第十章「万能葱」
ポケモン協会…?
軍部…?
…嫌な予感がする。
ポケモン協会は、確か人間が運営していたハズだ。
ジムリーダー制度にリーグ制度、
ポケモンバトルの公式ルールの制定等、
ポケモンに関してはありとあらゆる事に関わっている。
考えられる事は一つ。
ネオポケモンが力によって台頭を握った事。
まさかとは思ったけど、これが有力だろう。
考えてみると、ウツギ博士もネオポケモンの手が
協会にも行き届き始めているという事をほのめかしていた。
「…今の協会に、人は就任しているんですか?」
「んーや。俺達ネオが100%占めてますが。」
男はさも楽しそうに葱を構えている。
やっぱりネオポケモンが完全に台頭を握っている様だ。
「世間知らずだなぁ少年も。何処の昔から来たんだね。」
「…随分失礼な人ですね。」
僕は男に飛び掛かる。
「僕はちゃんとした現代っ子ですよっ!」
声と共に地を踏みしめ、
本能的に力点となる腰に電気を送り込む。
油断していたせいか、男は気持ちの良い位ふっ飛んでゆく。
「ラジオ君!」
「ソフィアさん!
…リリー君を縛っている空き家に隠れてて!」
「でも…」
「いいから!早く!」
半ば強引にソフィアさんを避難させる。
言い方が強過ぎたと思うが、
悪いけど今は気にしてられない。
相手は仮にも協会絡みのネオポケモン。
戦闘中にソフィアさんに危害が及ぶケースも十二分に考えられる。
「あぁーっ痛たたたた…」
気の抜けた声を出して男が身体を起こす。
近くの木がへし折れている様子から、
投げられた際に近くの木にぶつかった様だ。
…の、割には随分平気そうだなぁ…。
「やれやれ。
少年も可愛い顔して中々やってくれるじゃないか。
結構痛かったよ…。
腰痛は元々酷い方でさ。」
……さっきから正眼に構えた葱といい、
緊張感の無さといい…。
この人は本気でリリー君を殺しに来てるのかな?
「腰痛なら、僕の電気治療がいいかと思いますよ?」
とっととケリをつける為、
僕は男との距離を詰め【10万ボルト】を流しにかかる。
「ははっ、参ったな…。
高圧電流は御免だよ?少年。」
突然脇腹に激痛が走る。
激痛を抑える為脇腹をかばうと、
掌から赤い液が滴り落ちる。
…まさか、葱で斬られたのか…!?
「俺の特能『超万能化』によって強化した葱は、
どっちかと言うと包丁で切るよりも食材を切る側の葱だな。
ははっ、変わっているだろ?」
ッ……。そんな万能過ぎる葱も困り物だなぁ。
人殺しの葱で作った料理ならさぞ不味かろうね。
…幸い傷は浅い。
出血量も大した事が無いから動きに支障は無い。
「…万能過ぎるってのも困りますね。」
「ま、確かになぁ。
男の子も多少ならず欠点があった方が可愛い。
勉強の出来ない元気っ子なんて、
ど真ん中ストライクゾーンさ。」
……!!?
…今、何て?
……男の子?
「いやー、良く見ると君可愛いねー。
名前教えてくれる?
