「なんだってんだよー!!」

まさか、その日のうちにこの声を聞くことになろうとは、ダイヤも考えていなかった。
ポケモンリーグに挑むために必要なポケモンジムはシンオウ地方には全部で8つ。 距離的に1番近いのはテンガン山を越えた先の街、ヨスガシティジムだ。
当然、パールはそちらに行くだろうとダイヤは考えていた。 そして思った通り、ヨスガに向かう北の山道へと向かっていったのだが……ダイヤも忘れていたことがひとつ。 先日の雨で山道に続く道が崩れて通行止めになってしまっていたのだ。
ポケモンセンターに戻ってくるなり叫び声をあげたパールに、ダイヤはヒコザルのキングをブラッシングしていた手を止めた。
「たまに思うんだが、それだけ日常的にカロリーを消費していてよく食事が1人前で足りるな。」
「んなこと言ってる場合じゃねーんだよ! 大事件だ、大事件!」
「207番道路だろう? ジムリーダーに聞いたが、酷い土砂崩れで復旧のメドも立っていない。
 今のところ北側の道路は無事らしいから、回り道していくしかないな。」
「回り道ってどんくらいだよ?」
焦れた顔をしてパールが尋ねる。
「そうだな、ここからだと……行きで通過したコトブキとソノオを通って、ハクタイシティ経由だな。」
そう言って、ダイヤとキングは耳をふさいだ。
ポケモンセンターに、いつものパールの叫び声が響く。



「お買い上げ、ありがとうございます! ア・ラ・モード、コトブキプレミアム20個で1万4000円です。
 ラッピングはなさいますか?」
「自分用で。」
「ご自宅用……ですか?」
「自分用で。」
「え。」
顔を引きつらせる店員を背に、ナナカマド博士はスーツケースよりも重い紙袋を持ち上げると鼻歌まじりに予約してあるホテルへと向かった。
夜の帳がもうすぐ落ちようとしている。 コトブキシティのメインストリートは、テレビ局のビルにかかった大きなモニターがチカチカとまぶしい光を放ち始めていた。
夕方の情報バラエティからニュースへと画面が切り替わったとき、背後に気配を感じ、ナナカマド博士は振り返る。
眉を潜める。 話しかけるには少し近い位置にいる人間は、『博士』に用があるにしては若すぎるし、旅立ちのポケモンをねだるにしては年を食いすぎている。
「何か用かね?」
声をかけると、メガネをかけた青年はフヒッと空気の抜けた笑い方をした。
「ナ、ナナカマド氏……」
「いかにも。 私がナナカマドだが。」
「いかにも! い、いかにも……ぷぷっ。」
「キミは誰だ? 人の顔を見て笑うとは感心せんな。」
ムッと眉間にしわを寄せて博士が青年を睨むと、彼はメガネの奥にある瞳を、まるで何かを探るようにぎょろりとナナカマド博士の方に向けた。

「私は……ワレワレは、ギンガ団。」
青年の声のトーンが少し変わった。
「ナナカマド氏、アナタはポケモンの進化に関する研究を行っているでしょう?
 そのデータを全てワレワレ、ギンガ団によこすのです。」
「断る。」
ナナカマド博士はプリンの入った紙袋を反対の手に持ち替える。
「キミは非常に失礼な人間だな。
 人に物を頼むときというのは、それなりに手順を踏む必要がある。
 それをアポイトメントも取らず、こんな街中で、キミ自身の名を名乗りもせず、おまけに言葉遣いもなっていない。
 出直してきたまえ!」
「デ、デナオシ……デナ、サクセン、シッパイ……ジュピター様……」
青年はうつむいてぷるぷると拳を震わせていた。
狂気の混じった瞳が向けられたかと思った瞬間、青年とナナカマド博士との間に小さな影が滑り込む。
「渡せつってんだろ、クソ研究者ぁ!!」
「ルーク、『スパーク』!」
乾いた空気を切り裂いて、コリンクの放つ光が花火のように辺りを照らす。
一瞬遅れて駆けつけたダイヤは、博士とメガネの青年を見比べると嫌な顔をして小さくため息を吐いた。
「逃げたとは聞いていたが……お前、炭鉱泥棒の次は追いはぎか?」
「うるさいッ!! それもこれも、お前が邪魔したせいだ!」
「事情は分からんが……どうやら、他でもずいぶんと失礼をはたらいているようだな。
 コウキ、この輩を少しこらしめてやりなさい。」
目元をピクリと動かすと、ダイヤは小さく「はい」とナナカマド博士に返事をした。
「ルーク!」
「……お待ち下さい!」
自分たちを制止する声に、ダイヤは攻撃態勢に入っていたルークに慌てて中止の指示を出した。
うなりを上げるルークを押さえながら声のした方向に顔を向けると、銀色のコートを身に纏った背の高い男がダイヤたちの方へと向かってくる。


