「ありきたりな演出、なんのパクリですか?」
≪そこは黙っとけ≫

 月をバックにした影に向かってそういう
大丈夫、多分聞こえてない。

 瞬間 どきり とした。

 馬鹿な、そんなはずはない。
私は普通の人間よりも視力はいいほうだ、特に動体視力には結構自信があるのに。

 意味が理解できなかった。

 月からは目は反らしていない
彼も私も確かに目を凝らして見ていた筈。

「……あ、れ?」

 気がついた時には、姿は消えていて。

≪来るぞ!≫

 動きづらいなか振り返ると。
目の前に居たのは、彼と同じ形をした、黒い姿のポケモン。
その黒い生き物は、冷たく無機質な緑の瞳で私たちを見下していた
さっき、空に居た時と同じように……。

 す っと相手はレッドに向かって手をかざした
手から光が放たれた途端、目の前に広がる真っ黒な空
下にはずいぶん小さくなった彼と黒いポケモン
耳鳴りがするくらいの、空気の擦れる音。


 落ちている。


 ばたばたばたっ 忙しなくはためくマント。
ちっ……飛行タイプなんて持ってないのに、めんどくさい!
頭から真っ逆さまに落ちながらそう思った。

 目の前に彼と同じ姿の、あの敵が現れるまでは。


 まず思った事は、こんなところで死にたくないと言うことと、
まだ、彼のことを助けることすら出来ていないと言うことと。
それから――……


 ……こんなところで死んで、責任押し付けられてたまるか!
なにがなんでも生き抜いてやる!

 そう、思いが変化するのに、時間はかからなかった。

 死期が近づくと、人間は恐ろしいほどの潜在能力を発揮する、と何かで読んだ記憶がある。
今の私は、まさにそれだろうと思った、こんなに頭を使うのは、久しぶりだ。
しかし、脳ミソの回転量の割には、いいアイディアは浮かばない。

 ……一応、作戦もどきのような物を考えた。
当てずっぽうだ、上手くいく確率なんて無いに等しい。
でも、やらないよりはいくらかマシなはず。

 刹那、空気が裂ける音がした。

 マントから小さな影が飛び出したのだ
月明かりに照らされてすぐに、認識できたのは茶色。
長い耳に丸い体にたぬきのような尻尾のポケモン。

「タチっ!」

 タチと呼ばれたポケモンは、鋭い目で黒いポケモンを見据えた。
右手を前に突き出している、その手の爪は紫色の光をまとっていた。

「どくどく¢アけてどろかけ=I」

紫に輝く爪が黒いポケモンの皮膚に突き刺さる、続いて流れるように泥の玉をその目に向かって投げつけた。
油断大敵、とはこういう事をいうんだろう
私がポケモンを所持していたのが予想外らしく、それ故に行動が遅れたのだろうと思う。
もちろん、タチ自身の物珍しさに気を取られたと言うのもあるだろうが。

 次の瞬間、レッドは目を見開く、タチが指示以外の行動をしていたからだ
右手の拳が黄色の光をまとっている。
サイコカッター≠竍シャドーボール≠使っている事から、相手は恐らくエスパーかゴーストタイプ
それに対してあの技は、リスクが高い上に相性が悪すぎるっ!

「タチ、止まれ!」

 静止の声をかける、すると、タチは素直に指示に従った。
瞬間、寒気がして黒いポケモンの方を見る。
薄く開いた、彼と同じ水晶のような緑の瞳に映るのは、微かな怒り。
まずい、そう直感した。

「タチ! 戻れ!!」

 叫びも虚しく、タチは黒いポケモンに叩きつけられ、凄い勢いでこちらにぶっ飛んできた。

「ぐっ!」

 なんとかタチを受け止めたレッド。
しかし、体制を崩してタチの手を放してしまう
が、なんとか尻尾をつかんで引き止めた。

 絶対に、離さないっ……!

 途端、ギュルル と言う音がして、振り返る。
黒いポケモンの周りに、最初の攻撃の時ほど大きくはないが
無数のシャドーボール≠ェ宙で静止していた。

 黒いポケモンは、手を空にかかげたままで、こちらを見下ろす。
見下すのが好きな奴だな、と場違いな事を考えた。
場違いだけどそう思わずにはいられないのだ、ただの子供の分際で、恐怖に打ち勝つ事なんてできないから。
怖いものを、怖いと思う……とても当たり前で普通の事。
でも、弱みなんて見せたくないから……せめて心の中で毒づくいて、強がった。

 かかげられていた手が振り下ろされるのと同時に、一斉にこちらに向かってくるシャドーボール
全てがスローモーションに見えた。
私は、この黒い玉に体を撃ち抜かれて死ぬのだろうか?
いや、タチが繰り出したどろかけ≠ナ命中率は下がっているし、毒のせいで体も弱っている筈だ。
例えエスパータイプ独特の『感覚』があったとしても、それでも命中するのは半分には減らせるだろう。
でも、私は人間で、ポケモンのように強くないから。半分も技が当たったら死んでしまうか。


「馬鹿が、助けたかったのに。こんなところで死ぬなんて……馬鹿が」


 最後だと思い精一杯の意地で毒づいた、震えた声で言った言葉は、きっと誰にも届いてなんかない。
それでも……死んでしまうなら、最後までふてぶてしくありたい。

 覚悟を決めて目を閉じる。
空気を切り裂いて、シャドーボール≠ェそこまで迫ってくるのを感じた。

 痛みは……こない。

 痛みすらないのか? そう思ったとたん、爆発音が聴こえ、突風が吹き荒れた。

 驚いて目を開ける、目の前には光でできた透明な壁と……傷付いた『彼』
――ああ、助けるつもりが、逆に助けられたなんて、なんて……無様だ。
むしろ足を引っ張っているだろう、自分が居る事で。これでは、逆に責任をとわれてしまう。

 彼が、黒いポケモンに向かって手を伸ばす。すると、雪を乗せた嵐のような風が吹き荒れた。
春なのに、まるで真冬のような気温。状況を確認したいが、風が強くて目を開けていられなかった
でも、冷気の中温かな手で、彼が私の腕を掴んだ感じがしたのは気のせいじゃないと思う。


 急に風がやんで、寒さも肌に感じなくなったので目を開けた。
そこには見慣れた草原と……様々な色をした屋根の家々。


 マサラタウン、だった。



To be continued.
続きを読む
戻る