<各話の1番最初に飛べます>
62、帰郷 63、奇妙な客人 64、最強のジムリーダー 65、ユウの選択 66、次へ



62、帰郷




「・・・・・・迷っちゃったかなぁ?」
小さな少年は 空に話しかけた。
どこまでも広がる青空の向こうでは 鳥ポケモンの甲高い(かんだかい)鳴き声だけが響く。
やがて その声の主は空中をぐるぐると旋回すると、少年の頭の上で止まった。
ことりポケモンのポッポだ。



「マサラタウンだぁッ!!」
真っ白な海岸にラプをつけるなり レッドは大声ではしゃいだ。
長旅で疲れたのか、体全体を伸ばしているラプの瞳に 100メートルほど先にいる ポッポを頭に乗せた少年の姿が映る。
だがレッドは 少年にも それを伝えようとしたラプにも気付かずに 真っ先に家の方向へと走った。
なにかを言いかけていた少年の言葉をさえぎって。

「たっだいまぁ!! 母さん、フロ!!」
バタン、という大きな音と共に レッドの家の扉が開き、そして閉まった。
2秒後には 階段を駆け上がるドタドタという音が 家いっぱいに反響する。
「・・・レッド、帰ってたの!?」
「あぁ!!」
女の人の声が家の中に響くと 3秒後には 再び階段を駆け下りるドタドタという音が響き渡った。
「塩が体についちまって、痛くて痛くてしょうがねーんだよ。
 なぁ母さん、速いとこ フロ!!」
「それだけ傷だらけの体で 海になんか行くからよ!!
 お風呂ならもう沸いているわ、早く入って その汚い体、洗ってらっしゃい!!」

その頃、レッドに無視された少年は マサラの海岸で1人取り残されていた。
「・・・こまったなぁ、道、聞こうとしたのに・・・」
少年の言葉が判った(わかった)かのように 頭の上のポッポがうんうんとうなずいた。
小さなため息1つ ついたのもつかの間、少年の足もとの砂浜が爆発を起こす。
「まただ!!」
そうつぶやくと 少年は後ろを振りかえりもせず走り出した。 家1件、ろくに見つからない田舎町を 全速力で駆け抜ける。
後ろで爆発音がしても振り向くこともせず、ひたすらに走りつづけると そのうち、赤い屋根の家が少年の黒い瞳に映る。
連れているポッポに自分の後方に『かぜおこし』をやるよう 指示すると 少年は目に飛び込んできた家の扉をガンガンと叩いた。

「しぃみぃるぅ〜・・・・・・」
栗色の瞳に涙をいっぱいにためながら レッドは湯船へと沈んでいった。
緊張でがちがちに固まった顔が ゆっくりと湯船の温かさでふやけていく。
「はぁ〜・・・、まったりまったり・・・
 やっぱ、のんびりしたい時には カントー人なら風呂にかぎるぅ〜・・・・・・ぶぺっ!?」
最後の変な声は 突然、何者かに後頭部をどつかれたせい。
振り向くと、そこには何度か顔をあわせたこともある 薄ピンク色のポケモンが浮かんでいた。
「なっ、なななななな、なんだよッ、ミュウ!?
 オレ、入浴中なんだぞ、エロポケモンッ!!」
ミュウはそんなことは知ったことではない、といった感じで レッドの顔を睨みつけた。
続いて、玄関先のほうを睨みつける。 同時に家の扉が 鳴り響いた。

「・・・なんだぁ? お客さん?」
レッドは栗色の瞳を瞬いた。 が、どうやらそうではないらしい。
ガンガンと叩かれる扉の叩き方だけで、良くも悪くも 尋常(じんじょう)ではないことがわかる。
様子を見に行こうと 痛む体をきしませながら 湯船から立ち上がったとき、家の外で爆発音が響いた。
「みゅうっ!!」
空中でふわふわと浮いていたミュウが するどく1鳴きする。
少しだけ開いた扉から飛び出したミュウを追って レッドは簡単に着込むと走り出した。


