第十七章「ソイツハ ツヨイノ?」

「いい加減わざわざ出向くこちらの身にもなって欲しい。」

只前のみを見つめ薄暗い灰色の回廊を足早に歩く、
背の高い男が口を開く。
その長身は2mを遥かに上回る程高い。
漆黒の如く黒いローブを羽織り、その表情には一切の形が無く青白い。

形容すれば、死人の顔というのが良く似合う。

「まーちょいと我が儘な所が玉に傷ッスからねぇ。
顔は可愛いくせに。」

慌ただしく男について歩みを進めている男が答える。
滅茶苦茶に枝毛の飛び出た頭をぼりぼりと掻きながら愛想笑いを絶やさない所を見ると、
ローブの男とは対象の存在にあるのが伺える。
髪型からしても一見物臭そうに見えるこの男、
だがその身を包む清楚なダークスーツからは、
髄からの怠惰というイメージは一切感じさせない。

「ちゃーんと看守の野郎には伝えてたんスけどね。
事務室まで連れて来るように。」

「真人間に務まる相手だと思っているのか。」

「ひひ。もしかして死んでるかもしれねーッス。」

ローブの男の殺気立った視線に耐えかね、枝毛の男は軽く
「冗談スよ」と会釈する。
その間にさっさと目的の場所へと歩みを進めるローブの男を尻目に、
悪戯に冗談を言うものじゃなかったとばかりに枝毛は溜め息を漏らす。


――同時刻。


此処は先程の回廊から離れた場所にある鉄牢。
風景は相も変わらず陰気臭さを秘める灰色で染まっている。


…が、垣間見せる場の『空気』の重みが圧倒的に違う。


「…………。」


目の前の看守を凄む様な目付きで射抜く少女。
灰色の背景に本来馴染む事のない『赤』。
高地に腰を下ろし佇む少女の長い髪はその眩い赤色そのものだが、
返り血のせいか鈍い紅色に輝き、その頭髪は周囲の薄暗い背景と不気味なまでに調和している。

少女に睨まれた看守の男は、白目を向き昇天している。
無理も無い。


…少女が腰掛ける高地は、人の山。
否、『元』人の山と言うにふさわしい。

山の様な赤黒い肉塊は、まるでメッタ斬りにされたの如く痛々しく積み重なり、
気味の悪い高地を作っている。

「……何で人間ってこんなに脆いんだろう。」

溜め息混じりに少女が呟き、
肉塊の高地から降り昇天している看守に近付く。

「人間は嫌い。
脆い癖に生意気で、生意気な癖にすぐ命を乞う。」

言うが早く少女は右手を光らせる。
その右手の光は物が発光すると言うよりも、
金属の光沢が鈍く輝くという表現がふさわしい。
看守に向かい少女が歩みを進める度、
鋭い金属音が辺りに鳴り響く。

「遊び足りなかったか?」

が、その金属音は漆黒のローブの男によって阻まれる。

「………。つまんない。」

右手を掴む男に対し、少女は一つ溜め息混じりに呟く。

「おやおや、看守が死んでるのは満更冗談でも無かったッスねぇ!
…ジルちゃん。随分とオイタが過ぎた様ッスねぇー。
ふっひひひ、思春期?若かりし華の13歳ってか?」

小五月蝿いマシンガントークと共に枝毛の男が後から牢に顔を出す。
が、顔を出した瞬間に少女、ジルは男の右足の太股を槍の様な物で貫く。
右足を押さえ転げ回る男をジルは追い討ちをかけるかの如くきつく睨みつける。
が、ローブの男は如何せん興味無さげに視線を外す。
恐らく一連の行為は、日常的に行われている『オイタ』らしい。

