寒気がする。
 
寒いからだと自分を納得させて。いてだきの洞窟に入った瞬間に感じた寒気をそう解釈するとさらに踏み出した。パウワウが目の前を通り過ぎ、メノクラゲがこちらを見ている。同じようなことが前にあったから少し不安になる。
「つめたそー!」
レンちゃんが浮いているメノクラゲを覗き込む。小さな子に驚いたか、メノクラゲは深い水の中に沈んだ。寒いところだからとヘルリンは珍しくボールの中。
「えー!」
野生のメノクラゲに膨れっ面をする、透き通った水の中は、どこまでも見えて、かなり潜ったはずのメノクラゲの姿はよく見えた。
「レンちゃん、シアン君。ちょっといい?」
ライムが二人の肩を抱いた。なんだろうと思っていると、いきなり締め付ける力が強くなる。
「レッド、この二人にけがさせたくなかったら、白状しなさい。」
何が起きたか解らず、レッドは何も言えなかった。ただ、ひとつ言えることは、ライムの片手には二人を殺傷できる拳銃が握られていること。
「待ってくれ、どうした・・・。」
「忘れたとは言わせない!」
ライムの叫びが、いてだきの洞窟に響いた。突然、ライムから出る殺気と狂気で、レンちゃんは泣き出しそうな顔をしている。シアンはなんとか冷静を保とうとしている。
「姉と家族を返しなさい。知っているんでしょう、ロケット団総帥の息子だもの!」

「え・・・。」
「そう・・・なの?」

レンちゃんとシアンの表情が凍り付く。同時にレッドもやはり勘は正しかったと確信する。ライムはロケット団の関係者、もしくはロケット団のエージェント。
「本当なの!?」
「レンちゃん、本当よ。この男はね、元ロケット団総帥サカキの息子。それに伴って誘拐、窃盗、果ては殺人までやる冷酷な殺人鬼よ。」
「ちょっとまって、それは誤解だ!僕は確かにロケット団だ。だけど君は・・・。」
「黙りなさい。誰が喋っていいと言った?」
レッドは口を閉じた。
「それから、そこから一歩でも動いたらこの子たちの命は無いと思いなさい。無事に帰したいなら、妙な動きもしないことね。」
唇を噛んでじっと耐える。ライムは本気だ。本気で撃とうとしている。本気で殺そうとしている。そういう目だ。混乱しているレンちゃんとシアンの為にどうしたらいいか考えを必死で巡らせる。
「解るでしょう、私が本気だということくらい。姉さんを知らないとは言わせない。私に最初にあった時、りむを見た時、明らかに知っているそぶりだったわね!」
「まさか・・・」
デジャヴじゃない。レッドは一瞬にしてバラバラのピースをつなげる。
「君はグリーンの妹!?君が!?」
どこか似てる節があると思っていた。気のせいじゃなかった。
「グリーン?やっぱりそうなのね!ロケット団に引き入れて、そう呼んでいた・・・。今どこにいるの!?言いなさい!」
沈黙を守った。いてだきの洞窟に流れる滝の音だけが響く。
「言いなさい!」
「・・・言えない。」
「なぜ!?言わないと、レンちゃんから水の中に突き落とすわよ。」
武器を向けられ、その目はおびえてる。いくらなんでもまだ子ども。レッドもしぶしぶ口を開けた。
「グリーンは、どこかにいる。だけどロケット団である君には言えない。言ったら僕は彼女を売ることになる。絶対に・・・。」
「そう、じゃあレンちゃんから死ぬまでよ!」
レンちゃんがライムの腕から外れる。重力に従い、体は水の中に引き込まれた。止めようとしてレッドが動くが、見ていないわけがなく、洞窟の氷に反響して銃声が響く。レッドの頭部を掠め、風圧で帽子が飛ばされる。
「動くなって言ったでしょ?」
派手に着水してから、レンちゃんは浮き上がって来ない。それもそのはず、衣服が水を吸い、いつも泳いでるようにはいかない。さらにこの水の冷たさで、体温が奪われる。特にレンちゃんのような小さい子は奪われ方は大人より早い。
「この氷水につかったら、心臓麻痺するか、それともまだ生きていたとしても数分。」
「レンちゃん、シアン君ごめん・・・それでも僕は、グリーンの居場所を言うわけには、いかないんだ!」
再び銃声が響く。今度は側頭部をかすめた。衝撃と熱いものを感じ、触ると赤い血。かすり傷で済んでいるようだが、血が止まらない。


