「なんだってんだよーッ!!!」


街中に響き渡るような大声に、ダイヤはその場で両耳を塞いだ。
コトブキシティの中央に位置するトレーナーズスクール。
机に突っ伏したパールの前に積み重なっているのは、ポケモンやバトル関連の資料の山、山、山。
これでも、彼が分からない範囲に絞って資料を集めたつもりだったのだが、気がついたらこんな量になってしまった。
「それを言いたいのはこっちだ……」
ダイヤはハンチング帽の上から頭をボリボリとかく。
もう片方の手には分厚い辞書。 これも資料だ。 現在までに判明しているポケモンの技の一覧。
「『世界一のトレーナーになる』って、あれだけ言っておいて……なんで基本的なタイプ相性すら理解してないんだ?」
「だって、強くなればそんなの関係ねーじゃんか!
 本当に強いトレーナーには相性なんて関係ないんだぜ! ポケモンリーグとかもそうだったじゃねーか!」
「初心者とリーグ出場者を同じ土台で話すな!
 相性をくつがえすことだって、基本が出来ているからこそだ。 全てのバトル、力押しじゃ勝てないことは、昨日の一件で分かっただろう。」
「う……」
真っ黒な瞳に睨まれたパールは、肩をすくめると机に突っ伏した体勢のまま押し黙った。
詰まれた本の山から1つ取ってパラパラとページをめくるが、すぐに頭から煙を噴き上げて倒れ込む。



「……かいつまんで話すぞ。」
ダイヤは、眉間に寄ったしわを指で押さえながらパールへと話す。
「昨日のバトルで得られたものは大きい。
 まず、ポケモンと、そのポケモンが使う技には、それぞれ『タイプ』がある。 ポケモンが繰り出す技は自分と同じ『タイプ』の方が威力が大きい……ここまでは分かってるよな?」
「ナエトルが『くさ』で、ビッパが『ノーマル』……だっけか?」
そう、と、小さな声で返すと、ダイヤはトレーナーズスクールの奥で遊んでいた自分のヒコザルを呼び寄せる。
「実際見た方が早いだろう。 キング……ヒコザルは、『ほのお』タイプ。
 今から出す『ひっかく』と『ひのこ』は同じ威力の技だ。 『ひっかく』が『ノーマル』タイプで、『ひのこ』がヒコザルと同じ『ほのお』タイプ。
 ……キング。」
キングと呼ばれたヒコザルはうなずくと、彼の肩から飛び降りて練習用の人形の前に立った。
「どのくらい差があるのか、図鑑をよく見ておくんだ。 『ひっかく』!」
キャッ、と、高い鳴き声をあげるとヒコザルは練習用の人形に飛びかかり、鋭い爪を振り下ろした。
パールが手にしたポケモン図鑑の中で数字が動き、人形のHPが3分の1ほど減少する。
「『ひのこ』!」
ヒコザルが吐き出した『ひのこ』は、人形のHPを半分ほど奪い去った。
図鑑を片手に口を半開きにしているパールを前にダイヤは自分のポケモン図鑑を取り出すと、その赤い表紙を横目に小さく息を吐いた。
「これが基本だ。 タイプの一致は、言い換えればそのポケモンの得意技とも言える。
 特に事情がない限りは、最低1つはポケモンと同じタイプの技を覚えさせておく。
 『くさ』タイプのナエトルなら『すいとる』、それに、レベル13で覚える『はっぱカッター』といった具合だな。」

ここまで言って、ダイヤははたと動きを止めた。
会話が終了してしまった。 分かりやすいように1つずつ話しているつもりだったが、超がつくほどせっかちなパールの場合……
「『すいとる』に『はっぱカッター』だなッ!!
 よし、使いまくって目指すは最強のトレーナーだぜ!!」
「ちょっと待ッ……ジュンッ!! まだ、話は……!!」
……遅かった。 言うが早いか、ジュンことパールは部屋の隅で丸まっていたナエトルをボールにしまってトレーナーズスクールを飛び出していってしまった。





