キングダムコガネ1番街。
時刻は午後10時を回り、空も薄雲に包まれ漆黒に染まっている。

が、街は決して活気を失ってはいない。
それどころか、昼間よりも一層栄え活気を帯びている。

妖しく光り輝くビル街、飛び交う人々の声、雑踏の音。
日中陰を潜めていた月が日が沈むのと共に姿を取り戻した。
所謂そんな感じか。




――場所は繁華街の死角、路地裏。

街の活気を避ける様に静けさを保つその空間。
そこに少女は居た。

「状況を伝えろ。」

「今、標的と接触したトコ。
乞食っぽいオッサン、それ以外は…………んー。別に無いよ。」

「引き続き観察を怠るな。『少女』のままの仮面で奴の全てをいぶり出せ。
風貌だけで判断するのはお前の悪い癖」

「はいはーいはいはいはいはい。はいはーいはいはいはい。わかったわかったわかった。はいはーい。じゃ。バイバイ。」

おちょくる様な長返事をした後、少女は乱暴にポケギアのボタンを叩き通信を切る。
話している最中だったにも関わらず通信を切られ、相手も相当バツが悪い事だろう。

「面倒事押し付けてる分際でアタシに指図か。おめでたーい。」

街の照り付ける夜の灯りを避ける様に路地裏の木箱に座り込む少女は、
軽く舌打ちをすると面倒臭そうに立ち上がる。

「……はぁ。考えても仕方無ぇかぁ…。」

気だるい顔のまま溜め息を一つ吐くと、少女は首を振り笑顔を作る。
そして肩を軽く鳴らし片足を上げると、一点を見つめる。

見つめる先は空。

何も無い虚空。

少女は短く息を吐くと、片足で地を蹴る。

同時にその身に掛かる重力など無視するかの様に、少女の小柄な身体は宙を舞う。
虚空に吸い込まれるかの様にどんどん高度を増してゆき、最終的に街を一通り見渡せる位置まで来ると少女は静止する。

「Time is Money. 時は金なり。
…そーんな事言うけど、別にゆっくりでいいじゃん。」

ニカッと白い歯を見せて笑む。少女は宙を蹴りくるりと回ると、鋭い飛行音と共に騒々しい繁華街へと姿を消した。






…あれから何時間過ぎただろうか。
僕は大きすぎる街の片隅でソフィアさんを見つけた。

けれど、目に映るのは…ぐっすりと眠るソフィアさんを抱える大男。
大木の様に僕の前にそびえるその男は、
何も言わずに僕を見つめている。


第二十章「正義の味方」


「お前がレイディオ…かの?」

「………?」

男の口からやっと発せられた言葉。
それは僕の名前だった。

「何故、僕の名前を知っている。それよりも…ソフィアさんから手を離せ。今すぐに!」

掌を前に突き出すと共に、僕の意思と呼応して現れる雷の鎖。
準備は万端だ。

この男が少しでも怪しい動きをしたなら最期…


「そうおっかねぇ顔しなさんな。
お前等をとって食うたりせんじゃけぇ。」

男が眉をひそめ、再び発した言葉。それは以外なモノだった。
完全な無抵抗を示すかの様に間の抜けた話し方。
男はソフィアさんをゆっくりと降ろし、傍らに寝かせる。

「安心せぇ。昔の諺(ことわざ)にもあるじゃろう?
『物事は急くな、ナマケロの目で焦らず見ろ』」

「どういう意味ですか。」

「つまりじゃ。どんな事だってその場その場で判断してはならん。
深い目で物事を見ろっちゅう事じゃけ。」



…兎に角男に敵意は無い、らしい。
コンクリの塀に寝転がり、呑気に欠伸までしている。

「お前も解らん事だらけじゃろうな。何故自分が此処にいるか、何故ワシがお前の連れと接触していたのか。」

果たしてこの男は本当に敵意が無いのか。未だ信用出来ない。
…けど、話の的を得ている事から僕やソフィアさん、そしてリリー君の失踪については何かしら知っているみたいだ。
一つ気掛かりなのは、僕を襲撃したあの白髪の少年。

もしかすると、あの少年との関わりもあるのかもしれない。

「貴方は知ってるんですか?」

「知らないと言っちゃ嘘になるのう。何せお前達とマサキを接触させようとしたのはワシ等じゃ。」

「…………!」

男が言うには、どうやら目的は僕達をマサキさんと接触させようとする事にあったらしい。

「連れがえらく乱暴しちまったみたいですまなかったのう。
アイツも血の気が多くて敵わんわ。」

やはり少年は、この男と少なからず関わりがあるらしい。

「何故僕等とマサキさんを接触させようと?」

「勝手ながらそれはまだ言えん。いずれ解る事じゃ。」

男は立ち上がると、その丸太の如く鍛えあげられた腕で服の埃を払う。

「ワシ等は『正義の味方』じゃ。ボーズ、これから大変だろうけど頑張るんじゃぞ。」

僕の隣でそれだけ囁くと男はそのまま僕を通り過ぎ、街の雑音の中に消えていった。


「…………。
せいぎの……みかた……?」




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