男は杖を使ってバランス悪そうにダイヤたちのもとへとやってくると、恐怖で引きつったメガネの男をぴしゃりと叩いた。
「申し訳ございません、ギンガ団のものが大変な失礼を働いてしまったようで……」
「ウ、ウラヌス様……」
そうつぶやきながら男を見る彼の額には、尋常ではないほどの脂汗が浮いていた。
コートの男は右足のそばに杖を突くと、博士に向かって一礼する。 よく見ると、コートから出ている足は1つだけだった。
「私は幹部のウラヌス、彼はS/2010J2。 団に入ってまだ日が浅いもので、自分のすべきことを理解出来なかったようです。
 ……いえ、失礼。 これは言い訳でしかありませんね。
 彼は責任を持って教育し直しますので、ここはひとつ穏便に……」
「ウム……」
一応うなずいてはいたが、ナナカマド博士も小刻みに震えている男の様子が気になっているようだった。
「近いうちに他のものが伺います。 そのときには、良いお話が出来ますよう……」
ウラヌスと名乗った男が視線を送ると、メガネの男は見えない糸で引きずられたように付き従う。
カツカツと、2人の歩く後ろを鉄を打つ音が追いかけてゆく。


「ご無事ですか、博士?」
「ウム。」
男たちの姿が見えなくなってから、ダイヤはナナカマド博士にそう尋ねると、足元にいるルークの短い毛をわしわしとなでた。
「クロガネにいると聞いていたから驚いたぞ。」
「途中の道が塞がってまして……私もここで博士にお会いするとは思いませんでした。」
「ウム、ミオで少し調べたいことがあってな。」
あぁ、と、ダイヤは納得する。 ミオシティはここ、コトブキシティから海を挟んで西側、そしてシンオウでも有数の巨大な図書館を持つ学術の街だ。
紙袋をガサリと鳴らすと、ナナカマド博士は左右に視線を振って小さく首を傾げて見せた。
「あの、ジュンという少年はどうした? 一緒ではなかったか?」
「あぁ、彼なら今……」