とはいえ、単純なジュンのことだ、行き先など容易に想像がつく。 そして、その想像は見事に的中した。
段々畑のような道が続く203番道路。 コトブキシティのポケモンセンターから1番近いその草むらで、金髪の少年は威勢よく指示の声をあげ続けていた。
「『すいとる』! 『すいとる』!!
 なんだってんだよーッ! 全然きいてねーじゃんか!!」
「そりゃ、ムックルに『くさ』タイプ技じゃ『こうかはいまひとつ』だろう……」
通りすがりの野生ポケモンに襲い掛かっていたパールは、ダイヤの姿を見つけると大きな瞳を見開いて彼の方へと詰め寄った。
「どーゆーことだよ、コウキッ!?」
「ダイヤ、だ。」
「ダイヤッ! 教わったとおり『くさ』タイプ技出してんのに、ちっともダメージ与えらんねーぞ!?」
「話の途中でパールが飛び出したんだろう?
 これがもう1つの基本、相性だ。」
「アイショウ?」
見開いた目を点にして、おもちゃのレコーダーのようにパールはダイヤへ聞き返す。
ダイヤのポケモン図鑑が電子的な音をあげ、モノクロの小さな鳥を画面に映し出した。
名前は『ムックル』、タイプは『ノーマル』と『ひこう』。
「『ノーマル』っていうのは、ポケモンのタイプ16種類どこにも属さない、言わばタイプの無いタイプだ。 だから、今のところムックルは『ひこう』タイプと考えればいい。
 ポケモンはタイプごとに得意な……ダメージを受けにくい技と、苦手な、強烈なダメージを受ける技がある。
 技にもタイプがあることはここまでの話で分かってるよな?」
「『すいとる』や『はっぱカッター』が『くさ』タイプで、『ひのこ』が『ほのお』……だろ?」
「そう。 それで、『ひこう』タイプのムックルに『くさ』タイプの技は効果はいまひとつ……本来のダメージの半分程度しか与えられない。」
涼しい顔をしてダイヤがそう言うと、こっそりと逃げ出そうとしていたムックルが跳ね上がる勢いでパールは大声をあげた。
「なんだよー! それじゃ勝てないじゃんかよー!?」
「そう悪いことばかりでもないぞ。 たとえば、今パールのギョクが少しずつHPを削ったおかげで、そこのムックルは捕獲にちょうどいい弱り具合だ。」
ギクッと、背を向けたムックルから音が聞こえた。
怒りでへの字に曲がっていたパールの口元が、みるみるにやけていく。
慌てて逃げようとムックルが翼を広げた次の瞬間、小さなムックルの身体は、さらに小さなモンスターボールの中へと吸い込まれていた。

