<各話の1番最初に飛べます>
57、熱い島 58、生まれる時 59、紅い町 60、破壊のポケモン 61、21番水道



57、熱い島




「どういうつもりだ、お前ほどの使い手が こんな血塗られた 生物実験を指揮しているとは・・・」
狭い部屋の中で グレンタウンのジムリーダー、カツラは 男に話しかけた。
2人の男の視線の先には 非生物的な 薄紫色の液体の入ったガラスのパイプがある。
その中には 誰も知らない生物・・・・・・全く新しいポケモンが眠っていた。

男に突き飛ばされ、カツラはしりもちをついた。
年のせいか はげ上がった頭、黒いサングラスの下から 屈辱的(くつじょくてき)な視線で男を見上げている。
「わかっているのか!?
 『この生物』が完成したら、街1つ・・・いや、世界が滅びることだって・・・」
「・・・・・・お前は、」
男が口を開いた、中年の男らしい、バスの声だ。
「お前は、黙って 私の実験に付き合えばいい。
 ジムリーダーほどの実力者だ、分かっているのだろう、私とお前の実力差を。」


―――――その頃、グレンタウンの海岸では――
「・・・うおぉっしゃぁーッ!! やっと着いたぜ、グレン島!!」
レッドは 勢いよくラプをグレン島の海岸につけると、そのまま砂浜の上に転がった。
わざとではない、ここに来るまでの1時間半、波がひどくなり始めて いつもの平行感覚が保てなかったのだ。
「・・・くうぅ?」
「大丈夫、大丈夫!! ちょっと海酔いしただけだからさ、すぐ立てるって!!」
心配そうに覗きこんだラプラスに レッドは力強く笑った。
自分で言った通りに 足の反動をつけて立ち上がり、髪や体についた砂を叩き落とす。
レッドはもう1度笑うと、ラプをモンスターボールへと戻して、町へと向かって ふらふらと歩き出した。

しばらく 海岸線添いに散歩するような形で歩き続け、ポケモンセンターの屋根が見え始めた頃、
大勢の子供達に囲まれている中年の男が レッドの栗色の瞳に映った。
中年の男は 髪のないひたいを1撫ですると、愛想笑いとため息を同時にして センターの扉の奥へと消えていった。
レッドも自分の目的のため、後に続いて センターへ足を踏み入れる。


中年の男はポケモンセンターのソファに座ると ため息をついてつぶやいた。
「・・・・・・だめだ、私には出来ない。」
「何が?」
男は 一瞬驚いたようなようにビクッと体を震わせ、声のした方へと顔を向けた。
黒いサングラスに 10歳前後の少年の姿が映る。 少年は センターにポケモンを預け、男の隣に腰をかけているところだった。

「・・・君は?」
「マサラタウンのレッド、世界一のポケモントレーナー目指して旅してる。
 で、おっさんは?」
中年の男はサングラス越しにレッドを見つめると ゆっくりと口を開いた。
「グレンタウンジムリーダー、カツラ。
 しかし今は・・・・・・犯罪に手を染めようとしている、ただの負け犬だ。」
中年の男のため息を聞くと、レッドは 疑問の視線をカツラへと向けた。
それを感じたのか、カツラは視線をそらし、再び、大きなため息をついた。
「・・・・・・君には・・・いや、君だからこそ、聞いてもらえるかな。」
何の事だかわからなかったが、レッドはとりあえずうなずいた。
『やばそう』だったら、逃げる覚悟をして。

「私は、ある組織におどされて、『生物兵器』の使い手を探しているんだ。
 それも、小さな子供を、だ。
 誘拐同然の仕事だ、それも、生きて戻ってこられる保証もない・・・・・・
 しかし、このグレンタウンが人質に取られて 逆らうことも出来ない、どうしたら良いか、わからないんだ・・・・・・」
カツラは髪の生えていない頭をかきむしった。
サングラス越しにも その表情が苦悩に浮かんでいることが分かる。
「・・・おっさん、ジムリーダーじゃないのか?
 そんな奴ら、ポケモンで蹴散らしちまえばいいじゃねーかよ?」
当然、といった様子で レッドはカツラに疑問の言葉を投げかけた。
それを受けてなお、カツラは沈んだ表情を続けている。
「無理なんだ、『やつら』には、私よりもずっと実力が上の人間がいて、手も足も出ないんだ。
 そして『やつら』は、抵抗したら、この島ごと私達を・・・・・・沈める、と・・・」


