第二十二章「最大級の悪戯」

「駄目…。ポケギアも通じない。」

「困ったなぁ…。」

ソフィアさんによると、キキョウシティ以降の経緯は全く解らないという。気付いたらコガネシティにいたらしい。
つまりは、ジョバンニさんの所で寝ている時に何者かに連れ去られたという事になるはずだ。

だとすると、リリー君も誘拐された可能性がある。
彼の事だ…たぶん誘拐した当人の方が可哀想な目にあうと思うけど。

いや、そんな冗談も言ってられない。

リリー君が協会の奴の手に落ちたなら、それこそ最悪の事態だ。
協会から指名手配を受けている彼なら決して無事では済まないだろう。


…あまりこうは考えたくないけど、ジョバンニさんは元々僕達をはめる為に取り入ったのだろうか。

あの境遇も全て偽りだったのだろうか。


…いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。

「ソフィアさん、兎に角今はリリー君を……、
…………?」

言いかけた所で、僕のポケギアに突然連絡が入る。
受信した相手は…リリー君。彼本人だ。

「もしもし!?」

「レイ、俺だ。」

声も彼そのもの。どうやら間違い無くリリー君らしい。

「リリー君、一体君は何処に…」

「とりあえず落ち着いて聞け。
悪いが今は何処にいるのかは言えねぇが、とりあえず俺は無事だ。」

「何で言えないの…?今、僕とソフィアさんはコガネシティにいるんだ。すぐに合流…」

「いや、構わねえ。こっちの方でちょっとやらなきゃいけねえ事があってな。
俺の方からその内合流するから、お前等はお前等で事を進めておけ。
コレクターのマサキとやらと合流するんだろう?抜かるなよ。じゃあな。」

「え、ちょっと…」

……切れてしまった。
それも一方的に。

「彼、なんて言ってたの?」

「とりあえず、大丈夫らしいよ。
…ちょっとやる事があって後から合流するって。」

「…大丈夫かな。」

「きっと大丈夫だよ。リリー君なら。」

とりあえず電話の相手はリリー君本人だ。
彼がそういうなら余程の用事なのだろう。
あそこまで言うならば、信用して僕達の事を進めよう。


…でも、何で何処にいるのかは秘密なのだろうか。
隠す必要なんてあるのかな…?

「ラジオ君。兎に角マサキさんに手紙を渡そ?」

「え?あ、うん。そうだね。」

やる事といえば一つ。ウツギ博士から預かっているこの手紙を渡す事だ。
…博士が言っていた、僕達に対する『希望』。
マサキさんに手紙を渡せば、その全てが解ると思う。
…中身は見てないけどさ。なんとなく、解る気がするんだ。





「あーっ、あーっ。『どうですかぁ、似てましたかぁ?』」

「おまけして20点ですわね。」

「いえいえ、もう少し評価してくれても…」

「高い評価を期待してるのなら更なる精進を目指すのですゴミ虫。
それに只でさえおまけして評価を上げてやっているのに不満なのですか?この豚ッ」

「すみません。調子こきすぎてました。精進します。」

天井に映えるシャンデリア。
素人目から見ても一目で高級と察しが付く程の、美しい装飾を帯びた赤い絨毯。

不自然な程広く、そして高貴な空間に佇む麗女。
絵に描いた様な美女とは、恐らく彼女の様な女性を指すのだろう。
半開きの窓から吹き込む風に揺られる美しい水色の髪、
くっきりとした目鼻立ち、
純白のドレスに溶け込む様な白い肌、
芸術的なまでに完璧な身体のライン。

そんな彼女とは対象の雰囲気を持つ男が部屋に一人。
タンクトップから覗く肌のあちこちに迷彩色の染みが浮かび上がり、その目の下には大きくクマが広がっている。
おまけに口元には黄色に変色を遂げてしまっているマスク。
純白のキャンパスに垂らされたキツイ色の絵の具の様に、思い切り存在自体が浮いてしまっている。

