「レンちゃんがいない!?ヘルリンいるのに!?」
必死で走って、レンちゃんがいないことに気付かなかった。ヘルリンはそこにいるのに。絶対にレンちゃんが遅れても待っているかと思っていたので、安心していたのだ。レッドを見つめたまま、力なくしっぽを左右に振る。
「まさか・・・ライムちゃん、ちょっともう一度いってくる。」
「だめ・・・。」
ライムが服をつかんだ。
「またいったら・・・やつらの思うツボ・・・。私が、レンちゃんを巻き込まなければ・・・。」
「でも、これは一刻を争うんだ。もしかしたら殺されるかもしれない。」
突然ヘルリンは駆け出した。そして北の方に向かって吠えている。遠くの仲間に連絡する時に使う遠ぼえで。
「ヘルリンがレンちゃんを呼んでる。レッドさん行こう。多分ヘルリンについていったら会える。」
「ん・・・ここどこだろう?」
滴る冷たい水が顔にかかり、再び気付いた時には知らない洞窟だった。水の落ちる音しか響かない、静かな洞窟だった。側に誰もいないようで、何の音もしない。
「洞窟なら出られるかも・・・。」
むっくりと起き上がる。そして歩き出した。どちらの方向とも解らず、どちらが奥か出口か解らないけれど。迷わないように印をつけながら。
洞窟に生息するズバットやゴーストにたまに出会う。その時、必ずマイラが水鉄砲で驚かし、撃退する。ゼニガメの方向感覚は決して優れているとは言えない。ただ、マイラは興味のある人間についてきてるだけ。
「多分こっちかな。」
レンちゃんは右に曲がる。そしてがくぜんとした。そこにあるのは、さっき通った証拠につけた印。それを見ると、今までの疲労が一気に押し寄せ、座り込んでしまった。
もともと体力が回復しきってなかった上にこんな長時間歩いていたせいで、足は痛いし、もう戻れないという恐怖と悲しみがレンちゃんの心にあった。
「どっち・・・どっちー!!!!」
マイラを抱き締め、声を張り上げた。それでも誰も答えてくれない。泣き声だけが洞窟に響く。
「おとーさぁん!おかーさぁん!!」
いつも助けてくれる両親はいない。もう会えなくなるんではないかと思うと怖くて怖くて余計に悲しくなった。そんなレンちゃんを無表情に帰らずの穴は逃がさない。
「レンちゃん。」
「誰っ!?」
「もう大丈夫だよ、おじさんが出口まで連れていってあげる。」
レンちゃんは顔をあげた。そこには見知らぬおじさんが立っている。背が高く、黒いスーツを来ていた。何かロケット団のようなものを感じ、言葉が出て来ない。
そんなレンちゃんと目線をあわせ、頭を撫でる。優しそうな表情を浮かべ、レンちゃんを安心させている。
「怖かったね、もう大丈夫だよ。」
見知らぬおじさんに頼る以外、レンちゃんはどうすることも出来なかった。黙っておじさんの背中に乗った。真似してマイラもレンちゃんのリュックにしがみつく。
「おじさん誰?なんでレンちゃんの名前知ってるの?」
セイはヘルリンの向く方向を泳いだ。水の迷路と呼ばれるこの付近は、岩がところどころ海面に出ていて、とてもひとすじ縄に泳げるところではない。ぶつからないよう気をつけてヘルリンの向く方向へ泳いだ。
横目ではプライベートビーチのような砂浜で遊んでいる人たちが見える。もし、ロケット団との確執がなければ今ごろ遊んでいられるのかな、とレッドは思う。
「レッド・・・だめ、まさか、こんな・・・。」
「どうしたの?」
「この先は帰らずの穴。入ったら二度と出てこれないの!帰ってきた人は1人もいないわ!」
「1人も・・・?」
それでもセイは止まることなくヘルリンの向くところまで泳ぎ続ける。そしてボールにおさまると、主人のレッドは中を覗き込んだ。
真っ暗で何も見えない。そして、何の音もしない。
それでも入ろうとした時、ライムとシアンに服をつかまれる。
「だめ・・・レンちゃんもいなくなって、レッドもいなくなったら、どうしたらいいのよ!?」
「まだ何かあるから、レンちゃんなら大丈夫だから。」
ヘルリンの耳が何かを察知する。奥の方から聞こえる足音。革靴のようだ。出口に向かって歩いてきている。もうしばらくすれば人間の耳にも届くくらい大きくなるはずだ。
「誰か・・・来る?」
ロケット団かもしれないと、近くの岩場に身を潜めた。そうして足音の主が出て来るのを待つ。
「ほら、レンちゃん着いたよ。今日もよく晴れてるね。」
三人、特にレッドは言葉を失った。黒いスーツの男が安心しきって寝ているレンちゃんを背負ってきたのだから。そして、その男の顔に見覚えがあるレッドは思わず叫んだ。
「父さん!!!」
誰もが耳を疑う。黒スーツの男は振り向いた。
「・・・レッド?なぜここにいる?」
否定することもなく、その男は答えた。
