「レッドちゃん、本当に旅に出ないの?」

 外はもう暗く、お月さまが顔を出してきた夕飯時
そう言ってレッドの顔をのぞき込んでくるのは彼女の母親、奈津である。

「お母さん、何度も言ってるでしょ……」

「冒険は面白いのにねぇ、食わず嫌いも程々にしないと後で後悔するかもしれないわよ?」

「後悔なんてしません」

 キッパリと、言いきるレッド
奈津はレッドが一度言いだしたら聞かない事を良く理解しているのでもう何も言わない。
ただ、やっぱり冒険して世界を見てほしいと言うのが母としての本音だ。

――でも、今更私がそんな事言うのは間違いだなんて事わかってる
今更母親面したって、あの子は……――


≪――、謎の物体2つがカントー上空に現れ、衝突しながらカントー西部に向かったという情報が――
謎の物体は、ポケモンではないかとの意見が挙がっていますが、西部在住の方々は――≫


 奈津は上の空故、テレビのニュースを聞き逃す。



***



 時計もとっくに夜の12時を過ぎ、今は2時
よく幽霊が出るとか言う時間帯だ。

「……」

 レッドは何故か、眠れないでいた
色々な事が頭の中を飛び回っているせいだ。

 やはり自分は旅に出るべきなのだろうか?
世界常識では10歳でトレーナーになって旅に出るのは極々普通で当たり前の事だ
ブリーダーになるのだって、なんだって大体は旅にでて世界を見る。

 それなのに、自分だけが檻に閉じこもっていて、本当にこれでいいのだろうか?

――後で後悔するかもしれないわよ?

 母の言葉が、頭をよぎる
後悔? 一体何に?
世界を見れない事に? 冒険をその手で感じる事が出来ない事に? 
不特定多数の人間が体験するであろう経験が得られない事に? 

 自分の行いを、自分で決めた、この状況を
私が後悔するって?

 ……冗談じゃない。

 自分が決めた事に後悔するなんて、そんなふざけた話があってたまるか
私は旅になんて出ない、死んでもでない。

 そう、もくもくと考え事をしていると
すぐ隣で丸まって眠っていたタチが起き上がる。


「どうしたの」

 呼びかけるが、無視
タチの反応に少し腹を立てつつも、その目線を追い、窓の外を見る。
窓の向こうは、マサラの外れの名もない森
……たしか、マサラには電気タイプも炎タイプも生息していない筈。

 なのに何故、森が明るい?

 レッドは酷く嫌な予感がした。
何か、マサラには不釣り合いな何かが侵入してきた、そんな感覚に陥る。
隣のタチも嫌な感じがするようだ。

「……寝よ」

 不快な感じがしただけだ、人間の第六感なんて天気予報ぐらいあたらない。
そんな自分の頼りない感何て信じて何になる? 何にもならない
何も知らない赤子のように布団にくるまって眠っていたいんだ、私は。

 タチが布団を引っ張って私を起こそうとするが、無視
布団を頭まで深くかぶる。


 思い浮かべるのはサンドパン頭のグリーンと、そのいとこである黒髪のブルーのことだ。
オーキド博士の話を引き受けた2人は、恐らく明日マサラを旅立つだろう。
別れの言葉なんて述べるつもりはない、
言葉に出さなくても、分かっていると知っているから。


 ばんっ! という音と共に突然頭に来た、強い衝撃
がばっと布団をはねのけ、それをやった犯人を睨みつける。

 その犯人、タチはまさに仁王立ちしているかのような格好だった
どうやら、あの森の事がどうしても放っとけないようだ。
そいえば、こいつ勇敢で負けず嫌いだったはずだ
お母さんがよく、タチと私が似ているって言ってたと思う。

 確かにこいつは私と同じで負けず嫌いで意地っ張りで頑固だ
私みたいに、譲れないものがあるんだろう。

「チッ!」

 その場の空気の流れを止める、大きな舌打ち
タチが期待の眼差しでこちらを見る。


「何があっても知らないから」



***



 暗闇に少しでも溶け込むように、ワタルファンのお母さんのコレクションの一つ
ワタルさんマントを拝借してきた。(実際はチャンピオンマントと言うらしい)
裏地は暗い赤だが、表は真っ黒なので十分カモフラ出来る。

 タチはいつでも戦闘態勢に入れるように、ボールには入れず
私の被っているマントのフードの中に待機中である。(おかげで頭重い)

 音を立てないように、慎重に、けれども早足で森の中を進む。


 耳と目を凝らせ、少しの変化も見逃すな
油断は、命取りだ。




To be continued.
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