「ダイヤー! ニュースニュース、大ニュース!!」

「……あそこです。」
ダイヤはテレビコトブキの方向から駆けてくるパールを指差して、ナナカマド博士はなるほど、と、うなずいた。
ご機嫌な模様の包み紙を小脇に抱え、パールはそれをダイヤから見えないように持っているつもりみたいだが、あまり隠し切れていない。
「いい土産でも見つかったのか?」
「ちげーよ! つか、なに勝手に旅を終わらせようとしてんだよ!?
 テレビコトブキにIDくじってあるだろ、それで3等当たったんだよ! すげーだろ、オレ!」
そう言ってパールはくしゃくしゃの包み紙をダイヤの鼻先に突きつけた。
包み紙の中の、小さな箱の中の、ビリビリに破られたビニール袋の中に、テレビコトブキのマークが入った最新型の『がくしゅうそうち』が入っている。
ダイヤは何気なくその『がくしゅうそうち』を手に取ると、これまた無造作にパールの頭の上へと置いた。
「って、どーゆー意味だよ!?」
「悪かった。 つい……」
「だから「つい」ってなんだよ、なんだってんだよ!?」
「コウキよ、あまりからかうな。」
今さらナナカマド博士の存在に気がついたのか、パールは「おっ」と声を上げる。
「あれっ、なんで博士?」
「こら……!」
「ウム、調べ物をしにミオに行く途中でな。」
「博士は今日、どちらにお泊りに?」
「すぐそこのホテルウエストコトブキだ。」
「今から部屋は取れますでしょうか?」
「?」
首を傾げる博士を引き連れ、ダイヤとパールは博士がとっているホテルウエストコトブキへと入っていく。
自動ドアを潜るとき、ダイヤは1度だけ後ろを振り向いた。
姿は見えないが誰かの視線が、肩の辺りに絡まりついてくる。





ダイヤたちがコトブキシティを発ってから半日ほど経ち、荒れた抜け道と呼ばれる洞穴から外に出ると、鼻をくすぐる甘い匂いにパールは目を丸くした。
花の町、ソノオタウンは今がちょうどシーズンだ。
春咲きの色とりどりの花が大地を埋め尽くし、長い冬を越したポケモンたちが一斉に恋の歌を歌う。
「すげえっ!!」
「あっ、おい……!」
あっという間にパールの姿は見えなくなり、残されたダイヤはやれやれと後ろ頭をかいた。
「まぁ、いいか。」
そんなつぶやきが口から漏れる。
パールだって腹が空けば店に入るだろうし、夕方になれば宿を求めてポケモンセンターに行くだろう。
それよりもいい天気だ。 風は穏やかで、空は雲ひとつない。
「キング! ルーク!」
モンスターボールから2匹を呼び出すと、ヒコザルとコリンクは地平線まで広がりそうな花畑に目をキラキラさせる。
「キング、抜け道での『いわくだき』ありがとう。
 少し早いけど、今日はこの町で1泊だ。 観光地だしゆっくりしていこう。」
キングのように体によじ登れずズボンに爪を立てているルークを抱え上げると、彼女は小さく「にゃあ」と鳴き声を上げる。
入れ違いにキングはダイヤの肩から降りて、丸い花弁の花に顔を近づける。
花粉が鼻についたのか、キングはくしゅんとくしゃみをした。
「すごいだろう? ソノオタウンは世界的にも有名な花の産地で、季節ごとに様々な、立派な花が咲くんだ。
 その景色がテレビで取り上げられたことから観光にも力を入れていて、切花だけじゃなく、季節の花を使ったアクセサリーやドライフラワー、それに、ミツハニーというポケモンがこの花畑から集めてくる『あまいミツ』がこの町の名物なんだ。
 ……あ、いた。 あれがミツハニーだ。」
そう言ってダイヤが指差した先では、黄色い六角形のポケモンが頼りない透明な羽を必死に動かしていた。
不思議そうに下から眺めるキングの上をふわふわと通過して、ヒコザルのお尻から出ている炎にちょっとだけ嫌そうな顔をする。
「邪魔しちゃダメだぞ。 彼らは仕事中だからな。」
キキャッ、と、キングはダイヤに甲高い声で返した。 ルークも短く鳴き声を上げ、長い尻尾をゆらゆらとくねらせる。



「やべぇ、迷った……」
小さい町と聞いていたから迷うことなんてないとタカをくくって、すっかり油断していた。
どこまで行っても花畑。 景色は代わり映えしないし、いつの間にかダイヤの姿もない。
近くにこれといった建物も見つからず、パールは途方に暮れていた。
「まいったな……」
パールはギョクとギンを呼び出す。 ギョクはナナカマド博士からもらったナエトル、ギンはパールが初めて捕まえた、小さなオスのムックルだ。
呼び出したからといって特に何が変わるわけでもないが。 ズボンの尻が汚れるのも気にせず、パールはその場にどっしりと座り込む。