「・・・ジムリーダー以上の実力者、ね・・・『おじさん』が、いればなぁ・・・」
レッドは 天井を見上げるようにしてつぶやいた。
その言葉すら、カツラには届いていないようだ。

・・・と、レッドは目を瞬かせた。 体を持ち上げて カツラの方に視線を向ける。
「オレは?」
唐突なレッドの言葉に 今度は カツラが疑問の表情を向ける番だった。
レッドは笑い、言葉を続ける。
「だから、その『使い手』の役を、オレがやるって言ってんだ。
 その『生物兵器』って、要するにポケモンのことなんじゃねーか? だったら、オレみたいなトレーナーが行けば・・・」
「無茶だッ!!」
突然叫んだカツラに センター中の人間が振り向いた。 カツラは赤い顔をして 慌ててソファに座りなおす。

「やつらは、自分たちのためなら 他人がどうなろうと構わない集団だ。
 たとえ、君が優秀なトレーナーだろうと、無事に帰ってこられる保証は・・・・・・」
「だったら、オレが勝手にそこに行く。
 オレのポケモン達だって、そこら辺のことは 分かってくれると思うし・・・」


カツラは 再び大きなため息をついた。
レッドはいくら言っても自分の意見を曲げようとはしない。
そのうちカツラの方が折れると言う図式を 自分自身で想像してしまったからに違いない。


58、生まれる時




薄暗い部屋の扉が開かれた。
レッドとカツラは 慎重に その部屋の奥へと足を進めて行く。

「言われたとおり、子供を連れてきた。」
カツラは 重い口調で目の前にいる男に話しかける。
目の前にいる男は ゆっくりとレッドの方へと向き直り、顔をまじまじと見つめる。
レッドは帽子のつばを下げて 顔が見えないようにした。
おびえたふりをするために 時々、肩を震わせる。
「ふん、まあいいだろう。
 これからも 協力頼むぜ、ジムリーダーのカツラさん?」
「・・・・・・『やつ』は、どうしたんだ?」
カツラは 悔しそうに下唇を噛みながら 黒服の男に尋ねる。
「ボスか? ボスなら、自分が出て来るまでもないからって『仕事』に戻られてるよ。
 まあ、不意打ちのチャンスがなくなって 残念だったな。」
その言葉を聞くと、カツラは眉間にしわを寄せ、白衣のすそをひるがえして 出口へと向かった。 レッドをその場へと残して。


「・・・・・・さてと、お前にはこれから 実験体、ミュウツーとのシンクロ率を調べさせてもらうぜ。
 まあ、心配すんな、結果が悪くても 下働きくらいにはさせてもらえるだろうからよ!」
意地悪く笑う黒服の男に レッドは帽子の下から 挑戦的な視線を送った。
男に気付かれないうちに帽子をかぶりなおして 気付かれないように目を伏せる。
腕を引かれ、レッドは別の、また薄暗い部屋へと通された。
乱暴に鍵を閉められ、それほど狭くない部屋の中に閉じ込められる。

レッドは部屋の中を見渡した。
やはり、『実験体』の眠っている 大きなガラスの水槽(すいそう)のような物が 1番目に付く。
「眠ってんだな・・・」
『実験体』の白いまぶたは閉じられている。 まぶただけではない、体全体が 降り積もった雪のように真っ白、尾の部分だけが 淡い紫色をしている。
首の後ろの 点滴(てんてき)の『くだ』のような血管、それに、とがった耳が特徴的、
体長は2メートルを越していた。

「3つ・・・」
次に レッドは 部屋全体を見回してつぶやく。
大きなポケモンの入ったガラスのパイプを背にして、ズボンのポケットの中から丸い球を引き出す、それを床の上へと放り投げた。
監視カメラの映像が消えた。


