第三章「護られた」
「…どうだい?気分は。」
呼びかけに答え、僕はうっすらと目を開けてみる。
今まで…少し仮眠をとっていた程度の時間の経過にも感じられた。
でも逆に、何十年も眠っていた様な感じもする。奇妙な感覚だ。
即座に太陽光が目を刺激する…と構えていたが、
ここは地下らしい。僕の目が辺りを認識するのに、そう時間はかからなかった。
「ここ……は……研究所………?」
身体を起こそうと思ったが、全身が鉛の様に重い。
「うん。ここは研究所。ワカバタウンのウツギ研究所さ。」
声の主の方に顔を向けると、中々年輩のおじいさんの顔が見えた。
独特の気の弱そうな垂れ目、
それに似合わず立派に伸ばしている白い髭。
この人は…見た事がある。ポケモンの進化論で有名な、ウツギ博士だ。
「あの時は…私の気まぐれで助かった様なモノだよねぇ。君も。」
気まぐれ?この人は何を言って…
そうだ、ピカキチや父さんや母さんは…
「あ……あの……」
重い身体を無理に動かそうとするが、凄まじい倦怠感が全身を走り、その動作だけで息が荒くなる。力が入らない。
「あーっと。しばらくは動かない方がいいよ。応急処置を済ませたといっても、まだ殆ど輸血は済ませてないからね。」
応急処置?輸血?何を言ってるんだこの人は?
「ぼ…、僕は……どんな状態……なんですか…?」
「ん〜。ちょっと説明に困るなぁ……。
まぁ、出血量が3リットルを超えて危機的状況に陥ってた事は確かだけど…。」
背筋に寒い物が走った。
そんな状態だったんなら、いつ死んでもおかしくない状況だったのでは…?
とりあえず、ウツギ博士の言う通り大人しくしておく。ダルいし。
「…それとも、早く現実を受け入れて貰うべきかな。
何気ないウツギ博士の一言。
本能だろうか。嫌な予感がし、僕はすぐに鏡を見せて欲しいと諭した。
ウツギ博士は、暗い面持ちのまま大きな鏡を用意してくれた。
鏡に向かう途中、貧血のせいか少々ふらついたが、それ以上に強烈な違和感があった。
何かこう…頭やお尻の辺りに何か付いている様な感じ。
けどその違和感は、鏡を見た瞬間に拭い取れた。
「…………!!!!??」
今の僕の頭には、長く黄色い耳。
お尻には、雷を彷彿とさせる黄色い尻尾。
頬の両側には、赤い丸模様の電気袋。
そして、元々黒髪の僕には不釣り合いな金髪。
「な……っ、」
まさにそれは、ピカチュウの擬人化を絵に描いた様な感じ。
…今の僕は、そんな状態だった。
「今の自分…これが、君の現実だよ。」
わからない。
何故…僕はこんな姿に…!!?
そうだ…!そんな事よりも、父さんに母さん、それにピカキチは…!?
「あ、あの。僕の…」
「亡くなったよ。」
「え ………?」
世界が真っ暗になった。
「…非常に言い難かったんだけどね。現実を受け入れて貰おうと思って、全てを見せたよ。」
「悪いが皆、本当の話さ。見ての通り、君の生命を維持させる為に特殊な手を施した。」
「君の両親は、最善を尽くして治療したんだが…手遅れだった。済まない。」
そんな。
「………うわぁぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ! ! ! 」
耳を塞ぎ絶叫し、外へ飛び出す僕。
ウツギ博士が止めようとした様だったが、今の僕には関係の無い話だった。
…一体、どれくらい走ったろうか。
自分の身体の事も考えず、只ひたすらに、狂った様に走り続けた。
頭が…付いていけない。
僕は…大切な人を護る事が出来なかった。
あの日、あれだけ決心したハズなのに…
名も知らない奴等に…家族を奪われてしまった。
……走っている内に、涙がとめどなく溢れてきた。
考えてみれば、今の僕は自分の姿に忠実だ。
人間とも、ポケモンともつかない奇妙な姿。
中途半端という言葉がふさわしい。
…護るだなんて、口ばかりだった僕を素のままに表している。
ワカバタウンの郊外まで来た時、僕は突然激しく咳き込み倒れた。
倒れる直前に、地面に赤い斑点が広がるのが見えた。
…ああ、僕って一応重体だったんだっけな。
でも、もう関係ないや。
護るべき人がいなくなった今、僕に生きる理由はない。
この人間とポケモンの争いが絶えない俗世…
護るべき大切な人がいるというのが、僕の唯一の生きる理由だった。
…あんなに生きたいと願った先刻の僕に比べると、皮肉なものだな。
折角繋げて貰った命を捨てようとしてるなんて。
段々と、目の前の景色がぼやけてくる。
死期が近いのだろう。
どうでもいいや。生きる理由すら見つからないし。
…でも…ウツギ博士には、本当に悪い事したなぁ…。折角助けて貰ったのに。
………死んだら、父さんや母さんやピカキチに…会えるかな……?
「あら、…どうしたんですか?」
突然の出来事に、声のした方向を向く。
人間…の少女……?
「って、大変!!どうしたの貴方!?血まみれじゃないの!」
血まみれ?
あ、よく見ると包帯から血が滲んでる。
少し地面が暖かく感じたのはこれか。
さっき走った時に傷口が開いたんだろうな。
「どうしよう!…と…とりあえず死なないでね!」
少女は僕を背負う。
見かけによらず凄い力だな……;
いや、ちょっと待ってよ。
僕は死ぬつもりなのに…今更助けられても困る。
「ね……ねぇちょっと…うっ!ゲホッ!!ゲホッ!!」
喋ろうとすると、たちまち激しく咳き込み吐血する。
「駄目だよ喋ったら!いいから黙ってて!」
いや、本当に困るよ…。助けられても、僕は……。
………。
人って…こんなに温かかったっけ?
そういえば僕は…護られるなんて事、意識した事が無かったなぁ…。
それにしても…この娘はどうして見ず知らずの僕を助けようとしてるのだろう?
…よく、わからないや。
でも、この娘の背中は、何もかも忘れてしまう程心地よい。
…急に眠たくなってきた。
今は全てを忘れて…眠ろう。
この娘に身を預けて。
続きを読む
戻る