「助けてください!!」
レッドの母親が何事かと扉を開けたのと 小さな男の子の 悲痛な声が響くのは同時だった。
追ってレッドが顔をのぞかせると、真っ黒な瞳と髪を持った少年が はあはあと息を切らして すがるような視線を向けている。
なにかを話そうと少年が唾(つばき)を飲み込んだ時、少年のすぐ後ろで 地面が爆発した。
「母さん、その子 守っててくれ!! サン、『でんこうせっか』!!」
自分より2〜3つ下だと思われる少年を家の中に放りこむと、入れ違いにレッドが外へと飛び出す。
牽制(けんせい)で放った『でんこうせっか』は どこにも当たらなかった。
それどころか、全くといっていいほど、相手の姿が見つからない。
「サン、交代だ、ピカ!!」
レッドはポケモンを交代する。
そのサンを戻そうとボールを受け取る手に 衝撃が走り、レッドはボールを取り落とした。
姿のない敵を探そうと レッドは必死で辺りを探る。

「上ッ!! 
 『メガトンパンチ』!!」
子供の高い声にレッドが振り向くと、空へと向かってミュウが飛び出して行くところだった。
1秒後には 何もないはずの空中に ミュウが攻撃し、そこから ふらついたユンゲラーが現われ、墜落していく。
地面に激突する寸前、ユンゲラーは青い球となって どこかへと飛んで行った。
恐らく、トレーナーがついていたのだろう。


辺りを包む殺気もなくなったので レッドはピカをボールへと戻し、家のほうへと向き直った。
先ほどまで自分達をすがっていた少年が ぼぅっとした顔で 空を見上げている。
しかし、なにかが違っていた、レッドはそれを見つけようと少年の顔に焦点を合わせ、目を凝らす。
「・・・・・・瞳、色が変わってる?」
確かにそうだった。 先ほどまで、漆くいのように黒かった少年の瞳は 宝石のような 淡い紫色に変わっていた。
役目を終えたミュウが少年の元まで戻ってくると、少年は太陽のように笑い、優しく頭を撫でる。
そして・・・・・・

「お、おいっ!?」
ゆっくりと瞳を閉じると、少年はその場に崩れこんだ。
いくつもの疑問点を残しながら、すやすやと寝息をたてて。


63、奇妙な客人




10分としないうちに 小さな少年は目を覚ました。
自分でも気付かないうちに占領してしまっていたレッドのベットの上で キョロキョロと黒い瞳を左右に動かす。
「気がついたか?」
レッドの声で少年はビクッと体を起きあがらせた。
「・・・ここは?」
「マサラタウンのオレの家、覚えてねーのか? おまえ、あの後ぶっ倒れたんだよ。
 ・・・・・・とりあえずさ、」
レッドは 自分のこめかみの辺りを指差した。
そこで、少年の連れていたポッポが レッドの頭を突つきまわしている。
「こいつ、どうにかしてくんない?」


「まったく、何が起こったっていうんだよ・・・・・・
 おまえ、誘拐されるほど お金持ちの家柄(いえがら)だってのか?」
少年はレッドを攻撃していたポッポをなだめると、首を横に振った。
「ん〜ん、カンコ鳥がかぁかぁ鳴いてる しがない牧場だよ。
 追っかけられるのだって、どうしてだか分からない、ぼく、オーキド研究所に行こうとしてただけなんだけど・・・・・・」
レッドは 頭を横に傾けると、部屋の隅に浮いているミュウに視線を向けた。
ミュウは薄紫色の瞳をパチンと瞬かせると、ベットの上に座りこんでいる少年の元に ふわっと飛んでくる。
何かを言いたげに みゅう、と鳴くと、少年は黒い瞳を瞬かせた。