自分を見張るものがなくなると、レッドは服の下やらポケットの中やらに隠していたモンスターボールを ベルトに取りつけなおした。
監視カメラを破壊したピカをボールに戻すと、深くかぶりすぎた帽子を 上へと戻す。
ポケモンの眠っている水槽に手を当てると、眠っているポケモンに哀しげな視線を向けた。
「騒がせてごめんな、すぐ 終わらせるから。」
そう言って、腰のモンスターボールに手をかける。
床に打ち下ろそうとして一瞬戸惑い、動きが止まる、零れ落ちたボールの中から 不安そうな表情を向けるハナが出てきた。
眠っているポケモンの口から 泡が浮き上がる。

「・・・やめとけ、ハナ。
 そいつ、もう『生きてる』・・・・・・」
ゆっくりと伸ばしたハナのツルを レッドは素手で引き止めた。
ハナは 少し困ったような、笑ったような表情を見せると、ゆっくりと伸ばしたツルを引っ込めた。
「ごめん、オレ達、おまえを壊すつもりでここに来たんだ。
 ・・・・・・でも、できない。 おまえも、1つの命、そうなんだろ?」
レッドがガラス管に手を触れると、中に入った薄紫色の液体が その部分だけ光った。
中に入ったポケモンのまぶたが かすかにピクッと動かされる。

「何てことをするんだ、小僧!!
 部屋中の 監視カメラを壊すなんてッ!!」
血相を変えた黒服の男が部屋の中に飛び込んできても 振り向いたのはハナだけだった。
レッドはガラスの中のポケモンを ずっと見つめている。
水槽の中の ポケモンの瞳が開いた。

「・・・なっ!?
 ミ、ミュウツーが・・・目覚めたッ!?」
黒服の男が奇怪な声を出しても レッドの表情は変わらなかった。
ミュウツーの アメジストのような透明感のある紫色の瞳が レッドの方を見つめ続ける。
「おはよう。」
レッドが笑い、ミュウツーに向かって声を掛けた。
ミュウツーは不思議そうな顔でレッドのことを見つめると、レッドと同じように笑い、泡をあげながら ゆっくりと口を動かす。
途端、水槽の水が光り、ガラスが音を立てて割れた。
「ッ!!」
部屋中に飛び散ったガラスは レッドとハナを避けて散乱していた。
1人の人間と1匹のポケモンには ケガはおろか、ガラス片ひとつ、水滴1滴すらついていない。
「・・・・・・小僧ッ、そのポケモンをこっちに渡すんだ!!」
黒服の男が飛びかかってくるが、男の手がレッドのえりもとに届く前に 男は弾き飛ばされた。
薄紫色の水流が男にぶつかり、ぐえっという声をあげながら 男は壁にぶつかった。
ミュウツーの周りで 水が生き物のようにうねうねと揺れ動いている、その水が 男に襲いかかったのだ。
「あ、は、すげぇや、おまえ!!
 なあ、友達になろッ!! 外の世界、一緒に見てまわろーよ!!」
レッドがおおはしゃぎで自分の手を差し出すと、ミュウツーは不思議そうに目を瞬かせ、レッドと同じように手を差し出した。
その手を掴むと ミュウツーは笑った。
レッドはその手を掴んだまま、ハナを先頭にして出口へと向かって走り出した。


「・・・・・・何事だ。」
レッド達の姿が見えなくなった頃、ミュウツーの攻撃を受け倒れている黒服の男に 低い声の男が話しかけた。
鋭い眼光と堂々とした風貌は 静かな迫力を出している。
「ボ、ボス、お戻りで!!
 すいません、実験体ミュウツーと 連れてきたガキに逃げられました!!」
「・・・だったら、なぜ追わない。」
「はっ、すいません!!」

慌てて仲間に連絡しに行く黒服の男を見送ると、ボスと呼ばれた男は 屋敷の入り口の方に視線を向けた。
「レッド、か。
 まさか、あの鼻たれ小僧が トレーナーとしてあそこまで実力をつけるとは・・・・・・」
ぞっとするような笑みを浮かべると、男は 屋敷の奥へと姿を消した。


