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53、エスパージム 54、ガケッぷち



53、エスパージム




「・・・・・・来たわね。」
薄暗い部屋の中で 女は、まるで 腹話術の人形のように 口だけを動かした。
女の視線の先には ひたすら十字を描いている タイルだけしかない。
しかし、彼女は別のものを見ていた。 夢を膨らませながら 自分達の方へと向かって走ってくる 1人の少年のことを・・・・・・


「あぢ〜ッ!!」
レッドは 右手の甲で額(ひたい)の汗をぬぐいながら、やや乱暴に ヤマブキシティジムの扉を開いた。
金のかかった造りの建物の中からは クーラーの ひんやりとした空気が流れこんでくる。

「オレ・・・!!」
「マサラタウンのレッド。 ポケモンリーグの挑戦権を得るために ジムの挑戦をしに来た。
 ・・・・・・違う所はある?」
ヤマブキのジムリーダーに 言いたいことを先取りされ、レッドは言葉を失った。
呆然(ぼうぜん)としているレッドの足元に 何かが カンッ と 音を立て、落ちてくる。
「スプーン? ・・・・・・折れ曲がってるみたいだけど・・・」
「そのスプーン、超能力で 曲げられたもの。
 ・・・そう、小さいころ、何気なく放り投げたスプーン、折れ曲がっていたわ。
 その時から、私は超能力少女。 ヤマブキシティ、ジムリーダー、私は エスパーのナツメよ。」


ナツメの様子に レッドは 呆然とするばかりだったが、
彼女が 1匹目のポケモンを繰り出すと、我を取り戻し、自分もモンスターボールを放り投げた。
「・・・・・・スリーパー、行け。」
「は、ハナ!! がんばれ!!」

『スリーパー、さいみんポケモン
 ふりこのようなものを もちあるく。 こどもに さいみんじゅつを かけて どこかへ つれさるじけんが あった。』

レッドがポケモン図鑑を開いている間に スリーパーは 手に持った『ゆりこ』をゆらゆらと 揺らしていた。
「・・・しまった、『さいみんじゅつ』・・・!!
 ハナ!! その『ゆりこ』を 見ちゃだめだ!!」
レッドが叫んだ時には 遅かった。 ハナは すでに いびきをかきながら すやすやと眠っている。
「遅かったわね、その観察力は 流石(さすが)・・・と言ったところだけれど?」
「やべ・・・!! 確か、ここら辺に・・・」
ナツメが 笑いながら話している間、レッドは 必死に自分のリュックの中を探っていた。
1本の棒切れ(ぼうきれ)のような物を取り出すと、口につけ、思いっきり息を吹き込む。

・・・ぴぽぴ〜、ぱぴぽぴ〜!!

笛(ふえ)独特の 甲高い音が鳴り響くと、それまで ぐっすりと眠って
『てこ』でも 起きそうになかったハナが 急に飛び起き、スリーパーの方へと 向き直った。
続けざまに『ずつき』で攻撃してくるスリーパーを 何とか受け止めると、『はっぱカッター』で 反撃する。
「・・・なるほど? 『ポケモンのふえ』か。
 面白いものを 持っているわね。」
レッドは返答をせずに 帽子を深くかぶりなおす。
軽く 眉間(みけん)を人差し指で叩くと、スリーパーを見つめ、次にハナの方に視線を移した。

「ハナ、もう1発『はっぱカッター』!!」
今度の攻撃もスリーパーへと向かって 真っ直ぐに飛んでいったが、それをスリーパーは 右手の直前で停止させる。
「・・・『ひかりのかべ』。
 言ったでしょう? 私達の属性は『エスパー』。 普通の攻撃じゃ びくともしないわ。
 スリーパー、『サイコキネシス』!!」
目に見えない力に襲われると、ハナは 自分の中に蓄積された毒を吐き、その場に倒れこんだ。

