「……なるほど、大体の事情は解った。」
カントー土産のタマムシプリンをぱくつきながら、ナナカマド博士はコウキの説明にそう答えてうなずいた。
元々所属する研究員も少ないマサゴタウンのナナカマド研究所は、絶えず機械が発する低い音と、彼らの話し声以外は静まり返っている。
今、この場にいるのは3人。 カラメルのついたガラス瓶の底をスプーンでつつきながら、メガネの女性、ハマナが口を開く。
「あたしは……申し訳ないですけど、まだちょっと信じられない気持ちです。」
「それも、仕方ないことです。 私も、完全な協力者が現れるとは考えてはいません。」
「そ、そんなつもりで言ったわけじゃ……!」
「ハマナ、言わなくていい。 コウキもお前の気持ちは察しておる。」
ナナカマド博士が制すと、ハマナは口を固く結んで下を向く。
「ところで、聞きたいのだが……」
そう言って、2つ目のプリンに手を出そうとしたナナカマド博士の手をハマナが叩いた。
「……その話をするのに、なぜ、こんな時間を選んだ?」
時計の針は午前5時30分を少し回ったところだ。 外は薄白んではいるものの、鳥の鳴き声も聞こえない。
切り出したナナカマド博士の問いに、コウキは時計をチラリと見てから深くため息をついた。
「おーっすッ、コウキー!! 約束どおり来てやったぞーッ!!」
突如静寂を破る子供の声。 ハマナの手からカップがこぼれ、床に黒い水たまりを作る。
「……アレのせいです。」
コウキはナナカマド博士に聞こえる程度の声でそう言って、茶色く染まっていく週刊ポケモンサイエンスに視線を落とした。
声の主は研究所に響き渡るほどの大音声でコウキを呼びながら、ずかずかと奥へと入り込んでくる。
無遠慮に応接間の扉を開けたのは、朝陽と同じ金色の髪をした、まだ若い、11、2ほどの少年だ。
応接間のソファにコウキの姿を見つけると、金髪の少年は目を輝かせながら彼の元へと駆け寄る。
「すげーよな、ポケモンって! 1人じゃロクに町の外にも出してもらえなかったのに、あっという間にマサゴタウンだぜ!?」
「ジュン……おまえ、寝てないだろ。」
「なんだよ、研究所に来いって言ったのはコウキだろー?」
「『日の出までに来い』とは一言も言ってない。」
「『来るな』とも言ってねーし! 早寝早起き早飯早弁、昔の偉い人だって早いほうがいいって言ってたぞ!」
「飯が2つ被ってるし……誰だ、そのはた迷惑極まりない格言を作った奴は……」
2人のやりとりを見て、ナナカマド博士とハマナは帰ってきて早々コウキが話を切り出した理由を理解した。
自らも寝不足で頭を抱えるコウキに、ジュンは昨日シンジ湖で渡された緑色のポケモン、ナエトルを押し付けるように見せつける。
「すげーだろ! ここ来る途中で3つもレベルアップしたんだぜ!」
「おまえ……! まだトレーナーカード作ってないだろ!