「狙われてる? ぼくが?」
少年は眉をひそめていたが、レッドはもっと驚いた。
何の突拍子もなく、ポケモンへと向かって話し掛け始めたのだ。
驚いているレッドを気に留めることもなく、ミュウは更にみぃみぃ鳴き続ける。 少年はその『言葉』に うんうんとうなずいていた。
「だとしても、ぼくに そんな力はそなわってないって。
 今まで1回も そんなことなかったもん。」
「・・・ちょっと待て、一体何の話をしてるんだよ?」
レッドが少年に口をはさむと、少年は警戒心たっぷりの目つきでレッドのことを見つめた。
逃げ出す、とまでは行かなくても、何が起こっているかまでは話してくれそうにない。
「え〜っと、オレじゃ、ダメ?
 じゃ、ピカになら話してくれっか?」
子供相手だ、と レッドは少年の目の前にポン、とぬいぐるみのようにピカを置いてみせた。
途端、少年は目を瞬かせ、ピカの黒い瞳をじ〜っと見つめ出す。
「・・・ちぅ、チュ、ピカチュ、ピカチュ?」
無理矢理前に出されて、やや不機嫌気味のピカが 少年へと向かって鳴き出す。
少年は瞳を瞬かせるだけだったので、だめか、と思ったとき、ゆっくりとしたペースで声が響いてきた。
「『ロケットだん』っていう人たちが、ミュウツーっていう子を操るために ぼくを捕まえようとしているんだって。
 ホントになったら、大変なことになるらしいから、捕まっちゃいけないって。」
「(・・・ミュウの言葉、それに、ピカの話したことが分かったのか?)」
レッドは口をパクパクさせていたが、言葉にならなかった。
しかし、この少年が嘘をつく理由、そんな物が見当たるわけもない。
レッドは、信じるしかなかった。

「とにかくさ、オーキド研究所に行くんだったよな。 オレ、場所知ってるから案内するよ、すぐ行くか?」
レッドは必至で驚きを隠そうと、無理矢理笑顔を作って少年に話しかけた。
少年はちょっと顔を曇らせたが、素直に首を縦に振る。
ベッドのすみで寝ぼけていたポッポを抱き上げると、跳ねるようにしてベットから飛び降り、レッドの栗色の瞳を見上げた。
「・・・・・・このこと、誰にも話さないでね。」
不安げな視線がレッドに向けられる。 レッドはゆっくりとうなずくと、少年の小指と自分の小指をからめた。
「約束する。」


冷たい麦茶を運んできた母親のわきをすり抜けて、レッドと少年は階段を駆け下りた。
最後の段を3段飛ばしで飛び降りて壁に激突したあと、この子を研究所まで届けてくる、と伝え、レッド達は外へと飛び出した。
先ほどまでここで戦争のような大バトルがあったとは思えないほど、外は晴れやかで、のどかだった。
柔らかく照りつける太陽が レッドのほおを暖める。
そのまま何事もなく、2人はオーキド研究所までたどりついた。
「博士ぇ〜。」
「・・・こんにちわぁ。」
扉を開けると、探していた当の本人はちょっと遅い昼食を取っている所だった。
久々の客人に 慌てて口に含んでいた物を 無理矢理 食道へと送り込む。
「レ、レッド、帰っておったのか。 ・・・・・・その子は?」
少し喉に詰まらせたらしく、胸のあたりをどんどんと叩きながら オーキド博士は尋ねた。
レッドの足元にいる少年は 1歩前へと進み出て、軽く会釈(えしゃく)する。
「ピーたろう(ポッポのニックネームらしい)のこと、ここで教えてもらえると、町の研究者から聞いてきました。
 3時間前に電話したものです。」
それだけ言うと、少年はびくびくしながら レッドの方へと 何かを頼るような視線を向けた。
大人びた応対とは 正反対だ。 レッドはそう思った。
一見、どこにでもいそうなポッポを オーキド博士が物珍しそうに観察している間、
レッドは少年のことをつけてきている人間がいないか、慎重に 扉の外をうかがった。
夏の終わりかけた景色に、人を狙っているピリピリした空気は見当たらない。
小さく息をつくと、レッドは再び扉を閉めた。


「ところで、レッド・・・」
オーキド博士のしゃがれ声に 話しかけられ、レッドは声の方向を向いた。
声の主は 興味深そうにポッポの瞳に光を当てながら、レッドの顔を見ることなく 口を動かしている。
「旅は、どこまで進んだんじゃ? ロケット団を 落としたと風の噂(うわさ)で聞いたが、本当のことか?」
レッドは まるで、本当のじーさんみたいだな、と口の中でつぶやいた。
「バッジが7つまで集まって、後1つでリーグ出場できるんだ。 次はトキワジムに挑戦しにいこうと思ってる。
 ロケット団は・・・・・・・・・」
言いかけて、レッドは口をつぐんだ。
自分のせいではない、と分かっていても、ロケット団がまだ活動を続けているとは、言い出しづらいものがある。
まして、目の前にいる少年を狙っているともなれば・・・・・・