「相性サイコーッ!!」
ポケモンを捕まえるためにあえて相性の悪い技を選択する……というのは、どちらかというと応用編なのだが、言うとややこしくなるのでダイヤは黙っておくことにした。
なにより、うまれて始めてポケモンを捕まえたパールの輝きださんばかりの笑顔を崩すというのは大人のすることじゃない。
「なあなあ、ダイヤ! こいつ、強いのか?」
「どうだろう、さっき言った相性の問題もあるからな……『トレーナーの腕による』としか言えないな。」
「でも、ギョクより強いんだろ!?」
少しムッとした顔をすると、ダイヤは図鑑をバッグへとしまい、赤白のモンスターボールを放り投げた。
出てきたポケモンを見て、パールは表情を変える。 ヒコザルじゃない。
猫……にしては少し大きな、大きな耳が特徴の青い毛並みを持つポケモンだ。
「なら、バトルしてみるか? こいつならレベルは同じだ。」
「よっしゃー!! それじゃ、いくぜッ!」
明らかな挑発にも気付かずパールは受け取ったきずぐすりでムックルを回復させると、拾い上げたばかりのモンスターボールからムックルを呼び出した。
「ちゃんと覚えてるぜ、ムックルは『ノーマル』タイプで『たいあたり』も同じ『ノーマル』タイプ! だから、他のタイプよりも強い攻撃が出せる!
 ムックル! じゃなくって、えーっと……『ギン』! 『たいあたり』だ!!」
「ルーク、『スパーク』。」
ダイヤが指示を出すと、青いポケモンはキャン、と、犬とも猫ともつかないような鳴き声をあげて上空から飛び掛ってくるムックルを迎え撃った。
小さなポケモン同士がぶつかった瞬間、真っ白な閃光と火花が散り、あまりのまぶしさに目を細めたパールはまぶたの隙間から見えた光景に驚きの声をあげる。
一撃で、たったの一撃で、パールのムックルは負けていた。
「ど……どーなってんだよーッ!?」
パールの絶叫にダイヤは顔をしかめる。
「なんなんだよ、そのポケモン! これで同じレベルとかぜってーあり得ねーだろ!?
 だって、体力満タンだったんだぜ!? 一撃でやられるとか、このポケモン図鑑壊れてんじゃねーのか!?」
「それが相性だ。」
いさめるような視線にパールの口が止まる。
「ポケモンが弱点……苦手なタイプの技を受けたときのダメージは、通常の2倍だ。
 パールの目には、ただの『たいあたり』同士の激突に見えたかもしれないが、『スパーク』は電気をまとって相手に突進する『でんき』タイプの技だ。
 ムックルのタイプの1つである『ひこう』タイプは『でんき』タイプの攻撃に弱い。」
「じゃあ……!」
「そして!」
何か言おうとしたパールをさえぎると、ダイヤは息を吸い込みその先を一気に続ける。
「『でんき』は『じめん』に弱く、『じめん』は『こおり』に弱く、『こおり』は『はがね』に弱く、『はがね』は『かくとう』に弱く、『かくとう』は『エスパー』に弱く、『エスパー』は『むし』に弱く、『むし』は『ほのお』に弱く、『ほのお』は『みず』に弱く、『みず』タイプは……」
視線を感じたギョクがふいと顔を上げた。
吐ききった息を小さく吸い込むと、ダイヤはギョクを横目に、先ほどよりはいくらか静かな声で続けた。
「……『くさ』に弱い。」
「は。」
「さっきも言ったぞ、『トレーナーの腕による』……と。
 弱点がある以上、個のポケモンに絶対的な強者はいない。 つまり、どこかで弱点をおぎない合う必要がある。
 それは、今、ギョクが『ノーマル』タイプの『たいあたり』覚えているように、自分のタイプと違う技を覚えさせることであったり……
 今出したムックルやコリンクのように、他のタイプのポケモンを仲間にして支えあったり……」

しばらくぽかんとしていたパールだったが、やがて電池の切れかけたおもちゃが急に動き出したように顔を上げると、
「で、でもよ……」
そう言ってから、少し視線を泳がせ言いにくそうに続ける。
「さっき言ってたポケモンのタイプ……何種類あるつってたっけ?」
「『くさ』『ほのお』『みず』『でんき』『ひこう』『じめん』『こおり』『はがね』『かくとう』『エスパー』『むし』『どく』『ゴースト』『いわ』『あく』『ドラゴン』
 それに『ノーマル』を加えた17種類だ。」
「……で、それぞれに得意なタイプと苦手なタイプがあると?」
「そうだ。」
「……ポケモンのタイプ、何だって?」
「『くさ』『じめん』『ほのお』『かくとう』『みず』『はがね』『ノーマル』『ひこう』『むし』『でんき』『エスパー』『どく』『いわ』『ゴースト』『あく』『こおり』『ドラゴン』。」
「そんなに覚えられっかーッ!!?」





「……やったら、アプリ使ってみっとー?」
乾いた空気に間延びした声が響き、ダイヤとパールは睨み合った姿勢のままぽかんとした顔で動きを止めた。
「よっ」という掛け声が聞こえたかと思うと、枯れた葉っぱをいくらか巻き込んでダイヤとパールの目の前に派手な色の物体が落っこちてくる。
昨日のピエロだった。 落ちた衝撃で丸い鼻が取れて、白いメイクの真ん中から肌色が飛び出している。
「おまっ……!? ちょ、ちょ、ちょっ……、ピエッ……昨日の!?
 な、なんなんだよッ!? 昨日のしかえしか!?」
「勝った相手に仕返しもなんもなかやろー。 オレは忘れモン届けに来よるだけやけん。」
そう言うとピエロはズボンのふくらみから、こぶし大ほどの包み紙を取り出しダイヤとパールそれぞれに放った。
ピカピカと光る金色のシールで短いリボンがとめられたそれを、ダイヤが慎重に、パールが乱暴に破ると中から透明なプラスチックで出来た立方体の箱が顔を出す。
「参加賞や。」
「オイ、これ……ポケッチ!?」
ピエロの白い指先と頬を紅潮させたパールの視線の交わる間に、リストバンドに機械の取り付けられた……言い換えれば少し大振りの腕時計が透明な箱の中に収まっていた。
今、シンオウ地方で大流行のポケモンウォッチ……通称『ポケッチ』だ。