冷たい。痛い。寒い。息が出来ない。
ヘルリン・・・?
ガラリーノ?
クラッチ?
ラッチェ・・・
フィーリン・・・
おとーさんはわるいひとなの?
ロケット団ってわるいひとたちだからやっつけるんでしょ?
じゃあ・・・レンちゃんはわるいひとの家族なの?



「いいわ、自分で探すもの。なんでも、新しいトキワのジムリーダーと仲いいんですってね?」
「なっ・・・ブルーにまで同じことをするっていうのか!?」
「仕方ないじゃない、ここまで口を割らない貴方が悪いのよ。シアン君、恨むならレッドを恨みなさい。さようなら。」
銃口をシアンのこめかみに当てる。引き金をひくまでにシアンを助けられない。レッドは踏み込んだ。同時にモンスターボールに手をかける。振りかぶる余動よりも速く、力一杯引き金がひかれる。銃声が響き、シアンが倒れ、拳銃は宙に舞い、反響音も静かに水の中へと沈む。
「大丈夫かシアン君!?」
ライムの方を見る。完全に何かにぶつかり、気絶している。シアンの方は、手を擦りむいただけでどこにも怪我は無かった。
「誰だ!?」
その問いには答えなかった。いや、答えられなかった。なぜなら、丸い甲羅から手足を出したゼニガメだったからだ。高速スピンで水の中から飛び出していた。そしてレッドに駆け寄ると、水の中を指す。
「シアン君、ライムちゃんを頼んだ。」
無事を確認すると、レッドは冷たい水の中に準備運動無しで飛び込む。ゼニガメの指すのは、冷たく堅く目を閉じているレンちゃん。水の底から引き上げてくれたようで、ゼニガメもよってきた。
「レンちゃん!レンちゃん!」
頬を叩くが、反応は全くない。彼を冷たい水の中に入れておくのは危険だ。あたりをみまわし、上がれそうなところを探すが見当たらない。
「だめだ、息してない・・・ガラリーナ!岩を砕いて陸を!」
レッドの投げたボールから出たガラガラは持っている太い骨で岩を叩き、水に投げ込む。なんとか水面から出てる岩にレンちゃんを乗せると別のボールをとった。
「レイラ、火を炊け。これ燃やすんだ。」
ヘルガーがレッドに指示された通りのものに火をつける。そこだけ気温が一気に上昇する。


「うっ・・・。」
痛む頭を押さえ、ライムは見た。動かなくなっているレンちゃんを必死で助けようとするレッドと心配そうなシアン。一緒になっている野生のゼニガメ。
「な・・・ぜ・・・。」

『サカキ様に楯突いた挙げ句、サカキ様を倒し、ロケット団を牛耳ってる、それがレッドだ。あいつが全ての諸悪の根源。ロケット団がこんなになっちまったのも、お前がこうなったのも、全てレッドのせいなのさ。』

『あいつは人殺しだ。言うことを聞かないやつは容赦なく殺す。人の命なんざなんとも思ってねえ、サカキ様より恐ろしいやつだぜ。』


「う・・・そ・・・違う・・・私の知ってるレッドはこんな人じゃない!」
悲痛な叫びはそこにいた誰にも届いた。それに呼応するかのように、大きく息を吹き返し、レンちゃんの目が開いた。
「あ・・・あ・・・・ライムちゃんが・・・泣いてるの・・・・。」
まだたっぷりと吸えない息でレンちゃんはレッドにそう耳打ちした。中々暖かくならない体をレイラに預け、レッドはライムに近寄った。