ナエトルを傷だらけにしてなんとも思わないのか、今のままだとポケモンセンターも使えないぞ!?」
「え……マジで?」
緑色のポケモンを抱えたまま固まるジュンの腕からポケモンを奪い取ると、コウキは回復装置のある研究所の奥へと走っていった。
床を拭くハマナがジュンの顔を見上げると、この北の大地にしては焼け気味な肌が青白くなっている。
まあ、初心者のトレーナーが回復のタイミングを見誤って草むらの真ん中で立ち往生することは珍しくない。
これはナエトル没収かな、と、ハマナが今度はナナカマド博士に視線を移すと、博士はハマナが考えているのとは違う方向で、難しい顔をしてジュンのことを見ていた。
ちなみに、大体の人はこれを『睨まれている』と勘違いする。
「キミは……」
ビクッとジュンの肩が跳ねた。
おびえたような表情をしながらも、その目はしっかりとナナカマド博士へと向けられている。
「……何の道具も使わず、ナエトルのレベルアップがわかったのか?」
「へ?」
片方の眉を吊り上げたまま目を見開いているジュンの顔は、ハマナの目に奇妙なほど面白く映った。
博士におびえている……というより、質問の内容を理解しきれないような、例えるなら「1+1は2になるんだよ」と前置きもなく言われたような、そんな表情だ。
先ほどまで言葉をまくし立てていた口をパクパクさせて、質問に答えようとするジュンを見ていると、回復装置のある奥の部屋から戻ってきたコウキが彼の肩を叩いた。
「とにかく、ジュン。 一旦ポケモンセンターまで行け。
一眠りしたら、また研究所に来ればいいから。 それまでナエトルは預かっとく。」
ムッとした表情をしたが、ジュンはコウキに何か言いかけた口をぐっとつぐんで押し黙った。
「……預けるだけだからな。」
「あぁ。」
「起きたら絶対迎えに来るからな。」
「あぁ。」
「来てみたらポケモンいなくなってるとかナシだからな!」
「あぁ、いいから、行け。」
コウキに研究所の入り口を指されると、ジュンは短い距離を走って、扉のところで振り返った。
「嘘ついたら罰金100万円だからな!」
そう言って走り去ったジュンにコウキは大きくため息をついた。
閉め忘れた窓から朝陽が差し込み、薄暗い部屋を白く染め始めている。
「……それじゃ、俺もポケモンセンターに行ってきます。」
眠そうに青いハンチングに触れながら、コウキは博士とハマナにそう告げた。
再び研究所が静かになると、博士とハマナは顔を見合わせ、うなずきあった。
「……はい、それでは、『タケダ ジュン』様。
フタバタウン出身、12歳、トレーナーネームは『パール』で登録させていただきます。
こちらのトレーナーカードはポケモンセンター他、フレンドリィショップ、ポケモンジム等、トレーナー関連の施設を利用する際必要となります。
紛失されますと再発行までは施設の利用が出来なくなりますし、お受け取り出来るのはご自宅のみとなりますので、くれぐれもなくさないようご注意下さい。
その他、細かい規約などはこちらの冊子をご覧下さい。 それでは、『パール』様、本日よりよろしくお願い致します。」
印字されたばかりの真新しいトレーナーカードを手に取ると、ジュン……いや、パールは喜びで身体を小刻みに震わせた。
これで、今日からトレーナーだ。 誰からも認められる、正式なトレーナーだ。
「やべえ、オレ……嬉しすぎて今、変な顔だぜ。」
心で言ったつもりの言葉がそのまま声に出て、パールは一瞬コウキの顔を見た後、慌てて顔を逸らした。
本当に解りやすい奴だ、と、コウキは口元をゆるめる。
「パールか、いい名だな。」
「だろ、だろ? オレ寝ないで一晩中考えたんだぜ! そしたら空に浮かんでる満月が目に入ってよ……」
「あとでナエトルにも報告してやれよ。」
今すぐにでも飛び出して行きかねない様子のパールを抑えるため、コウキは『あとで』の部分を強調して言った。
「なあ、コウキ! オレが『パール』になったんだから、アイツも今からオレのポケモンだろ?
だったら、あいつの名前もナエトルじゃなくて、今から『ギョク』だ!」
「それも一晩で?」
「ちげーよ、自分のポケモンを持ったらつけてやろうと思ってた名前がいっぱいあるんだ!