「ピエロに勝ったらプレゼント……じゃ、なかったのか?」
青色のポケッチが入った箱を手のひらで転がしながら、ダイヤは眉を潜めてピエロに尋ねる。
ピエロは肩をすくめた、おどけた様子で。 まるで疑われるのが心外だとでも言わんばかりに。
「そうやったんやけど、結局あの後、だーれも勝てるトレーナーがおらんかってな。
 景品分のポケッチはくれるって社長さん言っとったんやけど、オレらが持っててもしゃあないし。
 で、話し合って『ぜんとゆーぼー』なトレーナーに譲ることにしたんや。」
「マジで!? オレら、ゼントユーボー!?」
ダイヤはボロボロのはずのパールのギョクを思い出し、顔を引きつらせた。
どちらかといえば、ゼントユーボーというより、ゼントタナンと言った方が正しい気がする。
「少しくらい、信じたってもよかんやなかか?」
ダイヤはピエロを見た。 今の言葉は明らかに自分に向けられてのものだ。
メイクの下に隠れたいたずらっぽい瞳でダイヤのことを見ると、ピエロはひょいと立ち上がり、高々と腕を空へ向けて突き上げた。


「せや! ポケッチカンパニーのポケッチは、そんな『ぜんとゆーぼー』な初心者トレーナーの味方!
 アプリを使えば、ややこしいタイプ相性も一発! 時計機能で遅刻知らず!
 しかもアプリは後から追加可能、カスタマイズも自由自在や!」
「おぉっ!」
「実際に使ってみたほうがわかるやろ、早速つけてみ!」
ピエロにうながされるままパールはいそいそとオレンジ色のポケッチを取り出すと、細い手首に巻きつけて電池蓋に挟まっているシートを引き抜いた。
一瞬の間の後、単色の液晶画面にデジタルの文字が浮かび上がり、純情な少年はわぁと声をあげる。
「右のボタンでアプリ切り替えや。 デジタルメモはアプリを切り替えた時に書き込んだ内容が消えてしまうから注意せえよ。」
はしゃぐパールに毒気を抜かれ、ダイヤも透明な箱からポケッチを取り出した。
ダイヤのポケッチは1番スタンダードな青色、ボーイズモデルだ。 プラスチックの隙間から絶縁シートを引き抜いて腕に巻きつけると、パールのポケッチと同じようにデジタル時計が浮かび上がる。
「って、ピエロ! これ、なんかアプリ多くね!?」
「最新機種やけん。 他にも、開発中のアプリとか、他とは一味違うモン入っとるばい!」
歓声を上げるパールを見てダイヤは諦めた。
「……そういえば、『そう』だった。」
うん、諦めよう。 何を諦めるって、パールに普通のトレーナー指導をすることをだ。

