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55、ふたごじま 56、『スノ』
55、ふたごじま
途方(とほう)もなく広く、青い海の上に 一筋の白い波が線を引いていた。
浮き上がっては消えて行く波の先端にいるのは 2メートルを越す巨大なポケモン。
渦を巻いたような耳に、大きな背中、シアンブルーの大きな体についた 優しい黒い瞳は 半分閉じかけていた。
その大きなポケモン、ラプラスの上に 少年が1人乗っている。
赤い上着に赤い帽子と 赤を基調(きちょう)にした服装、年は11歳くらいだろうか?
浅くかぶった帽子からはみ出ている鼻近くまで伸びた黒い髪を 風に遊ばせるままにし、こげ茶色の瞳は 真っ直ぐ前を見つめていた。
「ラプ、見えたぞ、あれが『ふたごじま』だ。」
少年は乗っているポケモンの長い首を 優しく叩いた。
『ラプ』と呼ばれたラプラスが目を開くと 前方に小指の爪ほどもない小さな島が 2つ寄り添っているのが見える。
ラプは綺麗な声で1鳴きすると、前方に見える島へと向かってスピードを上げた。
「・・・冷えるな。」
2時間ぶりの地面に足をつけると 少年はつぶやいた。
その口からは 白い湯気がのぼっている。
まだ夏が終わったばかり、という季節なのにも関わらず、草木には霜(しも)がつき、気温は10度前後まで落ちこんでいた。
少年が1歩あるくごとに 黒い足型が霜の上につけられる。
「・・・(・・・なんでだろう、フリーザーがどっちにいるか、『分かる』・・・
オレを呼んでいるんだろうか?)」
声に出すことなくつぶやいた言葉が 白い雲となって、すぐに消えた。
「ここまでの案内、ご苦労だったな、レッド。」
背後から女の声が響いた。
レッドと呼ばれた少年は 表情を変えることなく ゆっくりと振り向く。
「しつこいな、ツバキ。
ロケット団もいいかげん、行動がパターン化してきてないか?
オレ、飽きて(あきて)きたぞ・・・」
レッドは 背後にいたショートカットの女に向かって 言葉を放った。
ツバキと呼ばれたショートカットの女は 周りに付き添わせた 10人近くいる 真っ黒な服を着た集団に 何かを合図すると
紅いルージュのついた唇(くちびる)で にやりと笑った。
「あいにくだが、どんな手を使ってでも強いポケモンを手に入れるのが 我々の仕事でね。」
ツバキが合図すると 周りにいた黒服の男達が 一斉にレッドへと向かって赤と白の球体を放ってきた。
それに合わせるようにして レッドは腰に付いている同じようなボールを 男たちの方向に放り投げた。
無数のボールが 一斉(いっせい)に開く。
「切り裂け(きりさけ)ッ!! ユウ!!」
レッドが叫ぶと ボールから弾けるように飛び出してきたトゲの固まりは 鋭い爪をボールの方向へ振り下ろした。
サンドパンの『ユウ』、レッドのポケモンだ。
爪に当てられて あみだくじのような模様をした小さなポケモンが 2〜3メートル吹き飛ぶ。
続けてもう1匹、20センチくらいで 地面に埋まったままの小さなポケモンにも 1発。
「・・・読まれていたか。」
ショートカットの女が 苦々しげにつぶやいた。
「いっつもオレが 大勢の敵に対して『10まんボルト』だけで戦うとでも思ったのか?」
言いながら レッドは1歩ずつ ゆっくりと後ろへと下がって行く。
ツバキはその行動を見逃していなかった。
「フリーザーは ガキの向こうだっ!!」
ツバキの声に反応して 黒服の男達はレッドの方へと向かって走り出した。
ポケモンではなく 人間のほうが来たので レッドは 自分が何をやるべきか、一瞬、戸惑う。
とっさに持ったモンスターボールは 黒服の男に弾き飛ばされた。
「逃げろッ、フリーザー!!」
レッドが叫ぶのと 島の地面の裂け目から 巨大な鳥が飛び出してくるのは同時だった。
銀色に近い 空色の羽根をはばたかせ、巨鳥(きょちょう)は風を送る。
途端、小さな氷の粒が 人の固まっている所へと向かって 次々と降りかかってきた。
ナイフのように鋭い(するどい)氷が 黒服の男達の服やら何やらを 一気に切り裂いていく。
その男達の間から転がり出したレッドと目が合うと フリーザーは 人間達に背を向けて翼を動かした。
「・・・させるかっ!!