見上げると、憎々しいほどに青空が広がっていた。
「腹減った……」
考えてみれば、もう昼だ。
オレンジ色のポケッチに視線を落とすと、パールは気だるそうに立ち上がる。
そして、黄色い花畑の真ん中にいるポケモンを見つけ、パチリと目を瞬いた。
シルエットを見ればどこかの貴婦人のようだが、サングラスのような目元は鋭い複眼に覆われ、ペチコートのような足元は六角形の空洞から小さな白いイモムシと黄金色のミツのようなものが覗いている。
パールの腹がぐぅと鳴った。
「ギン。」
つぶらな目をしたムックルが差し出された手の上に乗っかる。
「ちげーよ! あいつを捕まえるんだって!」
「ぴょぴょ?」
パールの足元でギョクが大きなあくびをする。 ギンはいまいち理解出来ていない顔で飛び立ち、パールの指差す方向に視線を向けた。


「行くぞ、ギン! 『でんこう……」
「……ばかーっ!」
突然、花畑の中から飛び出してきたボールのようなものにアゴを殴られ、パールは目を白黒させる。
すぐ足元に転がった何かと花畑を見比べていると、人の腰ほどの高さまで伸びた花畑から飛び出してきた女の子が、パールの足元にあるぬいぐるみを拾い、もう1度それをパールの顔面に投げつけた。
「ばか! おしごとしてる人のジャマしちゃいけないんだよ!」
「へっ?」
きょとんとしていると女の子は再び地面の上に落ちたぬいぐるみを拾って構えたので、パールは慌ててギンを呼び戻した。
「ちょっ、ちょっ……ちょっと待てって。 仕事って何のことだよ?」
「ミツハニーは、はたらきものなの!
 おはなばたけから、おいしいミツをあつめて女王さまと赤ちゃんをそだててるんだよ!」
「じゃ、あいつが『ミツハニー』?」
「ちがうよ、あのポケモンはビークイン。 ミツハニーの女王さまなんだよ。」
パールが視線をずらすと、ビークインというポケモンの側に無数の六角形のポケモンが集まってきた。
集めてきたばかりなのかまだ白みを帯びたミツを、小さなポケモンがビークインへと渡している。
「悪い、そんな大事なポケモンだなんて知らなかったんだ。」
「お兄ちゃんトレーナーさん?
 『さいきんわるい人がいるから、あやしい人についていかないように』って先生が言うのよ。」
「じゃ、知らない人にも話しかけちゃいけないんじゃねーの?」
「ん〜…… わかんない。」

空気を噛み締めるような沈黙が続くと、再びパールの腹がぐぅと鳴った。
「腹減った……」
「あたしも、おなかすいた……」
「なあ、お前この辺に住んでんの? この近くでメシ食えるとこ知らねー?」
パールが尋ねると、女の子は探るような目つきでパールのことを見上げた。
羽ばたくのに疲れたギンがパールの頭にとまり、動きのない展開にギョクがその場に腰を下ろす。
突きつけられた細い指先をパールは見下ろしていた。 睨むような女の子の目は、パールが同じ年頃だったときよりもずいぶんと大人びている。
「おしえてほしかったら、お兄ちゃん、あたしとデートして!」
「はぁ!?」


「デートって、要するに昼飯おごれってことかよ……」

黄金色のあまいミツがかけられたふかふかのパンケーキを前に、上機嫌でクリームソーダを吹いている女の子を見下ろしパールはつぶやいた。
おかげで昼飯にありつけたのはいいけれど。 財布の中身はちょっと痛い。
「なあ、お前。 幼稚園……は、休みだからいいとして、家にいる家族はどうしたんだよ?」
「おまえじゃないもん、マキだもん。」
そう言いながら、女の子はスプーンで泡だらけのソーダに乗ったアイスクリームをひっくり返す。
「だーからっ、マキの親父さんやおふくろは何してんだって聞いてんだよ。」
そう言ってパールはパンケーキの切れ端を口に含む。 生地にしみこんだミツから太陽の味がした。
小さな指で不安定なストローをくるくると回すと、女の子はイスの下で足をブラブラさせながら薄青いテンガン山の方向へと視線を向ける。

