再びレンちゃんの耳を爆音がかすめる。が、やはり前回よりも驚かず、ただあきれて目の前にいるバイクの集団をみるだけ。
船を下りて3の島についた途端、3人の前に同じ集団と見られる爆走族。砂浜に乱雑なタイヤの跡が残っている。
黒い煙は大気汚染、うなり声は騒音に。
「ねえ、シアン君?」
「どうしたのレンちゃん?」
「ああいう人いると、また2の島みたいに困る人いるよね?」
「うん、いるね。」
「うん、わかった。」
さすが通じ合ってるみたいで、レンちゃんは駆け出した。隣にはヘルリンでなくガラリーノ。
「あ?なんだお前・・・・」
骨を振り回すガラリーノをタイヤでひき殺そうとする。だが冷静にガラリーノは骨を投げつけ、砂浜に一回転。タイヤは衝撃でパンクし、乗り手は宙に投げ出される。
しかし投げた骨は止まらず、ブーメランのように次々に爆走族を襲う。
「さあ、ヘルリン、一緒にがんばろう!」
投げられたボールから黒いヘルリンが現れる。レンちゃんの保護者を務めるほどの強さ。
容赦ない鋭い牙と灼熱の炎。そのヘルリンが駆け出した。

「・・・いいの?レンちゃん一人で?」
ライムは隣にいるシアンに聞いた。
「レンちゃんは強いからね。まだまだ強くなるし、それにレンちゃんはああいう集団を相手するのがとても得意なんだ。」
ガラリーノはすでに半分の爆走族を爆走不能に追い込んでいる。後ろから襲い掛かるやつは、保護者のヘルリンの炎地獄に。
2匹のポケモンに次々に指令を出す速さは、子どもとは思えない。ライムは信じられないものを見ているようだった。
「でも・・・あの子普通のトレーナーじゃないわよね?どちらかというと、道具のように使うロケット団のようね。」
「・・・そう?かなぁ?」
話してる間にも、すでにヘルリンが最後の炎を放っていた。タイヤは焼け焦げ、ゴム臭い煙をあげている。終わった後のレンちゃんはとても嬉しそうで、ガラリーノとヘルリンをほめていた。

「こ、このガキ!2の島にいたやつか!」
頭に包帯を巻いているやつが叫ぶ。先ほど、骨こん棒をくらったやつのようだ。
レンちゃんは顔こそ覚えてないが、逃走寸前の枯れた声と悔し紛れの目つきからいって、恨みがある人のようだ。
しかも、ガラリーノがちょっと骨を振っただけで、歯を鳴らす。レンちゃんは黙ってその人を見ていた。
「・・・ねえ、レンちゃんのこと知ってるなら、もうやめない?つまらないよ、お兄ちゃんたちがやってるの。」
誰も逆らわなかった。効果のない威嚇さえしなかった。残酷なプレッシャーに押される。いい大人が、ただの子どもに。その時のレンちゃんの目つきは違った。
そんな彼はどこから来たのか、シアンにも解らない。レンちゃんが全く違うところから来たような、そんな気がする。


「え?マヨちゃん帰っていないんですか?」
教えてもらった通りに来たはずだった。それなのに誰もいないので、近所のひとに訪ねる。
「そうなのよ、マヨちゃん、お弁当のおかずを森に取りにいったまま、帰って来なくて。いつもより木の実が見つからないのかしら。」
「森、ですか?」
「そうなの。3の島の小さな島の方に、きのみの森っていうのが、きずな橋の向こうにあってね、そこに毎日マヨちゃんは取りにいくのよ。」
考える暇は無い。いつもより帰りが遅いのはアクシデントがあるからだ。
「教えてもらってありがとうございます。」
きずな橋に向かって、一直線に走る。その足の速さは普通であるけれど、中々切れないスタミナは目を見張るものがある。


「行っちゃったね。」
爆音族の背中を見送る。それ以上の追撃も、言葉によるそれもしなかった。
「ねー、こっちに来てからずっとあんなひとたちばっかりだよ?早くレッドってひと探そうよ。」
「うん、そうだね。」
なだめるようにレンちゃんの手をつないだ。嬉しそうにシアンに連れられて、風や波が作った模様を歩く。ほとんどがタイヤの後でほとんどめちゃくちゃになっているけれども。その二人の後ろを黙ってライムが歩いていた。タイヤの後を見つめながら。