「ハナ!?」
レッドが駆け寄ると、ハナは 息こそはしているものの、相当ダメージは大きかったらしく、ぜえぜえと息を荒立て、目がうつろになっている。
これ以上 戦うのは無理だ、と レッドはトレーナーの性(さが)で感じた。
「・・・っよくやった!! お疲れ、ハナ!!」
レッドは 軽くハナの頭を撫でると、モンスターボールの中へと戻した。
口元で 軽く笑みをうかげると、2つめのモンスターボールを 空へと放り投げる。


モンスターボールが地につくと、黒い影がスリーパーへと向かい、全身で 体当たりした。
『でんこうせっか』を使ったポケモンは 反撃を受けないよう、レッドの足元まで すぐさま 戻っていく。
「・・・・・・倒れたポケモンに・・・『よくやった』?」
ナツメは 眉をひそめ、自分のスリーパーの方に向き直った。
すると、たいしたダメージを受けていないはずのスリーパーが、体力を失って倒れていくのが ナツメの瞳に映る(うつる)。
「バカな!? 『でんこうせっか』くらいで 倒れるほど、スリーパーはダメージを受けていないはず・・・!!」
「・・・よくやったな、サン!!
 あのさぁ、ナツメ、スリーパーの顔色、よく見てみろよ。」
レッドの言葉に ナツメは視線をスリーパーの方へと落とした。 『ひんし』のポケモンの顔色は やや紫(むらさき)がかっている。

「・・・・・・『どくのこな』・・・?
 フシギソウが 倒れる直前に放ったというのか?」
「そーゆーこと。 オレも、指示はしてなかったんだけどな。
 ナツメ、さっきから オレの方しか見ていなかったから、もしかして気付いてないのかな〜、とか 思ったんだけど・・・」



ナツメは しばらくの間、長い沈黙を守っていた。
そして、突然、何を思ったのか、大声で笑い出す。
「アハハハハハッ!!!
 『自分の意思で バトルするポケモン』か、面白い。
 私も、今まで色々なトレーナーと戦ってきたけれど、あなたのようなトレーナーは 初めてよ!!
 いいわ、ここからが本番よ、全力で相手するわ!!」

ナツメは不敵な笑みを浮かべると、2つめのモンスターボールを放り投げた。
中から出てきたのは 両の手に 2つの折れ曲がったスプーンを持ったポケモン、ユンゲラーの進化形、フーディン。


54、ガケッぷち




「でたあぁッ!!! ひげオヤジ2号ッ!?」
「・・・『フーディン』、だ。」
ナツメの出してきたポケモンに対するレッドのボケを ナツメは あっさりとあしらった。
フーディンは 持っていたスプーンを 手のひらの上で くるくると空中を回している。


ナツメが フーディンの方を見ないまま あごで合図すると、フーディンはスプーンをちょいちょいっと 挑発するように動かした。
それを 不思議そうに見ていたサンは 驚くヒマもなく、体を壁に叩きつけられる。
「・・・サン!?」
「『ねんりき』攻撃。 そのイーブイ、まだ立てるようね。」
ナツメの言うとおり、壁に体を打ちつけながらも サンはふらふらとした足取りで 立ちあがった。

「なんっちゅー、攻撃だよ・・・・・・
 1発で サンの体力を ほとんど削っちまうなんて・・・・・・」
薄く笑みを浮かべているナツメの視線を気にしながら レッドはサンと 目で合図を交わす。
「『でんこうせっ・・・!!」
レッドが言葉を言い切る前に サンはフーディンへと向かって飛び出して行った。
指示と攻撃が同時に来ると思っていたナツメ達は この突然の攻撃を避けきれず、『でんこうせっか』を もろに体に受ける。
確信しきったような顔をしていたナツメは 驚きへと表情を変えていく。

「・・・な!? 何をやったの!?」
「勝利への打開策!!
 結構、おまえのフーディン、体力減ってるな・・・超能力に頼りっぱなしで 体、鍛えてねーんじゃねーか?」
レッドの言葉に フーディンは ギクッと 分かりやすく動揺した。
それを見るとレッドは 口元だけで笑い、右足を トンッ、と 地面に撃ちつけた。
その行動、1つ1つに ナツメとフーディンは 過剰なまでに反応する。
「攻撃受けるなよ、サン!!」
レッドが言葉を掛けると、再び フーディンの体に衝撃が走った。
しかし、ナツメ達が いくら周りを見渡しても、攻撃者の姿は 見当たらない。

