力強く大地を蹴って飛び出したナエトルの攻撃も、そのポケモンの前では床を転がるピンポン玉も同然だった。
ナエトルに少し似た黄色いポケモンが顔を少し上げただけで、顔面同士で押し合っていたナエトルは簡単に弾き返されコロコロと地面の上を転がってしまう。
「くっそーッ、ギョク『たいあたり』!」
「軽いよ、その攻撃!」
「『かみつく』!」
「まだまだっ!」
パールは息切れしていた。
ぜえぜえと荒い呼吸をからかうようなジムリーダー、ヒョウタの笑みに奥歯を噛み締めると全身の力を込めた一撃を叩きつける。
「『はっぱカッター』!」
「『てっぺき』!」
顔面に当たった途端ひらひらとはかなく落ちていく『はっぱ』にパールは絶句する。
「もう終わりかい?」
言葉の続かない挑戦者を見て、ヒョウタは人差し指をナエトルへと向けた。
「……くっそおぉー!!」
叫んだところで何かが変わるはずもないが叫ばずにはいられなかった。
完敗だ。 相手のポケモンと自分のポケモン、防御力が違いすぎる。



たったの2ターンでジムバトルが終わってしまい、ダイヤは驚きを隠せずにいた。
ダイヤのポケモンたちだって弱くはないはずだ。 なのに、キングもルークも一撃でやられてしまうなんて。
完敗だ。 相手のポケモンと自分のポケモン、攻撃力が違いすぎる。
「……うん、筋は悪くなかったね。
 あと一撃入っていたらジャスミンももたなかったかもしれない。」
ジャスミン、と呼ばれたポケモンはごつごつの頭を持ち上げてフンと鼻を鳴らす。
クロガネ炭鉱でも使っていたが、見たことのないポケモンだ。
倒されたルークをモンスターボールへとしまうと、ダイヤはヒザを突いてジャスミンの様子をよく観察する。
「このポケモン、学名は?」
「え? 確かキミ、ナナカマド博士の助手って言ってなかったっけ?」
そうは言っても、ポケモン図鑑にも載っていない。
開いたままの図鑑を片手にダイヤが首を振ると、ヒョウタは心底不思議そうな顔をして腰に手を当てた。
「おかしいな、ポケモン図鑑の故障かな? まあ、いいか。 ジャスミンの学名は、ズ……
 ……あれ?」
「?」
今度はダイヤが首を傾げる番だった。
喉に小骨が突っかえたような顔でヒョウタは視線を宙にさ迷わせると、申し訳なさそうな顔をダイヤに向けて、首の後ろに手を当てる。
「ごめん、ド忘れしたみたいだ。 明日までにはなんとか思い出しておくよ。」





「恐らくそれは、『ズガイドス』と『タテトプス』だな。」

「なんだよ、それ! 聞いたことねーぞ!?」
受話器の背中に耳をくっつけているパールを押し返すと、ダイヤはペンを持ち直す。
「博士、それは、どういったポケモンなんでしょう?」
『ウム、2匹とも化石から蘇ると予測されている古代のポケモンだ。
 ズガイドスは鉄のように硬い頭で獲物をしとめる攻撃に長けたポケモン。
 タテトプスは防御に優れたポケモンで、顔面で受けた攻撃は全て弾き返すと言われておる。』
「ずりーぞ、コウキ! どっちが『ずがいどー』でどっちが『たてっぷす』だよ?」
「だから『ダイヤ』だ!」
『ウム? 推定されるタイプは『いわ』だと言われておるが……?』
不思議がるナナカマド博士に気にしないで下さい、と、言い訳すると、ダイヤはメモを取りながら受話器を持ち直す。
「しかし、博士すら伝聞でしか知らないようなポケモンを何故、ジムリーダーが?」
『ヒョウタのことだろう? それは、彼が『いわ』のエキスパートだからだ。
 彼は、クロガネの前ジムリーダートウガンの息子で幼い頃から炭鉱に親しんでおり、また、彼自身も研究家であり主に地質学を専門としておる。
 そのため、地下通路でズガイドスとタテトプスの化石らしきものが発見されたとき、彼のところへと預けられたのだ。
 クロガネにある博物館で成分を分析し、復元に必要なデータを集めていると聞いていたのだが……』
「ダイヤー、博士からあのポケモンの倒し方聞いてんだろー?」
「ちょっと黙れ!」
『ウ、ウム……? そこまで長く話していたのか?』
「いいえ! 博士のことではなく……!」