「・・・ふむ、トキワジムのリーダーは 最強とも言われておる、挑戦するなら 心した方がいいじゃろうな。」
レッドは、大きくうなずく。 そのことは 自分が1番よく知っているつもりだから。
オーキド博士は観察する手を止めて、レッドの方へと向き直った。
「ところで、ポケモン図鑑は?」
「あ・・・・・・・・・」
レッドは青い顔をしながら、今までに捕まえたポケモンの数を口で伝えた。

今度は、オーキド博士の顔色が 白くなる番だった。


64、最強のジムリーダー




レッド達は 日が暮れる前には トキワシティのジムの前までたどり着いていた。
オーキド博士を訪ねてきた 小さな少年を博士に預け、ポケモンたちの体調は センターでしっかり整えて。
「・・・・・・なつかしいな、旅をはじめた次の日、ハナと一緒にここに来たんだっけ。」
『GYM』と書かれた 大きな壁を見上げながら、レッドは空気を吐き出すようにつぶやいた。
そして、うつむいて 今度はため息をついた。
「・・・ロケット団に 最初に会ったのもここだっけ・・・・・・」


レッドは心を落ちつかせ、深く深呼吸すると6つのボールを確かめ、大きな扉を叩いた。
中からジムトレーナーとも思える女の声がして、意外にもあっさりと扉は開かれる。
「どうぞ、サカキ様がお待ちです。」
じゅうたんを敷いたように赤くペイントされた廊下を レッドと女はゆっくりと進んで行く。
鉄で出来ていると思われる、2つ目の大きな扉が開くと、そこには中年のがっしりした体格の男が レッドのことを待っていた。

「久しぶりだな、レッド。」
低い、落ちつきのある声だった。 レッドはゆっくりとうなずいている。
少しだけ、ほおをゆるめると レッドは口を開いた。
「旅を始めてから、ずっと、おじさんのことを目標にしてきた。
 オレ、前よりかずっと強くなったぜ。」
「それは、これからバトルをして決めることだ。」
付き人らしい男にモンスターボールを受け取ると、目の前にいる男はそれを構えた。
それに習い、レッドも腰のホルダーから 1つだけモンスターボールを取り出す。

「バトル始める前にさ、1つだけ聞きたいことがあるんだけど。」
「何だ?」
「ロケット団っていう組織、知ってるよな、この間、そいつらにグレンタウンで会ったんだけど、
 その時に、グレンのジムリーダーが、ロケット団に向かって『サカキ』って叫んだんだ。
 ・・・・・・どういうことか、教えてくれるか?」
トキワシティジムリーダー、サカキは1匹目のポケモンを呼び出した。
大きな角を持った4足歩行のポケモン、サイホーンがレッドの瞳を睨みつける。
「こいつを倒せば 教えてやろう。
 この世界では 実力が全てだ、覚えておくんだな レッド!!」
レッドのまぶたが動いた。 黙ったまま、赤白のモンスターボールを床に放り投げる。
長い首をまっすぐに伸ばして、ラプラスの『ラプ』が 綺麗な声で1鳴きする。
試合開始のアナウンスを待たず、サイホーンは『とっしん』を始めた、ここでは、いつも見ている風景だった。
ラプが『れいとうビーム』で サイホーンの進路をふさぐ。
それにはお構いなし、といった様子だった。 氷で出来あがった壁を突き破り、サイホーンはラプに 強烈な体当たりをする。
「まだまだァッ!!」
鋭い角で ラプを串刺しにしようと迫ってくるサイホーンを ラプは『なみのり』で追い払った。
そのまま水の勢いに流されて、サイホーンは壁に叩きつけられ、気絶してしまう。
「どうだっ、オレだって、強くなったんだ!! さあ、教えてくれよ、さっきの答え!!」
「・・・ふっ、変わらんな、その眼。
 いつだって どこかに『希望』を抱いている・・・・・・
 いいだろう、質問の答え、俺は、ロケット団のボスだ。 カツラはそのことを知っていた、それだけの話だ。」
「・・・おじさんが、ロケット団の・・・ボス?」
サカキの言葉に レッドは眉をピクッと動かした。
1、2歩さがり、慎重にラプをモンスターボールへと戻す。

