第二十一章「イカロス」
砂が吹き荒ぶ熱帯の荒野。
空は雲一つ無く、辺りには青々とした植物さえも見受けられない。
死の大地、砂漠が眼前にどこまでも広がっている。
日の光も容赦無く照り付け、カントーやシンオウでは決して体感する事の出来ない様な極端な気候。
だが、此処オーレ地方では日常的な気候と言える。
比較的熱帯に位置するオーレ地方は、その大部分が砂漠を占める。
その為、日中は焼ける様に暑く、日が沈むと凍える様に寒くなるという非常に極端な環境下にある地方である。
荒野に浮かぶ通称『町外れのスタンド』。
スタンドと言われる割には給油場としては殆ど機能しておらず、近辺では廃列車を利用した軽食屋が目玉となっている。
レイディオとの邂逅を果たし、そして自らを『正義の味方』と名乗る立派な体格の大男。
男はそこに居た。
「思った通りの有り様じゃな。」
店内の入り口で立つ大男は、目の前の非常識な光景にただ呆れていた。
「ムグ?お、やっと来たかぁー。随分遅かったなイカロス。」
カウンターに腰掛けるのは、パスタ、ハンバーグ、カレーライス……数えきれない程の食物を貪る少年。
山積みになった皿は器用に重なり崩れる事は無さそうだが、問題はその量だ。
一体その小柄な身体の何処に入ったのかと言わんばかりに、男は少年を細い目で見下ろしている。
「何だその目は。
まるで俺が馬鹿みたいに大食いと言わんばかりじゃないか。」
「別に今更言おうとは思わん。」
少年は癖のある紫がかった白髪を掻き揚げると、
男はそれと同時に溜め息を一つ吐く。
「アメジスト。
『利口なカビゴン八分目をわきまえる』
って諺を覚えとるか?」
「それ前聞いたよ。飯食うにも馬鹿みたいにガッつかないで、分をわきまえて利口に食えって事でしょ?
俺はまだまだ腹八分じゃないよ。安心していいよ。」
「ああ、聞いたワシが馬鹿じゃった。
兎に角ワシはお前の食欲に付いてツッコミに来たんじゃのうてな。」
少年の言葉を遮ると、男はゆったりと少年の隣に腰掛ける。
そしてA4サイズの紙を大きな袖から取り出す。
隣同士座れば、少年の小柄さが男の体格の良さを更に引き立てる。
「世界祭典のまでの猶予は残り少ない。俺達も急がないとね。
…全部手遅れになる前にさー。」
「解っとる。見てみぃ。」
男は無造作に少年の前に紙を広げる。顔のすぐ近くまで紙を寄せられて不快に思ったのか、
少年は眉間に皺を寄せて紙を乱暴に手に取る。
「……流石じゃん。」
紙に暫く目を通すと、不快な顔は失せ少年は口元を嬉しそうに歪める。
「絞れるだけの情報は絞った。公衆便所の中まで探す勢いで掴んだわい。」
男は袖から煙草を取り出すと、屈強な手に挟めた一本に火を点ける。
煙草の煙を嫌うせいか、少年は慣れた様子で素早く距離を置く。
「ちょっと情報が薄手な感じがするけど…ま、これだけ掴めりゃ良い方だよな。」
紙を折り畳むと、ズボンのポケットに丁寧にしまう。
「そーいやさ、随分遅かったけど何処で寄り道してたのよ?」
「餓鬼の様子を見にコガネまでちょいとな。」
「で、感想は?」
「虫も殺せない様な顔しとるただの生っちろい餓鬼。こんだけじゃ。」
いつの間にかカウンターの上に乗せられていた携帯用の灰皿。
男は然程興味を示していない様に横目で景色を見ながら煙草の火を消す。
「ガンテツのオッサンの所に長いこと居たから頭が固くなったのかな。」
「おい。親方を悪く言うと張り倒すぞアメジスト。」
「悪い悪い。けど、少なくとも俺の目にはただの餓鬼には映らんかったぜ。」
「…どういう事じゃ。」
男は不満気な顔で首を傾げる。
「本当に一瞬だがな。アイツは一回、本能に喰われかけたんだ。」
男の眉がピクリと、僅かに反応する。
「何じゃと?」
「ウツギの差し金って事もあって面白い奴だと思って監視してたんだけどさ、期待を裏切る様な奴じゃなかったみたいだぞ。」
「あの餓鬼は作られたネオ。
ポケモンの人格が主と同調する現象なんざ『特殊例』を除いて有り得ない話じゃ。下らねー。
…何かの間違いじゃろう。」
やがて再び目を細めると、男は席を立つ。
「下準備はまだ終わっとらんけえ。
…確かにあの餓鬼に興味深い部分はあるが、今はアレを忙ねぇとならん。」
男は別れの挨拶も無しに軽食屋を出る。
少年はそれをむくれっ面で一蔑すると、食事に見合っただけの代金…は出さずに、
小馬鹿にする様に舌を半分出し店主の怒号を背に軽食屋を飛び出した。
「あんな大金払えるか!バーカ!」
砂嵐に少年の罵声が掻き消されると共に、少年の姿も嵐の中に消えていった。
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