大きく、深く、体中の酸素が抜けるほど強くため息を吐くと、ダイヤは小さな手を握り、パールを睨むように見据えた。
視線に気付いたパールがダイヤの目を睨み返し、茶色い地面に靴の跡をつける。
「よっしゃあ! それじゃ、新しいアイテムも手に入ったことだし、ダイヤ、バトルだ!」
「……いいのか?」
「な、なにがだよ……」
2人のやりとりを見ていたピエロが「お、」と、口を開いた。
口元に笑みを浮かべたダイヤにひるんだのか、もらったばかりのポケッチに視線を落としたパールは画面を次々と切り替え、「あっ」と声を漏らす。
「って、ギョクもギンもHPほとんど残ってなかった!」
「やれやれだな。 パールのペースに合わせてたら100年経ってもポケモンリーグまで辿り着けなさそうだ。
 悪いけど、クロガネシティには先に行かせてもらうぞ。」
「な、なんだよ、クロガネシティって!?」
それすら知らなかったのか、と、驚きを通り越して呆れ果てる気持ちをダイヤはグッとこらえる。
「『クロガネ』『ハクタイ』『ヨスガ』『トバリ』『ノモセ』『キッサキ』『ミオ』『ナギサ』。
 今、シンオウ地方にある8つのポケモンジム。 そこにいるジムリーダーに勝って手に入れるジムバッジを8つ揃えれば、ポケモンリーグ本戦に行ける。
 それを勝ち上がって優勝したものがチャンピオン……言い換えれば、最強のポケモントレーナーだ。」
本当はもっと上もあるのだが、ダイヤは黙っておくことにした。
「パールがトレーナーになると聞いて、いいライバルが出来たと思っていたんだが……」
本当は断固阻止しようと思っていたことも、ダイヤは黙っておくことにした。
暴言に近いダイヤの言葉を止めるか悩んでいるピエロの横で、パールは唇を白くして震えている。
ダイヤは夜を吸い込んだような黒い瞳でパールのことを見つめていた。
乗ってくるはずだ。 彼の性格なら、絶対に。


「だったら勝負だ、コウキ!!」
「ダイヤだ。」
ダイヤは訂正する。 同時に、緩みそうになる口元を必死で押さえていた。
「オレとおまえ! どっちが先にポケモンリーグに出場できるか!」
「いいが、博士の助手として働いていた分、トレーナーとしての経験は俺の方が上だぞ。」
「そんなの関係ねー! いいか、逃げたら罰金100万円だからな!
 今からスタートだッ!」
言い切るが早いか、パールはポケモンセンターのあるコトブキシティの方角へと走り去ってしまった。
やれやれ、と、ダイヤは息を吐いてから、一連の流れを呆然と見ていたピエロへと視線を移す。
口を開きかけて、また閉じた。
それを見てピエロは取れかけた赤っ鼻をぐりぐりと押し付けながら、肩をすくめる。
「その方がよか。 今、あんまり知りすぎるとお互いのためにならん。」
「じゃあ、また会うんだな。」
「オレら旅一座やけん。 しばらくシンオウば回っとるから、そんなこともあるかもしれんな。」
じゃ、と、言い残してピエロは足早にその場を立ち去る。
残されたダイヤの肩に冷たい風が吹きつける。
ダイヤは頭に乗せたハンチング帽を脱ぐと、その風に髪をなびかせながら、はるか遠く、シンオウの中心にそびえる山、テンガン山を睨みつけた。
不穏な風は、まだ雪の残る山肌を伝って容赦なくダイヤの全身を叩きつけてくる。





同じ頃、コトブキシティのポケモンセンターから程近いマンションの一室で本を読んでいた女性が視線を上げた。
開けっ放しの窓から入り込んだ風が渦を巻き、先ほどまでそこにいなかったはずの人影が部屋の中にいる2人へと口を開く。
「全部で、10人。」
「多いね。」
文庫本をパタリと閉じながら、女性は部屋の隅にいる青年へと顔を向ける。
その声は、昨日テレビコトブキ前にいたピエロだった。 女性に視線を向けられた青年は軽く足を上げると、背を預けていた壁から離れ、ポリポリとかゆくもない頭をかく。
「そもそも、実力行使に出られる相手やなか。」
「面倒な仕事を引き受けてくれたな。」
窓辺の人間に言われ、壁際の青年は軽く肩をすくめた。
真似するように肩をすくめると、窓辺の人間はもう1度部屋の中の2人を見比べ、落ち着いたトーンの声で尋ねる。

「それで、どうする?」
「予定通りに。」
本を読んでいた女性から短い言葉で返されると、窓辺の人間は心底面倒くさそうな顔をしてため息を吐いた。
「仕事。」
「……わかっている。」
壁際の青年に諭され、窓際の人間は窓の下を覗き込むと、誰もいない裏路地へと飛び降りた。
彼が来る前と同じ冷たい空気が、部屋の中を舞って外へと抜けていく。
女性は机の木目に合わせてひじを突くと、畳んでいた文庫本のページをパラパラとめくり始めた。
それを見て壁際の青年は何も言わず部屋を出て行く。
今は、静かだった。


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