ブーバー、『ほのおのうず』!!」
ツバキが青色のモンスターボールを放つ。
中から出て来た 人形(ひとがた)をした赤いポケモンが フリーザーへと向かって 渦を巻く炎を吐いた。
「クウウゥゥッ!!」
炎に囲まれ、フリーザーは苦痛の声を上げた。
レッドはそれを青い顔をして見上げると ツバキの方に向き直り、モンスターボールを構えて走り出した。
かろうじて残っていた男達が それを静止しようと レッドの前に立ちはだかる。
「おっと、邪魔はさせない。
トレーナーがポケモンを捕まえる、ごく自然な行動じゃないか、なぜ止めようとするんだ?」
「ふざけるなッ!!
1匹のポケモンに10数人もの人間がよってたかって、何がトレーナーだ!!」
レッドが狂ったように叫ぶ間に 黒服の男はモンスターボールを開いた。
鈍い(にぶい)灰色の皮膚を持った 2メートル近い 巨大なポケモン、『サイドン』だ。
それに一瞬遅れ、レッドもモンスターボールを地面に打ち下ろした。
レッドの背よりも低い 背中に花のつぼみを付けたポケモン、『フシギソウ』が サイドンを見上げ、睨みつける。
「ハナ、『はっぱカッター』!!」
フシギソウ、『ハナ』の背中から 何枚かの大きな葉っぱがサイドンへと向かって飛び出す。
途端、炎がハナを掠め(かすめ)、飛ばした葉っぱは 焼き払われた。
「・・・クリーンなトレーナー戦と 勘違い(かんちがい)していないか?
我々は 『ロケット団』なのだぞ?」
横から別のロケット団の男が 口を挟んでくる。
男の横で 赤い体に、首の周りと尻尾、それとひたいの毛だけが黄色くなっているポケモン、『ブースター』が レッドを見下ろしていた。
56、『スノ』
男の冷たい目に見下ろされ、レッドは 背筋に寒気が走った。
が、すぐさま ロケット団達のほうを睨みつけ、腰に付いている5個目のモンスターボールに手をかけた。
「『かみつく』んだ、サン!!」
他のポケモン達に負けないスピードで 30センチあるかないかのイーブイがブースターの足に噛みつくと 足の力を失ってぐらりと倒れる。
2人のロケット団員がそれに気を取られている間に レッドはハナの『はっぱカッター』で サイドンの動きを止めた。
「・・・ツバキぃッ!!」
レッドは 閻魔大王(えんまだいおう)も逃げ出しそうな勢いで ツバキに掴みかかった。
イーブイの『サン』がブーバーに体当たりすると、フリーザーを囲っていた炎の檻(おり)がなくなり、ふらつきながらもフリーザーは羽ばたく。
6個目のモンスターボールを開き、伝説のポケモンを苦しめていたブーバーに 『10まんボルト』の電流を与えた。
「・・・無駄なあがきを・・・」
ツバキは 赤いルージュのついた唇(くちびる)で笑った。
レッドの表情が 怒りでゆがんでいく。
血のように赤いマニキュアのついた爪が レッドの死角になる位置で動いた。
モンスターボールが かちりという音をたてて ツバキのホルダーから外れる。
「・・・・・・『かえんほうしゃ』。」
ツバキの唇が動くと レッドは眉をひそめてツバキから手を離した。
次の瞬間、赤い色の炎が2人の横から フリーザーへと向かって 轟音(ごうおん)をたてて 向かって行く。
「しまったッ!!」
体力の減りに減ったフリーザーに 逃げるだけの力は残っていなかった。
空色のポケモンのすぐ手前で 爆発が起こる。
「・・・え?」
驚いたのはレッドだけではなかった。
ツバキも驚きの表情を隠せずに 攻撃を受けていないフリーザーを見つめている。
レッドの顔に 軽く鉄砲水(てっぽうみず)がかかった。
振り向くと、大勢の倒れたロケット団の上で ラプがレッドをたしなめるような顔で じっと見つめている。
「・・・そうか、『みずでっぽう』で 炎を・・・」
何気なくつぶやいた言葉だったが、ツバキに聞こえたようだ。
レッドの体を突き倒すと、『かえんほうしゃ』攻撃で 『くさ』タイプのハナに 攻撃する。
それを『じめん』タイプのユウが 砂を巻き上げ、自分の身を盾にして かばった。
「・・・・・・あいつら・・・」
見ると、ハナとユウだけではなく、他にもボールの外に出ているポケモン、サン、ラプ、ピカ達は お互いに協力し合って戦っている。
