小さい男の子には、それは不快以上に興味を持たせたかもしれない。レンちゃんの耳を、爆音がかすめた。仕事でいくつかの「悪いやつら」と会ってきたが、こういう人種は初めてだ。バイクにまたがり、ちゃらちゃらとしたアクセサリーをつけ、大声で吠えまくる集団。
「シアン君〜変なのがいるねー。動く動物園みたいー。」
爆音が耳障りなだけで、人からは恐怖を感じない。本物の恐怖は、大声で叫ぶのではなく、うちからにじみ出る何かだと、レンちゃんとシアンは知っていた。
「うん、そうだね。ああいうのには関わらないんだよ。」
「うん、でもみんな困った顔してるよ?行かなくて大丈夫?」
「・・・仕方ないね。行こうか。」
二人は走る。それにしても2の島から落ちることなくバイクで暴走できるなんて器用だな、とシアンは思っていた。近づくにつれ、そいつらが叫んでいる内容がわかる。
「けっ、くそつまんねーゲームコーナーだぜ。」
「こんなチンケな島に来てやったんだ、感謝しろい!」
シアンはため息をついた。かかわりたくないのだが、こういうのを排除して一般市民に迷惑をかけないようにするのが仕事だから仕方ない。が、その考えのレベルの低さにはがっかりする。遊んでつまらないと思うのは仕方ない。しかし、それを大声で口にし、世間に爆音をばら撒く行為は人としての行動規範がずれている。
 レンちゃんが興味津々に観察。その目は冷ややかで、こういうところは父親似なんだな、とシアンはたまに思う。近づいたからか、爆音は方向を曲げてにらみつけてきた。
「なんだ?ガキは失せろ!」
シアンとレンちゃんに向かって爆音たちはさまざまな暴言を吐いた。いつの間にか二人を取り囲み、ぐるぐるとまわりをまわっている。が、シアンはそんな中でも冷静にボールを投げた。大きな鋏のような角が特徴のカイロス。
「挟め。」
技を命令する。不幸にも挑発しようとした一人のバイクはカイロスの角でタイヤを裂かれ、バイクから投げ出される。慣性で止まれないバイクは仲間に突っ込んだ。もちろん、無事では済まず、頭から血が出ている。少しやりすぎたな、とシアンは反省した。
 その様子を見るでもなく、地面に叩き付けられ、痛がっているところにいきなりガラガラが覗き込んだ。
「う、うわガラガラ!」
「ガラリーノ、骨こん棒だよ!」
容赦ないレンちゃんの命令。ガラリーノは手加減したつもりだ。主人が本気でないことを知っているから。しかし、頭を骨でたたかれたら、一撃で気絶してしまうようで、死ななかっただけまだマシのようだ。
「や、やばいぞ、このガキども!」
どんどん声が小さくなっていっていく。すでに背を向け、逃げる体勢に入っている。気絶した仲間を回収し、今までいたのが嘘のように消えた。
「シアン君、追わなくていいよね?なんかかわいそうな人たちだったし。」
「うん、いいよ別に。僕たちには人探しっていう目的があるんだから。」
ポケモンたちをボールに戻す。そしてまわりを見れば、2の島の人たちに囲まれていた。その顔は感謝と安心。シアンとレンちゃんも自然と笑顔になった。
「ありがとう、君たちのおかげで被害が小さくて済んだよ。」
「あいつら本当に迷惑だったのよー。」
やっと厄介払いできたようで、晴れ晴れしている。その中で、一番最後に言った、ちょっと気の弱そうな青年は、店の売り物まで壊されて困っていたという。
「でも、これだけで済んだんでよかったです。いなかったらもっと出ていたかもしれませんし。」
粉々になった木の実を持っていた。珍しいからと仕入れたという木の実。売り物にならないから後でさらに砕くという。
「大丈夫、なんですか?」
「はい。また弟にとってきてもらえばいいんですから。それより、何か買っていきませんか?品数少ないですけど。」
レンちゃんはすでにしゃがんで品物を見ていた。何か欲しければまた言うだろうし、シアンは黙ってみていた。


「おい、どこに行くんだ?」
黒服に呼び止められる。黙って後ろを振り向き、にらみつける。
「何?今日の仕事は終わったはずよ。」
近付いて来る。馴れ馴れしく髪に触り、体に触る。気持ち悪さを感じたが、涼しい顔をして相手を見る。
「残念だな、新しい仕事が入ったのさ。」
「へぇ?臨時応酬はいただくわよ。」
「強欲な女だなあ。」
「あんた達にはまけるわよ。」
「・・・総帥の息子知ってるな?」
「ええ。」
「捕らえろ。今、ナナシマに来てる。そいつの力で壊滅しかけた状態を、いち早く復帰させ、ジョウトーのやつらを追い抜け。」
手を軽く払い除け、髪をかきあげた。
「わかったわ、残虐非道、総帥にさえ逆らったといわれる息子、ロケット団の力を持ってして捕まえることくらいなんともない。」
背を向ける。後ろを振り返りもせずに歩いていった。家族を引き裂いたロケット団総帥の息子。その代償は、命に変えてもらうと。捕獲なんかでは気が済まない。息の根を止め、切り裂いたとしても。