「……すみません。」
結局、パールはルークに追い出してもらった。
電話越しの無言にダイヤは努めて平静な声を出すよう、喉を調整する。
「ええと、お話を聞くに、あの2体はジムリーダーが化石から再生させたものだと?」
『ウム、驚きだな。』
回したペン先が指に当たり、プラスチックとバネのぶつかる軽い音が鳴る。
「驚き……ですか。 私としては違和感、ですね。」
『どういうことだ?』
「クロガネのジムトレーナーたちも2体のポケモンを見たのは昨日が初めてだと言っているんです。
 しかし、今日のバトルは、初戦とは思えないほどポケモンとジムリーダーの息が合ったものでした。
 ジムリーダーがポケモンの存在を隠していた可能性もありますが……」
『彼を疑っているのかね?』
「はい。」
『しかし、問うにもバトルを勝たぬことには対等に話せんぞ。』
確かに。 「知らない」を理由に負けっぱなしでは、ナナカマド研究所の名折れというものだ。
背もたれに身体を預けるダイヤの指先で、回したペンが風を切った。


そういう訳だから、特訓しよう……と、ダイヤはパールに持ちかけるつもりだったのだが。
「あれ。」
ポケモンセンターを出てみれば、パールがいない。
彼に電話を邪魔されないよう見張っていたはずのルークは自動ドアの傍らで、不機嫌そうな顔をして青い身体を丸めている。
どうした、と、訊こうとして、ダイヤは足を止める。
ルークのわき腹につけられた攻撃痕。 傷の大きさの割にルークが警戒していないことから考えて、やったのは恐らくパールのナエトルだろう。
ここにパールがジム戦後に話していた内容を加えると、ある仮説が成り立つ。
「これは……先を越されたか?」




「あぁああぁっ!! 良かったよぉ、ジャスミン、ジョセフィーヌッ!!
 戦っているキミたちの姿は、まさに太古の女神さ! ロックイズビューティッフォー!!」

「イチダイジだ。」
「……一大事だな。」
「うそうっそー♪」
一戦終えても一大事のヒョウタに、クロガネジムのトレーナー、シンスケとコウタは顔を見合わせていた。
彼らの知っているジムリーダーは若いながらもカリスマ性があり、常に冷静で頭も良く、荒くれも多いこの炭鉱街を取り仕切っているような、そんな人間のはず。
目の前にいる、娘にべったりの父親のようなこの古代ポケモンかぶれの男は誰なのか。
「うっそうっそー♪」
「お前はのんきだよなぁ、ウソッキー……」
なぜか機嫌のいいウソッキーを横目にコウタがボソッとつぶやくと、突然ジムの扉がバーン!と開き、コウタは跳ね上がった。
「もう1回勝負だッ、ジムリーダー!」
朝のトレーナーだ。
ススキのような髪を振り乱し、白い頬を紅潮させている彼の瞳は、ついさっき負けたトレーナーとは思えないほど自信と期待に満ちている。 

