第四章「ソフィアの慈しみ」
「………。」
「全く…君は何て無茶をするんだい。」
ウツギ博士の研究所のベッドで天井を見つめる僕。
どうやらまた命拾いしたらしい。
こう何度も死にかけると、流石に死が身近に感じてくる。
「…貴方は…何故僕を助けてくれたのですか?」
「へ?」
ウツギ博士が素っ頓狂な声を出す。
「…僕は別に、貴方の大切な人じゃないでしょう。
それなのに何故…僕を助けてくれたんですか?」
「簡単な事だよ。君が生きたいと願ったからさ。」
「……でも…。」
「別に人を助けるのに、理屈なんていらないだろう?
例え赤の他人だって…助けを求める人には、手をさしのべるさ。」
僕はウツギ博士の言葉がよくわからず、暫くうつむいて黙ってしまった。
何故見ず知らずの他人を懸命に救おうと思うのだろうか…。不思議でたまらない。
そうだ、僕を助けてくれたあの娘は…
「あの…、僕を此処まで運んでくれたのは、誰なんですか?」
「ああ、ワカバの郊外に住んでるソフィアちゃんか。
驚いたよ…。何せ血まみれの君を背負って来るんだもん。」
「…ワカバ郊外のソフィアさん…ですか。わかりました。」
僕はとりあえずお礼を言いに行く為、ベッドを立つ。
まだ身体が痛むが、そうも言ってられない。
「ちょっと待ちなさいレイディオ君。」
「…なんですか?」
「死ぬなんて、絶対に考えちゃいけないよ。これから何があろうと、ね。」
「……、…はい。」
僕はウツギ博士に有り難うと言い残し、研究所を後にした。
風が気持ちいい。
…落ち着いて外を見たのは、久しぶりな気がする。
本来、僕が見るハズの無かった外の世界。
また此処に戻ってこれたのは、果たして幸か不幸か…。
…不幸かな。
今思い返しても…後悔ばかりだ。
あの時の僕に力さえあれば…こんな事には…。
気付けば、もう僕の足は目的地に着いていた。
何処にでも見られそうな、ごく普通の一軒家。
何故郊外に建てているのだろう…。
家のチャイムを鳴らすと、僕の恩人のソフィアさんが顔を出した。
「あら、貴方は…。」
「…どうも、こんにちは。」
人に会うにしては暗い面持ちで、僕はソフィアさんに挨拶する。
「傷は大丈夫なの?かなり重傷だったみたいだけど…。」
「はい。なんとか歩ける様にはなりましたから…。」
ソフィアさんは僕の事を、本当に大丈夫なのかという目で凝視していたが、暫くすると家に上がっていけと諭した。
正直立っているのも辛いが、恩人となれば話は別。
人にはきちんと誠意を見せるのが、僕の礼儀だからね。
フードを目深に被っている為、僕の耳には気づいていない様だ。
こんな物見せたら叫ばれるに違いない。
さっき倒れた時にフードを被ってて良かったと、心から思う。
「今、お茶を持ってくるから。」
「あ、いえ。お構いなく。」
僕の言葉も空しく、ソフィアさんはお茶の用意をしてくれている。
…家の中を見回してみる。家具の数からして一人暮らしらしいが、家は広い。
単に家具が少ないだけで、家族で暮らしてるのかな…?
暫くして、ソフィアさんが紅茶を持って戻って来る。
「貴方、一体どうしてあんな所で倒れてたの?」
「……すみません。あまり口にしたくないです。」
口籠る僕の事を察して、ソフィアさんはそれ以上追求しなかった。
空気を読める人で助かったよ。
「…そう。まあ、人には口にしたくない事もあるわよね。
ていうか貴方、室内にいるんならフードくらい外しなさいよ。」
「―――ッ!!駄目です駄目です!これだけは駄目です!」
必死にフードを押さえる僕を見て、ソフィアさんが不思議そうな顔をしたが無理はない。
「…あ、そういえばソフィアさんは、一人暮らしですか?」
話題をフードから離す為、何気なくその事を聞いてみた。
「うん。…元々、家族で住んでたんだけどね。皆殺されちゃった。」
「………あ」
それを聞いて、僕は思わず声を出してしまった。
…僕と…同じだ。
「何でも、ネオだか何だか名乗ってた連中だったわ。
…ポケモンと人間を2で割ったような、奇妙な連中よ。」
「奇妙な…連中…?」
僕の脳裏に沸々と蘇る記憶。
トキワの森を襲って、僕の家族を皆殺しにしたのも、そんな感じの連中だ。
丁度、今の僕の様な…
「………!!」
ソフィアさんが驚いた顔を見せる。
当然だろう。僕がフードを取ったのだから。
この人は…僕と同じ境遇だ。
そう思うと、本当の姿を見せる事に、不思議と抵抗は無くなった。
「貴方……、」
「隠してて…ごめんなさい。
貴方の家族を殺したのは、僕のような姿をした奴等でしょう?」
ソフィアさんが驚きのあまり黙っていたので、僕は話を続ける。
「こんな姿形をしてる僕を…信じてくれないでしょうが、
僕も貴方と同じく、ネオポケモンと名乗ってた連中に、家族を奪われました。」
ああ、僕何言ってんだろう…。
そんな事言っても、信じて貰えるハズないだろーに!
後悔の念から、僕は深くうつ向く。
…けど、ソフィアさんの僕を見る目は、
決して冷ややかで軽蔑する様な目ではなかった。
「貴方も、なの…?」
「…へ?」
哀しさを秘めているが、決して同情や単なる悲哀の目ではない。
不思議な目だ。
「…そう…。……貴方も、アイツ等に……。今まで寂しかったでしょう。」
「………。」
内心、凄く驚いた。
赤の他人である彼女が、僕の境遇を受け入れ、涙を流してくれている。
彼女の家族を殺した者達と、同じ姿の僕を受け入れてくれている。
「貴方が何故、そんな姿をしているのか解らないけど…
家族を失った人の気持ちは、痛い程解ってるつもり。」
「…哀しいでしょう。家族を失う痛みは…
身を斬られるよりも辛いわ。」
きっと僕は、相当疲れていたのだろう。
同じ境遇の人と心が通じ合えたという出来事に
胸が一杯になり、
大声をあげて泣いてしまった。
この人は、母さんみたいだな。
彼女は僕と、殆ど歳が変わらないハズなのに…。
僕の母さんの様に温かく、優しい目をしている。
何でこの人は、こんなに温かいのだろう。
この人に触れてゆく内に、僕の中に特別な感情が芽生えていった。
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