やっぱし殺し合い止めて、お兄さんと楽しい事しないか?」
…この人…、
世間で言う『ショタコン』らしい。
噂には聞いていたが、
そういう人種を見た事が無かったせいか寒気がする。
「…僕忙しいんで。 丁 重 にお断り致します。」
「ちぇ。…連れないなぁッ!」
言い終わるが早く、
男の【辻斬り】が僕の腕をかすめる。
とっさに避けたから良かったものの、
避けなければ胴体ごと真っ二つだったかもしれない。
普通の刃物なら、胴体ごと持っていかれはしないだろうが
相手の葱は刀状の刃物よりも鎌に近い。
切り傷を与えるというよりも、
相手を完全に切断するのに特化している鎌は
一撃必殺の攻撃力を持つ。
…成程。
それを踏まえて万能葱か。
「お硬い子は嫌われるぜ?」
「別に好かれたくないです。」
「んーっ、やっぱ可愛いね君。」
…いや。万能とは言えども、
鎌状の刃物には致命的な欠点がある。
それは『刺突』能力が無い事。
曲がった形状の刃物は切断する面では重宝するだろうけど、
相手を刺す事に関しては全く特化していない。
むしろ、刺すという能力自体皆無に等しい。
…当たれば只じゃすまないけど、
振り上げる際の隙を狙って懐に飛び込めば、
充分に勝機はある。
「残念でしたね!その葱…
完全には万能じゃなかった様ですよ!」
「ん?」
クラウチングの態勢になり、
アキレス健に膨大な量の電気を溜める。
「貴方が葱を振り上げる際の隙!
その時間さえあれば……!」
脚に溜めた電気を解放し、
【電光石火】で男に接近する。
「完全に万能じゃない、か。
…読み誤ったな少年。」
男に掴みかかろうとした瞬間、
脚に強烈な違和感が走った。
何かが突き刺さる感じ…。
脚元を見てみると、
太股の辺りに鎌状『だった』葱が突き刺さっている。
「ッッ………!!?」
一瞬の出来事で何が起きたのか把握するのに時間がかかったが、
その時間に比例してじわじわと脚の痛みが増してきた。
…今の男の持っている葱は、
紛れも無い槍状になっている。
槍の特性は、斬るのには特化していないが、
相手を刺すのに特化しているという鎌とは真逆の特性を併せ持つ。
「俺が何故葱を使うか解るか、少年よ。」
男は再び葱を鎌状に戻す。
「『超万能化』の能力には、
手にした棒状の道具を硬質化するという力がある。
…裏を返せば、
俺の葱は能力さえ使わなきゃ柔らかい普通の万能葱って訳さ。」
男が葱の切っ先に指を引っ掛けると、
能力を解いたせいか葱がぐにゃりと曲がる。
「能力の使い分けをしながら硬度を操る事によって、
俺の葱は千差万別に姿を変える。
だから俺はティッシュにさえ殺傷能力を宿せるぜ?」
…いよいよ隙の無い能力だなぁ…。
脚を思いっきり刺されて、
満足に動く事も出来ない。
こうなったら…最後の手段だ。
「『特能』を使えるのが…
自分だけだと思ったら大間違いですよ!」
あの時手にした感覚を元に、
自らの電気を鎖状に変えて、硬度を持たせる。
「特能発動!!」
僕の叫びと同時に、
電気が完全な鎖に変わる。
この能力についてはあまり解らないけど、
恐らく電気の硬質化にあるハズだ。
いわゆる『電気タイプと鋼タイプを併用させる』能力。
相手に直接触れる事によって電気を流す直接戦闘型の僕にとっては、
唯一の遠距離攻撃の手段とも言える。
「ふむ。電気の鎖…か。面白い能力を使うじゃないか。」
僕の雷鎖は、バチバチと派手な音を立てて持ち上がる。
「これで条件はフェアですよ…。」
「どうかな?少年も中々手傷を負っている様だが…。」
確かに男の言う通りだ。
脇腹を斬られ、太股を刺され…。
決して良い体裁とは言えないだろう。
「全く残念だよ。
君中々可愛いかったのにね。
死体にするには惜しすぎるよ。」
「…貴方みたいな変態の手にかかって死ぬんなら、
死んでも死にきれませんよ。」
鎌状の葱を構える相手。
雷鎖を発射できる様に構える僕。
…下手に突っ込んでも、
槍状の葱が僕を貫くだろう。
全身を貫かれれば100%お陀仏だ。
「なら…鎖で貴方を縛り上げるまで!」
「出来るモノなら、な。少年。」
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