「あれ?ライムちゃんは?」
レンちゃんが後ろを振り向くことが何度かある。3の島のひとたちにレッドのことを聞いている間、たまに姿を消すのだ。時たま振り返ってレンちゃんは探していたけれど、今度は全く姿が見えない。
「シアン君、ちょっとライムちゃん迷っちゃったみたいだから探してくる!」
「いってらっしゃい、僕はここにいるから。」
すでに遠くにいってるレンちゃんに向かって叫ぶ。見送ると再び島のひとたちと話をしていた。レッドについて、と、時代をさらに詳しく絞り込むための世間話を。


「ライムちゃん!」
木陰から見える海を見ていた。ヘルリンに待機するように言い、レンちゃんは思わず駆け寄る。そこらに咲いている白い花を踏みながら。足音に気付くと、ライムは振り向く。
「あら、レンちゃん。」
「ねー!ライムちゃんなんでいなくなっちゃうの!?」
「ごめんね、私ここのひとたちとあまり仲良くないの。」
「なんでー!?」
樹が揺れる。レンちゃんが地団駄を踏んで抗議。
「ライムちゃんが思ってるだけかもしれないじゃん!それに誰もライムちゃんのこと敵だなんて思ってないよ!だってみんなそういう目してるもん!」

『違う、私の聞いていたレッドはこんなひとじゃない!』

「どうかしたレンちゃん?」
遠くを見つめ、嘘のようにレンちゃんが大人しくなる。彼は未来を見ていた。これから起きる未来のライムの姿。
「ねえ、ライムちゃん?」
「なに?」
視線を合わせて、頭を撫でる。
「どうして、ライムちゃんは悲しいの?」
「・・・どうしてだろうね。」
悲しい顔をする。なぜこのように悲しそうな顔をするのだろう。レンちゃんには解らなかった。ふと抱き締められ、悲しさがレンちゃんにも伝わる。同時にライムから漂う、甘くて切ない香り。どこかで嗅いだことのある香りだけど、どこだかは解らなかった。


「お帰り、レンちゃん、それにライムちゃん。」
言葉の通り、シアンはそこで待っていてくれた。かなりの時間だけど、怒ってる雰囲気は全く無い。穏やかな口調で、しかも手にはモンスターボール。カイロスの家になっているもの。
「確定じゃないんだけど、カイリューに乗ってきたポケモントレーナーがきのみの森に行ったらしいんだ。いってみるかい?」
「うん!行く!ライムちゃんも行くよね?」
「・・・そうね。」
とびきりの笑顔で飛びついて。ライムは少し迷惑そうな顔をしていたが、シアンは止めなかった。レンちゃんの嬉しいという表現だから。それは両親や、知り合いのお姉さんとお兄さん、それにシアンにしか向けなかった。感覚の鋭いレンちゃんが短時間で懐くのだから、ライムへの信頼は厚い。そう考えてシアンはきのみの森の道へ歩き出す。


「・・・いないか。」
広い森をさまよう。人陰らしきものは見当たらず、入れ違いに帰ったのかと思われた。もう諦めようと足下のエーフィが鳴く。森は静寂で、何も教えなかった。
「・・・待て。」
エーフィを呼び止める。そして手にした白いハンカチを彼の前にかざした。
「これの持ち主の特定を。マヨちゃんだったら走って。」
黙って匂いを嗅ぎ、耳をそばだてる。そして紫色の体が俊敏に反応した。そして後ろを振り返る。ついて来いと。絡み付く草むらを振り切りながら走り出した。


『本当に、ここにいるの?フシギダネ。』
『いるのよ。この森に逃げたっていう話なんだから。』
『・・・姉さんもポケモントレーナーになるんだね。』
『どうして?なりたくないの?』
『なりたいけど・・・姉さんが先になるならなりたくない。』
『どうして?』
『姉さん強そうだし。勝てそうじゃないし。』
『そんなこといってたらいつまで経っても何も出来ないでしょ。私はライムとトレーナーとして戦う日を楽しみにしてるし。』


