最終話、また会う日まで
レッドは ベットの上でうつぶせになって 寝転がっていた。
部屋の隅に置かれた勉強机の上には 大きな優勝トロフィーが 金色に輝いている。
「・・・・・・・・・・・・はぁ・・・」
レッドは魂の抜けたような 深い深いため息をついた。
これで、本日5回目のため息だ。
その原因は、3日前にさかのぼる。
レッドは 自分のポケモンを引き連れて『トキワの森』へとやってきていた。
その表情は暗く、とても5日前にポケモンリーグで優勝したトレーナーとは思えない。
また1つ、大きなため息をつくと 腰から1つのモンスターボールを取りだし、手の上で転がした。
「出て来い、ピカ。」
レッドは 足元でボールを開いた。
中から出てきたピカチュウは 故郷の空気を思いっきり吸いこむと 大きく伸びをした。
ここ数日、レッド自身が休むひまも取れないほど 質問攻めにされていたので 食事の時以外、ろくに外に出られなかったのだ。
「よっ、」
レッドの態度は どこかよそよそしかった。
固い表情でピカに笑いかけると ゆっくりとしゃがみこみ、その黒い瞳を見ないようにしながら 話し出した。
「お別れぐらい、言っとかなきゃ、と 思ってさ。」
ピカの長い耳が動いた。
混乱した表情を向け、「なんて、ウソだよ。」という言葉を 待ちつづけている。
「オレは、ポケモンリーグで優勝した。
おまえとの約束だった、『世界一のポケモントレーナー』にさ。
だから、ここで契約終了だ。」
レッドの薄く開いたまぶたの間から 細かく首を横に振るピカの姿が見えた。
表情を無くし、まったく感情のないような声で レッドは続ける。
「今のおまえの実力なら、森の中で 間違いなく1番だよ。
誰も、ピカのことを 仲間外れにしたりしない。
胸張って帰れよ、自分の、生まれ故郷に・・・・・・」
レッドは立ちあがった。
赤い帽子を深く被り、森に背を向けて 歩き出した。
「ぴかちゅッ!!!」
ピカが叫ぶと、レッドは走り出す。
後ろを振り向かずに トキワの森が 完全に見えなくなるまで。
「・・・・・・終わったんだ、全部。
ロケット団との戦いも、ポケモンマスターを目指す旅も、ポケモンを集める旅も・・・」
レッドは 閉め切られた窓を開放すると、再びベットの上へと横になった。
冷え込んだ冬の風が レッドのほおを撫でて(なでて)いく。
先日、オーキド博士が学会へと向かって出発した。
レッドが集めなかった分のポケモンは グリーンとブルーが収集し、
なぜか 図鑑に記録されなかったミュウを除いた150匹を 全てのポケモンの数として発表するためだ。
レッドはまぶたを閉じた。
柔らかい日差しが レッドの瞳に赤い世界を作る。
その上には これまで旅してきた様々な道のりが 再生されたビデオのようによみがえっていく。
「スノ・・・ロケット団を倒す時、頑張ってくれたっけな。」
大空を飛びまわり、悪を許さない厳しい(きびしい)瞳を持ったフリーザーがいる。
その冷気は 全てのものを凍りつかせ、どんな戦いにも 負けることはなかった。
「コウ・・・戦いが終わった後、いっつもフラフラしてたっけ・・・」
自ら(みずから)を犠牲にしても、他人を守りたいと思える 強い心を持ったラッキーがいる。
自分が受けたダメージは 必ず倍にして返す、その威力を前にして立ちあがれる者はいなかった。
「ラプ・・・水の上じゃ、いつも一緒だったな。」
高い知能を使い、主人の行動をいつも助けたラプラスがいる。
その力は水を操り、強大な津波となって 相手を襲った。
「ポコ・・・短い間だったけど、あいつといると楽しかったな。」
いつも周囲を気遣い、笑うことを忘れさせなかったポリゴンがいた。
人間の作り出した力を操り、その先の読めない行動は 周囲すべてを惑わした。
「ユウ・・・ホント、いたずらばっかりで、手を焼かされたっけ・・・」
襲いかかる逆境に打ち勝ち、いつも自分の何倍もある壁に立ち向かって行くサンドパンがいる。
鋭い爪を振れば全ての者は切り裂かれ、地を操る力は 広大な大地をも割った。
「サン・・・いっつも、オレのこと気づかってくれたっけな、大変なのは、自分の方だろうに・・・」
小さな体に 大きな心を持ったイーブイがいる。
大きな力は持たなくとも ひるむことなく相手に立ち向かう強い心は 大きな武器となった。
「ピカ・・・あいつにはいっつもてこずらされたな、よく、電撃をくらってたっけ。」
誰にも負けることのない、強い精神とプライドを持ったピカチュウがいた。
その小さな体から発せられる雷撃は、辺りを照らす光となり、相手を襲う力となった。