「どうして、もっと早く言ってくれていたら・・・。」
座り込む彼女に視線をあわせ、レッドは話し始めた。
「君は・・・グリーンの妹なんだね・・・グリーンはナナシマ出身だといっていた。家族を残してるとも。君だったんだね、ライムちゃん。」
ライムはうなずいた。
「グリーンは君のことずっと心配してた。妹を残してるからどうなってるか、抜けたから迷惑かけてないかとか・・・このリボン、君がくれたんだよね?」
ポケットからびしょぬれになっている金色のリボンを取り出す。それを見てライムは小さく叫んだ。
「グリーンが僕にくれた。ロケット団に追われてるから、幸運があるようにって。僕にはグリーンと同じように、君が無理矢理ロケット団にいるようにしか思えない。力になりたい、話してくれないか?」
「私・・・私は・・・っ!」
押し込めてきた悲しみが一気に吹き出した。何もかも忘れてしまいたくて、声を張り上げて。レッドにしがみついていることも忘れて。


「レンちゃん大丈夫?」
レイラの作るたき火にあたっているレンちゃんだが、うっすらと血色が良くなってきている。さっきまでは本当に白い人形のようだったのに。目はまだくらくらしているようで、はっきりしない。
「ねえ、シアン君、レンちゃんどうしたの?」
「え?」
「なんで、濡れてるの?なんでヘルリンじゃないの?なんでライムちゃん泣いてるの?何があったの?」
「覚えてないの?」
「解らないの。いてだきの洞窟に入った時から覚えて無いの、何も・・・。」
「うん、レンちゃんねえ、ちょっと落ちちゃったんだよ。それでライムちゃんが助けてくれって泣いちゃって・・・・。」
「ふーん・・・。」
どこか違う方向を見ていた。未来を見てるのかな、と思いきやどこか違う感じを受ける。
シアンはレンちゃんが何も覚えて無いことは本当にラッキーとしか思えなかった。あんなに信頼していたライムにされた酷いこと、覚えている方が残酷だ。


「・・・そんな酷いことを・・・」
泣きながらライムは全て語る。ロケット団のアジトに連れてこられた時のこと、両親と別れさせられて、さらにはグリーンとも別れて。グリーンがロケット団のエージェントをすればライムには何もさせないといっていたのに、その約束をやぶってとても言葉じゃ言えないことを強要されたこと。
「私・・・もう戻れない、汚れてる、ロケット団の、あいつらで・・・。」
「・・・もう言わなくていい・・・わかったから。もう泣く必要は無いから。」
泣きじゃくる彼女を抱き締める。あの時と同じ、「私は行けない。どんなでも行けない。」という言葉が巡る。なぜもこう自分の周りは不幸になっていくのか、呪いたいほどだった。
「抉るようだけど、教えてほしい。僕はタマムシシティのアジトにしかいなかったから、ナナシマのロケット団がどこにいてどのようにしてるのか解らない。アジトを教えてほしい。わかってる通り、ナナシマは情報を封鎖されかけてる。だから新たに仕入れることが出来ないんだ。」
諭され、ライムはうなずいた。その時レッドはライムの目を見た。すでにロケット団の目ではなく、普通の女の子の目だった。


「シアン君、ごめんね。レンちゃんをお願いね。」
4の島のポケモンセンター前でレッドは手を振った。ライムを連れてこれからロケット団との戦いになる。子どもを巻き込むわけにはいかない。
「セイ、行き先は5の島だ。南東だぞ。」
ライムを右手でしっかりと抱えると、セイに命令を出す。海風に乗り、セイはあっという間に見えなくなった。

「シアン君・・・。」
「レンちゃん!?ダメだよ寝てないと。」
「行こう。ダメだよ・・・強過ぎるよ・・・負けちゃうよ!」
「見えたの!?」
「うん・・・普通のポケモンじゃない・・・勝てるのにその方法をやらないから。行こう。」
シアンはうなずいた。行き先は5の島。船で追い掛ければ間に合う。連絡船の船長に頼み込み、5の島へ急いでもらった。