オレのオヤジを越えるくらい、すっげートレーナーになるのがオレの夢なんだ! だから……」
「自分もポケモンも体調管理は怠らず、常に万全の体制で挑むべき。
……だぞ。 さっきも言ったが、1度仮眠しろ。 トレーナーがフラフラしてたんじゃ、ポケモンバトルにも支障が出る。」
「ちぇっ……わかったよ。」
額を小突かれると、パールは眉間にシワを寄せてベッドルームの方へと足を向けた。
ブラインドの隙間から差し込んだ光に、軽く顔をしかめる。
ふと、足を止めた後パールは振り返ると、オレンジ色の瞳をコウキの方に向け、眠そうな顔をして尋ねた。
「……そーいや、お前は? トレーナーネームも『コウキ』なのか?」
「俺は……『ダイヤ』。 ダイヤモンドの『ダイヤ』だ。」
……ダイヤモンド。 それは、究極の硬度を持つといわれる世界最硬の鉱物。
磨きぬかれた原石は外からの光を反射して輝き、その美しさから女性へと贈る宝飾品としても人気が高い。
石言葉は『不屈』。 これは、ダイヤモンドの語源でもある『征服できない』という言葉のadamasに由来するが……
「……くだらない。」
振り下ろされた銀のハンマーは、机に横たえられたダイヤモンドリングを粉々に砕いていた。
深い菱形の傷がついた机の上には、ひしゃげた細い指輪の台座とキラキラとした残骸が残っている。
女性の側についていた若い男が、彼女の唇が再び曲がる前に『それ』を片付ける。
その姿も、『普通』ではなかった。 男でありながらおかっぱに近い長さで切り揃えられた緑色の髪に、宇宙人を彷彿とさせる銀色のつなぎ。
淡々と指輪だったものを片付ける彼にチラリとも目を向けることなく、女性は頬杖をついた体勢のまま長い睫毛の下の瞳で遠く……はるか遠くを見据える。
「荒れてるな、ジュピター。」
「……サターン。」
ジュピターと呼ばれた女性は小さな音を立てて椅子を揺らすと長い爪を自分の腕に突き立て、話しかけてきた相手を睨みつけた。
「アースのことか?」
「当たり前よ、アレが自分の近くにいると思うだけで……あぁ、おぞましい。」
サターンと呼ばれた男は、青みがかった髪をかきあげると、ジュピターと同じ、円卓の座に腰掛ける。
「確かに。 この場に集うことも俺の本意ではない。」
「じゃ、殺っちゃう?」
甘ったるい声に2人が顔を上げると、赤い髪をボブにした女が階段を蹴飛ばすようにして下りてきた。
「マーズ、発言のタイミングには気をつけろ。 下手に手を出せば、やられるのはこっちだぞ。」
「まったく、長年お仕えしてきたがボスの考えは解らない。
あんな輩を側に置いて……」
「場を考えろと言ってるだろう、ジュピター。 どこでアースが聞いているのか分からないんだぞ?」
サターンが声を上げると、ジュピターは唇を噛んで、制服の男に差し出された水を飲み干した。
どっかりと音を立てて、マーズが円卓の椅子に腰掛ける。
「でもさー、気に入らないよね。」
「焦ることはない。 どんな
蟲も利用する方法はある。
我々は、その『時』を待てばいい。」
2人の女幹部にサターンが目配せしたとき、室内の空気が変わるのを彼らは感じ取った。
両開きの扉が若い団員たちの手によって開かれる。
静かに、しかし重々しく靴の音を鳴らして入ってきた彼らのボスに、3人の幹部は立ち上がり、背筋を伸ばし敬礼した。
「シンオウ地方で活動を始め、はやひとつき。」
「残る所持金、たったの10円……」
「これは、働いて稼ぐしかない! そういうわけで……」
『我ら、お金を稼ぎ隊! 人呼んでピエロ
3!!』
「なんだ、ありゃ?」
無事に次の街、コトブキシティに到着してポケモンセンターにポケモンを預けていたコウキとジュン……いや、ダイヤとパールは、窓の外を走り回っている奇妙な格好の集団に目を瞬かせた。
ピエロ、だろうか。 肌の色がわからないほど濃い化粧に、テラテラした派手な衣装。
その割にはサーカスのピエロがやっているようなジャグリングやパントマイム、路上パフォーマンスのようなことはやっていない。
ビラ配り。 ひたすらビラ配り。
「ポケッチー! ポケッチカンパニーのポケッチをよろしくお願いしまーす!」
「トレーナーの必須アイテム、ポケッチー!」
「受け取れ、この紙。」
「……チンドン屋、か?」
「なんだそれ?」
「……」
遠巻きに見て泣いている子供もいるし、あれなら普通の人間のほうが良かったんじゃないかと思えるほどだ。
少し間の抜けたチャイムが鳴り、ダイヤは回復したポケモンを受け取りに再び受付へと向かう。
耳元を風が吹きぬけ、パールがダイヤのまん前へと回りこむ。
「なあ、コウキ!」
「『ダイヤ』。」
「そーだった、ダイヤ! 今からポケモンバトルやろうぜ!
考えてみたらポケモンをもらってからずーっと野生のポケモンとしか戦ってなかったわけだし、トレーナーがポケモンをもらったら、やることはひとつ! だろ?」
「このコトブキにはトレーナーズスクールもあるから、そこで基礎知識を学ぶことも出来るが?」
「クールかよ!? やってみなきゃわかんないことだってあるだろー!?」
パールが怒鳴るような声で言い返したとき、ガラス張りの窓の外から真っ赤な光とともに低い音、それと通行人たちの歓声があがった。
「さあさあ! ポケッチカンパニーのポケッチキャンペーン!