「ハナ・・・おまえがいなかったら、旅が始まることもなかったんだろうな。」
心に大きな花を咲かせ、どんなことにも立ち向かっていったフシギバナがいる。
自然の力を操り、何があっても絶対に屈しないその精神は 大きな力となった。
「・・・・・・あれ?」
雫(しずく)が、こめかみを伝ってレッドの髪をぬらし、枕に吸いこまれた。
起き上がって 目じりをこすると傷あとの残る手の甲に水が溜まっている。
「どうして・・・」
全ては終わった。
そう、レッドの旅は終わった、強力なポケモンを前にして 死にそうな思いをしてボールを振りかざすことも、
ロケット団に捕まって 痛みを感じなくなるまで痛めつけられることもない。
旅の間に感じたような苦しい思いをすることは もうないはずだ。
なのに、ほおを伝ってジーンズに落ちる水滴は止まる様子を見せない。
「・・・・・・ハハッ、きっと、気のせいだ。
気分を変えよう、パソコンで、ゲームでもやるかな?」
ブツブツと独り言を言いながらレッドはベットを立ち、デスクの前へと座った。
簡単なシューティングゲームを起動し、空しい(むなしい)くらいに真っ白な時間を過ごす。
・・・・・・・・・パチンッ
31回、ボスでもない敵に打ち落とされた時、何かの弾けるような音がして モニターが揺れた。
不思議に思いながらも コンティニューを選ぶと、レッドのほおに鋭い痛みが走る。
レッドは反射的に痛んだほおを押さえ、窓の方へと向き直った。
「・・・・・・・・・・・・え?」
その瞬間、レッドは自分の瞳を疑った。
冷たい風が吹き込む窓の下には レッドのひざほどの高さしかない 小さなポケモンがいる。
元は黄色であったはずの体毛は茶色く毛羽立ち(けばだち)、宝石を見ているような黒く光る瞳は レッドのことを睨みつけていた。
それは、紛れ(まぎれ)もなく、見覚えのある姿。
「ぴかちゅう!!」
レッドの全身に 懐かしい痛みが走った。
目の覚めたような顔をした少年は イスから立ちあがり、自分を襲うポケモンの方へと駆け寄る。
「・・・・・・ピカ、なのか?
どうして、なんで戻ってきたんだ!? おまえにはもう、オレと一緒にいる理由なんて ねーじゃねーか!?」
レッドの全身を また電撃が襲った。
こげた顔を腕でぬぐった後、少しの間、沈黙が流れる。
やがて、レッドは 笑い出した。
「・・・なに、うぬぼれてたんだ、オレ?
こんなちっこいポケモン1匹、懐かせることが出来ないんじゃ、
『世界一のポケモントレーナー』なんて、全然遠い話じゃねーか・・・・・・『夢のまた夢』ってやつか?
・・・まだ、まだまだまだまだまだま〜だ、修行が足りてねーみたいだな、」
レッドと 名前のないピカチュウは同時に笑った。
その時、ゲーム画面を映していたはずのパソコンが メールが届いたことを告げる。
受け取ったメールを開くと、レッドの顔は ほころんだ。
壁からぶら下がっている トレードマークの赤い帽子を頭の上に乗せて ボロボロのリュックを引っ張り出した。
「・・・出かけるか!!」
―数時間後―
「レッド、レッド!!!
早く出てきなさいよ、大変なの!!!」
ブルーが 赤い屋根の小さな家に向かって叫んでいた。
全く応答のない 2階の小さな窓の代わりに 客を出迎えるための玄関が開き、女の人が顔を覗かせる。
「あら、ブルーちゃん・・・だったかしら?
レッドならいないわよ、一体、そんなに慌てて どうしたの?」
「大変なんです!!
オーキド博士が学会で発表していた時、飛び込みの研究者が現れて、
私達が見つけていないポケモンが存在する、って、そう言ったんです!!
完全に確認されたわけではないけど、それを調べるために また私達が行かなければならないから・・・・・・
あっ、グリーンのことも知らせなきゃいけないんだわ!!
失礼します!!!」
弾丸のような速さで 少女は駆け抜けて行った。
小さな少年少女達の情報が交錯(こうさく)し、小さな町は しばらくにぎやかになりそうだ。
そう、母親は思い、ほおをゆるませる。
散らかりっぱなしであろう息子の部屋を片付けるため、階段をのぼって扉を開けると、
部屋の隅のパソコンのモニターが つけっぱなしになっている。
「・・・・・・まったく、あの子ったら。」
つぶやきながら、母親は電源を切った。
消える前の一瞬、不思議な輝きを放っていたメールに気付かずに。
『学会に発表された150種以外に 50種以上のポケモンが存在することが確認された。
早急に調べたい 調査されたし』
レッドの旅がまた、始まった。
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