「シアン君これほしいー!」
ようやく決まったようで、レンちゃんはその中の一つを取り上げた。その時にはすでにシアンは他の人にレッドの情報を聞いてまわってる。頭から突き抜けるような黄色い声のレンちゃんに気付かないわけがなく、すぐにシアンは来てくれた。
「それにしたの?」
「あ、それは人気の物で、最後の一個なんですよ。」
シアンまで説明に聞き入っていて、レンちゃんがお金を出したことに気付かなかった。
「・・・あれ?」
レンちゃんの差し出すコインを見て唸る。
「どうしたのー?」
「この硬貨、何かの記念硬貨ですか?それとも、外国の?いくらここがナナシマの田舎だからって、僕はタマムシシティから来たんですから、お金くらい知ってますよ!」
早口の迫力にはレンちゃんも黙ってしまった。しばらくの沈黙。まわりで見ていた2の島の島民達の視線が集まる。ふと気まずい空気が流れているのに気付いたようだ。
「あ、あの、すいません・・・恩人なんだから、それはあげます。本当にすいません!」
「いえいえ。レンちゃんも気に入ってるみたいですし、本当にありがたいです。レンちゃん行こう。」
無理矢理レンちゃんの手を引っ張り、シアンは船を降りた桟橋まで走った。急いで伝えたいことがある。

「レンちゃん、よく聞くんだよ?」
肩をつかみ、目をあわせてゆっくり喋り出した。
「うん。どうしたの?」
「1の島でもらったこの地図、最新版なんだって。年を見て。」
言われた通り、覗き込む。
「え?なんで20年くらい前なの?」
「次に、レンちゃんが差し出したコインを見たあの人の反応、思い出して。」
「・・・シアン君、何が言いたいの?この世界は、20年前だって言うの?」
未来を見た時と同じ目の色。時には恐ろしい予感がして、シアンは黙ってしまう。そのプレッシャーは誰から受け継いだか、時には体格の大きいポケモンでさえ怯んで逃げ出す。
「・・・・その通りだよ。」


 誰が信じられるだろう。20年後の世界から来たといって。当事者であるレンちゃんはその事実を受け入れられず、船のデッキから海を見ていた。保護者のヘルリンもつけないで。
 ついていてあげたいのだけれど、シアンは船の中の人にレッドの情報を聞くだけで精一杯だ。何しろ、この時代のレッドはシアンやレンちゃんのことを知らない。こちらからの連絡の取りようが無い。
 1人でいるレンちゃんを何かの感覚が駆け巡る。それには振り返る。甘い香りがするのだ。そちらの方から。それが視野に入った瞬間、レンちゃんは駆け出していた。
「らいむちゃんかりむちゃん!」
そう、1の島で助けてくれたあの女の人。あの時にした甘い香りは忘れない。白い花のような香り。
「・・・あ、あの時の男の子かな?」
その笑顔は白い花そのものだな、とレンちゃんは思った。
「うん!ありがとうって言う前にいなくなっちゃったから!それとね、これ落としてたよ!」
レンちゃんはポケットの中から金色のキーホルダーを取り出した。それを見た瞬間、その人はレンちゃんから引ったくるように取りかえす。それにはレンちゃんも驚く。このようにするのは敵でしかなかったから。
「・・・ごめんね、大切なものだったから・・・。」
泣きそうなレンちゃんの頭を撫でる。
「それに拾ってくれたのに、お礼しなきゃね。ありがとう。」
「うん。どういたしまして!」
いつも遊んでくれるお姉ちゃんみたいに優しい人だと思った。涼しげなノースリーブとかミニスカートとか、服装は大分違うのだけれど、同じ雰囲気がする。レンちゃんの味方になってくれる人。そんな感じ。
「ねえ、名前はらいむちゃんかりむちゃんだよね?」
「・・・プレート見たのよね?私はライムよ。りむはこの子。」
モンスターボールを見せる。その中にはフシギダネが眠っている。
「あーフシギダネー!!!!」
「どうしたのレンちゃん?」
シアンが後ろから話し掛ける。
「あーシアン君!あのね、ライムちゃん!」
「あ、あの時の・・・。」
ライムはにっこりとしていたが、シアンは言葉が出て来ないようだった。すでに懐いているレンちゃんは気付かなかった。
「あの・・・ライムさん?1の島以外のどこかで、会いませんでしたっけ?」
「え?そんなことは無いはずよ。」
おかしいと言わんばかりのシアン。ライムとは以前、1の島で会うよりも前に会った気がする。しかし、ここは約20年前の世界。そんな人物に会っているわけがない。もしかしたら、未来で会っていたのかもしれない。そのことは黙っておこうとシアンはこれ以上追求しなかった。
「ところで、なんでこの船に乗ったの?2の島から3の島に行く人なんて滅多にいないのに。」
「あのね!」
すでにライムの弟のよう。
「おとーさん・・・が、レッドってひとに石を渡してほしいっていうから行くんだよ!3の島に行ったって聞いたから!」
内心、シアンは冷や冷やしていた。船に乗る前に言ったこと「なるべくお父さんとお母さんのことは話さないこと。この世界に来る前に起きたことも話しちゃダメ。」といったばかり。やっぱりレンちゃんからは目が離せない。
「レッド?」
ライムの目が変わる。
「偶然ね、私もレッドを探してるの。」
「ライムちゃんも?」
「ええ。その人に用があるの。一緒に行く?」
「うん!」
船は減速を始めた。3の島の桟橋が見える。そして、それに続く広い砂浜も。
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