「・・・一体、どこへ・・・・・・!?」
おろおろと 周りを見渡しているフーディンを見ると、ナツメはレッドのことを 睨みつける。
一瞬、レッドの体に寒気が走ったかと思うと、ナツメはフィールドの端(はし)に立っている 柱の影を睨みつけた。
「フーディン、柱の影に隠れているぞ!!」
その指示と同時に フーディンは7色に輝く光線を 柱の影へと向かって放った。
光線に当てられると 大きな柱は 影から飛び出した茶色い小さな物体を巻き込んで メキメキと音を立て、倒れていく。



「・・・終わったな。」
ナツメは 笑みを浮かべながら くるりと後ろを向いた。
フーディンも 余裕があるように 自分のスプーンで遊び始める。
その様子を見ると、レッドは 大きく息を吸い、深く深く ため息をついた。

「サン、『かみつく』!!」
レッドの言葉に ナツメとフーディンは思わず振り向いた。
イーブイなら、たった今、自分達が柱の下敷きにしたはずだ。 トレーナーなら すぐにモンスターボールに 戻すはずである。
そう思った瞬間、フーディンの足元で 何か、小さな物がうごめいた。
フーディンが 足もとの異物に反応する前に その小さな物体は飛びあがり、フーディンの肩に鋭い(するどい)牙を 突き立てる。

「・・・!?」
呆然とナツメが見守る中、フーディンは どすんっ、と音を立ててフィールドの上へと崩れこんだ。
もはや、立ちあがる気力すら、残っていない様子だ。


「・・・・・・『かげぶんしん』、ナツメが倒したと思ってたのは、実はサンが作り出した 幻影だったのでした、なんてな。」
レッドは 舌をぺロっと出して いたずらっぽく笑って見せた。
後1撃、攻撃を受けたら 倒れてしまいそうなほど ダメージのあったサンが そのレッドの足元へと駆け寄ってくる。
小さな体を 大きく くねらせると、イーブイは可愛らしく鳴いてみせた。



「・・・・・・・・・アハハハハハッ!!」
ナツメは 何を思ったのか、突然笑い出した。
ほとんど無表情な人間だと思い込んでいたレッドは その様子に驚き、ナツメの方を見つめる。

「・・・いつから、気が付いていた?」
ナツメは 自分の腹を抱えながら レッドに尋ねる。
レッドは訳が分からず、黒い瞳を パチンッ、と 1回瞬いた。
「気付かずに やっていたの・・・・・・
 全く、とんでもない戦い方をするトレーナーよ、レッド・・・・・・
 あなたのような トレーナー、私、初めて!!
 いいわ、ヤマブキシティ公認ゴールドバッジ、持っていきなさい!!」
ナツメは 金色をした円形のバッジを レッドに投げ渡した。
レッドは状況が飲み込めず、ナツメの顔とゴールドバッジを 交互に見比べている。

「ホラ、ふたごじまで フリーザーを待たせているのでしょう?
 早く 行ったほうがいいんじゃない?」
ナツメに促がされる(うながされる)と、レッドは黙ってうなずき、ヤマブキジムを飛び出した。
その後ろ姿を見送ると、ナツメは天井を見上げながら 言葉を 吹くように つぶやく。

「・・・まったく、トレーナーの頭の中を 覗きながら(のぞきながら)戦っていたというのに・・・・・・
 ポケモン達と 協力して戦うなんて・・・・・・
 おかげで、久しぶりに 楽しくバトルできたわね!!
 次、この私を楽しませてくれる トレーナーは、いつ来るのかしら?」


ナツメは倒れているフーディンを モンスターボールへとしまうと、センターへと向かって歩き出す。
ジムの扉に 手を掛けた瞬間、目元がピクッと動き、長い髪をゆらめかせ、後ろへと振り向いた。
「・・・・・・4年後・・・か。」


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