「父さんこそ・・・あの後どこに!?それになぜレンちゃんを!?ロケット団がどうなったか知ってるのか!?」
「待てレッド。そう一遍に質問されても一気に答えられん。近くの砂浜にある別荘を借りるとしよう。」
そういうとレンちゃんを背負いながら歩いていく。ライムは信じられなかった。レッドの父親、それは憎んでいたロケット団の総帥、サカキのことだったから。
「ほう、似てると思えばグリーンの妹か。」
ベッドに手慣れた手付きでレンちゃんを寝かし付け、リビングにそろっている三人と話していた。レッドが噛み付きそうな勢いなのをシアンがなんとかなだめている。
「ただ、そこまでは知らない。それと、両親のことだが。」
緊張が走る。ライムは耳を傾けようとサカキの目を見た。
「すでに死んだ。」
「父さん!」
「そんな・・・なぜ!?なぜ!?」
「レッドに対する協力をグリーンがしたからだ。」
ライムは立ち上がる。そして何も言わずドアをあけて走っていった。勢いよく閉まる大きな音が部屋に響く。
「どうして、どうして言うんだ!父さんが命令したんだろ!」
「さあな。そこまでは覚えていない。」
吐き捨てるように言うとレッドはライムを追い掛ける。その後ろ姿を見送ると、シアンはサカキに話し始めた。初めて話す、ロケット団の総帥は何かプレッシャーのようなものを感じて上手く言葉が出なかった。
「あの・・・・聞きたいことがあります・・・。」
「なんだ?」
「さっき言った、バンギラスのことですが、何か特殊な方法で育てるとレッドさんは言ったんです。その方法、貴方は部下に教えたのですか?」
「いや、教えてない。」
サカキは少しだけ黙った。
「いや、教えてはいないが、書物に残したかもしれない。それがなんらかで流出すれば、知ることは容易い。レッドはその育て方をしてないのか?」
「・・・多分、そうだと思います。あんな異常な力を持ったポケモンはいないですから・・・。」
「困ったやつだ。」
ため息をつく。そして変わった形のモンスターボールを出した。サファリゾーンで使われているモンスターボール。
「こいつは前に使ってい・・たんじゃなくて、使っているサイドン。これはそのように強化してある。そのバンギラスに勝つにはそれしかないだろうな。」
「ライムちゃん・・・・黙っててごめん。」
波打ち際にライムは顔を伏せて座っていた。
「騙すつもりもなかったし、希望を持たせないわけでもなかった。ただ、知らせたくなかったんだ。」
「・・・いいの・・・これで私はもう背後を気にする必要ないから・・・。関係ないけど、レッドとサカキさんって似て無いね。」
レッドは隣に座った。
「そう・・・かな?」
「顔とか全然違う。本当言われなきゃ親子って気付かないよ。」
「まあ・・・顔は母さん似だって言われてたからね。でも怒ると怖いところは似てるって言われた。」
「誰に?」
「イエローってう、幼馴染みかな。レンちゃんにそっくりなんだ。テンションとか顔とか。」
「え、そうなの?双児とかじゃなくて?」
「あ、ライムちゃんには言ってなかったけど、シアン君とレンちゃんは20年後から来たっていってた。」
「えっ!?」
「信じられないけどさ、未来のお金とか、僕が知らないポケモンのタイプを言ったりしてて、本当なんだなあって思う。だからね、レンちゃんは多分、イエローの子なんじゃないかなあって思ったりするよ。」
「うそー!?本当に!?」
「元気出たね。やっぱりレンちゃんは元気にする力あるよねえ。」
恥ずかしそうにライムはうなずいた。そんなライムに構わず、レッドはさらに元気づけようと楽しそうな話を次々に持ち出して。
「さて、早く寝るんだ。」
レッドとライムが戻ってこないことを心配したシアンが窓の外を見ている。もう夜遅い。サカキは二人分の御飯にラップをかけながらシアンにそういった。
「明日はロケット団をつぶしに行く。このサイドンがいればなんとかなるだろう。だめだといってもどうせ来るんだろうからちゃんと寝ておけ。」
「あ・・・はい。それとサカキさん・・・。」
「なんだ?」
「本当にロケット団のボスだったんですか?信じられないくらい優しいと思います。」
「人をそれだけで判断するな。人間ってのはいろんな側面がある。お前が見てるのはぼ・・私の優しい一面だけで、裏ではロケット団のボスという顔があるのだ。」
「そうですか・・・。」
シアンは一度黙った。
「でも、僕はサカキさんのこと、本当に良い人だと思います。」
満天。天の川もはっきり見える星空を仰向けに寝転びながら見ていた。しっかりと手を握りあって。こうしているとお互いに安心するから。
「綺麗だな。」
「そうね。」
星が見え過ぎて何が何だか解らない。けれど幻想的な夜空の前ではどうでもよいこと。
