第九章「復讐心」


僕はすっかり警戒心を解いたのか、
少年に興味を持った。

それこそ、先程殺し合いをしていたのが嘘のようだ。



彼の名前は
リリー・バレンタイン。


先程のポケギアのラジオ放送の通り、
ヨシノシティを焼き払ったリザードのネオポケモンらしい。


…動機は本人によると、
世の中をすっかり荒廃させ、
自分の家族や親友を奪ったネオポケモン達の殲滅の為らしい。


「君、リリーって…。女の子みたいな名前だね。」


「女みてえな顔したテメェに言われたくねえよ。」




――リリー君も、僕やソフィアさんと同じ家族を奪われた人だったのか。




「テメェも組織絡みのネオと同類だと思っていたが…。
何とも不思議な野郎だな。」


「うん?君だって不思議君じゃないか。
犯罪者の刻印を押されている割には、
中々話せる様だし。」

「…ああ言えばこういう奴め。」
リリー君は唐突に立ち上がる。


「? どうしたの?」

「俺がテメェとこれ以上戯れ合う理由があんのか?
…興醒めだ。」


言うが早く、
リリー君は足早にキキョウシティ方面へと歩き出す。




「…また、貴方は沢山のネオポケモンを殺すつもりなの?」




ソフィアさんが突然不安気な顔でリリー君に問う。


「当たり前だろ。」
リリー君は平然と答え、再び歩み始める。


「待ちなさいよ。」


「あ?」


僕は我が目を疑った。それもそのハズ…
ソフィアさんがリリー君の前に立ち塞がっている。


「退け。人間の女。」

「…嫌よ!」


「…退かねぇんなら、俺にも考えがあるぞ。」



リリー君は腰の銃を取り出す。
僕は慌ててリリー君の後頭部を拳で思いっきりブン殴る。
先程の戦闘のダメージもあったのか、
避ける間もなく一発で伸びてしまった。



「全く…!何て危ない事してるんだソフィアさん!」


「…だって……。」




ソフィアさんの頬に一筋の涙が見えた。




……何というか、僕はどうかしていた様だ。

リリー君が言う、ネオポケモンの殲滅。


僕は少なからずそれに反論は無かった。


…相手は、僕の大切な人やパートナーを奪った憎き畜生。


そのせいか、
僕の中には未だに黒い物が渦巻いていた様だ。




「…ごめんねソフィアさん。
僕、どうかしてたよ。
相手が誰であれ…復讐は良くないよね。」




僕はソフィアさんをそっと抱きしめる。





…やっぱり、この人は強い人だなぁ。



同じ境遇なのに復讐に駆られる僕なんかとは違って、
本当に芯の強い人だ。






――場所は変わり、ヨシノシティ郊外の空き家――









「畜生――!
テメェ等、なにしやがる―ッ!!!」


「こうでもしなきゃ、
君はまた暴れ出すじゃないか。」


とりあえずリリー君は考えが変わるまで、
ヨシノ郊外の空き家でふんじばる事にした。
我ながら発想が鬼だと思う。


「ネオポケモンを殺して復讐するなんて…
そんな事考えちゃ駄目だよ!
悲しい思いをする人を、
貴方はこれ以上増やそうって言うの!?」


ソフィアさんが物凄い剣幕でリリー君に詰め寄った為、
流石のリリー君も怯む。


「……ッ!テメェ等に俺の何が解る!?」



「解るわよ!貴方の気持ちは!!」







暫しの沈黙が場を支配する。
が、間を置いてソフィアさんが再びリリー君に詰め寄る。


「両親や……大切な人を殺されたのは、貴方だけじゃない。
私だって、このラジオ君だって、貴方と同じ様に大切な人を奪われてるわ!」


「……何だと…?」


「…けど、復讐はまた悲しみを生むだけじゃない!
相手がどんなに酷い奴だろうが、同じ生き物なのよ!」



リリー君は、それっきりうつ向いたまま黙ってしまう。


「少し此処で反省してなさい!
…考えが変わるまでね!」




ソフィアさんは、
空き家の戸を乱暴に開けると外に出てゆく。

…どうも彼女には、母性とやらを感じてならない。
歳も殆ど変わらないのに、不思議だなぁ。


「…僕も彼女と出会わなかったら、
復讐の道に走ってたかもしれないんだ。」




僕はリリー君の隣に腰掛ける。




「…………。」


「…彼女、凄く強い人だと思うよ。
家族を殺されたっていうのに、
復讐なんて気持ちは未塵も無いもの。」





……あ。






そういえば、ソフィアさんを追わないといけないな。
何処へ行ったんだろうか?
とりあえず僕は立ち上がる。


「君と同類の僕からは何も言えないけど、
やっぱり僕達は変わっていくべきなのかもね。」




ソフィアさんの後を追う様に、
僕も空き家を後にする。













「…こんな所にいたんだね。」


僕は暫くして、
近くの草原に腰掛けているソフィアさんを見つける。


「うん。
……ちょっと考え事してた。」


僕もソフィアさんの隣に腰掛ける。


「…何だか、生きるって難しいね。
僕も君もリリー君も、
同じ境遇なのに皆バラバラで…。」



「……うん。
でも、リリー君はきっと解ってくれると思うよ。
彼、そんなに冷たい人じゃないもの。」



僕はそれを聞き、ふふっと笑む。



「そうだね。…同じ境遇なら、
今はバラバラでもきっと解り合えるよね。」




僕がそう言った直後だった。






――突如僕達の目の前に降りる人影――






「や。いいお天気で。」

僕達の目の前に降り立った男は、
ひらひらと片手を振る。


「……!?」


「…あ、ゴメンゴメン;
脅かしちゃったかな?」


男は目深に被った笠を取る。
目の辺りの黒ずみ、ぴんと立った髪。
どうやら人間では無いらしい。




――カモネギ。それに近い特徴をしている所から、
ネオポケモンらしい。



「いやー、ちょいと君達に聞きたい事があるんだよなぁ。」


男は頭を掻きながら喋りかける。


「何ですか?」



「コイツの事知ってる?」



男が懐から取り出し見せたのは、
似顔絵の様だ。その顔の主は




――紛れも無くリリー君だ。





「(ソ、ソフィアさん…これってまさか…)」


「(う、うん…。リリー君、だよね…)」


僕とソフィアさんのコソコソしたやり取りを見た男は、
ニッと笑む。


「何だ、知ってる様だね♪」



「「………!!?」」


流石ネオだけある…。
この人、聴覚にもスキが無いな。
しまった!と思った時にはもう遅かった。


「俺ねぇ、組織の命令でコイツ殺しに来たのよ。」





殺しに、か…。
どうやらこの男はあまり好ましくないな。


「嫌って言ったらどうします?」
ソフィアさんが男に問う。
「ん?……君達に“嫌”だなんて選択権は無いよ。」


男は背負っていた葱(ネギ)を取り出す。


「大人しく答えて欲しいな。血ィ見るよ?」


「血を見るのはご免ですね。」



僕は渋々立ち上がる。


「ふんじばる相手が増えただけです。」


「あぁ、そっか…。交渉決裂ね。」




男は葱を手前に構え、
ぞっとする様な冷笑を顔に浮かべる。




「自己紹介が遅れたね。
…ポケモン協会軍事本部『反逆者殲滅担当兵』の
イズモと申します。今後ともごひいきに♪」













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