レッドはその様子を呆然と見つめると 自分の拳(こぶし)で自分の顔を 思いっきり殴った。
「(怒りに駆られて、自分を忘れるとこだった・・・・・・
そうだ、オレは『名前だけのチームリーダー』、オレ達はチーム、
・・・・・・チームレッド!!)」
グローブのついた手の甲で 水のついた顔を拭うと、レッドは顔を上げる。
帽子を 目深に被りなおすと、腕とひざの反動を使って ツバキのほうに飛び出した。
「ラプ、『なみのり』!!」
声に迷いはなかった、周りにいるロケット団を全て倒し、やることのなくなってるラプラスは 自分の周りの水をブーバーへと向ける。
水砲に当てられると ブーバーはあっけなく流され、目を回して動かなくなった。
ツバキがそれに気を取られているスキに レッドが足を引っ掛けて倒し、それを待ち構えていたかのように ハナがツルで縛り付ける。
同時に、フリーザーが力尽きたのか ふらふらと海面へと落ちて行くのが レッドの瞳に映った。
「フリーザーッ!!」
レッドの声に その場にいる全員が振り向いた。
その誰もが反応する間もなく、フリーザーを抱きかかえたレッドが 宙を飛んだ。
「・・・・・・うあっ・・・」
海面から10数メートル離れたところ、崖っぷちギリギリを 細い腕1本を命綱にする形でレッドとフリーザーは宙ぶらりんになった。
自分の背丈より高いポケモンを抱えてだ、レッドが自力で登ってくることは難しい。
「ぴかちゅッ!!」
崖のふちから ピカが真っ青な顔をして レッドの顔を覗き込んだ。
・・・だからといって、ピカでは この状況でレッド達を引き上げるようなことは 全くと言っていいほど出来ない。
ピカは 半ばパニックを起こしたように 辺りをキョロキョロと見渡すと、崖の下に引っ込んだ。
少しして、モンスターボールの開く ポンッという音が響く。
「・・・・・・コ・・・ウ?」
次に崖のふちからのぞきこんだのは ラッキーの『コウ』だった。
ロケット団に弾き飛ばされたボールをピカが開いたのだ。
レッドの顔に 笑顔が浮かんだのもつかの間、コウを巻き込んで レッドが掴んでいる崖が 音を立てて崩れた、
レッド達1人と2匹は 宙に放り出される。
「コウ、フリーザーに『タマゴうみ』だ、おまえなら出来る!!」
パニックを起こしているコウに レッドは叫んだ。 岩の突き出ている海面が 見る見るうちに迫る。
「(・・・大丈夫、おまえなら・・・
『コウ』は、幸運の『幸』なんだから・・・・・・)」
バアン、という 海面に何かが叩きつけられるような音が響き、ツバキは縛られながらも 笑った。
ハナを筆頭とするレッドのポケモン達全員に 絶望の表情が浮かぶ。
「残念だったな、お前等の『ご主人』の悪運も、ここまで、というわけだ。
まあ、我等ロケット団に逆らったのが そもそもの・・・」
「・・・・・・悪いけどさ、」
言葉をさえぎった人間は 上空にいた。
空色の羽根を持ったポケモンの上で 睨むようにロケット団達を見下ろしている。
「オレの悪運はまだ、つきてないらしいぜ。
悪運つきたってのは、そっちの方じゃねーのか? ロケット団!!」
それを見ると ツバキの表情が明らかに変わった。 無理矢理に手を動かして 腰からナイフを取り出す。
ハナが一瞬、それにひるんだスキに 自分に巻き付いていたツルを振り払い、どこかへと向かって走り出した。
他のロケット団員も それにならう。
「ギュウゥ・・・」
「・・・気にすんな、ハナ、誰だってナイフなんか見せられたら ひるむもんだって。
それに、『フリーザーを守る』って目的は 達成されたんだ。」
自分達以外 誰もいなくなった『ふたごじま』で しょげた様子のハナをレッドはなぐさめた。
レッドの側に走ってきた他のポケモン達も それぞれ、抱きついたり 頭を撫でたりして 活躍をほめる。
そして、最後に・・・・・・・・・
「・・・ありがとうな、スノ。
おまえが飛んでくれなかったら、オレ、死んでたかも。」
スノと呼ばれたフリーザーは うれしそうに1鳴きすると、ゆっくりと羽根を動かした。
そして、レッドの持っていたモンスターボールに 自分から入る。
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