「指令を変更する。奴は殺さずに協会まで連れて来い。」
「………………………………。は?」
妙に長い間の次に、間抜けな返事。
「ちょっとちょっと。それどういう事?」
返事を嘲笑うかの様な鼻息。
「言った通りの意味だ糞餓鬼。復唱してやろうか?」
ぶちっ。と、切れてはいけない何かの音が響く。
「フザケンなあ!!!」
少女が大きく振りかぶった次の瞬間、
プラスチックのボディのポケギアは小気味良い音と共に砕ける。
それでも気が晴れないのか、小さめのブーツが更に一、二、三…合計で数十発の追撃を加える。
「ただでさえ退屈な仕事だっつのに!!
指令は標的の捕捉!?テメェ何で下らない雑用なんかでアタシを使ったんだよ!!死ね!!死ね!!」
涙目になりながらも、物凄い剣幕で少女は喚き立てる。
足元で転がるポケギアは、怒りの蹴りにより文字通り無惨な姿と化した。
…が、支給側が少女の性格を良く理解しているせいか、相当丈夫に作られているポケギアらしい。
まだ通信機能が生きている。
「落ち着け。別に下らない雑務でお前の手を煩わせるつもりは無い。」
まだ追撃を叩きこもうとする少女の脚がピタリ、と止まる。
「情報が入ってな。
反逆分子がマサキとの接触を試みようとしている。」
「………。」
「これはお前の大好きな"リリアお嬢様"からの細やかなプレゼントだ。退屈に押し潰されそうなお前へのな。」
「あのアバズレからのか。そりゃ嬉しいね。」
ニコリともしないまま、生返事を少女は返す。
「で?」
「消せ。」
感情が一切篭らない声がポケギア越しに冷たく響く。
「了解。」
その声とは裏腹に、まるで『何か』を期待していたかの様に、透き通り嬉々として答える声。
最後にブーツが振り降ろされると、止めと言わんばかりにポケギアが砕ける。
通信はそこで途絶えた。
「…嬉しいなっ♪
今日は久しぶりのパーティになりそう♪」
先程とはまるで別人の様な笑顔で、少女は手にしていた黒いラバーのトランクを開く。
中にはフリルの付いたドレス、化粧道具、綺麗な首飾り…大量の装飾品やらが詰められており、素朴な外見のトランクを華やかに彩っている。
「おめかししなきゃね♪」
キングダムコガネ郊外。
虫の声も聞こえない閑静な林に、不自然な金属音が響く。
少女の足元には亀裂が走り、その狭間から細い鉄塔が顔を覗かせている。
やがて鉄塔は、互いに絡み合い太さを増してゆく。
生物の様に。
少女の昂る気持ちに応えるかの様に。
血にも似た錆の香りの鉄塔は姿を整えていった。
「…ラルフさん、今の聞きました?
いやぁ物ッ凄ぇ豹変ぶりッスよねぇジルちゃん。
なんたって俺、彼女のあんな嬉しそうな声聞いたの初めてッスよ?」
「盗み聴きとは大層な趣味を持っているな。」
早口で捲し立てる男…ストラには目もくれず、
ローブの男ラルフはPCのモニターに焦点を合わせている。
「だって聞こえたもんは仕方ねえッスよ〜。
勘弁して?ラルフさん?ねっ、ね?」
「喋るな。」
「………………。」
第二十四章「リリアお嬢様」
薄暗い地下牢の片隅。
分厚い教本が本棚にびっしりと並び、大小様々な机にはPC類や本棚に入りきらない教本が重なるこの一室。
互う性格の上司と部下は、この空間にいた。
「そりゃ、俺だって悪かったッスよ?
