ここは、ジョウト地方のとある島にある街、ホワイトシティ。人と人が触れ合う街。
「行って来まーす!行こう、ヤンヤンマ!」
「ヤンッ!」
この少女、ホワイトシティのアイナと、相棒のヤンヤンマ。二人の冒険の合図は、刻一刻と近づいていた。
キーンコーンカーンコーン・・・・
ガラッ
「おはよう!」
「おはよう、アイナ!」
ジョバンニ先生のポケモン塾。アイナは、ここのノーマルクラスだった。
「よう、ドベアイナ!」
カチン。この声は。
「ちょっと何よ自分が優等生だからって。朝っぱらから趣味悪いわよナルシストウタ!」
「なっ・・・何だと万年ドベ!」
「ドベじゃないわよこの前は二つ上がったんだから!」
トウタとアイナ、ホワイトシティに住む幼馴染の腐れ縁は、ポケモン塾に入ってからも変わらず、もはやこの塾の名物と化していた。
「お前みたいなちんちくりんがトレーナーなんて、ヤンヤンマもつくづく可哀想だぜ。なあ、グライガー?」
トウタはそう言って肩に乗っているグライガーをなでた。
「あーっ!言ったわね!ちんちくりんですって、ヤンヤンマが可哀想ですって、その言葉そっくり返すわ!あんたみたいなナルシストなんか、グライガーがもっと可哀想に見えるわ!」
「何ぃ・・・じゃあ!バトルで!」
「いいわ、のぞむところよ!」
と、そのとき。
「トウタ君、ジョバンニ先生が呼んでるわよ。」
「はーい・・・」
トウタはそう言うと、アイナに向かってあっかんべーをした後、去っていった。
「もう!もう!もう!本当にむかつくわ、何よ、あいつ・・・」
怒りに震えるアイナをとめたのは、クラスメートの何気ない一言だった。
「そういえば、あいつ・・・・今度昇任するらしいぜ、カッパ―クラスに。」
えっ、と、思わず息を呑んでしまった。
「マジかよ!?」
「いや、本当。この前偶然聞いちゃったんだよ。」
「にしてもすげーな、毎回俺達のトップだったもんな、あいつ。」
トウタが、昇任する。アイナはライバルが上へ行ってしまう焦りと、何らかの胸のつかえを感じた。
ガラッ
「おまたせ・・・・どうしたんだよ、みんな?」
アイナはその予感を悟られないように言った。
「なんでもないわよ。」
と、その時・・・・アイナは閃いた。
「それより、バトルよ。私とバトルして。」
「ああ、いいぜ?どこにする?」
「放課後フリー闘技場。いい?」
「ОK!」
 放課後。
「一応言っとくけど、お前は俺に勝てないぜ。」
「それはこっちの台詞よ!」
「えー、使用ポケモンは一対一。・・・・で、いい?」
『ОK!』
「じゃ・・・・バトル・・・・開始!」
審判の旗が揚がると同時に、二人はいっせいに動き出した。
「ヤンヤンマ、いけっ、でんこうせっか!!!」
「グライガー、こうそくいどう≠ナかわせ!」
しかし、一歩ヤンヤンマの方が早かった。
「グライガー!」
「ヤンヤンマ、ソニックブーム=I」
ひゅっ、と風がグライガーに当たる。
「グライガー、すてみタックル=I」
今度もヤンヤンマが早かったが、グライガーはものともせずに技を決めた。
「ヤンヤンマ!」
「ヤンヤンマのとくせいはかそく=E・・。でも、だからって攻撃が当たらないわけじゃない!」
「・・・それは、どう?ヤンヤンマ、かげぶんしん=I」
途端に、ヤンヤンマは分裂したようにグライガーを囲んだ。
「・・・・グライガー、すなじごく=I」
「えっ・・・・」
すなじごく≠ヘじめんタイプの技の為、むし・ひこうタイプのヤンヤンマには当たらないの・・・だが、トウタはそれを指示した。
「・・・・グライガー、あのヤンヤンマにメタルクロー!」
グライガーの攻撃は、確かに・・・・ヤンヤンマに直撃したと同時に、砂がぴたりと止んだ。
「ヤンヤンマ・・・・・」
ここでようやく、アイナは気づいた。あのすなじごく≠ヘ、分身を消し、本体を見抜くためのもので、攻撃ではなかったと。
「どうだ?もう・・・」
「・・・・あきらめない!ヤンヤンマ、例の技よ!」
ヤンヤンマはうなずくと、身体が光に包まれた。
「・・・・・これは・・・」
「・・・きしかいせい=I」
その身体は、今までよりも早く、グライガーに届いた。
「きゅうしょに・・・当たった!?」
「いっけええええ!!!」
「グライガー、カウンター!」
どちらが先か、砂ぼこりの後にあったのは、二匹の倒れた姿だった。
「・・・・りょ、両者ノックアウト!よって、このバトル、引き分け!」
ええっ、と、闘技場内にどよめきが響き渡る。
「・・・・ま、ドベにしてはやるな。」
「そうね。あんたも大したこと無いんじゃないの?」
「上等。・・・でも」
「いいバトルだったね。」
二人がこのときした握手は、このとき闘技場に来ていたポケモン塾の生徒全員が目撃しており、これは、誓い≠セったのか、はたまた別れ≠フ握手だったのか。どちらにしても、後に語り継がれることになり、二人の心にも深く刻み込まれることになる。
 翌日。
「おはよう・・・みんな、どうしたの?」
いつもと様子がおかしいことに、すぐにアイナは気づいた。
「どうしたって・・・お前知らないのか!?・・・・あいつ・・・お前には言いたくなかったんだな・・・・・」
何のことだか、アイナにはさっぱり判らない。
「どういう・・・こと?」
「・・・・トウタ、今日の朝・・・・」
アイナは、事を聞くと同時に、走り出した。
・・・・・トウタが、カントーに行った・・・・?
