ポケモンセンターの端にあるソファーで座るレッドと紫と白の色彩を持つポケモン。
まだ朝の5時と言う事もあり、センターのなかはしんと静まり返っていた。
ジョーイはラッキー達と共に朝の周回に行っているので、ここはレッドのそのポケモンだけの空間になっている。

「聞きたい事が、色々あるんだけど」

 初めて会った時、聞けなかった事。
あの時は、危険が迫っていたために事情を聞いている暇なんてなかった
安全なこの場所でなら、いくらでも聞けるというものだ。

≪私が分かる範囲なら≫

 彼の声が、空気を震わす事なく響いた。
とても、静かな声。

「あんたは何なの? あんたと同じ姿のあいつはなんなの?」

≪それは私にも分からない、ただ……人の手により造り出されたという事以外≫

 その言葉に、レッドはぎょっとした
今、何て言った?
造った? 人が、ポケモンを? 一つの、命を?
そんな、そんな馬鹿な。

「ありえない、今の人間の技術でそんな事っ……」

≪あそこは、それが可能だった≫

「あそこ……?」

 彼に、聞き返す
紫の瞳が、伏せられた。
ああ、もしかしたら傷口に塩を塗ってしまったのかも。

≪ロケット団、だ≫
「馬鹿か?」

 ロケット? ロケットだって?
馬鹿じゃない? シリアスな雰囲気台無しだろうが。

≪そういう組織名なんだから仕方がないだろう≫
「それでもない、これはない、ほんとない」

 ロケット団なんて馬鹿みたいな名前の制で話がずれたが
とにかく、こいつはそのロケット団で造られたらしい。

≪私と同じ姿の……ミュウツーも、あそこで生まれた≫

 やっぱり……同じ姿だったからそうだろうと思ってたけど
そのロケット団は、他にもポケモンを造りだしたりしているのだろうか?

「あんたみたいのは、他にもいるの?」

≪いない、私たち以外はそういうのは見た事がない≫

「ミュウツーってやつと、あんただけなんだ」
≪ついでに言うと私もミュウツーだ≫

 ……は?

「それは……種族別的な意味で?」

≪さぁな、私もあいつもミュウツーと呼ばれていた≫

 その言葉を聞いた途端、レッドは胸がずきずきと痛んだような気がした。
なんなんだ、そのロケット団とやらは
それじゃあ、それじゃあまるで……


 まるで、どちらでもいいみたいじゃないか。


 ポケモンをなんだと思ってるんだ
命を、なんだと思ってるんだ。
ふざげるな、ふざけるなよ。

 レッドは眉にしわを寄せる、紅い瞳が揺らいだ。
ああ、いやな事を思い出した。
なんで今更思い出すんだよ、馬鹿馬鹿しい。

≪どうした?≫

 急に苦しそうな顔をしてうつむいたレッドを心配する、優しく少し低い声。
やけに心地良いと思ってしまう、変な……気分。
でも、すこし落ち着いた。

「ムカつく」

 いつも道理、強がって毒を吐いていればいい。
私は、それでいいんだ。

「捨てなよ、ミュウツー何て名前」

 そんな奴らが付けた名前なんて、こいつには必要ない。
相応しくなんかない。

≪ならば私は、なんと名乗ればいい?
どうすれば、お前に名を呼んでもらえる?≫

 簡単な事、私が新しく考えればいい。
私じゃ相応しいのなんて考えられないかもしれないけど。
ミュウツーなんてのよりは、きっとマシだ。

「私があなたの名前を決めればいい
……『ミウ』なんてどう?」

≪女の名前みたいだが、悪くはない≫

 すこし、嬉しかった。そう言ってもらえて。
また、変な気分になる
なんなんだろう、これ。

「でだ、これからミウはどうするの」

 もしかしたら、ここであっさりお別れ……なんて事も考えられる。
まき込みたくないとか、偽善を振り撒かれるかもしれない。
今更突き放しても、手遅れだというのに。たまにそういう行動をする人間が、私は堪らなく嫌いだ。
ミウもそうするだろうか? 分からないな、まだ出会ったばかりだから。

≪今更過ぎる問いだ、ここまで来たら後戻りなんて出来ないだろう≫

「……悪かったわね」

 朝日が窓から差し込む、その光で一瞬目が見えなくなった。
とても眩しい、きらきらと輝く光は、なんとなくいつも見ているそれとは違う気がした。
まるで、本当の旅の始まりを告げているよう。

「そんな事、私だって……分かってる」

 マサラの方を見る、透明なガラスのドアからは、それは見える事はなくて。
すこし、寂しくなった。もう、戻れないかもしれない。
ロケット団が、一体どういう組織なのかよく分からないけど
少なくとも、良い組織でないことは分かる。
それから逃げなきゃならないのだ、もしかしたら戦う事もあるかも知れない。
今度こそ死んでしまうかも知れない。

でも未練なんてない、私が居なくなっても世界に影響なんてないから。
両手で数え切れるくらいの、数人が泣くだけだから。そんなちっぽけな存在だから。
でも、心残りがあるとしたら……


 彼の、言い訳を聞けなかったことぐらいだ。


 勢いよく立ちあがる、すこし立ち眩みがした。
けれど、そんなもの無かったかのように歩き出す。

「あら? 行かれるんですか?」

 声がしたので振り返る、そこに居たのは桜色の髪のジョーイ
見つかった、静かに行こうと思ったのに。

「……いって、らっしゃい」

 ジョーイは、本当は聞きたい事が山ほどあった

 なぜ、こんな朝早くに、何かから逃げるようにして来たのか。
いつから、ここを目指して来たのか。
このポケモンは、なぜこんな酷い怪我をしているのか。
貴女には怪我はなかったのか。
他にも、私に出来る事はないのか。

 それら全てが、ジョーイのノドから出ることなく、溶けて消えた。

――何も聞かずに、このポケモンを見てください――

 その言葉を、言われてしまったから。

「はい」

 そのジョーイの姿が、マサラの母親の姿と重なって
あっさりと返事をしてしまう。
それと同時に、本当は言って欲しかった言葉を母に言われたような気がして。
胸がじんわり、温かくなった気がした。

 少女は再び歩き出す。
今度こそ、止まらずに。

 ミウは少女の背に付いていく。


 その姿は、光を受けて、輝いた。



To be continued.
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