月明かりを差し込む名もなき森は
不気味と言うよりも、どこか神秘的で……

「吐き気がする」

 そんな物が嫌いな彼女はその雰囲気をことごとく切り刻む。

そんな風に毒を吐きながらも、気を抜かずに歩みを進める
ぴりぴりとした緊張感、こんな感覚は初めてだ。

 黒いマントが、音もなくはためく
頭のタチが、少し震えた気がした。


 瞬間、世界が静止した。


 鳥肌が立つ、体が硬直する。

 あれは……あれは何?

 月明かりに照らされる、真白い姿
丸い体のライン、すこし人の形に似ているが。

 なんだか不自然な雰囲気の、ソレは。


 ポケモン?


 恐る恐る、側による
タチが少し震えるが、撫でて気分を落ち着かせる。

一歩一歩、慎重に、息を凝らして忍び寄る。
地に伏せているソレは、動かない。
自分は一体なにをそんなにビクビクしているのだろう?
得体の知れないものへの恐怖か?


 いや、これは本能だ
本能で気付いているんだ、これは危険だ、と。


 だいぶ近くによった、距離にして恐らく3メートル
目を凝らして、その物体を観察した。
どうやら生き物……ポケモンである事は確かなようだ
体は白と紫色で、人に近い形をしているがなんだか宇宙人っぽい感じがしないでもない。

 あからさまに、自然に馴染んでいない感じがした。

 だがしかし、自分はポケモンならば一瞬でなんの種族か区別できたはずだ、なのに……これは何か分からないのだ。
私は昔からよくオーキド研究所に盗み入っては本棚の本を読み漁っていて
ポケモンに関する本は恐らく全て読み終えていたはず。

 それなのに、分からないポケモンが居る、と言う事は……

「……新種か」

 そう独り言を漏らして、もっとそのポケモンの側による。

 新種というのならこれには少しは頷けるというものだ
恐らく、野蛮な人間が捕獲しようとした時の物だろう。


 この生々しいまでの傷跡は。


 自然と眉間にシワがよる
とても不快だ。

 焼けた臭い、浅いが所々に焼け焦げたような傷がある
これは恐らく低Lvなポケモンか威力の低い炎の攻撃によるものだ。
けれど、それよりも目につく、背中の大きな切り傷
これはきりさく≠竍かまいたち≠ネどの攻撃によるもの。
そして打撲、右腕があらぬ方向に向かって折れている
この分だと腕だけじゃなくあばら骨や足も折れている可能性がある。
恐らく格闘タイプの技やすてみタックル≠ネどの強力な打撃技
もしくはサイコキネシス≠ネどの強力な念動系の技を食らったんだろう。

 何にしても酷い怪我だ
見ていると気分が悪くなるから手当てしたいが、残念ながら傷薬は持ち合わせていない。

 ビリリッ

 悲痛な叫び声をあげながら破れるマント
お母さんに後で殺されるかもしれない。


 刹那、轟音とともに突風がまきおこる。


「……」

 木々をなぎ倒す音がする、
悲痛な樹木の叫び声だ。

 目の前を掠ったのは巨大な紫の真空の刃。
はらり、落ちるのは一つまみの髪の毛。

 鼓動が、早まる。

 ゆっくりと、相手を刺激しないように、振り返る。
アメジストのような紫と、目線が合った。

 それには殺意がこもっていて……

「……ふざけるな」

 カッ と、不意にも頭に血が上った。

「人が折角手当てしてやろうと思ったのに、人を馬鹿にする気か、このろくでなし」

 ずんずん、今までの行動とは打って変わって大胆に近寄る
相手のポケモンも突然の、予想だにしないレッドの行動に、目を丸くしていた。

「いっぺん死ね、地獄で反省しろ、そして謝れ」

 頭に血が上っているせいで、少々言っている事がおかしい
レッドはその事に気がつかなかったが、だんだんと冷静になってきた。

 確かに、後ろにマントをはおったあやしい人間がいれば、誰だって警戒もするだろう。
それにこのポケモンは恐らくは人間……そうでなくても誰かに攻撃されてこんな傷を負ったのだ。
攻撃しないほうがおかしいというものだろう。

 そこまで考えて、すこしばかり言い過ぎたかと思ったが、
あんな攻撃生身で受けたら、今頃真っ二つに下ろされているだろう。と思い
そんな事もないな、死ぬ所だったのだから。と自己完結した。


 でも、ここでこのポケモンを放っておくのは嫌だと思った。


 私が今、このポケモンを見殺しにしたら寝覚めが悪くなるだろう。
それだけは避けたいし、私は責任を負いたくはない、私が働くことによって『これ』が生きのびるはずだったと責められたらたまったもんじゃない。
だからなにか……助けるための言い訳が必要だ。例えどんな下らなくて意味のない事だったとしても。
自分からは、関わりたくはないから。

「ただし謝るまで死ぬな」

 ポケモンは、唖然として動かない
それをいいことにさっさと胴体に包帯代わりのマントを巻いた。

これで止血できた、後は家に帰らないとできないだろう専門の道具もないし
一度連れて帰るか? だとするとお母さんになんて説明すればいい?

 そう考えていると くんっ っとマントを引っ張られる。
なんだ? と考える暇もなく体を襲う浮遊感
気付けばそのポケモンに担がれていた。

「ちょ、なにするっ……」

≪時間がない、少し黙っていろ≫

「意志疎通する方法があったんなら最初から使え、この紫」

 間髪いれず即答するレッド、このポケモン……『彼』が驚いている気がした。

≪……驚かないのか?≫

「私の友人はポケモンと会話できる能力を持ってる
人語を話せて理解できるポケモンが居てもおかしくない」

 まぁ、これの場合は言葉を話すと言うより直接頭に話しかけてきてるから
テレパシーかなんかだろうけど。

≪……可笑しな人間だ≫

「あんたに言われたくない」

 左腕でレッドを抱えて地面すれすれを宙に浮きながら滑走する彼、
まるでリニアにでも乗っているかのように流れる背景
早すぎてちゃんと視界にとらえる事が出来ない。

「はやっ……」

≪あまり達者に喋ると舌を噛むぞ≫

 どういう意味だ、そう文句を言おうとしたがやめた
いや、言葉が出なかった。


 上から自分たちの何倍の大きさもある紫のエネルギーの玉が降ってきて、
地面がえぐれたからだ。


 そう言えばさっきの真空の刃みたいな……サイコカッター≠熕q常じゃない大きさだった
少なくとも私の身長よりは大きかったはずだ。
紫の玉……シャドードール≠ヘエネルギーの流れがめちゃくちゃになって暴発する
それに構わず突き進む彼は、鋭い眼光で上を睨んだ。

 私もそれに習って上を見上げる。


 吸い込まれそうなほど真っ黒な夜空。
そこに浮かぶのは金色の満月。


 それをバックに、一つの影が私たちを見下ろしていた。



To be continued.
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