 きずな橋は、3の島に分類されている2つの島を結ぶもの。一緒に歩いているはずなのに、なぜか姉がフシギダネをこの先の森から取って来た時のことを思い出した。
 あの時、姉がどこからかフシギダネがきのみの森にいると聞き、ライムを連れてきのみの森へと来た。その時、二人はポケモンを持っていなかったけれど、姉がフシギダネをへとへとになるまで追い掛け回し、疲れているところにボールを投げて捕まえていたのを覚えている。
「どうしたのライムちゃん?また悲しいの?」
レンちゃんに顔を下から覗き込まれ、ライムは我に帰る。
「ん、違うの。ただ、昔、姉と一緒にこの森に来たなあって思い出しただけよ。」
「ライムちゃんにはお姉ちゃんがいるの?」
「いるよ。今は一緒に暮らしていないけど。」
「なんで?」
「・・・どうしてだろうね。」
ライムはまとわりつく海風を払い除けるように早足だった。それに追い付こうとレンちゃんは追い掛ける。


「・・・懐かしい。」
きのみの森に入る前、ライムはりむを見た。ボールの中でも、少しばかり嬉しそうにしている。その時に捕獲したもう一匹のフシギダネ。それがりむ。
 捕獲したフシギダネを使い、妹であるライムのフシギダネを捕獲する。姉はポケモントレーナーとして優れていた方だと思う。機転が効くし、何よりもポケモンが大好きで、とても大切にしていた。
「ライムちゃん待って〜!」
息をきらせたレンちゃんがやってくる。その後を見守るようにヘルリンとシアンも。
「ライムちゃん、早くて、凄い、歩くの、早くて。」
「ごめんね。早く来たかったから。」
「ううん、早く、いこ、いこ!ね?ライムちゃんも、レッドって、ひとに、会いたい、でしょ?」
元気が有り余ってるようで、そんな状態であるにも関わらず、レンちゃんは飛び跳ねるように森の中へと足をすすめる。うすぐらい森の中に。


 人間にはちょうど良くても、ポケモンには高いものの可能性だってある。ヘルリンにはこの草むらは少しくすぐったかった。それでも小さな主人を見失わないように慎重についていく。
 途中に主人でさえ見のがすような小さなコンパンや、ビードルなどが歩いている。特に指示がない為、彼等を見送り、歩き続ける。害をなすポケモンだけを攻撃すればよい。ヘルリンはそう理解していた。
 ふと草むらに懐かしい匂いを感じる。主人や他の人間は気付いていないが、確かに感じたことのある匂い。それも自分に近い。途端にあるポケモンと人物を思い出す。
「どしたのヘルリン?」
そこら中の匂いを嗅ぎ、ヘルリンは腰を落とした。何かいいたいことがある時にする行動。レンちゃんはヘルリンの様子を見ていた。匂いを追っていたが、一度だけレンちゃんを振り返ると一目散に走り出す。
「待って!ヘルリン待って!」
主人の制止も耳に入らないほど、ヘルリンは熱中している。匂いを追うのに夢中で。
「シアン君とライムちゃんも来てー!」
黒い体は影に入れば見えなくなってしまう。見失わないように、レンちゃんは走る。いっぱいいっぱい、小さな体で。


「へるりぃいいいぃいいいいいん!!」
大分走った。レンちゃんの息は切れている。かろうじて名前を呼ぶのが精一杯。
「レンちゃん、大丈夫?」
シアンも普段よりも長いマラソンに体力は無い。後ろから来ているライムも同様。森は異様に広かった。ヘルリンはなんでもないという顔をして、後から来る人間たちを待っている。
「へ、ヘルリン・・・。」
頭を撫でる。しばらく休憩しないとレンちゃんは歩けなさそう。その次に出て来る言葉が無い。その場に座り込み、休み始めた。

「きゃー!!」
その直後に響く悲鳴。思わずレンちゃんを始め、シアンやライムも見る。小さな女の子が、息を切らせて大きな影から逃げて来る。
「たすけてー!」
何かが揺れる音。影が振り子を揺らし、女の子に近付いてきている。
「スリーパー!」
ヘルリンに指示しようにも息が切れて出て来ない。野生のスリーパーは振り子を前にかざすと、女の子よりもレンちゃんを狙う。精神を集中した、サイコキネシスで。
「うわぁっ!」