「パパはおしごとなの。」
パールは、なんだ、と、つまらなそうな顔をしたが、今にも泣きそうなマキの顔に眉を潜める。
「ずーっとずーっとかえってこないんだ、パパのばか。」
「ってもよ、仕事ならしょーがないじゃん。」
「今日あたしのたんじょうびなのに。」
わずかに首を傾げると、パールは食べ終わった皿を横に置いて机にヒジを置いた。
「親父さん、出張してんの? 遠いとこ?」
「ちがうよ。 パパは電気を作る人なの。」
「電話もねーのか?」
「ずーっとかえってこないの。 えほんのつづき、楽しみにしてんのに……」
言葉の端々から疑問は感じつつも、あまり他所のことに首を突っ込むわけにもいかずパールはイスにもたれかかって水を一口飲んだ。
喉を詰まらせて目を白黒させているギョクの背中を叩いていると、射すくめるような視線にパールはマキの方へと視線を戻す。
気温が上がってきたせいか、パールの背中に汗が一筋伝った。



早めの昼食を終え、ポケモンセンターでもらったガイドマップを片手に町を散策するダイヤはあまいミツ直売所ののぼりが立っているログハウスの前で足を止めた。
建物自体はごくごく普通の土産物屋だ。 強いてあげればケーキを焼くような、甘ったるい匂いがただよっているくらいで。
2階建てほどの大きさのそれの横に、同じくらいの大きさの木が植えられていた。
ダイヤの目を引いたのは、むしろそちらの方で、これも一見すればごくごく普通のモミの木だ。
上の方でガサガサと何かが動いていることを除けば。
「キー?」
「見てきてもいいけど、あまり近づくなよ。」
そう言うとダイヤはガイドマップを畳んでポケットにしまい、目を細めてモミの木へと近づいた。
木の根元ではやはり上にいる何かが気になるのか、数匹のポケモンたちが集まって樹上をじっと見上げている。
彼らにならってダイヤも視線を上げると、木の上で動いているのは人間だった。
女の人。 何かに向けて必死で手を伸ばしていて、その何かは……ポケモンだ。

「あっ……!」
「あッ!」
支えにしていた手が滑るのと同時に女の人の体が斜めに傾き、細い枝を巻き込んで彼女は木の上から落ちてきた。
とっさに体が動いたダイヤは木の下にいたポケモンもろとも彼女の下敷きになり、押しつぶされた肺が痙攣して激しくむせこむ。
「ごっ、ごめんっ! ごめんっ、イザヨイ!
 ごめんね、ボク、大丈夫!?」
「なんとか……」
間に彼女のポケモンが入ってくれたおかげで、直撃は避けられた。
胸と背中の辺りに手を触れると、いくらかホッとした表情をして女の人はまだポケモンのいる樹上に視線を向ける。
「本当にごめんね。 あの子が降りられなくなってたから助けようと思ったんだけど……」
「あなたのポケモンじゃないんですか?」
「うん、たぶん、野生のポケモン。」
そう言ってはにかんだ彼女にダイヤは心底あきれ返った。
普段からこんな調子なのか、彼女のそばにいる恐らく彼女のポケモンたちは視線こそ向けているものの、駆け寄ることすらしていない。
ダイヤは火の消えた焼却炉のような肺から大きく息を吐き出すと、ログハウスの屋根から困ったような顔を向けているキングに自分の視線を合わせた。
「キング! この上にいるエイパムを地面まで降ろしてくれ、バトルはなしだ。」
キィッと鳴き声をあげると、キングはチラチラとお尻に燃えている火を消してモミの木へと飛び移った。
「わぁ、すごい! やっぱりトレーナーさんってすごいね!」
「すごいって、あなたもトレーナーじゃ?」
「そうなんだけど、あたし、あんまり指示とかバトルとか得意じゃないっていうか、ただ仲良くしてるだけなんだよね。
 ポケモンもみんな人からもらったものなんだよねぇ。」

