第十五章「オダマキ アメジスト」

「お兄ちゃん、何してんの〜?」

「ん?これかい?」

此処に来てから半日。
辺りはすっかり夕焼けの赤色に綺麗に染まってきている。

「今、夕焼け空の絵を描いていたんだ。」

僕はスケッチブックの絵を男の子に見せる。
昔から絵を描くのは好きな方だ。

「へぇ〜…。上手いねお兄ちゃん!」

「ははは。ありがとね。」

向こうではソフィアさんが女の子達と色々話していたり、
リリー君がからかわれている。
リリー君も凄みをきかせて子供達を睨んでいるが、
逆に面白がられている。可哀想に。











「…子供達は、皆寝入った様ですね。」


時は9時。
良い子は寝る時間とも言える。

…あれから子供達と僕達は食事を済まし、
思い思いにくつろいでいた。


「子供達があんなに嬉しそうだったのも久しぶりデース。
今日は本当に有り難うございますデース。」

「いえいえ、とんでもないですよ。
僕達も泊めて貰ってる身ですし…。」

「そうですよv それに私、
子供好きですから私も楽しませて頂きましたよ。」

リリー君は疲れたのか、奥の部屋で熟睡している。
イビキが五月蝿い…。殴ろうかな?
いや、また脇腹を蹴られたら困る。

「それは良かったデース。
…では、私もそろそろお休みさせて貰うデース。」

「あ、お休みなさーい。」

ジョバンニさんも就寝の為、奥の部屋へと戻ってゆく。
勿論くるくる回りながら。

「ふー…。タダで宿が借りれるなんてラッキーだったよね。」

「そうだね〜。お人好しなんだね、ジョバンニさん。」

僕とソフィアさんは座っているソファーに深く腰掛ける。
ちょっと埃っぽいけど…。

「…ね、ソフィアさん。
幸せって何だと思う?」

「幸せ?
…どしたのラジオ君?急に。」

「いや、只何と無く。」




「幸せ、ねぇ…。
やっぱり、その人によるんじゃないかな?」

その人による、かぁ…。
幸せってモノは、人の数だけあるのかなぁ…。

…僕だけの幸せ、

…リリー君だけの幸せ、

…ソフィアさんだけの幸せ…。




「ねぇ、ソフィアさんの言う幸せってのは…」

「………Zzz………。」

ぁ、寝てる。
…疲れてたのかな?ソフィアさんも…。
とりあえず僕はソファーで寝てるソフィアさんに薄布団を掛ける。
…皆寝入った様だけど、僕は全然眠くないなぁ…。


気分を紛らわす為に、散歩にでも行って来よっか。








「………。
アメジスト様。標的は外出した様デース。」

『OK。ご苦労さん。』

「……いえ。只…。」

『…ん?』

「いえ。何でも無いデース。」

『そっか。なら通信切るから。』


ブツッという音と共に、通信が切られる。



「……………。」

「……私は……。
本当にこんな事をしていて良いのでしょうか……。」











「…月が綺麗だなぁ…。
絵に描こうかなぁ?こんなに月が綺麗なのも珍しいし…。」

今僕は、ジョバンニさんの塾の近くのキキョウ公園通りを散歩している。
…キキョウシティはジョウトでも賑やかな方だけど、
此処は割りと静かな地域だ。
夜特有の車の騒音が聞こえないから、
落ち着いた散歩も出来る。



…それにしても、なんだかんだやっぱり気になるなぁ…。



ジョバンニさんは何で僕達をすんなり泊めてくれたんだろう…。



「…深緑のコートに、金髪…。
ピカチュウのネオポケモン。
レイディオ・デ・トキワグローブ。」

唐突にする後ろからの声に、僕は振り返る。


…後ろには紫色の瞳を光らせた少年。頭に巻いた黒いバンダナに、
瞳と同じ様に少し紫掛った白髪。

「うん。情報通り。」

「……?僕に何の用ですか…?」

「……用?一つしか無いだろう?」

瞬間、衝撃。僕は少年に蹴られ、派手に吹っ飛ぶ。


「ッッ………!!?げほッ!!」

胸をまともに蹴られ、
息が詰まり咳込む僕に少年は近付く。

「今晩は。そして、初めまして。
レイディオ・デ・トキワグローブ。」

「うっ…!ゴホッ、ゴホッ!
………君は………」

「アメジスト。オダマキ アメジストって言う名前。
…俺、お前を殺しに来たんだ。」

…僕を殺しに…!?
前に来た協会の葱男の仲間か…!?