「そうだ、さあ、トレーナーとして、お前はどんな判断をとる?
 マサラタウンのレッド!!」
サカキは2つ目のモンスターボールを開いた。
3匹で1匹のモグラポケモン、ダグトリオがレッドの鼻先に向かって 鋭い爪を振り上げる。
「へ、へへ・・・」
爪がかすったのか、少しだけ切れた鼻先をこすりながら レッドは軽く笑った。
「うすうす、どっかで おかしいような気はしてたのかもな、おじさん、ジムリーダーにしては強すぎるし・・・
 でも、さ、オレ、実を言うと まだ、全部信じきれてない。
 だから、今度は・・・・・・・・・」
レッドの腰から モンスターボールが外される。
その瞬間、サカキの口元がわずかだが動いた。
「その言葉の裏の真実を、見つけ出す!!」
2つ目のモンスターボールから 直径1メートルほどのタマゴ・・・いや、ラッキーのコウが飛び出す。
「よっしゃぁ、『おうふくビン・・・」
「『じしん』だ、ダグトリオ。」
コウの攻撃が届く前に ジムを巻き込んで地面が動き出す。
その弾みに足を取られて、コウは規則的に並べられてタイルの上に 転がった。
「・・・切り裂け、ダグトリオ。」
先ほどレッドを襲った攻撃が 今度はコウに向けられる。
するどく、長い爪はコウの急所を直撃し、ぽんぽん、と弾むように飛ばされたコウは そのまま動かなくなった。
「そのラッキー、確か『カウンター』という技を 覚えさせていたな。
 自分が受けたダメージを 倍にして相手に返す大技、確かに、体力だけで 力も防御力もないラッキーにはうってつけかもしれん。
 しかし、今のように、1度態勢を崩し、相手に構える暇(ヒマ)を与えなければ・・・
 ・・・・・・恐るるに足らん。」


レッドは無言のまま コウをボールへと戻すと、次のボールを選ぶために腰に手をあてながら サカキのほうへと視線を移した。
目の前にいる中年の男は 勝利したダグトリオをボールへと戻し、勝利を確信したような視線をレッドへと返していた。
「・・・さすが、おじさんだ。
 変わんねーなぁ、その強さも、いっつも自信たっぷりな、その目つきも・・・・・・」
「お前は変わったようだな、レッド。
 少なくとも、初めて会った時のような、泣き虫の鼻たれ小僧ではなさそうだ。
 なんなら、その力を褒め称えて(ほめたたえて)、1つ、プレゼントをしてやろうか?」
「プレゼント?」
次に出すポケモンが決まったらしく、レッドは手のひらの上でボールを転がしながら 怪訝(けげん)な視線を向けた。

「お前が私のポケモンを1匹倒すたび、私はお前の質問に 何でも1つ、答えてやろう。
 ただし、すんなりことが上手くいくとは思うなよ、レッド!!」
2人は同時に 不敵な笑いを浮かべた。
「へえ〜、嬉しいな。
 だったら、今から 質問の内容、考えとかなきゃいけねーな!!」


65、ユウの選択




「ほう、ピカチュウか・・・・・・」
レッドの開いた3つ目のモンスターボールに サカキは意外そうな表情を見せた。
「ポケモンが育っていなかったと言うのならまだしも、ずいぶんレベルが高いのにもかかわらず ピカチュウのままでいさせているのだな。
 進化は、させないのか?」
「・・・『かみなりのいし』を近づけると、こいつ、手に電撃放って来るんだよ・・・
 それに、進化しちゃうと、どうしても体が大きくなっちまうだろ?
 そうすると、狭い所で動きまわれる奴がいなくなっちまうからな。」

サカキは「なるほどな、」と 顔だけで納得したような表情を作って見せた。
「ピカチュウ、タイプ・電気。 『電気ネズミ』の別称を持つというな・・・・・・
 鼠(ねずみ)には・・・・・・・・・」
サカキは自分のモンスターボールを開いた。
1メートル近くある、白いポケモンが、しなやかな体をくねらせて ぎらぎらとした視線をピカへ向ける。
「猫。」