59、紅い町




町中の人間の注目を浴びながら レッド達は街頭を走りぬけ、海岸までたどり着くと、そこで一息ついた。
訳のわからない、といった顔をしているミュウツーを 防波堤(ぼうはてい)に座らせると、
レッドは氷の入ったボックスでジュースを売っている中年の男に 360円払って 清涼飲料を買った。
まぶしそうに目を瞬かせて太陽を見上げているミュウツーに レッドはアルミ缶を開けて渡す。
それを珍しそうに見るミュウツーに 横で「こうやって飲むんだよ」と、もう1つの缶を自分で飲むと、ミュウツーは それを真似して飲んだ。

「・・・ミュウツー・・・連れてきてしまったのか。」
横からレッドに向けられた声に対して、レッドは目だけで声の主の方を向いた。
予想通り、カツラが複雑そうな表情をして ミュウツーのことを見つめている。
「だってさ、出来ねーよ、オレには・・・
 死んじゃったら、空や海の蒼さ(あおさ)も、ざわざわって騒ぐ深い緑色の森も、金色に輝く太陽も 知らないまんまだろ?
 そんなの、かわいそうじゃねーか。」
レッドは海風に髪を遊ばせながら、ハナに飲み物を与える。
きょとんとした表情で それを見守っているミュウツーが カツラの黒眼鏡(くろめがね)に映った。


「ロケット団だろ、こいつを作ったの。」
何も言えない状態になっているカツラの耳に 唐突にレッドの声が入った。
人の言うこともろくに聞かず無茶ばかりしている少年は 隣に座った人工ポケモンの頭をさすっている。
「知っていたのか?」
「あいつらのアジトで 計画書を見たんだよ。
 その時は、何のことだかわかんなかったし、そんなことがあるわけがないとか 思ったんだけど・・・・・・」
言いかけた時、レッドは不意に立ち上がった。
少々驚いたような顔で 何もないはずの空を見つめている。
「・・・・・・どうしたんだ?」
「いや、なんでも・・・」


「・・・来たッ!!」
警戒態勢に入ったのは 2人同時だった。
ミュウツーをボールに入れれば もっと安全になれるのに、と思ったが、あいにくボールの持ち合わせがない。
レッドはミュウツーの手を引くと 北に向かって一気に走り出した。
「どこまで行く気なんだ!?
 こんな、小さな島の中で・・・・・・」
「知らねぇッ、風が南から吹いてんだ、そっちに逃げたら 音や匂いであっという間に気付かれちまうだけだろ!!
 このまま逃げて・・・場合によっては海に出る!!」
それだけ言うと、レッドはカツラさえも振りきりそうな勢いで 地面を蹴り上げる。
その瞬間、足元から何かが突き上げてきて レッドは転倒した。

「・・・・・・判断は、まあまあ正しいとは言えるな。
 さすが、ボスが目をつけるだけのことはある、マサラタウンのレッド。」
転げたまま 必死に両手をついて立ち上がろうとするレッドに 深い声が降りかかった。
肘(ひじ)を使って上半身を持ち上げ、相手の顔を確認する。
20代半ばくらいの 鋭い目つきをした男だった。
「てめぇ、ロケット団だな?」
「ああ、その通りだ。
 我々が作り出した最高のポケモン、ミュウツーを引き取りに来た。」
声におびえたように ミュウツーが体を震わせる。
ミュウツーはロケット団の男と 地面に伏しているレッドを見比べると、男を突き飛ばし、レッドを抱えて走り出した。
「逃がさん。」
男が合図すると、レッドとミュウツー、それにハナ、カツラの周りを黒服をまとった男達が 一斉に囲った。
その全てが モンスターボールを構えている。
ミュウツーとカツラが腰を低く構えたのと同時に ロケット団の下っ端は一斉にボールを開いた。
「・・・厄介だな。」
カツラがボソッとつぶやいた。
普段なら、そうたいしたことのない連中が20〜30人程度なのだが、今回はゆうに50を超えている。
カツラが真っ赤なモンスターボールを構えた時、背後から奇妙な音が聞こえてくる、
フシュー、という、空気の抜けるような音だった。
「・・・・・・おまえ?」
レッドが見上げるような体勢でミュウツーに声を掛ける。
途端、一目見ただけでは数え切れないような数のロケット団のポケモン達、それにロケット団が まるで竜巻に巻き込まれたように 空に放り出された。
空中で人と人、ポケモンとポケモン同士がぶつかり合い、いくつもの悲鳴が聞こえてくる。