「やあ、また来たね! ジョセフィーヌはまだまだ戦えるよ!
 それとも、今度はジャスミンと戦ってみるかい?」
ビッ!と、パールは黄色いポケモンに指を突きつけた。
「リベンジだぜ!」
「オーケー、ジョセフィーヌだね。 じゃあコウタ、ジャスミンを頼む。
 シンスケは2番フィールドの準備、5分あればいけるね?」
「は、はい!」
『いつも通り』のヒョウタの態度にコウタたちはかえって戸惑う。
眉を潜めるチャレンジャーをバトルフィールドへ通すと、壇上にいるジムリーダーはコウタたちの知っているそれの顔をして小指で赤いフレームのメガネを持ち上げた。
「僕はジムリーダーのヒョウタ、『いわ』タイプのポケモンとともに歩む事を決めたトレーナーさ!
 キミのトレーナーとしての実力、そして、一緒に戦うポケモンの強さ……見せてもらうよ!」
軽快なバトル開始のブザーが鳴ると同時にチャレンジャーはまだピカピカのモンスターボールを投げる。
「行くぞッ、ギョク!!」
弾けるようなボールの開閉音とともに緑色の小さなポケモンが黄土のフィールドに足をつける。
パールの指示よりも前にギョクが走り出し、フィールドから出ようとしていたシンスケはえっと声をあげる。
だが、織り込み済みの行動だったのかパールは慌てなかった。
細い指を高く天へと掲げると、振り下ろしざまに声を高く響かせる。

「『たいあたり』!」
耳に刺さるようなガツン!という音が狭いバトルフィールドに響き渡る。
鉄板のようなタテトプスの額に額をつけたまま、パールのナエトルは低い声でうなっていた。
「どうしたんだい? 同じことを繰り返していてもジョセフィーヌには傷ひとつつかないよ!」
オス、だったはずだよなぁ、と、戦わないポケモンを預かっているコウタは妙に機嫌のいいウソッキーの方に視線を向けた。
ひるむ様子もなくパールはフィールドの中央で睨み合っているギョクに指示を出す。
「『はっぱカッター』!」
風を切って放たれた緑色の刃がタテトプスの額に当たり、ひらひらと舞い落ちる。
続けざまにパールは『はっぱカッター』の指示を出す。
さっきと同じじゃないか、と、コウタがジムリーダーの方に目を向けると、何かを警戒するようなヒョウタの視線に彼は眉を潜めた。
「『はっぱカッター』!」
「……来るよ、ジョセフィーヌ。」
ヒョウタの予言通り、3回目の『はっぱカッター』を撃った直後、ギョクはジョセフィーヌに向かって突っ込んできた。
飛んできた『はっぱカッター』を硬い顔面で受け止めると、真っ直ぐに突っ込んできたギョクの姿が消える。
一瞬うろたえるタテトプスに、ヒョウタの鋭い指示が飛んだ。
「左だ!」
飛び退いたタテトプスの横っ腹スレスレを緑色の物体が駆け抜ける。
ホッと息をつきかけたところでヒョウタの目が見開いた。
ナエトルじゃない。 ギョクだと思っていたのは散らばっていくただの草の固まりだ。
「ギン! 『でんこうせっか』!!」
ギョクと入れ替わりで飛び出したムックルのクチバシが、むき出しになったタテトプスの横っ腹に突き刺さる。
鉄を叩いたような高い鳴き声が響く。
「畳み掛けろ! ギン、『つばさでうつ』攻撃!」
濡れた布で壁を叩いたような音が、トレーナーたちの肌を刺す。
タテトプスはわずかによろめいたが体勢を立て直すとギンに大きな頭を向けて突っ込んできた。
「ジョセフィーヌッ! 『とっしん』だ!」
バトルフィールドが光に包まれた直後、大きな音が鳴り、ジョセフィーヌに突き飛ばされたギンが黄色い土の上を跳ねる。
わずかな光とともにギンがモンスターボールに戻ったかと思った瞬間、パールは大きな声をあげていた。
「ギョク、『はっぱカッター』!!」
タテトプスが振り返ったときにはもう攻撃が命中していた。
完全に油断していた真後ろからの攻撃にタテトプスは吹き飛ばされ、自慢の顔を1度フィールドにぶつけてモンスターボールへと戻っていく。
はぁっと大きく息を吐くと、パールはバトルの終わったフィールドの土を指で撫でながら、後ろに向かって小さく声をあげる。


