第十一章「天秤」

「…………。」

此処はヨシノシティ郊外の空き家。
柱に頑丈に縛り付けられている少年が一人。
「……はぁ。
何だってんだよあの野郎共……。」

少年は柱に寄り掛り、大きな溜め息をつく。
そして天井を見つめる。
…そうして少年が暇を潰している矢先、
少女が慌ただしく空き家に入って来る。

「あっ！やっぱり居た！」

「テメー等に縛り付けられたんだろうがっ！」

少年は憤りを隠せない様子で怒鳴る。

「そんな事よりリリー君！
ラジオ君が危ないの！」


「………ラジオ？
…ああ、あの女顔のピカチュウのネオか。」
少年は鼻を鳴らし、如何にも興味無さ気に顔を背ける。


「…で？」


「で？って…！
その鎖ほどいてあげるから、
助けに行ってあげてよ！」

「……あのなぁ…。
…俺に野郎を助けに行く理由があんのか？人間。」

少年の言葉に、少女…ソフィアはたじろぐ。
確かに少年の言う通り。
彼がレイディオを助けに行く理由はこれっぽちも無い。

「……でも！」

「あ？」

「同じ境遇の…！
同じ境遇の仲間じゃない私達！！」

少女の激昂に、
今度は少年が口をつぐむ。

「貴方も親を…ネオポケモンに奪われたんでしょう！？」

「…………。」

少年は未だ押し黙る。
彼女の剣幕に押されたかどうかは定かでは無い。

「私だって彼…ラジオ君だって…！
貴方と同じ境遇なのよ！」






「…仮に、だ。」



少年が突然口を開く。

「……？」

「俺がテメェの連れを助ける為に、
相手を殺したら…どうするよ。」

少女はそれに対し躊躇無く答える。

「今の私は、少なくとも貴方を信じたい。
同じ境遇なら、きっと私と気持ちが通じ合えるって思いたい。
…だから…！」

……。
少年は目を閉じ、一つ大きな溜め息を吐く。

「もういい。」


一言言い残し、少年は閉じていた目を開ける。



「……女。鎖ほどきな。」







――俺は大切な人達に、
必要な存在とされてきた。

勿論、俺はそれが誇りだった。






――だが。突然奪われた平穏と、
俺の『誇り』。
この日を境に、俺は自分を捨てた。
見るも無惨にネオポケモンに殺られた俺の親、友達。


…ネオポケモンに反抗した者の末路…だったらしい。


俺は涙が枯れるまで泣き明かした。
涙が枯れた後の沸々と湧く怒り、憎しみ、

…復讐心。

俺はそれに完全に駆られた。
手始めに重機に手を出し、
自分の戦闘スタイルを凶悪に確立させていった。
相手を確実に殺れる様にと、
拳銃までも手に取った。


…俺は人間を捨て、
ポケモンを捨て、
更にはネオである事さえ捨てた。


俺は鬼になった。


各地を渡り歩き、
ネオポケモンを殺し回っている凶悪犯
リリー・バレンタインとして、
俺は確立されていった。



…それが、
俺に出来る殺された同胞に対する慰め。
今まで、独りでずっとそう思ってた。


雨の日も、


凍える様な寒い日でも、


いつの日も。


鬼である俺の信念は決して揺るがなかった。


…だが……。



…だが、コイツ等は違った。
家族を殺された、
弱そうな俺の同類とやら。

ちびっこい癖に、虚勢を張り信念を示す、
俺と同じ境遇の人間の女。

女みてぇなツラでひょろい癖に、
ソイツを必死に護ろうとする、
同じく家族を殺されたネオ。

…正直、変わってると思った。大いに。



…何故、俺の様に復讐に駆られ鬼とならない。

何故親や親友を殺した相手に慈悲を掛けられる。

必要すら無いはずだ。








「…ラジオ。テメェが相手に掛けるのは、慈悲か？」


目の前で膝を付いているネオに問う。
葱を持った妙な野郎…
コイツに身体を斬られたらしい。
手にしている鎖は、力無く垂れている。

「…やあ。探したよリリー・バレンタイン。
自分から来てくれるとはね。」

血塗れの葱を構える男は、
俺を見るなり嫌な笑みを浮かべる。

「リリー君！？…一体、どうやって…！？」
「いいから答えろ！」


俺は怒鳴り声をあげる。
ラジオは驚いた顔をしているが、
やがてうつ向いたまま答える。



「……。
……慈悲じゃ、ないさ。」


「……じゃあ何だ？」