レッドは呆然としてそれを見つめていたが、やがて、気がついたようにミュウツーの体を揺さぶった。
「よせっ、これ以上やったら、本当に死んじまう!!」
その声にミュウツーは反応した。 ピクッと体を震わせ、怒られる直前の子供のような顔で レッドに向き直る。
エスパーの技から開放された 気絶した人間やポケモン達が ドサドサッという音を立て、墜落した。


「・・・・・・逃げよう。」
複雑そうな顔で しばらく悩んでいたレッドが出した結論はそれだった。
ことの次第をあ然とした表情で見つめていたハナをボールへと戻すと、ミュウツーの手を引き、倒れたロケット団達を乗り越えた。
カツラも その後を追う。



「無様だな、ロケット団の幹部ともあろうものが たかだか人工ポケモン1匹に ここまで完璧にやられるとは・・・」
数分して 町の住民やら警察やらに囲まれている大勢のロケット団を見て 低い声の男はつぶやいた。
凍てつくような視線が ロケット団の大群に向けられる。
「あら、それだけミュウツーの研究成果が素晴らしい物だった、とは考えないのですか?」
話しかけたのは女だった。
短く切った髪と 高い背が その女の大人らしさを強調している。
「・・・ふっ、そうとも言えるな。
 もっとも、あれは まだ未完成なのだが・・・・・・」
男はにやつくと ポケットに入っていた 小さなガラスでできた小ビンを取り出した。

「行くぞ、ツバキ、ミュウツーに『心』を与えにな。
 そう、全てを破壊し尽くす、『破壊の心』を・・・・・・」
ツバキと呼ばれた女は ルージュのついた唇(くちびる)で笑うと うなずき、男の後に従った。


60、破壊のポケモン




「・・・・・・ったく、なんで こんな時にジムに入れねーんだよ?
 おっさん、かっこ悪過ぎだぞ、自分のジムの鍵、落っことすなんて・・・・・・」
グレンタウンの北外れ、古びた屋敷の中で レッドはカツラに文句をぶつけていた。
「・・・すまない、鍵を落とすのはいつものことなんだが、まさか、こんなことになるとは思いもしなかったんだ。
 この『ポケモン屋敷』の中も それなりに隠れ場所にはなるだろうから・・・・・・」


「・・・このグレンタウンは 前から とてもポケモンの研究が盛ん(さかん)な場所なんだ。
 ポケモン界の権威、オーキド研究所のあるマサラタウンに近いこともあり、毎日のように何かの発見がある、
 それは研究者にとって 夢のような場所だったんだよ。」
屋敷の中に住んでいる野生のポケモン達から 場所を少しだけ分けてもらい、そこに座って少し落ちついた時に カツラは話し出した。
「私も、そんな場所にあこがれてこの島にやってきた。
 本当に 発見続きの毎日で楽しかったんだよ、・・・・・・奴らがやってくるまではね。」
「ロケット団?」
レッドは埃(ほこり)だらけのテーブルを眺めながら カツラに先を促がした。
「そう、最初は 研究資金を援助する団体だと言って、私達 研究者に協力していた。
 しかし・・・いや、今から考えてみれば、それも作戦の1つだったのだろう、奴らは、だんだんと研究のことに口を出すようになってきた。」
レッドは これまた埃(ほこり)だらけの ノートを手に取り、無言で先を促がす。
「何人もの研究者が 奴らの言いなりにならざるを得なくなった。
 もうほとんど、犯罪に荷担(かたん)するような形でね。
 そんな時、このミュウツーの話が ロケット団の『ボス』という存在から 持ちあがったんだ。」
カツラに指差され、野生のポケモン達と戯れて(たわむれて)いたミュウツーは首をかしげた。
その様子だけ見ていると、とても先ほど、50人以上のロケット団を倒したポケモンには見えない。