サカキが指示する間もなく、シャムネコポケモン、ペルシアンは すばやい動きでピカの上へと飛びあがった。
瞬発力に長けたペルシアンのスピードに ピカは反応しきれていない。
あっという間に 小さな体の上に鋭い爪が置かれ、茶色い土の上にピカはねじ伏せられていた。
「『かみつく』んだ、ペルシアン。」
サカキの低い声を待ってましたとばかりに ペルシアンは大きなあごの中にある とがった牙をピカの丸い背中に突き立てた。
途端、フィールドいっぱいに黄色い閃光が走る。
ピカが『10まんボルト』を 同時に放ったのだ。 口の中に電撃を流されたペルシアンは たまったものではない。
「いいぞ、ピカ!!
 そのまま『でんこうせっか』!!」
電撃の反動で 思わずピカから前足を離したペルシアンの横っ腹に ピカは強烈なタックルを仕掛ける。
これ以上攻撃されてたまるか、とばかりに 攻撃は避けられてしまったが、次の電撃を放つまでの時間稼ぎには 充分だった。
「いまだっ、『10まんボルト』!!」
レッドの合図で ピカはありったけの電撃をペルシアンへと放つ。
四方八方から飛んできた電撃を かわすだけの体力は ペルシアンには残されていなかった。

「成る程(なるほど)?
 ずいぶんと 面白い真似をしてくれる。」
「さー、約束だぜ、おじさん。 質問に答えてもらおうか?
 そうだな・・・・・・『ロケット団のやっていた行動のどれだけに、あんたが関わっていたか?』ってのは、どうだ?」
レッドは1戦終わって ボロボロのピカをモンスターボールへと戻すと、サカキのことを睨みつけた。
サカキも戦えなくなったペルシアンを 手元まで戻す。
「・・・いいだろう。 答えは、『全て』だ。」
「どういうことだ?」とでも言いたげに、レッドは軽く動いた。
「言ったままの意味だ、レッド。 例えば・・・そうだな、
 お前が関わったものの中では、岬(みさき)の小屋の襲撃、サントアンヌ号の剥奪(はくだつ)、タマムシのジムリーダーの拉致(らち)、
 セキチクのポケモン生体実験、シルフカンパニーの乗っ取り、伝説のポケモンの捕獲、
 それに・・・・・・人工ポケモンの開発もそうだ。
 すべて、私が指示してやっていたことだ。」
レッドのモンスターボールを持った手に 力が入る。 赤色のすべすべしたボールの表面が 妙に目に付いた。

『冷静になって、今、自分が出来る1番の行動を考えなさい!!』

ブルーの言葉が 頭の中で響く。
レッドは軽く息をつくと、持っているモンスターボールを 足元に落とした。
「こいつの名前は『ユウ』って言うんだ。
 夕焼けの街、クチバシティで出会った、母親が、生体実験されてて・・・・・・
 それも、あんたの指示だって言うのか?」
「そうだ。」
サカキは自分のモンスターボールを フィールドの真ん中へと落とした。
中からは レッドのユウとよく似たポケモン、同じ種類のサンドパンが ユウへと向かって鋭い爪を振りかざす。
それを見てユウが動揺しているのは、誰の目にも明らかだった。
「・・・まさか、そいつ・・・・・・」
「ああ、そのサンドパンの・・・母親だ。」
サカキが言葉を言い終わるか終わらないかのうちに サカキのサンドパンは ユウへと向かって攻撃を開始した。
戸惑っているユウは 相手に攻撃を加えられず、ひたすら自分に向けられている攻撃を 避けまわる。
「ユウッ!!」
レッドは パニックを起こしていてもしっかり聞こえるように 力の限り大声を出した。
その声に驚いて 反応したユウの腕に 小さな切り傷がつく。
「今からでも、交代は出来る!!
 俺達がやっているのは ジム戦なんだ、どうしても そのサンドパンは倒さなきゃならない!!
 どうする、交代するか!?」
レッドの言葉が終わると、ユウはくるりと体を反転させ、サンドパンの方へと向き直った。
そのまま弾丸のように飛び出し、サカキのサンドパンへ 第1刀を加える。
「それが・・・・・・おまえの答えなのか、ユウ?」
どうしようもない気持ちで レッドは目の前で 自分の母親へと攻撃を加えているユウを見つめていた。
しょっぱい 唾(つば)をゆっくりと飲み込むと、苦しくなる胸を押さえながら、自分のポケモンが負けないように 1つ1つ、指示を出していく。