 獣道が出来ていた。人が踏み倒していた跡。夏椿の花もそれに従って倒れている。それが建物につながっているのは考えやすい。5の島の東にある空き地にいつの間にか建てられた変な建物。
明らかに妖しい雰囲気が出ている。もっと目立つところにたてれば良いのに、とレッドは思った。
近付くにつれてロケット団特有の匂いがする。普通の人には混ざりきれない、独特の空気。
「確かに、ここだね。」
「解るの?」
「ロケット団の空気は普通じゃない。」
無言でさらに進む。夏椿にまぎれ、目立たないようにして。ついに入り口らしきものを見つけた。見張りは二人。それぞれ無線を持っている。
「・・・あれ?」
何もしないのに、見張り二人が建物に入っていく。気付いているのか、そうでないのか、見分けがつかない。
「・・・ライムちゃん、絶対離れないで。」
「わかった。」
手を握るとレッドとライムは走り出した。


「レンちゃん、本当に大丈夫?」
「ん?どうして?まだ寒いけど夏だから平気だよ!」
変温動物のように、太陽に暖められて体は熱い。それと同時に少しばかり元気が戻ってきたようで、もう走り出している。記憶が数分飛ぶのだから大丈夫なはずは無いが、本人は元気そうだ。
「ねえシアン君、ゼニガメの名前どうしたらいい?」
「え?」
よくみればレンちゃんのリュックにしがみついているゼニガメ。全く気付かないくらいにリュックと同化している。色こそ違うものの、よくヘルリンが吠えなかったなと感心した。
「名前、つけるの?」
「うん、そうだよ、おとーさんいってたから。」
「・・・レンちゃん、そのゼニガメと一緒に帰るの?」
「一緒に行くよ!だってゼニガメがついてきたんだから!」
ゼニガメも気付かれているのにも関わらず、ずっと張り付いている。
「根性ありそうなゼニガメだね・・・。」
重さ9キロを背負っても、何とも思わないレンちゃんの根性も負けてはいない。


 後ろから押さえられ、声をたてるまでもなく床に倒れる。気絶したのを確認すると、複数の所持品を奪い取った。空のモンスターボールに拳銃、そして紙切れ。役に立たないとわかったら捨ててしまえばいいので、ポケットから抜き取る。
「どうやら気付かれて無いか、大半が出払ってるか、どっちかだな。」
そういうとレッドは耳をすませる。急いでいない、ただ歩いているだけの足音がいくつか聞こえ、ポケモンの足音らしきものも聞こえる。大きさからいってサイドンかそのあたり。
「よし、探れ。」
紫色のしっぽが震える。額の宝石が輝き、大きな耳が動いた。そして精神を集中させるとレッドとライムの顔を見た後、走り出した。足音がせず、柔らかく撓る体で。

 やがてドアの前に止まる。二人が追い付いたところで、モンスターボールの中に戻す。時間を開けずにレッドは思いっきりドアを引いた。鍵は全く掛かっていない。中にいるのは、数人の黒服たち。みな驚いた顔をしてこちらを向いた。
「お前たちか、未だにロケット団を名乗るやつら。」
誰も答えない。むしろレッドの顔を見た瞬間に、ほくそ笑む。
「何がおかしい。」
「ロケット団総帥の御子息がわざわざ来ていただけたこと、御光栄に存じます。」
うやうやしく頭を下げる。何か企んでる、とライムはレッドの袖を引っ張る。
「ふざけるな、僕はロケット団は認めない。」
「そうおっしゃらず、我々ナナシマロケット団の再興に力添えを。サカキ様がいなくなった後、貴方が指南すべきこと。」
話は変わらない。レッドは無言でレイラのボールを握る。
「悪いが、僕はロケット団をつぶすためにいる。これ以上、関係ない人を巻き込みたくは無い。」
「仕方ありませんね、貴方には人形になってもらうしかないでしょう。」
ライムが後ろを振り向く。何かが来る足音だ。
「りむ!」
飛び出たりむが粉をまき散らす。吸うと麻痺する痺れ粉。何かが倒れる音がする。
「ライムちゃん、ごめん後ろ任せた。」
ふとレッドの方を見ると、前にはレイラと同じヘルガーが群れになっている。
「ガラリーナ、ボーンラッシュ!」
ヘルガーたちに向けて次々に太い骨が襲い掛かる。骨ブーメランにくらべ、一撃の重みがないものの、複数に当たるため、重宝する。それでなくても苦手なようで、ヘルガーたちは鼻を鳴らして倒れる。起き上がってもレイラの牙に襲われ、戦闘意欲はどんどん下がっていくようだ。
「レイラ、吠えろ!」
姿勢は低く、うなり声をあげる。他のヘルガーがレイラに飛びかかった。型にかけて噛み付かれれ、小さくうなる。そしてそのうなり声が最高に達した時、レイラは他のヘルガーに劣らないほどのプレッシャーを与えた。それに怯み、あるいはおびえ、ロケット団の言うことなど聞きもせずにその場に伏せたり、逃げていったりしている。