「『7月5日、ここは南アメリカのギアナ、ジャングルの奥地で新種のポケモンを発見。』
 『7月10日、新発見のポケモンを 私はミュウと名づけた。』
 『2月6日、ミュウが子供を産む、生まれたばかりのジュニアをミュウツーと呼ぶことに・・・・・・』」
「・・・・・・そ、それは!?」
レッドが無表情で話し出した言葉に カツラはひどく驚いた。
埃(ほこり)だらけのノートをたたむと、レッドは座っているカツラの方に向き直り、そのノートを差し出した。
「これに書いてあった。
 きっと、こいつのことだよな、もともと、ここのポケモンだったんだ。」
レッドが少し淋しそうな表情でミュウツーの方を見つめたとき、『ポケモン屋敷』の 窓ガラスの割れる音が響き渡った。


「お久しぶり、レッド。」
「ツバキ・・・・・・」
割れたガラスから ショートカットの女が飛び込んできた。
横に 今までレッドが見たことのない 灰色の体の 鳥だか獣だかわからない形をしたポケモンを従えている。
「・・・あ、あれは『プテラ』!?」
カツラがツバキの横にいる 灰色のポケモンを見て驚いていた。
「『プテラ』?」
「グレンタウンの研究所で開発されていた、化石再生マシンから発見されるといわれていた、化石ポケモンのうちの1匹だ。
 まさか、本当に再生されていたとは・・・・・・」

「正解。 さすが、ジムリーダーね。
 でも私は、そんな話をしにきたわけじゃない、レッド、おとなしくミュウツーを渡しなさい。」
ツバキの冷え切ったような視線にあてられて レッドは眉をひそめた。
「嫌だと言ったら?」
「痛い目をみてもらい、それから力ずくで その人工ポケモンを奪い取る。」
「なるほど?」
レッドが腰のボールに手を当てるよりも前に ツバキは灰色のポケモン、『プテラ』を レッド目掛けてけしかけてきた。
金属どうしたぶつかり合うような音が響き、茶色いかたまりが レッドの横を飛んで行く。
「・・・速いッ!!」
ミュウツーに受けとめられたユウを横目で見て レッドは別のモンスターボールに手を当てた。
途端、服の端が 鋭いナイフで切り裂かれたように 音もなくぱっくりと割れていく。
「・・・・・・かまいたちって、知ってるかしら?
 空気が渦巻き、真空状態を作ることによって 服や、人やが切り裂かれる現象・・・
 実は、ポケモンに対しても それは有効なのよ、真空を作ることによって、相手を切り裂く・・・・・・」
レッドは切られた袖口(そでぐち)を見ながら 黙ってそれを聞いていた。
新しいモンスターボールを握り締めた時、ようやく口を開く。
「どうしたんだよ、ツバキ、今日は ずいぶんと口調が女っぽいじゃねーか。」
ツバキはそれには返答せず、黙って2回目の『かまいたち』の指示を出した。
プテラの周りで空気が渦巻き、床に積もった埃(ほこり)が 舞いあがる。
「ピカ、『10まんボルト』ッ!!」
モンスターボールから飛び出たピカは ありったけの電撃を 見えない空気のかたまりにぶつけた。
力が相殺されたのか、爆発が起こり、屋敷のあちこちに 小さな電気のかたまりや 小さな真空が傷を作っていく。

「レッド、なぜポケモンを出さないんだ!?
 相手のほうが 力が強いのは分かりきっているのだろう、今更ルールなどと・・・・・・」
カツラが抗議の声を上げる。 その声に対しても レッドは冷静に反応した。
「相手がロケット団だろうが、今はトレーナーが1人で ポケモンは1匹。
 これは、ポケモンバトルなんだ、悪いけど、邪魔すんなよ。」
そう言いながら 大きなあごで連続して『かみつく』を向けてくるプテラを見つめ、『でんこうせっか』で避けるよう、ピカに指示を出す。
「『フラッシュ』!!」
いよいよ避けきれなくなりそうな時、レッドはピカに向かって叫んだ。
ピカは 小さな電気のかたまりを プテラの大きなあごの前で炸裂させる、一瞬、光の爆発が起こり、その場の全員が目を眩ませた。

「全員、伏せろ!! スノ、『ふぶき』!!」
ピカがレッドの足元へ戻ってきたのと入れ違いに 3つ目のモンスターボールを開く。
中から現われた氷の巨鳥は 大きな翼を動かし、灰色の恐竜へと向かって 心すらも凍りそうな冷風を送った。
一瞬で 屋敷全体の温度が10度近く冷え込む。