その勝負がついたのは一瞬のことだった。
レッドの指示を無視して 前へと飛び出して行ったユウの喉もとに 鋭い爪が当てられたのだ。
切り裂かれこそしなかったものの、固い爪の甲が直撃したユウは 気絶し、その場に崩れこんでしまった。
レッドが慌てて駆け寄って行くそばで、サカキのサンドパンも ゆっくりと倒れていった。
「・・・そのサンドパンに攻撃を与えた時に、お前のサンドパンからダメージを受けていたらしいな。
 引き分け、というわけか。」
レッドは無言のまま 自分の腕の中にいるユウの背中を 優しく叩いた。
ユウは 大粒の涙をひっきりなしに こぼしていた。
それが、どんな感情であったのかは判らないが、レッドは栗色の瞳を 迷いもなくサカキのほうへと向ける。


「・・・・・・何なんだよ、一体・・・こんな辛いバトル、ユウにさせやがって・・・・・・
 あんたどうして!!! どうしてこんなこと、続けていられるんだよ!!」
ユウを抱えたまま叫んだレッドに サカキはにやりと笑いかけた。
倒れたまま 目がうつろになっているサンドパンをボールに戻し、次のモンスターボールを構える。

「・・・それが、3つ目の質問か?」


66、次へ




「実に、おかしなことだとは思わんか、レッド?」
サカキが突然言い出した言葉に レッドは顔を上げた。
何もかもを見透かしたような顔で サカキは言葉を続ける。
「今年から始まった ポケモンリーグを始めとする、全てのポケモンに関する機関(きかん)のことだ。
 そもそも、このポケモンという名前すら、ごく最近につけられた生物達は、一体どこから来たのか、いつからいたのかすら、我々には分かっていない。
 お前も、昔からこいつ等と付き合っていたのなら、知っているだろう、
 今ではトレーナーとして ちやほやされている人間達が、少し前までは、正体不明の化け物を操る 魔法使いとすら言われていたことを。」

硬直して言葉を失っているレッドに サカキはさらに続けた。
「それまで正体不明だったものの正体がわかり、一転して便利な物、生活に役立つ物へと変わっていく。
 まぁ、昔からよくある光景だがな、我々は それに納得がいかなかった。
 未だ(いまだ)、ポケモンには 謎が残されている部分が多すぎる、人間と深い関わりを持つには、早過ぎると思っている。
 それを知らせる為(ため)に、研究を進めるために作られたのが、ロケット団だ。」


レッドは動こうとしないユウを抱えたまま、モンスターボールを開いた。
ジャングルの中に溶け込みそうな、大きな葉と、鮮やかなつぼみをつけたポケモンが ジムいっぱいに広がりそうな声を響かせる。
「・・・・・・じゃあ、何か?
 『ポケモンは危ないですよ〜』って、それだけのことを知らせるために、あっちこっちからポケモンを奪ったり、
 人の家に勝手に侵入したり、自分の子供攻撃させたり、自分の意思じゃないのに暴れまわらせたり、したっていうのかよ!?
 ふざけんじゃねーぞ!!」
モンスターボールを構えたサカキに ハナは迷うことなく突進して行った。
あと1メートルと迫った時、ボールの開く音が響き、ハナの突進を両手で がっしりと受けとめる。
「・・・・・・そう、その感情だ。」
レッドに聞こえるか聞こえないかくらいの声で サカキはつぶやいた。
レッドとサカキの間には、ハナと、そしてサカキがたった今出した、1メートル半はある 紫色の皮膚を持った 体格のいいポケモンが組み合っている。
「『つのドリル』だ、ニドキング!!」
組み合った状態で上手く身動きの取れないハナに ニドキングは高速で回転するつのを 真っ直ぐに突き出した。
避ける術を持たなかったハナは そのまま弾き飛ばされ、土の上で横になったまま動かない。
「あ・・・・・・」
「始めに言ったはずだ、『この世界では、実力が全てだ』と。
 お前に実力が 備わって(そなわって)いなければ、所詮、お前には何も変えられん。」
サカキはニドキングをボールへと戻し、次のボールを構えながら レッドにドスの聞いた声で 語りかけた。
レッドは命すら危ういハナに 応急処置として『げんきのかけら(※瀕死〔ひんし〕のポケモンの体力を半分だけ回復する)』を与え、ボールへと戻すと、
6つ目のモンスターボールを構えながら、ゆっくりとした口調で サカキに話しかけた。