「連絡船・・・カントー本土にいけたかな・・・。」
「行けたよ・・・きっと。」
再び黙る。何かを喋ろうとするが、小さすぎて波の音にかき消されて。
「ねえレッド・・・姉さんってどうしてるの?」
「今はロケット団の残党から逃げてる。逃がすためにはいろんな人が協力してるよ。でも、きっといつか・・・。」
「ええ、私もそう思う。」
沖の方で何かが跳ねる音がした。きっとコイキングか何かが跳ねたのだろうとライムは体を起こすこともしなかった。
「ねえ聞いて。私、男って最悪な生き物だと思ってた。でも、中にはレッドみたいな人、いるのね。」
「はは。耳が痛いな。確かにそういうことがあったら、そうしか思えないよね。」
「それとさ、私、間違ってたとはいえ、レンちゃんとシアン君にとんでもないこと・・・しちゃったな・・・。」
「レンちゃんはライムちゃんのこと信じてるよ。シアン君も信じてる。特にシアン君は物わかりがいいからね、ライムちゃんの事情を話したらすぐにわかってくれたよ。」
「ごめんね・・・。」
「撃たれるのと殴られるのは慣れてるから僕は平気だよ。僕はロケット団だったから、そういうことしょっちゅうあったから。」
「うん・・・。」
「悔しいけど、明日また父さんの力使ってロケット団アジトに行こう。そうして終わらせよう。」
ライムは何も答えなかった。よく見ればまぶたが閉じている。起こさないように抱えると、今日泊まるところへと歩く。振動でもちろんライムは気付いていたが、何も言わず、寝ているフリをして。
「帰ってきたか。」
ベッドにライムを寝かせるとレッドはサカキのところにいった。話すことは昼間のことだけでは足りない。
「父さん、僕に教えたよね?特殊な育て方。」
「教えたな。忘れたとは言わせない。」
「忘れていない。ただ、僕はそれを使わない。」
「それならいい。しかし今日の負け方は無様だったな。」
「!なんで知ってるんだ!?」
サカキは笑った。当たり前のことだ、と言うように。
「私のサイドンならバンギラスに互角に戦える。体格だけじゃない、それを覚えておけ。」
「父さん・・・それとまだ聞きたいことがある。」
「なんだ?」
「イエローのこと、知っていたか?」
「いや・・・特に問題は無い気がしたが?」
「知らないで・・・いたのか!?」
噛み付く勢いでサカキに迫る。
「心臓が・・・悪いんだ。」
「なに?」
「生まれつき悪いといってた。時々大人しくなるのもそれだって言う・・・なぜ気付かなかった!?」
サカキは黙る。レッドと共に自分が育ててきた子の異変に全く気付かなかった。
「そうか・・・なんという病気だといっていた?」
「病名は無い。つけないといってた。時々不整脈が酷くなって心臓が痛くなるんだそうだ。・・・この前も起きて来ないから様子みたら倒れてた。入院してたから少しよくなったみたいだけど、まだ解らない。いつ死ぬか解ったもんじゃない。」
「で、私にどうしろと?何が言いたいんだ?結局はお前がやるしかないだろう。治療すればよくなるのなら、そうすればいい。結局はやれるのはレッド、お前だ。」
立ち上がる。そしてとっておいた夕食をレッドの前に並べた。
「・・・毒入ってるのか?」
「実の息子殺して何の得がある。」
鼻で笑い飛ばす。
「わかってると思うが、明日またロケット団アジトに行く。・・・イエローを助けたきゃ、生きておけ。」
朝日が差し込み、目を覚ます。レンちゃんは起き上がると、ヘルリンを起こさないようにして歩くが、耳のいいヘルガーが解らないわけがなく、いつの間にか後ろを歩いている。
「あ・・・れ?」
ソファーに寝ているのはレッドと、もうひとつのソファーには小さな緑色の妖精が。まさか、と目を擦り再びみるとちゃんと昨日のおじさんがそこにいる。
「おかしーな、寝ぼけてるのかも。」
そう思ってレンちゃんは顔を洗うため、洗面所に向かう。入れ代わるようにレッドが目を覚ます。父親を起こし、レンちゃんと同じく洗面所に向かう。
「あ、レンちゃんおはよう。」
「あ、おはよー!」
「ねえ、レンちゃん、おじさんは信用できる人?」
「なんで?そうだよ、出来るよー!」
「うん、それならいいんだ。」
タオルで顔を拭いて、ヘルリンと共に着替えにいった。入れ替えにライムが来る。
「あ、おはよう・・・。」
「おはよう!良く眠れた?」
なぜか目を合わせづらそうにライムは喋った。
「どうしたの?」
「えと・・・うん、なんでもない。」
誰かの手も借りなければいけない。
自分が手を貸すこともしなければいけない。
頼って
頼られて
希望への道を歩く
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