ここにいるピエロ2人にダブルバトルで勝てたら、特別に! トレーナーの必須アイテム、ポケッチをタダであげちゃうよー!」
派手なパフォーマンスとよく通る声に、通行人たちも何事かとピエロたちのもとへ集まってくる。
ダイヤはパールを横目で見た。 先ほどまですぐ横にいた彼は今にも飛び出さんばかりの勢いで窓へと駆け寄り、指紋をべったりとつけてピエロとその横にいるポケモンを見つめている。
どうやら、嫌な予感は的中しそうだ。
「……って、」
気がつけばパールがいない。 迷子を捜す親のようにダイヤが慌てて周囲に目を配ると、人ごみの奥から聞き覚えのある元気すぎる声が響いてきた。
「はいはいはーい! やる! やります!!」
「おっと、元気のいい挑戦者が来たぞ? キミ、お名前は?」
「フタバタウンのジュン……じゃなかった、パール!! 夢は世界一のトレーナー!!」
「……パール!?」
ダイヤは仰天した。 一体、何をやっているんだ、回復したポケモンも引き取らずに。
受付係が引き取りに来ないトレーナーの姿を探してオロオロしているではないか。
慌ててダイヤはヒコザルのボールを掴んでポケモンセンターを飛び出すと、人ごみをかき分けてジュンの服を引っ張った。 軽く首が絞まったのか、「ぐぇ」と小さく音がする。
「何やってるんだ!?」
「なんだってんだよー!?
……って、ダイヤか。 だって、バトルだぜ、バトル! この変なピエロにバトルで勝てばなんかくれるって言ってんだぜ!?」
「『変な』は余計だ……」
無口なピエロがメイクの下で眉を潜める。
処理しきれない事柄をどう片付けるか、何事かと集まっている人の視線を気にしながらダイヤはパールに怒鳴り返す。
「パール、お前、ピエロが言っている意味まるで分かってないだろ!
『勝ったら』渡すってことは、このピエロたち、それなり以上にバトルの腕があるトレーナーってことだぞ?
昨日今日トレーナーになったばかりのお前が戦って勝てる相手じゃない!」
「なんだよー、自分だけトレーナーを分かってるような口きいてさ!
万が一ってこともあるだろ? 戦ってみたって損はないじゃんか!」
「戦うのはポケモンなんだぞ、勝てないバトルをさせられるナエトルの気持ちも考えろ!」
「まだ負けるって決まったわけじゃないだろ!?」
「アノサ!!」
よく通る声に2人が振り返ると、先ほどバトルの呼び込みをしていたピエロが心底退屈そうな顔をしてこちらを見つめていた。
「結局、
戦るの?
戦らないの? ダブルバトル。」
「やるに決まってんだろ! ……って、ギョク、ポケモンセンターに預けっぱなしだ!
すぐ倒してやるから待ってろよ、変なピエロたち! 待ってないと罰金100万円だからなっ!!」
「だから、『変な』は余計だ……」
取り囲んでいた通行人たちから失笑が漏れる。
すぐにでもこの場を立ち去ってしまいたかったが、想像以上に早くパールは戻ってきて、ギョク……博士からもらったナエトルを足元へと繰り出した。
ピエロたちもそれぞれ赤白のモンスターボールを取り出し、小さなポケモンを召喚する。
「ビッパに……コロボーシか。」
「……『ポケモン図鑑』?」
それまでずっと黙っていた3人目のピエロが、ダイヤの手にしたそれを見て小さく声をあげた。
呼び込みピエロが両手を振って、バトル出来るだけのスペースを作る。
退路を断たれ、ダイヤは仕方なくヒコザルを自分の足元で構えさせた。
「よーし、お互いに準備はいいねー? どちらかのポケモンが2匹倒れたところでバトル終了だよ!
それじゃ……バトルスタート!!」
呼び込みピエロの声が響くと、パールは真っ先にポケモンたちの前へと飛び出し、茶色いモコモコしたピエロのポケモンに指を突きつけた。
「先手必勝だ、ギョク! 『たいあたり』!!