「最後の質問だ。
 もし、オレがこのまま あんたを倒すことなく終わっちまったら、
 ロケット団はまた、オレが見たような、ポケモンを傷つけるような行動を繰り返すのか?」
「それは、レッド、お前次第だ。」
サカキはからし色をしたハイパーボールを開いた。
中から、先ほどのニドキングに勝るとも劣らない鋭い角を持った 灰色の重厚な皮膚を持ったドリルポケモン、サイドンが出てきて、レッドを睨む。
レッドはゆっくりと息をつくと、手の上に乗ったモンスターボールを そのまま手の上で開いた。
「・・・この質問だけは、何が何でも答えてもらわねーと。
 頼むぜ、スノ、『ふぶき』だ。」
レッドの言葉を合図に、フリーザーのスノは 銀色に輝く大きな羽を ゆっくりと動かした。
途端、ジムの中の気温が一気に下がり、もともと冷気に弱かったサイドンは 足から凍り付いていく。

「・・・・・・なるほどな、伝説のポケモンの捕獲が失敗したと聞いていたが・・・
 フリーザーを捕まえたのは、レッド、お前だったのか・・・」
サカキは凍りついたサイドンをボールへと戻すと、口の端にうっすらと笑いを浮かべながら、レッドのほうへと向き直った。
「さあ、答えろよ、さっきの質問の答え!!」
「・・・さっき言ったろう、『お前次第』だ、と。
 我々が動かなくなったところで、ポケモンに対して 甘い考えを持った連中は止まらないだろう、
 ポケモンはペットでも、道具でも、まして、便利な下僕(げぼく)でもない。
 ポケモンはポケモンなのだ、それが伝わらない限り、ロケット団が止まることはないだろうな。」
「どういうことだよ?」
レッドは眉を動かした。
その様子を見て、サカキはゆっくりと笑う。
「お前のような 子供に負けているようでは、私の首領としての力は、備わっていないということだろうな。
 今日いっぱいをもって、ロケット団は解散しよう。
 ただ、すでに動き出してしまった問題もある。」
「問題?」

レッドがスノを戻しながら ゆっくりと近づいてくるのを横目で見ながら、サカキは話し続ける。
「ミュウツーのことだ。
 奴は、すでに生命として動き出して、我々の手におえなくなっている。
 あの戦うために生まれてきたポケモンを 自由にするには、ボールの中に収めるのが、1番早かったのだが・・・
 お前が、その前に逃がしてしまったからな。」
まるで自分が悪いような言い方をされて、レッドは顔をしかめる。
その様子を見て、サカキは笑った。
「まあ、もう1つ、手段はある、ミュウツーのトレーナーを造り、そのトレーナーを我々が操るという方法だ。
 グレンで、確かお前が選ばれていたな。
 ・・・遠くの町から、マサラに来る子供に、1人、奇妙な奴がいた。
 ポケモンと 精神を同調させることによって、ポケモンと会話することが可能になる、おかしな奴だ。」
「・・・・・・まさか・・・」
「そうだ、お前が自分の町に帰ったとき 出会った、研究所へ行こうとしていた子供だ。
 奴を止める為に、その子供をトレーナーとしてさらったのだが・・・・・・どうやら、失敗したらしい。」

レッドの背中に 冷水をかけられたような寒気が走った。
「どういうことだよ、それ・・・・・・」
「落ちついて聞け、あの子供と、ミュウツーのシンクロ率が高すぎて、子供を巻き込んだまま ミュウツーが暴走をはじめたらしい。
 さっき、部下から連絡が来た。
 ミュウツーが、ハナダ北西部で、暴れまわっている、とな。」


「待て!!」
ミュウツーを止めようと走り出したレッドの背中に サカキの声が飛んだ。
なかばケンカ腰で振り向いたレッドの手の中に サカキは2つの物を包みこむように渡した。
「3勝2敗、1引き分けで ジム戦はお前の勝ちだ、バッジくらい、受け取って行け。
 それと、ミュウツーの所へ行くのなら、きっと、このマスターボールは役に立つ、ボールを当てれば 絶対にポケモンを捕まえられるって代物だ。」

レッドは少しの間だけ、渡された物を見つめると、サカキに向かってうなずき、走り出した。
「・・・・・・頼むぞ、レッド。
 この狂った世界は、お前のような バカみたいに真っ直ぐなトレーナーを、求めている。」
サカキは低い声でそうつぶやき、ジムの奥へと姿を消した。


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