「……人のジムバトル邪魔すんなよな。」
「悪かった。」
入り口の扉に手をかけたまま、ダイヤはそう言って後ろ姿のパールに頭を下げる。
正直、驚いている。 ジム戦で先を越されたこともそうだが、完全に未知とも言っていいポケモンを相手に的確に指示を出して勝利したことに対してだ。
首元をしめつけるマフラーを緩めると、ダイヤは口元に笑みを作る。
「おめでとう。」
くしゃみをガマンするようなパールの顔にギョクが首を傾げた。
「な、なんだよ、お前が素直に褒めてくると気持ち悪いな……」
「普段は叱られるようなことしかしないからな。」
「な、なんだよ! オレがいつそんなことしたってんだよ!?」
「じゃあ、今度からポケモンセンターの廊下を走るのはやめろ。 夜中に大声で叫ぶのもだ。」
口にモノが詰まったようなパールの顔に安心するギョクを見て、ヒョウタは声を出さずに笑った。
小箱を持って奥から走ってきたコウタに礼を言うと、中から小さなバッジを取り出し紋様をパールに向ける。
「僕からもおめでとう。 これがジムリーダーに勝利した証、コールバッジだよ。
 確かパール君、だったよね。 このままシンオウを回ってポケモンリーグに挑戦するのかい?」
「おう! オレは親父を超えるすっげえトレーナーになるんだ!」
一瞬、きょとんとしたヒョウタの瞳が光を持つ。
「じゃあ、キミと僕の目標は同じだね。 僕の父さんもジムリーダーなんだ。
 いつか戦うことになると思うから、その時は遠慮なく頼むよ。」
「当ったり前だ、お前の親父さんじゃなくても全力で倒すぜ!」

パールはもぎとるようにバッジを受け取ると、ダイヤが止める間もなく走ってクロガネジムから出て行ってしまう。
引き留めることに失敗したダイヤの手が宙をさ迷っていた。
声を出さずに笑っているヒョウタを肩越しに横目で見ると、ダイヤはため息を吐いてモンスターボールを構えた。
「『ジャスミン』は、まだ戦えますか?」
「……うん。 体力は充分だし、トレーナーボクなんか戦いたくて体がうずいてるくらいさ。
メガネの奥からいたずらっぽい瞳を覗かせるとヒョウタはジムの奥から投げられたモンスターボールを受け取る。
「では、賭けバトルを。
 俺が勝ったらジャスミンとジョセフィーヌのデータを取らせてください。」
「うん? 別にわざわざバトルしなくても、ナナカマド博士のお弟子さんならいつでもデータくらいあげるよ?」
「そこはまあ、余興ということで。」



小さくうなずくと、ヒョウタは赤白のモンスターボールをフィールドの上へと放った。
音をあげてフィールドの上に降り立ったズガイドスは灰色の身体を前に向け、太い爪の伸びた足で地面を削るように踏みつける。
「でも、僕のジャスミンにかなうかな!」
ダイヤもルークを呼び出す。 降り立った青い身体がしなやかに動くたび、パリパリと空気の割れる音が鳴った。
鈍色のジャスミンはガンと足を蹴ると、フィールドにいる青い猫に向かって鉄のような頭を振り下ろした。
「ジャスミン、『ずつき』だ!」
「跳べ、ルーク!!」
破裂するような音をあげて飛び退いたルークの影に、飛び掛かったズガイドスの頭が突き刺さる。
耳に突き刺さるような鈍い音が響き、パールが落としていった緑の葉っぱが舞い上がる。 にゃあ、と、見た目に違わず可愛らしい鳴き声をあげるルークにダイヤは真っ黒な瞳で視線を送る。
「『フラッシュ』!」
高い鳴き声とともに放たれた閃光は、さほど広くはないフィールドを覆いつくすほどに広がった。
顔を背けたジャスミンの懐に青いポケモンが飛び込む。
驚いて身を固くしたときには白い火花がフィールドの上を舞っていた。
「『スパーク』!!」
「地面を蹴るんだ、ジャスミンッ!!」
ストロボの焚かれたような光の直後、ジャスミンの身体があお向けに飛んで背中から地面に落ちる。
追撃しようとルークが足を踏み出しかけたとき、太い足を振り回すようにジャスミンが起き上がり灰色の頭を地面へと叩きつけた。