「レイラ、シャドーボール。」


伏せた顔を見上げると、スリーパーは倒れ、後ろにレンちゃんに似たポケモントレーナーとその足下にはヘルガー。スリーパーに向かったシャドーボールはヘルガーのもののようで、ポケモントレーナーは頭を撫で、誉めていた。
「よくやったレイラ。」
ボールにおさめる。ポケモントレーナーは近付くと、小さな女の子に手を差し伸べる。
「大丈夫かい?君がマヨちゃんだよね?」
「う、うん・・・お兄さん誰?」
「僕かい?」
ふと視線がこちらにも向いた。その顔は疑問とふしぎに満ちている。
「あ・・・れ?イエロー?ブルー?それにグリーン・・・じゃぁ、ない、よね?」
マサキと同じことを言ってる。すかさずシアンは落ち着いてきた呼吸を整え、話し出した。
「貴方がレッドさんですよね?」
「うん、そうだけれど・・・。」
その時、レンちゃんが目にいったのは、目の前ではなく、ライムだった。彼女から溢れんばかりの殺気がしたからだ。気のせいだと思いたいけれど、レッドを見るライムは尋常でなかった。
「とりあえずマヨちゃん、お父さんが心配してるよ。もう追い掛けてくるスリーパーはいないから安心して。」
そして再びシアンを見た。
「何か用みたいだけど、ごめんね、マヨちゃんを2の島に送っていかなきゃいけないから。」


「その必要は無いんじゃない?私達も一緒に行けばいいもの。」
通り過ぎるレッドにライムが口を開く。その時にはもとの優しいライムにしか見えなかった。レンちゃんには。あれは気のせいだったと思い直し、まだ良いとも言っていないレッドについていこうとヘルリンに命じた。
「僕に近付くと、あまり良い気はしないと・・・。」
「だいじょーぶだよ!行こうヘルリン!」
レッドは軽くめまいがした。人の意見を全く聞かず、持ち前のテンションの高さで前に行く、こんな人物が知り合いの他にもう1人いたとは。同一人物かと思われるけれど、何か違うようだ。彼女だったら、まずマシンガンのごとく、レッドが口を挟む余地などなく喋る。
「探していたんですから、少しの用事くらいお伴させてくださいよ。」
さらにめまいがした。前にも同じようなことがあったはず。当の本人の意見など誰も聞いちゃいない。つくづく「濃い」人にしか会わないと心の中で嘆く。
「いいじゃない、人数いた方が、身を守るかもしれない。」
レッドはため息をついた。すでに自分以外の意見で決まっている。仕方なくマヨの手を握ると、森の出口へと歩いていった。どこか腑に落ちない部分を考えて。


「お父さんっ!」
レッドの手を離れ、ゲームコーナーにいる父親に駆け寄る。その手には拾った木の実で作ったお弁当。心配させないように「時間忘れちゃった」と言い、いつものようにゲームコーナーのバイトのお兄さんと遊んでる。その姿を見届け、深々と礼をすると、ゲームコーナーから出ていった。

「さて、待たせたね。ところで、君たちは何の用?」
すでに遠く、レンちゃんの姿は見えない。ライムと一緒にどこか出かけたという。シアンが冷静にことを話した。
「僕たちは、マサキさんに頼まれてこれを持って来たんです。」
シアンが取り出した石は太陽に反射して煌めいた。少し眩しそうにその石を受け取る。
「ありがとう。これだったんだね。」
ポケットにしまう。さらにシアンは切り出した。
「それで、さっき僕を『ブルー』と間違えましたよね?」
「え・・あ、うん・・・やっぱり本人じゃない・・・よね?」
「いえ、僕はシアンと言います。あの小さな男の子は・・・。」
「え!?あの子男の子だったの!?」
「・・・・です。で、あの子はレンっていう子で、みんなからレンちゃんって呼ばれてます。で、背の高い女の子の方はライムです。で、貴方に聞きたいのですが、セレビィと貴方は密接な関係ですよね?」
「なぜ・・・それを?」



しかし、いつか足がつく。
そこから見上げた希望は輝いて
再び光、目指して飛び立つ
決して屈しない翼広げ・・・
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