……って、」
「あ?」
ギョクことナエトルは人ごみにほど近いところで首をかしげると、のしのしと歩いてきてパールの足元に座り直した。
まっすぐ純粋につぶらな瞳で自分のことだけを見ているナエトルを見て、パールは理解する。
……コイツ、今の状況をまるで理解していない。
「早けりゃええってモンでもなかよ! ビッパ、『たいあたり』!!」
「受け止めろ、ギョク!!」
ハッと顔を上げたギョクの顔面に、ビッパの茶色い毛で覆われた頭が激突した。
鈍い音がして、頭と頭がぶつかったままギョクの身体が数メートル後退する。
「パール!?」
「第1問! ポケモンだけでなく、ポケモンの技にもタイプがある?」
「は?」
いきなり何を言い出すんだ、と、パールはピエロに目を向けた。
ギョクはビッパの攻撃を同じ『たいあたり』で受け止め、踏ん張り続けている。
「なにワケわかんねえこと言ってんだよ? ポケモンが出す技なんてどれも一緒だろ?」
「ぶぶーッ! ハズレです。」
そう言ってピエロが口を尖らせたのと同時に、ビッパと押し合っていたナエトルの身体がずるずると押され始めた。
「何でだよ……!? 同じ『たいあたり』なのに……!」
「ポケモンのタイプと技のタイプが同じだと威力が高まるのです。
キミのナエトルは『くさ』タイプ、ビッパは『ノーマル』タイプ。 そして、『たいあたり』は『ノーマル』タイプの技。
……つまり、」
小さな緑色の身体が宙を舞う。
パールは目を見開いた。 あんなに太い木をなぎ倒したナエトルが、力で負けるなんて。
「……余所見している場合か?」
白い手袋で肩を叩かれ、ダイヤは戦慄した。
ピエロたちのポケモンは明らかにこの近くで捕まえてきたものだ、つまり、それほど鍛えているわけではない。
だが、強い。 そしてそれを
観覧者に感じさせない。 相当の実力がなければ出来ない芸当だ。
「第2問。」
コロボーシに指示を出していたピエロが、ダイヤにピースを向ける。
「ポケモンはポケモンを倒すことで、経験値を得て強くなる?」
ダイヤはとっさにポケモン図鑑を開く。
「コロボーシ……まさか!?」
「ピンポーン、正解です。」
コロコロコロ……と、コロボーシの触角が震え、木琴のような音が響く。
身体から溢れてくる光が、辺りを街灯のように照らした。 ぎゅっとうずくまって小さくなったコロボーシの身体は、脱皮した虫のようにひと回り……いや、ふた回り近く大きくなる。
「ポケモンは、他のポケモンを倒すことで強くなります。
なかには、今のように『進化』といって姿形をまるっきり変えるときもあるんです!
今、ナエトルをビッパが倒したことで、同じチームであるコロボーシに経験値が入りました。
虫ポケモンは特に進化のレベルが早く、コロボーシは10レベルになると、進化してコロトックになります。
そして、今まさに! 経験値を得たコロボーシはコロトックに!」
「……そーんなことも、このポケッチがあればわかっちゃうんです!」
腕時計状の機械を掲げながら話す呼び込みピエロの声に、観衆から軽くどよめきがあがった。
「どうすんだよ、コウキ……オレたちいいように宣伝に使われちまってるぞ!」
「ダイヤだ!」
使われるもなにも、そういう計略に突っ込んでいったのはパールの方だろう、と、ダイヤは心の中で毒づく。
ともかく、今のままでは圧倒的に不利だ。 流れる汗にダイヤは首に巻きつけたマフラーを軽く緩める。
飛び跳ねるようにビッパの攻撃をかわしたヒコザルを高い声で呼ぶと、進化したばかりの赤い虫ポケモンを指差しダイヤは指示を出した。
「『キング』、コロトックに集中しろ! 進化しても相性は変わらない!」
「キッ」と金属質な鳴き声をあげると、ダイヤのヒコザルはコロトックへと飛び掛かる。
「『ひのこ』!」
「『がまん』!」
思い切り息を吸い込んで吐き出された炎の粒を、コロトックはナイフのような両腕を交差させて耐える。
「集中しろ、キング! もう1度『ひのこ』だ!!」
ダイヤの指示が飛ぶと、キングは大きく息を吐き出して相手のポケモンを睨みつけ、もう1度口から炎を吐き出した。