「『ステルスロック』!」
フィールド中にピリピリとした振動が伝わったのでジャスミンが何かをしたのは解ったが、その正体がわからずダイヤは眉を潜める。
ルークも周囲を警戒するが、痺れを切らしたのか攻撃したそうに相手へ向かって牙を向けている。
「ルーク、『スパーク』!」
待てを解かれたコリンクが叫び声を上げズガイドスへと突進する。
地面を削るような突進の直後、目のくらむような光がジャスミンとルークの間で爆発した。
一瞬目を細めたダイヤが顔を上げると、そこに見えた光景に思わず息を呑む。
羽交い絞めにされ、うなり声をあげているルークと、それを上から押さえつけているジャスミン。
「捕まえた!」
「ル……!」
「ジャスミン、『おいうち』だ!」
トレーナーの指示が飛ぶと、ジャスミンはルークを抱えたまま飛び上がり、そのまま背中からルークの身体を地面へと叩きつけた。
悲鳴があがり、フィールドの中央に赤いモンスターボールが転がる。
小さな手がそれを拾い上げ、フィールドの外にいるダイヤへと投げた。
ボールを受け取ったダイヤの目は、バトルフィールドにいるヒコザルのキングへと向けられている。


「キング、相手に捕まるな! 『ひのこ』を使え!」
間髪いれず突っ込んでくるジャスミンから飛び退くように距離をとると、キングは尻で燃えている炎の勢いを強くし、ジャスミンに向かって小さな火の粉を吹きかける。
だが、ジャスミンの硬い頭が勢いよく振られると、キングの吹きかけた炎はあっという間にかき消された。
追撃にキングは驚いて飛び上がる。 フィールドの端から端というほどに距離をとったキングを見て、ヒョウタは自信ありげに赤いメガネを持ち上げた。
「命中率を下げたくらいじゃ、ジャスミンはやられないよ! 僕の得意とするタイプは知っているだろう?」
「『いわ』……。」
「そう、『ほのお』や『ノーマル』の攻撃はジャスミンには通用しない。
 反撃を恐れて遠くから小さな火の粉を吹きかけているようじゃ、この僕のジムを攻略することなんて出来ないってことさ!」
文字通り地面を削りながらジャスミンは突進する。
危険を感じたキングが跳ね上がるように避けるが、構わずに突っ込んだジャスミンの頭はコンクリートで出来ているはずの壁を粉々に叩き壊した。
「キング、距離をとれ、もっとだ!」
「キッ!」
ヒコザルはピョンピョンと跳ねるように後退する。
指示を出したダイヤは、一瞬、ヒョウタの口元が緩んだのを見て背筋が凍りつく。
直後、キングは見えない『なにか』に背中からぶつかった。
止まるはずもない空中から落ちてきたキングの背中には、鈍い刃物で切りつけられたような傷跡が浮かび上がっている。
「やっと当たったね。 本来『ステルスロック』は交代直後に発動するワザなんだよ?」
「まさか、『まきびし』型の変化技……?」
「もう逃げ場はないよ!」
空気が震えるほどの振動をあげてジャスミンは突っ込んでくる。
「キング、『ひのこ』!」
「効かないって言っただろう?」
「狙いは、足元だ!」
『もうか』で威力の強まった『ひのこ』は地面を焦がすようにズガイドスの足元へ向かって放たれる。
目の前に黒煙と炎が舞い上がり、ジャスミンの足が止まった。
「ナエトルの『はっぱ』に……!
 だけど! こんなの一瞬の足止めにしかならないぞ!」
「それで充分だ!」
燃え上がる木の葉を切り裂くようにヒコザルはズガイドスと距離を詰めた。
目の前に拳が迫る。
「キング、『いわくだき』!!」
岩の割れる音が聞こえた。 ヒコザルの繰り出した拳はズガイドスのアゴをとらえ、確実に体力を奪っていく。
鈍色の身体がフィールドの上に倒れると同時に、見えない岩が地面に突き刺さり三角の穴を空けた。