「やどり木の種!」
痺れながらも振り子を回し、攻撃しようと企むスリーパー。指示するロケット団は回復させようともしないし、ただ攻撃せよという命令だけ。相手がフシギダネとなめてかかってるというのもあるだろうが、ライムも負けてはいない。
「フシギダネの分際で!」
「スリーパーのくせに!」
同じタイミングで相手を罵倒するも、そんなもの命令にならない。りむは次の命令で走り始めた。勢いがついた体当たりはダメージにこそならないものの、スリーパーはバランスを崩し、後ろに倒れる。
「葉っぱカッター!」
りむのまわりに葉が舞う。それらがスリーパーに向かう刃となって襲い掛かる。ところが、葉っぱがスリーパーに触れる前に、姿はなかった。
「ふっ、とんだ仇で返しやがって。」
モンスターボールにスリーパーは入っている。それをしまうと、新しいボールを握ることもなく、ライムに話し掛けた。
「残念ね、仇どころの話じゃない・・・」
「グリーンが裏切った時、お前も一緒に始末してやりゃよかったんだなあ。それを売れと言うボスの命令がわかんねーぜ。」
「人を売っておいて・・・それでいて仇とか言う!?私は奴隷じゃない。ロケット団でもない。あんたたちの仲間じゃないの!」


「仕方ありませんね・・・。」
泡をふいて倒れたヘルガーを戻すと、そいつはため息をついた。リーダー格の男で、レッドも見た事ない顔だ。
「催眠術で操ろうとも出来なくないですが、それじゃあつまらない。やはりサカキ様の血はもう1人に受け継がれてるようですし。貴方には消えてもらいましょう。」
「もう1人・・・?」
言うまでもなく、彼の握っていたボールからポケモンが現れる。見た事もない、サイドンのようなサイドンでない、むしろ怪獣そのもの、というポケモン。
「行くのだバンギラス。パワーアップしたお前なら出来る!」
レッドを睨み付けると、大きな足で地面を鳴らした。大きく振りかぶったかと思うと、レイラに向けて高エネルギーを発射する。破壊光線だ。そう思ったがレイラに指示させ続けることは出来ない。
「戻れ!行け、セイ!」
体格は互角。組み合った2匹はどちらとも動かず、息だけが荒くなる。外からは見えないが、フルパワーで押し合っている。そうしてる間にも、バンギラスと呼ばれたポケモンは再びエネルギーを溜めはじめている。
「ガラリーナ、地震だ!」
その直後、セイが少し体を浮かせた。ガラリーナの持つ地震はバンギラスだけに集中する。苦しそうに体をよじらせるが、溜めたエネルギーを今度はガラリーナに向ける。指示も間に合わず、持っていた骨にヒビが入った。ガラリーナの受けたダメージは目にもふらふらしていることが解る。
「なんだあのバンギラス・・・まるで父さんのサイドンみたいだ・・・。」
あのサイドンは、ある方法で育てて強くなっていた。まさかその方法を部下であるこいつらにも教えていたのではないだろうか。レッドの中でその不安が大きくなる。
「セイ、竜の息吹き!」
バンギラスとは比べものにならないくらい弱いけれども確実な技。神経に入り込み、痺れさせてしまう技だ。バンギラスも例外でなく、神経がぴりぴりと勝手に痛みを訴えている。
「よし、後は・・・」
「サカキ様の御子息というから、もう少しわかっていると思われましたよ・・・また探さなければいけない苦労を少しわかっていただきたいですね。」
バンギラスが起き上がる。セイよりは少し小さいが、見下ろされてるような感じがした。何の予動もなく、いきなり破壊光線がセイに向けて飛んだ。しかもたった一発。それだけなのにセイの体力は減った。戦わせることは出来ない、それほどまでに。
「なっ、セイ!?」
「さらに追撃。噛み砕け。」
セイの腕に噛み付き、顎の力をさらに加える。サカキと戦った時よりも苦痛な悲鳴が響く。
「戻れ!」
逃げた方がいい。レッドはそう思った。なぜか適う相手でない。バンギラスが異常なまでに強い。見た事もないポケモンのために弱点も解らず、レッドは残ったヒートのボールに手をかけようとした。