目の前の麗女にいつまでも罵られているが、心なしかその表情は嬉しそうで…。言ってしまえば寒気のするアブノーマルな光景だ。

「おい。…どういうつもりだこりゃ!」

金物を殴る鋭い音が響く。

どうやら、この高貴な空間で浮いてしまっている存在は一人だけでは無いらしい。
ギリ、と歯を食い縛り麗女を睨み付ける赤髪の少年。
今にも飛びかかりそうな勢いで唸っているが、
哀しい事に目の前を遮るは屈強な鉄格子。

手も足も出ない様子で、只目の前の麗女を睨んでいる。

「それはこちら側の台詞じゃなくって?リリー・バレンタイン。」

少年をジロリと一瞥すると、麗女は椅子から立ち上がり整った足取りで鉄格子の前に立つ。

「その申し訳程度の粗末な脳味噌で考えごらんなさい。
同族でありながら、我々『ポケモン協会』に対する憎き反乱分子。」

「黙れ!俺の家族や友人を奪ったのはテメェ等だろうが!」

少年の激昂をフンと鼻で笑いあしらうと、麗女は踵を翻す。

「この糞尿以下の下衆めが。
貴方の家系の者、更には友人まで毒されているとは何とも哀れで滑稽なもの。
…簡単な話ですわ。今の貴方みたいに愚かな反乱を起こした末路」

再び鉄格子に衝撃が走り、音が響く。既に血が噴き出ている程酷使された拳を、少年は鉄格子に振りかざしていた。

「黙れ…!黙れよ!」

「…埒が明きませんわ。アスレイ、適当に戯れていなさい。」

「はい。」

タンクトップの男が短い返事を返す前に、麗女は寝室へと姿を消した。

「…テメェ、さっき俺のポケギアを何に使っていた。」

少年の腰のホルダーには、入っているべきポケギアは見当たらない。
どうやら目の前に立つ妙な男が奪ったと察しが付いていた様だ。
向けられる鋭い眼光。ニヤリと口元を歪め男は、口元を塞ぐマスクを剥ぎ取る。

「『別に大した事じゃないのですよ。…ちょっとしたお嬢の戯れ。戯れなのです。』」

「…………ッ!?」

男の口から放たれた声。

それは先程の低く篭った声ではなく、リリー・バレンタイン…目の前の少年の声そのものだった。

「…どういう事だ!」

醜く継ぎ当てがされている口元が更に恍惚で歪む。

「『言ったでしょう?全ては戯れだと。
…今、君の大切な友人達が窮地に落とされている。反逆者である君の責任でねぇ。』」

「だから、どういう事だ!勿体ぶらないで言えよこの野郎!」

ニヤつき、わざとに核心を外した話し方をする男に対し、
冷静に構えていた少年はとうとう怒鳴り付ける。

「『ジル・フェニックスがポケモンコレクター マサキ抹殺の命を受け、キングダムコガネに来ている。
君の友人達と接触するのも時間の問題だろう。』」

「…………!?」

少年の顔がみるみる内に青ざめる。

「ジル…、フェニックスだと…!?」

「『まあ、君が忘れるはず無いものね。何せ彼女は、たった一人で君の家族や友人を根絶やしにしたんだもの。それもああまで残虐なやり方で…』」

「今すぐ奴を止めろ!アイツ等は何も悪くない!」

少年は鉄格子を両手で掴み、必死にゆする。

「アイツが…!レイやソフィアがお前等に何をしたっていうんだよ!」

「『彼等も立派な反乱分子さ。
まだ芽は小さいが、徹底的に叩き潰す。それがお嬢の思想だよ。
…お嬢がジル・フェニックスの監獄守のラルフ様をそそのかし、動かさせたのも全ては戯れ…。』」

男は肩をゆすりながら、せせら笑う。

「『楽しみなよ。ジル・フェニックスの力を目の当たりにして、レイディオ・デ・トキワグローブは果たして己を貫けるかどうかを、さ。』」

口元を歪めたまま、男は再びマスクを被せる。
低く濁った笑い声を残し、男は部屋を後にした。

「………………ッ………………!」



どうか…、
どうか死ぬなよ、二人とも……!!



少年は固く目を瞑り、心中でそう祈った。

…否。今の少年には、只祈るだけしか残されていなかった。



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