熱気に包まれたコロトックから悲鳴があがり、小さな赤と白のボールがコンクリートの上を跳ねる。
直後、キングは真横からの『たいあたり』に弾き飛ばされた。
「こっちも忘れてもらったら困るで!!」
ビッパ使いのピエロがダイヤを挑発する。
「……誰が、忘れてると?」
冷静なダイヤの声に、ピエロの表情が一瞬凍りついた。
ヒコザルの尻から燃え上がっている炎の色が青白く変わる。 コンクリートの地面を爪でひっかくと、ヒコザルは自分を攻撃した茶色いポケモンを睨みつけ、大きく息を吸い込んだ。
「キング、『ひのこ』だ!!」
ヒコザルから吐き出された炎は『ひのこ』というには大きく、火山から噴き出される火炎弾を彷彿とさせた。
避ける間もなく炎は茶色いポケモンの毛並みを燃え上がらせ、辺りを真昼のような明るさに染める。
熱気にあてられた観衆から高く悲鳴があがった。 ダイヤは伸ばした指先を膝の辺りまで下ろすと、目を細めて黒く焦げ付いたアスファルトを睨む。
「第3問、ポケモンに道具を持たせることが出来る?」
静まり返った空間にピエロの声が聞こえたかと思った瞬間、ヒコザルの身体は飛び出してきた黒い影によって真横に吹き飛ばされた。
1度コンクリートの上を跳ねると、ダイヤのヒコザルは赤と白のモンスターボールへと姿を変える。
「脚の間を抜けて……!」
ダイヤは即席のバトルフィールドの真ん中で荒い息を吐いているビッパを見て小さく声をあげた。
「ポケモンは1つだけ道具を持つことが出来ます。 道具の種類によって、持つだけで効果が現れたり……
……この、オレンのみのように、戦っているときにポケモンが勝手に食べたりします。」
そう言うと、ピエロはポケットの中から小石ほどの大きさをした青い木の実を取り出し、ダイヤの手元にそれを放った。
ダイヤはそれを知っていた。 オレンのみは、食べたポケモンの体力をほんの少し回復させる効果がある。
辛うじて立ってはいるが、ビッパは息も絶え絶え、今にも倒れそうだ。
渡された『オレンのみ』を強く握ると、ダイヤはコンクリートに転がったヒコザル……キングの、モンスターボールを拾い上げた。
「なんだってんだよーッ! ダイヤ、負けちまったのかよ!?」
「そうだ。 『俺たち』は負けたんだ。」
声を張り上げるパールにダイヤが低い声で返すと、パールは押し黙った。
「決着ぅーッ!! 1対0でピエロチームの勝ちです!
しかし、挑戦者大健闘でした! みなさん、勇敢に戦った若いトレーナーたちにも盛大な拍手を!!」
呼び込みピエロの声が通りに響く。
パチパチと割れるような拍手をダイヤとパールが浴びていると、ダイヤの足元に先ほど戦った、唯一『ひんし』にならなかったビッパが寄り添っていた。
いつの間にか目の前にいたピエロ2人に、パールが何かを期待したような視線を向ける。
ビッパ使いのピエロがダイヤに何かを耳打ちした。 彼は一瞬眉を上げて見せたが、すぐに冷たい顔をピエロへと向ける。
「……ピエロに知り合いはいない。」
「そか……」
ぽかんとしているパールの手を引くと、ダイヤはポケモンを休ませるため再びポケモンセンターへと足を向けた。
再びピエロたちの呼び込みが始まる。 先ほどのバトルで、どの程度の宣伝効果が得られたのかは定かではないが。
「コウキ、ピエロに何言われたんだ?」
「『ダイヤ』。」
ぶっきらぼうに返したダイヤに、今度はパールが眉を潜めてみせた。
「教えてくれたっていいだろー? 『ダイヤ』!」
「ただのナンパだった。」
「げっ、男が男に!?」
「1人は女。」
「マジで!?」
振り返りながら歩くパールを引きずるようにしながら、ダイヤは戦いで消耗したヒコザルたちをポケモンセンターへと預ける。
トレイに乗せられ、奥へと連れて行かれるヒコザルのボールを見ながらダイヤはため息を吐いた。
突発的なバトルだったとはいえ、今日は実力不足を痛感させられた。
自分に、それにパールにもバトルの基礎を叩き込むために、明日はトレーナーズスクールへ。
天井でチラチラと光る照明を見つめながら、ダイヤはそう心に決めた。
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