アイナにとってそれは、裏切りと同じだった。許せない気持ちと、怒れる気持ちで、アイナは走った。
「そんなのって・・・・・」
幼馴染が、自分だけに何も言わずに、この島から出て行ってしまうなんて。
「・・・うっ・・あああああ!」
その瞳には、いつの間にか涙が光っていた。
 埠頭に付くと、すでに船は出港していた。いつもそうだ、とアイナは思った。
 小さな頃から、トウタはずっと、アイナの先を走っていた。周りに男子しか居なかったからか、アイナはポケモンバトルを先に覚えた。毎日のようにトウタ達と遊びのようにポケモンバトルをした。しかし、数年前トウタがポケモン塾に入ると、以前のように遊ぶことも無くなった。アイナがポケモン塾に入ったのは、ただトウタとバトルがしたい、それだけだった。しかし、塾に入ると、アイナはだんだんとトウタにライバル心を燃やしていった。
 そして今、彼はまたバトルが出来ないところに行ってしまった。アイナは、悔しくて、苦しくて、何も出来ない自分がいやになるほど、泣いた。これが、別れだと知った。
 トウタがカントーに行ったのは、ポケモントレーナーの殿堂であるポケモンリーグに挑戦するためだと、アイナが知ったのは涙が枯れてからのことだった。
「何が、友達だから、言いたくなかった、よ。」
でも、アイナもそういうときに、トウタにそれを言う勇気は無かった。二人はお互いに、ライバルであり、幼馴染であり、一番仲の良い親友≠セったのだと、このとき初めて気づいた。
 すでに、アイナの心は決まっていた。
―旅に、出る。
 彼を追って、いや、彼を追い越すために。本当に強くなって、彼を追い越す為に。
「ヤンヤンマ・・・・私についてきてくれる?」
「・・・・ヤン!」
 最初の手持ちは、ヤンヤンマだった。初めてであったときから、ずっと一緒だった。
 今すぐこの島から出る方法は一つ。
「明日の朝、この街にリニアが来るの。ラルースからね。そして、行き先はヤマブキシティ。ここから、よ。ここから、私達は旅に出るの。お母さんがおきる前に・・この街を出るのよ。いい?」
ヤンヤンマはうなずいた。
「さあ、支度をしなくちゃ!」
身一つのカバンに入れたのは、きずぐすりを一つ、おこづかい3000円、そして、たった一つの、ヤンヤンマのボール。
「これで・・・よし!」
翌日の早朝に、アイナはこっそりと家を抜け出そうとした。・・・・・が。
「・・・なんで・・・」
家の前には、お母さんと、近所の人が居た。
「・・・この島から出るには、今日のリニアしかない・・・って、母さんも思ったのよ。・・・やっぱり、あなたもお父さんの子供なのね。」
そう言ってお母さんに渡されたのは、新品のランニングシューズと、リニア券。
「たまには、ウチにも顔出しなさいよ?」
・・・・お母さん・・・・。
 アイナは涙を抑えて、堂々と、胸を張って笑った。
「行ってきます!」
アイナはそう言って、街に別れを告げた。
 駅でリニアに乗り込む。
『リニア、ヤマブキシティ行き、発車致します・・・・』
街が、遠ざかっていく。窓から景色を覗き込むと、そこには、ポケモン塾の生徒が居た。
「じゃあなー、アイナ!」
「トウタによろしく!」
いつの間にかこぼれる涙は、止まらない。
「さよなら、みんな・・・さようなら!ホワイトシティ!」
窓から、たくさんの感謝と別れの気持ちを込めて、アイナは手を振った。見えなくなるまで・・・・。
「ヤンヤンマ、これから・・・・どうなるのかな、私達。」
リーンゴーンリーンゴーン
「時計台が・・・・鳴った・・・?」
それは、全ての旅立つポケモントレーナーに向けた、ホワイトシティからの、『始まりの鐘』。
 始まりの鐘を鳴らしたアイナの旅は、ここから始まった。
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