「俺は我慢をしろと言ったはずだ。」

「だって暇なんだもん。」

幾人もの看守の命を奪った自らの両掌を少女は見つめる。

「今日は随分と態度が悪いなジル。
一ヶ月追加で牢にぶち込んでも構わないのだが。」

「あっ!ごめんなさい…。
もう規則は破りません。牢の生活はもう嫌です。
だから許して下さいラルフさん。」

監禁生活の話題を出すと、余程恐ろしいのか慌ててローブの男…ラルフに謝を入れる。

「ふひひ。誰だって薄暗い牢の中は嫌ッスもんねぇ。」

隅では先程まで転げ回っていた奴がもう早起き上がり、衣服の埃をはらっていた。
未だ愛想笑いを崩さないのには相手を小馬鹿にしている印象が伺える。

ジルに睨まれ初めて両手を上げ、如何にも
『すみません』のポーズをとるが、正直相手にするだけ無駄だと悟ったのかジルは早々に視線を外す。

「そう肩を落とすな。
今日はお前に久しぶりの『暇潰し』とやらを持って来ただけだ。」

それを聞き、途端にジルは目を輝かせる。

「此処から5時の方角350qに位置する『キングダムコガネ』。
お前にはそこで一仕事して貰う。」

言い終えると同時にラルフは袖から一枚の写真を取り出し、ジルの目の前に差し出す。

「ポケモン収集家のマサキ。一昔前までは少々名の知れた男だったが、実業を息子に継がせ今では隠居している。」

「……ねぇ。ソイツって退屈?」

「コイツ自体は真人間。
お前の暇潰しの神経では『問題外』のレベルだろうな。」

目の前の人間の写真について『退屈』か否かを問う少女。
それに答える長身の男。
中々妙なやり取りだが、それこそが彼等…
『ネオ』特有のやり取りなのだろう。
同族以外の理解を一切に必要としない究極の生命体の本性の1シーンとでも言うべきか。

ラルフの返答にジルは頬を膨らまし、むくれてしまう。
「むっ。じゃあ暇潰しって言わないよ。
私は強い奴殺したいの。人間やポケモンなんて脆い奴等知らないよーだ。」

「…話は最後まで聞け餓鬼。」

ラルフがネオ特有の狩猟本能剥き出しの眼光をジルに向ける。
並大抵の人間やポケモンなら心を折られてしまう程の眼光も、
ジルは物ともせず未だむくれる。

「ね、ね。ジルちゃん。
俺面白い事知ってるんスよ。

鋼鉄の如く重い空気に耐えかねたのか、
枝毛が自分の鼻先を指差し明るく話題を振る。

「口を慎めストラ。
俺はあくまでも命令に来たが、機嫌をとりに来た訳では無い。」

枝毛…もといストラが言い終える前に、ラルフがそれを制す。

「いいじゃん。面白い事って何さストラ。」

「でしょ?でしょ?
気になるッスよねフヒヒ」

上司であるラルフの制止も聞かず、ジルの煽りにストラが意図も簡単に乗る。

この男、上司命令よりも自らのトークを優先するらしい。
ラルフも見かね、呆れて腕を組み明後日の方向を向いてしまう。

「今協会が狙っている、反逆者集団『レジスタンス』の噂を耳にしましてね。
中にはあのオダマキ博士の孫息子のアメジスト君、ガンテツ爺さんとこのイカロス君やらも所属してるって噂も」

「ちょっと待って」

ジルが制止させる。

「レジスタンスとかオダマキ博士とか良く解んないケド、
とりあえずソイツ等は協会…私達の敵で、標的なんだよね?」

「んーまぁ、そういう事になるッスねぇー。
しかも今協会が血眼になって潰そうとしている反逆者集団のホープッスからねフッヒヒフヒヒうへうへ。」

「どうでもいい。



そいつ
強いの
弱いの
どっちなのさ





正に鶴の一声。
場の空気が一瞬にして固まる。

先刻のジルが見せた、冗談混じりの眼光では無い。


只々無垢な殺気が空気を喰う。





「……あ、あぁ。オホン。
勿論強いと思うッスよー。
何せ協会が一番の標的に置いているくらいッスから。」


一瞬の静寂をきり、ストラが慌てて答える。

「そう。……んふ♪」

心底楽しそうな笑みを見せ、ジルは自らの居た独房へと踵を返す。

「……あぁ、驚いた。
いきなり殺気見せるんッスもの。」

「相手は純真無垢な子供。
殺しの事を考えていたら、自ずから気付かずに殺気の一つも垣間見せるだろう。」

ストラは額の冷や汗を拭う。
相当な油断の元、殺人鬼の殺気を正面から受けたのだ。
額はすっかり冷や汗で湿っている。

「小娘とて油断するなよストラ。飲まれるぞ。
…決してジル・フェニックスを侮るな。

協会史上最悪の殺人鬼をな。」


静かにラルフが口を開く。
その額には何一つ浮かぶ事は無く、
只々死人の様な顔がそこに有るだけだった。







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