「……『ジャスミン』は、まだ戦えますか?」
いたずらっぽい瞳で質問するダイヤに、ヒョウタは首を横に振った。
「うーん、自信あったんだけどなぁ……まさか1日に2人も負けるとは思わなかったよ。」
「未来のチャンピオン候補ですから。」
自信満々に言い切るダイヤに一瞬ヒョウタは噴き出しそうになるが、なんとか笑いをかみ殺すと胸のポケットから茶色いバッジを取り出した。
「それもそうだね。 それじゃ、これがクロガネシティジムリーダーに勝った証、コールバッジ……」
「何を言ってるんです? 俺が欲しいのはデータですよ?」
「は?」
「最初からそう言ってるじゃないですか、俺が勝ったらジャスミンとジョセフィーヌのデータをいただくって。」
確かに聞いた。 が、当然ジム戦の上でのことだと思っていたヒョウタは固まっていた。
「いや、確かにそうだけど……わざわざ戦わなくてもデータはあげるって……」
「ですから、『余興として』バトルしましたよ?
 実践でのデータは戦ってみないことには分かりませんから、大変参考になりました。」

唖然としているヒョウタの前で、ダイヤは彼の持っているモンスターボールにポケモン図鑑を向けた。
ぽかんと口を開けたままその様子を見守っていたヒョウタはやがて、冷たい空気を飲み込む。
「ねえ、今日は何月何日?」
「26年4月5日です。」
ヒョウタは難しい顔をして何かを考え込んでいた。
シンスケが持ってきたジョセフィーヌに向けられた図鑑がピピッと音を鳴らすと、メガネの下でゆっくりとまばたきをして視線をダイヤへと向ける。
「……詳細なデータは、書類にしてナナカマド博士に送ればいいのかな?」
「お願いします。 2匹の誕生に関するデータなどもあると助かります。」
「“フォーム”か……」
「では」と、一礼するとダイヤはキングを連れて開きっぱなしの扉からクロガネジムを出て行った。
まだ煙臭さの残るバトルフィールドでひとり立ち尽くすように考え込んでいると、白い光の差し込む出入り口にゆらゆらと揺れる木の影が現れる。


「うっそー」
「ウソッキー?」
ふらふらと相変わらず危なっかしい足取りでヒョウタのもとへとやってくると、ウソッキーは踊っているんだか溺れているんだかわからないような仕草でヒョウタの周りをぐるぐると回りだした。
思わず噴き出したヒョウタに機嫌がよくなったのかウソッキーは片足でくるくると回ると焼けた葉っぱに足を滑らせて盛大に転ぶ。
「ありがとう、ウソッキー。 少し気が軽くなったよ。」
「うそうっそー♪」
「なつかしいなぁ。
 子供の頃は僕が泣いていると、よくこうやって励ましてくれたっけ。」
「うっそー?」
あくびをかみ殺すような顔をしてウソッキーを起き上がらせると、ヒョウタは筋張った自分の右手を強く握り締めた。
「……うん、大丈夫。」
「うっそー?」
「嘘じゃないって!」
「うっそっそー?」
笑うヒョウタを調子付けるようにジムの外へと駆け出すと、ウソッキーはまた沈没踊りを踊りだした。


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