「・・・負けたりしねーよ、それが、オレにとって大事なバトルなら、なおさらな・・・」
レッドは目の前に出来あがった 大きな氷のオブジェを見つめながら 独り言のようにつぶやいた。
灰色のポケモンは氷の中に閉じ込められ、身動き1つ取れずに ただ、漆黒の瞳をぎらぎらと輝かせている。
「・・・・・・・・・流石(さすが)。」
ツバキは氷づけのポケモンをモンスターボールの中へと戻すと 唇を震わせ、そして、笑い出した。
レッドはその様子に 眉をひそめ、そして尋ねる。
「何がおかしい?」
「・・・何も分かっていないのね、初めから、何も・・・・・・」
どういうことだ、と レッドが1歩前に踏み出そうとした時、後ろからフシュー、という 独特の音が聞こえてきた。
振り向くと 目つきのおかしいミュウツーへと向かって ユウが全身の針を逆立て、警戒態勢を取っている。

「貴様がバトルに集中している間に『はかいのいでんし』を ミュウツーへと打ちこんだ。
 今のミュウツーは『戦闘兵器』、ただ、破壊するために生まれてきた 破壊神さ・・・・・・」
レッドはミュウツーと その前で戦闘態勢を取りっぱなしになっているユウを見比べた。
・・・といっても、いつも真っ先に敵へと向かうユウらしくなく、なぜか、攻撃をためらっているようにも見える。
「・・・・・・まさか、ユウの母親にも あれを・・・!?」
「さあな、実験はいたる所でやった、1つ1つ、いちいち覚えてなどいない。」
ようやく飛び出したユウに 容赦ない攻撃が飛んだ。
1メートルほどの小さな体はレッドの横をすり抜け、今にも崩れそうな壁へと激突する。
「うわああぁぁァッ!!!」
理性のタガが外れ、レッドは勢いだけで ツバキに掴みかかろうとした。
しかし、後少しのところで えりに届かず、ツバキの体は離れていく、レッドの体に衝撃が走っていた。

「ぐッ・・・!!」
家具だかガラクタだか分からない山の中に レッドは突っ込んだ。
視界の端に 頭から壁にぶつかっているツバキの姿が映る、どうやら、ミュウツーは 敵味方関係なく 無差別に攻撃しているらしい。

「どういうつもりだ、サカキッ!!」
カツラの 怒涛の叫びが耳に入る、それとほとんど変わらないくらいのタイミングで 何かの爆発する音が響いた。
次第に レッドの意識は薄れて行く・・・・・・


61、21番水道




「・・・ッド、起きて、レッド!!」
『何か』に 体を揺り動かされ、レッドは目を覚ました。
腕に力を込め、上半身を持ち上げると 体中に痛みが走る。


「・・・ブルー!? どうしてこんなところに?」
「それはこっちのセリフよ、
 グレンタウンのポケモン調査をしようとしてやってきたら、『ポケモン屋敷』が半壊して、
 その中でレッドが 炎ポケモンに囲まれて倒れてるんだもの!!」
話を聞いているうちに それまでぼんやりだったレッドの記憶がはっきりしてきた。
しばらく額に手を当てて考え込んだ後、突然、ブルーの方へと向き直り、目を見開いて質問する。

「そうだ、ブルー、この近くで 白っぽいポケモン、見なかったか!?
 2メートルくらいある、でっかい奴!!」
「・・・・・・いいえ?
 私が見たのは ロコンやブーバーくらいで、白いポケモンは見ていないわ。」
それを聞くと、レッドは目を伏せ、「そうか」と言ったきり、黙り込んでしまった。
一瞬遅れて ブルーが何かを言おうとした瞬間、固い床に レッドのこぶしが振り落とされる。
「・・・オレ、約束した、」
何を言い出したのか分からず、ブルーは銀色の瞳を瞬いた。
「『あいつ』に、一緒に外の世界を見てまわろうって、そう言っちゃったぞ!!
 なのに、また、守れなかったのかよ・・・・・・1匹のポケモンすら、オレは・・・!!」
奥歯を噛み締めて どこかへ走り出そうとしたレッドの腕を ブルーが掴んで引き止める。
「待ちなさいよ、一体何があったって言うの!?
 そんなボロボロの体で、どこに行こうっていうのよ!?」
「はなせよッ!! オレは助けなきゃ行けないんだ、『あいつ』を助けなきゃ・・・!!」

