その眼に映る、マサラの風景が、
何故か妙に懐かしく感じた。
それと同時に、なぜかとても遠いもののように思えた。
彼を私の家に誘導するため、少し高い位置まで
マサラを見下ろせるくらいの位置までのぼってもらった。
目につく赤い屋根、マサラで赤い屋根の家は自分の家だけだ。
すとん と、まるで綿のようにに軽やかに着地する
目の前にあるのは、もう見飽きてしまった茶色い木製の玄関。
ああ、私の家だ……と、柄にもなく安心した。
「ただいま」
蚊の鳴くような声でそう言った、帰ってくる声はない。
当たり前だ、よもや3時を回っている時間帯で、起きている人間なんてそういない。
でも……なんとなく、母の声が聞きたかったような気がした。
いつも聞いているはずの、あの声が。
さっさと家にあがり、2階の自分の部屋に行く
彼も、戸惑いつつもレッドの後についていく
タチは器用にジャンプして扉を閉めた。
彼を適当に座らせて、棚に入れていた救急箱を取り出す
彼の後ろに回り、いい傷薬のスプレータイプを吹きかけ、塗るタイプの傷薬を塗り、包帯を巻く
折れていた腕は、どうしようもないので触らずに放置。
あとはポケモンセンター……ポケセンに任せるしかない。
そう思い、近くに置いてあった黄色いショルダーバックに救急箱の中身と、虫よけスプレーを5本詰め込んだ。
そしてバックのなかのモンスターボールを取り出し、彼の前に突き出す。
「これからアンタをトキワにあるポケモンセンターまで連れて行く
異論は許さないから黙ってボールに入ってて」
紫の澄んだ瞳が揺らいだ
きっと私の事を信じ切れていないんだろう。
「私の事が信じられないならそれでいいし、付いてきたくないんだったらトキワで別れればいいでしょ」
一言一言、少しだけゆっくりと、そしてはっきりと言葉を紡ぐ。
「でも、どちらにしろアンタがここに居られないのは変わらない、というか
ここに居られると迷惑、私と私の知り合いが、ここに暮らしているポケモンが」
レッドの赤い目が、鋭い光を放つ。
タチは黙って2人のやり取りを見ていた。
「私もあの黒いのに顔が割れてるかもしれないから、逃げなきゃならないし
迷惑かけて、責任を擦りつけられてもこまる」
はおったままだった黒いマントを見下ろす。
言いたい事が上手く言えないなんて、小学生か私は。
じれったい! 一々言葉なんて選んでる場合かこの非常時に!
「それに、アンタをここにほっといて私に責任が来たらこまるから
とにかくトキワまで付いてこいってんだ」
≪お前は責任という言葉が好きなようだな≫
「意味は嫌いだけど」
ふ と紫水晶の瞳を細めて笑う彼、いやに人間くさいなと思った
でも、綺麗だなとも思えた。
≪巻き込んだ責任は私にある、お前の言う事を聞くことにしよう≫
そういって、丸い指でボールの開閉スイッチを押す
ぼんっ と音をたてて彼の姿は消えた。
これは決して彼だけの責任ではないだろう
あの時、私が家から出ずに眠っていればよかった事なのだ結局は。
私は自分自身の責任を見ずに……なかった事にしてしまっている。
でも、そのお陰でミュウツーは付いてくるといっているし
いい方向に流れが向かっているので、私はこのまま黙っていようと思う。
私は、ずるい人間だ。
レッドはこの時間が、なぜか穏やかなもののように思っていた
迫りくる危険に気付いていたとしても、そう、感じていた。
彼の入ったボールを抱きしめながら、タチを見据えた。
「これから私は、危険に身を投じる
恐ろしかったら、付いてこなくても構わない」
ジッと、吸い込まれそうなほど真っ黒な瞳を見つめる。
その瞳には、覚悟と決意が垣間見えた。
ばしっ とレッドの頭を叩くタチ
音の割に、痛くなかったようでレッドは特に気にしない。
タチは、当たり前だとても言うようにレッドの肩にのぼる。レッドの顔に笑みがこぼれた。
ぴりぴりとした感覚をその背に感じていたとしても、とても空気は和やかで。
***
マサラを、遠く離れた丘から見下ろす。
白い屋根、緑の屋根、研究所そして赤い屋根。
気持ちがとても複雑な気がしてならない。
手にあるモンスターボールをみる、微かに見えるのは炎。
彼が入っていたのとは別のもの。
そしてもう片方の手には、赤い箱……博士が『ポケモン図鑑』と呼んでいたものだ。
本当は、断ったはずだった。そう思い目を閉じる。
ポケモン図鑑を完成させてほしいという、博士の話を思い出す。
結局、研究所に盗み入って、置手紙をおいて貰う筈だったポケモンと図鑑をとってきてしまった。
別に、ただ単に使えそうなものは貰っておくに限る、そう思っただけだ。
これからあんなのと戦うかもしれないのに、手持ち2匹は少なすぎるし
図鑑があれば相手の覚えている技も見る事ができる。
結局は利益なのだ。
鼻につく、虫よけスプレーの臭い。
ここに来るまでに、タチに協力してもらってマサラタウン中にまいて貰った。
これで少しは、あの黒い奴を惑わす事ができるはず。
フライングな旅立ち、少し負い目を感じる。
幼馴染達は、まだ布団に包まり眠っているはず。
私が居ない事に気付いたらどんな反応をするだろうか、なんとなく目に浮かぶ。
「いってきます」
街を見下ろして、言う。
聞こえるわけが無い、でも……
目をつぶって踵を返した。
もう振り返らない、道の先を見据えて。
ここから始める、私の旅。
後悔は、したくないから。
空の端に、茜色が滲んだ。
濃紺が、少しづつ打ち消されていく。
光が差し込んで……
世界が目覚める。
To be continued.
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