「ッ…!僕も易々と殺される訳にはいきませんよ…!」

口元の血を拭い、立ち上がる。
…相手はその強靭な脚、
手足のかぎつめの特徴から、
ワカシャモのネオだろう。
脚の毛が紫色をしている事から、色違いかも知れない。


「…『雷鎖』!!」


僕の一声と共に、雷を帯びた鎖が出現する。

これは僕の特能『雷鎖(グレイヴ)』。

特徴をまとめると、雷の一部を硬質化させ、
鎖状にする事によって技に鋼タイプの特性を宿せるモノらしい。

「………。」

少年は無言で大地を蹴り、僕に一瞬で近付く。
その動作は既に『移動』というレベルでは無い。
…『飛ぶ』という動作に近い。
僕はとっさに身を翻し、
鎖を拳状に変形させて少年の左脚の蹴りを受け止める。
が、次の動作。脚は一本だけでは無い。
爆音と共に少年の右脚が持ち上がり、僕の脇腹を捉える。

「いっ!!」

「……こんなモンか。」

再び蹴られ、地面を擦りながら僕は吹き飛ぶ。
…少年は、興が醒めた表情で佇んで僕を見ている。

「…お前、ネオポケモンの『戦闘』ってモンを根本的に解ってないでしょ。」

…ネオポケモンの、戦闘…?

「俺達の戦闘は、特能を基本型として成る。
ポケモンの持つ特性って奴は、元々は完全な戦闘向きでは無いからね。
…だが、特能は違う。」

少年は片脚を上げた構えを取る。

「特能はネオポケモンのみが体得出来る、純粋な戦闘能力。
…特能同士の相性を読めない奴は、
自ずから戦闘能力を削っているのと同じだ。」

何を言っているのかさっぱり解らない…。
特能の、相性…?

…少年の身体が薄紫に光る。
光が身体に吸い込まれる様に消えると、少年は構えを解く。

「…来ないなら、こっちから行きますよ!」

僕は反撃に移る。脚に電気を溜め、
電光石火の要領で解放し爆発的なスピードで少年に接近し、雷パンチを叩き込む。



「お前、俺と戦闘タイプ似てんね。特能は違う様だけど。」

「………!?」

過去に大男を吹き飛ばした事のある僕の雷パンチは、
少年に簡単に受け止められている。

「電気を身体に溜め、解放する事によって爆発的な運動能力を得る。
ピカチュウの攻撃方法の典型だわな。
…俺は、電気じゃなく炎を媒体にしてるんだよね。」

少年は片脚を軸にし、もう一方の片脚を振り被る。
ワカシャモの戦闘形式は、主に脚技中心で敵を沈める
言わば『直接戦闘型』。

「【二度蹴り灼式】!」

少年の脚から紫色の炎が吹き出る。
僕は素早く少年の脚を鎖で封じ、近くの茂みに投げ飛ばす。


…例え相手が僕と同じ身体能力を強化出来る能力としても、
僕の方に分があるハズだ。
電気は光の速さで全身を駆け巡り、
筋力の活性化だけでは無く『情報』を脳髄に伝える事が出来る。
目で見て物事を判断するのでは無く、
脳の神経に伝わる電気により直感的に動く事が可能だ。

反面、炎には相応の破壊力はあっても伝達手段は皆無に等しい。
炎ポケモンは体内爆発で攻撃力を生む種が居る。
ワカシャモもその種類だ。
心臓のポンプの様な要領。
炎による体内爆発で一瞬で力を引き出し、爆発的な力を得る。
電気伝達は炎程のパワーは得られないケド、
炎には無い高速の反射神経を持っている。

…なら、カウンターを狙って攻撃するのが一番だ!



少年は再び地面を蹴り、僕に飛び掛かる。
僕は意識を一点に集中し、相手を迎撃出来る態勢に入る。

「おいおい。…随分と余裕だね。」

少年はそう言うと、炎を纏った蹴りを放つ。
僕が集中を込めた一点、それは『眼』。
電気伝達によって金色に目が光る。
少年の蹴りが眼前に迫る。

…けど、今の僕にはまるで遅過ぎる。
スローモーションの様に蹴りは迫る。

直感的に僕は右拳を振り上げ、
少年の顔面を渾身の力で殴りつける。
轟音と共に地面に亀裂が走り、少年が地に沈む。



……………。



砂埃が立ち込め、辺りを静寂が包む。


…どうやら、難無く勝てた様だ。

「……、はぁ……。」

一頻り戦闘を終えた僕は、地面にへたり込む。




「特能発動。
『焼夷砲ディープ・パープル』。」




唐突に亀裂の入った大地から声がする、
と思った時には既に遅かった。
紫色の爆炎が身を包み、暴力的なまでの衝撃で僕は吹き飛ぶ。

「ッ………がっ………!!?」

「気付こうよ。俺はまだ特能を発動させて無かった、てよ。」

少年は口元の血を拭い佇む。


…まだ、一山越えなければいけないみたいだな……!













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