「僕は家族を殺された時。
…怒りよりも、
何よりも哀しかったんだ。」


「…哀しかった、だと？」


「うん。とても哀しかった。
…死にたいってさえ思った。
でも、僕の大切な人…
ソフィアさんが、僕を闇から救い出してくれた。」




「…………。」




「君は笑うかもしれないね。
…でも、言った通り。
ソフィアさんが僕を救い出してくれなければ、
僕は復讐に駆られていた。

君と同じく…
哀しみと同じ程、奴等が憎かった。」



「…なら、何故復讐に駆られなかった？
あの女の言い付けだからか？」


「違う。」


ラジオは否定する。


「…僕はソフィアさんに教えられて気付かされたんだ。
護るって意味を、さ。」





……護る事の、意味？






「これ以上、世界中で僕と同じ思いを増やしたくない。
…敵味方無く、僕は皆救ってあげたい。そう思った。」

「………。
…ハッ。
とんだ偽善だな。」

「構わないさ。」



満身創痍の身体でラジオは立ち上がる。


「僕は、護る側の人間になるって決めたもの。
ソフィアさんや、世界中の人達。
……この背負った思いを、口だけで終わらせやしない。


例えこの身が朽ち果てても……！」

「僕は護る為に戦う！！」





響く鎖の轟音。迎え討つは葱野郎。

「…少年。君は立派だな。
……けど……」

葱野郎は鎖を縦に両断する。
羊羹を斬るかの如く、軽々と。

「気負いだけではどうにも出来ない事もある。
…俺の勝ちだ。少年。」


葱野郎が言い放ち、葱を振り上げた刹那。

俺の拳銃が火を吹き、葱野郎の右腕を銃弾が貫く。

「………。」

「その辺にしておけ。
テメェの目的は俺だろ？」

葱野郎は右腕をかばいながら俺を見る。


「…リリー・バレンタイン。
あの少年に感化でもされたのか？」


「…早ぇ話。俺の言う『復讐』という動機と
、コイツの言う『護る』って意味を天秤に掛けただけだ。」


未だ煙を吹く拳銃の銃口。
それを向ける俺に対し、葱野郎はフッと笑いかける。


「…そうか。君は復讐よりも、
護る事に重みを持ったか。」

葱野郎は、
葱を腰のサヤに刺す。
「やれやれ…俺もヤキが回ったモンだよ。
標的を見逃すなんてね。ハハッ…。」

首を鳴らし、面倒臭そうに葱野郎は笠を被る。

「俺は一旦退かせて貰おうか。
そこの少年と、
リリー・バレンタイン。
お前に免じてな。…中々楽しかったよ。
また機会が有れば会おう。」


葱野郎は腕から羽根を生やし、
心無しか満足そうにカントーの方向へ飛んで行った。

…どうやら俺達は、一山越える事を出来た様だ。




「おい、立てるか？」
「…あ、うん。」

俺はラジオの手を引くが、
ヨロヨロとふらついて見てられん。
よく見ると、抑えている脇腹から結構出血してやがる。
脚からもだ。


…仕方無ぇなぁ…


この軟弱野郎が。
とりあえず、俺はコイツを背負う事にした。
「有り難う…。何か急に疲れちゃって。」

「あんだけ斬られりゃ当たり前だろ。」

あの時何も考えずに空き家を飛び出したから、
女を置いて来ちまった。

…とりあえず、元来た道を戻るか。

「君さ。
あの人の事、殺そうとしなかったね。」

「まあな。」

「……何か、嬉しいよ。」



「………は？」


「いや、ね。
やっぱり君って悪い人じゃないなーって思ってさ。」


「……気色悪い奴。」

口ではそう言ったが、実際そんなに気分は悪く無い。

…俺は不器用な男だ。

きっとこれからも何が間違っているか解らないまま、

間違った生き方をしていくだろう。

けれど、俺を同士と呼び必要としてくれるコイツ等なら……

きっと、俺の事を不器用に正してくれる。

復讐に駆られた俺を更生してくれた今の様に。


――ふと、そう思ったんだよな。


……そういや此処最近、全然笑う事なかったなぁ…。


「…？何笑ってるの？」

「うるせーよ馬鹿。」
小雨の降る草原を歩いていると、
目の前に人影が見える。
手を振っているソイツは…俺達に駆け寄って来た。













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