意味の無い希望、そして夢。
 それらを追い掛け、やがて挫折する。
 ただ一つの光を頼るものはやがて落ちる。
 深い深い、奈落の底。


 カントー地方、温暖なナナシマの海岸で。

 男の子とヘルガーが一緒に歩いていた。男の子の方は、レン、通称レンちゃん。ヘルガーの方はヘルリン♂。隣に住む家族と一緒にナナシマ旅行に来たのはいいものの、レンちゃんのお父さんは、徹夜明けでほとんどダウンしてるし、レンちゃんのお母さんは、ちょっと具合悪いみたいだし、隣のおじちゃんとおばちゃんはなんかいろいろ話している。
 どうせまた「仕事」のことだろうなあ。レンちゃんは退屈を持て余し、大人の見ていないうちに、砂浜から歩いていたのである。レンちゃんにとっては一歩一歩が宝物の発見で、珍しい貝殻や打ち寄せられるものなど、興味があるものはどんどんポケットに入れていた。
「レンちゃん。」
穏やかに後ろからレンちゃんを呼ぶ声がする。振り返りざまに立ち上がる。
「あ−!シアン君!」
「だめだよ、一人で来ちゃ。」
シアン、それは隣に住む家の、一人息子。レンちゃんより二つ上のお兄さん。一緒に来ていたのだが、両親の話を聞いていたし、その上レンちゃんを探していたので、ちょっと遅れてしまった。
「シアン君も一緒に行こうよー。面白そうなところあるんだよー!」
と、レンちゃんは上を差す。切り立った崖の上に、デリバードの巣。シアンは危険性をちょっと考えた末、「一緒に行くならいいよ。」と、レンちゃんと一緒に行く事にした。


「ほらみて!」
崖の上から、デリバードの巣を二人で見ていた。ちょうど影になるところにあるから、この夏の強い日差しも影響が少ない。かわいらしいデリバードのひなを見張っていると、ヘルリンが後ろを振り向いた。感覚の鋭いヘルガーの何かが、異変を感じ取ったのだ。しかし、主人に対する敵意や、攻撃の気配が感じ取られないので、ヘルリンは再び、主人の後ろで待機していることにした。
「あ!親が帰って来た!」
レンちゃんがちょっと身を乗り出した瞬間、崖の土が崩れた。それと伴うように、レンちゃんの体が重力に引かれる。
「危ない!」
シアンが叫ぶより早く、一つの影が、レンちゃんの手をつないでいた。シアンもレンちゃんも知らない、髪の長い女の子。
「もうちょっとだから、がんばって!」
細い腕からは考えられないほどの力で、レンちゃんを引き上げる。そして、完全に崖の上に引き上げた時、レンちゃんがお礼を言おうとして顔をあげると、既にその子の影は遠くにあった。走って行こうとしたら、いきなり目の前に人影が現れ、進路を邪魔される。
「なんやレッド、まだいたんか?ちょうどええわ、渡すものが・・・・お、ブルーまでおるやないか?」
と、方言まじりの疑問が投げかけられる。しかし、いきなりの質問をレンちゃんが理解するには無理だったらしい。口を半分開いたまま人物を見つめている。
「なんや・・・?レッドやないんか?ん?誰や?それにブルーでもない・・・?」
レンちゃんの顔や、ヘルリン、シアンの顔を見る。レンちゃんの勘が告げた。この人は何か壮大な勘違いをしていると。
「レンちゃんはレンちゃんだもん!!!おじさんこそ誰!?」
「お前本当にレッドやないんか?・・・わてはマサキや。ま、トレーナーみたいやから知っとるやろ。」
レンちゃんは考えた。マサキといったら、ポケモン転送と、あと、ポケモンとポケモンを遠くでもお見合いさせるシステムを作り出したという転送のプロ。でも、マサキはレンちゃんのお父さん達と同年代だった気がする。目の前の彼は20代前半にしか見えない。
「ま、レッドやないとしても、あまり動かんほうがええぞ。その格好、ロケット団の恰好の的やし。さて、レッドをどう呼び出すかやな・・・・。」
マサキの手には黒曜石のような美しい石。レンちゃんがそれに興味を示さないわけがない。
「ねえねえおじさん、その石なにー?」
「おじさんやないわい!お兄さんと呼ぶんや!ちなみに、これはな、レッドに渡すはずの石や。探している隙にもう出かけてしもうて。」
レンちゃんが口を開こうとした瞬間、シアンが後ろから押さえるようにそれを止める。
「マサキお兄さん、僕たちもレッドさんに会いにきたんです。もしよかったら届けておきますよ。」
レンちゃんが疑問の目を投げかける。なぜシアンがあんなに親しくしているレッドを他人のように言うのか。その瞬間、マサキがシアンに石を渡す映像が見える。
「そうか?せやけど、あんたらあんまり信用できん。」
「けど、忙しいんですよね?大丈夫です、レッドさんなら知り合いですし。連絡もつきますから。」
マサキは黙って再びシアンとレンちゃんを交互に見る。考える時間はそんなに必要としなかった。
「あまり信用できんが、トレーナーなら一発でわかるんやから逃げよう思ても無駄やで。」
積極的には見えないが、シアンに石を渡した。さっき見た未来だ、とレンちゃんは確信する。
「さ、行こう。」
レンちゃんの手をひいて、シアンは元来た道を歩いた。そして十分マサキと距離が開いたのを見て、二人は同時にしゃべりだす。
「ね!マサキのおじちゃんってもっと年いってたよね!?」とレンちゃん。
「レンちゃんをレッドのおじさんと見間違えるなんておかしいよね?」とシアン。
向き合ったまま黙った。お互いにどちらかが喋りだすか待っている。先制したのはシアンだった。
「おかしいよね、レンちゃんとおじさんはいくらなんでも見間違えないのに。」
「そうだよね。おかしいよね?それと、シアン君のことも、シアン君のお父さんと間違えてたじゃん!あれもおかしいよね?」
二人には奇怪すぎるマサキの言動、そして年齢。キュウコンにつままれているみたいで、考えれば考えるほど怖くなる。
「ね、シアン君、あのさ、一度お父さんのところに戻ろうよ!たからの浜に戻ろうよ!」
レンちゃんはそういうと、さっきの海岸に戻ろうとした。そして足下を見ると、一つのキーホルダ−が。かわいらしい金色のネームプレートで「Lime&Rim」と書かれていた。来た時にはなかったから、きっとさっきの女の人の落とし物だろう。
「あの人、ライムかリムっていう名前なのかなあ・・・。」
と、シアンは言った。そして、裏を返すと、長ったらしい英文が。頭がいいさすがのシアンも、読むには気力がいるようで、読めない、と言った。
「どうする?お父さんに届けてみればいいかな?」
「そうだね、レンちゃんのお父さんならわかるかもしれないし。」
レンちゃんとシアンはとりあえず落ち着く両親の元へ続く道を戻っていった。そう、いるはずなのだ。そこに、暖かい両親たちが。
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