そうこうしているうちに、エイパムはキングに連れられてモミの木の1番低い枝まで降りてきた。
「ありがとう! ここからポケモンセンターまで少し距離あるし、助かってよかった!」
「もしかして、旅を?」
「うん。 ちょっと人を探しててね。
 そうだ、ボク、背が高くて砂色の髪をした目つきの悪ーい男の人見なかった? あ、鼻から頬にかけて白い1本線が引かれてるかも。」
「……見なかった、と、思います……」
他人事ながらダイヤは彼女のことが心配になった。
シンオウ地方が物騒だとは思わないが、この警戒心のなさで女の一人旅というのは、いささか無用心なのではないか。
中身の散らばったバッグに物を詰め直す彼女の指を見て、ダイヤは小さく「あれ、」と声をあげる。
「……ご結婚、されてるんですか?」
「え?」と、一瞬動きを止めると、女の人は自分の指にはまっている銀色のリングを見て口元をゆるませる。
「あぁ、これ? うん、婚約してるの。
 ここにいるあたしのポケモンたちも、その人からの贈り物なんだよ。」
「もしかして……なんですけど……」
視線を彼女から彼女のバッグへと移し、言い辛そうに口元に手を当てるとダイヤは1度口の中を噛んでから女の人へと視線を戻した。
「妊娠、されてます?」
きょとん、と、目を瞬かせると女の人はダイヤの顔をまじまじと見て口元をゆるませる。
「よく分かったね。 まだ、ほとんどおなかも出てないのに。」
何気なくそのまま話を続けようとした女の人は、小さな手に肩を揺すぶられて目を瞬かせた。
「何考えてるんだ、医者から無茶な運動を控えるよう言われなかったのか!?
 木から落ちたとき、命の危険を感じなかったのか? そもそも旅に出ていい体じゃないんだぞ、自分の子供がどうなっても構わないというのか!?」
ぽかんと口を開けたまま眉を吊り上げたダイヤの顔を見つめると、女の人はくすぐったそうに身をよじらせてクスクスと笑い出した。
「変な子。 お父さんみたい。」
「笑いごとじゃ……ッ!」
「ごめんごめん、分かってるよ。 無茶はしないっ!
 でも、あたしの実家ここから離れたホウエン地方だし、四六時中寝てなくちゃいけないわけでもないし、この子たちの進化のためにもソノオタウンの近くにあるハクタイの森に行くくらいなら大丈夫かなって。」
そう言って女の人は足元にじゃれついてきた茶色いポケモンを持ち上げた。
女の人のあまりの動じなさに、ダイヤは深く大きなため息を吐く。
諦めるしかなさそうだ。 こういう輩は1度決めたらテコでも動かない。


ダイヤは女の人から離れると、帽子の下の頭をかいてもう1度ため息を吐いた。
「目的は人捜しなんですよね?」
「うん、一緒にシンオウまで来たんだけど、なんかはぐれちゃったみたいで。」
大きな迷子じゃあるまいな、と、嫌な考えが頭をよぎったが、そこまでの状況を想像することを脳が拒否する。
頭を振ると、額に手を当てながらダイヤは横目で女の人を見た。
「もし、旅の途中でその人に会ったら、あなたが捜していると伝えます。
 ……その人の名前は?」
「『レオ』。 らりるれろの『レ』に、男前の『オ』だよ。
 あたしは、森岡未来。 『ミレイ』って呼んでね!」
その女の人は指先で透明な空間に文字を書くと、白い手のひらをダイヤへと向ける。
彼女が連れている大きな黒いポケモンが不思議そうな顔をして、炎の色をした瞳をダイヤへと向けた。


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