77、ポケモンリーグ 決勝
   ――――――――――――前日




「・・・・・・こうなっちゃったわけだな。」
レッドは用意された ホテルの中の机に突っ伏して 少しだけ大きなため息をついた。
横では 不安そうな顔でレッドのことを見守る サンがいる。
サンだけではない、体が大きすぎて部屋の中に入れない ハナとラプを除いて レッドは全てのポケモンを部屋の中に出していた。

「きゅい?」
朝も早いせいだろう、サン以外のポケモンたちはみんな、まだ夢の中だ。
ピカなんて、寝ぼけて『でんきショック』を放ってくるから、うっかり当ってしまった運の悪い奴は たまったものではない。
「・・・・・・やっぱ、眠れねーな。
 グリーンとの試合は明日だってのにさ・・・トレーナーがこんなんじゃ、おめーらもっと不安になっちまうよなぁ、サン?」
そんなこと言われても、といった感じで サンは長い耳をたれる。
その様子を見て レッドは あまり力の入っていない笑い方をした。



「おはようございます、レッド。」
2時間後、ブルーが静電気の溜(た)まりやすい 鉄の扉を軽くノックした。
昨日のショックから立ち直ったのだろうか、扉を開けると、そよかぜのような おだやかな笑顔がのぞく。
「・・・はよ(おはよう)。
 どーしたんだよ、ブルー? 敵情視察ってわけじゃねーだろ?」
「敵・・・・・・?
 どうして 次の対戦相手でもないのに、わざわざレッドを敵にしなきゃいけないのよ?
 様子を見に来たのよ、明日は決勝戦が待っているから、どうしているのかと思ってね。」
レッドは寝息を立てている 4匹のポケモン達を 肩越しにちらりと見やると
足元にすりよってきたサンと一緒に扉の向こうへと回り、後ろ手で扉を閉めた。
カチャンという音が廊下に響いた後、耳がおかしくなったのかと思うくらいの静寂(せいじゃく)が2人と1匹の間に流れる。
「サン以外の奴らは まだ寝てるよ。
 オレなんて、どうにも寝つけなくって4時起きだってのにさ。」
奇妙な沈黙に耐えきれず、レッドは口を開いた。
ブルーはそれを聞くと、クスリと笑って首を横にかたむけた。 茶色の流れるような長髪が 朝日に反射してキラキラと光る。

「今日はどうするつもりなの?」
唐突にブルーから言葉が放たれる。
ワケが分からず、レッドは栗色の瞳を パチパチと瞬かせた。
「どうする・・・・・・って?」
「決勝戦まで1日の猶予(ゆうよ)があるわ。
 グリーンは もう起きて ポケモンたちのトレーニングを始めているみたいよ。
 レッドは、どうするの?」
それを聞くと、レッドは足元で退屈そうにしていたサンを抱き上げる。
サンの 耳の周りの栗色の毛が レッドの栗色の瞳に 妙に似合っていた。
「何も。」
「・・・・・・?」
ブルーは 銀色の瞳を瞬かせる。
レッドがサンの耳の付け根を指先でくすぐると サンは嬉しそうに鳴き声を上げた。
「今日は バトルもトレーニングも休むつもりなんだ。
 ゆっくり休んで、明日、全力を出せるようにさ。
 それに、あんまりピリピリした空気を こいつらに味わわせたくねーし・・・」


レッドの言葉通り、その日、ポケモンたちは遊ぶためだけに 外に出されていた。
外のお祭り騒ぎも相乗して わくわくした空気が6匹を包む。
「それじゃ、あんまり遠くへ行って、帰ってこられなくなるなよな?
 オレは、ちょっと用事があって、夕方まで 別んとこ行ってるから・・・・・・
 ハナ、サン、しっかり面倒を見てやれよ?」
レッドはそう言うと、ポケモンたちはうなずき、思い思いに遊び始めた。
それを見て笑うと、レッドは背を向け、ポケモンセンターの方角へと向かって歩き出す。
その赤いシャツの背を見るとユウは ひっそりと地面に穴を掘り始めた。
それほど深くない所を掘り進んで、レッドの後を追いかけて行く。
もちろん、その後に出来た『落とし穴』に 道行く人が次々と引っかかったのは 言うまでもないが。

ユウの黒い眼には きびしい顔つきでセンターへと入っていくレッドの姿が映った。
地面からはい上がるとユウは レッドに見つからないようにこっそりと 後をつけて行く。
ガラス張りの自動ドアをくぐると 奥の細い通路へと歩く自分の主人が見える。
止めようとする看護婦の腕をすり抜けて、ユウは慌ててその後を追った。
「・・・・・・ちょっと、どうして私が手伝わなきゃならないのよ?
 レッドが自分でやればいいことじゃないの、こんなにたくさんの資料・・・・・・!!」
「いーだろ、ヒマそーにオレの部屋までたずねてくんだからさ。
 ブルーは資料を用意するとこまででいーって、目を通すのはオレなんだから・・・」
角を曲がった先の 小さな資料室をユウが覗くと、そこには ポケモンバトルの資料に埋もれたレッドとブルーがいた。
神経が参ってしまいそうなほどの本の山、その1つずつを 飽き(あき)もせずレッドは見つめている。



「・・・・・・まったく、このいたずらサンドパンは・・・!!
 さっさとポケモンセンターから 出て行きなさい!!」
センターの看護婦につまみ出され、ユウは通りに1人・・・いや、1匹立ちすくんでいた。
しばらくポケモンセンターを見上げ続けた後、後ろに向き直って 仲間たちの元へと走り出す。

ユウが戻ると、監督(かんとく)役を任されていたサンに きつーい頭突きを当てられた。
じんじんと痛む頭を押さえ、ユウが他のポケモンたちを見まわすと、
彼等は、すでにトレーニングを始めていた。
より実戦に近い、ポケモンバトルのトレーニングを。
「・・・きゅ・・・・・・」
頭から その痛みを取り除こうとユウは頭を横に振ると、そのトレーニングに混じり始めた。
そう、このチームにとってもっとも大事な、翌日に控える試合のために。


もっとも、チームリーダーのレッドが それを知ることはなかったが。



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