。」
ブルーが言い終わった途端、背後の扉が ばたんとしまった。
振り向くと、ショートカットのロケット団、ツバキが その扉の前に立っている。
その左の手には 短い髪を掴まれ、身動きが取れなくなっているエリカの姿。

「まったく、正義の味方気取りで しゃしゃり出てこなきゃ、捕まる事もなかっただろうに・・・
 この小娘どもが・・・・・・」
「あら、大集団で動かないと何も出来ない、自分のやっている事に自信の持てない方々よりは いくらか マシだと思いますわよ。
 ・・・・・・おばさま。」
エリカがツバキの目を睨み、挑発してきたので、ツバキは 掴んでいる髪を ぐいっと引き上げる。
痛みにしかめるエリカの顔を見て、レッドは 別の種類の恐怖を感じていた。


「・・・・・・・・・さあ、」
ツバキは エリカを引き連れ、小さな部屋の奥へと歩いた。 どっしりとした机を背にし、レッド達と正面に向き合う。
「レッド、お前の持っているモンスターボールを 全てこちらへ渡すんだ。
 さもなくば、この小娘達の 命はないぞ!!」

「渡してはなりませんわ!!
 あなたは、ロケット団に対抗できる、ただ1つの希望なのですよ!!
 ・・・ぐっ!!」
また髪を引っ張られ、エリカは痛みで顔をしかめる。


レッドは ハナの入ったモンスターボールに手をかけた。
「そうだ、それをこっちに渡すんだ!!」
「駄目ですわ!!」
「・・・レッド!!」

レッドが ボールを握り締める力を強めた時、エリカは 机の上に置いてあるナイフを手に取った。
もう片方の手で 自分の髪を掴んでいるツバキの手を掴むと、頭と手との間に 銀色の刃を滑らせる。

「・・あっ・・・・・・」
ザクッ という音と共に エリカの頭は ツバキの左手から開放された。
エリカは 掴まれていた 自分の髪を切り、ツバキから離れたのだ。


「今ですわ!!」
エリカが叫ぶと、レッドは操られたように 握っているモンスターボールを開く。
中から飛び出したハナは ツバキを睨みつけると 大きなつぼみのついている背中の植物から
2、3枚の葉を その顔目掛けて 投げつける。
飛ばされた『はっぱ』は、ツバキの耳の辺りを掠めると、パンッ という音をさせて 背後の戸棚に突き刺さった。


「・・・さあ、これで3対1、まだ戦うおつもりですか?」
エリカは 割れた戸棚から 自分のモンスターボールを見つけ出すと、それを袖の中に収め、ツバキを睨む。
「く・・・・・・お、覚えておけ!!」
ツバキは レッド達の事を睨みつけると、いかにも悪役らしい台詞を投げ捨て、逃げ去っていった。



「すげー・・・・・・」
レッドは 呆然と目の前にいる女性(エリカの事)を見つめていた。

「あら、何が凄いのですの?」
「え・・・いや、だって、エリカ・・・様・・・
 ポケモン全部取られても ロケット団に負けてなかったし・・・・・・」

レッドの言葉を聞くと、エリカは にっこりと微笑んだ。
「このくらいの事で怖がっていては、お仕事が務まりませんわ。
 伊達(だて)に、タマムシのジムリーダーを やっているわけではございませんのよ?」


38、砕けたジムバッジ




「・・・レッド、見て。」
「・・・?」
ロケット団の引き払ったアジトの後片付けの最中、ブルーがレッドに話しかけてきた。

「何だよ、それ。」
ブルーの手には キラキラ光る、ガラスの欠片のような物が転がっている。
「ハナちゃんが『はっぱカッター』をツバキに撃ったときに耳から飛んだものだと思うの。
 ・・・これ、ジムバッジの欠片よ。」



「ふ〜ん・・・だから?」
「『だから』じゃないわよ!?
 ツバキがジムバッジを手に入れたなんて情報、どこにも掲載されてないもの!!
 これは、ロケット団に ジムリーダーが関与しているってことじゃない、だとしたら、おおごとよ!!」
ブルーは 細い両腕を広げて、必死に説明する。
「・・・マジかよ、ジムリーダーが!?
 まったく・・・・・・何だって ロケット団なんかに・・・
 同じジムリーダーでも、『おじさん』なら 絶対に そんな事しないのにな!!」

「『おじさん』?」
ブルーと、そして床に落ちた破片を 拾い集めていたエリカの声がダブる。
「そっ、トキワジムのジムリーダー!!
 名前は知らないんだけどさ、めっちゃめちゃ強くて、オレの憧れの人なんだぜ!!」

「・・・メッチャメチャ?」
怪訝な顔をして聞いてきたのはブルー。
「だってさ、オレ、何度か『おじさん』のバトル見たことあるけど、1回も負けた事ないんだぜ!!」

まるで自分のことのように 得意げな顔で『おじさん』の事を話すレッドを横目に、
エリカは 拾ったジムバッジのかけらを見つめていた。
「・・・トキワのジムリーダー・・・・・・」


「でもさエリカ、ジムリーダーならジムリーダーって何で最初に言ってくれなかったんだよ?」
レッドは少々 ふてくされたような声を出す。
「あら、だってレッドさん、お聞きになられませんでしたし、
 それに、ロケット団と戦うのに ジムリーダーの肩書きなんて必要ございませんでしょ?」
エリカはすました様子で答えた。

「何、言ってるんですか。 関係おおありじゃないですか!!」
ブルーが口を挟む。
「ジムリーダーは国からも認定された立派な公務員でしょう?
 エリカさんも、他のジムリーダー達だって、犯罪者を捕まえる権利があるはずです。
 お忘れなんですか? タマムシジムリーダー、エリカさん?」
「あら、そうでしたかしら?」
「そうですよ、6月に制度が施行されたばかりじゃないですか!!」

ブルーとエリカがあまりにも専門的な話ばかりするので、レッドは半ばパニックを起こし始めていた。
思考回路がショートし、頭のてっぺんから煙が立ち昇っている。
「ちょっ・・・ちょっと、レッド? 大丈夫?」
「全然大丈夫じゃねー・・・ おまえら、専門用語使いすぎなんだよ・・・」
「あらあら、それではすぐ後に控えているジムリーダー戦も勝てなくなってしまいますわよ?」
エリカがクスクスと上品な笑い方をする。



「・・・・・・ジム戦?」
レッドは顔を上げた。
「ええ、ロケット団もいなくなって この街も平和になりますもの、気兼ねなくジム戦を開けますわ!!
 レッドさんもポケモントレーナーなら 参加するのでしょう?」
話を聞いていたレッドの顔は 見る見るうちに良くなっていった。
腰につけていたモンスターボールを構え、エリカに牽制(けんせい)する。
「行く行くッ!! ジム戦と聞いちゃ、未来のポケモンマスターは黙っちゃいられねーよ!!」

「・・・・・・単純な性格。」
その様子を傍目(はため)に見ていたブルーは ため息を1つ ついた。
「グリーンがレッドのこと『単細胞』って言ってるの、ちょっと分かった気がする・・・」


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