世間一般で言いやあ資料室や図書館では何かとお静か〜に本読んで勉強しましょーねって決まりッスけど、
まずは優先順でしょう?俺からトークを奪やあ何が残ると思います?骨も皮も残りませんよ?解ります?トークってのは俺のすべ…」
ストラの延々と続くと思われたトークが唐突に止まる。
ラルフが初めて視線を移すと、彼は頭に巨大なコブを作り床に突っ伏していた。
「…失礼。貴女でしたか。」
視線の先には、ドレスを纏う色白の麗女。
表情一つ崩さぬラルフに対し、彼女は微笑みを絶やさず向き合っている。
「別に謝る必要は無いですわ、ラルフ。感謝すべきは私なのに。」
表向きには美しい面持ちで微笑む彼女。
が、足元ではちゃっかりストラの頭を足蹴にしている。
「リリア様。一体何故ジル・フェニックスを反逆分子の抹殺に向かわそうと思ったのですか?奴以外にも適任はいたはずです。」
「ちょっとした気まぐれ。彼女、制御が利きにくいから面白くなくって?」
「生憎、制御する側は少々気疲れしますがね。」
麗女リリアに対し、ラルフは苦笑気味に溜め息を漏らす。
「物事は多少制御が利かない方が楽しくってよ。
何が起こるか解らない一触即発の状況…ゾクゾクしますわぁ。」
「軍人の性というモノですか。」
「流石。良く解っているじゃない。」
「恐縮です。」
本日二回目の台詞を口にし、ラルフは再びモニターに目を移す。
「随分と熱心ですわね。」
「仕事ですから。」
モニターに映る複数の顔写真に大まかな情報。
その中にはいつかの大男と紫色の髪の少年、レイディオとソフィアの顔もしっかりと映されていた。
「リリー・バレンタインは捕捉出来たそうではないですか。」
「ええ。キングダムコガネで倒れていた所を同志が発見してね。
…捕らえた際、イズモにどうしてもこの件を任せて欲しいって頼まれて引き渡したけど。」
「…霧崎イズモ、ですか。」
ラルフの眉が少しばかり反応する。
「私は奴を完全には信用出来ない。」
「何故ですの?」
「漠然としたものですが。
勘、とでも言いましょうか。」
それを聞き麗女は暫く沈黙しているが、
やがてクスクスと再び笑みを浮かべる。
「勘ねえ。」
「何か可笑しかったでしょうか。」
「いえ、別に。」
ぐりぐりとストラの身体を純白のハイヒールで踏み付けながら、リリアは踵を返す。
「ジルお嬢ちゃんが言う事聞かなくても、あんまり怒っちゃ駄目よ?あくまで私の遊び心なのだから。」
「解っています。」
フフ、と軽い笑みの声だけが残り、資料室の戸は静かに閉められた。
「……痛たたたた。
相変わらず手厳しいッスねリリアさんはぁ。」
背中や頭等、至る所を擦りながらストラは起き上がる。
あれだけ強く踏まれたにも関わらず、慣れているせいかあまり堪えていないらしい。
「あの人、なーんかジルちゃんと雰囲気似てませんかぁ?」
「俺は真逆だと思うがな。」
「真逆ぅ?」
ストラが頭を掻きながら、素っ頓狂な声を出す。
「戦闘に於ける意欲の違いだ。」
「何スかそれ。訳解んな…あ、置いてかないで下さいよ!鍵閉めないで下さいよぉぉお!」
いつの間にかPCの起動終了を終えていたラルフは、早口男のトーク最中には既に部屋の鍵を閉めていた後だった。
彼はガタガタ軋む資料室の戸を見向きもせず、鍵を持参したまま回廊へとその姿を消していった。
「やあ。」
「……………。」
地下牢の最深部。
協会に対する反逆者を厳重に幽閉するその凶悪なまでの鉄の牢。
反逆者リリー・バレンタインは、そこに隔離されていた。
「何の用だ。」
その鋭い眼光は、目の前の男を捉えて離さない。
「いい質問だ。用が無ければ俺もこんな陰気臭い牢屋に来ないしね。」
独特の紋が入った和服、腰に挿した葱。
妙に脱力してしまう様な格好の男・イズモは場にそぐわない様な笑顔で佇んでいる。
「レイとソフィアは…無事なのか。」
「不安なのか?相手がジル・フェニックスと解れば自ずとそう思うだろうがな。」
ギリッと歯の軋る音が響く。
「奴を…ジル・フェニックスを止めてくれ!」
「物乞いかリリー・バレンタイン。
当時『鬼』とまで恐れられたお前らしくもないな。親同様、これ以上奴に何も奪われたくないか。」
先程からイズモの指先でくるくると円を描き回っている、縦長のデータファイルがリリーの足元に落ちる。
「お前が同志と認めた者だろう。
我々に背いてまで。
…もっと彼等を信じろ。少なくとも鬼であったお前を変えた者達だ。」
「…………!」
データファイルは青白い光を放ちながら転がり、リリーの爪先にコツンとぶつかる。
「…お前は…何が目的なんだ。」
「話す必要は無い。兎に角俺は気まぐれでお前に接触した訳では無くてね。」
続けてリリーの足元にポケギアが落とされる。
「馬鹿で無ければこのデータファイルの使い方ぐらいわかるだろう。
では俺はこれで失礼させて貰うよ。カビ臭くて敵わんよ、此処は。」
ひらひらと無気力に手を振りながら、地下牢を後にするイズモ。
閑静な地下牢には、最早彼の下駄の音と疑惑の目を浮かべるリリー・バレンタインの姿以外には無かった。
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