「レッドさん!ライムちゃんも!」
カイロスがロケット団員をなぎ倒し、シアンが駆け付ける。ヘルリンが襲って来るポケモンに容赦なく炎を吹き付け、なおも体力が有り余ってるようだ。
「大丈夫ですか!」
「シアン君、逃げろ!」
すでにリザードンがバンギラスと戦っている姿を見た。後ろから来るレンちゃんは思わず叫ぶ。
「ダメだよ!そのバンギラスには勝てないよ!!!それは悪タイプだから!」
レッドとライムが耳を疑った。聞いた事もないタイプをレンちゃんが口走る。
「悪タイプ?」
「逃げて!逃げよう!」
レンちゃんが導く方向へ走り出す。最後の炎を浴びせ、レッドも走り出した。逃げるしかない。
「そうは行かせません!」
ロケット団はスイッチを押す。4人を追い掛けるようにシャッターが閉まって来る。閉じ込められたら捕まる。
「走れ!」
だんだんと追い付いて来るシャッター。最後はほとんど滑り込むようにして出口から飛び出した。回転直後なので少しまわる目をしっかりさせて、レッドはモンスターボールを握った。目の前にはロケット団たちが勢ぞろいしている。
「やっぱり罠か。行け、レモン!」
黄色い塊が走ったかと思うと凶悪な電気をロケット団たちに浴びせる。炎よりマシだろ、とばかりにレモンと呼ばれたピカチュウは10万ボルトで攻撃している。ポケモン、人、そんなの関係ない。気の思うまま、攻撃したいと思うまま。珍しく好戦的なピカチュウのため、こういうのが大好きなのだ。
「よし、このまま逃げるぞ。」
「うん。」
何か気になる。それが何か解らないがこの状況でそんなことを考えてられる暇もなかった。1人足りないことにも、気付かないで。


「痛い・・・あ、あれ?ヘルリン?シアン君?ライムちゃん?」
堅い壁に囲まれたところ。走り続けて目の前が真っ白になってしまい、気付いたらこんなところにいる。
「ど、どこここ!?」
「気付いたか、ガキ。いや、イエロー。」
レンちゃんの後ろには背の高いロケット団。思わずその目は見張る。
「だ、誰!?レンちゃんはレンちゃんだよ!」
「偽名使ってごまかせられると思ってんのか?その顔、その声、ごまかしようがねえんだよ!」
怒鳴り声に体を震わせ、レンちゃんはしゃべれなくなってしまった。普通の人じゃないと感じるけれど、何も言えない。体が動かない。
「始末しろと言われてる。」
ぱちっ、という音がしてレンちゃんは再び床に倒れこんだ。左腕に一直線の火傷の跡を残して。未だに電流が流れるスタンガンの電源を切ると、ロケット団はレンちゃんの体を持ち上げた。
「ここらで死なれると不味い。帰らずの穴に放り込んでおけ。」
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