外は雨らしい。音で解る。
せやけど、今の俺には天気なんて関係あらへん。

『奴等』に感付かれない様に家のカーテンを閉じ地下に籠り、極秘に事を進める生活。
もう何年になるやろか。取り戻す為の戦いっつーのは解っとる。俺自身良く解っとる。

…けど本当に報われるのやろうか。

勝算は極めて低く、後は奴等に喰い潰されるのを待つだけの道。
俺達はそれを拒み、戦ってきた。
せやけど今はこのザマ。
アイツ等の生死も不明。
更には協会の不自然なまでの発達。

原因は解っとる。紛れも無く奴等が台頭を握った事にある。
正にネオポケモンの独裁政治。
考えただけで寒気がするわ。


…そういやあ、ウツギが昔なんだか言っとったな。
丁度アイツ等の生死不明の報告を聞いて、ウツギの奴がどっと老け込んじまった頃や。


『僕は最後の希望に賭けてみる。
…トキワの血。かつてカントーの壊滅を防いだ彼女の息子に。』


第二十三章「"For one blank week"」


何年前かはもう覚えとらん。思い出したくも無いわ。

…いや、確かアイツがリーグ優勝を果たして暫く落ち着いた後の話やった様な気がするな。かなり曖昧やけど。
最近不毛な時間を過ごしてるせいか、どうも記憶に疎くなって敵わんわ。

…せやけど、あの時の事実だけは鮮明に覚えておる。
決して歴史に塗られてはいけない事実。
そして、今正に奴等の手で塗り替えられようとしとる汚れた歴史。

――フジ老人が、何者かによって拉致された。


当時俺の耳に飛び込んできた凶報や。
シオンタウンでボランティアハウスを営んでおったフジ老人。
彼はカツラの爺さんと同期だった、名のある科学者やった。
当時のカツラはんとは幼なじみで、学生の時から一緒に研究を進めていた程の中だったらしい。
勿論彼はポケモンの研究で様々な実績を残した。
ポケモンの技による状態異常の研究の第一人者と言えば、真っ先に彼の名前が出るはずや。

が…話によるとフジ老人は科学者としてポケモン研究に勤しんでいた頃、決定的な間違いを犯したらしい。

それは紛れも無い禁断の研究。
遺伝子を組み換え作り上げる、所謂『人工ポケモン』の精製や。
人の道から逸れた外道の様な研究。
勿論当時のポケモン協会も厳重に禁止しておった。


…俺にも解る。
好奇心は怖ぇもんや。

好奇心は後先考えさせずに人を突き動かす。
例えそれが過ちだと解っとっても、な。


『ミュウツー』


当時の暴走事件を知っとる奴ならば、この名前を知らない奴はおらんだろう。
かの伝説と唱われたポケモン『ミュウ』をベースにし、様々なポケモンの細胞を組み合わせ、より戦闘用に特化させた人工ポケモンや。

それ程大掛かりな化け物を作るのならば、必ず相応のコストが自分に返ってくる事は誰しも想像が付くはずや。

研究に盲目だったフジ老人はそんな事も気に留めず、とうとうそいつを作りあげてしまったんや。

己の過ちに気付いた後フジ老人は、自らを悔い研究を辞め、後にポケモン愛護のボランティアに就いた。
そこから彼は今に至る訳や。

…きっとカツラはんのお陰で目が覚めたんやろうな。
当時フジ老人とカツラはんはお互い強い信頼関係で結ばれておったみたいやからな。

怪物・ミュウツーは人の目に触れられぬ様、ポケモン協会の管理下の元ハナダの洞窟の奥地に封印された。
カツラはんも同期の研究者。
フジ老人の研究に対する好奇心や情熱もよーく解っておったから、
カツラはんもこれ以上フジ老人を責める事無く事件は闇に消えた。



…そのだいぶ後の話や。
フジ老人が拉致されたという事件が起こったのは。

犯人は素性不明。
当初、事件の動機すら不明やった。

…せやけど、一つだけ明確な事があった。


『奴は人間でもポケモンでも無い』


当時の突入部隊の隊員が死に際に言い放った言葉や。
実に堂々とした犯行やった。
まるで犯人は自分の非に気付くどころか、自らの正当性を誇張するかの様に堂々としていた。

犯人がヤマブキシティのシルフカンパニーを丸ごと乗っ取り、
他の者の侵入を一切許さなかったという事から、恐らくはフジ老人の人工ポケモンの精製術に関係する犯行と捉えられた。

…シルフカンパニーの占拠という面では過去のロケット団の犯行っつーデジャブもあるんやけど、何よりも規模が違った。

犯人はあくまでも『一人』。

たった一人で社員・関係者全てを排斥し、シルフ本社の科学力を裏手に取り、何人たりとも決して近付けない状況に仕立てあげたという。
突入部隊が隙を見て突入を試みるも、圧倒的なシルフの科学力の前に誰も手が出せなかった。

シルフカンパニーに籠り犯人がフジ老人を利用し、
研究を重ねさせた日数は丁度一週間。


これが後に語り継がれる事となる汚れた歴史
『For one blank week』。

…空白の一週間の幕開けやった。



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