「・・・・・・落ちつきなさいッ!!」
耳元で大声で怒鳴りつけられ、レッドは我に帰った。
とても女とは思えないくらいの力で 腕を握り締められ、左の 二の腕(にのうで)に じんじんとした痛みが走る。
「何があったのかは知らないけど、今のレッドの状態では 多分、何をやっても 上手くいく事はないでしょうね。
 レッド、トレーナーに必要なのは 知力、体力、それに逆境に打ち勝つだけの精神力よ。
 冷静になって、今、自分が出来る1番の行動を考えなさい!!」
レッドは 呆然と自分に説教をする少女の瞳を見つめた。
鏡のような銀色に 怒りで 我を忘れている少年の姿が映っている。
レッドは小さく息をついた。
「・・・すぐに熱くなるの、オレの欠点だな。」
ブルーが小さくうなずくのが レッドの視界の隅に映る。 それを見るとレッドは立ち上がった。
そして、白い腕を振り払い、海へと向かい走り出した。
「そして、オレの長所でもあるッ!!」



「・・・・・・やれやれ、火の玉のような少年だな。」
体のあちこちにすりきずを負っているのも気にせずに 海に乗り出したレッドの背中に グレンタウンのジムリーダー・カツラはつぶやいた。
ミュウツーの攻撃を受けたのか、着ている白衣のあちこちに 破けた箇所(かしょ)がある。
「良いのですか?
 正式なポケモンバトルもなしに レッドにバッジを渡したりして・・・・・・
 ・・・とはいえ、カツラがレッドの服にジムバッジをつけるのを 黙ってみていた私も 同罪ですが・・・・・・」
ブルーの皮肉っぽい視線を感じたカツラは 軽く肩をすくめた。

「・・・『下は大水(おおみず)、上は大火事、これなんだ?』」
「???」
「答えはこの島、グレン島だ。
 見たんだよ、先ほど、ミュウツーが この島の火口に攻撃を加えているところを・・・
 今は安定しているが、恐らく後数年も経たないうちに 火山が爆発し、グレンタウンはなくなってしまうだろうな。
 だから、1匹のポケモンを守ろうとする少年トレーナーの心に プレゼントだよ。」
崩壊寸前のジムリーダーの話を聞いていたブルーは ゆっくりとため息をついた。
立ち上がって ひざについた埃(ほこり)を払い、明るい色の髪を揺らすと 光に透けてキラキラと輝いた。
「そうですか、それでは、私は島がなくなる前に 生態調査でも始めますか。
 ポケモンの保護にも回らないといけませんし。」



グレン島の反対側で ロケット団の男、それにツバキが海を見つめながら話しこんでいた。
ツバキが口を開く。
「・・・よろしかったのですか?
 ミュウツーは 北方(ほっぽう)へと逃げてしまいましたが・・・・・・」
「構わん、まだ勢力は残っている。 追って 捕まえればいいだけの話だ。
 それよりも・・・・・・」

男はツバキの方へと向き直り、コントラバス並みの低い声を発した。
「素晴らしいシンクロ率を誇る 少年を発見した。
 彼の『協力』があれば、ミュウツーの完全支配も 夢ではないだろう。
 現在(いま)、ハギが捕獲へと向かっている、ツバキ、お前も手伝いに行け。」
ツバキはうなずくと、真っ赤なルージュのついた唇で笑った。
女らしい柔らかな体を使い、ゆっくりと男へと向かって 頭を下げる。
「了解しました。
 ボスは、いかがなされるのです?」

ロケット団のボスは モンスターボールを開いた。
鋭い鎌を両手につけたポケモンが 海の上で波しぶきをたて、旋回する。
「久しぶりに ジムを守りに行くとするか。
 久々(ひさびさ)に 骨のある挑戦者が 来そうなのでな。」


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